超人機エヴァンゲリオン 2

第10話

始まりと終わりは同じところに

 1月。
 「明けまして御目出度う御座います。」
 年が明けて西暦2017年。碇家は新武蔵野市に引っ越して来てから二回目の新年を迎えた。
 今年はシンジはいよいよ高校受験…となる筈だったのだが、既に推薦で合格しており、普通の一般の受験生とは違ってのんびりとした正月である。
 「さあ、御雑煮ができましたよ。」
 「うむ、それでは早速頂くとするか。」
 「冬月先生もどうぞ。」
 「おお、済まないね。ユイくんの雑煮を頂けるとは夢のようだよ。」
 「あら、先生ったら。」
 そんなところに顔を出したシンジは何やら怪訝な表情。
 「どうした、シンジ?」
 「…初夢で富士山と鷹と茄子が出てくるのって、縁起が良い筈だよね?」
 「うむ。良かったではないか。」
 「きっと、今年もいい一年になると思うわよ。」
 「しかし…シンジくんのその表情からすると、あまり良い夢ではなかったみたいだが…。」
 果たしてシンジはどんな初夢を見たのか?それ以前に、新年の朝を迎えた碇家に何故冬月がいるのか…?



 西暦2016年ももうすぐ終わり。世間では新年を迎える為に大掃除の真っ最中だった。
 鈴原家では、トウジがぶつくさ言いながらトイレ掃除、相田家ではケンスケが鼻歌を唄いながら風呂掃除、洞木家ではヒカリがキッチン周りの掃除に精を出し、赤木家ではレイとカヲルがリツコの開発した?超強力洗剤で窓拭きに励んでいた。
 それは惣流家でも同じ事。アスカとキョウコ、女二人で部屋の片付け・ゴミ出し・掃除・雑巾がけ・風呂掃除・トイレ掃除・キッチン周り・ベランダ・エアコンのフィルター・窓拭き等々、やる事は山積であった。
 「こんな事なら小まめにお掃除しておけば良かったわね…。」
 「仕方ないわよ、ママは仕事で忙しかったんだし、私も勉強とかで忙しかったんだもの。きっと次の大晦日は楽になるわよ。」
 と、そこにお助けマンがやってきた。
 「御免下さーい。」
 「あ、シンジだ。」
 アスカは声ですぐに誰だか気づいた。
 「ごめん、シンジ。今日は一日丸々大掃除なのよ。」
 「だろうと思って、手伝いに来たんだ。」
 「え?でも、シンジの方は大掃除はいいの?」
 「うん。普段からちゃんとやってきたから、もう済んだんだ。だから手伝いに来た訳。」
 実は、碇家は風呂・トイレは週一回、窓拭きやキッチン周りの油拭き等も月一回にやってきたので、普段どおりの掃除ですぐにカタがついたのだ。
 「まあ、有難うシンジくん。とっても助かるわ。」
 「いえいえ、どうって事ないですよ。で、どこから何から始めますか?」
 いつシンジが来てもいいように?アスカの部屋は綺麗だったが、それ以外は…。
 とりあえず、シンジはゴミ出しから作業を開始した。アスカはバス・トイレ、キョウコはキッチンの掃除を担当。

