復讐…

◆第六話

 レイラはユニゾンに関する書類に目を落とした。
 音楽に合わせてダンスを行う…それを二人で綺麗にあわせることでユニゾンができるようにする。そう言った内容が色々と注意点やその他と併せて細かく書かれている。
 目をダンスを踊っている二人にうつす。
 二人の動きはほぼピタリと一致している。そして、二人はどこか楽しそうである。
 二人が楽しそうにしているのを見ると…なんだか胸の中にもやもやとした物を感じてしまう。
 それはいったい何故なのか…何故、レイとシンジが仲良くしているとこんな嫌な気持ちになってしまうのだろうか?
 確かに今までに嫌な気持ちになったことはたびたびあるが、今感じているものはそれらとは異質のものである気がする。
「レイラさん、どうかしたの?」
 シンジが目の前でじぃ〜っと見つめてきている…声を掛けられるまで全く気付いていなかった。
「あ、うん、何でもないわ、少し考え事をしていただけ」
「そう…なら良いけど…」
「ユニゾンはどう?」
「だいぶ上手くできるようになったし、この分なら余裕で間に合いそうかな?」
「そう、良かったわね…もう少ししたらお昼用意するわね」
「じゃあ、綾波、お昼ができるまで続きをしようか?」
 レイがコクリと頷き、二人は又ユニゾンの特訓を始めた…そしてレイラは又胸の中でざわざわとしたいやなものを感じていた。


(なんだか、レイラさん様子がおかしいな)
 それが、今朝からシンジが感じていることだった。食事をしているときも、なんだか普段とは違う気がする。いつもと違っていることを考えると、直ぐにレイの存在に行き着いたが、それがどうしてレイラに影響を与えているのかさっぱり分からない。別段アスカのように何かをかき乱すというような事をしているわけでも無し、ただユニゾンの特訓をしているだけだというのに…
「…どうかしたの?」
 考えに意識が行って動きが止まってしまっていたのでレイが声を掛けてきた。なんだか、連鎖反応が起きているようである。
「あ、うん、その何でもないよ、ちょっと考え事してただけ、続きしよっか」
「ええ」


 次の日、レイラは二人の訓練の様子を見ていると嫌な感じを受けると言う事で、本部にやってきた。…のだが、仕事がなかなか手に付かなかった。
 シンジとレイが仲良くしているシーンを見なくても、そう言ったことを考えるだけで、嫌な気分になってしまう。
「重症ね…これは…」
 背もたれに体を預け体を反らす。
 正直、ひょっとしたら、嫉妬…なのでは?と思うところもないではない。それを否定しようと…したいのだが、できないでいる。だから、適当な理由を付けて考えから外しているのかもしれない。
「どうしたの?恋の悩み?」
「何言ってるんですか」
 蘭子のからかい混じりの言葉に苦笑しながら返す。
「そう言う風に見えたんだけど、違ったかしら?」
「まさか、10も歳が違うのに…」
「ふ〜ん、そうなの。まあ良いわ、貴女のことだから私は口を出すべき事じゃないしね。これ、直ぐに整理してくれる?」
 蘭子は書類の束を差し出す。レイラはそれを受け取り、目を通し、その整理に取りかかった。


 帰りに、アスカの様子を見ていくことにした。
 作戦会議では、アスカの問題についても悩んでいたようであるし…、やはり今後のことを考えるとアスカは重要な存在であるだけに気になる。
 待機室にいるとのことで向かうと…既に碇と冬月がアスカと話をしていた。
「あ、」
「君か…何かようかね?」
「あ、はい、惣流さんの様子を見に来たんですが」
 アスカはレイラに視線を向けてくる。
「確か…司令の秘書だったっけ?」
「ええ、」
「アタシは全然問題ないから、いつだって出撃できる。そう司令に伝えといてくれるかしら?」
 アスカの様子は比較的良いようである。どうやら碇と冬月が色々とフォローのようなものを入れたようである。心配していたのだが、これなら問題ないだろう。
「分かった、そう伝えておくわ」
「…未だ何かあるかね?特になければまだ少し話があるのだが、」
「いえ、では失礼します」
 レイラは一礼して待機室を出た。


