「メッタメタにしてくれるわー!」 そんな声が響き渡った…ような気がした。 一日目 謎の言葉のせいとは思えないけど、僕は目を覚ました。と言っても、今まで本当に眠っていたのか違うのかよくわからないけど…。 僕は地面に仰向けになって転がっていた。視界に広がっているのは今までに見た事の無い星空。これが明かりの多い都会じゃ見られない、星降る夜というものだろう。 星という単語で思い出したけど、前にカヲルくんから天文部の撮影した写真を貰った事があった。それは七色星団と言ってそれぞれ赤・橙・黄・緑・青・紫に光っている六つの星と黒いガス星雲でできていて、とても綺麗だった。勿論、それは天体望遠鏡で撮影したものだから肉眼で見ようとしても無理だけど…。 しばらくの間、そんな感じで美しい星空をぼ〜っと眺めていたけれど、いつまでもそうしていたって仕方が無いし、取り合えず僕は起き上がった。 なんだか胸が重いと思ってふと視線を下に向けると………何だ、これ?胸が異様に腫れている。 思わず僕は胸に手を当てた。その感触は…柔らかかった。その瞬間、僕の脳裏に過ぎったのは不可抗力で綾波の胸に手を置いてしまった時の事。あの時の感触に似ていた。 慌てて両手で両胸に触れてみる。ちょっと揉んでみる。何となく、気持ちいいような気が…気のせいかもしれないけど。 いや、そうじゃなくて…まさか、これは…いや、これはそれかもしれないとして…。 男のコなら、女のコの胸を触ったら興奮して必ず身体に変化が起きる筈…だけど、僕にはその変化を自覚できなかった。だから、僕は恐れながらもどうしても確かめずにはいられなかった。 確かめた結果、僕の身体から男の勲章は消え去っていた………。 何でだーっ!?って思わず赤い海に向かって叫んでいた。 何で僕は女のコになってるんだ!?15年間、それまでずっと男のコとして生きてきて、好きな女のコもできたのに、どうしていきなり女のコにならなきゃいけないんだ!? 真っ白な砂浜にがっくりと膝から落ちて僕は座り込んだ。哀しくて悔しくて涙が溢れ出てきた。涙でぼやけて視界が歪んだので僕は目を閉じた。 ずっと涙は零れ落ちていたと思うけど、目を閉じて何も見えなくなって、ずっとそのままでいたら、何となく心が落ち着いてきた。 僕は生まれて15年間、男のコだった筈だ。それが突然気が付いたら女のコになっていたなんて普通有り得ない。こんな非現実な事が現実に起きる筈が無い。だとしたら…これは現実ではなくて、きっと夢なんじゃ…? 夢と言ってもこれは悪夢に違いない。夢から覚めれば、きっと男のコに戻っている筈。そう考えて、本当に現実世界で目が覚めるまで僕はまた眠る事にした。 目を閉じたまま、また仰向けになって大の字で地面の上に寝る。下は砂浜だから寝心地はそんなに悪くない。 現実世界で目が覚めても、またさっきみたいな綺麗な星空が見れたらいいな、と思いながら僕の意識は遠のいていった。 ねー、プラグ・スーツに着替えてどうするの? 決まってるじゃない。あいつをやっつけるのよ! エヴァ弐号機で初めて戦う時に、アスカは自分のプラグ・スーツの予備を僕に無理矢理着させた。女のコ用なので胸にはカップがついてるし、何となく前が目立つような気がして恥ずかしくて思わず手で押さえていたのを覚えている。 思えば、女装としては一応あれが初めてという事になるみたいだ。 その後、使徒を倒すためにアスカとユニゾンのトレーニングをする事になったけど、その時は女のコ用のハイレグのレオタードを着せられた。 ウソ…まるで女のコじゃないの!? 碇君…本当は女のコ? アスカも綾波も驚いていたのに、ミサトさんはニヤニヤしていた。手違いだとか言ってたけど、あれは絶対ワザとだと思う。 それからミサトさんの暴走?が始まったんだよね。 修学旅行でホテルのプールでミサトさんからマンツーマンで水泳の特訓を受けた時には女子用のスクール水着を着せられた。 ボランティアでネルフの海の家(!)でアイスキャンディーの売り子をした時の格好はビキニの水着だった。 ネルフのスポーツ大会ではアスカと綾波と三人でチアガールをやらされた。 そんなこんなで女装に耐性というか免疫がついてしまったみたいで、僕は学校でも何度か女のコになった。 体育祭の時、クラブ対抗の仮装競争でユリアン女学園のコスプレをしたけど、あれは冗談のつもりだったのに。 委員長が怪我をしたから人数合わせでムカデ競争の助っ人を頼まれて女子の体操服とブルマーを着たけど、あれって今思えばズルをした訳だよね。 それに文化祭のクラスの出し物の演劇で何故かドレスを着て白雪姫を演じちゃったり、コダマさんに頼まれてバレー部のメイド喫茶で助っ人料理人をした時はメイド服を着ちゃったりして…。 トウジとかケンスケだったら大笑いか大顰蹙で女装なんて無理だったろうけど、僕は母さん似だったせいか違和感なく女装できたのかもしれない。 自分から望んで女装した訳じゃないけど、慣れれば何となく楽しかったような気がする…。 二日目 打ち寄せる波の音で目が覚めた。目を開けると空はまだ薄暗くて水平線の向こうから朝陽が登ってくるところだった。赤く染まった朝焼けの海が綺麗だ。 眠っている間にボクは女装している夢を見た。アスカに女のコ用のプラグスーツを着せられたのは本当にあった事だけど、他の女装は全く記憶が無い。まあ、つまりそれは夢だからだろうけど、それにしてもバラエティに富んだ展開だった。ブルマーにレオタードにスクール水着にビキニの水着、チアガールに女子高の制服にメイド服に白雪姫のドレスか…何か、女子アイドルが写真集とかでいろんなコスプレをするみたいだ。 うーん…ボクには女装願望とかあったのかも…あ、でも、女のコの下着とかは着ていないからちょっと違うかな。 本当に女のコだったら、最初から何の抵抗も無かったと思うけど…って、女のコだからそれは当然だっけ。 でも、もし女のコだったら、いろんなオシャレとか楽しめたかも?アスカはよくファッション雑誌を見ていたようだし。そしたら、アスカとも仲良くなれたかもしれない…って、それはちょっと意味が違う。アスカが好きなのに、自分が女のコだったらレズになっちゃう。 とか、そんな事をいろいろと考えたりしてから、ボクはようやく身を起こした。太陽は既に水平線から完全に出ている。時計が無いから今が何時かわからないけど、だいたいベッドから起きて朝の支度をしている頃合と思う。 そして、ボクは深呼吸をしてから…おもむろに顔を下に向けた。 男のコの胸には有る筈の無い二つの膨らみがしっかり存在し、朝はよく突っ張っていた男の勲章は綺麗さっぱりに消滅していた。おまけに若草のところも…しかももうちょこっとだけ詳しく調べてみたら、代わりに何か変な割れ目がそこに存在していた。それは多分、女の勲章(?)なのかもしれない。いや、実際に見たことは勿論、触った事も全然無いけど。 という事は、つまり、昨日の事は夢ではなくて、やっぱりボクは女のコになってしまったんだ! …まあ、それはそれとして、もっと大きな問題があることに今更気付いた―女のコになってしまったのもそれなりに大きな問題だけど―それは、ボクが一糸纏わぬ素っ裸だったという事。 何でえーっ!?って思わずありったけの大声で赤い海に向かって叫んでいた。 ここがもしヌーディストビーチでなかったならば、屋外で全裸で寝ている女のコなんてほとんど露出狂の変態だ。 …って、やっぱりこんなのおかしい。