無数の墓標が立ち並ぶ墓地に一人佇む若者。 彼の前にある墓標にはかつての恋人の名が刻まれていた。 “………ネネ………。” そして、過去への回想が始まる…。 EPISODE1「WARUDER」 とある場末の映画館。 其処で上映されているのはある古い映画。 今、写し出されているシーンでは、鎧を身に付けた数多の戦士達が戦場で剣と盾による激しい戦いを繰り広げていた。 だが、客席にいる人の数は少なく、隅っこでは映画そっちのけでいちゃついているカップルの姿もあった。 『何故だ!?何故誰も俺と戦おうとしないんだ!?』 スクリーンの中の主人公はその戦いが初陣であったが、敵は何故か彼を無視して彼の味方である他の戦士達と剣をぶつけ合っていた。 と、人の姿も疎らな客席から一人の若者が立って出て行った。 別に映画が面白くなかった訳ではない。 ただ、予感がしたのだ。今夜、これから自分も戦う事になる、と。 映画の中の戦士達のように、嘗て若者も剣で戦っていた事があったのだ。 映画館を出た若者はエレベーターで地下の駐車場へ降りた。 広い駐車場の中を取敢えず自分の愛車目指して若者は歩き続けた。 そして、自分の愛車の前にやって来た時、若者の背後から誰かが声を掛けた。 「シンジ。」 振り向いた先に居たのは髪をリーゼントに決めた若者。 「トウジ…。」 それは、嘗て友人であった男、鈴原トウジだった。 だが、彼はやおら背中に背負っていた刀を抜いた。それは、見事な日本刀だった。 「うおおおっ!」 トウジは日本刀でいきなりシンジに斬り掛かって来た。シンジはギリギリの所で身を捻るとそのままバックステップで距離を取った。トウジの日本刀は火花を散らしてコンクリートの地面にめり込んだ。 「待て、トウジ。」 「待てへんな。」 トウジは地面から日本刀を抜いて再び構え直した。 「トウジ…何故、僕に刃を向ける?」 「済まんのう、シンジ…ワシはお前を斬らなあかん。どうしても斬らなあかんのや。」 「…お前が僕への刺客第一号という事か。」 「問答無用じゃ!」 トウジは更に斬りつけてきた。上段からの袈裟斬り、下段からの斬り返し、中段からの突き…だが、それをシンジは先程と同様にギリギリで躱し続ける。 「ええい、チョコマカと躱しおって、ナメとんのか!」 いきなりトウジは蹴りを放ってきた。シンジは躱し切れず、どてっ腹にものの見事に喰らって駐車場の柱まで吹っ飛ばされた。 「く………。」 シンジは何とか立ち上がったが、ショックでまだ両の脚が痙攣していた。 「往生せいや!」 トウジは日本刀を中段に構えると、そのまま突っ込んできた。シンジを串刺しにするつもりだ。 だが、シンジは凶器が自分の身体に触れる寸前で側転して窮地を脱出した。 「ぐわっ!」 目標を失ったトウジはそのまま柱に激突した。 あまりにも衝突が激しくて、地下駐車場内に轟音が響き渡った。 トウジは柱に激突したまま、動かない。 「…トウジ?」 シンジがそっと歩み寄ろうとしたその時。 「チェンジ、ワルダー!!」 トウジがその言葉を発した瞬間、トウジの身体は光に包まれ、その光が治まった後にはトウジとは似ても似つかぬ、人間ではない何者かが其処に居た。その身体は鈍く光る黒い金属に覆われ、頭も黒いヘルメットのような物が被さっていた。そしてそのシールドの部分には目と思われる位置に金色の光が灯っていた。 「ぬおおおっ!」 ワルダーは柱に突き刺さった日本刀をそのまま横に移動させ、柱を破壊して日本刀を抜き取った。 シンジはダッシュして自分の愛車に乗り込むとすぐにエンジンを掛けようとした。だが、肝心な時に年代物のグレーサーZのエンジンは拗ねて掛かってくれなかった。 「動け、動け、動け動け…。」 はっと気付いた時、Zの前にはワルダーが居た。 「死ねや!」 ワルダーの豪剣が一閃し、Zはウインドウ部分から上が全て斬り飛ばされた。 「…だからオノレは甘ちゃんなんや。」 シンジも首から上を斬り飛ばされてしまった…かと思いきや。 「その言葉をお前に返すよ。」 Zのドア越しに突き出された剣先がワルダーの左脚に突き刺さった。 「ぐおぉっ!」 左脚はトウジがまだ人間だった頃からの弱点だった。 「く…ぬおおおっ!」 ワルダーは豪剣を振り上げると、Zの運転席に向けて振り下ろしたが、その前にシンジは剣を引いて助手席の方から外に脱出していた。 「シンジィ〜。」 「来い、ワルダー。」 シンジも中段に剣を構えた。 「死ねえええっ!!」 ワルダーは猛然と突っ込んできた。その豪剣をシンジの剣が受け止めた。激しい剣戟が続き、そして鍔競り合い…トウジとしての攻撃ならともかく、ワルダーになってからの攻撃を力の劣るシンジが受け止める事ができるのは、左脚の負傷によりワルダーのパワーがダウンしているからだった。 