ユイの言葉は、二人から喜びを全て奪いさり、驚愕と、恐怖を与えた。 「ユイ!!何を言っている私だ!!そ、そうか!髭を!!」 碇は髭剃りを探し始めた。 「ユイ君!!そうか、髪か!」 何を血迷ったのか冬月は白髪染めを探し始めた。 しかし、次の言葉が二人の動きを止めた。 「・・・私は・・ユイと言うの?」 1時間後、二人は医師の前に座っていた。 「・・・・・、記憶喪失、それが症状の最も適当な表現かと」 医師は暫くの間、躊躇していたが、診断の結果を二人に伝えた。 「・・な、直る、見込みは?」 冬月が尋ねた。 「・・・・このような事例は、初めての事ですので、何があったのかすら不明です・・・それが分かれば、直る可能性があるのか、それとも無いのか、分かるかもしれませんが・・・現時点ではなんとも・・・」 原因不明は当然である。医師は、ネルフ中央病院所属でネルフ職員ではあるが、エヴァが如何言うものなのか知らない。エヴァと医学の両方に精通していたのは、ユイ本人とリツコくらいのものである。それに今、マヤがここにいたとしても、マヤでは医学の側の能力が足りないだろう。 「・・・そ、そうか・・・・」 碇の方は、まるで魂が抜けたかのように完全に放心していた。 ひょっとしたら彼が求めていたのは、彼を無条件で受け入れてくれる、正に聖母のような存在であり、ユイ自身ではなかったのかもしれない。まあ、それは、彼本人にしか・・いや、或いは彼自身も分からないかもしれない。 第3新東京市国際空港、第1ターミナルビル。 6thチルドレン、渚カヲルが到着した。 「ふふふ、ここが、第3新東京市か」 「・・因みに、ここは新横須賀市だが」 いつの間にそこにいたのか、黒服が訂正した。 「・・・・・そうかい、まあ、そんな事はどうでも良いさ、君は?」 「ネルフ本部保安2課の者だ、迎えに来た。」 「じゃあ、行こうか」 黒服はカヲルを車に案内した。 シンジは、病室で軽く声を出して笑っていた。 「くくくく、二人はどう思ったかな?ねぇ、母さん」 シンジは小さな赤い珠に向かって声を掛けた。 前回、レイの形見と成った、コアと同じ物である。 今は、光を内側に閉じ込めているか、光を発していない代わりに、魂の存在を示す精神場の揺らぎが発生していた。 精神空間 シンジは、ユイを気配を頼りに探した。 しかし、無限に近い広がりを持つ、この空間では難しかった。 「参ったな・・・近くに転送されるかと思っていたんだが・・・」 「・・・それよりも・・・」 シンジの姿は、20前後のようだった。 「精神が肉体に引っ張られていたとは・・・」 「・・ATフィールドの出力も低下しているだろうな・・・やはり、母さんの力が必要だ、何としてでも探し出さないとな」 シンジは先へと進んだ。 そして、どれほどの時間がたったのか、シンジも半分諦めかけていた時、突然ユイの気配を強く感じた。 「こっちだ!」 シンジは、気配の方へと急いだ。 ・・・・ ・・・・ ユイは、蹲りながら寝ていた。 「・・母さん・・」 シンジはユイに近付くと、ユイの周りにATフィールドを展開した。 「協力してね」 シンジはATフィールドを収束させた。 肉体なら圧壊するだろうが、これは魂、ユイの魂は収束し、コアになった。 シンジはノートパソコンを取り出した。 「さてと」 シンジはプログラムを起動させ、ユイの抜け殻にいれる為のユイの人形を作り出した。 「サルベージ開始まで寝るか」 シンジはノートパソコンとユイのコアを仕舞い、眠りについた。 病室、 「・・さて、綾波の所に行こう」 シンジは珠をケースに入れて仕舞うと、荷物を纏めて、病院を抜け出した。 「あ、忘れてた。」 シンジは忘れ者を取りに、ネルフ本部に向かった。 そして、ジオフロントゲートでカヲルと出くわした。 「碇、シンジ君だね」 「・・渚、カヲル・・」 シンジはカヲルを睨み付けた。 「おやおや、僕も有名だったんだねぇ、僕の方こそ自分の事を理解すべきかもしれないね」 「どうしたんだい?何か気に障るようなことでも言ったのかな?」 (ああ、前回な・・・まあ、言葉よりも行動のほうが大きいが、) 「いや、どの機体に乗るつもりかと思ってな」 「そうだねぇ、弐号機が一番良いんだけどね」 「あの、弐号機が君に扱い切れるのか?」 「出来る筈さ」 「・・・同じアダムより生まれし者だからかな?」 シンジはカヲルの直ぐ横を通り過ぎる瞬間に、カヲルにだけ聞こえるように囁いた。 カヲルは驚愕の表情を浮かべシンジを睨んだが、シンジは振り返らずに、中へと入って行った。 セントラルドグマ最下層にあるダミープラントの入り口まで到達した。 