夢に決まってる。きっとほっぺたつねっても全然痛くな………とっても痛かった………。 真っ白な砂浜にがっくりと膝から落ちてボクは座り込んだ。 どうしてこんな事になってしまったのだろう?ボクは真っ白な砂を握り締めた。 …あれ?白砂青松って言葉があるけど、この砂は本当に真っ白だ。例えるなら、塩とか砂糖…はちょっと違って、そうだ、雪! まだ本物の雪って見た事は無いけど、TVとかで見た事のある雪山の真っ白な雪みたいな綺麗な純白をしている。こんな砂浜、日本にあったかな? そして海は…真っ赤!一体これはどうなってるんだろう? エジプトとサウジアラビアの間の海は紅海というけどそれは単なる呼称だし、赤潮というのもプランクトンの発生で部分的に赤く見えるだけだし…うーん、これがホントの血の海!? うわ、しょーも無い事を考えてしまった。現実逃避をしている場合じゃないというのに。 赤い液体というキーワードでいろいろと頭で検索してみた。 LCLではないと思う。LCLはオレンジ色だったから、たくさんあっても赤くはならないだろうし。 血の池地獄というのが温泉で有名な別府にあるけど、あれも何か特殊な薬品か何かを混ぜているのだろうし。 腕組みして思案を続けようとして、その胸の柔らかな感触でボクは我に返った。 真っ赤な海も真っ白な砂浜も確かに不思議だけど、何故か女のコの身体でしかも素っ裸というボクの今の状況に比べたらどうでもいい事の筈。何を一生懸命思案する必要があるんだろうか? そうか、それもやっぱり別の問題を思案する事によって一番重要な問題を考えないようにしている現実逃避と同じなんだ。 …身体は変わっても、昔からの性格は変わってなかったみたいだ。嫌な事からすぐに逃げ出して…。 思考回路を切り替えよう。とにかく、今するべき事は何か?それは衣類を探す事だ。 周囲をぐるっと見回してみる。海の家はおろか、きれいさっぱり何にもない。遠くに山の稜線が見えているだけ。 とりあえず、このままここにいても仕方ないし何もできないので、ボクは衣類を求めて移動する事にした。 でも、ちょっと待って…今のボクは全裸の女のコ。もし、誰かにばったり出会ったとしたら…。 女性だったら、とりあえず危険は無いと思う。変に見られるか無視されるか、あるいは親切な人だったら助けてくれるかもしれない。でも、もし男性だったら? ボクも前は男のコだったから、女のコとエッチしたいという欲望はあった。だから、もし男性の目の前に全裸の女のコが現れて、しかもその男性が理性を抑えられなかったら…非常に危険!! そうなったらどうすればいい?まずは逃げるべきだけど、逃げきれなかったら…戦って撃退できればいいけど、あいにくボクは護身術なんて習った覚えは無いし…とりあえず何か戦う武器があった方がいいかな。 でも、周囲にはものの見事に何もなし。建物どころか、木や草だって一本も生えてない。真っ白な砂浜の先は茶色い土がむき出しになった地面がずーっと続いていて遥か向こうに山が見えるといった状況。 かなり遠くまで歩く必要がありそう。でも、途中で食料とか水が手に入る可能性もかなり低いと思う。 見上げると太陽はいつの間にか青空の中に高く輝いている。普通の海は青空の色が映えて青い色をしているけど、今のこの世界の海は青空を反映して紫色…にはならず、真っ赤なまま。 どうしてこんな世界になってしまったのか、ボクには見当もつかない。 だけど、ボクは歩き出した。 すぐに白い砂浜から出て茶色の土の上を歩く。少々湿り気があるのか、そんなに硬くない。素足で歩く土の感触は悪くは無い、と言うより何だか気持ちいい。足裏のツボがマッサージされているのかな?なんて事を考えたりして。 それからずっと歩いているけれど、周囲には全く何の変化も無いので、時間潰しにいろいろ考えてみる。 青空の色が映えないで赤い色のままの海。昔の特撮ドラマでほら吹きが子供に「海は青くない!黄色だ!」とか話してるシーンがあったけど、画面に黄色いフィルターをつけただけでしかも撮影時は曇り空みたいだったから、画面では白い波飛沫は黄色になっていたけど海そのものの色は黒くなっててどこが黄色なんだ?って思ったことがあった。 それはともかく、海の色って本当は何色なんだろうか?海水をすくってガラス瓶の中に入れても青くないから、青い海と言うのは青空の色が映えただけのもの。人工衛星から移した地球の写真では、海の部分は黒っぽく見えた。海をどんどん深く潜っていくと光の届かない深海となり、そこは暗黒の世界。という事は、宇宙からはその暗黒の世界が透けて黒っぽく見えたのかな? だったら、今の地球は宇宙から見たら海は赤く見えることになる。やっぱり、他の星の人が見たら血の海と思うんだろうな。昔、自らを悪魔と呼称するミュージシャンがいたけど、ある曲の中で真っ赤な地球とか血の海を飲み干せとか歌っていた。まさか本当に悪魔だったから今のこの地球の状態を予見していたんだろうか? もしこのまま時が過ぎて海が干上がったら、地球は地面まで赤いままだったりして。そうなると、人類が宇宙船で他の銀河系に旅する古いSFアニメみたいだ。 と、まあ、他にも思いつくままにいろんな事を考えていたんだけど、どうも下らない事ばかりのような気がする。それに、見たことも聞いたことも無い古い特撮とかアニメとかミュージシャンの話とかを何故ボクは知ってるんだろう?TVの再放送とか昔懐かし番組特集とかで見たのかな? 気が付いたら太陽は山の向こうに沈むところで辺りは少々薄暗くなってきていた。暗いと周りが良く見えないし、そのまま歩いたら何かに蹴躓いて転んじゃうかもしれない。もし怪我しちゃったら、絆創膏も無いし消毒剤も無いし手当てができない。だからもう今日は思い切ってここで歩くのを止めてその場に座り込んだ。 砂と違う土の柔らかさをお尻で感じる。あ、でも、直接座っちゃっていいのかな?土の中にはいろんなばい菌とかがいるかもしれない。今のボクの股間にある女の勲章(?)は男に比べていろいろとデリケートなんじゃなかったっけ?だから手でそこを覆って…あ、こ、こんなの、傍目から見たらまるでオナニーしている女のコみたいじゃないか!これはちょっといただけないかも…でも、ここってどんなふうになってるのかな?い、いや、勿論、どういう構造でどういうものがついていてそれらの部分部分をなんて言うのかは勿論知ってる。性教育で習ったし、図書室で人体の構造とかの本を探して図解を見た事はある。でも、勿論それは絵で、本物が実際にどういうふうに見えるのかなんてのは知らないし…ちょっとだけ…。 だ、ダメダメダメ〜ッ!いろんな理由をこさえて何をしようとしているんだ、ボクは!そんなことをしている場合じゃないでしょ! 思わずボクは両拳で頭をポカポカ叩いた。 気付けばあたりはもう暗くなり始めていたし、一日中歩き続けたせいで疲れたのか、眠くなってきちゃったのでボクは土の上に仰向けになって寝っ転がった。 えーと…確か、歩き始める前に何かを心配していたような気がするけど、忘れちゃった…というか眠気でもう思い出せそうにないのでボクは素直に眠りについた。 文化祭の劇でボクはミサトさんの陰謀?で白雪姫を演じるハメになってしまった。王子役に立候補したのは綾波、続いてアスカ、最後にカヲルくん。そしてジャンケンの結果、アスカが王子役になった。 その日の夜、家で劇の特訓をするとミサトさんは言い出し、ボクは白雪姫のドレスを着る事になった。 