5月。
第一中はゴールデン・ウィークが開けた次の土曜日、遠足に行くのが慣わしとなっている。そしてその目的地が墓地公園であるのも恒例だ。
「当日の朝はいつもどおりの時間で学校に集合です。服装は体育の時のジャージですが、登校してそれに着替えても構いません。」
前日の夕方のホームルームの時間、ミサトが注意事項を簡単に連絡していく。
「ちなみにおやつは300円までだからね。」
そんな、いったい何時の時代の決め事なのか判らないネタをミサトが言うと…。
「ミサト先生、バナナはおやつに入るんでっか?」
すかさずトウジが悪ノリした質問を。
「そう来たか…じゃあ、そこは個人の判断という事で。」
「まあ、猿にとっては充分なおやつね。」
「いや、猿にとっては主食じゃないかな?」
「誰が猿やねん!!」
アスカとカヲルのきついツッコミにトウジがムキになって反論し、クラスは笑い声に包まれた。
「もう、トウジが最初につまらない事言うからでしょ!」
夕食時、シンジはその事をゲンドウやユイに話した。
「今時300円じゃ、たいしたおやつは買えないよね。」
「そうだな。私達が子供の頃、遠足でそんな事を言われたような気がする。」
「じゃあ、40年ぐらい前の話?どっからミサト先生はそんな事知ったんだろう…。」
「まあ、40年前じゃ今とは物価も全然違ってたし、300円で充分だったのよ。それで、私達はどんな御菓子を買うのか色々と吟味して、そうやって金銭感覚というものを身に付けていったのよ。」
「ふーん…じゃあ、何でおやつにバナナが入るかどうかって話が出てくるの?」
「その頃のバナナは高価な果物だったのだ。だから、遠足や運動会とか言った、何事かの行事でもない限り、食べる事は滅多に無かった訳だ。」
「そんな高価な果物を猿に与えていたの?」
「いえ、それはもっと後の、バナナが庶民にも簡単に買える値段になってからの話ね。」
そして、遠足当日となった。
3−Aは全員参加…と思いきや、前夜に興奮して熱を出したバカが一人、出発前にはしゃぎ回って壁にぶつかって怪我をしたアホが一人いて、二名不参加となった。
それを知ったケンスケの心の中のコメントは。
“…小学生かよ…。”
さて、全校生徒は体育のジャージ(男子は青、女子は赤)を着てグラウンドに集合した。ただし、ただ一人、違う色のジャージを着て来た者がいた。
「そのジャージ、何だか随分久振りに見た気がする。」
「何と言っても、これはワシの正装やからな!」
シンジが指摘したのも無理は無い。トウジは昔の黒のジャージを着て来たのだ。それも肩に白の二本線が入った、誰かに「新一号だね。」と謎の言葉を言われたアレだ。
「ヒカリ、あれが正装だって。じゃあ、結婚式の時もあのカッコかしらね?」
「うーん、それは…。」
アスカの言葉を全否定するかと思いきや、ヒカリは何故か悩んでいる…というか、想像が何か違う方に行っているようだ。
「彼があのジャージなら、委員長は体操服とブルマーになるのかしら?」
「それが妥当だね。」
「なっ!?渚くんに綾波さんも何言ってるのよ!」
レイとカヲルの言葉にヒカリはハッと気付いてイメージの世界から慌てて戻ってきた。
「ヒカリ〜、何を想像していたのかな〜?」
「い、いいじゃない、そんなの…それより、アスカだったらどうするの?」
「そうね、やっぱり洋式で、私はやっぱり紅いウェディングドレスで…。」
「碇くんは白のタキシードね。」
「じゃあ、私も同じ白のウェディングドレスで…。」
「何であんたがそこに出てくんのよ!」
「じゃあ、シンジくんに決めて貰ったらどうだい?」
「カ、カヲルくん!そんな、火に油を注ぐような事を…。」
シンジは慌てふためいた。
「シンジは紅いウェディングドレスの方が好きよね?やるからには派手な方がいいってミサトが言ってたし。」