 さてその頃碇家では、ゲンドウが年越し蕎麦を手打ちで作ろうとしていた。
 「あなた、やった事あるんですか?」
 「まあな。」
 しかし、本当はずっと前に体験教室とやらで経験しただけである。そんな事はおくびにも出さず、ゲンドウはどこからか謎の?アイテムを持ち出してきた。
 取り出したのは<面の泉>とやら言う、蕎麦や饂飩の生地をこねる専用の大皿みたいな器。これで生地をこねると、あまり力を入れなくても十分に力が伝わり、しかも手が自然にこねる位置に移ってくるというが、本当かどうか怪しいシロモノ。
 それはともかく、ゲンドウは蕎麦粉を入れて山のように整えると、その頂上にボウルで凹みを作り、そこに水を注いだ。そして、少しずつ山を崩しながら水と混ぜ合わせていく。そこまでは良かったが、その後が大変だった。何しろなかなか生地が纏まらない。水を入れ過ぎると逆にドロドロになってしまって蕎麦掻一直線になる恐れがある。
 それでも悪戦苦闘の結果、何とか生地は一つに纏まった。が…。
 「うぐっ!」
 ゲンドウの腰にピシッ…と破滅の音が響いた。
 「どうしました?あなた。」
 腰を手で押さえたまま固まったゲンドウに怪訝そうな表情でユイが聞くと。
 「…済まん、腰を痛めてしまった…。」
 普段の運動不足が祟ったらしい。
 「仕方ありませんわね。今年も年越し蕎麦は出来合いのもので…。」
 「いや、まだ望みは有る…。」
 腰にサロンパスやトクホンを張り巡らしたゲンドウは電話を取った。
 「どうするんですか?」
 「助っ人を頼む。」
 「でも、シンジはお隣で大掃除のお手伝い中ですよ?」
 「いや、シンジではない。こういう時に役に立つ男がいる。」
 そして、ゲンドウが電話してから少し後、一人の男が碇家にやってきた。
 「で、何で私が呼ばれなければならんのだ?」
 ゲンドウが頼んだ助っ人は…何と冬月だった。
 「この時期にお一人で時間を持て余しているのは冬月先生以外にいないと思いまして…。」
 使えるものは親でも赤の他人でも使うというゲンドウに抜け抜けと言われた冬月は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
 「…出会った頃から全然変わっとらんな、お前は…。」
 「このとおりです。」
 ゲンドウは手を打って合わせて冬月を拝み倒し?に出た。
 「それで手打ち蕎麦と言いたいのか?」
 思わず額に極大の汗を浮かべて焦るゲンドウ。
 「お願いします、冬月先生。」
 「う、うむ…ユイくんにもお願いされては引き受けざるを得んな。」
 ぶつくさ云いながらも結局はユイの御願いで冬月は蕎麦打ちに精を出す事にした。
 生地をこね終わると、次は麺棒で生地を延ばす作業だ。
 ビニールクロスの四隅をピンッと張ってテーブルに止めると、その一面に小麦粉を撒き、そこに生地を据えた冬月はまずは手こねであらかた開き、続いて麺棒で丁寧に少しずつ伸ばしていく。
 「力任せに一気にやれば早く伸ばす事ができるが、それではコシが弱くなる。こうやって少しずつ、何回かに分けて伸ばしていく事でコシの強い麺になるのだよ。」
 「成る程、ただの圧延ではなく、ある意味鍛造でもある訳ですな。」
 「そのとおりだ。」
 その傍らのキッチンでは、ユイがおせち料理の準備中。紅白の蒲鉾、伊達巻卵、栗金団、黒豆、数の子、五目煮、etc等、一部出来合いもあるが殆んど手作りの品々ができていた。なお、雑煮に入れる餅については既に電動餅つき機で完成済み。正月の料理関連については一切シンジは手を出す事はなく、全てユイが一人で取り仕切った。

 さて、一方その頃、惣流家では…。
 「アスカちゃん、シンジくん、そろそろ一息入れましょう。」
 時刻はもう午後3:00。キョウコは二人に声を掛けて、テーブルにお茶の準備を始めた。
 「だいぶ片付いたね。」
 「後はベランダの掃除と窓拭きだけね。」
 「シンジくんが手伝ってくれなかったら、夜まで掛かっていたわね。」
 「いえ、それほど汚れていませんでしたから。程度さえ気にしなければ来年に回しても良かった部分もあったし。」
 「でも、それだと来年はその部分の掃除が大変になっちゃうし、やっぱり普段から小まめにお掃除しないといけないなぁ…。」
 「自分のお部屋はちゃんと掃除してるのよね、アスカちゃんは。」
 「ふーん…本当に?」
 「ほ、本当だってば!」
 「いつ、シンジくんが来てもいいように綺麗にしてるのよ。もし部屋が散らかっていたら幻滅されちゃうってね。」
 「マ、ママったら、余計な事言わないでいいの!」
 「はいはい、それじゃ、私はちょっと買い物に行ってくるから、後はよろしくね。」
 「あ、はい。」
 「…あ、そうだ…まさか大丈夫だと思うけど、二人っきりになったからって間違いは起こさないようにね。」
 「ママ!」
 「と言っても、使うもの使っておけば問題無いからね。」
 「さっさと行ってらっしゃい!!」
 キョウコは意味あり気に微笑みながら出かけていった。
 「もう、とんでもない事言うんだから…。」
 ドアの鍵を閉めたアスカが振り向くとシンジも何やら意味深に微笑んでいた。
 「…何?」
 「二人っきりの時はいつも積極的なのにね。」
 「そっ、それはっ!…シンジがなかなかその気になってくれないからじゃない…。」
 顔を真っ赤にしたアスカは恥ずかしくなってシンジの胸に顔を埋めた。
 「ねえ、シンジ…私って、そんなに魅力無い…?」
 「いや、そんな事は全然無いよ。」
 「…やっぱりダメ?もっと胸が大きいとか、料理が上手な女のコの方がいいの?」
 「あー、また誤解してる。いい、さっきアスカは自分に魅力が無いか?とネガティヴに訊いたんだよ?それに対して、僕はそんな事は全然無いって答えたんだ。ネガティヴを否定したという事はつまり…。」
 「ポジティヴに考えていいのね。だから…。」
 アスカが正しく理解する前にシンジはアスカの身体を軽く抱きしめた。
 「アスカはとっても魅力的だよ。」
 「うん…嬉しい、シンジ…でも、それなら、どうして…。」
 「その気はあるけど、今はその時ではない、という事だよ。アスカはこれから受験に向けて追い込みを掛けていかなきゃいけない。勉強に殆んど集中しなきゃいけない。それを邪魔してまで、僕はアスカを求める気は無いよ。」
 「…そう…そういう事だったんだ…変な心配してバカみたい…。」
 アスカはシンジの優しさに今更ながら気づいて胸が熱くなった。
 「それじゃあ、お掃除を再開しようか。キョウコさんが帰ってきた時に何か言われないようにさ。」
 「ええ。」
 二人は早速ベランダの掃除に取り掛かった。
 「ねえ、シンジ。さっきの話の続きなんだけど、要するに私の受験が終わるまでは二人の仲はA以上B未満、という事よね?」
 「…そうだけど。」
 「という事は、受験が終わればシンジともっと大人の関係になれる訳ね。うん、ますます勉強する意欲が湧いてきたわ。」
 「はは…(動機は不純だが、この際目を瞑ろう…。)」