それだけじゃなくて、ミサトさんはやるからには完全に女のコになりきらなくちゃダメとか言ってボクはドレスの中まで女装させられる事に…。 ミサトさんはニッコリと邪笑を見せて自分のブラジャーとショーツをボクに手渡した。アイドルの女のコのビキニ水着姿ぐらい見た事あったから、ショーツはともかくブラジャーを付けるのもそんなに難しくなかった。しかも、フロントホックだったし。 でも…。 “ボク…ミサトさんのブラジャーとショーツを身に着けてるんだ…。” 自分の部屋で下着から女のコになってしまったボクは、知らず知らずのうちに興奮してしまっていた。白雪姫のドレスをその上に着てアスカとミサトさんの前に行った時も、自分では気付かずにいた。でも顔を赤くしていた事からミサトさんにはすぐバレてしまった。 ミサトさんはよく風呂上りに下着姿でうろついていたり、脱衣所に下着を干していたりした。今思えば、多分それはわざとだったのかもしれない。そんな状況でボクのリビドーは刺激されっぱなしだったから、こんな事になるのも仕方なかったと思う。 ボクの状態に気付いたアスカにはゲッ!?ヘンタイね。≠ニ完全に軽蔑されてしまった。 もうアスカは多分ボクに笑顔は見せてくれない…そうと気付いてボクは哀しくなったけど、ミサトさんはそういう趣味の男のコもいるもんよ。≠ニ言って妙な理解をしてくれた。何か勘違いしているみたいだけど、嫌わないでいてくれるだけでも何だか嬉しくて、ボクはミサトさんの言うがままになっていった。と言っても、いろんなランジェリーとか着させられたって事だけど。 最初はブラジャーとショーツだったけど、その後ガーターベルトとストッキングも着けさせられた。その次はテディとかベビードールとか何だか妖しいものになっていって、ショーツもセクシーというよりは卑猥なタイプに…。そしてボクはと言えばミサトさんのご希望どおりの反応をしてしまっていた。ミサトさんが女装シンちゃん、萌え〜(はーと)≠ニだらしない邪笑を見せても、きっとそれは愉しんでくれてるんだと思ってボクは嬉しさを感じていた。 だけど、ボクはアスカのことを忘れていた。ボクがミサトさんの手管に篭絡されていくのをアスカは苦々しく思っていたらしい。 二人は事あるごとにつまらない理由で女の諍いを始め、傍から見てるとアスカの目の中には嫉妬の炎が見えそうだった。 ボクとミサトさんの秘め事(?)については最初はガン無視されていた。そのうち、それをネタに脅迫されてボクは使いっぱしりをさせられるようになった。そして、女装させられる事に悦びを感じ始めていたボクを見てアスカはついにキレてしまった。 そんなに女のコの下着が好きなら私のを着させてあげるわよ! ボクはアスカのブラジャーとショーツを身に着けて、やっぱりいつもどおりの反応をしてしまった。そうしたら、アスカは怒ってボクを突き倒し、泣きながらボクの大事なところを踏みつけてきた。悲鳴をあげたボクはミサトさんに助けられて…。 その夜、ボクはミサトさんの手で春を見せて貰って、アスカが荷物を纏めて家を出て行ってしまった事にも気付かなかった。 三日目 自然に目が覚めた。陽はまだ高くなく、上に広がるのは薄紫色の空。吸い込まれそうな青い空、とか言うけど自分としては薄紫のほうが綺麗だと思う。 それにしても、昨夜は変な夢を見てしまった。自分に女装趣味があったなんて…今の自分は女の身体なのにあんな夢を見るのは男に戻りたいと思っているから? そう思って思わず秘所に手が伸びてしまったけど、確認できたのはそこが少し湿り気を帯びていた事。まさか、寝ている間にお小水を漏らしてしまった? 慌てて飛び起きて地面を確認したけど、土に濡れた痕跡は無かった。じゃあ、何故? …まさか、あんなエッチな夢を見たから無意識のうちに自分で…? ああ、ダメダメ!こんな事ばかり考えてたら本当にいけない事をしてしまいそうになる。 とにかく、目が覚めたんだから活動しなくては。そう思ってまた歩き出す。陽が出たら活動し始めて陽が落ちたら活動を止めるなんて、まるで原始時代と同じ。オマケに今の自分も全裸だし。何とか衣類を見つけて原始人から進化しなくては。 でも、歩きながらまた昨夜の夢の事を思い出してしまった。自分と、アスカと、ミサトさん。 三人は、家族のように暮らしていた。最初はミサトさんのところに自分が居候させてもらって、その後アスカがやってきた。 ずっと歩いてきているから今はもう離れてしまっているだろうけど、住んでいたのは第三新東京市。[使徒]を迎撃するために造られた武装都市。その地下には巨大な空洞があって、そこには[使徒]から人類を守る為の砦とも言うべきネルフ本部があった。そして、自分はネルフの誇る汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン初号機のパイロット。アスカも同じくエヴァンゲリオン弐号機のパイロット。ミサトさんは戦闘指揮官。 襲って来た[使徒]はサキエル、シャムシエル、ラミエル、ガギエル、イスラフェル、サンダルフォン、マトリエル、サハクイエル、イロウル、レリエル、バルディエル、ゼルエル、アラエル、アルミサエル、タブリスの15体。 それら15体の[使徒]を倒して人類を守る戦いは終わったと思ったら、今度は人間対人間の戦いが始まった。人類補完計画という独善的思想で人類を滅ぼそうとしたゼーレと、それに対抗しようとしていたネルフ。ミサトさんは命懸けで自分をエヴァ初号機に送り届けてくれたのに、アスカはエヴァンゲリオン量産機との戦いで死んでしまい、アスカを助けられなかった自分は絶望して…結局サード・インパクトは発生して人類補完計画は発動した。 人類は魂を一つに融合されて新たな進化を遂げる…その筈だったのに、気付けばこの世界に自分がただ一人いた。 自らの力で自分自身をイメージできれば誰もが人の形に戻れる、と誰かが言っていた。けれど、人の形―以前とはちょっと違うけど―に戻ったのは自分一人。 しかも、人の気配は愚か、動植物の気配さえ感じられない。もしかしたら、セカンドインパクト後の南極のように、目に見えない微生物まで含めていなくなってしまったんだろうか? もし、この先誰も人として戻ってこなくてこの世界には自分一人しかいないのなら…もう自分が男だろうが女だろうが構わない。自分一人しかいないんだから、男とか女とか気にしたって意味が無い。 だとしたら…今、自分は衣類を求めて歩いているけど、それさえも無意味な事になってしまう訳? いや、そのように考えるのはよそう。たとえ一人だって自分は人間なのだから、ましてや原始人ではないのだから、せめて衣類ぐらい身に着けておかなければ。もし、異星人がやってきた時、人類代表が今の全裸の自分では全人類に申し訳が立たない。 それにしても、この世界で目が覚めてもう三日目なのだけど、不思議な事がいろいろある。例えば、ずっと歩いているのに空腹や喉の渇きを感じる事も無く(だからトイレも無し)疲れもほとんど感じない。ずっと裸足で歩いているのに足が痛くならない。 日本はセカンドインパクト以降は四季が無くなって暑い夏だけになっていたのに、今の世界では気温は暑くも無く寒くも無く、昼も夜も程よく暖かく程よく涼しい。ただ、眠気だけは襲ってくるので夜は眠るけど。 うーん…こんな都合のいい事ばかりの世界なんて、やっぱり夢では?