シンジは、偽造IDカードをスリットに通した。 カードの所有者は碇ユイ、レベルはA、更には使用した形跡すら残らない。 「母さんのIDカードは使えるよ、なんてったって、最上位のカードだからね」 もし、リツコがまだマギの管理をしていたら、大慌てで飛んでくるだろうが、今ネルフ本部にいる者で、この区画の管理情報を見ることが出来るのは、両司令官だけである。 シンジは明かりをつけた。 巨大な水槽には4体の素体が浮いていた。 「・・リツコさんが破壊したのか・・しかし、えげつないな、分かっていて避難させていたんだから、」 シンジは水槽から1体の素体を取りだし、服を着せた。 途中赤くなってしまったのはお約束である。 シンジはコントローラーを手に取り、前回の彼女達、そして、これからの彼女達の事を考え、複雑な気持ちに陥り、暫く躊躇していた。 「・・・・・・さよなら」 漸くシンジがボタンを押すと、3体の素体はばらばらに崩れていった。 暫くその場に止まった後、シンジは素体を負ぶってダミープラントを抜け出した。 中央エレベーターに乗って、ジオフロントゲートを目指している。 「さて、ここから、どうやって、見つからずに抜け出すか、」 素体には鬘を被せて分かりにくくはしたが、注目を集めては拙い。 「・・・本当は嫌なんだけど、」 シンジは女装をした。 ネルフの女子職員に変装している。 「まあ、数時間の間、僕だって分からなきゃ良いんだしね」 シンジは再び素体を負ぶってエレベーターを降りた。 じろじろと見る人間はいるが、敢えて声を掛けようと言う人間はいなく、そのままジオフロントゲートまで来た。 シンジは、ユイのカードでジオフロントゲートを通過した。 「やあ、待っていたよ」 カヲルが其処にいた。 保安部の人間は気絶している。 「・・・ちっ」 シンジは、素体を壁に凭れさせた。 「その格好も似合うね」 「それは挑発か?」 シンジはカヲルを睨み付けた。 「さあね、僕の任務には君の抹殺も含まれているんだよ」 「ほお、ゼーレの爺どもも少しはやるな」 「碇ゲンドウ氏の性格を考えればね」 「で、ここで殺すつもりか?」 「そうだよ、ここのセキュリティは殺したからね」 「それでか・・・」 (礼を言うよカヲル君) 「くすくす」 皮肉なもんだな、殺す為の準備が逆に助けになるとはと考え、思わず笑い声が漏れてしまった。 「何がおかしいんだい?」 「いや、君のおかげで少し事が楽に運んだのでね」 「じゃあ、その代わりに君の命を貰おうか」 カヲルはATフィールドの剣を作り出しシンジに斬りかかった。 しかし、赤い光が飛び散り高質的な音が響いた。 「ば、バカな」 シンジはATフィールドの盾でカヲルの剣を弾いていた。 「リリンがATフィールドを?」 シンジは拳銃を抜きカヲルに向けて撃った。 カヲルはATフィールドで防御しようとしたが、ATフィールドでコーティングされた弾丸はATフィールドを中和し、カヲルに突き刺さった。 「ぐああああああ!!!!!!」 シンジは黙って弾を込め、再びカヲルを撃った。 「くそっ!」 カヲルは防ぐのは止め弾を交わした。 「くっ、どこだ!」 しかし、既にカヲルの視界からシンジは消えていた。 「ここだよ」 シンジはカヲルの背後からATフィールドの剣を首筋に当てていた。 「チェックメイト」 「くっ」 「何か言い残す事は無いかな?」 前回、それが、偽りだったとしても、自分に好意を向けた者へせめてもの気持ちだったのか、問答無用で斬り捨てるような事はしなかった。 「・・そうだね・・」 「だめっ!!」 突然アスカが現れシンジを突き飛ばした。 「くっ」 シンジは突然の事に吹っ飛ばされ地面を転がった。 「アス!!!なっ!!!!」 シンジが見たのは、脇腹をATフィールドの剣に貫かれているアスカと、返り血を浴びているカヲルだった。 アスカはカヲルを突き飛ばし、脇腹から剣を強制的に抜いた。 かなりの出血である。 「ぐっ、」 「アスカ!!」 「早く行きなさい!!」 「・・ありがとう」 シンジは素体を負ぶって駆け出した。 「良くも邪魔をしてくれたね」 「く・・」 アスカは用意していたライフルを手に取った。 「ふっ、さっきの戦いを見ただろう、使徒である僕にそんなものなど」 カヲルの言葉に構わずアスカは引き金を引いた。 その瞬間、青白い光がカヲルのATフィールドを貫きカヲルの身体に当たり大爆発を起こした。 「ぐおおおお!!!」 カヲルの左肩が消し飛んでいた。 「どう?、陽電子、砲よ、」 アスカは第2弾を込めた。 「くそっ!」 カヲルは肩を修復させながらアスカに向けて走った。 