EPISODE3「BEZINDER」 <身元不明の首無し死体、発見される> 三流新聞紙のトップの見出しにそんな記事が踊っていた。 その頃、ネネはラボに篭って事件現場で見つけた金属片の分析を続けていた。 「一息入れないか?」 榊警部が缶コーヒーを両手に持ってやって来た。 「帰って来てから飲むわ。」 ネネはプリントアウトされた分析データを見てから答えた。 「それは?」 「例の金属片の成分分析。興味深いデータが出たわ。」 「プラチナで出来てるとか?」 「大外れ。」 ネネはデータを榊に渡した。が、榊にはいろいろな元素の数値の羅列にしか見えない。 「専門家の意見を聞きたいな。」 「血液反応無し。凶器ではなかったわ。」 「あまりいいデータではないな。」 榊の顔が曇る。凶器の手掛かりから犯人に辿り着く可能性が消えたのだ。 「凶器ではないけど、その組成から考察するとやっぱり剣の欠片みたいよ。それも、ものすごーく大昔の剣よ。」 「ふむ…だが、あの鉄筋ごとコンクリートを切り裂けるような剣があるのかね?」 「凄く鋭い剣と凄いパワーの持ち主ならね。で、もう一度手掛かりを探しにこれから事件現場に行くから、コーヒーは其処に置いといて。」 ネネはラボを出て行った。 再び、事件現場にやって来たネネ。 “此処で一体何があったのか…数人が戦って、一人は首を切り落とされて死んだ…。” 見つけた金属片には血液反応は無かった。つまり、凶器は別にあるという事だ。 犯人が凶器をどうするかと言えば、見つからないように自分が管理できる所に隠しておくか、逆に自分との関わりが見つからないように何処かに捨てるかだが…。 ネネは車の後部トランクから金属探知機を取り出して駐車場内を調べ始めた。そして…。 「まさか、こんな所にあるなんて…。」 高い天井に剣が突き刺さっているのをネネは見つけた。 数日後。 「シンジ、お前にお客さんだ。」 「客?」 博物館の保管庫で骨董品の手入れをしていたシンジは、作業の手を休めてドアに向き直った。 「第一警察署の松風ネネと申します。少々、捜査に協力していただきたいのですが?」 「じゃあ、別の部屋で…ここは外部の人は出入り禁止なんで…。」 シンジは使っていないミーティング・ルームでネネと向き合った。 「それで、僕に何か?」 「ここでは貴方が一番の博識だと聞きましたので…ちょっとこれを見て下さい。」 ネネは数枚の写真を取り出した。それには、日本刀の全体、刃面のアップ(一部刃毀れしている)、そしてその破片などが映っていた。 「これは?」 「最近発生した映画館の駐車場での首無し死体事件は御存知?」 「血生臭いニュースは嫌いでね。」 「それは失礼。それでお訊きしたいのですが、日本刀について何か新しい情報があったらと思いまして…。」 「特に何も。」 「そうですか。これは先程の事件現場にあったものです。私の推察ではこの日本刀を巡ってイザコザがあって、首無し死体が出来たのではないかと…。」 「こんな刃毀れした日本刀など、大した価値は無いね。そんなもので争い事になるなんて馬鹿げている。」 「いえ、この刃毀れは元々有ったのではなく、その事件現場で発生したのです。破片は破壊された柱の中で発見されました。つまり、鉄筋コンクリートで出来た柱を破壊した時に刃毀れしたのです。」 「不可能だよ、日本刀で鉄筋コンクリートを破壊するなんて。」 「ですが、実際に破片は柱の中にあったし、天井に突き刺さっていたこちらの日本刀本体にもコンクリートの塗料成分が付着していました。」 「仮にそれが柱を破壊したとしたら、誰がやったと言うんだ?そんなパワーを持った人間なんている筈が無い。」 「確かに…そこがどうしても矛盾するんです。物証はあるのに状況が有り得ない…。」 「僕にはもう協力できる事は無さそうだな。仕事が残っているのでこれで…。」 シンジは立ち上がった。 「待って。さっき、そんなパワーを持つ人間なんていないって言ったけど、大昔に剣で岩を割った人がいたそうよ。」 「柳生石舟斎?