CHAPTER2 THE FIST OF AIDA
EPISODE5(FINAL)「A TENACIOUS MAN!」
ネルフタウン…それは破壊された第三新東京市跡ではなく、海に面した所にあった。
元はアタミという街だったが、そこに君臨する者がネルフタウンという名前にしたのだ。
海と言っても、サード・インパクトの後のこの世界では、真っ赤な海だった。
それが、無数の人々の魂と肉体が溶けている血の海だという事を生き残った人々は知る由も無い。
それを知る者は、かつてネルフの中枢にいた者だけだった。レイ、アスカ、シンジ、そして…。
それはともかく、この街は栄えていた。それは、温泉があるからだった。
この街の支配者、アンカーは奇跡的に破壊されずに残ったリゾートホテルにある温泉を開放し、その入浴料として食料・衣類・武器その他物資を徴収し、それを元にゼーレという私兵軍を作り上げた。そして連中に地方の村や旅人を襲わせ、物資の他に貴金属や宝飾物・女性を簒奪していた。
豪邸のようなリゾートホテルの中には明るい照明が灯り、快適なエアコンも作動していて、さらに水洗トイレまで使えるようにしてあった。簒奪されてきた見目麗しい女性は最上階のスイートルームに住む事を許され、豪華な食事と清潔な服を与えられ、身の安全を保証されていた。その代わり、夜はアンカーに抱かれ、奉仕をしなければならなかったが。
「どうだい、マユミ…綺麗だろう?トパーズ、ルビー、サファイヤ、エメラルド、ダイヤモンド、美しい宝石に金と銀のチェーンで出来た、この世界で最高の美女に相応しいネックレスだ。これを君に付けてあげよう。そうすれば美しい君はもっと美しくなる。」
だが、そのネックレスを付けて貰っても、その美女は一言も発しなかった。
「ティアラ、ネックレス、ブレスレット、リング、アンクレット…どのような宝飾物を付けても、やはり君の美しい裸身には敵わないのだね。」
そう、豪華な椅子に腰掛けた美女は宝飾物の他には一切何も身に付けていなかった。そんな姿でも、美女は顔色一つ変えなかった。
「美しい…君は何と美しいんだ…この世を支配するものは力だが、力よりももっと価値があるもの…それは美だ…。」
男はそう言って物言わぬ美女の唇にキスした。
その時、ドアのベルが重々しく鳴った。
男はカーテンを閉めると、名画や宝飾物や骨董品や花などに飾られた広いスイートルームを横切ってドアについているインターホンのスイッチを押した。
「何だ?」
『奴がこの街に入ったそうです。如何致しましょう?』
「フ…放っておけ。そのうち、奴は必ずここへやってくる。その時は俺が地獄へ葬ってやる。」
『もし…戦うような事になったら?』
「好きにするがいい。ただし、トドメを射すのはこの俺だと言う事を忘れるな?」
『わかりました。』
〔碇くんはネルフタウンにいるわ。綾波レイ。〕
レイからの便りを受け取ったケンスケはネルフタウンにやってきた。
“綾波…シンジに遭ったんだろうか?ショックを受けてなければいいが…。”
その時、マシンガンの銃声が轟いた。ケンスケは間一髪、飛び退ってそれをかわした。
「ヒッヒッヒッヒ、相田ケンスケよ。アンカー様の所には一歩も近づけさせんぞ。」
ゼーレの集団がバラバラと出てきてマシンガンを構えた。
タウンにいた無関係の人々は一斉に逃げ出して建物の中に隠れ、辺りはケンスケとゼーレのみになった。
「このマシンガンの銃弾の雨をかわせるものならかわしてみやがれ。」
ゼーレの一人がマシンガンを撃とうとしたその時。
「誰に断りを得て銃器を使用した?」
背後から立派な軍服に身を包み、眼鏡を掛けた男が歩いてきた。
「こ、これはヒューガ様…ここはあなたが出てこなくても、我らの手で…。」
そのヒューガと言う男は言い訳をしようとしたゼーレの一人の胸倉を掴んだ。
「誰に断りを得て銃器を使用した?」
先程と同じ詰問にゼーレの一団は沈黙した。
「軍規を破る者には死の制裁が待っている。」
「ひ、ひぃっ!」
「きえええい!」
ヒューガの手刀がゼーレの集団に炸裂した。
「ち…ちべたん…だんす…。」
ゼーレ達は身体を切り裂かれて絶命した。だが、その切断面は明らかに凍っていた。
「綾波とは少し毛並みが違う拳だな。」
「フッ、レイか…。あいつにATフィールドの使い方を教えたのはこの俺だ。」
「何?」
