背徳 逆行編

◆第10話

ユイの言葉は、二人から喜びを全て奪いさり、驚愕と、恐怖を与えた。
「ユイ!!何を言っている私だ!!そ、そうか!髭を!!」
碇は髭剃りを探し始めた。
「ユイ君!!そうか、髪か!」
何を血迷ったのか冬月は白髪染めを探し始めた。
しかし、次の言葉が二人の動きを止めた。
「・・・私は・・ユイと言うの?」


1時間後、二人は医師の前に座っていた。
「・・・・・、記憶喪失、それが症状の最も適当な表現かと」
医師は暫くの間、躊躇していたが、診断の結果を二人に伝えた。
「・・な、直る、見込みは?」
冬月が尋ねた。
「・・・・このような事例は、初めての事ですので、何があったのかすら不明です・・・それが分かれば、直る可能性があるのか、それとも無いのか、分かるかもしれませんが・・・現時点ではなんとも・・・」
原因不明は当然である。医師は、ネルフ中央病院所属でネルフ職員ではあるが、エヴァが如何言うものなのか知らない。エヴァと医学の両方に精通していたのは、ユイ本人とリツコくらいのものである。それに今、マヤがここにいたとしても、マヤでは医学の側の能力が足りないだろう。
「・・・そ、そうか・・・・」
碇の方は、まるで魂が抜けたかのように完全に放心していた。
ひょっとしたら彼が求めていたのは、彼を無条件で受け入れてくれる、正に聖母のような存在であり、ユイ自身ではなかったのかもしれない。まあ、それは、彼本人にしか・・いや、或いは彼自身も分からないかもしれない。


第3新東京市国際空港、第1ターミナルビル。
6thチルドレン、渚カヲルが到着した。
「ふふふ、ここが、第3新東京市か」
「・・因みに、ここは新横須賀市だが」
いつの間にそこにいたのか、黒服が訂正した。
「・・・・・そうかい、まあ、そんな事はどうでも良いさ、君は?」
「ネルフ本部保安2課の者だ、迎えに来た。」
「じゃあ、行こうか」
黒服はカヲルを車に案内した。


シンジは、病室で軽く声を出して笑っていた。
「くくくく、二人はどう思ったかな?ねぇ、母さん」
シンジは小さな赤い珠に向かって声を掛けた。
前回、レイの形見と成った、コアと同じ物である。
今は、光を内側に閉じ込めているか、光を発していない代わりに、魂の存在を示す精神場の揺らぎが発生していた。


精神空間
シンジは、ユイを気配を頼りに探した。
しかし、無限に近い広がりを持つ、この空間では難しかった。
「参ったな・・・近くに転送されるかと思っていたんだが・・・」
「・・・それよりも・・・」
シンジの姿は、20前後のようだった。
「精神が肉体に引っ張られていたとは・・・」
「・・ATフィールドの出力も低下しているだろうな・・・やはり、母さんの力が必要だ、何としてでも探し出さないとな」
シンジは先へと進んだ。
そして、どれほどの時間がたったのか、シンジも半分諦めかけていた時、突然ユイの気配を強く感じた。
「こっちだ!」
シンジは、気配の方へと急いだ。
・・・・
・・・・
ユイは、蹲りながら寝ていた。
「・・母さん・・」
シンジはユイに近付くと、ユイの周りにATフィールドを展開した。
「協力してね」
シンジはATフィールドを収束させた。
肉体なら圧壊するだろうが、これは魂、ユイの魂は収束し、コアになった。
シンジはノートパソコンを取り出した。
「さてと」
シンジはプログラムを起動させ、ユイの抜け殻にいれる為のユイの人形を作り出した。
「サルベージ開始まで寝るか」
シンジはノートパソコンとユイのコアを仕舞い、眠りについた。
 

病室、
「・・さて、綾波の所に行こう」
シンジは珠をケースに入れて仕舞うと、荷物を纏めて、病院を抜け出した。
「あ、忘れてた。」
シンジは忘れ者を取りに、ネルフ本部に向かった。
そして、ジオフロントゲートでカヲルと出くわした。
「碇、シンジ君だね」
「・・渚、カヲル・・」
シンジはカヲルを睨み付けた。
「おやおや、僕も有名だったんだねぇ、僕の方こそ自分の事を理解すべきかもしれないね」
「どうしたんだい?何か気に障るようなことでも言ったのかな?」
(ああ、前回な・・・まあ、言葉よりも行動のほうが大きいが、)
「いや、どの機体に乗るつもりかと思ってな」
「そうだねぇ、弐号機が一番良いんだけどね」
「あの、弐号機が君に扱い切れるのか?」
「出来る筈さ」
「・・・同じアダムより生まれし者だからかな?」
シンジはカヲルの直ぐ横を通り過ぎる瞬間に、カヲルにだけ聞こえるように囁いた。
カヲルは驚愕の表情を浮かべシンジを睨んだが、シンジは振り返らずに、中へと入って行った。