 その夜、碇家・惣流家は冬月も交えて年越し蕎麦を食し、楽しい一時を過ごした。
 だが、ゲンドウから晩酌を誘われた冬月はそのまま寝入ってしまい、結局碇家に一晩泊まる事になったのだった。
 ちなみに他の家では…。
 「成る程…年越しだけに柳生兵庫介利厳(やぎゅうひょうごのすけとしよし)か…こらエエ勉強になったわ。」
 トウジは年末のお笑い特番で新たなギャグネタを仕入れていた。(他には、柳生烈堂が拝一刀に勝って拝み倒し、なんてのも…。)

 『米をテーマに、それぞれ究極の一品料理を仕上げた三人の鉄人、対するは若干15歳ながら和・洋・中華に加えてイタリアンの四品を見事な色彩感覚で作り上げた挑戦者…果たして勝者は!?』
 『…この勝負…判定不可能!』
 票数では2対1(1引き分け)で三鉄人の勝ち、だが総得点では38対38.5で挑戦者の勝ち。この前代未聞の事態に対する規定は無く、従って、勝敗の判定ができなかったのだ。
 「わぁ、すごい、この味吉くんってコ。これって三人の鉄人と引き分けみたいなものよね。」
 ヒカリは料理人が創作料理で対決する料理番組の年末特番を見て、その結果に感激していた。

 『うわぁ〜っ、強烈なエルボー!里見、ついに崩れ落ちた!』
 『これはもう、立てないでしょう。』
 カンカンカンカン!!!!
 『ここでゴング、試合終了〜!勝ったのは武藤!鏑木流空手の王者がK・O・Sの世界王者に輝きました!!』
 「うおお、ついに武藤が世界王者になっちまったぜ!!」
 ケンスケは立ち技系格闘技の世界王者が決まるK・O・Sグランプリ決勝戦のTV生中継を見て興奮していた。

 『♪What will fill this emptiness inside of me?
   Am I to be satisfied without knowing?
   I wish then for a chance to me.
   Now all I need <desperately>
   Is my star to come…』
 「いい歌だねぇ。」
 「あら…歌はいいねぇ、じゃないの?」
 「いつまでも同じ僕じゃいられないって事ですよ。」
 「本当にいい歌…ところで<しぃ>って誰?」
 レイとカヲルは年末恒例の音楽特番を見て感動していた。

