文明の章

第参拾七話

◆最後の日常

3月13日(日曜日)、東京帝国グループ総本社ビル第2秘書官室、
榊原が、ネルフとそれに関わる人物との相関関係を整理していた。
「う〜〜ん」
「どうかしたんですか?」
何か悩んでいる榊原に、丁度来ていたミユキが尋ねた。
「いやね、俺には、どうも会長と、碇、綾波両チルドレンとの間に関係が有るように思えて仕方が無いんだ」
「会長と、両チルドレンの関係?」
ミユキは再び尋ねた。
「あの会長が損得無しでこれだけの手の込んだ真似をするはずがない。」
「でも、東京帝国グループにとっても最終的には大きなに利益になるんでしょ」
「だとしてもだ。これは手が込み過ぎている。ここまでするからには何らかの理由が有る」
・・・確かにそうかもしれない。
耕一は自分の楽しみの為に色々と手の込んだ事をする。
だが・・・これは少し手が込み過ぎているのかもしれない。
「会長と蘭子さんとの内緒の計画ですか?」
「・・それもあるかもしれない・・・だが、俺にはそれだけでは無い気がする」
「何らかの根拠はあるんでしょうね」
「ああ、一応な」
榊原は二人の写真と碇とユイの写真を取り出した。
「似てますね」
特に、ユイとレイは色素こそ違えど、うりふたつである。
「そう、そして、こちらは余りにも似ていない」
ミユキは頷いた。
「ここに会長の顔を並べてみる」
「似てないとは言えませんが、あんまり似ているとも言えないですね」
「ああ、だが、こっちよりは遥かに近い」
「でも、それは、これが似ていなさ過ぎるだけでは?」
妙な沈黙が流れた。
「・・・未だ有る。」
榊原は、ファイルを開いた。
そこには、ユイへの支援の数々が書かれていた。
「これだけの手の込んだ支援をすると思うか?」
「確かに・・・直接会っている回数が多いですね」
「ああ、セカンドインパクト後の忙しい時もA.S.2年以降はしっかり会っている。」
「確かに・・でも、いつもの気まぐれじゃ?」
「気まぐれで親子2代続けるか?」
「・・・少し変ですね」
流石に・・・と言ったところか、
「俺は、碇ユイ博士が会長の娘、或いは、愛人じゃないかと思う」
「良いんですか?会長が知ったらただじゃ済みませんよ」
「良いんだよ。あの人は俺には秘密にしておいて、それに対して如何なる答えを導くかを楽しんでる人だから・・・ああ、当然、外には漏らさないでくれよ」
「当然です。皇妃の耳に入ったら、夫婦喧嘩で地球連邦が滅びます。」
「で、君はどう思う?」
「・・・・そうですねぇ・・・・榊原さん遊ばれてますね♪」
榊原は思い切り頭を机にぶつけた。
「しかしだな・・・必ず何か関係はあるはずだ」
(案外、榊原さんをからかうのが目的だったりして)
ミユキは軽くクスッと笑って、退室した。


3月14日(月曜日)朝、第3新東京市、
シンジとアスカが並んで歩いている。
今、登校中である。
以前は見かけた他の生徒や通勤中のサラリーマンの姿は殆ど見当たらない。
車もたまにすれ違うくらいである。
いつもの待ち合わせ場所の交差点にレイが立っている。
シンジはレイの姿を確認すると軽い笑みを浮かべ、やはり、その表情を見たアスカはどこか不機嫌になる。
「おはよう、綾波」
「おはよ」
「・・おはよう、シンジ君に、弐号機パイロット」
「行こうか」
レイは軽く頷き、3人は、学校に向かって歩き始めた。
そして、暫くしたところで、カヲルと出くわした。
「おや、シンジ君おはよう、今日も良い天気だね〜」
「おはよう、カヲル君」
カヲルは、シンジの横に並びたいようだが、左をレイが右をアスカががっちりと占領していたので直ぐに諦めた。
アスカは敵視に近いような視線を送っている。
「おやおや、まあ、良いさ、行こうか」
「みゃ〜」
そして、4人と1匹は揃って学校の校門をくぐった。


