復讐…

◆第弐話

「シンジ君、朝よ、」
 体を揺すられ、目を覚ます…目の前にユイがいる。
「あ、うん、おはよう、母さん……は?」
 そこまで言って気付く。いくら何でもそりゃ無いだろうと…そしてよく見てみると、シンジを起こしに来たのはレイラだった。レイラはびっくりしたと言った表情だったのだが、それが、面白いと言ったような表情に変化していく。
「くすくす…おはよう、シンジ君」
「あ…うん、お、おはようございます…」
 醜態を晒してしまったという恥ずかしさで赤くなってしまう。
「私、シンジ君のお母さんにそんなに似てるの?」
 似すぎである。先ほども、ユイが出てくる夢…昔の夢を見ていたが、おそらくそれもレイラの影響であろう。
「あ、うん…」
「そうなの、」
 レイラはどこか嬉しそうで又同時に面白そうと言ったような笑みを浮かべている。
「もう朝御飯出来ているから、着替えて来てね」
「あ、うん…」
 レイラは軽い笑みを浮かべたまま部屋を出ていった。


 そしてネルフ本部にやってきて、レイラと共に各部署に顔を出していた。
 基本的にはシンジの知っているものと変わらないのだが…全体的に雰囲気が良くなっていた。特に作戦部の変化が大きい気がする。
 一通り関係がありそうな部署への挨拶回りを終わらせた後、職員食堂で少し遅めの昼食を取ることになった。
「何にする?」
「えっと…天ぷらうどんを」
 シンジは天ぷらうどん、レイラは野菜カレーを食べることになった。
「ところで…レイラさんってベジタリアンなんですか?」
 今朝の朝食も含めて、シンジが見ている3食全てがそんな感じだったので聞いてみる。
「え?そう言うわけでもないのだけど、お肉とかはあんまり好きじゃないの…シンジ君が食べたいなら作るけど」
「いえ、良いです。レイラさんの料理美味しいですから」
 シンジの言葉に嬉しそうな表情を浮かべる。実際に美味しかったからの言葉である。
「そうそう、この後病院に行くけれど良い?」
「病院ですか?」
「ええ、シンジ君の仲間になる子が入院しているの」
「そう、なんですか…」
(…そう言えば…綾波も肉嫌いなんだったけ、)
 軽く心配げな口調で言い、その後レイについての話を聞きながら色々とレイについて考えていた。


 中央病院の通路を二人で歩く。
 通路に他に人の姿はなく、二人の足音だけがリノリウムの通路に響いている。
「ここよ、」
 綾波レイと書かれたプレートが入っている病室の前で立ち止まる。
 軽くノックしてから病室に入った。
 病室の中央ほどに置かれたベッドにレイが寝ている。
 シーツに覆われている部分は分からないが、首から上の部分頭にも包帯を巻いており、未だ怪我は治っていないようである。
「調子はどうかしら?」
 ゆっくりと瞼を開き、紅い瞳がこちらを向く。
「少し良くなりました」
「そう、良かったわね。今日は、仲間になる子を紹介するわ」
 シンジに視線を向けてくる。
 …どこか無機的に思える視線…前はこんな風に見ていたものだったろうか?もっと柔らかい視線だった気もする。しかし、今あるものが現実、最初はこう言った感じだったのだろう。
「碇シンジ君、初号機で戦って貰うことになるわ」
「宜しく、」
「…宜しく、」
 事務的に返しただけのように思える。
「又、来るわね」
「はい」
「又ね、」
 シンジも一言そう言ってから病室を出た。


 作戦部の方からシンジに話があると言うことで、レイラはシンジと別れ、秘書室にやって来た。
 他の秘書達と挨拶を交わした後自分の席に着く…
 端末で、シンジの資料を検索し表示させて色々と情報を調べていくが、やはり思い当たるような物があるとは思えない。
(シンジ君…何なの?)
「どうしたの?」
 真剣な表情で悩んでいたのだろう。それが気になった金髪の秘書官…蘭子が声を掛けてきた。
「あ、ちょっと…」
「ふ〜ん」
 モニターに映っているのがシンジの情報であることを確認してどこか楽しそうにそんな声を出す。
「シンジ君の情報、少し集めましょうか?」
 楽しそうな表情…こう言うときは大体、何か引き替え条件を出されるか、からかわれるかであるため、そのままお願いするというは少し戸惑ってしまうところだが、今ある資料を見ることぐらいしか能がないのでは仕方ないと、お願いした。
「じゃあ、今度飲みに行ったとき、奢ってね」
「分かったわ」
 蘭子は自分のデスクに戻っていき、レイラは少し取りかかるのが遅くなったが、自分の仕事を片付けることにした。


