郊外のモトクロス・コースを走る一台のオフロード・バイク。見事なジャンプを決めたかと思うと、すぐに迫ったカーブをほとんど減速せずにターンしていく。 やがてそのバイクは、コース脇の高台からその走りを見ていた一人の男の前を駆け抜けた先で急ブレーキをかけ、スピンターンして戻ってきた。 「おやっさん、今のタイムはどうだった?」 その声はオートバイを走らせるにはまだまだ若い少年のものだった。 「いいタイムだ。だが、今度のレースで上位入賞するにはもうちょっと削らんとだめだな。」 「おやっさんにはかなわないな。わかった、もう一周してくるよ。今度は3秒は詰めてみせるからね。」 ヘルメットのバイザーを降ろした少年は再びバイクのエンジンをスタートさせて猛烈ダッシュしていった。 それを見守る男の顔は優しいものだった。 “碇シンジ…まだ新武蔵野中学校の三年生だというのに、あのバイクの扱いの上手さは大したもんだ。あいつこそ、俺の捜し求めていた天才だ。俺が鍛えて、必ず世界チャンピオンにしてみせるぞ。” だが、バイクの姿が木々の向こうに隠れて見えなくなってしまった時、何者かの魔の手がシンジに迫り始めた。 “!?” いきなりどこからか紅い花がバラバラと降って来て、バイクの前方のコースを覆ってしまったのだ。 シンジはそんなの関係ねぇ、とばかりに気にもせずその中を突っ切ろうとした。だが、その紅い花の絨毯に入った途端、バイクのタイヤがバーストしてしまった。 「うわあっ!」 バイクは横転し、シンジは紅い花の絨毯の上に投げ出された。 「…痛てて…一体どうなって…。」 シンジは起き上がると地面に敷き詰められた紅い花を拾ってみた。 「…薔薇だ…まさか、薔薇の棘でタイヤがバーストした?そんな馬鹿な…。」 「フフフ、その通りだよ。」 どこからか声が聞こえてきた 「誰!?もしかして、こんな悪戯をしたのは…。」 その時、いきなりシンジを強い眠気が襲ってきた。 「その棘は鋼鉄をも穿ち、その香りは全ての者に速やかな死を与える…もっとも、今の香りはキミの為に特別に誂えた睡眠効果だけがあるものだけどね。フフフ…。」 その言葉の全てを聞き取る事はできず、シンジは眠りに落ちていった…。 『フフフフフ…アハハハハ…。』 紅い瞳がシンジを笑っていた。 『フフフフフ…アハハハハ…。』 “やめろ!僕を笑うな!” シンジは自分を笑う紅い瞳に向かって喚いた。それが幻とも知らず…。 「はっ!?」 シンジは幻夢から覚醒した。 最初に目に飛び込んできたのは天井の毒々しい赤と青の照明。 「知らない天井だ…ここは一体…。」 シンジは起き上がろうとしたが、その四肢は今自分が寝ている台に鎖で繋がれていた。 「な、何だこれ…!?」 「目覚めたようだな。」 シンジの顔を数人の男が覗き込んできた。その顔はどれも不気味な仮面―――七つの目がある、紫色の仮面―――に覆われていた。 「な、何だよ、お前らは…。」 その時、シンジの頭の後方から声が響いてきた。 『碇シンジ、ようこそゾルゲゲドンへ。』 「ゾルゲゲドン?何だよそれは?天津丼かはるまげ丼の仲間か?」 ゾルゲゲドンとは、世界征服を企む恐怖の秘密結社なのだ。まだ中学三年生のシンジが知らないのも無理はない。 「料理の得意なキミらしい反応だね。感服するよ。」 どこかで聞いたような声がしてシンジは顔を向けた。そこには、まだシンジと同い歳ぐらいの少年がいた。銀色の髪に紅い瞳…。 「君は…先週転校してきた…確か、渚カヲルくん…。」 『ハハハハ、それはもう一つの名前だ。その少年の正体は…。』 「首領。