ＥＰＩＳＯＤＥ４「ＨＡＫＡＩＤＥＲ」 「榊警部！第二の事件発生です！」 「何っ！！」 「しかも幸運な事に、目撃者がいました！」 直ちに榊は目撃者の許に向かった。だが、その目撃者は重症患者として病院に担ぎ込まれていた。 「名前は相田ケンスケ。この街じゃミリタリー・マニアとして有名な奴ですよ。」 「で、容態はどうなんだ？」 医者に訊けば、意識はあるとの事。 「尋問はできるかね？」 「五分以内でお願いします。」 榊はケンスケの病室にやってきた。 「元気そうだな。」 「あんたら警察がしっかりしてないからこのザマさ。」 「そいつは悪かったな。」 「いや、いいって…言ってみたかっただけだ…。」 「容態が悪化するとマズイからな、用件は早めに済ませよう。犯人の顔を見たか？」 「チラっとな。」 「こいつか？」 榊はシンジの顔写真を見せた。 「違う…こいつじゃない。」 「本当か？もう少しよく見てくれ。」 「俺をこんな目に遭わせた憎い奴だ…見忘れねえよ…瞳が赤かった…それと、喉になんか大きな傷があった。」 「そうか…有難う、ゆっくり休んでくれ。」 榊は帰ろうとしたが。 「待った…刑事さん、もう一つ…。」 ケンスケは自分が目撃した事を榊に告げた。それは、驚くべき事実だった。 ＜謎の首切り殺人犯はコイツだ！＞ また、三流新聞紙のトップにその見出しと似顔絵がデカデカと載り、コンビニや駅の売店から次々と売れていく。 “アスカ…君にはもっと生きていて欲しかった…。” 一週間前、久し振りに再会した麗人はもう永遠にシンジの前に姿を現す事は無い。 レイに続き、アスカまで…シンジの想いを分け合ってくれた女性はことごとくカヲルに討たれてしまった。 “残ったのは僕と奴か…。” ふと視線を上げれば、少し向こうにネネの姿があった。 「もう、疑いは晴れた筈だろう？」 「仕事で来たのではないわ。貴方に個人的に興味があったから。」 ネネは動物園のライオンの寝姿を眺めているシンジの隣に並んだ。 「こういうのんびりした眺めは好き？」 「ああ…サバンナの中では百獣の王として君臨しているライオンがあんなに無防備な姿を晒している…実に平和な光景じゃないか。」 「これでシマウマと仲良く抱き合っていたらもっと平和ね。」 ネネのちょっとした冗談に思わずシンジも小さく笑った。 「貴方のズタボロにされた車、グレーサーＺと言ったっけ…凄い骨董品ね。サード・インパクト前のものでしょ。」 「ああ。」 「…でも、全然がっかりしてないのね、オークションにかけたら億の値段が付くものがあんな風になっちゃったのに。」 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す…。」 「…何？その詩は…。」 「とても古い…物凄く古い物語の始まりさ。形あるものはいつかそれを失う…あの車ももうガタが来ていた…廃車にするにはちょうどいい時期だったんだよ。」 「でも、誰かに傷つけられたんでしょ？」 「どうだっていいよ、そんな事。車を買う金なら幾らでもある。」 「物事に執着しないと言うか、達観していると言うか…不思議ね、私とそれほど年齢は違わないのに、貴方はずっとずっと年上のように感じるわ。」 その時、目の前のライオンたちが急に起き上がり、吠え出した。 「あら、どうしたのかしら？餌の時間？」 いや、そうではなかった。シンジとネネを遠くから黒い影が見つめていたのだ。 勿論、シンジも危険を感じていた。 だが、シンジがその視線の方向に振り向く寸前に、黒い影はすっと何処かに消えた。 「どうかした？」 「いや、何でもない。ちょっとこれから用事があるんだ。一人にしてくれないか？」 「ええ…。」 ネネと別れてシンジがやって来たのは教会だった。 