 その夜のシンジは…こんな夢を見た。
 シンジは富士山の山頂にいた。新年の御来光を拝む為だった。
 「あ、御来光だ…。」
 雲の下から金色に輝く朝日が差してきた。すると富士山を包む雲海も見事な金色に染まった。
 「綺麗だ…やっぱり来てよかった…。」
 だが、その幻想的な光景を眺めていると、シンジの足元がなぜか揺れ始めた。最初は小さなものだったが、その揺れはだんだんどんどん大きくなっていった。
 「うわ、じ、地震だ!」
 次の瞬間、富士山の山頂が大爆発を起こした!
 「うわあああーっ!!」
 爆発で宙に吹っ飛ばされたシンジ…だったが、落ちた所は草原で、しかもその斜面に沿って滑るように落下したので奇跡的に無傷で済んだ。
 「た、助かった…。」
 振り向くと、富士山が激しい火柱と黒い煙を噴き上げ…てはおらず、富士山そのものさえ見えなかった。
 「此処は何処なんだろう…。」
 とぼとぼと歩くシンジは頭上の脅威に気がつかなかった。
 「おえええ!」
 「何?」
 何か、変な鳥の鳴き声らしきものを耳にしたシンジが上を見上げると、そこには数羽の鷹が空を待っていた。
 「…え?」
 そして、その鷹はシンジと目が合うや否や、シンジに向かって急降下してきたのだ。
 「うわあっ!!」
 シンジは慌てて転がって避けたが、爪で肩を引っ掛かれてしまった。
 「痛たた…いったいどうなってるんだ…何で鷹に襲われなきゃいけないんだよ…。」
 シンジはとにかく頭を両手でガードしながら逃げ回った。
 だが、その途中にあった1mぐらいの段差に気づくのが遅れたシンジは着地に失敗して地面に投げ出されてしまった。
 「…ここは…畑かな?」
 確かにいくつもの畝があり、そこからは緑の植物が元気に成長している。よく見ると、何やら紫色の実がなっていた。
 「茄子みたいだ…うぐぅっ!!」
 と、いきなりシンジの腹部に激しい痛みが発生した。
 「い…痛い…痛い痛い痛いぃ〜っ!!」
 まるでお腹が破裂するような凄まじい痛みにシンジは転げまわった。
 「ぐ…ぎゃあぁーっ!!」
 そして…ついにシンジの胃袋を突き破って何かがエイリアンよろしく?飛び出てきた。
 それは…一本の茄子だった。しかも、割り箸の脚がついていた。
 朦朧とする意識の中で、シンジはその茄子が「クケエェェ!」とひと鳴きしてそのまま何処へと走り去ったのを見て意識を失った。
 だが、シンジは身体を揺さぶられて目を覚ました。それも、身体を揺さぶったのは誰かではなく、地面の振動だった。
 「え、また地震…?」
 だが、目覚めた場所はさっきの茄子畑ではなく、どんよりとした暗い世界。
 と、突然何かが大爆発する音が聞こえた。続いて「おえええ!」という鳴き声と「クケエェェ!」という鳴き声も。
 空にはシンジを襲った鷹が、地面にはシンジの身体から飛び出してきた茄子もどきのエイリアン。
 それらが一斉にシンジに向かって襲い掛かってきた。
 「だ、誰か、誰か助けて!アスカ!綾波!カヲルくん!真辺先輩!」
 だが、次の瞬間、どこからともなく現れた二匹の黒い獣がそれらを一撃で葬り去った。
 「え…?」
 その二匹の獣をシンジはどこかで見たような気がした。
 「「グオォォォーーーンッ!!」
 と、その二匹がシンジの右上空を見て何かに気づき、咆哮した。つられてシンジがそっちを見ると、何と巨大な赤い火の弾がシンジに向かって落ちてこようとしていた。
 「!」
 だが、その火の弾は、何処からともなく現れた一人の少女戦士の持った光り輝く剣で切り裂かれ、粉微塵に破壊された。
 空中で巨大な火の玉を破壊した少女はそのまま見事に地面に着地すると、シンジに声を掛けた。
 「大丈夫?」
 「…う、うん…。」
 「悪夢はこれでお終い。目覚めたら、きっと素敵な現実が待ってるわ。」
 そう言って少女はニッコリ微笑んだ。
 「あの、君は…誰?」
 「また、いつか、どこかで会えると思うわ。」
 そう言って、少女と二匹の黒い獣はシンジの目の前から滲むように姿を消していった。
 「今のは…一体…どこかで会ったような気がするんだけど…。」
 緑の髪の毛を靡かせ、露出の激しいビキニ・アーマーを身に纏っていた少女…その姿も顔も、どこかで見たような気がしたものの、シンジは思い出せず、そのまま目が覚めたのだった。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION2