 昨日一日の訓練でユニゾンはほぼ完璧になり、もう実際に戦う上では問題ないであろう域に達しており、後は細かいところをつめていったり、何か予定外の事が起こったときの対応関係が残るだけになった。
 前回も相手がアスカではなくレイであったら、どうであったろうか…アスカとのユニゾンが漸く何とかなったのは、前日のことであったし、レイの場合は、初めからかなりの水準を達成できた上に、元々随分併せやすい、アスカのように訳の分からない行動に走るようなこともないし…
 それよりも何よりも、アスカと一緒に暮らす必要もなかったし…もっとレイと近付く機会を得ることができた。ひょっとしたら、もっと…
「碇君?」
 レイに声を掛けられて現実に戻る。ぼうっとしていたようだ。
「あ、うん、何でもないよ、」
「……そう、」
 昨日、レイラのことを考えていて同じようなことがあったばかりでもあったからか、納得していないようではある。
「ごめん、集中するから」
 軽く頷いて、もう一度最初からやり直すことにした。


 もう、正直認めてしまおう…自分はシンジに恋心を抱いている。そして、今シンジと仲良くしているレイに嫉妬している。そして、同時にそんな自分が嫌だと言う風にも思っている。
 ほら、いかにも目の前でダンスを一緒に踊っている二人は良い雰囲気のカップルではないか、それに比べ…レイの姿を自分に置き換えてみる…ちょっとカップルには見えないだろう。それを考えてしまい、思わず大きな溜息が出た。
 自分がしゃしゃり出ると言うことはこの雰囲気のカップルの雰囲気を壊す事に過ぎないのではないか?関係を壊すまで行かなくても雰囲気は壊す。そして…関係を壊したとして、果たして自分がシンジの恋人として収まるに相応しいと言うのだろうか?そもそも恋人としてシンジが認めてくれるというのか?10以上女性が年上のカップルというのもちゃんと存在する。しかし、僅か14歳に過ぎないシンジはどう考えるだろうか?恋愛対象として見てくれるのだろうか…全然自信がない。やはり、目の前に自分よりも遙かに相応しく、そして現にいい雰囲気を作っている存在がいるから…
「皇1尉、」
「…、あ?うん、何?」
「昨日からどうしたのですか?二人とも様子が普通ではないように思います」
 レイに指摘されてしまったが、まさか、レイの事がと言うわけにもいかない。
「…ちょっと悩み事があって…心配させてごめんなさい」
「……そうですか、」
 表情からすると納得していないようであるが、それ以上聞いてくることはなかった。


 そしてその夜、シンジの方からもその事を指摘することになった。
「レイラさん、何か悩み事抱えているんですか?良かったら相談に乗りますけど…」
「ううん、大したことじゃないから、気にしないで」
 そうは言うが、そんな大したことではないようには思えない…しかし、本人がそう言う以上仕方ない。シンジには相談できないことなのかも知れない。話せないことなのか話したくないことなのかは分からないけれど…
 なんだか、心地よく和めていたこの家が…何となく居心地が悪く感じてしまう。早くレイラがその悩みを解決して欲しいものである。
 何か力になりたいところだが、話してくれないのではその悩みの元などさっぱり分からない…本人から聞くこと無しにそれを推測するのは難しいだろうが、不可能ではないはず。何か事情を知っている人間は必ずいるはず、ならば、
「碇君、お風呂、空いたわ」
 入浴を終えパジャマを着たレイが入ってきて声を掛けられたことで考えを中断させられた。
「ん、分かった。直ぐはいるね」
 結局、ユニゾンの特訓中はろくに外出もできないし情報収集は不可能。仕方ないが、イスラフェルをかたずけた後も未だこの状態だったとしたら、色々と情報を集めてみることにした。


 レイラは自分の部屋に籠もり、じっくりと考えていた。
 この訓練期間ずっと見てきたが、やはりシンジにはレイの方が明らかに相応しい、自分自身がそう思うほどなのである。それだけでなく明らかに分も悪く、下手をすれば色々と失い、自分ばかりでなくシンジも失ってしまうものがある。…ならば自分は身を引くべきである。そう結論付け、同時にシンジのへの思いは封印するべきであると言う結論にも達した。
 シンジに対して生まれる感情を抑え、また別のもの…例えをあげるならば、これは姉が弟を可愛く思うようなものと同じものと言う風に、この感情を別のものであるかのように変化させて考える。
 そうやっていれば、そのうちにだんだんとシンジへの思いが沸き起こらなくなるだろう…沸き上がっていたこと自体を忘れることはできないだろうが、それが、自分にとってもシンジにとっても一番良い。
 そう決めて、夕食の支度をするために部屋を出た。
 リビングでは、ちょうど訓練を中断し、休憩をしている最中だった。
 ポツリポツリ程度の会話しかないのだが、二人ともその空気が心地よく、又同時に気に入っているようである…それを見ているとやはり胸がざわざわとしてくるのを感じるが、それは無理矢理に押さえつける。この感情は押さえつけなければいけないもの、外に出しては行けないものなのだ。
 一つ深呼吸をしてから口を開く。
「今から夕飯作るけれど、何か食べたいものある?」
「ん…んっと、綾波は?」
「…野菜ピラフ、」
 昨日作ったものでそれを気に入ったようである。又、レイラ自身結構好きで得意な料理の一つであった。
「じゃあ、野菜ピラフで」
「分かったわ」
 シンジがレイの意見を採用した…自分はシンジに聞いた…否、二人に聞いたのである。レイはお客さんなのであり、その意見は優先すべきであると言うことは常識。シンジはそれに従ったに過ぎない。こんな事で変な気持ちを抱くのはばかげている。そう決めつけて沸き上がる感情を理性で押さえつけ、出来うるかぎりにこやかな表情を浮かべて返した。