死別した嘗ての愛しい女性達に祈りを捧げる為に来たのだ。 “ミサトさん…レイ…マナ…マユミ…アスカ…。” 自分の母親代わりになってくれた女性、自分を導いてくれた女性、自分の身代わりになってくれた女性、自分との宿命の違いに悲観して自ら命を絶った女性、そして自分の全てを愛してくれた女性…。 シンジの他にも死別した者に祈りを捧げる人々は何人かいた。 だが、いつの間にか教会の礼拝堂の最後尾の席に座っていた者が、祈りを捧げる厳かな雰囲気をぶち壊した。 「クックックック、死者に祈りを捧げたところでそれが届く筈も無い。何故なら、皆地獄にいるからだ。それに気づかない君達は愚か者だな。」 その声に眉を顰める者もあれば、不快になって出て行く者もあった。 「此処は愛すべき者達に祈りを捧げる所です。そのつもりが無いなら出て行って下さい。」 見かねた一人のシスターがその者に小声で注意した。 「シスター…貴方は神を信じますか？」 「…勿論…。」 「神など糞っ喰らえだ！」 その者はシスターに悪態をついて立ち上がると、前方に歩みを進めた。そして、シンジの傍に座った。 「僕との戦いに備えて、死者に援護をお願いするつもりかい、ハイランダー？」 帽子を被り、サングラスをしていても、その声でそれが誰なのか、シンジにはすぐわかった。 シンジは立ち上がると、いきなりカヲルの喉許を掴んだ。 「ここで騒ぎを起こしてみろ…この首を切り裂いてやる。」 「神聖な場所で血を流す事になるよ？そんな事は君にはできまい？」 カヲルは不敵に笑い、シンジの手を叩き落とすと立ち上がった。 「それではさらばだ、愚か者諸君。クックック、アーハッハッハッハ…。」 カヲルは高笑いを響かせて歩み去っていった。 「よく、あの者の挑発に耐えましたね。」 ふと気が付くと、一人のシスターがシンジの傍にいた。 「臆病なだけですよ。」 「いいえ、貴方は耐えるべき時に耐える勇気を持っています。あの者との間に何があったかは判りませんが、貴方には神の御加護が付いている事を忘れないで下さい。」 「有難う。」 シスターはシンジに優しく微笑んで歩いていった。 “…何処かで会った事があるような気がする…いや、まさか…きっとデジャビューさ…。” 帰宅途中のネネは誰かに後を付けられているような気がしていきなり後ろを振り返った。だが、誰もいなかった。 車道を一台の黒いオープンカーがゆっくりと通り過ぎていった。 “気のせいか…。” だが、ネネがマンションの入り口に辿り着いた時、さっき通り過ぎて行った黒いオープンカーがバックで急に戻ってきた。 「やっぱり、ハイランダーと一緒にいたコだね。」 座席に座っていた者が声を掛けてきた。 「何の事？」 「今日、動物園で一緒だった筈だ。ライオンを眺めていたよね。」 「な、何の用よ？」 「一緒に来ればわかるよ。」 その者は帽子とサングラスを取った。そこには銀色の髪と赤い瞳…その者が今、榊警部達が血眼になって探している人間だとネネが気づくのに一秒もかからなかった。 ネネは慌ててマンションに駆け込み、玄関のドアにロックを掛けた。暗証番号を入力しなければ絶対に開かない。 だが、そのガラス製のドアはいきなり音を立てて崩れ落ちた。 「おとなしくしていれば手荒なマネはしないつもりだけど。」 ネネは思わずバッグを開けて護身用の銃を取り出そうとした。だが、銃を握った時にはもう、カヲルの剣がネネの喉許に突きつけられていた。 『君の大事なお友達は今、僕と一緒にいる。早く来ないとどうなっても知らないよ。』 「何処だ！何処にいる！？」 『どうしたんだい、ハイランダー。意外と冷たいんだね。それとも怖気づいたのかい？まあ、どっちでもいいけど、待ってるからね。』 