「いいえ、ウェディングドレスは何と言っても純白よ。赤木博士も言ってたわ。」
「え、えーと…。」
左右からアスカとレイに迫られてシンジは進退窮まった。
“僕はどうすれば…助けて、真辺先輩。”
シンジが助けを求めたその時。
「えー、話は盛り上がってるようですが、そろそろ出発みたいよ?」
背後からレミが声を掛けた。彼女が指差す方を見ると、既に隣の2−Dの男子達が歩き出している。
シンジ達は慌てて全員整列し、ミサトの「それでは、3年A組、でっぱーつ(出発)!」の合図で墓地公園へ向けて歩き出した。
墓地公園までの距離は片道約5kmほど。その道程を第一中の生徒達は粛々と歩く…筈も無かった。
昨日のプロ野球やJリーグがどうのこうの、お笑いTV番組がああだこうだ、ドラマのイケメン俳優があーたらこーたら、お喋りが絶えない。これが閑静な住宅街を歩いているのなら問題だが、国道を歩いているのなら特にノー・プロブレム。
「私達が中学生の頃は往路で流行歌とか唄っていたりしたものだけどね。」
「往路という事は、復路では疲れて粛々と歩いていたとか?」
「鋭いじゃない、日向くん。」
「それはどうも。」
「日向くんの頃はどうだったの?」
「僕は遠足は小学校の時しかなかったんですが、流行歌を唄うという事は無かったですね。その時はまあ、子供ですから、道中ふざけながら歩いていたような気がします。」
「例えば?」
「そうですね…ほら、あそこはブロック塀ではなくて鉄格子になってるじゃないですか。ああいうところを見つけたら、鉄格子を握って一発ギャグをかますんですよ。『俺は無実だーっ!』なんていう。」
「あーあー、あったわね、そういうギャグ。」
「他には、廃屋を見つけたら『お前の家だー!』とか、びっこ引いてる犬を見つけたら『お前ん家のペットだー!』とか、今考えたら随分顰蹙モノのネタを言ってたように思います。」
「私、生で実物のヘビを見たのは遠足の時だった。」
「は?」
「目的地が山の中の公園でね、歩いてたら数m先をヘビが横切った訳。驚いたのなんのって…って、まあそれだけだけど。」
「いや、手足も無いのに移動できるヘビって不気味ですからね、判りますよ。あと、人間の圧倒的多数はヘビを本能的に恐れるそうですよ。咬まれるかもしれないという恐怖があるからでしょうが。」
日向お得意の統計ネタが始まった。ちなみに日本では咬まれると危険な毒ヘビはハブとマムシとヤマカガシの三種が代表される。セカンド・インパクト前ならばハブは沖縄にしか棲息していなかったが、現在は気候変動のせいで日本全国で見られるようになった。
「墓地公園にいない事を祈るわ。」
「それと、もう一つ気をつけなければならないのはハチですね。」
「おう、ハチ、そんなに慌ててどうしたい。」
「人形佐七はいいですから。」
「銭形平次なんだけど…。」
「それはともかくですね、スズメバチに刺されると運が悪ければ死ぬ事もあるそうです。」
「アナフィラキシー・ショックとかいうやつね。」
「ええ。とにかく、ヘビにしろハチにしろ、襲われた生徒がいたらすぐに適切な救護が必要です。急いで傷口を口で吸って毒を吐き出す、なんてのはお薦めしませんが。」
「まあ、その辺はリツコが万全の準備してるでしょう。」
等とミサトと日向が自分達の昔話に花を咲かせている後ろでは…。
「…ねえ、シンジ。いつも朝歩いてる道を戻ってるような気がするんだけど…気のせいかしら?」
「そう言えばそうだね。ただ、いつも歩いてる歩道は向うというのが違うけど。」
「何だ、今頃気が付いたのか?行きも帰りもお前らんトコのマンションの前通るんだぜ。」
「うっそぉ!?だったら、学校から出発する事なかったじゃないの!」
ケンスケの指摘にアスカは憤慨。
「まあまあ。その代り、帰る時は皆よりお先に失礼できるんだから。」