と思ってほっぺたを抓ってみようかと思ったけどやめた。 山を越え谷を越え、と言ってもホントに高い山や深い谷じゃなくって、長い上りとか下りがあっただけのこと。とにかく歩き続けてやっと、見つけた。地面に衣類が落ちていた。ワイシャツとネクタイ、スラックスにベルトに革靴。男物の衣類だ。 早速駆け寄ってみて…だけど、その衣類の様子をはっきりと確認した瞬間、妙な違和感を覚えた。 ワイシャツにネクタイ、スラックスにベルト。その取り合わせは男物として何らおかしくはない。でも良く見ると、ネクタイはワイシャツにちゃんと巻かれていて、ワイシャツの裾もスラックスの中に入っていて、ベルトもしっかり留められていた。 周りに何も無いところに落ちているところからして、これはきっとどこかから飛ばされて来たのかもしれない。でも、それだとこんなきちんとした形になるだろうか?まるで衣類を着せられていたマネキンがマジックとかでそのまま消えてしまったような感じがする。いや、もしかしたらマネキンじゃなくて本物の人間だったとか…。 もう少し詳しく観察してみると、スラックスの裾から靴下が見えていてその先はちゃんと革靴の中に入っていた。ワイシャツの襟口から中を見たらTシャツが中にあった。胸ポケットには小さくたたまれたハンカチ。スラックスのポケットには鍵と小銭入れ。スラックスの中までは何だかちょっと恥ずかしくて見るのはやめたけど、多分下着もある筈。 ちょっと怖くなって後ずさった。さっき考えた‘もしかしたら’が‘間違いない’に変わった。せっかく見つけた衣類だけど、これは身に着ける気にならない。もし着たらその衣類の持ち主の怨霊とかに取り付かれそうな気がする。 しかたなく、その衣類はそのままにしてまた歩き始めた。ところどころで衣類が落ちているのを見つけたけど、やっぱりさっきと同じ状態のものばかり。これは一体どうした事だろう?ある日突然、衣類だけを残して人間が全て蒸発してしまったように思える。心当たりがあるとすれば、それはサードインパクト。人類は魂を一つに融合された訳だけど、すると魂が抜けてしまった肉体は塵芥のように消滅してしまったのだろうか? 当て所なく歩き続けているうちに、周りの風景に少し変化が出てきた。それまでは土と砂に覆われた地面だったのに、ところどころ固い土の塊や石も見えるようになってきた。石は何故かみんな丸っこいものばかりで、だんだんその大きさも小指の先から掌サイズへと変化していった。そしてそのうち、両手でないと持ち上げられない、石と言うよりは岩と言ったサイズのものも見え始めた。ただ、それは自分から少し離れた周囲だけで、自分の足元は依然土のままで変化はなかった。でも、その土のある部分はある程度の幅を持っていて、一方向に伸びていた。つまり、これは道じゃないかと思う。きっとこのまま歩いていけば街が見えてくる筈。 少し気分が明るくなったけど、陽が落ちて周りは少し暗くなってきていた。今度こそ、転がっている何かに蹴つまづいて転んでしまうかもしれないから、またそこで移動を一時中断して地面に座った。 そう言えば、ちょっと疲れたらこうやってすぐに地面に座り込む人達をジベタリアンって言うんだっけ。多分、菜食主義者のベジタリアンと地べたとを組み合わせた言葉なんだろうけど、古いマンガにオバタリアンというのがあったっけ。多分、ホラー映画のバタリアンとおばさんとを組み合わせた言葉なんだろうな。タリアン、タリアンってバカの一つ覚えみたいだ。そうそう、アムラーとかシノラーとかトモラーとかマヨラーとか、何でもかんでもラーを付けるのもバカの一つ覚えだって宇宙猿人ゴリが言ってたっけ。だから部下のラーが自分の時代だとか何とか変な自己主張を始めたとか始めないとか…。あと、人気者の外国人はシュワちゃん、マンちゃん、ベルちゃんにマルちゃんと言ったちゃん付け、イケメンの外タレはレオ様とかペ様とか、勝手に様を付けて呼称したりして一体何様のつもり? そんな、訳の分からないどうでもいい事を考えながら自分はまた眠りについた。 女装シンちゃん、萌え〜。 自分はもうほとんどミサトさんのおもちゃになっていたと思う。学校が休みの日は、ランジェリーだけでなくお化粧も施され、ウィッグも被らされた上にワンピースを着て一日中女のコになっていた。勿論、寝る時はネグリジェだった。 ミサトさんに教えられるがままに女のコの仕草を覚え、女のコの言葉で離すようになった。読む本もファッション雑誌とか少女コミックばっかりになった。アクセサリーや香水にも興味を持つようになった。 十分に女のコで通ると考えたミサトさんは、ドライブに行こうと誘ってきた。外出用の衣装は持ってなかったけど、ミサトさんは既に準備していた。それは、以前にミサトさんが通っていた麻布十番中学校の女子制服で、胸元のリボンがとっても可愛いセーラー服だった。セーラー服って一度は着てみたいといつの間にか思っていた自分がそこにいた。 セーラー服に身を包んで何だか高揚した気分になった自分はミサトさんのドライブで一つ隣の街まで連れて行って貰った。ミサトさんは車を地下の駐車場に入れて、その上のショッピングモールに自分を連れてきた。その中の映画館で恋愛映画を見て、レストランで美味しいランチを食べて、屋上の遊園地で遊んで、ブティックで新しいワンピースを買って貰って早速着替えて、最後に食品街でケーキを買って帰った。とても楽しいデートだった。もう、アスカの事なんか完全に忘れていた。こんな楽しい気分でいられるのなら、ずっと女のコのままでいいと思っていた。 ミサトさんはさらにマニアックなコスプレを求めてきた。レースクイーン、バニーガール、バレリーナ、遂にはサンバの派手な衣装まで…。ミサトさんはほとんど条件反射で女装シンちゃん、萌え〜。≠ニのたまって悦んでくれた。 女のコになるのは好きだし、ずっと女のコとして暮らしていきたいと望んでいる自分がいるその一方で、自分自身に割り切れない思いもだんだん大きくなっていった。それは、女装するとどうしても性的に興奮してしまう事。自分のそんな反応もミサトさんは悦んでくれて、いつも自分を幸せにしてくれるし、その行為そのものも愉しいと言ってくれる。でも、女のコとしてはそれは辛い。 だから、ある日思い切ってミサトさんに自分のその悩みを打ち明けてみた。ミサトさんはいろいろ考えて、夏休みに入るとすぐに自分をある形成外科に連れて来た。そこでは、性同一性障害の人のためにクリニックをしてくれる所だった。ちょっと恥ずかしかったけど、そこの先生に自分の悩みを話してみたら、先生はある提案をしてきた。それは、胸を膨らませてみてはどうかという事だった。所謂、豊胸手術というものだ。見た目は女のコと同じ乳房がある事を自覚する事により、脳が徐々に女性化していくように促す、そうすれば女装して性的興奮を覚える事も治まるだろうとの事。どうせなら性器も切除してしまえばいいのでは?と思ったけど、まだ14歳では身体が急激な変化についていけず危険らしい。 どうしようかと迷ってミサトさんに相談したら、ミサトさんはこう言った。 自分で考えて、自分で決めなさい。後悔の無いようにね。 そして、自分は豊胸手術を受ける事にした。 夏休みが終わる頃、自分はシーメールに新生した。 現実に自分に女のコとしての胸の膨らみができた事がとても嬉しかった。 早速ミサトさんはちゃんとしたブラジャーをプレゼントしてくれた。