超人機エヴァンゲリオン 2

第4話

彼女が浴衣に着替えたら

7月。
 「今月のテーマはズバリ、これです!」
 朝のホームルームの時間、そう言ってミサトは黒板に大きく‘セ夕’と書いた。
 “テーマって何だよ、テーマって…。”
 別に毎月クラスで何かの目標を設定している訳でもなく、誰もがそう思った。
 「綾野さん、これは何でしょう?」
 「はい、セタと言ったらやっぱりスーパーリアルマージャンπシリーズで有名なTVゲームメーカーです。」
 「あー、ボケはやめてくれる?話が先に進まないじゃないの。」
 ミサトはそう言ったが、クラスの中でそのネタを知っている者は誰もいなかった。
 「シンジ…私にはどう見てもセタって書いてるように思うけど、気のせいかしら?」
 「私も同感よ。」
 アスカやレイの言う事も当然であろう…何故なら、ミサトの字はとめはねがきちんとしていなかったのだ。
 「ミサト先生、七の横棒の先が斜め下に撥ねていたら、セにしか見えません!」
 「あ、あらら…悪いわね〜悪筆で…。」
 ヒカリの指摘にミサトは慌てては黒板の字を七夕に訂正した。
 「はい、ではもう一度…今月のテーマはズバリ、七夕です!」
 「タナバタ言うたら、棚からぼたもちが…。」
 「それは棚ぼただろ。」
 「じゃあ、棚からバター飴が…。」
 「あ、それなら棚バタで合ってるな。」
 「「ここにまた一つ、新たな諺が誕生した…。」」
 「ここにまた一つ、二人の減点が決定しました、おめでとう。」
 トウジとケンスケの即興漫才にミサトが見事な切り替えしを見せた。
 「で、七夕がどうかしたんですか?」
 「今度の七夕祭りで七夕飾りを作るのよ。一年から三年まで全クラス一つずつね。」
 「七夕祭りって、あと6日後じゃないですか!」
 「いや、前日には飾り付けを終えておかなきゃならないから正確には5日しか猶予は無いの。」
 「「「「「「「「どっひぇ〜〜!!!!!!!!」」」」」」」」
 「だから今日の夕方までにアイデア纏めないと間に合わないのよ。」
 「そんな、無茶な〜!」
 「仕方ないわよ、どうやら毎年恒例の学校行事だし。」
 「ええー、どぅぇーむぉー。」
 「ドムもズクも無いわ、いつまでもダダこねてないで。」
 「やるしかないよ、みんなで力を合せて。」
 結局、シンジが実行委員長をやる事になり、七夕飾り作りの突貫作業が開始される事になったのだった。

