超人機エヴァンゲリオン 2

第7話

汗と泪と男と女

 10月。
 第一中は今月の第二週目の日曜日に体育祭が行われる。
 チーム分けは各学年ともA組が赤、B組が青、C組が緑、D組が黄色となっていて、3学年合同の4チーム対抗戦である。
 その前日の土曜日である今日は、体育祭の予行演習が行われた。各競技の準備・段取りがスムーズに出来るか、プログラムの進行が問題ないか、機材の調子はどうか、などいろいろチェックする事があるのだ。そしてそれは特に問題なく終了したのだが、関係ないところでちょっとした問題が起きた。
 事の始まりは、予行演習後の生活指導教諭のお小言だった。
 曰く、『体操服の上を外に出しているのは大変みっともない。男子はショートパンツ、女子はブルマーの中にちゃんと入れるように。』という事だった。
 この御達しに対し、女子生徒のほとんどから不満の声が出た。
 それは、ブルマーの腰のゴムの皺が見えるのはカッコ悪いし、恥ずかしいから嫌だ、という事だった。
 夕方のホームルームで、3−Aの女子生徒達は口々にそんな不満を訴えた。
 女子生徒達の言うような事は別に思っていなかった男子生徒達は、さっさと帰りたいという気持ちもあって女子生徒達を冷ややかな目で見ていた。尤も、中には逆に反感さえ持つ者もいた。
 「そんなん、どっちでもええやろが!何をグチグチと言っとるんや!」
 トウジの発言に女子生徒達は一斉にブーイング。
 「どっちでもいい訳じゃないから文句を言ってるのよ!」
 「そんな細かい事に拘らなくてもいいじゃん。」
 「男子は黙ってなさいよ!これは女子の問題なんだから!」
 「そうか、ほなミサト先生、男子は関係ないんで帰らせて貰いまっせ。」
 「ちょっと、トウジったら、勝手な事言わないで!」
 ヒカリも学校側の御達しには不満がある派閥のようだ。
 何故、派閥という言い方になるかと言うと、女子生徒の中には不満を感じてない少数派もいるからだ。
 「私は別にカッコ悪いとも恥ずかしいとも思わないけどな…惣流さんはどう思う?」
 「同じよ。あ、でも、ちょっと動きにくいって感じる事はあるわね。」
 「ふーん…(それは、胸の大きさを自慢してるのと同じなんだけど)…綾波さんは?」
 「別に…私も気にしない…碇くんはどう思う?」
 「えっ?」
 「入れた方がいい?それとも出した方がいい?」
 「そうね、私はシンジが気に入った方にするわ。」
 「あのさ、二人とも…僕の好みに合わせても学校がダメって言ったら意味ないだろ?」
 というように周囲の喧騒など我関せずな者もいた。
 「ちょっとちょっと、男子も女子もケンカ腰にならないで。はい、STOP!」
 男子と女子も加熱し過ぎだと感じたミサトは言い合いを一先ずやめさせた。
 「ミサト先生はどう思ってるんですか?」
 「そうね…要するに着こなしの問題だと思うけど、シャツを外に出してる姿をどう思うかと言えば、やっぱりみっともないって気がするわね。まあ、みんなよりチョッチ年上な分だけ、センスが違うのかもしれないけど。」
 「でも、相手の意見も聞かずに一方的に押し付けるってやり方もよくないんじゃないですか?」
 普段ワイシャツをズボンの外に出しているケンスケは女子生徒達とは理由は違うが学校側の御達しには反対らしい。
 “シャツの裾から少しブルマーが見えているのが萌えるんじゃないか!”
 ………やっぱりこいつは放っておこう。
 「だけど、ブルマーが見えないほど大きいシャツを着ているのはやっぱりちょっと変な感じがするし、そこが先生達にお説教の口実を与えていると思うけどねぇ。」
 女子生徒達に一番人気があるカヲルのその発言で、彼女達は何となく意気消沈したような感じになった。
 が、カヲルの意見を聞いていたシンジはその言葉からふとあるアイデアが頭に浮かんだ。
 「あの、ちょっといいかな?…女子のみんなは、ブルマーのゴムの部分が見えるのが嫌なんだよね?と言う事は、見えなければ学校からのお達しを守ってもいいんじゃない?」
 「碇くん…言ってる事がよくわからないんだけど…シャツをブルマーの中に入れてどうやってゴムの部分を隠すのかしら?」
 「つまり…。」
 シンジは前に出ると、黒板に絵を描いて説明した。
 「ほら、こうやってブルマーに入れるシャツの裾を少しにすれば、弛ませた部分でゴムの部分を隠す事ができる筈だよ。」
 「ああ、成る程〜。」
 「流石碇くん、見事な折衷案だわ。」
 「これなら問題ないわね。」
 女子生徒達はみな感心した。
 という訳で、生徒達は全員学校からの御達しは一応守る、女子で恥ずかしい者はシンジ提案の着こなしで乗りきるという事に決まった。
 「途中で男子と女子の間で険悪なムードになったけど、全員で喧々諤々の議論をして最終的にちゃんと方針を決定できたのは喜ばしい事だと思います。この調子で明日の本番もみんな一致団結して頑張りましょう。」
 こうしてブルマー騒動は一件落着した…かのように見えたのだが…。