CHILDREN’S GRAFFITI

EPISODE:10 In the place same as for
              the initiation and termination



 さて、御節も食べて一息ついた碇家は、惣流家、冬月と一緒に午後から近くの神社へ初詣に出掛ける事にした。
 「シンジ、明けまして御目出度う御座います。今年も宜敷く御願いします。」
 「…あ、うん、こちらこそ。」
 シンジの反応が少々遅れたのは、アスカがちゃんと丁寧な挨拶をした事よりも、その身に纏った艶やかな真紅の振袖に目を奪われたからだった。その振袖は、この日の為に準備していたものだった。
 「…どうしたの?」
 「いや、とっても綺麗だよ、アスカの…。」
 「あら、やだ、シンジったら、みんなの前でそんな事言われたら恥ずかしいじゃない。」
 顔を赤らめたアスカはテレ隠しに俯いたが…。
 「いや、その振袖だよ。」
 「え、振袖?」
 「うん。とっても綺麗だ。はっきり言ってそんな姿を想像した事無かったからさ、吃驚したよ。」
 「そ、そう?それは良かったわ、シンジに最初に見せようと思って秘密にしていたの。」
 自分じゃなくて衣装の方を褒められてアスカは内心ちょっと残念。
 「バカもの。いいか、シンジ。こういう時は衣装よりも本人を褒めていいのだ。」
 「そうよ、シンジ。衣装が本人の美しさを引き立てているんだから。」
 珍しくゲンドウとユイがアドバイス。
 「あ、そうか…うん、その言葉、よくわかる。」
 シンジはアスカの姿をもう一度見つめ直して二人の言葉に頷いた。
 「よくわかるって?」
 「最初はその振袖の艶やかさに目が行ったけど、もっと全体で見れば、振袖を着たアスカがいつもとは何か違うイメージで…新鮮な感じがしてさ、とっても魅力的だよ。」
 その言葉にアスカは破顔してシンジに飛びついた。
 「嬉しい、シンジ!」
 「あらあら…アスカちゃん、おしとやかにしないとせっかくの綺麗な振袖が汚れてしまうわよ。」
 「あっ…。」
 アスカはキョウコに言われてはっと気付き、シンジから身を離した。
 「さて、それでは全員揃ったところで始めようという事で神社に行こうとしよう。」
 冬月に促されて六人は武蔵野神社へと向かった。