 使徒の進行スケジュールが予定していたよりも数時間繰り上がり、シンジとレイはレイラの車で本部に駆けつけた。
「零号機は!?」
「あとは調整だけよ!直ぐに起動して直接調整するわ!」
 リツコが叫ぶ、既にスタッフもみんな待機しており、レイが乗り込めばいいだけである。
 車の中で着替えを済ませていたレイがリフトに乗り、上へと上がっていく。着替える途中、ミラーがあったり鮮明でなくともガラスに映ったりとすることもありシンジはかなり目のやり場に苦労していたが…
「綾波、がんばってね」
 2度目の起動…改装後で、未だまともな調整も行われていないと言うこともあり、確実に起動すると保証されているわけではない。だからこそ、その言葉を掛けたくなった。
 レイは少しきょとんとしたような表情をした後、ゆっくりと微笑み頷き返した。
 それを見ていたレイラは…胸の中に沸き上がってくるものを、抑える事に専念していた。
 

 無事零号機は起動し、出撃ぎりぎりまで調整を進めている。ユニゾンには精度が高い動きが要求されるため、ある意味調整自体死活に関わる問題でもある。
 シンジも初号機に搭乗し、微調整を行っているが、こちらは本当に微調整だけである。
「あとどのくらいですか?」
『今、戦自が足止めをしようと頑張っているが大して時間稼ぎには成りそうもない、あと30分も掛からずに戦場に到達するはずだ』
 戦場は出来るかぎり調整の時間を多くとるために第3新東京市の直ぐ傍に設定されている。
 そして20分を少々過ぎた辺りで、零号機が射出口の下にリフトに運ばれてきた。もうすぐと言うことである。
『作戦開始まで5分を切ったわ。今の内に準備を整えて置いてね』
 ミサトの言葉の後回線が切断され、零号機と初号機の間の回線だけになった。
「…綾波、どう?」
『フィードバックにややずれがあるけれど通常の方法では問題ないわ、』
 同時に何か起こるとちょっと拙いと言うことも示しているが…それは考えないことにする。
「そう、良かった。今日は本番、頑張ろうね」
『ええ、』
 レイとともに戦う…ヤシマ作戦は完全に攻防が別れていた戦うと言うよりは作業をこなす的なものだった事を考えると、実際に二人がともに戦ったのは、マトリエル、サハクィエル、レリエル、バルディエルの4つだけであり、その全てにアスカがいた。
 今、初めてレイと二人で戦おうとしている…それがどこか嬉しい。
 そんな気分だからか、ぎりぎりまでシンジの方から色々な話を仕掛けていた。


 レイラは流石にこの使徒戦を観戦する気にはなれず、展望室で紅茶を飲みながら一人ぼうっとジオフロントの景色を眺めていた。
「こんなところでひとり、どうしたの?」
 振り向くと蘭子が立っていた。
「ここ良いかしら?」
 コクリと頷き蘭子は椅子に腰掛ける…
「ここでは使徒戦は見れないわよ」
「何となく、見る気がしないんです。…蘭子さんは何故ここに?」
「そうね。私も何となく…と言いたいところだけれど、貴女のことが気になったから来たというのが正解ね」
「使徒戦をただ見るだけなら、後で資料を見ればいいわ、細かいことを見逃す可能性はあるけれど、その方が大きな事は効率よく分かるわ。でも、人の心は、後からといかない場合もあるわ」
「……大したことじゃないです。自分が思い違いをしていたただそれだけのことに気付いたんです」
「思い違い…ね。本当にそうなのかしらね」
 何故蘭子はこんな事を言ってくるのか…正直今押さえ込もうとしているときにこういう風に言われることは非常にありがたくない。
「まあ、大体のことは分かったわ、私が踏み込むことではないからもう行くわね」
 蘭子が去っていった後…再び胸の中で蠢き始めているものがあり、再び一連の過程をなぞり、押さえ込んだ後展望室から出たときには既に本部は勝利に湧いていた。