 「はい、これ。」
 と、シンジの前に一枚のブルマーが現れたのである。勿論、新品である。
 「ミサト先生、これを僕にどうしろと…?」
 「多分、サイズは合ってると思うわ。」
 「いや、だから、どういう事ですか?」
 「あー、説明している時間が無いの、早くそれを着て来て。」
 有無を言わさぬ雰囲気のミサトだが、そこにヒカリが口を挟んだ。
 「ちょっと待って下さい、ミサト先生。それじゃ碇くんには訳がわからないと思います。」
 「いや〜、先に着替えて貰ってから説明しようかなーって…。」
 そのミサトのヘラヘラした口調にシンジは気付いた。
 「…何か企んでいますね、ミサト先生?」
 「え?やだなー、シンジくんったら、別に何も企んでなんかいないわよン。」
 ミサトはチャラチャラと手を振って否定したが、そのニヤケた顔でバレバレだった。
 話が一向に進まないのでイラついたアスカが割り込んだ。
 「もうっ、私から説明するわ!実はね、水沢さんが午前中のクラブ対抗二人三脚で足を捻っちゃって、どうやらムカデ競争に出られそうも無いの。それで…。」
 「誰か男子に女装して貰って代役して貰うしかないの。それで選ばれたのがシンジくんという訳。」
 「そ、そんな…。」
 「訳は聞いたわね?じゃあ、さっさと着替えてきて。」
 「でも、何で僕が…誰が考え付いたんですか、そのアイデア?」
 「勿論、この私よっ!」
 何故かミサトは意味不明に胸を張った。だが、途端にシンジは不機嫌な顔になった。
 「いい加減に僕をからかうのは止めて下さい!修学旅行の水泳の特訓の時だって…。」
 「からかってなんかいないわ。それに、クラブ対抗二人三脚で女装してたじゃないの。今更恥ずかしがる必要ないでしょ?」
 「あ、あれは仮装だから冗談だってわかってるから…。」
 その時、カーテンの奥から声がした。
 「フフッ、お困りのようだね、シンジくん。」
 「その声は…。」
 「その代役、この僕がお引き受けしよう。」
 カーテンを開けてカヲルが颯爽と?現れた。
 「カヲルくん…。」
 「そうか…確かに碇君も中性的なイメージだけど、渚君の方がより女性的な雰囲気があるものね。」
 「うん、いいかも。」
 女子の一部も賛同し始めた。このままでは、ミサトの<シンジくんのブルマー姿を堪能しちゃおう計画>(←何じゃそれは!?)が頓挫してしまう…。
 「カヲルくん…いいの?」
 「勿論。僕は君の騎士(ナイト)、助けるのは当然さ。」
 「ありがとう、カヲルくん。」
 「渚、今回ばかりはあんたに感謝しなければいけないわね。…って言うか、すぐ傍にいたのなら早く出てきなさいよ!」
 アスカも一安心…そして別の事に気付いてすぐにお冠。
 とにかく、これでシンジはピンチ脱出…と思いきや。
 「あー、チョッチ待った!生憎だけど、それは賛成できないわ。」
 灰色の脳細胞をフル回転させ、妙案を思い付いたミサトは早速口を挟んだ。
 「何でですか?」
 「やっぱり、後ろ向きな人より前向きな人にお願いした方がいいんじゃないんですか?」
 女子の数名がミサトに異論を唱えるが。
 「いや、だって、その髪の毛はどうやって誤魔化すの?」
 確かに、その特異的な銀髪を見れば、誰もがそれがカヲルだと気付くことは明白だった。
 「あ、それもそうね…。」
 「いいのさ。シンジくんの為ならば、僕は敢えて女装者の侮蔑を甘んじて受けよう。」
 「…カヲルくん…ごめん…。」
 だが、カヲルのその反応もミサトには想定内だった。
 「あのねぇ、渚くん…男子が女装して代役してるってバレたら元も子もないのよ。わかる?」
 「あ…ルール違反という事ですか…。」
 「…じゃあ、やっぱり碇君にお願いするしかないわね…。」
 「そ、そんな…。」
 「お願い、碇くん、私達を助けて頂戴。」
 女子のほとんど全員が済まなさそうに拝み手で頭を垂れてきた。
 「シンジくん、こんなに沢山の女のコにお願いされて引き受けないなんて、男らしくないわよ?」
 「…え…えっと…。」
 ミサトの言葉にシンジが進退窮まったその時…。



 話は一旦、当日の朝に戻る。
 今日の空模様は朝から雲一つ無い快晴だった。
 「うーん…いい天気だ。」
 ベランダで伸びをしながらシンジが空を見上げると。
 「正に体育祭日和ってやつね。」
 隣のベランダからアスカが声を掛けてきた。
 「おはよう、アスカ。」
 「おはよう、シンジ。」
 「身体の調子は万全?」
 「勿論。シンジは?」
 「フッ…問題ない。」
 シンジはゲンドウのモノマネで答えた。
 「アハハハ、今日は頑張ろうね、シンジ。」
 「うん、アスカもね。」
 「シンジー、朝ごはんできたわよー。」
 「はーい。じゃあ、また後でね。」
 「うん。」
 いつもならゆっくりとした日曜日の朝の筈だが、今日は平日どおりの時間にシンジが学校に行くという事もあってか、いつもなら一番起きてくるのが遅いゲンドウが既にテーブルに付いて新聞を読んでいた。
 「今日は早いんだね、父さん。」
 「うむ…シンジ、今日は運動会だったな。」
 「あなた、最近は運動会ではなくて体育祭と言うそうですよ。」
 「む、そうか…それでだ、今日はお昼からユイと共に応援に行くからな。お隣のキョウコくんも一緒だ。」
 「それは嬉しいけど…いつかの授業参観みたいなのは無しだよ?」
 「う、うむ…。」
 以前、授業参観(ミサトの歴史の授業)にやってきたゲンドウは、質問されたシンジに要らぬアドバイスを送るなど、少々暴走気味だったのだ。
 「それと、お弁当はその時に持っていくから、お昼はキョウコやアスカちゃん達と一緒に食べましょう。」
 「うん。楽しみにしてるよ。そうだ、午後の競技に家族参加の玉入れがあるんだけど…。」
 「おお、玉入れか。それなら出るのにやぶさかではないぞ。なあ、ユイ。」
 「ええ。赤チームの為にも頑張らなくちゃね。」
 「うん。期待してるよ。」