「その通りや。家が学校をはさんで墓地公園と反対側の奴らもおるんや。それぐらい我慢せいっちゅーねん。」
その反対側に住んでいるレイは…。
「…やっぱり不公平だわ。赤木博士にこっち側に引越しして貰おうかしら。」
何が不公平なのか?それは遠足に限った事では無さそうだ。
「…必死だねぇ、君も。」
それが判っているカヲルは苦笑を禁じえなかった。
片道約5km。特に激しいアップダウンもない平坦な道。大人が普通に歩けば1時間あれば充分であるが、中学生が集団で行動するとなると、それを統率するのも大変で、例えば横断歩道を渡る時は全員で一度に渡らないといけないので、信号が青でも後続を待ったりしてそれでいてしつこくない色々と時間が掛かる訳である。
例えば…。
「この信号、変わるの随分遅くないか?」
「一応、押しボタン式みたいだけど、誰か押してみた?」
「よし、ここはワシに任せイ。あたっ!あたたたたっ!」
「おっ!高橋名人の16連射!」
「葛城さん、今の子供達にそんなネタわかりませんって。」
「そんな連打したって意味無いと思うけどね。」
「つーか、これホンマに押しボタン式か?感応式に切り換えてるのに外すのがメンドイんでつけたまんまにしとんのとちゃうか?」
「あ、やっと青になったわ。」
「よし、渡ろう。」
「ちょっと待ったー!クラス全員揃ってからよ。」
「ミサト先生、また赤になったらどうするんですか?」
「その時は…。」
「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」
「そうそう、それなら車も停まって…そんな訳ないでしょ!その時はまた青になるまで待つ!」
他には…。
「うおっ!?トウジ、この歩道橋、揺れてるぞ!」
「おわっ!ホンマや!全員でジャンプしたらもっと揺れるんとちゃうか?」
「ちょっと!揺らさないでよ!危ないじゃないの!」
「ヒカリ、吊り橋やないんやから安心せい。」
「吊り橋じゃなくても、固有振動数が一致したらバラバラになっちゃうわよ!」
「あ、昨日のMHKのアニメでやってたね。」
「はいはい、後がつかえてるんだから、ふざけてないでさっさと渡りなさい!」
またある時は…。
「この絵というか文字というか、いったい何の意味があるんやろうな?」
「何の意味も無いんじゃないかな?ただの自己顕示欲による、何の知性も芸術性の欠片も感じられないラクガキに過ぎないね。」
「そうか?例えば下手糞なロックがパンク、メロディが造れなかったのでラップ、なんていう風に捉え方の違いじゃないのか?」
「まあ、才能を持っている人がいても、それを見つける才能を持っている人と出会わなければ、世の中に知られないからね。」
「それも真理だけど、それ以前に他人の建造物に勝手にラクガキするのは決して許される事じゃないと思うわ。」
レミの締めの言葉に一同は大きく頷いた。
「と、まあ、こんな風にいろいろあって、もう大変なんスから。」
「ミサト、そんな古いネタ、今時誰も知らないわよ。」
「どうもすぃやせん。」
そうこうしているうちに生徒達は墓地公園に到着した。時刻はまだ11:30程といったところか。
「はい、今から13:00までは自由時間です。公園内を自由に散策するもよし、いつもより早めに昼食を取るもよし。ただ、墓地の方は立ち入り禁止になっているので皆これだけは守ってください。以上。」
ミサトが簡単な注意事項などを連絡した後、3−Aの生徒達は各々自由行動に移った。
「よっしゃー!メシやメシ!なんつったって、学校最大の楽しみやからな!」
「去年も同じ事言ってたような気がする。」
「まあ、いつもよりちょっと早いけど、お昼にしようか。」
シンジ達は公園の植え込みの傍の芝生でビニールシートを敷くと、一同車座になって一斉にお弁当を広げた。