 その日の放課後、シンジ達はとりあえず七夕飾りを作る為の素材を調達に向かった。
 「しかし、ミサトセンセももっと早く言ってくれればいいのにな。」
 「今回はまあ一週間前だから何とか準備もできるけど、これが『明日です。』なんて言われた日にゃ…。」
 トウジとケンスケは歩きながらぶつくさ。
 「…ところで碇くん…教えて欲しい事があるのだけど?」
 「…まさか、七夕って何?って言うんじゃないよね?」
 「…そ、そのとおりだけど…どうしてわかったの?」
 レイはシンジが自分の考えていた事を言い当てたので驚き…いや、なんとなく感激の表情。
 「いや、どうしてって言われても…。」
 「僕達の保護者は訊かれた事しか教えてくれないからね…。」
 レイの質問の意図をカヲルが溜息交じりで補足した。
 「そんな事も知らないの?七夕ってのはね…。」
 七夕…一年に一度のこの日だけ、離れ離れになっていた織姫と彦星の恋人同士が出会う事ができるというロマンチックなイベントだ。街では当日にミス七夕コンテストを開催する事も既に新聞の折込チラシ等で周知済みだ。
 アスカが得意げに誰でも知っている事を言うと、レイがさらに切り込んできた。
 「じゃあ、その由来は?」
 「ゆ…由来?」
 実はアスカはそこまでは知らなかった。
 「七夕の由来はね…。」
 「あー、待て待てシンジ。」
 「お前が解説すると面白くないだろ。」
 トウジとケンスケはシンジが解説しようとするのを慌てて止めた。その意図は…勿論アスカの大ボケを期待しての事だった。
 そんな事も知らず、アスカは頭の中で論理を組み上げていた。
 “えーと、こと座のベガとわし座のアルタイルが…なんだっけ?”
 アスカは首を捻る。
 “天の川を渡って織姫に彦星が逢いに行く…という事は…。”
 そして、アスカは考え付いた。
 “織姫と彦星…‘織る’と‘彦’…これがキーワードね。”
 何か違うと思うが、とりあえずアスカの出した結論を聞いてみよう。
 「思い出したわ。七夕の由来というのはね…。」
 「うんうん。」
 「昔、熊本に彦一というとんち上手の織物職人がいて、ある日怪我した鶴を手当てしてあげたの。そしたらその夜、彦一の家を見知らぬ女の人が訊ねて来たの。」
 そこまで聞いてヒカリは間違っている事を言おうとしたが、トウジに口をふさがれた。
 「その女の人は一晩留めてくれたお礼に甲斐甲斐しく彦一の世話をしてくれたの。で、二人はいい仲になるんだけど、彼女には秘密があったの。」
 「秘密?」
 「そう。夜になると彼女は一室にこもって内職を始めるのよ。その間は『決して覗かないで下さい…。』なんて言って…でも、好奇心にかられた彦一が戸を開けると…。」
 「そこには前に助けた鶴がいたんやな。」
 「で、自分の羽を使って機織をしていた訳だ。」
 「…そ、そうよ。」
 「で、正体がばれた鶴は後ろ髪引かれる想いで彦一の許を去っていって、その後、死んだ二人(?)は星となって一年に一度会うことを神様に許された、という事だね。」
 カヲルがアスカの考えていたオチ(?)を言い当てた。
 「そ、そうだけど…な、何よ、あんたたちのその顔は…。」
 「どわっはっはっはっは!」
 「七夕と鶴の恩返しと彦一とんち話がごっちゃになってるってーの!」
 堪えきれずに吹き出したトウジとケンスケは腹を抱えて大笑い。
 「アスカ、残念ながらそれは全然違うわ。」
 ヒカリも何とか笑いを堪えている。
 「ねえ、アスカ…ホントは知らなかったんじゃないの?」
 「え、えっと、その…。」
 シンジに言われてアスカは顔を赤くして俯いた。
 「アスカの悪い癖だよ、知らない事をさも知ってるように振舞うのは。正直に知らないって言えばいいのに。知らない事は恥ずかしい事じゃないんだから。」
 「…うん…ゴメン、シンジ…。」
 素直にシンジに謝るアスカを見たレイは…。
 “…何か面白くない…訊かなければよかったわ…。”

 繁華街に来たシンジ達。目指すは雑貨店がたくさん入っている[TOQ5]だ。
 「笹竹は学校側が用意してくれるという事だから、僕達は飾りを作って水曜日の午後から飾り付ければいい訳だ。」
 「月曜と火曜の放課後だけじゃ当然間に合わないから、土日も使って作らないとね。」
 「で、どんな七夕飾りにするんや?」
 「やっぱり綺麗なのがいいわね。電飾でキラキラしたり…。」
 「アスカ、それはクリスマス・ツリーと勘違いしてないかしら?」
 「あ………。」
 「それはともかく、デザインは綾野さんに一任したから…今頃いろいろ調べてデザインしていると思うよ。」
 レミがデザイン担当になったのは美術の成績がいいからである。一応すべての部活動に顔を出してはいるが、メインの活動はどうやら美術部にしたようだ。
 「じゃあ、俺達は何を買えばいいんだ?」
 と、シンジのケータイが鳴った。
 「もしもし…ああ、綾野さん、デザインできた?…そう、ご苦労様。で、僕達は何を買えばいいかなんだけど………うん、わかった、それじゃ。」
 「何だって?」
 「画用紙と竹籤と大量の色紙だって。」
 「そういうのが大量にあるとすると…画材店じゃないかな?」
 「じゃあ、そこに行ってみよう…あれ?綾波は?」
 そのころレイは、[王様の発案]の店頭ディスプレイを興味深く見ていた…。