 そして時刻はAM9:30となり、第一中の体育祭が始まった。
 入場門から入った生徒達がマーチに乗って…いや、マーチのリズムに合わせてグラウンドを行進していく。ちなみに入場の順番は赤・青・緑・黄のチームごとではなく、1A→1B〜3C→3Dのようにクラスごとである。なお、例の女子のブルマー問題はその後生徒会から学校側に申し入れがあり、この入場行進・開会式・準備体操や競技中、最後の整理体操と閉会式のみ、学校側のお達しを守ればよいという事になった。要するに、見ていないところでは自由にしていいと言う事だ。
 入場が終了すると、校長先生の開催宣言、来賓の挨拶、前年優勝の黄チームから優勝旗返還があり、続いて4チームの主将全員による選手宣誓が行われた。
 「我々は、スポーツマン・シップに則り、正々堂々と力の限りプレーする事を誓います!」
 昨今の高校野球のように独創的な文言を無理に取り入れる事はせず、極めてシンプルな選手宣誓だった。まあ、それにも裏話があって…。
 なあ、ヒカリ…スポーツマン・シップに乗っ取りってどういう意味や?スポーツマンが乗ってる船を海賊がハイジャックするんか?
 主将会議で選手宣誓の文言を検討すると言う事で、赤チームの主将でもあるトウジから相談されたヒカリは件の文面を案として見せたのだが、真顔でそんな質問をしてきたトウジにヒカリは思わず絶句したそうな…。
 さて、準備体操(ラジオ体操第一)が済んだらようやく競技の開始である。
 オッフェンバックの<天国と地獄>、ネッケの<クシコス・ポスト>、アンダーソンの<トランペット吹きの休日>、カバレフスキーの<道化師〜ギャロップ>、ハチャトゥリアンの<ガイーヌ〜剣の舞>、ロッシーニの<ウィリアム・テル〜序曲>、チャイコフスキーの<胡桃割人形〜トレパック>、ヨハン・シュトラウスU世の<雷鳴と雷光>等々、定番の曲をBGMにまずは各学年・男女別の100m走。
 続いて団体競技が一年女子の大玉転がし、一年男子の綱引き、二年女子の棒回しの順で行われていった。
 結果を言えばシンジ達は100m走で全員一等賞を取ったものの、中間発表では二連覇を狙うトップの黄チームに50点以上の差を付けられての最下位と言う状況だった。
 「50点差か…芳しくない状況だね。」
 「シンジ、まだ始まったばかりやないか。まだまだ、これからやで。」
 「そうよ。団体競技を頑張れば、まだまだ逆転可能よ。」
 そう、100m走等の個人競技では得点は1位:4点、2位:3点、3位:2点、4位:1点なのだが、これが団体競技になると10倍の1位:40点、2位:30点、3位:20点、4位:10点となるのだ。
 さて、ここで生徒達の息抜きという意味合いも込めて?次の競技は各クラスの担任教師によるフリスビー投げとなっていた。
 「それっ!」
 加持の投擲はそれまでの一番だった日向の記録を抜き、体育の教師としての面目は保ったようだ。その後の青葉、マヤ、その他もなかなか加持の記録を超えられない。どうやら加持の優勝か…だが、次の投擲者はミサトだった。
 「ちょんわー!」
 まるで青田赤道のような奇声をあげたミサトは、テニスのバックハンドのような普通のサイドスローとは異なり、野球のようなオーバースローでフリスビーを投げた。そのフリスビーは落下した後もコロコロと地面を転がっていき、結局加持のものよりも10m遠くまで達した所で止まった。
 「お、おまえ、あんな投げ方があるかよ…。」
 「あーら、別に投げ方に決まりは無かったわよン。」
 唖然とする加持にミサトはニッコリ笑顔でVサインを決めた。
 「ふふっ、まだ勝ったと思うのは早いのではないかしら?」
 最後の投擲者であるリツコは不敵に笑った。
 「あら?リツコに私の記録が破れるかしら?」
 「貴女の投げ方がとっても参考になったわ。見てらっしゃい。」
 そしてリツコは…何と水原勇気ばりのアンダーハンドでフリスビーを放った。低い位置から投げられた為、すぐにフリスビーは地面に落ちたがそれでもどんどん転がっていき、とうとうミサトの記録を1m超えたところで止まった。
 「ゲッ…その手があったか…リツコがボーリングが得意だったって事、忘れてた…最後に投げればよかったわ…。」
 こうして昔取った杵柄とばかりリツコが優勝…と思われたのだが。
 『えー、赤木先生はフリスビーを投げたと言うよりは転がしたという感じが強いので記録は無効とします。従って、優勝はミサト先生です。』
 一斉に赤チームの観覧席から歓声が上がった。
 「だとさ。」
 「どうしてよ!?ソフトボールと同じ投げ方じゃない!何がいけないって言うのよ!?」
 リツコは断固として抗議すべく、審判員席へ向かった。
 なんだかんだで結局、リツコの投げ方は特別に今回限りという事で認められ、見事副賞(招き猫の置物)をゲットしたのだがそれはともかく、3A担任のミサトの優勝で赤チームはトップの黄チームとの点差を少しは縮める事ができた。
 さて、その頃シンジ達は…グラウンド脇の各体育系の部室で着替えていた。
 各チームの点数とは関係ないが、恒例のクラブ対抗二人三脚競争に出場するのだ。だが、わざわざ体育祭という場でやる以上、ただの二人三脚である筈がなかった。