じゃあ、犯人は柳生石舟斎の亡霊か?」 シンジはそう言い残して出て行った。 だが、ネネはシンジの言葉に何か思うところがあった。 その夜。 シンジは行きつけのBARで一人で一杯やっていた。 真っ赤な酒を一口すすり、シンジは懐かしい面影を思い出していた。赤い色が好きだった女性の事を…。 “………。” と、また一人、そのBARに客がやってきてシンジの近くに座った。 「先程はどうも。」 ネネだった。 「水割りでいいわ。言っとくけど、童顔なだけで未成年じゃないからね。」 ネネはカウンター内のマスターに注文した後、シンジに顔を向けてそう言った。 「下手糞な尾行だな。」 「尾行?もう仕事は上がったわよ。」 「外に停まってる車、覆面だろ?」 「えっ?」 確かに乗ってきたのはそうだった。だが、シンジの尾行ではなく、顔馴染みの署員が送ってきてくれただけだった。 「何でわかったの?此処から外が見える筈無いのに…。」 「君を捜査でなく、鑑識に配属したのは正しかったみたいだな。」 「え?…あっ!」 シンジの言葉はブラフだったのだ。それに素直に反応してしまったネネは思わず赤面した。 「お見事ね。博物館の倉庫の管理人にしておくのが勿体無いわ。」 「それで、僕にまだ訊きたい事でも?」 「柳生石舟斎の話の続き。石舟斎が剣で岩を割ったという伝説…もう少し詳しく言うならば、それが為されたのは彼が既に新左衛門宗厳から石舟斎と名を改めてからの事。つまり隠居老人の身でありながら、岩を一刀両断にした。という事は、パワーではなく、スピードが重要と言う事でしょ。」 「そうだな。」 「もう一つ、石舟斎の孫の柳生十兵衛光厳は人はおろか、魔物も斬ったそうよ。それに使用したのは村正という妖刀だったそうよ。」 「詳しいな。」 「あれが村正かどうかはわからないわ。けど、柳生石舟斎の事をご存知の貴方が、あの時スピードではなくパワーと言ったのは何故?」 「君の事を知らなかったからさ。知っている者でなければ、パワーよりもスピードが重要な事には気がつかない。」 とその時、ネネのケータイが鳴った。 「ちょっと待ってて。」 ネネはケータイで話しながらBARから外に出て行った。荷物は置きっぱなし。 ネネに電話をかけてきたのは榊だった。 『碇シンジだがな、事件当日映画館に行っていたらしい。映画の途中で席を立ったんだが、例の死体が出来る前の事だ。』 「何ですって?」 『それとな、奴の車なんだが、グレーサーZといってかなりの年代ものだ。しかも億がつくほどの値打ちものだ。それが、ズタボロに傷付いているんだよ。まるで何かに切りつけられたみたいにな。』 「それが例の日本刀による傷だったとしたら…後で調べるから押収しておいて。」 ネネはそれだけ言ってBAR内にすぐ戻った。だが、シンジの姿は無かった。 「ここにいた人は?」 「ああ、そこの裏口から帰ったよ。あんたの水割り代も払っていってくれたよ。」 「ありがと。」 ネネはバッグを引っつかむとシンジを追って裏口から外に飛び出した。 “何処に…?” ネネは辺りを見回した。姿は何処にも見えない。だが、街灯に照らされた何者かの影が角の向こうに消えていくのを見つけた。 ネネは何も考えずにそれを追った。果たして、その影の持ち主はシンジだった。 “いた!” シンジは薄暗い道を歩いていく。それをそっと尾行するネネ。 だが、少しして、シンジは途中で小さな脇道に入った。ネネは見失わまいと小走りでその脇道に向かった。 「あっ!」 そこにはシンジが待っていた。 「君は鑑識が専門だろう?それに仕事はもう上がりにした筈だ。」 「重要参考人が目の前にいるのに、黙って見ていられないわよ。」 「黙って帰れ。」 シンジはそう言ってネネを一睨みすると、踵を返して再び歩いていく。 「そうはいかないわ!貴方があの映画館にいた事も、車がズタボロにされた事も知ってるんですからね。」 ネネはシンジを尚も追いかける。 「わからないコだな。今、危険が迫っているんだ。僕についてくるな!」 「危険?何が危険なのよ?」 