「俺はアオバと同じくネルフの中枢にいた男だ。ATフィールドが何たるか、知っていて当然だろう。」
「綾波は今どこにいる?」
「さてな。今頃、アンカー様に抱かれてるんじゃないかな。まあ、俺には関係ない事だ。」
「アンカー様か…自らを偽る、奴の考えそうな事だ。下らん。」
「さて、話はこれまでだ。この先に進みたいのなら、この俺を倒す事だな。」
「あんたは立派な武人のようだ。引いて貰えないか?」
「引けんな。」
「ならば…いざ!」
ケンスケは構えた。ヒューガも構える。
双方睨みあったまま、じりじりと近づいていく。
「きえええい!」
ヒューガが胸の前で交差していた右手を薙ぎ払った。ケンスケは後ろに跳び退って間一髪かわした…かに見えたが、ケンスケの胸から鮮血が走った。
「く…。」
「どうした?全力を出さねばこの俺に勝つ事はできんぞ。」
ケンスケは迷彩シャツを脱いだ。その胸には血で染まった三本の切り傷が出来ていた。
ケンスケはその血を指で触ると、指を舐め、再び構えた。
「きさまごときに俺の全力を出すまでもない。」
「ほざけ!」
「アィダァッ!!」
飛び掛って左手でケンスケを切り裂こうとしたヒューガは、逆にその胸にケンスケの蹴りを喰らって吹っ飛んだ。
「く…見事だ…これほどとは…。」
ケンスケは倒れこんだヒューガを見下ろした。
「あんたの最初の一撃、もっと深く傷付ける事ができた筈だ。何故、手加減した?」
「…手加減などしていない…この身体では…あれが全力だった…。」
見ると、ヒューガの脇腹には血が滲んでいた。
「あんた、陰腹を!?何故だ!?」
「…それが…アンカー様への裏切りに対する…武人の掟だ…。」
「裏切り?」
「君をここへ呼び寄せたのは…この俺だ…。」
シンジの敵であるケンスケに手紙を出す事を条件に、ヒューガは弟子とも言えるレイにシンジと会う事を許可したのだ。
「何故?」
「妹の選んだ男の力を…知りたかった…。」
「あんたは…マユミの兄さんだったのか!?」
「マユミは…知らなかったがな…腹違いの妹って事さ…ゴホッ…。」
「ヒューガさん!もう話さなくていい、早く傷の手当てを…。」
ケンスケは慌ててヒューガを抱き起こしたが。
「いいんだ…もうすぐ俺は死ぬ…だが、希望を持って死ねる………君ならできる…ケンオウを倒し…世界に平和を…。」
ヒューガはそこで事切れた。
ケンスケはヒューガの目を閉じると、その亡骸をそこに横たえたまま、無言で立ち上がった。
襲ってくる雑魚を蹴散らし、ケンスケはシンジのいるリゾートホテルの前にやって来た。
「ケンスケ!上まで上がって来い!」
一番上のバルコニーからケンスケに声を掛けたシンジはそのまま奥に消えた。
「シンジ!!」
ケンスケはリゾートホテルの分厚いドアを押し開いた。中央のホールにはテーブルや椅子が幾つも置いてあって、交易に来ていた商人達が話し合っていたり、その合間を縫って侍女達がアルコールを配っていたりした。
ケンスケはそれに目もくれず、ホール奥の大階段を昇った。二階の中央ホールにはダンスステージがあって、数人の美女達が肌も露な姿で踊っているのを大勢の観客達が見ていた。
ケンスケはそれに目もくれず、またホール奥の大階段を昇った。三階の中央ホールには大浴場があって、大勢の男女が湯浴びしたり刺しつ刺されつしたりしていた。
ケンスケはそれに目もくれず、またまたホール奥の大階段を昇った。四階の中央ホールは大食堂があって、大勢の人々が食事をしていた。
ケンスケはそれに目もくれず、さらにホール奥の大階段を昇った。五階の中央ホールは大スクリーンがあって、大勢の人々が映画を見ていた。
ケンスケはそれに目もくれず、さらにまたホール奥の大階段を昇った。六階の中央ホールには遊技場があって、大勢の人々がビリヤードやダーツやルーレットに興じていた。
ケンスケはそれに目もくれず、ひたすらホール奥の大階段を昇った。七階の中央ホールには何も無かったが、レイがいた。
「綾波!」
「相田くん、この先には行かせないわ。」
「綾波!君はシンジの側に付くのか!?君もわかった筈だ、シンジがとんでもない悪党になっている事を!」
「それでも碇くんは碇くんよ!私の大好きな碇くんよ!彼に抱かれてわかったの、私は碇くんの為に生きていくんだって!」
「綾波…。」