 「花は桜木、男は花道!」
 赤い髪の毛のズラをつけたバスケットのユニホーム姿のトウジはバスケットボールを片手にポーズ(何の?)を取った。
 「ひろみ、準備はよくて?」
 金髪のクルクルの巻き髪のウィッグをつけたテニスウェア姿のアスカはテニスラケットを片手にポーズ(何の?)を取った。
 つまり、仮装しての二人三脚なのだ。と言っても、どちらか片方が仮装をしていればいい訳だが。
 「この場合、二人三脚って言うのかしら?」
 レイはニックネームどおり人魚姫の衣装を着たのだが、尻尾の部分で両足がくるまれているので、走れるかどうか甚だ疑問である。
 「ふふっ、どうやら水泳部は勝負を投げたも同然ね。」
 何故か背中に羽の生えたバレリーナのコスプレをしたレミはほくそえんだ。
 「明日の生徒会長は…サキチ、君だ。」「柏原センパイ…ポ(はぁと)」
 花山学院高校の制服に身を包んだノゾミは一人芝居であっちの世界に…。
 「ボ、ボクはウサギだから、難しい事はわからないんだな…。」
 ウサギの着ぐるみ姿のナツキは少々赤面している。
 「みんな、ノリがいいわね…。」
 ヒカリはみんなと違ってコック姿という割と普通のカッコであるが、色は何故か銀。
 「行くぞ、必殺!エヴァ・ハリケーン!」
 何とエヴァ初号機のコスプレをしてきたケンスケは、そんなセリフを吐いてポーズ(だから何の?)を決めた。
 「やれやれ、そんな必殺技聞いた事無いよ。ねえ、シンジくん…あれ?」
 全身黒づくめで胸にBHと書かれた悪魔超人のコスプレをしていたカヲルはシンジの姿が見当たらないのに気づいた。
 果たしてシンジは…実はみんなのすぐ傍にいた。
 「…み、みなさん、ごきげんよう…。」
 その声に一同は振り向いた。そこには、ユリアン女学園高校らしき制服に身を包んだシンジがいた。すぐには本人とわからなかったのは、セミロングの鬘を付けてその髪の毛をリボンで左右に纏めていたからだった。
 「…シ、シンジ?」
 「嘘…全然わからなかった…。」
 「碇くん…ステキ。」
 「綾波、それはホメ方が違うんじゃないか?」
 「流石シンジくん、何を着ても似合うよ。」
 「それもちゃうやろっ!」
 “そして、二人は愛の花園へ…。”
 「よかった、サイズはピッタリですね。」
 「シンジくん…って言う呼び方は変だから…シンジのシを取ってシーナっていうのはどうかしら?」
 唖然茫然とする者、見当外れのコメントをする者、それにツッコミを入れる者、トリップする者、仕掛け人として安堵する者、勝手にネーミングしようとする者…反応はさまざまだった。
 ちなみに他のクラブ・同好会はと言うと、野球部:東京メッツと千葉パイレーツ、バレー部:立木大和とヤシマ、陸上部:ダ・シルバとアンデルセン、体操部:チャフラフスカとコマネチ、化学実験同好会:博士と助手、と言う仮装なのか普通のユニホーム姿なのかわからないものであった。
 クラブ対抗二人三脚レースに出場する16名が入場してくると、一斉に笑い声やオドロキの声や黄色い声がグラウンドに響き渡った。
 スターターを勤める根府川先生の胸には、声を大きくする為のピンマイクが付いている。
 『えー…それでは位置について…用意…。』
 と、アシスタントが何かに気付いた。
 『根府川先生、根府川先生、ピストルを選手の方に向けないで下さい!』
 ワザとか、それともマジか、見事なボケに笑い声がまた巻き起こった。
 『あー、これはすみませんね…それではもう一度…位置について…用意…。』
 根府川はスターターの引き金を引いた…だが、火薬がたまたまシけっていたのか、音が出なかった。
 『すいません、スターターが故障したみたいです。』
 『えー、それではどうしましょうかね…この際、口で合図する事にしますか…それではもう一度…。』
再びしきり直しとなった。
 『…位置について…用意…どん、と言ったらスタートですよ。』
 「「「「「「「「「「「「「「「だあぁっ!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」
 果たしてそのギャグは一体いつの時代のものなのか?江戸時代か?縄文時代か?それはともかく、あまりにも古過ぎて知らない為、生徒達はほとんど引っ掛かってずっこけた。
 「ユイ、あの先生もなかなか面白い事を言うではないか。」
 「…何が面白いんですか?わざと紛らわしい事を言って子供達を困らせるなんて…。」
 「でも、動じない子供もいるみたいよ?」
 キョウコの言うとおり、1チームだけ…美術部のレミとその相方だけは何故か転ばずに立っていた。もっとも、相方が一瞬反応してよろけたのをレミが支えたからだったが。
 「…今、どんって言いましたよね?つまり、スタートしていいんですよね?」
 レミの冷ややかな視線に思わず根府川は首を縦に振った。
 「オッケー、行くわよ!」
 かくして、他のチームがずっこけている間にスタートした美術部は全く危なげなく100mを走りきり、クラブ対抗二人三脚を圧勝したのだった。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION2