 翌日は土曜日で休日だったが、3−Aの生徒達は七夕飾りを作る為に登校した。
 「えー、昨日いろいろ考えたんですが、吹流しでいく事にしました。」
 レミの描いたデザイン画が全員に配られた。
 「小学校とかで作った折り紙レベルのちゃちな飾りつけは不要。モデルは有名な仙台の七夕祭りで作られる吹流しです。」
 ただ、レミのデザインした吹流しはただの吹流しではなかった。吹流しの部分は折鶴になっていたのだ。
 「七夕では短冊に願いを書いて吊るすよね?だから、どうせお願いするなら千羽鶴を吹流しにしちゃえば効果大になると考えたの。」
 「成る程…。」
 クラスメート達はレミのアイデアに感心した。
 「それじゃあ、具体的に作業分担を決めよう。」
 シンジの指示によって作業分担が決められ、吹流し作りが始まった。男子は頭のベースを担当し、竹籤を組んでそこに接着剤で画用紙を貼る事になった。女子は吹流しの部分を主に担当し、まずは千羽鶴を構成する折鶴を黙々と作っていく。
 そんな中、自身も折鶴を作り始めたレミの肩をアスカが後ろから叩いてデザイン画片手に提案した。
 「ねえ、綾野さん。この頭の所に電飾つけてみたらどうかしら?」
 「惣流さん、クリスマス・ツリーじゃないんだけど…大体、電源はどうするの?バッテリーを頭に入れたら重くなっちゃうよ。」
 「ダメ?キラキラして綺麗だと思ったんだけど…。」
 「あ、そうだ!カラーホイルに変更すればいいかも。それなら光に反射して綺麗だわ。」
 懲りないアスカの提案はレミに別のアイデアを閃かせた。
 「じゃあ、惣流さん、買ってきてくれる?色はできるだけ集めてみて。」
 「オッケー!」
 自分の提案が認められたアスカは喜び勇んでカラーホイルを買いに行った。勿論、レイを一緒に連れて行こうと思ったが。
 「それぐらい、一人でできるでしょう?」
 の一言で片付けられた。
 それを見ていたカヲルの感想。
 “必死だね、惣流さん……でも、傍から見るとまるで筏渡りゲームのようだよ。”
 
 「どう?七夕飾りの制作は順調かな?」
 午後になってミサトがやってきた。両手にビール…ではなく、ジュースの缶が入ったビニール袋を持って。
 「はい、みんな、差し入れよ。」
 わっと全員がミサトの周りに群がった。
 「気前がいいでんな、ミサトセンセ。」
 「これぐらい、お安い御用よ。と言っても、経費は全部学校持ちだったりして。」
 「まさか、こそっとビールとか買ってないですよね?」
 「やーねー、シンジくん。前とは違うんだから…。」
 「そうですか………ん?前とは違うって………。」


 日曜日も使ってようやく頭の部分は完成した。アスカの買ってきた六色のカラーホイルが貼り付けられて見た目も綺麗だ。
 残るは吹流しそのものの部分である千羽鶴だが、これも火曜日の放課後には全て折り終え、50羽ずつの束が24本完成した。
 後は水曜日の午後、商店街に運んで頭と吹流しを組み合わせて完成させ、準備された笹竹に飾り付けるだけだ。
 勿論、それとは別に生徒達が自分の願いを書いた短冊を紙縒りで結わえる作業も残っていた。
 ちなみにその内容は…。
 〔もう一度あの人に会えるように〕
 〔早く大人になりた〜い!〕
 〔あの人に想いが届くように〕
 〔タイガース優勝や!〕
 〔エヴァのパイロットになりたい!〕
 〔志望校に進めるように〕
 〔世界制服…じゃなくて世界平和〕
 〔このまま無事平穏が続くように〕
 〔ラッキージャンボ一等当選!〕………etc.
 何故か何処かの大人が書いた短冊が混じっていた。


