文明の章

第拾九話

◆使徒、侵入

12月8日(火曜日)、A.M.8:01、ネルフ本部第1発令所。
「第127次定期検診異常無し」
「了解・・御疲れ様。皆、テスト開始まで休んでちょうだい」


A.M.8:11、女子トイレ。
リツコは洗面台で顔を洗った。
「異常なしか、母さんは今日も元気なのに・・・私は、只歳を取るばかりか。」
リツコは、鏡に映る自分の顔を見詰めた。


A.M.9:14、プリブノーボックス。
今日は、プラグスーツの補助無しで、直接肉体からハーモニクスを抽出する試験が行われる。
「各パイロットエントリー準備完了しました。」
「実験スタート」
リツコの指令で実験が始まった。
「シミュレーションプラグを挿入」
「模擬体経由でシステムをマギ本体と接続します。」
・・・
膨大な情報がガラスの中のプラズマモニターに表示され流れている。
「お〜早い早い、初実験の時1週間も掛かったのが嘘みたいだわ。」
・・・
「レイ、右手を動かしてみて」
『はい』
模擬体の手が動いた。
「データ収集順調です。」
「問題は無い様ね、マギを通常に戻して。」
『マギ通常モードに戻ります』
3体のマギのイメージが表示され討議を行っている。
「ジレンマか・・作った人間の性格が伺えるわね。」
「何いってんの?作ったのはあんたでしょ」
「何も知らないのね。」
ミサトはちょっとむっとした。
「リツコが私みたく自分の事べらべらと話さないからでしょ。」
「私はシステムアップしただけ、基礎理論を作ったのは母さんよ。」
決議が出たようだ。


A.M.9:31、プリブノーボックス。
異常を告げる報告が入った。
「又水漏れ!?」
「いえ、侵食だそうです。この上の蛋白壁。」
「参ったわね・・・テストに支障は?」
マヤは表示を見回した。
「いえ、今の所は何も」
「ではテストを続けて、このテストはおいそれとは中断できないわ。」
「碇司令も五月蝿いし。」
リツコは呟き正面を向いた。
「テストは3時間で終了する予定です。」
「エヴァ零号機コンタクト開始、マギ経由でエヴァ零号機本体と接続します。」
「ATフィールド、発生します。」
アラームが鳴った。
「如何したの!?」
『シグマユニットAフロアに汚染警報発令』
「第87蛋白壁が劣化、発熱しています。」
「蛋白壁の侵食が拡大、爆発的な速さです。」
「第6パイプにも侵食発生。」
「実験中止、第6パイプを緊急閉鎖」
「はい」
マヤはボタンを押した。
次々に表示が赤から緑に変わった。
「駄目です、侵食は壁伝いに拡大しています。」
「ポルスオフ用意、レーザー出力最大で侵入と同時に発射。」
「侵食部更に拡大、来ます。」
緊張が走った。
『きゃあ!』
レイの悲鳴が聞こえた。
「「レイ」」
模擬体が動いている。
「模擬体が動いています。」
「まさか」
リツコはマヤの方に行った。
「侵食部更に拡大、模擬体の下垂システムを犯しています。」
模擬体の手が近付いて来た。
リツコはケースを割り、緊急レバーを引いた。
模擬体の手が千切れ、手がガラスに激突し罅が入った。
「レイは!?」
「無事です。」
「全プラグを緊急射出!レーザー急いで」
エントリープラグが射出された。
レーザーが侵食部に向けて放たれたが、何かが光り、レーザーが反射された。
「ATフィールド!」
「まさか」
模擬体が赤く光り始めた。
「何!?」
「分析パターン、青、間違い無く使徒よ。」
非常事態を告げる緊急警報を鳴らした。
『使徒?使徒の侵入を許したのか』
「申し訳ありません。」
『言い訳は良い。』
『セントラルドグマを物理閉鎖』
「ボックスを破棄します。全員退避」
全員その場を脱出した。