CHILDREN’S GRAFFITI

EPISODE:7 SWEAT AND TEARS FOR BOYS AND GIRLS



 午前の部は終了し、昼食となった。生徒達は家族が応援に来ている者は家族と、そうでない者はそれなりに散らばってお弁当を楽しむ事にした。
 碇一家と惣流一家は体育館のステージの上に陣取ってお弁当を広げた。
 「二人とも、100m走の結果はどうだったの?」
 「二人とも1位でした。」
 ユイが二人に訊くとすかさずアスカが答えた。
 「そうか、一等賞か。よくやったな、シンジ。」
 「でも、僕は何とか1位だったけど、アスカはブッチぎりだったよ。」
 ゲンドウに褒められて面映いシンジはテレ隠しに?アスカを持ち上げた。
 「よくやったわ、アスカ。ご褒美にこっちもあげるわ。」
 キョウコはアスカの大好物のハンバーグを自分の皿からアスカのお皿に移した。
 「二人とも後は何に出るの?」
 「僕は騎馬戦とリレー。」
 「私は障害物競走とムカデ競争とリレー。」
 「そんなにいっぱい出て大丈夫?」
 「ええ、大丈夫です、お義母様。体力には自信がありますから。」
 そう言うアスカの内心は…。
 “水泳大会ではファーストに活躍されっ放しだったけど、陸の上ならこっちのものよ。”
 「はっはっは、シンジ、お前ももっと強くならんと将来尻に敷かれるぞ。」
 そう言うゲンドウも既に半分はユイの尻に敷かれているのだが。
 「やだ、お義父様ったら…私、そんな事しませんってば。」
 「そうそう、アスカはお料理についてはまだまだシンジくんには敵わないものね。」
 等と和気藹々と談笑しながら碇一家と惣流一家が昼食を楽しんでいる頃、保健室では…。
 「二人とも、お弁当を食べたらそこのベッドでゆっくりと休息しなさい。ミサトには私から言っておくから。」
 「大丈夫、食べてすぐに寝たからって牛になったりしないから安心して。」
 「マヤ…そういう事じゃないでしょ。」
 レイとカヲルは保護者代わりのリツコとその助手?のマヤと共に保健室で昼食を取っていた。いつもは手っ取り早く出来る出来合いのお弁当なのだが、今回だけは特別なメニューをリツコとマヤが協力して作ってきたのだ。
 「でも…こうしている間にも碇くんとファーストが接近しているかも…。」
 「あまり早く活動を開始すると、その分効果が早目に出過ぎて無駄になってしまうのよ。」
 「まあ、気持ちはわかるけど、ここはおとなしく二人のアドバイスに従った方が懸命だよ。」
 「…そうね、わかったわ。」
 どうやら、こちらもこちらで何か企んでいるようだった。
 一方その頃、グラウンド脇の木陰では…。
 「ほう、トウジくんは赤チームのキャプテンなのか。」
 「ええ、まあ、その、体力には自信ありますんで。」
 トウジはヒカリの父、ツバサの前で少々緊張気味。
 「だが、現在赤チームは最下位みたいだな。もっとしっかりせんとこのままズルズルといってしまいかねんぞ?」
 「いえ、あの、おじさん、トウジはちゃんと頑張ってますよ。この後、騎馬戦やリレーがありますけど、きっと大活躍してくれる筈です。」
 トウジの父、シュウトのお小言らしき言葉にヒカリは必死にトウジを弁護。
 「ぷぷぷ…ヒカリ、必死だね。」
 コダマは笑いそうになるのを必死に堪えている。
 「ちょっと、ナツキ。ブロッコリーもちゃんと食べなさい。ノゾミちゃんは全部食べてるじゃないの。」
 ナツキの母、ハルカがナツキの好き嫌いにお小言を言うと。
 「あ、じゃあ、私が食べてあげようか?」
 「はい、お願いします。」
 ノゾミが助け舟を出すと、ナツキはこれ幸いとばかりにすぐ乗り込んだ。
 「もう…ごめんなさいね、このコったらまだ好き嫌いが直らなくて…。」
 「いえいえ…(ホントは、さっさと食べないと誰かが横から掠め取っていくから好き嫌いなんて言ってられないだけなんだけど)。」
 さて、また一方その頃、3Aの教室内では…。
 「教室の椅子を観覧席の方に持っていくからこのザマだよ…体育館の椅子を使わせるとか、もう少し考えろってんだ…。」
 生徒達がいつも教室で使っている椅子は現在グラウンドの観覧席のテント内にあるので、教室で昼食を取る場合は机の上に座るか床に直接座るかしかない。机の上に座るとお弁当は自分の膝の上に置かねばならず、安定しない為に落っことす恐れがある。床の上に座るとお弁当は床の上に置かねばならず(机の上だと高くなって食べずらい)、衛生的に問題がある。で、後者の方を取ったケンスケはこうなった原因を考えて先の恨み言を言いながらお弁当を一人侘しく食べている訳である。
 さて、またまた一方その頃、校舎の屋上では…。
 「うーん…いい風…屋外で食べるお弁当はまた格別な感じがするわね…あのコ達も連れてくればよかったかな?」
 レミは一人、穏やかな陽射しの中、爽やかな風に包まれながら、お手製の弁当を広げた。
 「うん、美味しい。」
 