 木曜日、新武蔵野市での七夕祭りが行われた。新武蔵野駅の繁華街には各企業や団体などの豪勢な七夕飾りが御目見えし、人々の目を楽しませている。商店街もそれは同じで、各店舗の七夕飾りが店頭に置かれ、通りの中央には第一中の生徒が作った七夕飾りが並んだ。
 そしてこの日の放課後、シンジ達は七夕祭りの見物にやってきた。祭りと言っても、出店がある訳でもなく、七夕だからいろいろ特売、福引、といった感じで、イベントとしては駅前の特設会場で行われるミス七夕コンテストぐらいのものだ。
 「鈴原達、学校からダッシュで行ったけど、これが目当てだったのかしらね?」
 街角に貼られたポスターを見てアスカが呟くと。
 「ミス…コンテストって何?」
 またしてもレイが質問モードに突入。
 「それは…。」
 「アカン!あんなのコンテストでも何でもない!」
 「全く、がっかりだったよ…。」
 シンジが説明しようとした矢先、トウジとケンスケが嘆きながら戻ってきた。
 「どうしたの?まさかミス・コンとは名ばかりで全然綺麗じゃない人が出てきたとか?」
 「見ればわかるよ…。」
 「期待せん方がええで…。」
 果たして、トウジとケンスケの嘆きの理由は…シンジはコンテストの様子を端から軽く覗き見て気付いた。
 「ねえ、二人とも…もしかして出場者が全員浴衣姿だったからがっかりした訳?」
 「呆れた…こんな街中の屋外で水着姿になるわけないじゃないの!」
 「う、うるさいわい!男はいつもロマンを追い求めるものなんや!」
 「ほらほら、やっぱりこっちにいたでしょ。」
 トウジの声を聞きつけてやってきたのは全員浴衣姿の洞木三姉妹。
 「なんだ、ダッシュで帰ったのはそれに着替える為だったのね。」
 「トウジくん、どうかな?ヒカリの浴衣姿は。」
 コダマにずずずいと前に押し出されたヒカリの浴衣姿を見て、トウジも胸に何かグッと来るものがあった。
 「…うん、浴衣もエエな…。」
 「ほ、ほんと?」
 「ほんまや。」
 ““!””
 なんとなくテレ合うトウジとヒカリを見て、アスカとレイは同時に何かを閃いた。
 「ねえねえ、渚センパイは一緒じゃないんですか?」
 「呼んだかい?」
 ノゾミの質問に答えるように、後ろにいて姿が見えなかっただけのカヲルがシンジの隣に顔を出した。
 “うほっ…周りが女ばかりの中で美少年がたった二人…銀髪の美少年は恥ずかしそうに黒髪の美少年の背後に隠れて…これは萌える!”
 美少年かどうかはともかく、トウジとケンスケの姿はノゾミの妖しい薔薇色に染まった視界の中ではただのオブジェと化していた。
 「じゃあ、ヒカリはトウジくんに預けたからね…ほら、ノゾミ!あんた欲しい画材を買いに来たんじゃなかったの?」
 後ろ髪引かれつつ、ノゾミはコダマに連れられて行ってしまった。
 「そんじゃ、ワシらもここからは別行動で。」
 トウジとヒカリのペアも抜けていった。
 「う、裏切り者〜…俺とお前の友情はそんなものだったのかー!」
 気付けばシンジもアスカもレイもカヲルもいなかった。
 なお、余談であるが、シンジ達の第一中3−Aが作った七夕飾りは商店街に飾り付けられた物の中で群を抜いて優秀な出来映えだったので、後に市から表彰された。商店街の店舗の物は業者から取り寄せたもの、第一中の他のクラスはレミが言うところの‘小学校とかで作った折り紙レベル’だったので当然の結果だった。これもレミのデザインとシンジ他3−Aの生徒達の努力の賜物と言えよう。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION2

CHILDREN’S GRAFFITI

EPISODE:4 If she changes into YUKATA?



 セカンドインパクト以降、日本では一年中夏になった。従って夏休みというのは本来の意味から言えば有り得ない筈なのだが、セカンドインパクト後も7月後半から8月いっぱいは長期の休みになっていた。これは、いわゆる‘バカンス’期間というものだ。
 7月30日の土曜日、新武蔵野市は納涼祭りを迎えていた。セカンドインパクト前の言葉で言うなら勿論夏祭りに相当する。一年中夏だからこの名前に変わったのだが、それでも一年中いつでもできるような気もする。
 それはともかく、午後からは中央通りでのサンバパレード、夕方からは新武蔵野公園での盆踊り大会があり、そこから大通りまでの道筋には数多くの夜店の屋台が集まり、最後には玉川河川敷で花火大会が行われる事になっていた。これに比べて七夕祭りがあまり大したイベントが無かったのも、どうやらプレ納涼祭りのような意味合いだったと思われる。