「いつか、あなたは私に言ったわね?もしあなたが碇くんを殺さねばならないとしたらどうするかって…答えてあげるわ。あなたがそのつもりなら、私はあなたを殺す!」
レイは両手を大きく広げて構えた。
「ケンスケ、綾波を殺せたらおまえと立ち会ってやろう。ハーッハッハッハッハ!」
何処かからシンジの高笑いが聞こえた。
「シンジ…きさまという奴は…綾波の想いまで…利用しやがって…。」
ケンスケは怒りに震える拳を構えた。
「来い、綾波!」
「相田くん、死んで頂戴!」
レイは舞った。その両手のATフィールドが作り出すナイフがケンスケの身体を分断した…筈だったが、そうはならず、ケンスケのパンチがレイのどてっぱらにめり込んでいた。
「な…何故?」
「怒りのエネルギーはこの俺の身体を鋼鉄よりも強靭なものに変えるのさ…。」
「ごめん…碇くん…。」
レイはそのまま崩れ落ちた。
シンジのいる最上階のスイートルームのベルが鳴った。
『ア、アンカー様!ケンスケがすぐそこに…ギャッ!』
インターホンで通話してきた手下がドアを突き破って飛び込んできた。そしてドアが強引に破壊されてケンスケが入ってきた。
「シンジ!マユミはどこだ!!」
シンジはカーテンを開いた。外を向いて椅子に座っている後姿、美しい黒髪はケンスケの愛する人のものだった。
「マユミ!」
だが、シンジは再びカーテンを閉じた。
「この俺様を倒さねばマユミと会えないって事ぐらい、わかるだろう?」
「シンジ!きさまは…殺す!」
ケンスケはシンジに歩み寄った。だが、その途中でいきなりケンスケに電撃が!
「ぐあああっ!」
「ふっ、成長して無いなあ、お前は。あの時も自分の力を知らずに無謀に突っ込んできて俺様に返り討ちにあったのを忘れたのか?」
五年前。
サード・インパクトに見舞われた世界でケンスケとマユミは再会した。
思い出のメロディを口笛で吹いているケンスケにマユミが気付いたのだ。
少年少女達が生きていくには困難なこの世界で、二人は手に手を取り合って一生懸命に暮らした。
安全な所は何処にも無い。野犬や毒を持つ巨大な鼠などの自然の猛威から逃げ、無人となったコンビニなどから生活物資を調達し、二人身体を寄せ合って寒さを凌ぐわびしい生活。でも、元々サバイバルが得意だったケンスケは苦にならなかったし、マユミもケンスケがいれば幸せを感じていた。
だが、それから一年が過ぎた時、二人の前にシンジが現われた。それは、以前の優しいシンジではなかった。
何がシンジを変えたのかは不明だが、シンジは力さえあればいいんだ、強ければそれでいいんだという男になっていた。
強引にマユミを連れ去ろうとしたシンジにケンスケは殴りかかった。だが…。
「碇絶対拳!!」
シンジのATフィールドを利用した拳法にケンスケは両手両足の骨を破壊されて敗退した。
「ケンスケくん!ケンスケくーん!」
マユミはケンスケの名を呼び続けながらシンジに連れ去られてしまった。
「マユミ!マユミィィーッ!」
ケンスケはマユミの名を叫び続けながらその光景を見送るしかなかった。そして、涙でそれは見えなくなった。
絶望して気を失ったケンスケ。
すると、どこからかやってきたポニーテールの女性がケンスケを見つけて声を掛けた。
「♪足を〜挫けば〜膝で〜這い〜、指を〜挫けば〜肘で這い〜…涙の数だけ逞しくなって、男はまた立ち上がるものよ。頑張って。」
それはケンスケの幻聴だったのかもしれない。
だが、ケンスケはトキタに救われ、そして強くなってシンジの前に戻ってきた。
「きさまが俺に劣っているものが何か、教えてやろう。それは、執念だ。」
「執念…。」
「何かを欲しいと思う心、何かをしたいと思う心、何でもいい。その思い、心、つまり執念の強さが俺を強くしたのだ。」
シンジは電撃装置を切って、弱ったケンスケに歩み寄った。
「己の心の弱さを呪いながら地獄に落ちるがいい!」
シンジのATフィールドを纏った貫手がケンスケの胸を襲った。だが、ケンスケはそれを片手で防いだ。
「グアッ!」
シンジの指はへし折れた。そしてその手を掴んだケンスケの逆襲のパンチが今度はシンジの胸を襲った。
「くっ。」
シンジはATフィールドを片手に収束させてそれを防ごうとしたが、ケンスケの拳はそれよりも早くその胸に命中した。
「うごぉっ!」
シンジは吹っ飛ばされ、柱に叩きつけられた。
「な、何故…。」
「きさまの執念を上回ったものを教えてやろう。それは、怒りだ!」