それまではカップもワイヤーもない、ただおませなジュニア用の擬似ブラジャーだったけど、これからは本物のブラジャーを着ける事ができる。 さらに嬉しい事に、クリニックのリツコ先生の言ったとおり、女のコの衣類を着ただけで性的に興奮する事もだんだん収まってきた。 もう自分は女のコなんだ…そう思ったのに。 女のコどうしだから、という理由でミサトさんがいきなりお風呂に乱入してきて…ミサトさんの美しすぎる裸体を見たアタシは男のコとして性的に興奮してしまっていた。 どうしてなのっっっ!?!?!? 四日目 朝、目が覚めたのはきっと見ていた夢の中ですごい衝撃を受けたからだと思う。思わずアタシは手を股間に伸ばして確認してみた。勿論、男性器が有る筈も無かった。 アタシ、バカよね…今までに何回も確認して身体は完全な女のコだってわかってたのに。 この世界で初めて目が覚めたとき、男のコだった体が女のコになっていたのでムチャクチャびっくりしたけど、女のコが朝目が覚めて股間に男性器が有ったなんてわかったら、どれぐらいびっくりするのかな?もしかしたら、おっかなびっくりで観察とか触診とかするかも。多分、アタシもしちゃうだろうな。と言っても初めて見る訳でもないから衝撃度は超ド級じゃないだろうけど。 さて、それはともかく朝になったんだからまた活動しなきゃ。 アタシは寝っ転がったまま大の字に背伸びをして、ゆっくり起き上がった。昨日は衣類が落ちているのを見かけたし、周囲の状況も変化してきていたから、今日こそ街には何とか辿り着けるかもしれない。 朝焼けが大地を真っ赤に染めている。この景色の赤い色はどこかで見たような気がする。もしかしたら、他人の記憶かもしれないけど。 サードインパクトでヒトの魂が全て融合されて、ヒトは心を補完した…だから、他の人の記憶もアタシの中にはあるのではないかと思う。じゃないと、見た事も聞いた事も触れた事も無い知識を持ってる筈がないもの。 それはともかく、アタシはまた地面の道らしき部分を歩き始めた。 それにしても…凄い夢を見ちゃったな。夢の中でアタシは女装フェチの男のコから豊胸手術でシーメールに新生してしまった。最後のお風呂の場面では、シーメールとなったアタシの身体を見たミサトさんの目は妖しい輝きを放っていた。あれがミサトさんの本性だったかな?現実世界でもミサトさんはショタッ気があったみたいだし。突然押し倒された事もあったっけ。あの時は危うくくちづけされそうなところでアスカが飛び込んできてくれたおかげで助かったのよね。それはそれとして、手術をしてくれた先生というのがリツコさんとは…確かに、MADとか冗談で悪口言ってた事もあったかもしれないけど、どうも二人とも役柄としてハマリ過ぎているって。 とか何とか考えながら歩いているうちに、アタシの足元に変化が現れた。土だったものがもっと固い感触のものに…茶色から灰色に…これはアスファルトに違いない。 それから少しして道はとても緩やかな上りになり、アタシの視界にだんだんと文明の残骸がいろいろと見え始めた。破壊されてひっくり返った車、吹き飛ばされて柱だけ残った民家、根元から50cmぐらいで折れ曲がって倒れている電柱、炭化してしまった木々、看板だけが残っている郊外のファミレス、etc、etc………。 そして、道はだんだん下りになって、ようやく辿り着いた街だったらしいところ…そこはただ、ガレキ、がれき、瓦礫…どんな建物も衝撃波でことごとく破壊され、見るも無残な姿を晒していた。そして、街中のいたるところに人々がサードインパクト直前までそこに生きていた痕跡…衣類が散乱していた。 アタシは心が締め付けられるように感じて破壊された街の中で立ち尽くしていた。サード・インパクトが無ければ、こんな事は起らなかったのに! 不思議な事に、涙が勝手に流れ落ちていた。それまで何も無い大地を歩いてきた際には涙なんか出なかったのに………。 ≪泣いていたって始まらないさ。≫ ふとそのフレーズが頭の中に浮かんだ。 何だろう?…何だっけ?…誰かのセリフだったかな? …そうだ、思い出した。魔神戦記アンジェリスで、ウィル・ビルヌーヴが結城ヒカルを励ます時のセリフだ。 何の事は無い、自分が言わせたセリフじゃないの。 でも、アタシは少し心が落ち着いた。 そう、泣いていたって何も始まらない。過去の事を悔やんでも今更どうしようもないもの。アタシは今生きているんだから、命がある限り生き続けなきゃいけないよね。「しっかり生きて、それから死になさい。」って、ミサトさんも言ってたし。 アタシはもう一度四方八方を見回した。生き残ったビルはどこにも見えない。 道の上に落ちている瓦礫を避けながら少し歩いてみると地面に大きな陥没があった。多分、地下街に崩落したんだと思う。そう言えば、爆風というのは四方八方と上に広がるけど、下にはあまり行かない。だから部屋の中に手榴弾を投げ込まれても地下室に逃げ込んで絶対絶命の窮地を逃れた、というシーンが何かのアニメにあった筈。よし、地下街へ行ってみよう。 アタシはあちこち歩き回って、とある交差点の角に地下へ続く階段があるのを見つけた。運良く階段は崩れていなかった。 階段を降りていった先には、地上と違う景色が広がっていた。衝撃波を免れたらしく、地下街は破壊されていなかった。しかも、どこかで自動発電システムが作動しているみたいで天井灯が灯っていた。どうやら地下街は電気が通っているみたい。 でも、地上と変わらない部分も至る所にあった。一瞬で肉体が消滅したせいで人が着ていた形のままの衣類がそこら中に散乱していた。 生きている人なんかいる筈も無い。 でも、もし人がいたら、そこである程度の期間は生きていけるだけの環境にはなっているように思えた。 地下街にある店舗はちょっと見回しただけで、コンビニ、カフェ、レストラン、ブティック、コスメ、ジュエリー、アクセサリー、ブックス、DVD、CD、ゲーム、ドラッグ、etc、etc…。 まあ、食料・飲料品とかは今のアタシには必要もないみたいだけど。この世界で目が覚めてからもう四日目なのに、喉の渇きも飢えも感じない。サード・インパクトのせいで普通の人間ではなくなっているのは確かだと思う。 だけど、せっかく見つけた街だし、とりあえずやりたい事を考えてみた。 まずは、ずっと歩いてきて土の上に寝たりしてたから身体を洗いたい。できればシャワーを浴びたい。 その次は、身に付ける衣類を入手する事。どうやら自分一人の世界だから誰かに会う訳もないし恥ずかしい筈もないけど、一応女のコだし。 最後は、寝るところ。できればやわらかいベッドの上で寝たい。 この地下街の中でそれらは全て見つかった。 店舗がいっぱいあるから従業員用のシャワー室とかがあるかもと思って片っ端からチェックして回ったけど、残念ながら無かった。レストランやカフェの厨房ではお湯も出てきたけど、シャワーは無いし、お湯をお鍋に入れて身体にかけるのも何かおかしいし、そんなことしたら水浸しになるし。 最悪の場合はそうするしかなかったけど、その事態は回避できた。地下街の中にカプセルホテルがあった。その中に宿泊客のための簡易シャワールームがちゃんと備え付けられてあって、温度調整までできた。早速、棚に準備されてあった新品の石鹸とリンス入りシャンプーとスポンジとタオル数枚も持ってきて、いざシャワー・タイム。土の上に寝ていたので身体が汚れているかもと思っていたけど、スポンジで全身をどんなにこすっても垢は出なかったし、シャボンの色が白から変わる事はなかった。