お言葉を挟むようですが、今僕の正体を彼に知らせるのは無粋というもの。楽しみは後に取っておくほうがより…。」 『ええい、だまれ!』 その時だった。何処からか爆発音が轟いてきた。そしてけたたましい非常ベルの音も…。 『どうしたのだ!?』 そこに自動ドアが開いて男が駆け込んできた。 「大変です!発電装置が爆発しました!周囲は火の海です!」 『馬鹿者!早く火を消すのだ!』 すると、そこにいた者たちはシンジを残して一人残らず駆け出して出て行ってしまった。 「それでは改めてもう一度…シンジくん、ようこそゾルゲゲドンへ…。」 『おまえも行け!』 首領に怒鳴られて、カヲルは無言でそこから出て行った。 “…何が一体どうなって…そうだ、火事が起きているんなら僕も逃げないと…。” シンジは必死になって四肢を動かした。だが、シンジの力ではどうやっても鎖を切る事ができる筈もなかった。 「く…くそっ…誰か!誰か助けて!僕をここから出して!!」 シンジが喚いたその時、また自動ドアが開いて誰かが静かに入ってきた。 その人物が暗がりから近づいてきて、ようやく顔が判別できるようになった時、シンジは驚いた。 「貴方は…根府川先生!先生がどうしてここに…?」 「話は後にしよう。まずはここから脱出しなければ…。」 「でも、僕の手足は鎖で繋がれていて…。」 すると、根府川が台の何処かのスイッチを探り当て、シンジを解放してくれた。 「さあ、こっちだ。奴らが発電エリアの消火に躍起になっている内に脱出しよう。」 シンジは根府川の案内で脱出した。 ゾルゲゲドンの連中が戻ってきた時には、既にそこはもぬけの殻だった。 荒れ道を疾走するバイク。ハンドルを握るのはシンジ、タンデムシートには根府川が乗っている。 「先生、ゾルゲゲドンって一体何なんですか?何だか得体の知れない人達だけど…。」 「驚かないで聞いて欲しい。ゾルゲゲドンとは、世界征服を企む恐怖の秘密結社だ。彼らは世界中に組織を持ち、優秀な人材を攫ってきては洗脳・改造し、世界征服の先兵とすべく特殊能力を持つ強化人間を造り始めた。強化人間が人類を支配し、その強化人間を支配するのがゾルゲゲドンの首領なのだ。」 「何だか、特撮ヒーロー番組みたいな話ですね。」 「だが、これは夢ではない。現実の話だ。早くこの事を世界中に知らしめなければ、世界はやがてゾルゲゲドンに支配され、人類は皆奴らの奴隷にされてしまう。」 その時、いきなり前方にロープが張られた。 「うわあっ!」 シンジ達の乗ったバイクはロープに引っ掛かって転倒した。その先は崖だった。 「わああぁぁーっ………。」 シンジはバイクから投げ出され、崖から転落していった…。 「い、碇くん!碇くーん!!」 運良く崖から落ちずに済んだ根府川はよろよろと立ち上がると、崖下に向かってシンジに呼びかけた。だが、返事は無かった。 がっくりと膝を付こうとしたその時。 『裏切り者には死を。』 どこからか、そんな声が根府川の耳に聞こえてきた。 『裏切り者は死ね。』 根府川は振り返った。だが、声の主はいない。 『裏切り者には死が待っている。』 『裏切り者には死が与えられる。』 『裏切り者は死ななければならない。』 「う…うわああ!」 身に迫る恐怖を感じ、根府川はその声が聞こえないように両手で耳を塞いで闇雲に駆け出した。 『裏切り者を生かしておくな。』 『裏切り者を殺すのだ!』 どこまで走っても呪いのような声は止まらなかった。 はっ、と気づいた時、根府川は不気味な集団に取り囲まれていた。その集団はみな黒の全身タイツに身を包み、七つ目の紫の仮面を被っていた。 