 目の前を派手で艶やかながらセクシーな衣装に身を包んだ美女達がサンバのリズムに合わせて踊りながら進んでいく。
 まるで街はリオのカーニバルで、銀の紙吹雪も所々で撒き散らされていた。
 「いや〜、とんでもなくエロい格好やな〜。」
 「個人的な嗜好を言わせて貰うと、パンストをはいてるのが今一つで興醒めだな。」
 「まぁ、本場のブラジルの美女に比べたら日本人のオナゴはそんなもんやろ。」
 「これがサンバか…。」
 スケベ根性丸出しで見ている二人とは違って、もう一人の男子はややおとなしい反応。
 「ねえねえ、シンジ…浴衣とサンバとどっちが好み?」
 「やっぱりあっちの方が碇くんの好みかしら?」
 先の七夕祭りの際の浴衣姿のヒカリに対するトウジの反応を見て、今日は二人とも浴衣を着てきた。二人の姿を見た時のシンジの感想は…。
 「アスカは何を着ても似合うよ。」
 「綾波も普段と違うイメージでいいんじゃないかな。」
 と、まあ好印象ではあったのだが、サンバというお色気を武器にした衣装が相手では、浴衣姿の印象も負けそうで気が気でない、と言ったところか。
 「必死だねぇ、君達…まあ、お色気は女性の武器の一つ、こればかりはこの僕も太刀打ちできないね。でもシンジくんが望むなら、僕もあの衣装を着てもいいよ。」
 「オノレはひっこんどれ!」
 「気持ち悪い事言うなよ!」
 トウジとケンスケのダブルパンチでカヲルは出てきた途端にKOされた。
 「しかし、委員長がいなくてよかっただろ。」
 「ホンマや。ヒカリとの集合場所を盆踊り会場にしたのは正解やったな。」
 もしヒカリがいたら嫉妬に狂って何をするか…。
 「そうね…100tハンマーをどこからともなく持ち出してぶん殴る…なんて事になるかもしれないかも。」
 たまたま目の前にやって来たサンバのダンサーが何故かそんな事を言った。
 「はい?」
 「えーと、どちらさんでしたっけ?」
 他の美女達に比べれば背が低くお化粧もほとんどしていないが、どうやらその美少女はトウジとケンスケを知ってるようだった。
 彼女を凝視していたシンジははっと気付いた。
 「…もしかして、綾野さん!?」
 「じゃーん!どう、似合ってる?」
 レミはその場で一回ターンをすると両手を斜め上に開いてポーズを取った。
 「うっそ…なんでそんなカッコしてるの?」
 「まさか、貴女も碇君の気を引こうとして…?」
 アスカの疑問はともかく、レイのそれは邪推と言うもの。
 「何の事やら…まあ、このカッコをしてるのは知り合いに頼まれたからで、私も踊ってみたかったし、別に他意はないわよ。」
 「いや、でも、中学生なのにそんなカッコをするなんて…。」
 その感想も甚だ尤もなものであった。
 では、ここでレミの衣装を説明しよう。
 まず、頭のティアラは色取り取りの宝石(勿論、イミテーション―プラスティックでできたいわゆるダミー)が散りばめられている。四肢の飾りにはそれぞれ緑・赤・青・黄のラメが煌いていてまるでゴライオンのよう。そしてブラはモールで編まれたものなのでバストはほとんど隠れていない。さらにタンガもほんとにぎりぎりの部分しか隠してないしおまけに何とTバックでヒップ全開。で、それらの周りをビーズで作ったフリンジが申し訳程度に取り囲み、ついでに背中に五色の羽まで背負っている。トドメに生脚ときたもんだ。
 どう考えても中学生が身につける衣装とは思えないが、そこはレミのこだわりがあった。
 「何事にもDO!が私のモットーだからね。それに、やるからにはやっぱり本物嗜好でいかなくちゃ。(まあ、こんな格好は慣れてるし…)。」
 「…エ、エロくて、エロい!」
 「エロいけど、エロいで!綾野ー!」
 トウジとケンスケはとうとう頭がオーバーヒートして訳のわからない事を絶叫。
 「それがどうした!サンバの衣装はエロくて上等!文句ある!?」
 レミも両手を腰に付けて堂々と言い返した。その言葉は何のためらいもなく揺るぎの無い自信に満ち溢れていた。
 「こら、レミ!そこで何話し込んでるの!さぼってんじゃないわよ!」
 「あー、ごめんなさーい!じゃ、そーゆー事でっ!」
 レミはサンバのチームの先輩の女性に呼ばれてパレードに戻っていった。
 「…凄いね、綾野さんって…突拍子も無い事をやってのけて…。」
 「そのうち、バイクに乗って現れたりして…。」