新陳代謝が止まってるみたい。 さて、続いて衣類を入手するために地下街を探索すると、ランジェリー・ショップを発見。男のコの頃だったら絶対に入れなかっただろうけど、今の自分は女のコ。アタシは臆することなく堂々と中に入った。夢の中でミサトさんに女装させられまくって最後にはほとんど女のコになっていたから、何をどう選ぶかはそれほど迷う事は無い。メジャーで身体のサイズをちゃんと測って、正しいサイズのものを探せばいい。ただ、色のバリエーションとかデザインがたくさんあるので、その中から選ぶのに時間がかかるワケ。うん、女のコの身体になって多分四日目だけど、夢のおかげですっかり女のコの意識になっているなぁ。 それにしても、ランジェリー・ショップの中で品定めをする全裸の女のコか…何か、すっごいシュールというかマヌケな姿というか…傍目にはヘンな企画もののアダルトビデオのワンシーンのような気が…い、いけない!そんな事を考えちゃ、まるで男のコじゃないの!雑念を捨てて品定めに集中し、アタシは色とデザインを変えた7セットを選び、その中の白の上下を身に着けた。 で、後はその上に何を着るかだけど、実はコスプレ・ショップを見つけていたのでそこに入った。その店はマンガ・アニメ・ゲームのキャラの衣装から普通に学校の制服に体操服、水着にレオタードにチアガールにテニスウェアといったスポーツ系、はたまたバニーガールとかボディコンのレースクイーンとかバレエのチュチュとかサンバのタンガといったマニアック?系とかいろいろ取り揃えていた。制服とかスポーツ系とかマニアック系はちょっと見でふーん…という感じだったけど、キャラの衣装とかはいろいろ見るのも楽しかった。デ・ジ・キャラットのでじこやうさだとか、チャイニーズ・エンジェル鈴々とか、ギャラクシー・エンジェルの蘭花とか、メイドコマンドーみゆきとか、魔法天使ガブリエルとか、聖コンプ学院とか…気が付けば次から次と着替えまくってコスプレを楽しんでいるアタシがそこにいた。どれにしようか、これにしようか…あれもいいし、それもいいし…なんてさんざん悩みまくって結局決めたのは、可愛いパフスリーブ、胸元の綺麗な刺繍、バレエのチュチュのように横に広がったレースのスカート、そして背中に天使の羽…という純白のドレス。その名も天使のチュチュ。すっごく気に入ったのでこれにした。あとは同じく純白のハイソックスとローラーブーツ。思わず♪ザーナドゥ、なんて口ずさんじゃった。 最後に寝るところだけど、さっきシャワーを浴びたカプセルホテルはやっぱり一人用シェルターみたいな形なので、ベッドが有るわけも無く薄いマットレスの上にシーツを敷いているだけだったので、そこは最悪の場合としてちゃんとしたベッドを探してみた。すると寝具店が見つかった。当然、ちゃんとしたふかふかのベッドも有った。早速、横になろうとしてはっと気付く。このまま寝転んだら、横に広がったスカートや背中の天使の羽が折れちゃって変な形になってしまう。やっぱり、服を着たまま寝ちゃいけないよね。 アタシは天使のチュチュを脱いで、それから寝る時はブラを外すものだと思い出してそれも外し、それだけだとやっぱり変に思ったのでブーツは勿論ハイソックスもショーツも脱いで全裸になってベッドに寝転んだ。これでシャネルNo.5を身体に振り掛ければ正に気分はマリリン・モンロー…なーんちゃって。 白い砂や茶色の土も柔らかくて気持ちよかったけど、やっぱりベッドの方がもっと気持ちいい。てゆーか、落ち着ける。そんな気がするな。 三日間歩いてやっと街に辿り着いた。さて、明日からどうしようかな?別にどこかに行きたい訳でもないし、何かやりたいという事も無いし…。取りあえず、この地下街をさらに隅々まで探索してみようかな。それで何か気になった事とか思いついた事とかがあればそれをすればいいし…。 そうだ、勝手にシャワー浴びたりランジェリー使ったりコスプレ衣装着ちゃったりしたけど、別にお金払わなくてもいいよね。てゆーか、お金持ってないしこんな世界じゃお金なんて意味無いし。何かのアニメでは夢の世界の中で食料品を手に入れたスーパーマーケットに借用書を書いて貼り付けてたけど…。 とか何とかいろいろ考えを巡らしているうちに、地上では夜になったのかだんだん眠気が襲ってきて、こうこうと天井灯が点いてるのにアタシは眠りに落ちた。 アタシはミサトさんの家を出て、一人暮らしをする事にした。居候していた時も家事はアタシがほとんど引き受けていたから、一人暮らしも別に不便は無かった。ミサトさんはどうか知らないけれど。 自分の身体についていろいろと知りたい事も有ったからリツコ先生に訊いてみた。ミサトさんの目は妖しくて怖いし…。 リツコ先生曰く、アタシがミサトさんの裸を見て性的に興奮してしまったのは、おそらく条件反射。だんだん脳が女性化してきているとは言え、元々は男性だったのだし、そんな反応をした後はミサトさんにいつも幸せにして貰っていたのだから、当然の反応だって。アタシはパブロフの犬ならぬミサトさんの猫ですか…。気分はもろにOrz。 だから、一人暮らしはリツコさんの勧めは勿論、ミサトさんの了解も取っての事。 しばらくそのままリツコさんのカウンセリングを受けながら過ごしていたら、女性に対して性的に興奮する事は治まっていった。そういった視覚情報に対しても大丈夫だし、試しにリツコさんとミサトさんと三人でお風呂に入ったけど大丈夫だった。思ったのは、二人のプロポーションはやっぱり羨ましいって事。ただ、ミサトさんはアタシにやっぱり妖しく瞳を輝かせたりしたのでリツコさんに張り倒されていたけど。 後は男性に対してドキドキするようになったら大丈夫とか言われたんだけど、それはちょっとまだ無理みたい。今の段階でそんな事になったらどっちかって言うとほもーんになっちゃうと思う。ああ、考えたくも無い。 それからまた時間が過ぎて、身体が落ち着いてきた頃を見計らってアタシはまたリツコ先生の執刀で手術を受けた。今度は去勢・膣形成手術。もう、二度と男のコには戻れない。それが何となく寂しいような想いがする反面、いよいよ本当に女のコそのものになっていくんだというのが嬉しくてたまらなかった。手術はあと一回を残すのみ。 その後の経過を慎重に観察する必要があると言う事で、アタシは入院したままだった。身体や精神に何か突然の乱調があったら危険だから…。 調子はどうかしら?シンディ。 パソコンに向かって小説を執筆していたら、リツコ先生から電話が掛かってきた。シンディというのはアタシの新しい名前。もう、女のコなんだからいつまでも前の名前のままじゃダメだと言う事で変える事にした。実は、シンディという名前を考えてくれたのはアスカだった。アタシの事を知って凄く驚いたそう。そこまで思いつめていたとは知らずに酷い事を言ってしまった、と気に病んでいるらしい。確かに、あの時はとても寂しくて悲しかった。男のコとして、アスカの事、大好きだったから…。でも、もうアタシは大丈夫。退院したら、きっとアスカとまた仲良く話せると思う。 そうそう、リツコ先生からの電話は『アンドロジーナの身体には慣れたか?』と言う事。どう言う事かというと、つまり…アタシの身体にはまだ男性の象徴が残っているの。それを切除するのが最後の手術。大人だったらもっと回数は少なくて済むんだけど、アタシはまだ14歳だから一気に手術するのは無理らしい。 