それがゾルゲゲドンの戦闘員だという事は根府川もすぐに気付いた。 『裏切り者は殺せ!』 『裏切り者は殺せ!』 ゾルゲゲドンの戦闘員は根府川を取り囲む輪をじりじりと狭めてきた。 根府川が諦めかけたその時だった。 ♪ ♪〜 ♪ ♪〜 ♪ ♪〜 ♪〜 ♪〜〜♪ ♪ 、 ♪〜 ♪〜 ♪〜 どこからか口笛が聞こえてきた。 「誰だ、口笛を吹いているのは?」 「お前か?」 「いや、違う!」 「お前だろ!?」 「違う!俺じゃない!」 ゾルゲゲドンの戦闘員は混乱し始めた。 「誰だ!」 「何処だ!」 「出て来い!」 「此処だ!!」 ゾルゲゲドンの戦闘員がその声が聞こえた方を見上げると、十数メートル前方の丘の上に紫色の鎧を纏った何者かが立っていた。 「何者だ!?」 だが、その問いに答える事もなく、その紫の戦士は軽やかにジャンプし、ゾルゲゲドンの戦闘員達の前に降り立った。 紫の戦士は戦闘員達に突進し、パンチ、チョップ、キック等であっという間も無く倒してのけた。 『バカモノ!!見失ったで済むと思うのか!!』 「申し訳ありません。今も二人の潜伏しそうな所を調べております。必ず捕まえますので、もう少しお待ちを…。」 と、そこに鼻歌交じりでカヲルが入ってきた。 「首領、新たな日本攻撃作戦を考え付いたのですが。」 『ほほう、申してみよ。』 「僕の薔薇の香りに新たな能力を加えようと思います。この香りに惑わされた人間達は子孫を作る事をやめ、人間はその数を激減させるでしょう。そこで一気に…。」 『待て、その新たな香りでどうやって人間どもが子孫を作る事をやめるのだ?』 「それは、この香りは人間の性的嗜好を狂わせ、男はみんな同性愛者になってしまうからです。」 『くだらん!!』 「お気に召しませんか?」 『どうせなら人間達を発狂させて互いに殺し合うようにしたらどうだ!!』 「そうですか…結構いい作戦だと思ったのですが…ちなみに、既にこの香りは開発済です。」 『………………。』 首領はしばし沈黙した。 「ちなみに、その香りで女はどうなるのかね?」 首領に怒られていた男が訊いてみた。 「女は………うーむ?」 カヲルは首を捻って考え込んだ。考えていなかったらしい。 『…バラナイトよ、お前に新たな任務を与える。』 立ち直った?首領がカヲルに命令を発した。 「と言うと?」 『逃亡したエヴァナイトの捕獲だ。』 「根府川の方はどうしますか?」 『殺して構わん。』 「根府川の娘はリリアン女学園に通っている。その下校時を襲うのだ。」 ゾルゲゲドンが考え付いた策は、根府川の娘を誘拐して二人の潜伏場所を吐かせる若しくは人質にするという事だった。 ゾルゲゲドンに狙われた女子高生クミコはちょうど今、学校の正門から出てきたところだった。 彼女が歩く歩道の背後に、数人の男が姿を現した。そして、無言のまま、彼女の後をついていく。 さらに、道路にも一台の車が彼女の斜め後方から追尾していた。 「あれが根府川の娘です。」 運転している男がカヲルに説明した。 クミコの後姿を凝視したカヲルは訝し気な顔になった。 “………何だ………あの娘は………?” 「間も無く、作戦開始地点です。」 クミコは大通りから脇道に入り、尾行者の存在も知らずに歩を進めていく。 と、その前方に数人の男が姿を現した。 「作戦開始です。」 運転手がカヲルに告げた時、だが、クミコは正にそのタイミングで傍の細い路地に駆け込んだ。 「お、追え!」 男達の集団がクミコの後を追って路地に入るが、そこは二人並んで歩くのも不可能な狭さ。