 さて、午後の部は腹ごなしに?各チームの応援合戦から始まった。各クラスから選抜された男女応援リーダー計6名が各チームの前に集合し、太鼓の音にあわせて三・三・七拍子などの演舞を披露し、チームを盛り上げていった。
 その陰で、次の競技の準備がせっせと行われていた。準備に一番手間がかかる障害物競走である。最初の関門は普通のハードル、続いてネットくぐり、平均台、風船割り、麻袋ジャンプ、跳び箱、前転、スプーン競争と続き、最後はパン喰い競争となっていた。
 “アスカ…いくわよ!”
 自ら立候補して選手になった手前、狙うはTOPでのゴールインのみ。もし、最下位にでもなろうものなら、レイから某マッド・サイエンティストのモノマネで「無様ね。」と冷たく罵られるであろう事は目に見えている。
 号砲と共に一気に飛び出したアスカは一番で障害物を次々とクリアしていく。だが、麻袋ジャンプの時…。
 「アスカ、頑張れーっ!」
 シンジの声援が聞こえたのでふと顔を向けた瞬間、バランスを崩してアスカは転んでしまった。
 「しまった!」
 慌てて立ち上がろうとしても、脚が麻袋の中なのでなかなか立てない。その間にも引き離していた後続がどんどん追いついてくる。シンジの見ている前で失敗してしまったという事も相まって、焦りがアスカから冷静さをどんどん奪っていった。
 「立てー!立て立て!立つんや惣流ーっ!!」
 トウジが大声を上げた。
 「落ち着いて、惣流さん!後で必ず挽回できるから、とにかくまずは立ち上がる事に集中して!」
 “…!”
 レミのその声で何故か落ち着きを取り戻したアスカは何とか立ち上がると、集中力とアドレナリンをさらに増大させて最後尾から怒涛の追い上げを開始した。そして最後のパン喰い競争では一発でパンをキャッチし、結局は見事TOPでゴールインしたのだった。
 「アスカ…よかった…。」
 「うーん…やっぱりシンジは綾波や惣流が出る時は声を出さない方がいいんじゃないか?」
 「そうか…いや、つい出ちゃって…。」
 そこに、汗だくになったアスカが戻ってきた。
 「ゴメン、シンジ…コケちゃった。」
 「何言ってるんだよ、アスカ。転んでもちゃんと一位になったじゃないか。アスカは立派だよ。」
 シンジのその言葉にアスカは何か熱いものが胸からこみ上げてきて…涙腺から零れ落ちた。
 「シンジ…あたし…あたし…。」
 「ちょっ…ア、アスカ、何で泣くの?」
 「ニブイな〜、シンジくん。こういう時は男らしくそっと抱きしめてあげないと。」
 「そうや、ガツンと抱いたれィ!」
 「その言い方もちょっと違うけどな。」
 「…こほん…アスカ…。」
 みんなに促されたシンジが一つ咳払いをしてアスカを抱きしめようとすると…。
 「あ、待って、今あたし汗臭いからダメ!」
 アスカはぱっと自分のスポーツタオルを片手に何処へと走っていった。
 「おーい、惣流!そんなに急いで何処行くんやー!」
 「ニブイわね〜、着替えに行ったのよ。」
 “…綾波さんと渚くんがこの場にいなくてよかった…。”
 いたら修羅場になっていたかもしれない…ほっと安堵するヒカリだった。
 さてその頃、グラウンド内には次の家族参加競技に出場する人々が入場してきていた。赤チームには碇ゲンドウ・ユイ夫妻、惣流キョウコ、鈴原シュウト・ハルカ夫妻、洞木ツバサ、相田カツヒコ(ケンスケ父)等々の面々が次々にやる気満々で堂々と入場していた。
 「ありゃ?あれ、ケンスケのオトンとちゃうか?」
 「あれ、ホントだ。何だよ、来るなんて聞いてねえぞ、親父。」
 トウジの指差す方に自分の父の姿を確認したケンスケは内心嬉しかったのだが、おくびにも出さなかった。
 家族参加という事で単純な競技として選ばれたのは玉入れ。赤チームは現在最下位という事もあって、子供達の為に頑張ろうという意気込みが強かった上に他のチームと違って規定の人数に達していたせいか、見事に一等を取り、赤チームはトップの黄チームとの点差を少しは縮める事ができた。
 だが、好事魔多しという言葉どおり、赤チーム(と言うよりシンジ)にピンチが忍び寄っていた。
 現在、グラウンドではゲストとして近隣の高校のマーチング・バンドによる演舞が行われている。
 「委員長に呼ばれて来たんだけど?」
 シンジがやってきた保健室には、ミサト以下3Aの女子が全員揃っていた。
 「まあ、座って。」
 ミサトに促されて椅子に座ったシンジ。
 「はい、これ。」
 そして、シンジに一枚のブルマーが渡されたのである。
 都合により経緯は省略するとして、シンジはブルマー姿で人前に出る事を依頼され、窮地に陥った。
 だがその時…。
 「我々は、スポーツマン・シップに則り、正々堂々と力の限りプレーする事を誓います!」
 その声に、その場にいた全員が振り向いた。視線の先には、手を上げて宣誓の文言を諳んじたレミがいた。
 「みんな、ズルをしてまで勝利が欲しいの?誰かに嫌な思いをさせてまで勝ちたいの?」
 「綾野さん…。」
 レミの真摯な訴えに誰もが言葉を失った。
 「それに、私達を指導する立場にある先生が私達にズルを薦めるなんて、おかしくありませんか?私達にルールを守らない人間になれと言うんですか?」
 「…え…いや…そ、その…。」
 ミサトはレミの言葉に全く何も言い返す事はできなかった。
 「10点マイナスのペナルティが何よ。それぐらい後で挽回できるわ。だから、正々堂々と戦いましょう。」
 「…そうよ、綾野さんの言うとおりだわ。ズルをしてつかんだ勝利なんて嬉しくも何ともないわ。私はやっぱり反対。シンジを女装させるぐらいなら、正々堂々と戦って負けた方がいいもの。」
 「そうね、私もそう思う。」
 「何かね、後味悪い気がする。」
 「碇くんにも悪いしね。」
 アスカの言葉に女子達も同調し始めた。
 「それじゃあ、みんな、ミサト先生の案には全員反対でいいわね?」
 「異議無ーし!!!」
 「男子の意見は聞かなくていいのかい?」
 「渚くん、それは無用よ。昨日とは違ってこれこそ女子だけの問題だから。」
 「…ま、みんながそれでいいと言うなら仕方ないか。」
 ミサトは肩を竦めて納得したようだ。
 「…仕方ない?」
 「あ、いや、こっちの話だから、別にシンジくんは気にしないでいいわ。」
 シンジの疑惑の眼差しにミサトは慌てて誤魔化した。
 「…何を騒いでいるの?」
 奥のカーテンを開いてレイが寝ぼけ眼で起きてきた。
 「やれやれ…シンジくんがピンチだったというのに、相変わらず暢気だねぇ…。」
 「えっ?碇くんが!?」
 すわ一大事とばかり、慌ててレイはベッドから飛び降りてきたが、その前にアスカが立ち塞がった。
 「遅い!とっくに問題は解決したわ。今更あんたの出る幕は無いわよ!」
 レイの目前に指を突きつけたアスカだったが。
 「アスカ…碇くんを助けたのは貴女じゃなくて綾野さんでしょ?」
 「…そうだった…。」
 ヒカリに言われてアスカがレミの姿を探すと、既に他の女子達と一緒に出たらしくもう保健室内にはいなかった。
 「…あれ、そう言えばシンジくんもいない…。」
 「…まさかっ!?」
 アスカは慌てて保健室を飛び出していった。何か誤解しているようだ。
 「さあ、貴方達もそろそろ行きなさい。」
 リツコはカヲルとレイを促した。
 「最後のリレーの時、貴方達の運動能力はMAXになるわ。頑張ってらっしゃい。」
 「はい。」「ええ。」
 