第3新東京市立第壱中学校2−A、
「起立!」
「礼!」
「着席!」
・・・
・・・
・・・
「で、そのころ、私は・・・」
又ループに入り始めた。
シンジは窓際の席で居眠りをしているレイ、そして、窓越しに空を眺めた。
いつまでこんな日常が続けられるのであろうか・・・
このまま永遠に続くとは思えない。
使徒が来る限り・・・・
今、第3新東京市に残っているものの大半がネルフ関係者と、その家族、そして、ネルフと取引を持つ企業の関係者とその家族である。
シンジはこの日常と言う空間が好きだ。
いや、第3新東京市に来てから好きになったと言うべきか・・・
嘗て、第2新東京市にいた頃は、ただ、義務的なものとして過ごしていた。
第3新東京市に来てから、辛く耐えられないような事も多い、だが、その一方で、友人が増え、快く受け入れてくれるものができた。
ケンスケ、委員長、カヲル・・・トウジは・・・・
そして、家族・・・姉であり、母親の役をするミサト・・・まぁ、全うしているとは言いがたく・・最も、家事は自分なのだが・・・・・
アスカは歳が近い姉妹に当たるのであろうか・・・・
そして、ほのかな恋心を寄せる、レイ・・・
父、碇ゲンドウとも僅かではあるが話が出来るようにはなった。・・・まあ、これはまだまだだが、
リツコやマヤ、加持を初めとするネルフの皆・・・
行き詰まった時、解決へと導いてくれる耕一・・・
・・・・今の日常を壊したくは無い。守りたいと思う。
・・・・これからいかなる使徒が現れ、どのような戦いに成るのか・・・
そして、それがこの日常を破壊しないかと不安になる。
(ん?)
カヲルがチャットで話し掛けて来ていた。
《何をそんなに思い詰めているんだい?》
シンジはキーボードを叩いた。
《これから現れる使徒に、この日常が壊されないかと不安なんだ》
シンジが送信ボタンを押した後、その文章を見たカヲルは顔を顰めた。


昼休みに入った。
(アタシがシンジを好きな理由・・・アタシをアタシ自身を見てくれるから・・・)
(・・・アスカ、行くわよ)
アスカは弁当を持ってシンジに近寄った。
「シンジ〜、一緒に食べて良い?」
「うん、良いよ、ね、綾波も」
レイはコクリと頷いた。
アスカは軽く溜息をついたが、まあ、当然よねと、流した。
そして、そこで、カヲルが来ないように睨みを利かした。
カヲルの方はやれやれと言った仕草をした後、教室を出て行った。
窓際の席をくっつけて弁当を広げた。
3つの弁当、中身はレイのものだけ肉や魚が入っていないが、他は同じである。
量的には、レイの弁当に2品程肉や魚を加え御飯の量を少し増やしたものがシンジの弁当で、おかず御飯共に大きく増やしたものがアスカの弁当である。
レイの弁当箱の3倍以上ある。
「さて、食べましょか」
教室の後ろの方では、今日はヒカリが一人で弁当を食べていた。
アスカのことを応援しつつも、既に、間に合わないんだろうな・・・と悲観的な見方をしている。
シンジがレイを捨ててアスカを取るとはどうしても思えないのである。
では、逆はどうなのであろうか・・・
もし、アスカも捨てる事が出来ないとしたら・・・・シンジは一体どうするのであろうか?