シンジが家族と暮らすようになってからは、食事はユイとシンジで作るようになった。といってもユイがメインでシンジはアシスタントというのがほとんどである。
だが、本日のシンジのお弁当は100%ユイお手製。おにぎりの他、おかずは唐揚げや卵焼きや笹かまや芋煮、デザートに梨など、シンジの好物が並んでいる。
「わぁ…美味しそうね。流石お義母様だわ。」
「悔しいけど、まだ私にはこれほど見事なお弁当は作れない。」
アスカ、レイ二人とも実は今日のシンジのお弁当は自分が作ってあげたかったのだが、双方未だ料理については修行中の身、実力でユイに太刀打ちできる筈も無かった。
そんな二人のお弁当は…って、各自のお弁当の中身を解説するのは省略しよう。とにかく、ほとんどが母親・保護者のお手製のお弁当で、中身は各自の好物が並んでいるという事だ。
例外としては母親のいない二人、ヒカリとケンスケぐらいで、ヒカリはいつもどおり自分で作ったお弁当(今日はサンドウィッチ)で、ケンスケはコンビニで買ったおにぎりだった。
と、そこにもう一人…。
「ご一緒していいかしら?」
やってきたのはレミだった。
「あ、綾野さん、勿論いいよ。」
「こっち座りいな。おい、渚、もうちっと綾波の方へ詰めたれや。」
「そうだね、その方がいいバランスだね。」
「はい、ありがとう。」
レミはトウジとカヲルの間に座って駅前の仕出弁当屋で買ってきた幕の内弁当を広げた。
ちなみに八人がどのように座っているかと言うと…
シンジ
アスカ レイ
ケンスケ カヲル
ヒカリ レミ
トウジ
という感じだ。
「みんな、ホントに仲がいいのね。いつもこの七人でいるような気がするわ。」
レミの指摘にシンジ達は顔をほころばせた。
「そうだね。」
「まあ、全員、前の中学校から揃って転校してきたからのう。」
「ミサト先生曰く、‘黄金の七人’だって。」
「じゃあ、将来はみんな刑事になったりして、これがホントの‘七人の刑事’なんて。」
「…何それ?」
「え?知らないの?七人つながりなんだけど…じゃあ、七人の侍とか、七人ライダーとか、知らない?」
「うーん、聞いた事無いなぁ…。」
「あ、そうなんだ…。」
「で、それって何なの?」
「昔の映画とかTVドラマとかでそういうタイトルのがあったんだって。確か、‘黄金の七人’というのは七人の泥棒がチームを組んで銀行から金塊を盗み出すという洋画で、‘七人の侍’というのは戦国時代がテーマで七人の侍が小さな村を大軍団から守りぬくという邦画だったかな?あと、‘七人の刑事’というのは七人の刑事が活躍するタイトルそのまんまの連続TVドラマで、‘七人ライダー’というのは…。」
と、レミを除いた七人の誰も知らないネタの解説をレミが続けていく。
「…何か、綾野さんって僕達が知らない事をいっぱい知ってるんだね。」
「えーと、それは多分、よくレンタルビデオを利用してるからだと思う。」
「ビデオって、それはまた古いものが…。」
「ああ、最近…というか、こっちではDVDね。私が前に居たところは地方だったから、DVDはまだ来てなかったのよ。」
「へー、そうなんだ…。」
「私が生まれる前なんて、TVアニメの放送も半年ぐらい遅れたりしたそうよ。真夏にクリスマスのお話が放映された事もあったとか。」
「うわ、それはまた季節感ズレまくりだな。」
「と言っても、今の日本は一年中夏やで。」
「あ、そうか。」
オチがついて一同にどっと笑いが広がった。
まあ、そんな他愛も無い話をしたり、左右の人とおかずを一品交換し合ったりしながら昼食は楽しく過ごしたのだった。
EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION2
CHILDREN’S GRAFFITI
EPISODE:2 Mystery treasure
in the bush
of the graveyard park.
