文明の章

第拾七話

◆温泉

11月14日(土曜日)、A.M.10:00、ネルフ本部、総司令執務室、
碇が一人で書類を片付けていた。
「ふっ、問題ない」
碇はどことなく寂しそうだった。


強羅、温泉街、
あちこちのホテルや旅館をネルフが貸し切っていた。
ミサトやアスカが言い出したことなのだが、碇がいると確実に潰される為、碇がいない時に、冬月に提案し承認を受けたのだ。
最近疲労が溜まっていた技術部を中心に大乗り気で、碇が知って止めさせようとしたがすでに不可能だった。そんな事で、碇は気まずいのであろう、ここには来ていない。


第1東京ホテル、ロビー、
「え〜、キーをお渡しします。」
「冬月コウゾウ様、16階、1603号室です。御希望通り和室です」
「うむ」
冬月はキーを受け取った。
「赤木リツコ様、伊吹マヤ様、16階、1602号室です。」
「先輩と同じ部屋ですね♪」
リツコはキーを受け取った。
マヤは憧れのリツコと同室に慣れてはしゃいでいる。
「葛城ミサト様、日向マコト様、16階、1605号室です。」
(うおおおおお〜〜!!!!)
日向は歓喜の雄叫びを心の中であげた。
ミサトはキーを受け取った。
未だ、日向が心の中で歓喜の絶叫をしている。
「加持リョウジ様、惣流アスカ様、16階、1601号室です。」
「やった☆、加持さんと同じ部屋」
加持はキーを受け取った。
「碇シンジ様、綾波レイ様、16階、1607号室です。」
「え?」
レイはキーを受け取った。
「ちょっと!優等生とシンジが一緒ってどう言うこと!?」
「大丈夫よん、シンちゃんにはレイを襲う度胸ないから、有ったら私達二人ともとっくに襲われてるわよ」
「そ、それはそうだけど」
「レイだって問題ないでしょ」
「命令だから」
ここに作戦と勘違いしている少女がいた。
理由は、温泉に行く理由が理解できなかったレイがミサトに理由を求めたところ、レイの手の薬品火傷に良いから来なさいと言った事である。もうほぼ治っていたのだが、レイは命令と解釈したようだ。
しかし・・・誰かの作為的なものを感じる部屋割りである。それも人間関係まで知る者の・・・


1607号室、
レイとシンジは荷物を置いた。
レイは鞄から本を取り出した。
「綾波ってよく本読んでるけど、どんな本を読んでるの?」
「・・読む?」
レイは本をシンジに渡した。
《虚数空間とその神秘》
シンジは沈黙した。
「・・後は、」
《聖書の予言》
《セーヌ川の恋》
《探偵赤坂幸次郎5》
《憲法解釈》
(か、関連性がない)
シンジの表情は見事に引き攣っていた。


1603号室、
冬月は、座椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「ふう、碇もくれば良かったのにな・・・いや、職員の気が休まらんか」
もう一人の司令とは余りに違う配慮である。


そして、温泉、
「ひょ〜〜!!広い〜〜!!」
ミサトがはしゃいでいて、なぜか転がっていた石鹸を踏み盛大にこけた。
「無様ね」
「バカ」
マヤは苦笑いをしている。


地下、特別室、
「お茶をお持ちしました。」
耕一の元に秘書官が紅茶を持って来た。
「ルシアさんの紅茶は美味い」
壁には無数のモニターが並んでいる。
「作戦Dを実行する。」
「はい」


廊下、
シンジとレイは温泉に向かっていた。
レイはシンジの左側を歩いている。
「こっちみたいだね」
案内の表示に従って二人は温泉を目指した。
二人が通過すると表示は別の表示に変わった。
そうやって、二人は誘導されていった。
暫く歩いて風呂についた。
「あれ?一つしかない」
風呂の入り口は一つしかなかった。
「中で分かれてるのかな?」
シンジとレイは脱衣所まで進んだ。
「まさか・・・・混浴?」
「混浴、男女の別が無く入浴できる」
「あ、綾波」
「どうしたの?」
レイは既に服を脱ぎ始めている。
「あ、ああのあのあの!!」
「早くしましょう」
レイは服を籠に入れて温泉の方に歩いて行った。
「ど、どうすれば」
「綾波といっしょに、温泉・・・・」
シンジは真っ赤になっている。
「う、嬉しいけど、それ以上に恥ずかしい」
「だ、大丈夫だよね、皆で来てるんだから」
それはそれで女性人口が圧倒的に多いので問題だとは思いに至らなかったようだ。
シンジは温泉に入った。
シンジは絶句してしまった。
温泉にはレイしかいなかった。
レイの姿が湯気に包まれて幻想的だった。
「・・碇君、どうしたの?」
「あ、ああの」
なかなか自分と入ろうとしないシンジに対してレイは僅かではあるが不快感を感じた。
「・・・そう・・・私とは入りたくは無いのね・・」
「い、いやそうじゃなくて!!」
「そう」
拒否はされなかった事を確認したレイは少しだけ嬉しかったが、表情に表れるほどではなく再び黙った。
シンジは赤くなりぎこちない動きで湯に浸かった。