校舎裏の、日陰でカヲルが購買で買って来たパンを食べていた。
「う〜ん、この焼き蕎麦パンはとても素晴らしいよ、まさにリリンの生み出した食文化の極みだね」
「みゃ〜」
「ん?タブリス君も食べるかい?」
タブリスは首を振った。
「・・・そうかい・・こんなに美味しいのに・・・」
「・・みゃ〜・・・」
タブリスはどこか呆れているようでもある。


夕方、ミサトのマンション、
「・・・」
ミサトがどこか遠くを見るようなうつろな目をしている。
最近一人になるとたまにそんな目をしている時が有る。
「・・・ミサトさん」
シンジが声をかけると直ぐに普段のミサトに戻る。
「ん?なに?」
「・・・何かあったんですか?」
「ん?何でも無いわよ、ちょっち疲れてただけよ、」
「おいっちに〜さんし」
ミサトは軽く体操をする仕草をして、空元気を強調した・・・


夜、シンジは自分の部屋のベッドに横に成っていた。
「・・・」
何があったのかは分からない・・・
だが、もはや、日常の終わりは直ぐそこまで来ているのかもしれない・・・・
「・・・」
シンジは恐怖を振り払うかのように首を振って、布団を頭から被った。


3月15日(火曜日)ネルフ本部、技術棟、
シンジ、レイ、アスカの3人がシンクロの訓練をしている。
「アスカ、やはり回復しているわね」
「そりゃ、良かったじゃないの」
「おやおや、弐号機は修理中だし、僕の出番は当分無しと言う事ですか」
未だシュミレーションの準備ができていないカヲルは見学である。
「そうなるでしょうね」
「では引き続き、戦闘シュミレーションに入ります。」
仮想空間上で、3体のエヴァが使徒と戦っている。


シンジが更衣室から出た時、丁度廊下で碇がレイと話していた。
「レイ、これから食事でもどうだ?」
レイはシンジの方を振り返り、視線でシンジの意思を尋ねた。
二人は直ぐにその意味に気付いた。
「・・・シンジ・・・お前も来るか?」
「・・・・」
シンジは暫く迷っていたが、最終的には頷いた。


職員食堂、
碇はロースカツ定職、シンジはシーフードピザ、レイは肉抜きカレーを注文した。
3人は無言で食べ始める。
皆、一般職員は3人との間に1つ以上のテーブルを空けて座っている。
「あら?珍しいですわね」
視線を声の方に向けるとリツコとマヤがトレイを持って立っていた。
「・・赤木博士か」
シンジと碇が少しは歩み寄っているのだろうと言う事でマヤは笑みを浮かべている。
(司令が、シンジ君をレイといっしょに誘ったとでも言うの?とすると、計画は順調に、・・もう直ぐ達成されるわね)
(・・・何か・・企んでいるな・・・)
「では、私達はこれで」
「・・問題無い・・」
二人は軽く頭を下げて立ち去った。
この3人に共通の話題など無いと言って良い。
その後も、無言のまま食事は終わりを告げた。
碇は時計に目をやった。
「・・時間だ、私はもう行く」
碇は席を立ち、去ろうとした。
「あ、あの!」
シンジは慌てて呼び止めた。
「・・何だ?」
「あの・・今日は・・・その・・父さんと一緒に食事ができて・・嬉しかった・・」
ゆっくりとシンジは綺麗な笑みを浮かべた。
「・・・そうか」
軽く表情を緩めたような気がした後、碇は立ち去った。