「さて、飯も食ったし、そろそろ行くか。」
「よし、行くぜ、シンジ。」
「あ、うん。」
三人は予定どおり?の行動に移るべく、お弁当をリュックにしまって立ち上がった。
「え?トウジ、どこ行くの?」
「ああ、別に大したこっちゃ無い、公園内を探索や。」
「あ、私も行く。」
「私も。」
シンジについていこうとアスカが立ち上がるとすかさずレイも追従した。が。
「悪いが、ここからは男女別行動なんだ。遠慮してくれよ。」
「え?そうなの?」
「ごめんね、アスカ、綾波。そうだ、女子の皆は僕達の荷物の番を頼むよ。」
「わかったわ、碇くんのお願いなら。」
すると、立ち上がった者がもう一人。
「それじゃ、僕も一緒に。」
「何?渚もか?」
「行っちゃいけないのかい?」
「うーん…まあ、ええか。」
「トウジ、出発は13:00よ。5分前には集合だからね!」
「わかっとるって、ヒカリ。」
という事で、トウジを先頭にケンスケ、シンジ、カヲルの四人は荷物番を女子達に任せて公園内を文字通り探索に出かけた。
「しかしさ、その話は本当なのか?」
「おう。こないだ卒業したバスケ部の坂本先輩が言っとった。信憑性はある。」
「でもな、それは去年の今頃の話だろ?今年もあるかどうかは…。」
「ケンスケ、それを言ったらお終いやないか。僅かな可能性に掛けて鈴原探検隊は未開の草叢を探検するんや!」
「水曜スペシャルかよ!」
さて、トウジ達は公園内のあまり手入れされていない辺りにやってきた。
「こういった、草叢の中に人が通ったような跡がある所を探すんや。」
「さっき、未開の草叢って言ってなかった?」
「シンジ、細かい話はこの際どうでもええんや。」
「まあ、確かに人が入らなきゃ、お宝も隠せないだろうしね。」
「お、鋭いのう、渚。ほんじゃ、こっから先頭は渚じゃ。」
と言う訳で、カヲルを先頭に四人は人が歩いてできたらしい草叢の中の道を進んでいく。
「で、お宝って一体何なんだい?」
カヲルのその言葉にトウジとケンスケは思わずずっこけた。
「オノレはそれも判らんと付いて来たんかい!」
「シンジくんが楽しそうな事は僕も知りたいからね。」
「ち、違うよ…何も楽しいと言う訳じゃ…ただ、好奇心と言うか、冒険心と言うか…。」
「シンジ…この期に及んで何を四の五の言い繕ってんだよ。」
「まあええ、説明しといたる。いいか、去年の遠足の時、バスケ部の坂本先輩はあるモノをこの公園内の草叢の中で発見したそうや。それは、ワシら18歳未満の人間は見たくても決して見る事はできない、というモノだったそうや。」
その言葉を聞いたシンジが顔を赤らめているのを見てカヲルは気づいた。
「…ああ、エロスに関するモノだね?」
早い話、週間青年誌のヌードグラビアの頁が散らばっていた、という事だ。
「ふーん。そんなものがこの公園の中にあったのか…確かに、あまりにも場違いだし、シンジくんの好奇心が刺激されるのも判る気がするよ。」
「しかし、見たところそれらしきモノは全く見当たらないみたいだな。」
「うーむ、当てが外れたか…よっしゃ、これからは一人ずつ別々に探索や。もし発見したヤツはすぐにケータイでワシに一報を入れる事。それでは、行動開始や!」
ということで、四人は別々に散らばって公園内を探索する事にした。
“本当にあるのかなぁ…一年も前の情報なのに…まさか、毎年ワザと捨てていく奇特な人がいるとも思えないし…。”
シンジは半信半疑…というより十中八九信じてないようである。まあ、シンジはそんなものを必死になって探さなくても、その気になりさえすればいつでも問題が解決するという立場にはあるのだが…。
「…何だここ?植え込みにトンネルが出来てる。」
確かに、植え込みに自然に出来たような穴が開いていた。しゃがんだら何とか身体が入るようである。
シンジは何気無しにその中に入ってみた。そのトンネルは1〜2m奥で右にカーブしていた。カーブまで来たシンジがトンネルの先を見た時、そこに何かがあった!
