文明の章

第九話

◆夏休み

因みに、シンジは知らないが、ケンスケとトウジだが、厳重注意で済んだようだ。


8月3日(月曜日)、ネルフ中央病院、レイの病室、
シンジは手に包帯をしている。
この前の加熱したハッチに触れた時の火傷である。
レイは、全身に軽い火傷を負っている。
シンジは、レイの病室の椅子に座っている。
風が病室に入って来てレイの薄い青色の髪を揺らした。
「・・・何故?ここに来るの?」
「何故って?お見舞いに来たら迷惑かな?」
「・・・いえ・・・そんな事は無いわ・・・」
「・・・そう・・・ヤシマ作戦の時、助けてくれて有り難う」
シンジは、自分の存在を許された事で笑顔で礼を言う事が出来た。
「・・・如何して?任務を遂行しただけよ・・・」
レイは純粋に礼を言われる理由が分からないようだ。
「任務だからって、綾波は命懸けで僕を守ってくれたじゃないか、お礼を言うのは当然だよ」
「・・・・・・そう・・・?」
レイの小首を傾げる仕種が妙に可愛かった。
「・・・・何か、食べたいもの有るかな?」
お見舞いの果物の籠に目をやり、林檎が目に止まった。
「・・・・・林檎・・・・」
「うん、分かった」
シンジは果物ナイフを手に取ろうとした。
「・・・・いえ・・・バナナにしておくわ・・・」
「ん?如何して?」
レイは包帯が巻かれたシンジの手を心配そうに見詰めた。
「・・・碇君の手・・・」
「あ・・・気にしないでよそんな事」
レイは上目遣いにシンジを見た。
(う・・・か、可愛い・・・)
ノックアウトされそうになったが、シンジは何とか理性を保った。
「わ、分かったよ、」
シンジはバナナを1本千切った。
「はい」
レイはバナナを受け取り、半分くらい食べてシンジに渡した。
「・・・何・・・?」
「・・・もういらない・・・・少し寝る・・・・」
レイは横になって布団を被った。
シンジは赤くなって食べかけのバナナを見詰めた。


夜、ミサトのマンション、
「たっだいま〜」
報告書地獄から開放されて陽気なミサトが帰って来た。
「おかえりなさい、夕飯は、コンビニの弁当ですけど」
「ん〜ん、構わないわよん、」
シンジはコンビニの弁当を電子レンジに入れた。
「シンちゃん、レイのところにお見舞いに行ったんだってね〜」
「ええ」
「変な事しなかった〜?」
ミサトは冷蔵庫からビ−ルを取り出して飲み始め、からかいモードに入った。
「へ、変な事なんかし、してませんよ!」
「例えばさ、レイの食べ残しを食べちゃったり〜」
「ひ、酷いですよ!!み、見てたんですか!!」
シンジは真っ赤になって叫んだ。
「あんら、図星だったの、明日ビデオ見せてもらおうっと」
「ミサトさん!!!」
電子レンジが鳴った。


京都、
1台のリムジンが快走していた。
碇が電話を掛けていた。
『碇、京都訪問はどうだった?』
「収穫はあった、内容は未だ分からん」
『ディスクか』
「ああ・・ユイのディスクが見つかった。」
『ユイ君のか』
「ああ、何があるかは見てのお楽しみだろう」
『パスワードは分かるのか?』
「マギに解析させる」
『ユイ君相手に勝てるのか?』
「赤木博士次第だろう」


8月5日(水曜日)、ネルフ本部、赤木博士研究室、
リツコはユイのディスクを解析していた。
既に24時間解析が続いている。
「よしっ!!」
パスワードが一致して、内容構造が表示された。
「・・・・・・・・・」
リツコは絶句した。
データーの中身が解析できる段階までに、12段階のパスワードをクリアーしなくてはいけなかった。
しかも、ふざけているパスワードの難解さである。マギのセキュリティよりも数段上である。
「ざけんじゃないわよ!!!!」
リツコは机を強打した。