それで、この身体に慣れたかと言えば、慣れてはいると思う。ただ、どうしても気になる事が一つ…。 肉が詰まっていたところに穴を開けたのだから、身体が落ち着くまでその穴が癒着して閉じないようにしなければならない、という理由で人造膣にディルドを入れているのだけれど…どうしてこんな反応が起きてしまうのよ…。 そのうち、挿入感が性感を刺激して…その…勃起する事があるかもしれないけど、気にしないで。 そんな事言われても…。 大丈夫。今はサイズが問題になっているだけ。反応は自然な事なのよ。 まあ、確かに子宮の中で男か女か決まる前は元々同じものだった訳だし、理屈は理解できるけど…どうやって処理すれば…まあ、処理の仕方は知ってるけど…。 恥ずかしいのを我慢してリツコ先生に訊いたら、やっぱり予想どおりの返事が返ってきた。そして最後には…。 いいんじゃないの?わっかいんだから! それはミサトさんのセリフです。 そうそう、いきなり話は変わるんだけど、貴女の書いた小説、なかなかいいと思うわ。 一人暮らしをしていた時から時間を持て余していたので、アタシはパソコンで小説を書いていた。それは、男のコだった自分が女のコに変わっていく話と、夢の中で目が覚めたら女のコになっていた話が交互に展開されるもの。ただし、夢を現実として、現実を夢として物語を紡いでいくのは普通のメタ・フィクションに一捻り加えたいいアイデアだと思う、とリツコさんは言ってくれた。 アタシがどうして女のコになったのかは次回で明かされるので楽しみにしてて下さい。 五日目 そんな訳で、私は目が覚めた。寝ている間に寝返りしていつの間にかうつ伏せに寝ていたから、目が覚めて天井灯の眩しさに目が眩むということはなかったけど、このままではせっかくの膨らんだ胸が潰れてしまうじゃないの!慌てて私は起き上がった。 それで、また夢を見ていたんだけど…うーん…何か、夢の中でだんだん性転換していくみたい。最初はただの女装、次は女装フェチ、そして豊胸手術してシーメール、去勢・膣形成でアンドロジーナ。次は陰茎切除で完全に女性化するのかしら? まあ、そんな事はどうでもいいわよね。目が覚めたんだから、活動開始しなくちゃ。 ブラとショーツを新しいものにしてまた天使のチュチュを着る。昨夜寝ようとして気付いたんだけど、この服はうっかりどこかに座ったり寝転んだりすると形が崩れてしまうのでちょっと実用的ではなかった。折れた翼のままじゃエンジェルバスターに襲われたみたいに見えるし。この服はどこかへの移動用とかにして、もう少し気軽に過ごせる服を手に入れなければならない。 朝起きたらまずは洗顔しようと思って私は再びカプセルホテルに戻ろうとした。でも、地下街を歩いている途中で足を止めた。 あるお店の外壁が全面鏡になっている事にたった今気付いた。でも、足を止めたのはそんな理由じゃなく、私の容姿が映ったから。 男のコだった頃と同じ黒髪黒眼だと思っていたけど、私の髪はサファイヤのように蒼く、私の瞳はルビーのように紅かった。これではまるで…。 「…あ…綾波…レイ!?」 この世界で目が覚めてから、初めて彼女の事を思い出した。 この地球の人類を第18番目の使徒として生み出したのは第2使徒リリス…そしてリリスからサルベージされたその魂は私の母、碇ユイのクローン体に宿された。私の父、碇ゲンドウが来るべき人類補完をコントロールするために生み出された、蒼い髪と紅い瞳の女のコ…それが綾波レイだった。 “やっと、思い出してくれたのね。” 「えっ?」 鏡の中の彼女が私に語り掛けてきた。鏡に映っているのは私の顔じゃないの?まさか、これも夢なの? “落ち着いて、碇くん…いえ、今はシンディと呼んだ方がいいかしら?” 私は頷いた。シンディというのは昨夜見た夢の中でアスカが考えてくれた自分の女のコとしての名前だけど、今現実に自分は女のコなのだからシンジという名前は確かにヘンだもの。だったら夢の中とは言えせっかくアスカが考えてくれたのだから、これからはシンディにしよう。 “そんなに大事に考えて貰えるなんて、アスカが羨ましいわ。” 鏡の中で彼女はちょっと切ない面持ちになった。 「ごめんね、綾波…さん。」 “できれば、名前で呼んでほしいわ。” 「そ、そう?じゃあ改めて…ごめんね、レイ。貴女の事、忘れていたつもりはないの。ただ、何故か思い出せなかっただけ…。」 “ありがとう、気遣ってくれて…思い出してくれただけで、私は嬉しいわ。もう、この後逢えなくなると思うから…。” 「逢えなくなるって…それってどうしてなの?てゆーか、何故、鏡の中でしかレイと話せないの?」 “私は今、シンディの心に話し掛けているわ。それを、貴女がイメージとして鏡に投写しているだけなの。” 「私の心に話し掛けているって…それってテレパシーよね?と言う事は、レイはここからどこか遠くにいるの?」 “いいえ。私がいるのはシンディ、貴女の中よ。” 「私の身体の中!?」 “もっと分かり易く言うなら、私と貴女は一心同体と言う事なの。” 「…えーと………あのね、話が突拍子も無さ過ぎて、よくわからないわ…。」 “そう…ごめんなさい、こんな時どんな顔をしたらいいかわからないの…。” 「…ねえ、レイ…ひょっとして、私をからかってるつもり?」 その途端、うつむき気味だったレイはちょっと頬を赤く染めた顔をあげた。 “やっぱり、一心同体である以上、ごまかせないのね。” 鏡に映った顔が自分ではなくレイのものだった事で当惑気味だった私は、そのレイの顔を見てなんだか心が少し落ち着いてきた。 「なんか…レイって随分とイメージが変わったみたいね。前は無口で今みたいに冗談を言うなんて考えられなかったのに。」 “それも貴女の影響だと思う。と言っても、それもよく理解できないかもしれないから、最初から説明するわ。その最初とは、人類補完計画の事…。” 「えっと、父さんが母さんと会うためにそれを計画していたのは知ってるわ。それでレイが何故生まれたかも。」 “量産機との戦いの事は覚えてる?” 「ええ。その辺はちょっと思い出したくないから言わないけど、その後でレイ…じゃなくてリリスの中に融合して、最後に…いろんな女性が何か拒絶する声がたくさん聞こえてきたのを覚えてるわ。自分に言われてるような気持ちになって、こんな辛い思いをするのならもう男のコでいたくないとか、誰にも傷付けられないように自分一人だけの世界に行きたいとか、そんなふうにあの時の私は感じたような気がする…。」 “そのとおりよ。とりあえず、私…綾波レイについての話から始めるけど…私は碇司令によって生み出された。最初はその人のために生きていくのだろうと思っていたのに、碇くんに出会ってその思いは変わった。ヒトでもないこの私の事を気遣って、私の為に涙を流してくれて、私にかけがえの無い絆をくれた彼に私は…ヒトの言葉でいう恋をした。だから彼のあの絶叫が聞こえた私は碇司令との絆を断ち切る事にした。あの時、サード・インパクトを自分の思い通りの結末に導こうとしていた碇司令は、己が傀儡だと信じきっていた私の身体の中に第1使徒アダムを融合させた。そこで私は彼の手を切断してアダムを内包したまま元の第2使徒リリスの中に還った。前はアダムと協力しなければ発動できなかったジェネシス・デヴァイスを自分だけでできるようになった私はサード・インパクトを発生させ、全てのヒトの魂を一つにした。” 