「これからのことなんだけど、いくつか説明したいことがあったから来て貰ったの」
 一方のシンジは作戦部で、ミサト達と会っていた。
 エヴァの操縦者として踏まえておくべき注意点をいくつか説明されている。
「あと、週に何回かは訓練や各種実験、テストを行って貰わなくては行けないの、これに関してはレイラさんと相談して時間を決めて、今週中に教えてくれるかしら?」
「…わかりました」
「それと、実戦では、私が指揮官として指示を出すけれど、その指示には出来るかぎり素直に従ってね。その指示に、従わない方が良いと確信できけれど、それを説明している時間がないような場合はそうして貰っても良いけれど、後でどうしてそうしたのかしっかりと説明して貰う必要があるわ。その理由がいい加減だったり、そう言った行動をしたために失敗したという場合は、何らかの処分が下されることになるわ」
「…処分って、どんなんです?」
「そうね、程度によるけど…営巣行きとか、減俸って言うのもあるけど…シンジ君にとっては、お説教とか反省文の方が効果的だと思うから、よほどでなければそうするつもりよ」
 お説教やら反省文…ホントにそんな物で良いのかと思ってしまう。この辺りは、ミサトがミサトたるゆえんかも知れない。


 夜、シンジは自分の部屋に戻ってから今日のことについて考えていた。
 特に、レイのこと…ショックを受けなかったと言ったら嘘になる。レイに対して抱いていた淡い想い…それが砕かれてしまった気もした。レイなりではあるが、ちゃんと返してくれていた…一件無機質に思える中にもちゃんと暖かさも感じることが出来た。それが今のレイには感じることは出来ない。
 頭の中では当然だと分かっている。今レイにとっては単なる他人の一人でしかないのだから…最初の状態に戻っただけなのだが、分かっていたとしても感情の方はそう簡単にはいかない。
 ある意味これも失恋なのかなぁ…と呟いた後、それを否定した。そこまで言えるほどの物があったわけではないだろうと、
 しかし、これからレイと色々と付き合いが出来ていくだろうが、そのなかで、再びレイに淡い想い、更に言えば、レイが好きになったとしたら…それは、前の物と同一の物なのだろうか?それとも、それとは関係のない独立した物になるのだろうか?
 その答えは考えただけでは得られないものであった。


 翌日、シンジは第3新東京市立第壱中学校に登校した。
 老教師に連れられて、2−Aの教室に向かう…何度も歩いたこの廊下…辛い時期、学校の友人がどれだけ救いになったか…しかし、一番辛い時期には全く接点すらもてなかった。
(…肝心なときには何にもならなかったんだな…)
 そして、今教室のドアの前に待たされている。
「今日は皆さんに、転校生を、紹介します。入って来なさい。」
 シンジはドアを開けて教室に入った。
 見知った顔ばかり…改めて見てみるとみんな転校生はどんな者なのかと興味津々と言った風な感じである。
 後ろの方に、あのシンジがエヴァのパイロットかどうかと聞いてきた女子が座っている。自分の興味だけで動く、例えそのために他の者がどうなっても構わない。そんな奴らである。そう…ケンスケもその一人に過ぎない。
「…碇シンジです。宜しく」
 極めて事務的に言う…そして直ぐに質問攻めにあった。
「ねぇねぇ、彼女いるの〜?」
 ずけずけと興味本位の質問を繰り返し、苛立っているときにそんな質問まで来て、シンジはそう尋ねた女子にこう返した。
「どうして、そう人のプライベートに土足でずかずかと踏み入るような真似をする?」
 そして、睨み付ける…教室が静まり返った。
「わ、私は…そんな…つもりじゃ…」
 それが恐かったのかその女子はどこか怯えているかのような声で言い訳をするが無視して与えられた自分の席に着いた。
(ん?この席)
 横の窓際の席は空席…確か、レイの席である。
(…まあ、他の奴等よりは遥かに良いか)
 レイならプライベートに入り込んでくることはないだろう。
 あの言葉が利いたのか、その後シンジへの質問はさして無く静かで楽だった。


 夜、食卓の上にレイラが作った料理が並んでいる。
「学校はどうだった?」
「ん〜…」
 どう答えるか少し迷ってしまい、御飯を口に放り込みながら考えた。
「…そうですね…まあ、悪いって感じじゃないです。ちょっと、煩わしく感じる部分はあったけど」
「そう、転校生は目新しさもあるから仕方ないかも知れないわね」
「そんな物ですか?」
「多分、ね」