 武蔵野神社はそれ程大きい神社ではないが、参道は多くの地元の参拝客で賑わっていた。
 「そう言えば、神社に御参りに来るのって、初めてだ。」
 「何となく、夏祭りの時と同じ雰囲気がするわね。」
 別に露天商が参道の脇に並んでいる訳ではないが、人の賑わいからアスカはそんな気がしたようだ。
 「あら、皆さん、御揃いで…。」
 と、脇道から現れたのはリツコ、レイ、カヲルの赤木家。
 「え?赤木先生がいる、という事は…。」
 「碇くん!」
 「あ、綾波…。」
 そこにいたレイは、艶やかな露草色の振袖をその身に纏っていた。
 「どうかしら、この振袖…似合ってる?」
 「…うん、そうだね。綾波は何を着ても似合うよ。」
 「嬉しい…碇くん。」
 レイは嬉しそうに微笑んでシンジの胸に顔を埋め…ようとしたが、その前にアスカが立ち塞がった。
 「レイ…ドサクサに紛れて何をするつもり?」
 「あら…やっぱりいたのね、アスカ。」
 「ほう、あの二人が名前で呼び合っているとは…しばらく見ないうちに随分と仲良くなったのだな。」
 「これもシンジくんのおかげですわ。」
 大人達は喜んでいるようだが…。
 “僕には見える…二人の視線の間でスパークしている火花が…。”
 「まだまだ、気苦労は絶えそうに無いね、シンジくん。」
 「そうだね、カヲルくん…。」
 「ふふっ…やっぱり、この状態の打破はカヲルくんの双肩に掛かってると思うわ。」
 「はい?」
 「貴方とレイはお似合いだという事よ。」
 「えーと、それはどういう意味でしょうか?」
 キョウコやユイの発言の真意が読み取れず、カヲルは不思議そうな面持ち。
 「我々の一生は君達にとってほんの僅かな時間に過ぎない。レイを支えられるのは、レイと共にずっと同じ時の流れの中にいられる君だけだ。そしてその逆もまた然り。」
 「ふむ…理屈はわかりますが…人間の心は論理だけでは説明つかないものだと常々赤木博士も言われてますよ。」
 ゲンドウの説明で理解はしたが、やはり納得できない部分もあった。
 「ここは是非、‘彼女’の意見も聞いてみたいところですね。」
 と、いきなりそこにミサトが口を挟んだ。隣には加持もいる。
 「その前に、あいつの居所がわからないのが問題なのですが…。」
 「現在、捜索中ですが…未だ以って一片の情報も上がってないのが現状です。」
 「やはり、例の能力により、姿を変えているものだと思われます。」
 インターポールに出向している筈の剣崎キョウヤと加賀ヒトミも現れた。
 さて、大人たちがそんな事を話している頃、子供達は…。
 「おっ、やっぱり新年早々やっとるのう。」
 シンジ達の傍にトウジとヒカリがやってきた。
 「やあ、トウジに委員長。」
 「あけましておめでとう。」
 「今年もよろしゅう!」
 トウジはここぞと言う時の黒のジャージ、ヒカリは艶やかな山吹色の振袖だった。
 「フッ、新年早々デートかい?」
 「ま、まあ、そんな感じかしら。」
 実は、鈴原家・洞木家も来ていたのだが、わざと二人は抜けて合流したらしい。
 「ケンスケは?」
 「俺を呼んだか?」
 背後から応えの声がして、ケンスケが顔を出した。
 「よし、これで全員揃ったね。それじゃあ、みんなで御参りに行こうか。」
 実は、今日ここに示し合わせて集合し、七人全員とも高校に進学できるようにお参りする事にしていたのだ。
 そして七人が境内に入ったその時…。
 「あ、例によって黄金の七人。」
 そこには、艶やかな翡翠色の振袖姿のレミがいた。どうやら七人よりも先にお参りに来ていたらしい。
 「あら、綾野さんじゃない。」
 「何が、例によって、なのかしら?」
 「そんなことはどうでもいいよ。明けましておめでとう、綾野さん。」
 「あけおめことよろっ!」
 シンジが丁寧に新年の挨拶をすると、レミは流行の省略挨拶で応えた。
 「…相変わらず、綾野は大胆な言葉を使うのう…新年早々からそれかいな…。」
 「?…ああ、そういう事ね。流石大阪人の鈴原くん…というよりただ単にスケベなだけかしら?」
 「ちょ、ちょっと、綾野さん、貴女いきなり何を言ってるの!?」
 何となく、彼氏をバカにされたようで彼女はちょっとお怒り気味。
 「あー、洞木さん、ちょっとこっちに…。」
 レミはヒカリを手招きすると、二人で密談を始めた。
 「あけおめことよろ、と言うのは…。」「……うん……うん……。」
 「で、彼が反応したのは、そのある一部分で…。」「……うん……うん……。」
 「その‘おめこ’というのは、関西では…。」「……うん……うん……え?」
 レミの説明を受けたヒカリは思わず顔を真っ赤にした。そしてそのままトウジに振り向いて怒った。
 「もう、トウジったら、新年早々恥ずかしい事言わないで!」
 「ワシは何も言ってへんやないけ。言ったのは綾野やがな。」
 「だ、だからって、いちいちそういう反応をするのが…。」
 「まあまあ。いいじゃない、男の子は元々スケベで当然なんだし。それに、この先いちいち反応してたらキリが無いわよ?」
 「で、でも…。」
 「これがシンジくんだったら、言葉の意味を知っていても口には出さないわ。つまり、性格の違いと言ってしまえばそれまでなんだけど…まあ、要するに…。」
 「要するに?」
 「彼は溜まってる、って事よ。」
 「…溜まってるって、何が?…ストレス?」
 「(ここまで純情一直線なコも珍しいなぁ…)まあ、ストレスに繋がるか繋がらないかと言われたら、繋がると言えなくも無いと断言する事はやぶさかでないんだけど…。」
 などと二人が話し合ってると。
 「ヒカリ〜、何しとんのや?置いてってまうでぇ。」
 「あっ、ちょ、ちょっと待って〜。」
 「あ、じゃあ、私もご一緒させて貰おーっと。」
 先にお賽銭箱へと進み始めた六人の中のトウジから促され、ヒカリは慌ててレミと共に追いかけた。

 さてその頃、楽しい?洞木一家はツバサ、コダマ、ノゾミの三人で境内に向かっていた。
 「それにしても、いつの間にかいなくなっちゃったね、あの二人。」
 「まあ、好き合ってるんだから、いいんじゃない?」
 「それはともかく、他のクラスメート達と待ち合わせてるって聞いていたぞ?」
 「…本当かなぁ…実は今頃二人っきりでイチャイチャしてたりして。」
 「間違いを起こさなければそれで構わないがな。」
 「間違いってなーに?」
 「そんな事はどうでもいいの。それより、ノゾミ。あんたの方はどうなの?」
 自分だって彼氏がいないくせに(まあ、リリアン女学園高校に通っているから彼氏ができにくいのも無理は無いが)、自分の事は棚に上げておいてコダマはノゾミに探りを入れた。
 「私?んーとね…。」
 だが、腐女子に理解のある男性など、おそらく腐男子ぐらいである。そんな連中、新秋葉原にしかいないと思われる。
 「…って聞くだけ無駄だったわね。…あら、あれは…じゃ無くて、あの方は…。」
 「やっぱりヒ・ミ・ツ。」
 「何だ、教えろよ。クラスメートか?それとも年上か?」
 「相思相愛だとわかったら教えるから。(…でも、きっと、それは叶う事は無い…。)」
 「そうか…ところでコダマは?」
 ふと気がつけば、コダマの姿が何処にも無かった。