おまけに奥に行くほど曲がりくねっていて、あっと言う間も無く男達はクミコの姿を見失ってしまった。 「ふぅ…いったい何だったのかしら?あの連中は…。」 クミコが誘拐犯の手を逃れて一息付いた時、目の前に一台の車が停まった。 「クミコお姉ちゃん。」 後部座席からまだ小学生くらいの女の子が顔を出した。 「あら、リカちゃん。」 「よう、元気かね。」 運転席から顔を出してサングラスを取った男は、シンジのバイクのコーチをしていた者だった。 「徳永さん。」 「…お父さんの居場所がわかった。乗りなさい。」 「はい。」 クミコが助手席に乗り込むと車は発進した。だが、その後部バンパーにいつの間にか一輪の薔薇の花が付いていた…。 「…私はこれでよかったのだろうか…ゾルゲゲドンを敵に回すなど…。」 「何言ってるんですか、先生!先生がいなければ、ゾルゲゲドンの悪の野望を全世界に知らせる事はできないんですよ。もっと自分に自信を持ってください。」 「しかし、私一人の力など、ゾルゲゲドンの前ではたかが知れている…。」 「僕がいます。僕も先生に協力してゾルゲゲドンと戦います。」 「…ありがとう、碇くん。」 と、シンジは外で車が停止する音を聞いた。 一瞬、根府川の顔が青褪めた。ゾルゲゲドンの追っ手が来たかもしれないと思ったのだ。 「…僕が様子を見てきます。先生は物陰に隠れていてください。」 シンジは倉庫の入り口のドアの傍に身を寄せた。 すると、外から誰かが声をかけた。 「俺だ。開けてくれ。」 それは徳永の声だった。シンジがドアを開けると、外には徳永とシンジの知らない女性がいた。 「おやっさん、この人は?」 「根府川先生の娘さんだ。」 「クミコっていうの。よろしくね。」 「あ、こちらこそ。」 「それで、お父さんは?」 「こちらへどうぞ。」 徳永とクミコは倉庫の中に入り、根府川の傍にやってきた。 「お父さん、無事だったのね。よかった…。」 「クミコ…どうしてここに?」 「この一週間、一体今までどこで何をしていたの?心配したんだから。」 「…すまんが、それは言えんのだ。」 「どうして?まさか、何か危険な事に…。」 「…クミコには隠す事はできないか…実は、私はある秘密結社に…。」 そこまで言った直後、根府川は小さく呻いて倒れこんだ。その項には一本の薔薇が突き刺さっていた。 「危ない!!」 シンジは飛び掛ってクミコを押し倒した。 「ちょ、ちょっと、何するのよ!」 クミコはシンジに抗議したが、クミコのいたところには一本の薔薇が突き刺さっていた。間一髪だった。 「もう、さっさとどいてよ!お父さん、どうしたの…え!?」 シンジの身体を押し退けて立ち上がったクミコは声を失った。なんと、根府川の身体は白い煙を上げながらあっという間に溶けて泡となり、その泡も直に消えて無くなってしまったのだ。 「に、人間が溶けて消えた…。」 徳永は奇怪な現象を目撃し、呆然として呟いた。 「裏切り者には死を。それがゾルゲゲドンの運命<さだめ>なのさ。」 いつの間にか、倉庫内に高く積み上げられた木箱の上にカヲルが一輪の薔薇を片手に立っていた。 「…渚くん!?君は一体何者なんだ!」 「ゾルゲゲドンに改造されて薔薇の特殊能力を得た改造人間さ。シンジくん、君も同じ改造人間だし、ゾルゲゲドンに戻ってきてくれないか?」 「断る!!世界征服を企む悪の秘密結社なんかに誰が手を貸すもんか!!」 「そうか…でも、僕はまだ諦めないよ。」 そう言ってカヲルはいきなり薔薇の花弁を巻き散らした。その香りには、強力な睡眠効果が有った。改造人間となったシンジには既にその力は通用しないが、普通の人間である徳永はたちまち眠りについてしまった。 