総司令執務室、
「で、解析にはどの位かかるんだ?」
「私が付いていても、1月以上掛かります。完全に自動で進めるとしたら、何事も無くて冬です。」
「・・・・流石はユイ君だな・・・・」
「マギでも時間が掛かるか・・・・」
「それに、零号機の改造に初号機の修復、使徒の解体・・・その予算・・・問題は山積です」
「碇・・・委員会は?」
「明後日だ」


ネルフ中央病院、レイの病室、
レイは小説を呼んでいる。
シンジは横の小さな机で夏休みの宿題をしている。
包帯をしているため多少書き難いようだ。
静かである。
開いている窓から入ってくる風が白いカーテンを揺らしている。
ジオフロントに存在するこの病院は、地上の、第3新東京市立中央病院よりも環境が良い。
集光ビルによって集められた光が、光ファーバーを通してジオフロントに降り注ぎ、優しい光となってカーテンの隙間から病室を照らしている。
シンジはシャーペンの動きを止め、レイを見た。
人間離れした美が、レイには存在していた。
(・・・天使みたいだ・・・・)
レイは、目線を本からシンジに移した。
「・・・・・どうかしたの?」
「い、いや、その・・・・綾波って・・・・天使みたいだなって思って・・・」
「・・・・・・・・そう・・・・・」
レイは目線を本に戻した。
シンジにも良く分からなかったが、レイは少し動揺していた。


診察室、
「もう包帯は外していいでしょう、まあ、2、3日は、あまり手を濡らさないように」
「はい」
「塗り薬と飲み薬を出しておきます。塗り薬は、夜に、飲み薬は、朝食の後に」
「はい、有り難う御座いました。」
シンジは、一礼して診察室を出た。


8月10日(月曜日)、ネルフ中央病院、
レイは、技術部が総出で動いている為に、実験も無いという事とシンジが、完全に回復するまで入院していた方が良いと言った事で、退院許可が出ても未だ、入院を続けていた。
(私・・・退院したくないの?)
(何故?)
(・・・分からない・・・)
ドアが開き碇が入って来た。
「レイ、どうだ?」
「問題ありません、いつでも退院できます」
「そうか・・・明後日から、下の実験を再開する。」
「・・はい・・」
碇は立ち去った。


ネルフ本部、通信会議室、
リツコとマヤが、支部の技術担当者との通信会議に出席していた。
はっきり言って、通告と要求の応酬のみで、実際殆ど役に立っていない事が判明している。
「今回より、出席する、私の副官の、伊吹マヤ2尉です。」
アメリカの第1支部、第2支部、ドイツの第3支部、ロシアの第4支部、中国の第5支部、今年新たに設置されたフランスの第6支部の技術担当者は、本部の赤木リツコ1佐も含めて皆、佐官(第3支部のみ2佐、他は3佐)であり、尉官のマヤが出席するなど異例の事である。
因みに、第3支部は、他の支部に比べて、全体的に階級が高い(無論本部よりは下、但し作戦部は3佐が部長を勤めている)と言うのも、補完委員会議長キールローレンツの国、ドイツにあり、別名が、欧州本部であり、欧州諸国は日本の本部よりもドイツの第3支部に重きを置いているからである。アメリカの支部の方が番号が若いのは、米軍の施設を殆どそのまま流用したため、早く支部として機能を始めたと言うだけである。
「さて、SS機関の件ですが、」
『お任せを、第3支部にて解析は既に始まっています』
「宜しい、今日、総司令から、第2支部における、SS機関の量産型エヴァへの搭載実験の承認が出されました」
第2支部代表の顔が綻んだ。
「で、その予算ですが」
緊張が走った。
「新たな増額は認めず、各支部に割り振られている予算及び直接の寄付で行う事」
予め予想された事だったのか、余り残念には思っていないようだ。そしてその直接の寄付のために多くの企業や国が動き、結果、本部、各支部間で対立が起きている。
「では、各支部の報告を、先ずは、第1支部」
『はい、参号機の建造は、年末から年始に完了する予定です。』