 さてその頃、お賽銭箱の前では。
 「お、おい、マコト。それ、千円札じゃないか。」
 「どうせ一年に一回しか来ないんだ。これぐらい奮発したってどうって事無いさ。」
 「マコトさん、太っ腹〜。」
 「やめてくれよ、マヤちゃん。俺はそんなに太ってないぞ。」
 「いや、そう言う事ではなくて。」
 ネルフの元オペレーターズ三人衆はお参りを済ませた後、近くの居酒屋になだれ込んで新年いや将来の願望を大いに語り合うのだった。

 「お前は妹のくせにいちいちうるさいんだよ!」
 「何よ、きれいなお姉さんを見かけたらデレっとした顔しちゃって!お兄ちゃんがみっともないから注意してるんじゃない!」
 「誰もデレっとなんかしてないだろ!それにお前だってイケメンとすれ違ったら必ず振り向いてるじゃないか!」
 「そ、そんな事してないもん!」
 「ケン!ハルナ!いい加減にしなさい!天国でジェシカ(二人の母)が泣いているぞ!」
 「「…は〜い…。」」
 こちらは楽しい?八巻一家。リュウの子供達ケンとハルナは二卵性双生児で毎度のように仲良く?ケンカしながら家路に着いたのだった。

 で、ケンが思わず鼻の下を伸ばしたらしい、三人組の女性(仮にAさん、Sさん、Kさんとしよう)はたった今、願掛けを済ましたところだった。
 「所詮、気休めよねぇ…。」
 「しょうがないんじゃない、このご時世なんだから。溺れる者は何とかをも掴む、よ。」
 「…いいオトコが欲しいとか、早く結婚したいとか、そんな高望みしても無駄だって。」
 「そういうアンタは何を御願いしたって言うのよ?どうせアンタの事だから、かーいい男のコが欲しいとか不埒な事願ったんでしょうが!」
 「どっちが高望みしてんのかしらね?いい加減、そのショタ趣味を直さないと、それこそ結婚なんて不可能だっちゅーの!」
 「どっちも外れ。今更そんなお願いする必要はないのよ。今はもう、普通に就職して、このまま幸せに暮らしたいなぁ、というささやかな望みしかないんだから。(もう、とーっくにかーいい男のコは手に入ってて、とーっても幸せなんだから…。)」
 「「………。」」
 思わずAさんとSさんは顔を見合わせた。そして浮かんだ疑問をKさんにぶつける。
 「何で今更お願いする必要ないのよ?前からずーっと欲しいって言ってたくせに。」
 「それとも、もうショタ趣味からとっくに卒業してたの?」
 二人に訊き返されたKさんは、先ほどの言葉は言わない方がよかった事に気づいた。
 「あ、あら…まずったかな?」
 「…!…ま、まさか、あんた、もう…。」
 「場合によっては犯罪だぞゴルァ!」
 「今後、コメントは差し控えさせて頂きます。」
 Kさんはスタスタと足早に帰り始めた。
 「逃げるな!」「待たんかい!」
 AさんとSさんもスタスタと足早にKさんを追いかけ始めた。

 「ごきげんよう、ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン。」
 神社の境内にある巨木の傍に立って、何をすると言う訳でもなくその巨木の幹を見上げていた女性にコダマは声を掛けた。
 「えーと、貴女は…?」
 「1年菊組の洞木コダマと申します。」
 「リリアン生ね…どうりで私が黄薔薇のつぼみである事を知ってる訳ね。」
 コダマが声を掛けた相手は、何となく暗い雰囲気だった。
 「あの…お邪魔だったでしょうか?」
 「いいえ、そんな事は無いわよ。」
 「そうですか…でも、こんなところでお姿をお見かけするとは驚きです。」
 「やれやれ…貴女もリリアンを誤解しているクチね。いい、リリアンはカトリック系の学校であるだけよ。校内ではカトリックとしての守るべき規則はあるけれど、校外では個人の思想・信条は自由よ。お寺に出かけようが、神社に来ようが何の問題も無い訳。だから、ここでは名前で呼んで貰えないかしら?」
 「わかりました…ナナ、さま…。」
 「そうやって緊張させちゃうのも心苦しいわね…そうだ、一つ面白い事を教えてあげましょう。リオの事だけど…。」
 彼女が語った内容は正に驚くべきものだった…。