「うわっ!うわわわわっ!!」
シンジは驚いて思わず尻餅を付いた。
そう、そこに本当にあったのである。18歳未満の人間は決して見る事ができない筈の写真集が…。思わずシンジは座ったまま後ずさりし、植え込みから転げ出た。そしてちょうどそこにカヲルが通りかかった。
「シンジくん、そんなに慌ててどうしたんだい?」
「カ、カヲルくん、あ、あた、あたたた…。」
「どこかケガでもしたのかい?」
「そ、そうじゃなくて…そうだ、取り合えずトウジに連絡だった。」
シンジはケータイを取り出し、トウジへコールサインを出した。
『シンジ、見つかったんか!?』
「う、うん…いや、本当にびっくりしたよ、まさか本当にあるなんて。」
『よっしゃ、今すぐ行くから待っとけ。あ、他のヤツにも連絡を…。』
「相田くん?シンジくんがどうやら見つけたようだよ。」
「カヲルくんが今傍に居て、ケンスケに連絡してるから…。」
『了解や。』
そして、5分も過ぎないうちにトウジとケンスケもやってきた。
「で、どこにあったんや?」
「このトンネルの奥だよ。」
「よし、行くでぇ!」
トウジ、ケンスケ、シンジ、カヲルの順に四人は植え込みのトンネルに入っていく。
「これは本当に探検っぽくなってきたね、シンジくん。」
「うん。そう言えば、あっちで停電があった時もこんな事していたよ。」
「うおおっ!これかっ!」
「トウジ、声がでかい。他のヤツや先生に聞こえたらどうするんだよ!」
「お、そ、そうやな…とにかく、この狭いトンネルの中では落ち着いて吟味できんし…よし、取り合えずこのまま先に進むでぇ。」
四人がそのまま奥へ進むと、やがてトンネルは終わって林の中に出た。
「よし、座ったら外からは見えへんし、この辺でいいやろ。」
「トウジ、とにかくそれを開けよ!」
「まあ、そんなに急かすなや。」
「緊張の一瞬、という感じかな?鈴原くん。心無しか、指が震えていないかい?」
「やかましいわ。ほな、開くで。」
その写真集のタイトルは[大人の保健体育](仮題)となっていた。そしてその内容は…確かに中学生が鑑賞するにはちょっと早過ぎる写真ばかりだった。
「…こ、こんなふうになってんのか…。」
「教科書の絵とは全然違うのう…。」
「ほ、ほんとにこんなの見ていいのかな…。」
「いいんだよ。俺達はこうやって大人になっていくのさ。」
「大体、シンジは頼めばいくらでも見せてくれるやつが二人もおるやろうが。」
「そ、そんな、何言い出すんだよ、トウジ!」
シンジは以前に見たアスカとレイのヌードを思い出して思わず赤面。
「シンジくんは本当に純情だね。君のそういうところが二人を惹き付けるのだろうね。」
「あっ、ちょっと待って。もう少しよく見せて。」
「そうか?ここはそんな頁でもないだろ。」
「うわぁ…こんなカタチになっちゃうのか…凄い…。」
「何や、気色悪いやっちゃな、女みたいな声出して…って、おわぁっ!」
「な、何で君がここにいるんだよ!?」
シンジ達四人の他に、いつの間にかそこにレミがいた。
「いや、トイレに行った帰りに四人が茂みのトンネルに入っていくのを見たから…探索ってこの事だったのね。」
「え、ええやないか、これは男のロマンなんや!」
「トウジ!声が大きい!」
「と、とにかく、ここは何も見なかった事にして戻ってくれ。」