アスカはリモコンのスイッチを押した。 その瞬間、カヲルは凄まじい火柱に包まれた。 「ぐあああああ!!」 火柱の中でカヲルは悶え苦しんでいる。 しかし、直ぐにATフィールドで炎を遮断した。 アスカは陽電子砲の第2射を放ち、カヲルのATフィールドを突き破り、両足を消し飛ばした。 「ぎゃあああああ!!!」 ATフィードを破られ再び業火に晒された。 アスカはふらつき、今にも倒れそうな足取りで距離を取った。 「・・さよなら・・」 アスカがスイッチを押した瞬間、カヲルの直ぐ側に仕掛けてあった指向性NN地雷が爆発した。 凄まじい爆発はカヲルをプラズマに分解するだけでは足りず、ネルフ本部の装甲を貫き、更にはジオフロント上部の天井都市にまで被害が及んだ。 「・・無事で、いなさいよ・・」 アスカは壁に身体を凭れさせ、ゆっくりと目を閉じた。 その頃、発令所は、正にパニックに陥っていたかと思うと、加賀が的確な指示を取り統率していた。 発令所職員は思想はともかく、戦術などにおいては加賀に絶大の信頼をしているようだ。 次々に被害の報告が入ってくる。 4時間後に纏まった被害早期報告書には、死亡・行方不明者の欄にチルドレンの名前が3人分書かれていた。 夜、第2新東京市、新千代田区、首相官邸、 シンジは専用のIDで中に入り、第1執務室に向かった。 「碇君!!!」 扉を開けた瞬間にレイが飛び付いて来た。 レイはぽろぽろと涙を溢れさせ、シンジの胸を濡らした。 「綾波、心配させてごめん」 シンジはレイを優しく抱き締めた。 暫くして、シンジが素体を負ぶっている事に気付いた。 「・・・碇君・・何故・・素体を連れて来たの?」 「母さんの復活の為だよ」 「・・・そう・・・そう言う事なのね」 その意をレイは理解したようだ。 「・・シンジ君・・」 「マヤさん、早速ですが、」 「どうすれば良いの?」 シンジは素体をソファーに寝かせ、ケースを取りだし、中からコアを取り出した。 「綾波、頼めるかな?」 「ええ」 レイはコアを受け取り、素体の上半身の服を脱がせ、胸にコアを当てた。 周囲にATフィールドが無数に展開された。 その上でゆっくりとアンチATフィールドを展開し、手を素体と同化させ、胸の中へとコアを進めた。 5分ほどで作業は終わった。 「ありがとう、綾波」 「いい、私のお母さんでもあるもの」 1時間後、ユイはレイに看てもらい、二人は竹下に会う為に、第2執務室に向かった。 第2執務室では、竹下が漸く来たかと言う感じで待っていた。 「無事だったようだね」 「ええ、で、全ての準備は揃いましたか?」 「ああ、いつでも実行に移せる」 「では、A−801を」 「分かっている」 ネルフ本部、発令所、 「第2東京から通告です!!」 青葉が叫んだ。 竹下がメインモニターに映った。 『現在、ネルフ本部に、対使徒戦に耐え得るだけの戦力は無い。よって、現時刻を持って、特令A−801を発動する。』 「「「「・・A−801・・」」」」 『特務機関ネルフの特例による法的保護は破棄され、翌日、日付け変更と共に、ネルフ司令部の全指揮権は日本政府に移る。』 職員達は無言でモニターの竹下を見た。 『指揮権の移行は平和的に行われる事を望む。』 暗に、拒否すれば武力行使を行うと言っている。 『では、明日、又会おう』 モニターは消えた。 ネルフ中央病院、 碇は、今日一日接してみて分かった。 ユイは記憶だけでなく感情も失われている。 当然と言えば当然である。 ここにあるのは、正に人形。魂、即ち心は、ここには無いのだから、 「司令、日本政府からA−801が発令されましたが、どうなさいますか?」 碇は椅子に腰掛け只項垂れていた。 「・・・もはや、ネルフには抵抗するだけの力も無い、素直に受け入れよう・・・ただし、全職員及び関係者の、社会的保護を条件にな・・・」 冬月が碇に代わり、副司令としての最後の指示をした。 「はい、そう伝えます」 翌日、午前0時過ぎ、ネルフの提示した条件を日本政府は快諾し、特務機関ネルフ本部及び、その付属施設は、全て日本政府の指揮下に置かれた。
あとがき 遂に大台10話に乗りました。 カヲルは単発に終わってしまいました。 日本政府が動き出し、ネルフが日本政府の指揮下に置かれます。 残る使徒は、アルミサエル、果たしていかにして戦うのか、 カヲルを消されたゼーレはどう言った行動に出るか いよいよ終盤、頑張りましょう 取り敢えず、完結させて連載の数を減らそうと思います。 暗黒編第7話をちょっと書いてみたけれど・・・・ うわ〜!な事になってます。 今のところ、第6話ほど残虐ではありませんが・・・・