 体育祭もそろそろ終盤戦。二年男子団体競技の棒倒しの次は、いよいよ三年女子団体競技の百足競争だ。既に審判に一名人数が足りない事は申告してある。後は何とか三位以上に入って10点マイナスのペナルティを喰らってもノーポイントにならないよう頑張るだけである。
 そしてスタートの号砲と共に、ムカデ競争は始まった。
 「イチ、ニ、イチ、ニ…。」
 掛け声を出しながらゴムチューブでつながれた足を踏み出し、50m先の折り返し地点めがけて各チームは進んでいく。まずリードしたのは黄チーム。続いて青チーム、緑チーム、赤チームは出遅れた。
 「行けーっ!足並み揃えていざ進めーっ!」
 トウジは赤チームの旗を大きく振って鼓舞した。そのおかげか、赤チームはどんどん加速した。前半で緑チームを抜き、折り返し地点のコーンを回る時に青チームを抜いた。そして、焦った黄チームはとうとうゴールまであと10mという所でバランスを崩し、転倒した。
 黄チームの観覧席から悲鳴と溜息が、赤チームの観覧席からは歓声が沸き起こった。
 そして、このチャンスを生かし、赤チームは見事先頭でゴールインをしたのだった。
 『優勝は赤チームです。ただし、出場選手が規定の人数に達していないので、得点は10点減点されて2位の黄チームと同じ30点です。』
 「女子のみんな、よくやった!おめでとう!」
 「ありがとう。男子のみんなも頑張ってね。」
 次の競技に出場する為に準備していた3Aの男子が退場してきた3Aの女子を拍手で出迎えると、女子もそれに答えて男子にエールを送った。
 いよいよ次は三年男子団体競技の騎馬戦だ。
 各チームは騎馬を作ると勇壮なテーマ曲に乗って入場した。黄チームはエルガーの<威風堂々>、緑チームはヴェルディの<アイーダ〜凱旋行進曲>、青チームはビゼーの<アルルの女〜前奏曲>、そして赤チームは…。
 『♪INOKI,Boma Ye!INOKI,Boma Ye!』
 「これって何の曲?」
 女子のほとんどは知らなかったらしい。
 「成る程〜、闘志を燃やすには燃える闘魂のテーマ曲がピッタリと言うわけね。」
 レミはうんうんと頷いた。
 騎馬戦の試合形式は5vs5の勝ち抜き戦である。一回戦は赤チームvs緑チーム、青チームvs黄チーム。
 「いくでぇ!五人抜きや!」
 先頭にカヲル、右にケンスケ、左にシンジで組んだ騎馬に乗ったトウジは圧倒的な強さで勝ち抜いていき、あれよあれよと言う間に赤チームは優勝してしまった。
 「いくらなんでも端折り過ぎだよっ!」
 「シンジくん、誰に言ってるんだい?」
 ちなみに2位は青チーム、3位は緑チーム、最下位が黄チーム。この結果、総合順位は青チームが黄チームを抜いてトップに立った。
 残る競技はいよいよ100m×4の総力リレーのみである。これは総力と言う事で、全学年の垣根を取っ払って選手を出す事ができる。男女混合の場合では必ずしも男女が2名ずつ出なくてもよい。
 この最後の大勝負に出場する赤チームの精鋭は、男子の部がシンジ、ケンスケ、トウジと2年の八巻ケン、女子の部がアスカ、レミ、ヒカリと2年の八巻ハルナ、そして男女混合がナツキ(1年)、ノゾミ(2年)、レイ、カヲルである。
 最後の決戦を前に、赤チームの出場選手は円陣を組んだ。気合を入れる為…だったのだが、ここぞと言う時にトウジは頭に血が上って言葉が出なかった。
 「…済まん、言葉が出てこん…シンジ、代わりに何か言うたってくれ。」
 「え?…急にそんなムチャ振りされても…。」
 「シンジ、何か言ってよ。」
 「碇くん、お願い。」
 「シンジくんの言葉なら、きっとみんなの心を一つにできる…僕はそう思うよ。」
 「…うーん…それでは…。」
 シンジは少し考えて口を開いた。
 「昔、誰かが僕とアスカと綾波にこう言った。『みんなは強い、協力すれば必ず勝てる。』ってね。」
 “!”
 “!”
 特に何の飾りもない、普通の言葉だった。だが、アスカとレイにはそれだけでわかった。
 「それだけ…ですか?」
 ナツキやノゾミその他は呆気に取られた。
 「言葉を飾る必要はないわ。」
 「みんなで頑張る、それだけでいいのよ。」
 「よっしゃ、気合入れて行くでぇ!赤チーム、ファイトォ!!」
 「「「「「「「「「「「「「「「オー!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」
 いよいよ、最後の総力リレーが始まった。
 男子の部も女子の部も、第一走者の八巻ケン・ハルナ兄妹のスタートダッシュが素晴らしく、その後シンジ→ケンスケ→トウジ、ヒカリ→レミ→アスカとバトンをつないだ赤チームは見事連続で1位を取った。
 これで総合順位は1位緑チーム、2位青チーム、3位黄チーム、4位赤チームとなったが、点差は10点差以内。最後の男女混合リレーで1位を取ったチームが総合優勝となる。
 とうとう泣いても笑っても最後の競技、男女混合リレー。赤チームの走者はカヲル→レイ→ノゾミ→ナツキの順。第一走者のカヲルと次のレイでリードを稼ぐ作戦だ。リツコの預言(?)どおり、二人は爆発的な走力を発揮してリードを広げた。
 「ノゾミ、頑張れーっ!」
 第三走者のノゾミも懸命に走るが、他のチームは全員3年生であり、徐々に差が詰まっていく。それでもノゾミはアンカーのナツキにTOPでバトンを渡す事ができた。バトンの受け渡しに多少もたつきはしたが。
 「ナツキちゃん、行けーっ!」
 シンジの声援に応えてナツキは懸命に走った。
 “…ナツキ…お前がこない元気に走っとるとは…。”
 かつて第三新東京市に住んでいた時に[使徒]の襲来で重傷を負い、歩く事もままならなかったナツキが今は風のように走っている。それを見て、トウジは思わず涙腺が緩んだ。
 だが…。
 「あああーっ!!!」
 周囲の悲鳴にも似た絶叫にトウジははっとした。無情にも、ナツキはゴールまであと僅か10mというところで転んでしまったのである。直ぐに起き上がったものの、ナツキは足を痛めたらしく、全力で走るのは無理だった。
 結局、ナツキは最下位でゴールしたものの、そのまま保健室直行となった…。