「だから、何処にいるのか言って無いだろうが！」 『そうそう、僕としたことが肝心な事を言い忘れていたよ。場所は時計塔の最上階だからね。』 「時計塔の最上階か！」 電話の留守録を最後まで再生したシンジはすぐに自宅を飛び出した。 時計塔が午後９時を告げる頃、シンジは其処に到着した。 シンジはすぐにエレベーターに乗り込み、最上階を目指した。 地上から１００ｍにその最上階はあった。 シンジはエレベーターから出ると、すぐに剣を抜いた。そして、慎重に周囲を確認しながら歩みを進めていく。 そして、月明かりの中、ネネは椅子に縛り付けられていた。 「無事か！？」 シンジはネネに声を掛けた。ネネはシンジの姿を確認できていないが、応えた。 「来ないで！これは罠よ！」 「奴は何処だ！？」 「わからないわ！けど、何処かに隠れて貴方を狙っている筈よ！」 「とにかく、今助ける！」 シンジはネネの許にダッシュした。そして、ネネを椅子に縛り付けているチェーンを一太刀で切断した。 その直後、上からカヲルが飛び降りてきてシンジの前に立った。 「人質を取るのは道義に反したやり方だぞ。」 「仕方ないだろう。僕はもう有名人になってしまったからね。街中では戦えないし、かといってそう簡単に君が僕の呼び出しに応じるとも思えなかったのさ。」 カヲルは剣を構えた。 「今こそ決着の時。」 シンジも剣を構えた。 「昔の僕とは違うぞ。」 サード・インパクト直後の荒廃した世界から４００年を経て、文明社会としては以前にも増して復興を遂げ、まもなく西暦２５００年から宇宙暦元年に移り変わろうとする１２月末日、カヲルとシンジの最終決戦が始まった。 カヲルの鋭い斬撃が幾度もシンジを襲う。だが、シンジはそれを軽々と躱していく。 “凄い…完全に敵の攻撃を見切っている…まるで宮本武蔵のよう…。” ネネはシンジの戦いに目を見張った。 「どうしたハイランダー？逃げているだけでは僕に勝てないぞ。」 「一度でも当ててから言ったらどうだ？」 シンジが一瞬、攻撃に転じた。カヲルの手首から血が滴った。 「くっ。」 カヲルは一度引いて体勢を整えた。そして再度シンジに攻撃をしようとしたその寸前、シンジの一撃がカヲルの脚に命中した。 “まさか…柳生新陰流の極意、‘後の先’‘先の先’？もしかして、彼は柳生新陰流の伝承者なの？” ネネと同様、カヲルも驚いていた。 “く…これほどの力を持っているとは…。” そして、以前にも自分が窮地に追い込まれた事があるのをカヲルは思い出した。 「そうか…君はレイの弟子だった…だから彼女と同じ戦いができるのか。」 「だとしたら、どうする？」 「力を出し惜しみしている場合じゃないようだ。チェンジ・ハカイダー！！」 カヲルがその言葉を発した瞬間、カヲルの身体は光に包まれ、その光が治まった後にはカヲルとは似ても似つかぬ、人間ではない何者かが其処にいた。その身体は銀色に光る金属に覆われ、頭も銀色のヘルメットのような物が被さっていた。そしてそのシールドの部分には目と思われる位置に金色の光が灯っていた。 「！」 「昔と違うのは君だけではないのさ。」 “な…何、あれ…何か、金属みたいなアーマーで身体が覆われて…人間じゃ…ない？” スピード、パワーとも前にも増して、カヲルいやハカイダーの猛攻が始まった。シンジは今度も躱し続けるが、それは先程と違って僅かの余裕も無い。 「フッフッフ、どうした？君も本当の姿にチェンジしたらどうだ？」 “…えっ？” ネネはその言葉の意味がよくわからなかった。 本当の姿とは？チェンジとは？ ネネの疑念に答える事無く、シンジとハカイダーの戦いは続いていた。 シンジがハカイダーの一瞬の隙を付いて激しく反撃に転じたのだ。