セントラルドグマ最下層にあるダミープラントの入り口まで到達した。
シンジは、偽造IDカードをスリットに通した。
カードの所有者は碇ユイ、レベルはA、更には使用した形跡すら残らない。
「母さんのIDカードは使えるよ、なんてったって、最上位のカードだからね」
もし、リツコがまだマギの管理をしていたら、大慌てで飛んでくるだろうが、今ネルフ本部にいる者で、この区画の管理情報を見ることが出来るのは、両司令官だけである。
シンジは明かりをつけた。
巨大な水槽には4体の素体が浮いていた。
「・・リツコさんが破壊したのか・・しかし、えげつないな、分かっていて避難させていたんだから、」
シンジは水槽から1体の素体を取りだし、服を着せた。
途中赤くなってしまったのはお約束である。
シンジはコントローラーを手に取り、前回の彼女達、そして、これからの彼女達の事を考え、複雑な気持ちに陥り、暫く躊躇していた。
「・・・・・・さよなら」
漸くシンジがボタンを押すと、3体の素体はばらばらに崩れていった。
暫くその場に止まった後、シンジは素体を負ぶってダミープラントを抜け出した。


中央エレベーターに乗って、ジオフロントゲートを目指している。
「さて、ここから、どうやって、見つからずに抜け出すか、」
素体には鬘を被せて分かりにくくはしたが、注目を集めては拙い。
「・・・本当は嫌なんだけど、」
シンジは女装をした。
ネルフの女子職員に変装している。
「まあ、数時間の間、僕だって分からなきゃ良いんだしね」
シンジは再び素体を負ぶってエレベーターを降りた。
じろじろと見る人間はいるが、敢えて声を掛けようと言う人間はいなく、そのままジオフロントゲートまで来た。
シンジは、ユイのカードでジオフロントゲートを通過した。
「やあ、待っていたよ」
カヲルが其処にいた。
保安部の人間は気絶している。
「・・・ちっ」
シンジは、素体を壁に凭れさせた。
「その格好も似合うね」
「それは挑発か?」
シンジはカヲルを睨み付けた。
「さあね、僕の任務には君の抹殺も含まれているんだよ」
「ほお、ゼーレの爺どもも少しはやるな」
「碇ゲンドウ氏の性格を考えればね」
「で、ここで殺すつもりか?」
「そうだよ、ここのセキュリティは殺したからね」
「それでか・・・」
(礼を言うよカヲル君)
「くすくす」
皮肉なもんだな、殺す為の準備が逆に助けになるとはと考え、思わず笑い声が漏れてしまった。
「何がおかしいんだい?」
「いや、君のおかげで少し事が楽に運んだのでね」
「じゃあ、その代わりに君の命を貰おうか」
カヲルはATフィールドの剣を作り出しシンジに斬りかかった。
しかし、赤い光が飛び散り高質的な音が響いた。
「ば、バカな」
シンジはATフィールドの盾でカヲルの剣を弾いていた。
「リリンがATフィールドを?」
シンジは拳銃を抜きカヲルに向けて撃った。
カヲルはATフィールドで防御しようとしたが、ATフィールドでコーティングされた弾丸はATフィールドを中和し、カヲルに突き刺さった。
「ぐああああああ!!!!!!」
シンジは黙って弾を込め、再びカヲルを撃った。
「くそっ!」
カヲルは防ぐのは止め弾を交わした。
「くっ、どこだ!」
しかし、既にカヲルの視界からシンジは消えていた。
「ここだよ」
シンジはカヲルの背後からATフィールドの剣を首筋に当てていた。
「チェックメイト」
「くっ」
「何か言い残す事は無いかな?」
前回、それが、偽りだったとしても、自分に好意を向けた者へせめてもの気持ちだったのか、問答無用で斬り捨てるような事はしなかった。
「・・そうだね・・」
「だめっ!!」
突然アスカが現れシンジを突き飛ばした。
「くっ」
シンジは突然の事に吹っ飛ばされ地面を転がった。
「アス!!!なっ!!!!」
シンジが見たのは、脇腹をATフィールドの剣に貫かれているアスカと、返り血を浴びているカヲルだった。
アスカはカヲルを突き飛ばし、脇腹から剣を強制的に抜いた。
かなりの出血である。
「ぐっ、」
「アスカ!!」
「早く行きなさい!!」
「・・ありがとう」
シンジは素体を負ぶって駆け出した。
「良くも邪魔をしてくれたね」
「く・・」
アスカは用意していたライフルを手に取った。
「ふっ、さっきの戦いを見ただろう、使徒である僕にそんなものなど」
カヲルの言葉に構わずアスカは引き金を引いた。
その瞬間、青白い光がカヲルのATフィールドを貫きカヲルの身体に当たり大爆発を起こした。
「ぐおおおお!!!」
カヲルの左肩が消し飛んでいた。
「どう?、陽電子、砲よ、」
アスカは第2弾を込めた。
「くそっ!」
カヲルは肩を修復させながらアスカに向けて走った。
アスカはリモコンのスイッチを押した。
その瞬間、カヲルは凄まじい火柱に包まれた。
「ぐあああああ!!」
火柱の中でカヲルは悶え苦しんでいる。
しかし、直ぐにATフィールドで炎を遮断した。
アスカは陽電子砲の第2射を放ち、カヲルのATフィールドを突き破り、両足を消し飛ばした。
「ぎゃあああああ!!!」
ATフィードを破られ再び業火に晒された。
アスカはふらつき、今にも倒れそうな足取りで距離を取った。
「・・さよなら・・」
アスカがスイッチを押した瞬間、カヲルの直ぐ側に仕掛けてあった指向性NN地雷が爆発した。
凄まじい爆発はカヲルをプラズマに分解するだけでは足りず、ネルフ本部の装甲を貫き、更にはジオフロント上部の天井都市にまで被害が及んだ。
「・・無事で、いなさいよ・・」
アスカは壁に身体を凭れさせ、ゆっくりと目を閉じた。