と、その時、傍のビル工事現場の足場から何か光るものが伸びてきた。 “!” シンジは転がってそれを躱した。 闇の中から何者かが現われた。それは何か長い物を持ってシンジに襲い掛かった。 襲撃者の得物が街灯の光で煌いた時、ネネはそれが剣だと気づいた。 無手のシンジは襲撃者の凶刃を右に左にギリギリで躱していく。だが、何かに躓いて後ろに転んでしまった。 もうダメか? ネネはそう思ったが、襲撃者が凶器を下に向けて構え直すその僅かな隙に、シンジは傍に転がっていた鉄パイプを掴んだ。 襲い来る凶刃をシンジは鉄パイプで薙ぎ払い、一先ず窮地を脱した。 襲撃者は剣を、シンジは鉄パイプを構えて向き合った。 「そこまでよ!二人とも凶器を地面に置きなさい!」 ネネはバッグから銃を取り出して構えた。 だが、襲撃者は気にせず、シンジに斬りかかった。鉄パイプで防御するシンジ。だが、鋭い金属音がして鉄パイプはまっ二つになった。 ネネは思わず引鉄を引いた。襲撃者の背中に向かって。手とか足を狙う余裕など無かった。 だが、襲撃者は人間離れした跳躍力を見せてビル工事現場の三階の足場に退避した。 目標を失った弾丸はシンジを襲った…のだが、シンジは鉄パイプでそれを叩き落した。 「また会おう、ハイランダー。」 襲撃者はそう言い残して闇の中に去っていった。 一先ず危険が去った事を確認したシンジは両手に持っていた鉄パイプをビル工事現場の中に投げ込んだ。 「今見た事を誰かに言えば、今度は君が奴に狙われる。死にたくなければ、沈黙を守る事だ。」 シンジから感じる得体の知れない気配―――殺気とも言える―――を感じ取り、ネネは無言でその場に立ち尽くしていた。 翌日、シンジは緑地公園に来ていた。シンジの前には小さな池があり、数羽の白鳥や鴨が水面で羽を休めていた。亀も数匹、水から岩に上がって甲羅干しをしている。 「だーれだ?」 誰かが背後から両手でシンジに目隠しした。 「アスカ。」 「当たり〜。」 シンジは背後に向き直った。 其処にいたのは赤毛に青い瞳の麗しい女性。 「久し振りだね、アスカ。前に会ったのはいつだっけ?」 「そうね…確か、シンジがあのマヌケ伯爵と決闘した頃だったわ。」 「すると、あれから100年か。相変らずアスカは綺麗だよ。」 「シンジも元気そうで何より。」 二人は軽く抱きあい、頬に親愛のキスをした。 女性の名は惣流アスカ…プロフェッサー・キールによって生み出された、二人目の人造人間。 かつて、シンジと共に戦い、愛を囁きあい、時には自分の意思ではないが敵対した事もある。 「シンジ…前より強くなった?」 何かを感じてアスカはシンジから離れた。 「…トウジを…殺したよ…仕方なかったんだ。」 シンジはアスカに背を向けて辛そうに告げた。 「自分を責める必要は無いわ。私達は、それが宿命なんだから。」 「でも…。」 「例外でレイが死んだのを除けば、初めての決着か…どうやら、このネオ・トキオが最終決戦の地となりそうね。」 「冷めているんだね、アスカは…僕は決着なんて付けたくない…プロフェッサー・キールに立ち向かう仲間を…。」 「最後の一人にならなければ、プロフェッサー・キールの所には辿り着けない…判ってる筈よ。」 相手を倒せば相手の力を吸収し、パワー・アップできる。だからこそ、倒した相手の分まで生き、最後にはプロフェッサー・キールを討たねばならないのだ。 「もし、私とシンジが最後の二人になったら、私は喜んで命をあげるわ。」 「アスカ…冗談はやめてくれよ。」 が、振り向いたシンジにアスカはいきなり口付けした。 「愛してるわ、シンジ。だから、死なないでね。」 そう言って、アスカはシンジの前から去っていった。 “この街の何処かに奴がいる…死ぬなよ、アスカも…。” <謎の首無し死体事件、未だ解決せず> 例の三流新聞紙のトップにはそんな見出しが躍っていた。 “警察は当てにならない…ならば、この俺が解決してやる。” とある男は夜の街で車を転がしていた。何か事件が起こりそうなスラム街をゆっくりと進む。 