 レイラは車でレイを送っていた。
 レイは助手席でおとなしく座って外の景色を眺めているだけだった。
 開発団地が見えてくる。再開発地区に指定されているのだが、予算の関係もあり、遅々と進んでいない。その中の一つ、レイしか住んでいないであろうと思われるマンションがレイの住宅なのである。
 レイの荷物を一つ手に持ち二人で階段を上がる。
 402号室…
「じゃあ、私は帰るから、それじゃあお休みなさい」
「お休みなさい」
 レイラが帰ろうとした瞬間、何かのイメージが頭の中に浮かんだ…シンジに詰め寄り逆に押し倒される…。
(……今のは?何?)
「……皇1尉、どうかしましたか?」
「え?あ、うん、何でもないわ、それじゃあ又」
 首を傾げながら402号室を出た。


 総務部に書類を取りに行った帰りだったのだが…少し書類の量が多すぎ、両手で抱え持って…いるが重さもかなりのものである。
 不幸にも手が空いている適当な者がいなかったためレイラ一人でこれを運ぶことになった。
 時々ふらついてしまう…こんな事なら2回に分ければ良かったかなぁ…などと思いながら歩いていると、何かに躓いてしまい盛大にずっこけてしまった。
「ぐおおっ!!」
 何かに向かって倒れ込む……
「いたたた…」
 目の前に黒い服がある。目を上にやると碇の顔がある…どうやら碇に向かって倒れ込み押し倒してしまったようである。
 こうして碇を見ていると…何か表現できない特別な感情が湧いてくる気がする。
(この気持ち…そう、碇副司令にも何か特別なものを感じていたんだったわ…)
 碇に抱いていた感情、これは何なのか…前にシンジにも特別な感情を持った時にそれを碇へのものと絡めて考えようとしていた。あの時碇へのものは結局分からなかったが、シンジの方は…シンジへのものは考えてはいけないこと。頭から…
「…すまんが、どいてくれるかな?」
「あ?ああ!すみません!」
 考えに意識が行って碇の上に乗ったままだったことに気付き慌てて飛び退く…
「やれやれ…」
 碇は服に付いた埃を払いながらゆっくりと立ち上がる。
「ええと…その副司令おはようございます」
「うむ…おはよう」
「…もう少し注意した方が良いな」
「すみません…」
 碇は少しちらちらと辺りを見ている…書類やファイルが散乱しておりその量は結構なものである。ひょっとしたら手伝おうかどうしようか考えているのかも知れないが…少ししてから、急いでいると言うことで去っていった。
 レイラは一人で書類を拾いながらもう一度碇に抱いている感情について考えてみようとしたが…あんまり時間が掛かっても拙いので後で考えることにして、拾い終わり次第秘書課への残りの道のりを急いだ。


 碇への想い…それは一体何なのか、正直見当も付かない。そもそも碇に対して何か特別な感情を抱くような要素があるのだろうか?シンジへのものが…いやこれは考えては行けないもの。シンジへのことは考えずに敢えてそれを避けてその回答を探す。
 初対面で抱くような感情はそう数多いとは思えないが…思いつくものはそれはないだろうと切り捨てられそうなものばかりである。最も…いや、それはいけない。関連性が深いのだろうか…ただ単に、分からない特別な気持ちと言う類似点から連想させられてしまい、そのたびにいちいち考えを振り払う…、そんなことを繰り返していても答えを得られることはなかった。
(考えているとどうしても、考えちゃ行けないことに考えが及んじゃう…この事は無理に考えようとしない方が良いかも…)
 一つ大きく溜息をつく…
「どうしたの?溜息なんかついちゃって」
「あ、何でもないから…」
「ふふ、まあ良いわ。台風の影響で会長の帰りは明日になったから今日はもう帰っても良いわ」


 レイラの様子は以前に全く戻った…と言うわけではなかったが、随分改善してきたようで、家の雰囲気も結構戻ってきた。
 まだ時々悩み込んでいるような様子もあるが、悩みは小さくなったのだろうか?
 やはりそう言った悩みは解決してもらえると嬉しい。それが何なのか、自分でできる範囲で調べてみることにし、今日のところは就寝することにした。