その頃、発令所は、正にパニックに陥っていたかと思うと、加賀が的確な指示を取り統率していた。
発令所職員は思想はともかく、戦術などにおいては加賀に絶大の信頼をしているようだ。
次々に被害の報告が入ってくる。


4時間後に纏まった被害早期報告書には、死亡・行方不明者の欄にチルドレンの名前が3人分書かれていた。


夜、第2新東京市、新千代田区、首相官邸、
シンジは専用のIDで中に入り、第1執務室に向かった。
「碇君!!!」
扉を開けた瞬間にレイが飛び付いて来た。
レイはぽろぽろと涙を溢れさせ、シンジの胸を濡らした。
「綾波、心配させてごめん」
シンジはレイを優しく抱き締めた。
暫くして、シンジが素体を負ぶっている事に気付いた。
「・・・碇君・・何故・・素体を連れて来たの?」
「母さんの復活の為だよ」
「・・・そう・・・そう言う事なのね」
その意をレイは理解したようだ。
「・・シンジ君・・」
「マヤさん、早速ですが、」
「どうすれば良いの?」
シンジは素体をソファーに寝かせ、ケースを取りだし、中からコアを取り出した。
「綾波、頼めるかな?」
「ええ」
レイはコアを受け取り、素体の上半身の服を脱がせ、胸にコアを当てた。
周囲にATフィールドが無数に展開された。
その上でゆっくりとアンチATフィールドを展開し、手を素体と同化させ、胸の中へとコアを進めた。
5分ほどで作業は終わった。
「ありがとう、綾波」
「いい、私のお母さんでもあるもの」


1時間後、ユイはレイに看てもらい、二人は竹下に会う為に、第2執務室に向かった。
第2執務室では、竹下が漸く来たかと言う感じで待っていた。
「無事だったようだね」
「ええ、で、全ての準備は揃いましたか?」
「ああ、いつでも実行に移せる」
「では、A−801を」
「分かっている」


ネルフ本部、発令所、
「第2東京から通告です!!」
青葉が叫んだ。
竹下がメインモニターに映った。
『現在、ネルフ本部に、対使徒戦に耐え得るだけの戦力は無い。よって、現時刻を持って、特令A−801を発動する。』
「「「「・・A−801・・」」」」
『特務機関ネルフの特例による法的保護は破棄され、翌日、日付け変更と共に、ネルフ司令部の全指揮権は日本政府に移る。』
職員達は無言でモニターの竹下を見た。
『指揮権の移行は平和的に行われる事を望む。』
暗に、拒否すれば武力行使を行うと言っている。
『では、明日、又会おう』
モニターは消えた。


ネルフ中央病院、
碇は、今日一日接してみて分かった。
ユイは記憶だけでなく感情も失われている。
当然と言えば当然である。
ここにあるのは、正に人形。魂、即ち心は、ここには無いのだから、
「司令、日本政府からA−801が発令されましたが、どうなさいますか?」
碇は椅子に腰掛け只項垂れていた。
「・・・もはや、ネルフには抵抗するだけの力も無い、素直に受け入れよう・・・ただし、全職員及び関係者の、社会的保護を条件にな・・・」
冬月が碇に代わり、副司令としての最後の指示をした。
「はい、そう伝えます」


翌日、午前0時過ぎ、ネルフの提示した条件を日本政府は快諾し、特務機関ネルフ本部及び、その付属施設は、全て日本政府の指揮下に置かれた。

あとがき
遂に大台10話に乗りました。
カヲルは単発に終わってしまいました。
日本政府が動き出し、ネルフが日本政府の指揮下に置かれます。
残る使徒は、アルミサエル、果たしていかにして戦うのか、
カヲルを消されたゼーレはどう言った行動に出るか
いよいよ終盤、頑張りましょう
取り敢えず、完結させて連載の数を減らそうと思います。
暗黒編第7話をちょっと書いてみたけれど・・・・
うわ〜!な事になってます。
今のところ、第6話ほど残虐ではありませんが・・・・