と、何か金属音が何度も鳴り響くのが聞こえてきた。 “もしや?” 男は車を止めて降りると、金属音のする方へ静かに歩を進めていった。 そして、薄暗い路地を覗き込むと…。 “!” 何者かが二人、戦っていた。暗くてよく判らないが、どうやら二人が手にしている凶器は剣のようだった。 “見つけたぜ!” 男は武器を取りに車に戻る。その間にも、剣戟音は激しさを増していた。 「これ以上、彼をパワー・アップさせる訳にはいかないのでね。」 「あんたなんかにシンジは殺らせないわ。チェンジ・ビジンダー!!」 アスカがその言葉を発した瞬間、アスカの身体は光に包まれ、その光が治まった後にはアスカとは似ても似つかぬ、人間ではない何者かが其処に居た。その身体は鈍く光る赤い金属に覆われ、頭も赤いヘルメットのような物が被さっていた。そしてそのシールドの部分には目と思われる位置に金色の光が灯っていた。 「無駄だよ。僕はゼロワンを倒した後、人造人間になった。元から君達よりも強いのさ。」 「そう思うのなら掛かって来なさい。」 言われたカヲルが攻撃をしようとする前に、先にビジンダーが攻撃を仕掛けた。 「くっ!」 機先を制したビジンダーが次々と斬撃を繰り出す。カヲルは後退しながらそれを防ぐ。 「そこまでだ!二人とも凶器を下に置け!」 先程の男が軍用のマシンガンを構えて現われた。だが、当の二人はそれを無視して戦いを繰り広げる。 「動くなって言ってんだ!さもないと撃つぞ!」 男はマシンガンの安全装置を解除した。だが、二人は勿論そんな声に従う筈もない。 と、カヲルがバランスを崩した。 「チャーンス!」 ビジンダーが遂にカヲルに先制の一撃を与えんとした時、逆にカヲルの剣の先端がビジンダーの胸に突き刺さった。 「な!?」 カヲルの剣は、刃の部分を柄から発射する事ができるようになっていたのだ。 思わぬ攻撃に片膝付いたビジンダーの顔をカヲルは蹴り上げた。ビジンダーは吹っ飛ばされて壁に激突、剣が壁に刺さった為に身動きできなくなった。 「…う…くそ…。」 ビジンダーの身体が光に包まれた。その光が治まった後、ビジンダーは元のアスカの姿に戻っていた。 「私の命は…シンジのもの…あんたなんかに…渡さない…。」 アスカはそう言ってカヲルを睨みつける。 「悪足掻きはやめなよ。」 カヲルはアスカが落とした剣を拾うと、その剣でアスカの腹部を貫いた。 「がはっ!」 アスカは大量に吐血した。 カヲルは自分の剣に柄を嵌めて元通りにすると、それをアスカの身体から引き抜いた。 「あぎぃっ!」 剣が引き抜かれた傷口からも鮮血が迸る。苦痛がアスカの顔を歪ませた。 「一人しか生き残れないんだ。だから、君の命は僕が貰う。」 カヲルは剣を一閃し、アスカの首から上を斬り落とした。 アスカの頭部は地面に落ちて転がりを止めた後、発光を始めた。その光はやがて一筋となり、カヲルの胸に突き刺さった。 「うおおおおぉぉぉ!!」 アスカのエネルギーが自分に流れ込み始め、カヲルも思わず絶叫を上げていた。 そして…いきなりアスカの頭部は爆発し、消滅した。それと同時に光のカヲルへの流入も終わった。 「…はぁ…ふぅ…はぁ…ふぅ…。」 荒い息をつきながら、カヲルは片膝をついた。 「う…うわああああ!!」 目の前で起きた残虐な事件。男は恐怖し、思わずマシンガンを発射していた。 薄暗い路地にある、廃車や粗大ゴミや何やかやにマシンガンの弾丸が命中していく。勿論、謎の首切り殺人犯にも。 軍用の銃火器であるが故にそのパワーは凄まじく、何もかもが破壊されていった。 気がつけば、男はマシンガンの全弾を撃ちつくしていた。 「…やっつけた…筈だ…。」 これで自分は謎の首切り殺人犯を倒した英雄だ…等と考えていた矢先、暗闇の中で何かが動いた。 「えっ?」 そして、それはゆっくり起き上がると、自分に向かって突進してきた! 「うわあああ!!」 男に逃げる時間を与えず、その腹部に剣が突き刺さった。 第三話「ビジンダー・アスカ」完 TO BE CONTINUED