地下、特別室、
二人の距離はかなり開いている。
「温泉が広すぎたか・・・」
「どうします?」
「チャンスはいくらでもある」
耕一の表情はシンジをからかう時のミサトに似ていた。


その頃、本当の女風呂、
「優等生遅いわね」
「まあ、あの子は、自分から進んで何かをやるって子じゃないでしょ」
「液体に浸かるのは好きなはずなんだけどね〜」
「あ、あの、先輩」


男風呂、
加持が入って来た。
「加持君、君もかね」
「ええ、副司令もですか」
「ああ、ここの湯は良いよ」
「そうですか、」
「温泉など久しぶりだよ」
「やっぱり忙しいんですか?」
「ああ、碇の奴、雑務は皆、私に押し付けよる」
「愚痴なら聞きますよ」
「そうか、すまんな」
その後、加持は冬月の愚痴に付き合った。


隠し風呂、
二人は随分長く浸かっていた。
それを予測して湯の温度は低めに設定されていた。
「・・碇君・・」
「何?」
「・・貴方は何故エヴァに乗るの?」
「・・・・・なんでかな?・・・・・前に考えたんだけど・・・・結局、答えは出なかったんだ・・・」
「・・そう・・」
レイは拳銃をどこからか取り出した。
「あ、綾波!」


特別室、
「ばれたか、総員退避!」
モニターの一つが消えると同時に耕一達はいなくなった。


隠し風呂、
シンジは弾丸に貫かれたカメラを手に取った。
「カメラか・・・」
「・・放っておきましょ・・」
「やっぱケンスケかな?」
いくらなんでも、それは無いだろう・・・
今度は二人の距離はだいぶ接近したようだ。


ヘリコプター、
耕一が舌打ちをした。
「勘が良すぎるぞ」
「モニター量は大幅に減りましたが外部から操作は続けます」
「うむ、私はこのまま第2新東京市に向かう」


隠し風呂、
白い猫が湯に入って来た。
「猫」
猫はレイにじゃれ付いている。
「気に入られたみたいだね」
「・・ええ・・」
レイは微笑みが浮かんでいる。
シンジはレイの微笑みに見惚れている。
「・・・、何?」
「え、あ、あのその」
「・・どうしたの?」
「いや、その、綾波の笑顔って凄く魅力あって、ずっと見ていたいなって、あのその」
「な、何を言うのよ」
レイは真っ赤に成って俯いている。
(ぼ、僕はなんて事を言ってしまったんだぁああああ!!!!)
(碇君・・・私の笑顔・・・魅力があるって言ってくれた・・・嬉しい?そう、私嬉しいのね)


廊下、
「おかしい、優等生も、シンジもどこにもいない、」
アスカが二人を探していた。
「どこにいるのよ、まさか二人で・・・・」
「お〜い、アスカ、何やってるんだ?」
「加持さん!」
「アスカ、ちょっと来てくれ」
「へ?」


屋上、
「アスカ、このホテルは何者かに支配されている」
「どう言うこと?」
「電光表示が時々変わっている」
「な」
「何者かがシステムを操っているという事だ」
「一体誰が」
「いくらでも候補はいる、アスカ、シンジ君やレイは無事か?」
「え・・・二人ともいないのよ・・・」
「何だって!」


1603号室、
急遽、現地本部に変わった。
「で、二人の居場所は確認できていないんだな」
「はい」
「日本政府の可能性もある、直ちに確認を取れ、」
「はい」
「警備室を押さえました」
「どうだ?」
「ホテル内には確認できないそうです」
「くっ」
「副司令、直ちに捜査を」
「そうだな、外輪山を抜けられると手が打てなくなる」
直ぐに外輪山を抜ける全てのルートに警備が敷かれた。
「空は?」
「順調です。」
「これで、箱根地区完全に隔離しました」
「私たちは本部に戻る、ここは葛城1尉に任せる」
「はい」


隠し風呂、
いまだに二人は湯に浸かっていた。
レイはシンジのすぐ横にいる。
雲が切れ、満月が辺りを照らした。
「綺麗だね・・・」
シンジは視線をレイに移した。
月光を反射し光り輝いていた。
「な、何を言うのよ」
レイは又赤くなって俯いた。
「綾波・・・綺麗だ・・・本当に」
レイは更に真っ赤になった。
猫は何時の間にかいなくなっていた。


第3新東京市郊外、
捜索ヘリ編隊、
7機のヘリが上空から捜査していた。
「確認できません」
『捜査を続行しろ』
「了解」


ネルフ本部、第1発令所、
「いぜん見つかりません」
「捜査域を広げろ、日本政府と国連に捜査依頼を出せ」
「しかし、碇、国連はともかく日本政府は拙いぞ」
「仕方が無い、ゼーレに非公式に誘拐されるよりは公式に保護された方が良い」
「う、うむ・・」
しかし、碇の表情はほれ見た事かとでもいいたげである。