 “根府川が元通りになってほしいと思うのですが、無理なんでしょうかね…?”
 “もう一度、アップルダイナーを開店できますように…。”
 “戦略自衛隊特別機甲部隊…こんどこそ、実戦への運用まで漕ぎ着けてみせるぞ。”
 “機は熟した…S・J・A計画の成功を…祈る!”
 “何とかあの情報を世に知らしめる手段がないものか…。”
 “次回の選挙で、一票でも多く入りますように…。”
 “故橋本真也曰く、‘破壊なくして創造なし!’…どうか、大泉流構造改革が成功しますように…!”
 どうやら、いろんな人間がいろんな願いを叶えて欲しくて苦しい時の神頼みに来たようだ。そんな中、子供達は何を願ったのだろうか?
 “みんなが志望校に合格できますように…。”
 “シンジともっと深い仲になれますように…。”
 “碇くんと一つになりたい…。”
 “シンジくんの願いが叶いますように…。”
 “タイガース優勝や!”
 “トウジが高校に入れますように…。”
 “金も要らなきゃ名誉も要らぬ、私ゃも少し偏差値が欲しい…。”
 “求めるものは自由、願うものは平和…なーんて、カッコ付け過ぎかしら?”
 “やっぱり…平均値ぐらいには胸が育ってほしいなぁ…。”
 “あきらめるべきか、それとも敢えて棘の道を進むべきか…誰か教えて下さい…。”

 「アルファベットの五番目の文字は?」
 「「「「「「「「E!!!!!!!!」」」」」」」」
 「はい、撮れましたよ。」
 「「「「「「「「どうも有り難う御座いました〜。」」」」」」」」
 願掛けを終えた黄金の七人+1は通りすがりの作者人に頼んで記念写真を撮って貰った。
 「じゃあ、写真は後で焼き増しして送るからな。」
 「それじゃあ、帰ろうか。」
 「そやな、夕飯がワシの胃袋を呼んでいるし。」
 「トウジ、まだ4時前よ。」
 「やれやれ、鈴原くんの信条は食う・寝る・遊ぶ、なのかしら?」
 「綾野さん…何なの、その三つの言葉は…。」
 「元気ですかーっ!じゃなかった、みなさ〜ん、お元気ですか〜?」
 「いや、あの、それもわからないんだけど…。」
 「綾野さんは何か僕達の知らない言葉をいっぱい知ってるみたいだね。」
 「前にいた地方でやっていたCMなんだけど…そうか、TV番組と同じでCMも遅れていたのね。」
 「そうなのかな…?」
 等と言いつつ八人がGメン’75あるいは隠密同心よろしく横一列に並んで参道を戻っていくと、何やら前方から悲鳴やら怒号やらが聞こえてきた。
 「…何?」
 それらの声はだんだん近づいてきた。そして、シンジ達はそれらの声の発生源を目の当たりにする事になった。なんと、シンジ達の前に刃物を持った兇漢が現れたのだ。
 「君達、逃げなさい!」
 兇漢の背後からは警察官らしき者が駆けつけた。
 「凶器を捨てろ!さもないと撃つ!」
 警察官は抜いた銃を構えて兇漢の背後から警告した。だが、兇漢はそれも気にせず、シンジ達に向かってきた!
 「危ない!」
 思わずシンジはアスカを、トウジはヒカリを、カヲルはレイを兇漢に背を向けてかばい、ケンスケは硬直して身動きできなかった。
 ただ一人、兇漢と正対したレミは切付けてきた刃物を寸前で見切ると、体を左に開いて凶刃を躱し、その凶器を持った腕を両手で掴んだ。
 次の瞬間、兇漢は宙を飛んで参道の石畳に腰から叩き付けられ、そのショックで身動きできなくなった。
 「みんな、もう大丈夫よ。」
 レミが振り向いて声を掛けると、シンジ達は信じられない者でも見たかのように驚愕の表情を浮かべていた。
 「御協力、感謝します。(いやあ、流石ですな。感服しました。)」
 見事なあごひげを蓄えたナイスミドルの警官はレミに敬礼した。
 「いいえ、ご苦労様です。」
 「それでは。連れて行け!」
 警官は後から駆けつけてきた部下の巡査達に命令して兇漢を現行犯逮捕、後ろ手に手錠をかけて連行していった。
 「コダマちゃん、もう大丈夫みたいよ。妹さんのところに行ってあげなさい。」
 ナナは、思わず恐怖に顔を覆ってしゃがみこんでいたコダマにヒカリの無事を告げた。
 ヒカリの傍に駆けていくコダマの姿を見ながら、ナナは先程の光景を冷静に回想していた。
 “私があの場にいたら…動けたかしら…。”
 そして、ナナの脳裏には兇漢を見事に軽々と倒してのける少女の姿が繰り返し浮かび上がっていた。
 “あのコ…できる…リョーコちゃんに匹敵するかも…。”



超人機エヴァンゲリオン2 中学生日記

第10話「始まりと終わりは同じところに」

完
あとがき