「おやっさん!?」 「ハハハハハ、また会おう。」 カヲルは木箱の上を飛び渡って去っていった。 「待て!」 シンジはカヲルを追おうとするが、その手をクミコが掴んだ。 「ちょっと待ってよ!何がなんだかわからないわ!改造人間とか、ゾルゲゲドンって一体何なの!?何故お父さんは溶けて消えてしまったのよ!?」 「今はそんな事を説明している時間は…。」 その時だった。 「きゃああーっ!!」 リカの悲鳴が聞こえてきた。 「リカちゃん!?」 「しまった!」 シンジ達が倉庫の外に出ると、リカの姿は乗って来た車から消えていた。ゾルゲゲドンに攫われたに違いない。 「おやっさんを頼みます!」 シンジはクミコに徳永の介抱を依頼すると、隠してあったバイクに飛び乗ってスタートさせた。 ゾルゲゲドンによってとんでもない性能を持つまでに改造されたシンジのバイクは猛スピードで突っ走り、ソニックブームを巻き起こした。 歩道を歩いていたミニスカート姿の女性は突風でスカートを腰まで捲り上げられてしまった。 「OH!モーレツゥ!!」 等と彼女が言ったか言わなかったかは定かでは無いが…。 一方その頃、ゾルゲゲドンのトラックからカヲルはケータイで報告を入れていた。 「こちらはバラナイト。裏切り者の根府川の抹殺は完了しました。シンジくんについては再度作戦を検討して…。」 と、急ブレーキでいきなりトラックが停まった。 「何?赤信号?」 カヲルが前方を見ると、そこには紫の戦士が待っていた。 「シンジくん…やっぱり戻って来てくれたんだね。」 カヲルはトラックから降りると紫の戦士に微笑んだ。が。 「その少女を返してもらおう。」 その毅然としたセリフに、自分の想いが外れたと知ったカヲルの表情が曇った。 「嫌だと言ったら?」 「力づくでも返してもらうまでだ。」 「やれやれ…首領へのいいお土産になると思ったのだけど、致し方ないね。」 カヲルは指をパチンと鳴らした。たちまち、配下の戦闘員十数名が様々な得物を手にして現われた。 「僕達に勝てればあの少女は君に返そう。」 そして、カヲルはもう一度指をパチンと鳴らした。配下の戦闘員達は輪になって紫の戦士を取り囲んだ。 「ブレード・ファイト!」 紫の戦士―――いや、ここからは彼の事をブレードマンと呼称しよう―――は戦闘モードに入るキーワードを発し、戦闘員達に突っ込んでいった。 「トゥ!」 ブレードマンのパンチ、チョップ、キックによって戦闘員達はあっという間に倒されてしまった。 「残るはお前だけだ。」 「不甲斐ない奴らだね。いいとも、それでは僕も本当の姿を見せてあげよう。」 カヲルは何処から出したのか一輪の黒薔薇を口にするとフラメンコのように手を叩いた。その途端、カヲルの身体は黒い闇に覆われた。そしてその闇が消えた時、そこには全身に白銀の鎧を纏った者がいた。額には黒い薔薇の花弁が、そして両腕には薔薇の棘が巻きついていた。 「これが僕の本当の姿、バラナイトさ。それでは行くよ、エヴァナイト!」 バラナイトの片腕に巻きついていた棘のムチが唸りを上げて襲ってきた。だが、エヴァナイトはそれを右に左に軽くかわしていく。 「なかなかやるね。ならば、これならどうだい?」 バラナイトはもう一本の棘のムチも使って攻撃してきた。そして、そのムチの一本はついにブレードマンの片手に絡みついた。 バラナイトはそのムチを手前に引っ張った。ブレードマンは思わずバランスを崩したが、逆に地を蹴ってジャンプし、一気にバラナイトとの距離を詰めた。 「トゥ!」 