そして、シンジはいきなりワルダーの左脚を蹴り付けた。 「ぐぎぃっ!」 ワルダーはバランスを崩してその場に尻餅を付いた。思わずワルダーは片手を地面に付いて起き上がろうとしたが、シンジはその隙を見逃さず、剣を横殴りにしてワルダーの豪剣に叩き付けた。ワルダーの手から弾き飛ばされ豪剣は宙を舞って、駐車場の天井に突き刺さった。 「…ちっ…時間か…。」 ワルダーの体が光に包まれた。その光が治まった後、ワルダーは元のトウジの姿に戻っていた。 「…殺せや、シンジ…。」 「何故だ、トウジ…何故、僕達は殺し合わなければならない?」 「…たった一人しか生き残れない…それがワシらの宿命や…。」 「そんな宿命なんか!」 「早うせい…あのクソッタレはワシなんかより桁外れに強い…シンジも知っとる筈や…ワシを殺さなんだら、お前は間違いなく奴に殺られるで…。」 「トウジ…。」 シンジの脳裏に呪わしい記憶がフラッシュバックした。巨大な馬に乗った、白銀の騎士…。 「それに…ワシもお前に殺されるんなら本望や…このワシに勝ったんやからな…。」 「そんな言葉聞きたくない!」 「だったら早うせいや!」 シンジとトウジは無言になった。 少しして、シンジは剣を振り上げた。そしてそのまま、トウジの横に移動した。 トウジは首を垂れた。 “一人しか…生き残れないんだ!!” シンジは嘗ての友人を殺す覚悟を決めて、剣をトウジの項目掛けて振り下ろした。 シンジの剣は狙い過たず、トウジの首を刎ねた。 トウジの頭部は地面に落ちて転がりを止めた後、発光を始めた。その光はやがて一筋となり、シンジの胸に突き刺さった。 「うああああぁぁぁ!!」 トウジのエネルギーが自分に流れ込み始め、シンジも思わず絶叫を上げていた。 そして…いきなりトウジの頭部は爆発し、消滅した。それと同時に光のシンジへの流入も終わった。 「…はぁ…ふぅ…はぁ…ふぅ…。」 シンジは肩で大きく息をしていたが、しばらくしてそれが治まると、Zに向かって駆け出した。一刻も早くここを離れねば、後で面倒な事になる。 シンジは無残な姿になったZに再び乗ってエンジン・キーを回した。数度のチャレンジでようやくZは始動した。 Zは急発進し、シンジは映画館を後にして夜の街の何処へと消え去った。 果たして、首無し死体が発見されて警察がやって来たのはそれから少ししてからだった。 「あー、ここから先は立ち入り禁止です。」 一見、まだ未成年と思われる女性が通行禁止柵に向かってきたので警官は彼女を呼び止めたが。 「科学捜査官の松風です。」 彼女は自分のIDカードを提示した。 「あ、失礼しました。どうぞ。」 「どうも。」 彼女は柵を跨いで事件現場に入った。既に鑑識員も数名到着しており、現場写真を撮影したり破壊された柱の破片を集めたりしていた。 「遅いぞ、ネネちゃん。また、趣味の人形作りに没頭してたのかい?」 彼女に声を掛けたのは、殺人課の敏腕刑事である榊警部。口髭と顎鬚を蓄えたナイス・ミドル(死語?)だ。 「榊警部、その呼び方はやめてって前にも言ったでしょう。」 彼女の氏名は松風ネネ(是本名也)。先程の警官が間違えたように、外見は年齢より随分と若く見えるので、警察内部ではアイドルみたいに思われている。 だが、彼女の仕事はアイドルとしてはハード過ぎる。 「ま、其れは兎も角、今回の遺体はあまり女の子には見せたくない物なんだが…。」 「何を今更。血塗れの死体だって何回も見ているわよ。」 「だが、こいつは初めてなんじゃないかね?」 と言って榊が捲くったシートの下には男性の首無し死体が。 「…確かに初めてだわ。」 「ここで調べるかね?」 「検死は専門家に任せるわ。まあ、切断の状況から考えると、凶器は何か鋭いものみたいね。」 「鋸ではないとすれば…でかいナイフか?」 「いいえ…斧、若しくは剣よ。」 「では、柱の傷も其れで出来たと?」 「柱の傷?」 ネネは榊と共に駐車場の柱の一つの前にやって来た。 「これは…。」 ネネは思わず目を見張った。 「いくら鋭い斧や剣でも、鉄筋ごとコンクリートは切れないと思うがね。」 と訝しむ榊を無視して、ネネはライトとルーペを取り出して柱の傷を観察し始めた。 少しして。 「榊警部、ちょっとライトを持ってて下さい。」 「う、うむ…。」 手渡されたライトで榊が柱を照らす中、ピンセットとルーペを両手にネネは柱の傷に向かい、やがて傷の中から何かの金属片を採取した。 「それは?」 「鉄筋毎コンクリートを切り裂いた凶器を構成していた金属片、てとこかしらね。」 ネネはそれをハンカチに包むと、大事に胸ポケットに仕舞い込んだ。 第一話「ワルダー・トウジ」完 TO BE CONTINUED