A.M.10:23、第1発令所。
碇の命令で警報を停止し、日本政府と人類補完委員会には誤報として報告した。
侵食部はシグマユニット全域へと広がっていた。
そして、エヴァは地上に射出された。
主モニターに映る使徒が発光していた。
「凄い、進化しているんだわ。」
アラームが鳴った。
「如何したの!?」
「サブコンピューターがハッキングを受けています。」
「くそッ、こんな時に。」
「疑似エントリーを展開します。」
「疑似エントリーを回避されました。」
「防壁を展開します。」
「防壁を突破されました。」
「疑似エントリーを更に展開します。」
「コリャ、人間業じゃないぞ。」
青葉は汗を垂らした。
「逆探に成功、この施設内です。・・・B棟の地下、プリブノーボックスです!」
使徒が激しく発光している。
「光学模様が変化しています。」
「光っているラインは電子回路だ。コリャ、コンピューターその物だ」
「メインケーブルを切断」
「駄目です、命令を受けつけません。」
「レーザー撃ち込んで」
「ATフィールド発生、効果無し」
「くっ」
「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを操作中、12桁、14桁、Bワードクリア」
「保安部のメインバンクに侵入されました!メインバンクを読んでいます、解除できません。」
「奴の目的はなんだ。」
青葉は使徒が接触している部分を見て驚いた。
「このコードはヤバイ、マギに侵入するつもりです!!」
リツコの目が大きく開いた。
「I/Oシステムをダウン」
碇の命令で日向と青葉が手動で電源を切ろうとしたが切れなかった。
「電源が切れません!」
「使徒更に侵入、メルキオールに接触しました。」
「駄目です、使徒にのっとられます。」
画面表示の一部が緑から赤に変わった。
「メルキオール使徒にリプログラムされました。」
『人工知能メルキオールより自立自爆が提訴されました。・・否決、否決。』
「今度はメルキオールがバルタザールをハッキングしています。」
次々に侵食されていく。
「くそ!速い」
「なんて計算速度だ!」
「ロジックモードを15秒単位にして。」
「了解」
ロジックモードが変換され、使徒の侵食スピードがかなり遅くなった。
冬月が溜息をついた。
「どの位持ちそうだ。」
「今までの計算速度からすれば、2時間ぐらいは、」
「マギが敵に回るとはな・・・」
リツコは俯いていた。


A.M.10:45、ネルフ本部第7作戦会議室。
「彼らはマイクロマシーン、細菌サイズの使徒と考えられます。」
リツコは報告した。
「その個体が集まって群を作り、この短時間で知能回路の形成に至るまでに爆発的進化しています。」
マヤがいつもの通りリツコの続きを言う。
「進化か・・」
碇が呟いた・
「はい、彼らは常に自分を変化させ如何なる状況にも対処するシステムを模索しています。」
「まさに生命の生きるためのシステムその物だな。」
冬月が言った。
「自己の弱点を克服、進化を続ける物に対する有効な手段は、死なばもろとも、マギと心中してもらうしかないわ。」
ミサトは碇の方に顔を向けた。
「マギシステムの物理的消去を提案します。」
「無理よ。マギを切り捨てる事は本部の破棄と同義なのよ。」
リツコが反論した。
「では、作戦部から正式に要請します。」
「拒否します。技術部が解決する問題です。」
「何意地はってんのよ!?」
「・・・、私のミスから始まった事だから。」
「貴女は昔っからそう、1人で全部抱え込んで、他人を当てにしないのね。」
ミサトは、嘗て、自分を頼って欲しいのに頼っては貰えなかった経験を思い出し、呟いた。
「使徒が進化し続けるのであれば勝算はあります。」
「進化の促進かね?」
冬月が尋ねた。
「はい」
「進化の終着点は自滅、死その物だ。」
「ならば、進化を此方で促進させてやれば良いわけか。」
「使徒が死の効率的回避を考えれば、マギとの共生を選択するかも知れません。」
「しかし、どうやって?」
日向が尋ねた。
「目標がコンピューターその物ならば、カスパーを使徒に直結、逆ハックをかけて自滅促進プログラムを送り込む事が出来ます。が、」
「同時に使徒に対しても防壁を開放する事にもなります。」
マヤが回答した。
「使徒が早いか、カスパーが早いか、勝負だな。」
「はい」
「そのプログラム間に合うんでしょうね。カスパーまで侵されたら終わりなのよ。」
「・・・・、約束は守るわ。」