ブレードマンのチョップがバラナイトの顔面を襲った…が、バラナイトはムチを張ってそれを防いだ…が。 「こう近づけばムチでの攻撃は無理だな、バラナイト!」 ブレードマンの膝蹴りがバラナイトの腹部に命中した。 「くっ。」 怯んだバラナイトにさらに追撃のナックルパート!思わずバラナイトはブレードマンに背を向けた…いや、その両手はブレードマンの右腕を肩越しに捕らえていた。 「うわっ。」 バラナイトは一本背負いでブレードマンを投げ飛ばした。が、ブレードマンは空中で猫のように三回転した後、見事に着地した。 一進一退の攻防を繰り広げるブレードマンとバラナイト。だが、その戦いもクライマックスを迎えようとしていた。 “次の攻撃で決める!” “この最後の薔薇で勝負!” 「行くぞ!」 ブレードマンはバラナイトに突進した。そしてブレードマンに向かって鋼鉄をも穿つ最後の薔薇が猛スピードで放たれた。 だが、ブレードマンは薔薇をかわすようにいきなり空中にジャンプ! 「ブレード・キーック!」 空中から急降下しての飛び蹴りがバラナイトの胸に命中した。 「うわあああーーっ!」 バラナイトは吹っ飛ばされ、崖の岩肌に激突した。直後、バラナイトの身体から激しいスパークとともに闇が噴出し、その身体を覆った。 そして、しばらく続いていたスパークが止むと、バラナイトを包んでいた闇は雲散霧消し、そこには元の姿のカヲルがいた。 「どうやら…僕の…負けのよう…だね…。」 カヲルはがっくりと膝を突いた。 「…カヲルくん…君は何故、ゾルゲゲドンに入ったんだ?」 「それは…言わぬが薔薇というものさ…。」 そう言って弱々しい笑みを見せたカヲルは直後に血を吐いた。 「…シンジくん…最後のお願いだ…握手してくれないか…。」 ブレードマンは無言で歩み寄ると、カヲルに手を差し出した。 「…有難う…君に会えて、嬉しかったよ…。」 カヲルはブレードマンの手を取って別れの握手を…するかと思いきや、いきなりブレードマンの身体に抱きついた! 「カヲルくん!?」 「フフフフフ、もうすぐ僕は死ぬけど、それと同時に身体の中の爆弾が爆発する。さあ、シンジくん、僕と一緒に死んでおくれ!」 「本当にこっちで合ってるのか?」 「ええ。何となく、そんな気がするのよ。」 クミコに介抱された徳永はハンドルを握って車を飛ばしていた。リカ救出に向かったシンジを追いかけているのだが、行先は皆目見当がつかない。が、何故かクミコは何かを感じているらしい。 と、突然前方から爆発音が聞こえてきた。 「何だ!?」 更にアクセルを踏み込んで急行した先には、何かの爆発による砂煙で視界が塞がれていた。 視界ゼロの状態では、前方にどんな危険が潜んでいるかわからない…元レーサーの徳永は冷静に判断し、車を急停車させた。 やがて、砂煙が晴れると、そこにはリカを抱きかかえたシンジの姿があった。 「シンジ!リカちゃんは!?」 「無事です。」 シンジはリカを車の後部座席に横たえた。 「クミコさん、このコの事を頼みます。話はまた後で。」 「わかったわ。」 徳永、クミコ、リカを乗せた車は走り出していった。 それを見送ったシンジも自分のバイクに乗って走り出した。 ある日突然、ゾルゲゲドンによって無敵の改造人間にされてしまった少年、碇シンジ。 彼の行く手には、ゾルゲゲドンとの果てしない戦いの日々が待っているのだった。 「梶リョウジ。君に新たな任務を命じる。日本に向かい、謎の秘密結社ゾルゲゲドンを調査せよ。」 超人機エヴァンゲリオン3 「妖夢幻想譚」第七章 怪傑ブレードマン第一話「怪奇ホモ男」 完 あとがき