 数日後、シンジは授業中に耕一について調べてみた事について少し考えていた。
 皇耕一…世界最大企業東京帝国グループの会長である。
 2013年に、無理矢理ネルフに自分自ら乗り込んできて総司令の椅子を碇が奪い取っていた。その時碇と冬月は、それぞれ副司令と総務部長に降格している。そして、現在に至る…
(…分からないな…)
 ふとディスプレイを見ると文字が書かれていた。
《碇君があのロボットのパイロットだって噂ホント? Y/N》
 周りを見まわすと、やはり後ろ方のあの女子二人が手を振っていた。
《ねぇ、ホントなんでしょ    Y/N》
 全く…巫山戯た奴らである。
 NOと即答するが、しつこく知っているだの何だのと聞いてくる。
 何度か無駄なやり取りしていたがいい加減むかついたので、通信ケーブルを引っこ抜く。
(たくっ…むかつく…)


 そして、休み時間になり、トウジが後ろの扉を開けて入って来た。
「鈴原!」
 ヒカリやケンスケが走り寄って行く、
(ああ、妹さんが怪我したんだったかな…変わってないのか)
 ある意味それは必然だったのだろうか…次の休み時間に半ば無理やり、校舎裏に連れてこられた。
「聞くでぇ!お前があのロボットのパイロットやゆうんはホンマか!?」
 トウジの目を睨みつける。
「…分からないな、なぜ君は初対面の相手をいきなり問い詰めるようなまねをするのかな?余りに失礼じゃないか、」
「妹がな、妹が、この前の戦闘で怪我したんや!敵がならともかく味方が暴れてどないすんじゃ!」
「…だから?それが、こんな事をして良い理由になるのか?」
「おのれがパイロットか!?」
 妹のことがあるとしても、こんなに酷い男だったのか…蔑むような視線を向ける。
「何やその目は!!」
 シンジの胸ぐらを掴み更に詰め寄ってくる。
「…別に、訳の分からない愚かな奴だなと思ってね」
 その言葉が引き金になったのかトウジはその拳をシンジに向けて殴りかかってきた…シンジはカウンターを取ろうとしたが、黒服の手によってトウジの拳は途中で止められた。
「な、何や!」
「…暴力は頂けないな」
「は、離せや!」
「…そうもいかない、私は国際警察組織にも属している。君を暴行未遂の現行犯で逮捕する」
 黒服はトウジに手錠を掛けてしまった。
「ついて来い」
 トウジは連行されて行った。
 一方の残されたシンジはカウンターが不発した事でちょっと不満だった。
「ちっ」
 近くにあった小石を思い切り蹴飛ばす…小石は校舎の壁に当って砕けた。
 暫くして別の黒服がやって来た。
「使徒が現れた。至急本部に向かってもらうが、良いね」
 シンジは頷き、駐車場で保安部の車に乗り込み本部へと移動した。


 着替えを済ませ待機室のモニターで映像を見ている。
 様々な攻撃が仕掛けられているが、シャムシェルは無反応である。
 扉が開き、レイが入って来た。怪我はかなり癒えている様だが未だ少し包帯をしている。
(そう言えば、未だ学校に来ていないな、)
 レイは黙ったままシンジの横に座り同じようにモニターに視線を向ける。
 あまり、シンジのことに気を払っているようではない。以前もこんな感じであったのだろうか?レイも色々と反応を示してくれるようになってきていたがその前の印象ははっきりとは覚えていない。
「…怪我はもう良いの?」
 シンジから声を掛けた。
「問題ないわ」
「…そう」
 どこか無機質で事務的に思える言葉それがどこか哀しく感じられてしまう。
「…綾波は…」
 何を言おうか戸惑ってしまい、次の言葉がでてこなかった。
「…何?」
「…恐くないの?エヴァに乗るの」
 かつてレイと交わした言葉、それと似たような言葉を口にする。
「貴方は恐いの?」
「そうだね、恐くないって事はないよ」
「お父さんのこと信じられないの?」
 あの時は、信じられる分けないと良いぶたれた。結局何故あの時ぶたれることになったのか良くわからなかったが…どう答えようか?
「信じられるわけないね、あんな事をした男なんか」
 吐き捨てるかのような口調で言う。結局あの男に関しては他の言い方をすることは出来なかった。
 あの時のように平手が飛んでくるかとも思ったが…レイの紅い二つの瞳がじっとこちらを見つめてくるだけだった。
「…あんな事?」
 その事を聞かれてしまい少し困った…素直にあのことを言うわけには行かない。その前のことを口にすることにした。
「捨てられたからね。それで、いきなり呼び出されて、会った時の言葉がなんだと思う?久しぶりだなと呟いた後には、いきなりエヴァのパイロットとしての待遇とか何とかを話し始めてそれでおわりだよ。笑っちゃうだろ!息子であるはずの僕なんかには言うこともないって!そんな奴信じられるはず無いだろ!!」
 言葉を口にしている間に苛立ちが大きくなってきてしまい、だんだん声が大きくなっていた。
 レイはじっと黙って何か…言う言葉を考えている。
「…なんと言えばいいのか分からないわ」
 長い沈黙の後でそう答えた。レイにはどう答えるべきなのかそれを持ち合わせていないのだ。
「そう、」
 暫くしてレイが口を開いた。
「…貴方はなぜエヴァに乗るの?」
「そうだね…まだ、死にたくないからかな」
 これは嘘ではない。死んでしまうわけには行かない、そのためには使徒を倒さなければならない。
「綾波は?」
「…私はまだ、乗れないわ」
「…そうだったね…じゃあ、なぜ、乗ろうとするの?」
「…それが絆だから、」
「…あの男との?」
「いえ、そうではないわ」
「…そう」
 部屋が静寂に包まれる中、モニターは無駄な攻撃が続けられている映像を映し出している。バルーンダミーが射出され、シャムシェルが触手で突き破ると派手に破裂して、びっくりしたようでシャムシェルの体がびくっと震えた。
『シンジ君、初号機に搭乗して、出撃よ』
 ゆっくりと立ち上がる。
「行ってくるよ」
 一言レイに声を掛けてから待機室を出た。今のレイからはその言葉に何か返ってくることはなかったが…