8月15日(土曜日)、夜、ミサトのマンション、
今日は、レイとリツコとマヤを夕食に招待した。
「今日はミサトの料理じゃないからご馳走になるわ」
「わる〜ござんしたね」
「ええ、勿論」
リツコはいつもの調子できっぱりと言い、ミサトはしかめっ面をした。
マヤは苦笑している。
「あっ、シンジ君」
「はい?」
台所からシンジの返事が返ってきた。
「レイって、肉や魚嫌いなんだけど、肉と魚無しの料理ある?」
「ええ、大丈夫ですよ」
(ちょっと変えようかな?)
シンジは、素早く、メニューを一つ変更する事にした。
・・・・
・・・・
シンジは料理を机の上に並べた。
「シンジ君・・・凄いのね」
「本当ですね」
「でしょ〜」
「食べてください」
シンジは、レイの右側に座った。
皆食べ始めた。
「お、美味しい・・・」
(ミサトの餌には勿体無過ぎる)
「す、凄い・・・」
(私よりも上手)
「うん、いつもどおり美味しいわね」
(ま、私よりもチョッチばっかり料理の腕が良いしね)
「・・・」
(・・美味しい・・)
レイは無言で食べている。
ただ、なんとなく嬉しそうな雰囲気である。
「シンジ君、前にも言ったけど、今からでも、ミサトとの同居解消しない?この料理、ミサトの餌には勿体無過ぎるわ」
「え、餌って・・・リツコ〜」
「ミサトなんかは、総合栄養剤と、ビールがあればそれで良いんだから」
ビールを持ったままミサトが固まった。
「反論、出来ませんね、僕が来る前は、ビールの空き缶がビルのように連なっていましたからね」
「シンちゃんまで〜」
ミサトは今にも泣き出しそうである。
「で、どうする?」
「僕がいなくなると、ミサトさんの生活が維持できませんから、」
「全く、どっちが保護者だか分からないわね」
マヤは苦笑いをしている。
レイは無言で食べ続けている。
ゆっくりとだが確実に、


8月21日(金曜日)、ネルフ本部、総司令執務室、
「冬月、」
「なんだ?」
「これをどう思う?」
碇は、冬月にファイルを渡した。
冬月はファイルを開いた。
「日重の玩具か」
「追加予算の引き換え条件だ」
「潰すのか?」
「ああ」
「だが・・・・ん?何で政府の責任者が通産大臣なんだ?」
「恐らくは、対使徒用に作っていないな」
「・・・・対人兵器か」
「ああ、」
「だが、何故、戦自が絡まない?」
「可能性は2つ、」
「何だ?」
「完全な玩具として興味を持っていないのか、或いは、不要なのかだ」
「・・・・既に、ロボット兵器を持っていると言うことか」
「可能性は高い」
「やはり対人か?」
「恐らくは、ATフィールドの情報くらい流れているだろう」
「ふむ、指向性NN兵器の話はどうなったんだ?」
「あの男の話では、暗礁に乗り上げたらしい」
「当分は放って置いても問題ないか」
「ああ」

あとがき
果てさて、アスカ来日前にずいぶん二人が接近しておりますな。
ユイvsマギ、ユイに軍配か?まあ、時間の問題ではあるが・・・
戦自のロボット?やはりあの3人が出てくるのか
リツコは、ゲヒルン時代からの重要人物と言う事で、異例の1佐と言う階級を与えています。ネルフの階級は、上下関係と言うよりも、給与順序と言った意味の方が大きいと思われます。
第壱節は次の第拾話で終わりです。第弐節はいよいよアスカが合流します。

次回予告
進路面談、自分の未来を描く少年少女達、しかし、与えられる事しか知らない者の描く未来は?オリキャラ?登場予定。
時田vsリツコ、散々に言われるエヴァ。時田vs耕一、滅茶苦茶に言われるJA、果たしてJAの存在価値は?
暴走するJA、放射能汚染から免れるのか?
次回 第拾話 ひとの造りしもの