 盆踊り会場でヒカリと合流した一同は盆踊りに参加した後、夜店を見て廻る事にした。
 「ヒカリ、輪投げやってるよ。」
 「ホントだ。綾波さんもやってみる?」
 「ええ。」
 「ようし、負けないわよ!」
 「また、アスカはすぐ勝ち負けにこだわるんだから。」
 お店の中ではちょっとした小物やお菓子などが回転するテーブルの上に並んでいるが、1ゲームで投げられるのは5回まで。
 三人の乙女達はそれぞれの的に狙いを定めた。
 アスカは猿の人形、レイは猫の人形、ヒカリはビーズのブローチ。
 「えいっ。」
 「それっ。」
 「……っ。」
 一人、何の掛け声も無く投げている者がいるがそれはともかく。
 「あー、もう!」
 「何でうまくいかないの?」
 「………。」
 テーブルが回転しているというのが問題で、三人が投じたリングは的を外れてハズレの部分に引っかかったり、あるいは弾かれてテーブルの外に落下してしまう。
 “…ATフィールドであのテーブルの回転に干渉すれば…。”
 レイがそう思った時、その肩にカヲルの手が置かれた。
 「いけないよ、そんな事では。僕達はもうみんなと‘同じ’なんだから。」
 自分たちはシンジ達と同じ‘人’でなくてはならない。自分達の特殊能力を利己的な理由で使ってはいけない。それが、この世界で生きていける理由であり掟であり、そして‘彼女’の願いでもあった。
 「…そうね…間違えるところだったわ…ありがとう。」
 何故かレイはカヲルに素直に感謝の言葉を言った。
 「やった!」
 「こっちも!」
 レイが前に目を向けると、アスカとヒカリの最後の一投が獲物をGETしていた。
 「よし、私も…。」
 レイは精神集中し、最後の一投をした。そしてそれは見事に的を捉えた。
 「やったー!」
 「お見事!」
 アスカとヒカリは喜びのハイタッチ、そしてレイにもハイタッチしてきた。
 そんな事をした経験はなかったが、何故かレイはすんなりと二人とハイタッチできた。
 “シンジくんの事を抜きにすれば、彼女と惣流さんは親友になれるかもしれないね。”
 レイ達を見ていてそんな事を思うカヲルであった。
 さて、その頃、元・三バカトリオは。
 「おっ、シンジ、射的があるで!」
 「うん、面白そうだね。」
 「よし、やろうぜ!サバイバルゲームで鍛えた俺の射撃術を見せてやる!」
 ケンスケも大乗り気で三人はさっそく射的ゲームに挑戦する事にした。
 お店の中ではちょっとした小物やお菓子などがテーブルの上に並んでいるが、1ゲームでコルク弾を撃てるのは5回まで。
 三銃士はそれぞれの的に狙いを定めた。
 シンジは大きな猿の人形、トウジはボンタンアメ、ケンスケは何かの美少女アニメのフィギュア。
 「目標をセンターに入れて、スイッチ!」
 「狙った獲物は外さない!」
 「世界のボンタンアメはワシのもんじゃ!」
 流石、男の子であるだけあって、三人とも5発全弾命中!
 トウジはボンタンアメを五個入手し、ケンスケも5発目で狙ったフィギュアをテーブルから落下させてGET!しかし、シンジが狙った大きな猿の人形は弾が当たっても微動だにしなかった。
 「おかしいな…。」
 「何よー、シンジったら一人だけGETできなかったの?」
 輪投げを終えてシンジ達のところにやってきたアスカ達。
 「それが、狙ったのはあの大きな猿の人形なんだけど、一見軽そうなのに、弾が当たってもビクともしないんだ。」
 「そう言や、変やな。」
 「普通は5発も当てれば落ちるものだけどな。」
 トウジとケンスケも訝しがる。
 「じゃあ、今度は私がやるー!」
 アスカがシンジのコルク銃を取った。
 「アスカ、やった事あるの?」
 「無いけど、銃を撃つぐらいなら簡単じゃない。」
 実のところ、アスカやカヲルはドイツで街のフェスティバルを経験してはいるが、こういったゲームは向こうには無かった。経験で言えば、お祭りが初めてなのはレイだけである。
 「♪銃を取ったら、アスカにおまかせ♪」
 などと口ずさみながらアスカは第1弾を発射!
 が、コルク弾は獲物まで届かず、途中で失速して落ちた。
 「何これ!全然飛ばないじゃない!」
 「それはね、いちいちコルク弾を取りに行くと時間がかかるから、銃に紐でくっつけてるせいだよ。だからほら、あの子みたいにして撃たないと。」
 シンジが指差す方を見ると、浴衣を着た女のコが柵から身を乗り出して獲物に銃を近づけて撃っていた。
 「やった、当ったよー!」
 「おー、えらいえらい。」
 お姉さんらしい女性はそのコの頭を撫でてあげた。
 「成る程〜。」
 学習したアスカは今度は正しい姿勢で第2弾を撃った。コルク弾は見事に獲物のボンタンアメに命中してそれを倒した。
 「よし、練習終わり。最終目標、ロック・オン!」
 アスカはシンジがGETし損ねた大きな猿の人形に狙いを付けた。
 「いけっ!」
 発射されたコルク弾は見事に命中…したものの、やはり獲物は微動だにしない。
 更に残り2発も先ほどと寸分違わぬところに命中したが、やはり獲物は微動だにしない。
 「ウッソー!何でー!?」
 アスカは悔しくて地団太を踏む。
 「よーし、もう一度!」
 「待ちたまえ、惣流さん。冷静になってよく考えよう。何かおかしいと思わないかい?」
 カヲルの言葉でアスカは落ち着きを取り戻した。
 「そう言われると、確かに変ね。」
 「何だか、いくら撃っても落ちそうにないような気がするわ。」
 レイのその言葉にアスカはぴーんときた。
 「…確かめてみる必要があるわね。」
 「それって、まさか…。」
 シンジがアスカの言葉の真意を確かめる間も無く、アスカは柵を乗り越えて中に入った。
 「ああっ、お客さん、中に入っちゃダメだよ!」
 店主がアスカの行動を制止しようと駆け寄ってきたが、それよりも早くアスカは猿の人形をつかんでチェックした。
 何と、その人形は台座が裏からマグネットで固定されていた。これではいくらコルク弾が当たっても微動だにしないのも当然だ。
 「な、何よこれっ!取れなくなってるじゃない!これじゃサギじゃないのっ!!」
 だが、店主は少しも悪びれず、逆ギレしてとんでもない事を言い放った。
 「それがどうした!こっちは生活かかっとんのや!早よ店から出てけ、このクソガキ!」
 「なんですってえぇぇっ!!!」
 激怒したアスカの怒りの鉄拳が開き直った店主の顔面に繰り出された。
 “こいつを弾き返し、右のダブルクロスで勝負!”
 等と彼が考えたかどうかは知らないが、アスカの右ストレートは店主の左肘で弾かれて軌道を逸らされた。直後、店主の右ストレートがアスカを襲った。だが、アスカは咄嗟の判断でダッキングしてそれを躱し、渾身の左アッパーを店主の顎に炸裂させた。
 「ウィニング・ザ・モナーッ!!!」
 …等と叫んではいなかったが。
 とにかく、店主はひっくり返って失神KOされた。
 「ナンダナンダ?」
 「射的屋の店主が女の子にKOされたぞ。」
 射的屋の前にどんどん人が集まってきた。
 「どうやら、人形を取れないようにしていて、それがバレたのが原因らしい。」
 「悪どいやっちゃな〜、それじゃサギやないか!」
 「天罰覿面だよ。」
 トウジとケンスケとカヲルが素知らぬ無関係の見物人を装って真実を周囲の人々に知らせた。
 「この猿の人形は貰っていくわよ。」
 アスカは人形の台座を固定していたマグネットをテーブルの裏から外して猿の人形をGETした。
 「じゃあ、行こう、シンジ。」
 「うん。」
 シンジとアスカは手をつないで騒ぎの中から抜け出した。
 「あっ………。」
 レイは騒ぎに乗じてまんまとアスカに出し抜かれた事に気付いた。
 「ヒカリ、ワシらもそろそろ脱出や。」
 いつまでもこの場にいたら、また何かモメ事に巻き込まれるかもしれない。四人はそそくさと射的屋の前を立ち去った。
 気付けば、射的屋の前にはカヲル一人。店内には店主が失神して倒れたまま。
 「死して屍拾う者なし………。」
 そう呟いてカヲルも去っていった。
 そして、誰もいなくなった………。