ケンスケのパンチがシンジの顔面を襲った。シンジは必死に転がってそれをかわした。ケンスケのパンチの威力は柱を突き破る程のものだった。
「…な、ならば、きさまの心の拠り所を壊してやる!」
シンジは奥のカーテンを引き裂き、椅子に座っている女性の腹部にパンチを見舞った。
「マユミーッ!!」
ケンスケは絶叫したが、シンジの拳は椅子まで貫いていた。
「フハハハハ、どうする?これでお前の求めていたマユミは死んだ…。」
「うおおおおーっ!!」
ケンスケの怒りはMAXに達し、背中の筋肉が盛り上がり、髪の毛が逆立った。
「これで最期だーっ!」
シンジは床を蹴ってケンスケに蹴りを放った。
「アィダァッ!」
ケンスケの拳がシンジの脚をへし折った。
「アーィダダダダダダダダッ、オゥワッダァーッ!!」
ケンスケの無数の拳がシンジの全身を打ち砕き、トドメの一撃がシンジの顔面にめり込んだ。
シンジはバルコニーまで吹っ飛ばされ、その手摺にぶつかって止まった。
「馬鹿な…ケンスケ…何故…お前はそんなに強いんだ?…ATフィールドを打ち破る程の力を…どうやって…。」
「…俺は、一子相伝の最強拳法、相田神拳の伝承者だ。」
ケンスケはシンジに真実を告げてマユミに向き直った。そして、今度はケンスケが驚く番だった。
「こ、これは!?」
マユミの身体からは、血が一滴も流れ出ていなかった。
「…人形だったのか!!」
ケンスケはシンジを振り返った。
シンジは泣いていた。
「うう…マユミは…マユミはもう…いないんだ…。」
シンジは泣きながら真実を告げた。
シンジはマユミの心を自分に振り向かせる為に何でもした。身体を癒す温泉をマユミの為に復活させ、心を癒す為にありとあらゆる美しい物を集めて捧げた。
だが、マユミは気付いていた。シンジが自分の為に何かをする度に、数多くの命を奪って来た事を。
私は、あの人の事を想い続けます。私の心は決してあなたには振り向きません。それでもあなたが私の心を振り向かせる為に多くの人の命を奪い続けるのなら…私はこうするしかありません。
そして、マユミはバルコニーから身を投げたのだ。
マユミイィーッ!!
シンジの絶叫がネルフタウンに響き渡った…。
「俺とお前の…マユミを巡る闘いは既に終わっていた…お前の勝ちだった…だが、俺はお前の手にかかって死にはせん!死にはせんぞ!」
シンジは立ち上がって外を向いた。
「うおおおおーっ!!」
シンジは絶叫してその身を宙に躍らせた。
「碇くん!」
駆けつけたレイが叫んだが時既に遅く、シンジは地面に激突して絶命した。
「碇くん…碇くぅーん…うわああぁぁ〜ん!!」
レイは膝から崩れ落ちて号泣した。
ケンスケとレイはヒューガとシンジの亡骸を共に荼毘に付した。
「…わかっていたの…碇くんの心は彼女にしか向いてないって………私の想いは片想いに過ぎなかったって…。」
「綾波…。」
「…でも、いいの…私は碇くんともう一度逢えた…碇くんに抱いて貰った…それでもう、充分…。」
「そうか…。」
そして、夜が開け、朝陽が射してきた。
「相田くんはこれからどうするの?」
「俺はシンジとの闘いで気付いた。俺はシンジに復讐する為に生きてきた。だが、俺の強さは復讐の為にあるのではない。弱きを助け強気を挫く、世界の平和の為にあるんだ、と言う事に。」
「世界の平和…。」
「…シンジ以上の暴君、ケンオウを倒さねば、世界に平和は来ない。」
それがマユミの兄、ヒューガの命懸けの願いでもあった。
「綾波はどうする?」
「陽は沈み、また陽は昇る…人は死んでも、また新たな命が生まれる。私は自分の力を、戦う為ではなく人を救うために役立てたい。まだその方法はわからないけど…必ず見つけて、人々を救ってみせるわ。」
「ああ。綾波ならきっとできる。俺も信じるよ。」
そして、ケンスケとレイは別々の道を歩き出した。それぞれの希望の道を…。
「ケンオウさま、シンジくんが死んだそうです。」
「そうか…相田神拳…伝説の拳法がまだ生きていたとはな。」
「如何致しましょうか?」
「ふっ、放っておけ。相田神拳がどれほど強かろうと、この私の敵では無い。」
そう言って立派な顎鬚を蓄えた黒眼鏡の男はいつものポーズでニヤリ笑いをした。
超人機エヴァンゲリオン3
妖夢幻想譚 第2章 相田の拳
第五話(最終話)「執念の男!」完
あとがき