「じゃあ、あの声はサード・インパクトでいろんな人の魂が融合していく過程だったから聞こえたのね。」 “ええ。当然、碇くんの魂も私の中にあったから、その思いは伝わってきたわ。だからこそ、私はこの世界を作ったの。貴女を除いて誰もいない、貴女一人だから誰にも傷つけられる事の無い、この静かで穏やかな世界を…。” 「他の人はどうなったの?」 “今も赤い海の中に溶けているわ。原始の頃と同じあの海の中でヒトの魂は全て融合して一つになっているの。神になろうとしたゼーレも、自分だけの補完を望んだ碇司令も、誰も彼も…そのほんの僅かな一部でも変化を望まなければ永遠にあのままなの。” 「一つになって魂が補完されてしまった訳か…今更変化なんて有りそうもないのね…。」 “ただ、今貴女がたった一人だけリリンの…それも女のコの姿をしているのは特別な理由があるんだけど…。” 「そ、そう!それが知りたかったの!目が覚めたときもの凄ーくビックリしたんだから!おまけに素っ裸だったし!!」 “ごめんなさい、驚かせてしまって…えっと、これも最初から話すと…確かアルミサエルと戦った時だったわ。零号機ごと侵食してきたアルミサエルと交信して、その時に私は自覚したの。私は碇くんが好きで、碇くんと一つになりたい、という事を。” 「ひ、一つに?」 “別に身体を重ねたいという意味ではないわ。あの頃の私はそんな知識は無かったもの。ただ純粋に、一つになりたいと願ったの。” 「あ、ああ、そういう事ね。神様が人間を作ったとき、最初は男だけだったのにその肋骨から女を作ったので、人間は最初の一つの身体に戻りたいから男と女が互いを求めるのは当然だ、という説もあるし。」 “それで、さっき貴女が自分で言ったけど、男のコでいたくない…つまり女のコになりたいという思いと、私の碇くんと一つになりたいという思いが融合した結果、私と碇くんの身体そのものも融合して今の貴女…シンディが形造られたの。あと、貴女が素っ裸だったのは…ヒトには服が必要だと言う事を失念していたから。だって、魂は服を着ていないし、私自身が服を必要とする存在ではなかったんだもの。” 「そうだったの…まあ、別に今更男のコに戻りたい訳じゃないから気にしないで。何せ、自分一人しかいない世界だし、当然誰か知ってる人に会う筈もないし、どっちだっていいもの。てゆーか、これはこれでまた何か楽しいと思うの。男のコの時にできなかった事もいろいろとできそうだし。あ、そうだ、もう一つ訊いていい?」 “ええ、何でもどうぞ。” 「この世界って何か不思議だわ。前は日本は常夏ってカンジだったのが今は昼も夜も来るけど適度に温かくて涼しいし、私は飲まず食わずでも平気で生きていけるし、新陳代謝も止まってる。まるで不老不死の身体で、まさにここは夢のような世界だわ。」 “たった一人で生きていく貴女のために、私はこの平穏無事な世界を造ったの。そして、今の私と貴女は融合している…最初に言ったとおり一心同体だから、貴女は使徒と同じ不老不死となった…いいえ、融合する前の私は既に神の領域にまで到達していたみたいだから、今の貴女はいわば不老不死の女神そのものよ。” 「わ、私が女神!?…うーん、そんな大袈裟な…陽が落ちたら眠くなる、そんな人間っぽい女神さまがいるかしら?」 “それは何と言うか、ヒトだった頃の名残のようなものかしら?そのうち、眠る事も無くなるわ。それだけじゃない、私がこの世界を造り出したように、貴女にも様々な奇跡の力が発現すると思う。” 「奇跡って…超能力みたいなもの?」 “そう…現に、私の事をこの鏡にイメージ投写しているのも、その一つ。” 「そうだったの…無意識にやっていたワケね。」 “ええ…今も、貴女の力がどんどん大きくなっているのを感じるわ…もうすぐ、私は本当の意味で貴女と完全に一つになる筈…。” 「ちょ、ちょっと待って!まだ…。」 “もう言わなくてもわかってるでしょう…。” 「嫌よ、レイ!まだいろいろと話したい事が―」 “大丈夫。私は貴女に、貴女は私になるのだもの。話す必要も、考える必要も無いわ。” 「私の声は貴女の声と同じ、貴女の思いも私の思いと同じ…あっ!!」 “それでいいの…私はいつもシンディと共にあるわ…。” はっと気付いたら、鏡の中には私の顔が映っていた。レイと同じ、サファイヤのように蒼い髪、ルビーのように紅い瞳…。 試しにウィンクしてみたら、鏡の中の顔も同時にウィンクした。間違いない、私の顔だわ。 碇シンジは碇ユイの子供、綾波レイは碇ユイのクローン…私の顔立ちはもしかしたら顔も覚えていないお母さんにそっくりなのかしら? もう、レイの声は聞こえなくなっていた。別れの言葉は無かった筈。だから、私も思うだけにした。 “サヨナラ、なんて言わないわよ。” “これから何をしよう?” 私はまた地上に出ると、一番高い所に上って周囲を見回した。崩壊した文明社会の残骸が広がる中、そこに生きていた人類の抜け殻と言うべき衣類がいたる所に散らばっているのが見える。 人類は補完されて一つになり、赤い海の形でこの地球を覆っている。それが人類から進化した生命体の姿なら、人類という種は一旦絶滅したと言える。 と、考えた私はこれから何をすべきかを決めた。 まずは、街に散らばっている衣類を片付けて荼毘に付す。それが、今生きている者の死者への礼儀。 世界中の全ての死者を弔うのにいったいどれほどの年月がかかるだろうか?移動手段も徒歩だけでは無理。自転車、バイク、車、船、飛行機を使わないといけないし、動かすエネルギーも必要。 世界の状況も知る必要がある。サードインパクトで地形はどうなったのか?生命は自分以外に完全に消滅したのか? やる事はいっぱいあるけど、少しづつやっていこう。時間はいくらでもある。自分は不老不死の女神なのだから。 エピローグ 陰茎切除手術が無事に終わって完全に女性化したシンディがリツコに連れられて退院するとアスカとミサトが家に待っていた。 シンジ女性化…シンディ誕生のお祝いパーティを開いてくれたのだ。 「シンちゃ〜ん、女性化おめでとう。」 「ミサト、それでは前の呼び方と同じじゃないの!」 「でも、シンディだからシンちゃんでOKでしょ?」 「じゃあ、アスカの場合は?」 「…あっちゃん?」 「オリラジかよ!」 「アケベーか!」 「なら、あーちゃん?」 「あんたは桜木さゆみか!」 相変わらずのノリのミサトであった。 「シンジ…いえ、シンディ…あの時はひどい事を言ってゴメンね。」 「問題無いわ。もう大丈夫だから、アスカも気にしないで。」 「そう言ってくれて嬉しいわ。これからは女のコどうし、仲良くしましょう。」 「ええ。これからもよろしくね。」 優しくなったアスカ。片想いの相手だった少女は、今後は一番の大親友になってくれるだろう。 女のコになったシンディには、世界が変わったと感じられた。自分は男のコから女のコへと新生したが、それは同時に自分のいる世界も新生したという事なのだ。 シンディはこれからきっと幸せになるだろう。 超人機エヴァンゲリオン3 「妖夢幻想譚」第十章 女神になった少年 完 オマケ カヲル「できればボクも登場させてほしかったねぇ。」 ノゾミ「どうしてですか?」 カヲル「シンジくんが女のコになったのなら、もう何の障害もないじゃないか。」 ノゾミ「まだ、そんな事を…さんざん怒られましたから、もう金輪際そんな設定では書きませんよ! 」 あとがき