 初号機に搭乗しシャムシェルに関して現在分かっている事を一通り教えられた。
『本体自体の機動力は低いけど、あの触手には気をつけて、基本的にヒットアンドアウエィよ』
「了解」
 初号機は射出され、手元にアクティブソードが射出された。アクティブソードを手に取り構える。
 シャムシェルは一定の距離を保っている。
『支援をするわ』
 兵装ビルが開き、ミサイルがシャムシェルの頭部に向かって大量に発射された。瞬時にシャムシェルの頭部は爆煙に包まれる。それを確認して初号機は一気に間合いを詰め襲いかかる触手を交わし、斬り込んだ。
 反応し攻撃を掛けてきたので、いったん距離を取り再び接近し斬る。数回繰り返すうちにシャムシェルの動きが鈍く成って来た。
「はああ!!」
 そしてとどめの一撃、コアへの突き、これでシャムシェルは沈黙した。
 コアを貫かれ地面に横たわるシャムシェルから視線を放したとき、ふと視界にあの丘が目に入った。
 確かあの丘は…と思ったとき警告音が鳴った。
「え?」
 画面が拡大されカメラを片手にはしゃぎまくるケンスケが映っている。
(愚か者)
 初号機が射出口に戻ったとき、丘の方に武装ヘリが飛んでいった。


 更衣室で着替えを済ませた頃にミサトが訪ねてきた。
「今日は御苦労様」
「…いえ、」
「今日はレイラさんは遅くなるそうだから私が送っていくわ、30分後に駐車場で待っていてくれるかしら?」
「自分で帰るから結構です」
「あら、そう…」
 ミサトは残念そうな顔をする。ミサトとは正直関わりたくない。別に関われないように血祭りに上げても…とは思うが、それをやってしまうのは拙いだろう。
「では、」
 シンジはミサトを残して更衣室を出た。


「御苦労様、」
 レイラはシンジのコップに麦茶を注ぎながら労いの言葉を掛けた。
「…そんな、大したことじゃないです」
「どうして?」
「…別に、ただ生き残るためにエヴァに乗って戦っただけだから、大した事をしたわけじゃないです」
「そう、でも私たちを助けてくれた訳でもあるわ、使徒に負けていれば私はここにいなかったわけだし…だから、ありがとう」
 シンジは気恥ずかしいのか顔を赤くしている。
「ふふ、」
 なんだか、こうして改まって言われると気恥ずかしくなってしまう…。
「え、えっと…お風呂入ってきます!」
 シンジのことを秘書課のみんながどう言っていたなどと言った話に入り、そう言った風に言われることにまるで慣れていないシンジは恥ずかしさに耐えれなくなり、お風呂へと直行した。
 一人残されたレイラは、シンジの事が可愛らしく思え、くすくすと笑っていた。
 

 レイラは湯船に浸かりながらシンジのことを考えていた。
 シンジとの間にはどこか薄いが壁があるような感じがするが、まだ、同居を初めてそんなに経っていないのだから当然かも知れない。
 しかし、シンジに感じる何か特別な気持ちは何なのだろう?この10年、こんな気持ちになったことは一度もなかったからか、それがなんなのか分からない。
「本当に、分からないわね…」
 もう一人…良くわからない特別な気持ちを受けるのは、シンジの父親、碇ゲンドウ副司令…なのだが、この親子と過去に何か接点でもあったのだろうか?しかし、蘭子から渡された資料を見る限りそう言ったものは何もなさそうである。それにしても、仮に何らかの接点があったとして10は年が離れている少年や、20以上離れている男性に抱く特別な感情とは何だろうか?その答えは考えてもまるで得ることはできなかった。