 「ねえシンジ、ちょっとお腹すいちゃった。何か買って食べたい。」
 「そうだね。じゃあ、ちょっと見て見ようか。」
 夜店には先ほどの遊戯場の他には金魚すくい、水風船、幼児用におもちゃやお面を売ってる店、くじ引き(束ねた何本もの紐の先に商品がくっついているが、紐を引っ張らないとどれが当たるかわからないというアレ…これも、高価な商品を飾っているが実は紐はつながっていないというサギの匂いがプンプンしそうである)等々の他に、ジュースや食べ物を売ってる店も数多く並んでいた。
 焼き鳥、焼きイカ、焼きりんご。
 焼き豚、たこ焼き、明石焼き。
 焼き肉、鯛焼き、大判焼き。
 フライドチキンにフライドポテト。
 焼きとうもろこしにアイスキャンディー。
 綿菓子、麩菓子に駄菓子等。
 アスカが選んだのはフライドチキンとフライドポテトのセット。おまけにコーラの缶まで買ったが、よく考えればカーネルおじさんの店で買ったほうが安上がりだったかも?
 シンジは焼き肉とお茶のセットにした。
 「おう、ここにいたんか。」
 ベンチで並んで座って食べていたシンジとアスカのところにトウジ達が追いついた。
 「さっきはナイスフォローしてくれて、ありがとう。」
 「いいって事よ。」
 「しかし、アスカがあそこまでやるとは思わなかったわ。」
 さっきの大立ち回り?に少々ヒカリは呆れ気味。
 「だって、どうしてもあの言い方は許せ無くて…今回は大目に見て頂戴。」
 「まあ、アスカらしいと言えばその通りなんだけどね。」
 ニコニコ顔のアスカを見て、頬が緩むシンジだった。
 “本当は僕が取ってプレゼントしたかったんだけど…まあ、いいか。”
 「おっ、シンジは焼き肉か。こっちの一個やるから一口くれ。」
 「いいよ。」
 ちなみにトウジが買ったのはたこ焼き。ケンスケは焼き豚。カヲルは大判焼き。ヒカリは鯛焼き。そしてレイが食べてるのは…。
 「綾波、それは金魚すくいの…。」
 最中の網だった。
 「でも、おいしいもの。」