脱衣所、
二人は浴衣を着た。
シンジは案内板に展望室を見つけた。
「綾波、展望室に行って見ない?」
レイは頷いた。


宴会場、
アスカがいらつきながら料理を食べていた。
「なんで、あの二人なのよ!」
「そりゃ、葛城たちと一緒にいちゃアスカを誘拐する事は出来ないだろ」
「まあ、そうだけど」
アスカはあわびに箸を伸ばした。
「うちの主夫を勝手に持っていかれちゃ困るのよ」
「おいおい、葛城だけじゃなく、アスカまでか・・・シンジ君随分苦労してるんだろうな」
ミサトの主夫をした経験がある加持はシンジの事を思い同情した。
「ふん、このアタシと同じ屋根の下で暮らせるんだから、そのくらいの苦労当然よ」
アスカは鯛の刺身に箸を伸ばした。
「たく」


展望室、
満月の光が二人を照らしている。
レイの髪が月光を反射し、蒼銀に輝いている。
「月か・・・・月って、綾波に合うね」
「・・そう?」
「うん」
「アスカは太陽なのかな」
「・・そうね・・」
(私には持っていないものを持っている・・・いつも輝いている)
「そろそろ戻ろうか」
レイはコクリと頷いた。


ネルフ本部総司令執務室、
ナツメが入って来た。
「・・・」
「・・・」
ナツメは忍び足できょろきょろしながら二人の方に歩いてくる。
「・・何か用か?」
「ひっ!!!!!!い、いや〜〜!!!見つかった〜〜!!殺される〜〜〜!!」
碇の額に青筋が浮かんだ。
「な、何でも話しますから!!命だけはお助けを〜〜!!」
ナツメは土下座して泣き叫んでいる。
「因みに、ファーストとサードはどこにいるか知っているかね?」
「え、は、はい、会長の指示で、電光掲示板を操作して、混浴の隠し風呂に、い、いいましたよ、た、助けぐだざ〜〜い〜〜!!」
鼻水まで垂らして懇願している。
「・・ああ、問題無い・・」
ナツメはマッハで逃げ出した。
「・・碇・・」
「・・ふっ、問題無い・・責任は彼にとって貰う」
「・・・しかし、ここのレベルは6じゃ無かったのか?」
二階堂ナツメ恐るべし。


宴会場、
シンジとレイが入って来た。
「あ、あ、あ、ああ、アンタ達!!!!」
「な、何だよアスカいきなり叫んで」
「ど、どこにいたのよ!!」
「どこってお風呂だけど」
「こりゃやばいかな」
加持が大汗かいていた。


翌日、ネルフ本部総司令執務室、
加持は133個の監視カメラや盗聴器等を机の上に置いた。
「早とちりが逆に未然に事態を防いだようですね」
「加持君、これらを設置させたのは誰だと思う?」
「日本政府かゼーレと踏んでいるんですが」
「誰かと聞いているんだ」
「・・・・・・まさか」
「そう言う事だ。正規の手続きで行える人物だ」
「減俸ですか?」
「半年のな」
「・・・・じゃあ、これで」
加持は執務室を出た。
「碇、良いのか?」
「委員会と決別する時にはちょうど良い」
「しかし、会長が真実を知ったらどうなる?」
「構わん、凡そは既に把握している」
「何故、止めようとしない?」
「E計画と人類補完計画、その両方を隠れ蓑にしようとしているようだ」
「一体なんだそれは、隠れ蓑といっても補完計画が発動したら意味が無いのではないのか」
「ああ、だが、事実だ」
「相当やばいぞ」
「問題ない」
「俺はその根拠が聞きたいね」


あとがき
何故か、シンジとレイの混浴です。
耕一の目的は良く分かりません。いったい何なんでしょうか。
今回、加持にミスを犯してもらいました。

次回予告
ミサトは、その功績が認められ3佐に昇進する。しかし、それには凄まじい犠牲が伴なっている事を知ったミサトは素直には喜べない。
ケンスケの発案で開かれた昇進祝いパーティー、酒が入り出したことが間違いの始まりだった。朝、シンジが目を覚ますと、下着姿でレイが抱き付いていた。
第2次セカンドインパクト調査団を率いる碇と冬月。その二人の会話。
そして、第拾使徒が襲来した。
目標をネルフ単独、いや、国際連合だけで倒す事は不可能と判断したミサトは、共同作戦を行う為に補完委員会に許可を求める。地球連邦軍、戦略自衛隊、国際連合軍、東京軍、ネルフの共同作戦。その規模は、桁外れのものであった。
しかし、マギが弾き出した勝率は0.000023%、そして、ネルフが二つに分裂した。
技術部は、第2発令所で本部施設の自立自爆の準備をし、マヤは、アダムを松代に輸送する。
今、人類の存亡を掛けた作戦は開始された。
次回 第拾八話 昇進