 整理体操(ラジオ体操第二)に続いて閉会式が行われた。優勝は黄チーム、2位緑チーム、3位青チーム、結局赤チームは4位に終わった。
 閉会式が終わると、シンジ達はすぐに保健室に駆けつけた。
 「赤木先生、ナツキの足の具合はどうなんでっか?」
 「心配しないで。捻っただけだし、じっとしてれば直るわ。」
 「良かった…で、ナツキは何処に?」
 すると、リツコは奥のカーテンの一つを開いた。
 「お兄さん達が心配して来たわよ。」
 だが、ナツキはタオルケットの中に顔を埋めていた。最後の最後で大失敗してしまった事を気にして、みんなに合わせる顔がなかったのだ。
 「ナツキ…お前はよう頑張った…過ぎた事を気にしても始まらんで。」
 「でも…でも…私のせいで…。」
 泣き声でナツキはそれだけしか答えられなかった。
 「ナツキちゃん…君には、今よりもずっと辛い時があったじゃないか。あの頃に比べたら、今日の失敗なんて些細な事だと思うよ。…って、僕が言えた義理じゃなかったね。」
 「…シンジさん…。」
 「それじゃあ、私達は教室に戻りましょう。トウジ、後は任せたわよ。ミサト先生には私から言っておくから。」
 「済まんのう、ヒカリ。」

 保健室から3Aの教室に戻る道すがら。
 「あーあ、あんなに頑張ったのに結局最下位か…。」
 「仕方ないわ。これが現実よ。」
 「前半の100m走でもう少し点差が小さかったら…。」
 「今更そんな事言っても…何事もればたらを言ったら終わらないじゃんか。」
 「それはそうだけどさ…やっぱり頑張っても頑張らなくても結果が同じってのは…。」
 「それは違うわ。結果がたとえどうであれ、何かをしようと努力する事と何もせずに諦めるのとでは大きな違いがあると思うわ。」
 「…そうか…うん、確かに綾野さんの言うとおりだよ。」
 「失敗は成功のmotherって事よね。」
 「相変わらず、いい事言うねぇ。」
 “人の受け売りなんだけど…ま、言わなくてもいいか…。”

 一方その頃、保健室では。
 「ねえ、お兄ちゃん。シンジさんっていい人だね。」
 「ん?ああ、そうやな。あいつはホントにいい奴やで。」
 トウジはナツキの言葉をそのまま受け取ったが、ナツキの瞳が恋する少女のそれだという事には全く気が付かなかった。何故気が付かなかったかは知る由も無し…いや、推して知るべしというところであった。



超人機エヴァンゲリオン2 中学生日記

第7話「汗と泪と男と女」

完
あとがき