 「時間だ…。」
 ドンッ、っと大きな音がした後、夜空に次々と赤や青や緑や黄色の光の華が開いた。
 「これが花火…。」
 「綺麗ね…。」
 「夜空を彩る火花の光…これぞ正に芸術だね。賞賛に値するよ。」
 「仰々しいやっちゃなぁ。」
 「たーまや〜。」
 いきなりシンジが夜空に向かって声を上げた。
 「何それ?」
 「理由はよく知らないけど、これが花火の賞賛の仕方だって。」
 「ふーん。」
 と、また花火が上がった。
 「かーぎや〜。」
 今度はヒカリが。
 「たーまやー、じゃないの?」
 「江戸時代にね、玉屋さんと鍵屋さんという花火のお店が有名で、それでそういう掛け声をするようになったそうよ。」
 「そうなんだ。」
 「そこまでは知らなかったよ。流石委員長。」
 そしてまた花火が次々と打ち上げられていく。
 「たーまや〜。」
 「かーぎや〜。」
 「ようし、ワシらも負けてられへんで、ケンスケ!」
 「おう。」
 トウジとケンスケも花火を見上げて声を上げた。
 「ィヨッ、越後屋〜。」
 「ィヨッ、大統領〜。」
 「何だい、それは…。」
 カヲルはどんな時でもギャグを忘れない二人に呆れた。
 “…やおや〜…はいいのかしら?”
 何か勘違いしているレイだった。



超人機エヴァンゲリオン2 中学生日記

第4話「彼女が浴衣に着替えたら」

完
あとがき