その斬撃をハカイダーは剣で軽々と受け止める。 月明かりの射す時計塔の最上階に、時には火花を散らしながら剣と剣が激しくぶつかる音が響き渡る。 だが。 「どうやら彼女に本当の姿を見せる事はできないようだね。とんだ臆病者だよ。」 ハカイダーの目にも留まらぬ一撃が、シンジの手から剣を弾き飛ばしてしまった。 シンジは絶体絶命のピンチ。 しかし。 “貴方は勇気を持っています。” 誰かの言葉が脳裏に響いた時、シンジは何を思ったか、静かに両目を閉じた。 「フッ、どうやら覚悟を決めたようだね。」 ハカイダーは勝利を確信した。そしてトドメの一撃をシンジに見舞った…筈だったが、シンジはそれを紙一重で躱していた。 「な…に？」 ハカイダーは驚いたが、再度トドメの一撃を放つべく、剣を構え、繰り出した。しかし、シンジは目を閉じたまま、それをまたしても紙一重で躱した。 “目を閉じて…あれはまさか、‘心眼’？” 「く…こんなまやかしなど、信じるものか！」 焦ったハカイダーの最後の攻撃がシンジを襲った。だが、ここぞと言う時、シンジは逆に前に出た。ハカイダーの剣が自分に当たる前にその腕を掴み、流す。身体が泳いだ所で脚を払われ、ハカイダーはもんどりうって倒れた。 “…無刀取り…。” 「な…何故だ…僕が最後に生まれた…僕が最強の筈だ…。」 ハカイダーの身体が光に包まれた。その光が治まった後、ハカイダーは元のカヲルの姿に戻っていた。 「持って生まれた能力はそうだったかもしれない。だが、戦いの為の修練をより多く積めば、持って生まれた能力差を超える事ができる。」 「誰が…君にそんな事を教えたんだ？レイの筈は無い…。」 「昔の剣豪・剣聖達さ。」 「どうやら…僕の負けのようだ…。」 カヲルはそう言いながら起き上がろうとした。その時、カヲルの剣から刃の部分がシンジに向けて発射された。 「勝負は最後の最後までわからないものさ。」 「その通り。」 「！」 シンジはカヲルの刀身を両掌で拝むようにして受け止めていた。そしてすぐにそれをカヲルに投げ返した。 「ぐふっ！」 それは狙い過たず、カヲルの胸に突き刺さった。 “真剣…白刃取り…。” シンジはすぐに自分の剣を取ってきて、構えた。 「一人しか生き残れない…それが宿命だ。」 シンジは剣を振り降ろした。 カヲルの頭部は胴体と切り離され、床に落ちて転がりを止めた後、発光を始めた。その光はやがて一筋となり、シンジの胸に突き刺さった。 「うああああぁぁぁ！！」 カヲルのエネルギーが自分に流れ込み始め、シンジも思わず絶叫を上げていた。 そして…いきなりカヲルの頭部は爆発し、消滅した。それと同時に光のシンジへの流入も終わった。 「…はぁ…ふぅ…はぁ…ふぅ…。」 シンジは激しく息を続けていたが、それが治まってくると座り込んだ。 二人の戦いを見守っていたネネは激闘が終わったと知り、恐る恐るシンジの背後から声を掛けた。 「…今のが…謎の首無し死体事件の真相なの？」 ネネの言葉にシンジは反応し、逃げ出そうとした。 「待って！…話を聞かせて…貴方が何故狙われて、戦っていたのか…今の相手は何者なのか…貴方は何故そんなにも凄い剣術を持っているのか…。」 「それを知ってどうすると言うんだ？君には関わりの無い事だ。」 「関わりは有るわ！私は貴方と出会ってしまった…これから私がどうすればいいのか…貴方の事を知らなくちゃ、何もわからない！」 「…そうか…。」 ネネに背を向けていたシンジは向き直った。 その時、いきなり天空から一筋の光が落ちてきてシンジの身体を貫いた。 「うああああぁぁぁ！！」 絶叫の中でシンジの意識は混濁していった。 第四話 ハカイダー・カヲル 完 ＴＯ ＢＥ ＣＯＮＴＩＮＵＥＤ