A.M.11:01、ネルフ本部第1発令所、カスパーの前。
『R警報発令発令、R警報発令、ネルフ本部内部に緊急事態が発生しました。B級以下の勤務者は全員退避して下さい。』
リツコは、ロックを解除し、カスパーを展開した。
カスパーの内部を覗いて見ると辺り一面に様々なコードが書かれた紙が貼り付けられていた。
リツコ、マヤ、ミサトは中に入った。
「開発者の悪戯書きだわ。」
「凄い、裏コードだ。マギの裏コードですよこれ。」
「宛らマギの裏業大特集って感じね。」
「こんなの見ちゃって良いのかしら。」
マヤは楽しそうである。
「これなら、意外と早くプログラムできますね、先輩。」
リツコは頷いた。
「有難う母さん、これなら確実に間に合うわ。」
その後、カスパー内部の様々な回路を引出し、別のコンピューターに接続した。
「ねえ、少しは教えてよ、マギの事。」
「長い話よ、その割には面白くない話し」
・・・
「人格移植OSって知ってる?」
「ええ、第15世代有機コンピューターに個人の人格を移植して思考させるシステム、エヴァぁの操縦にも使われてる技術よね。」
「マギはその第1号らしいわ。」
「じゃあお母さんの人格を移植したの?」
「そう」
リツコは中枢基部の蓋を開けた。中には人間の脳のような物が入っていた。
「言ってみればこれは、母さんの脳その物なのよ。」
「それでマギを守りたかったの?」
「違うと思うわ、」
「母さんの事あんまり好きじゃなかったから。科学者としての判断ね。」
リツコは中枢基部に回線を接続した。


そして遂に、スクリーンのバルターザールの表示が全て赤色に変わった。
「来た!」
「バルターザールが乗っ取られました!」
『人工知能マギにより自立自爆が決議されました。』
リツコとマヤは全速で操作し始めた。
「始まったの!?」
『起爆装置は3機一致の後、0.2秒で行われます。自爆範囲は、中緯度深度−280、−160、0フロアです。特例、582発動可の為、』
「バルタザール更にカスパーに侵入!!」
「押されてるぞ」
「何て計算速度だ。」
『自爆装置作動まで後20秒』
「いかん!」
「カスパー18秒後に乗っ取られます!」
『自爆装置作動まで15秒』
「リツコ急いで!」
「安心して、1秒近くの余裕があるわ」
『自爆装置作動まで10秒』
「1秒って・・」
『8秒』
「0や−じゃないわよ。」
『6秒』
『5秒』 
「マヤ!」
『4秒』
「いけます!」
『3秒』
『2秒』
「押して!」
『1秒』
二人のキーボードのリターンキーが同時に押された。
『0秒』
発令所中に緊張が流れた。
スクリーンのマギの映像が全て青く変わった。
『人工知能マギにより自立自爆が否決されました。』
「「「やった!」」」
『マギシステム、通常モードに戻ります。』
・・・
ジオフロント、地底湖、エントリープラグ01
『R警報解除、R警報解除、総員第1種警戒に移行してください。』
「何がどうなってるんだろ?」
エントリープラグ02
「も〜!裸じゃどこにも出れないじゃないのよ〜!早く助けに来て〜!」
エントリープラグ00
レイは寝ていた。


P.M.0:11
第1発令所、
疲れたリツコは椅子に座っていた。
『シグマユニット開放、マギシステム再開まで−2です。』
リツコは顔を上げた。
「徹夜が堪えるわ。」
「また、約束守ってくれたのね。」
ミサトはリツコにコーヒーの入ったコップを渡した。
リツコはそれを飲んだ。
「ミサトが入れてくれたコーヒーをこんなに美味しいと思ったのは初めてよ。」
ミサトははにかんだ。
「死ぬ前の晩、母さんは言っていたわ。マギは3人の自分なんだって。科学者としての自分、母としての自分、女としての自分、その3人がせめぎあっているのがマギなのよ。人の持つジレンマをわざと残したのね。実はプログラムを微妙に変えてあるのよ。私は母親になんか成れそうに無いから、母としての母さんは分からないの、科学者としてのあの人は尊敬していたわ。でもね、女としては憎んでさえいたの。」
「今日は御喋りじゃない。」
「たまにはね。」
リツコは良い顔をしていた。
「カスパーには、女としてのパターンがインプットされていたの。最後まで女である事を守ったなんて、母さんらしいわ。」
リツコは立ち上がり、その場を離れた。



あとがき
殆ど起こしただけです。

次回予告
機体相互互換実験中にレイに流れ込んで来たイメージ。それは非常に重大な事実を含んでいた。
お互いを感じあうシンジとレイ、二人のパーソナルパターンは完全に一致していた。
果たしてこれは何を意味するものなのか
次回 第弐拾話 ゼーレ、魂の座