その後もシュミレーションによる戦闘訓練を受けていた為、アスカやカヲルとは時間が合わず、シンジとレイの二人で帰路についていた。
「・・・・父さんと一緒に食事をしたの・・何年ぶりなんだろ・・」
シンジはなんとなく零した。
「・・・嬉しかったの?」
「・・・多分・・・」
「そう、良かったわね」
それにレイは軽い微笑を浮かべてくれる。
「・・そうだね」
二人はそれぞれスリットにIDカードを通し、ジオフロントゲートを通った。
空は既に暗く、月や星が出ていた。
都市機能が低下しているため、都市の明かりが少なく、普通よりも多くの星が見える。
「・・皮肉なもんだね」
「・・・・そうかもしれないわね」
暫く2人は黙って夜空を見上げていた。
月光をその身に浴び、レイはうっすらと蒼く輝いている。
やはり、超越した美しさである。
シンジはレイに見惚れている。
「・・・どうしたの?」
「あ・・・いや・・・そのぉ・・・」
シンジは赤くなって軽く俯いた。
「・・・その・・・・歩く?」
「・・ええ・・」
ここからでは少し距離があるが、歩く事にした。
目が慣れてくると、月光と所々にある街灯で十分に明るい。
暫く、無言で歩いた。
レイは、耕一の様に力を持っているわけではないが、シンジの心の支えになってくれる。
シンジはレイを非常に信用している。
レイになら色々と打ち明けられる。
思念の海で出会った存在に色々と打ち明けられたのは、レイに近い存在だと感じたからでもあろう。
今の気持ち、悩みをレイに打ち明ける事にした。
「・・僕ね、ここに来てから日常って言うのかな?・・・まあ、そう言った物が好きになったんだ・・」
レイは黙って続きを促した。
「前に第2新東京市にいた時は、別に好きなもんじゃなかった・・・」
「でも、ここ・・・第3新東京市に来てからは、いろんな事があった・・・」
「・・・耐えられないくらい嫌な事も、色々とあったけど・・・」
「色々と良い事も有った。」
「・・・」
レイはシンジの話を聞きながら、色々と回想している様だ。
「友達も出来たし、家族も出来た。」
トウジ、ケンスケ、ヒカリ、ミサト、アスカ・・・
「色々と良い人とも知り合った。」
耕一、蘭子、加持・・・・
「父さんとも・・分かり合えるかもしれないし、」
「・・・それに、綾波とも会えたし・・」
「・・私と?」
シンジは少し恥ずかしげに頷き、それを見たレイは赤くなって俯いた。
「・・エヴァに乗り、使徒と戦うと言う事を含めても、僕はこの、今の、日常って言うのが好きなんだよ・・・」
シンジは表情を暗くした。
「・・・でも、人はどんどん減っている。ネルフの状況も悪くなってきているみたいだし・・・」
「・・・・使徒が現れつづけたら、この今の日常が壊されてしまう・・・」
声から不安、そして恐怖が伝わってくる。
「・・・碇君・・・」
少し心配げに声をかけた。
「・・・不安なんだ・・・怖いんだ・・・」
レイはシンジの不安を減らす為に、本来シンジのセキュリティレベルでは知る事のできない事を話す事にした。
「・・・後、残る使徒は・・2体よ・・」
「2?」
「・・第拾六使徒アルミサエル、第拾七使徒タブリスその2体だけ」
果ての無い戦いではない。もう、終わりは直ぐそこまで見えている。
その二つの使徒との戦いを潜り抜ければ、この使徒戦から開放される。
その二つの使徒からこの日常を護れば護り抜けるのだ。
たった、2つ・・・
「・・・2つ、か・・・」
希望が見えたからか、シンジは少し表情を明るくした。
その後、2人は無言で歩き、二人が別れる地点までやって来た。
「・・シンジ君、私はここで」
「あ、うん、じゃあ、又」
「ええ、」
二人は別れ、それぞれの家へと足を進めた。


あとがき
遂に、日常にも陰りが見えてきましたね。
その一方で、漸く僅かながらも歩み寄り始めた碇親子、
レイ、シンジ、アスカ、カヲル、チルドレン達は、これからどうなるのでしょうね。

次回予告
シンジと急速に仲を深めるカヲル。
二人の後をつけたアスカは、カヲルに一杯食わされる。
そんな中、遂にシンジが護りたかった日常に最後が訪れる。
第拾六使徒アルミサエルが第3新東京市に襲来する。
アルミサエルは零号機に生体融合をしかけてくる。
現か幻かそんな中で、レイは別の存在と触れ合う。
零号機の危機に、碇は初号機の凍結を解除し、出撃命令を出す。
アルミサエルは初号機に襲いかかる。
レイは、初号機を、シンジを守る為に決断する。
次回 第参拾八話 ReiT