「拒否します。」
「じゃ、じゃあ、何か後で奢るから。」
「却下します。」
「ほな、どうすればええっちゅうねん…。」
「私にも見せて。」
レミの予想外の回答にトウジとケンスケは思わず口をあんぐりと開けてしまった。
「い、いや、これって、女の子が見るものじゃないと思うけど…。」
「どうして?男性の裸だって載ってるじゃない。という事は、女子が見たっていい筈よ。」
「なるほど、男性は女性の裸体を見たい、女性は男性の裸体を見たい…男女の違いはあっても、同じ人間だから本能も同じという事だね。」
「わあ、渚くんって物分りがいいね。」
「こ、こら、渚、何勝手に納得しとんねん。」
「いや、ちょっと待て、トウジ。ここは彼女も仲間にしておいた方がいいと思う。これが委員長だったらとんでもない事態になってたぞ。」
「安心して、私は口が堅い方だから。でも、一緒に見せてくれないんだったら、勝手に情報発信しちゃうかも?」
「そ、それはダメだよ…わかった、僕も綾野さんを信じよう。」
これで3対1である。評決は決まった。
「しゃあないのう…しかし、綾野も結構スキモノなんやな…。」
「それは違うわ。さっき渚くんが言ったとおり、男も女も性別が違っても本能は同じ。見たいものは見たいの。だから、女子だって結構エッチな話するよ?」
「でも、そういう女子って少ないじゃないか。」
「それは男子が知らないだけ。男子の前でエッチな話をするのは恥かしいってコはまだまだ多いからね。」
「じゃあ、綾野は恥かしくないっちゅーことか?」
「まあね。私みたいなのは少数派だけどね。」
“…綾野さんって進んでるんだな…ん?………まさか………。”
シンジが何か疑問を感じるのに関係無く、件の本は次々と頁が開かれていく。
「「「「「………………。」」」」」
そして、終り間近のその頁の内容はあまりにも過激過ぎて、全員無言になってしまった。
誰かが思わず生唾をごくり。
「す…凄いね…。」
「こ…こんな感じになるのか…。」
「き…気持ちええんやろか…。」
「これが一つになるという事なんだね。」
「あ…私、もう限界…。」
レミは火照った頬を両手で押さえながら後ろを向いた。そしてそこに何かがいた!
「………きゃあぁ〜〜〜っ!!」
火照った赤面が一瞬で青褪めたレミは悲鳴を上げながらシンジ達の方に倒れこんだ。
「おわっ!な、何や何や!?」
「綾野さん、どうしたの?」
「そ、そこにヘビ!ヘビ!ヘビ〜〜〜っ!!」
「Heavy!?」
確かに、一同のすぐ傍に体長1mぐらいのヘビがいた。
レミは慌てふためいて悲鳴をあげながら一目散に元のトンネルを逃げていった。
「これぐらい、僕が…。」
カヲルが例の能力で始末しようと立ち上がろうとした時、その手をシンジが押さえた。
無言で首を振るシンジにカヲルはその意図をすぐに察した。
「そうだね、生き物をむやみやたらに殺すのは良くないね。」
本当は違う意図だったのだが、それは言えないのでカヲルは咄嗟の判断でそう答えた。
「落ち着けよ、みんな。こいつは青大将っていう、毒も持ってないおとなしいヘビだ。徒に刺激しなければ大丈夫さ。」
流石、ケンスケはこういう野外関連の知識は豊富だった。
「そ、そう…よかった。」
「しかし、綾野もやっぱり女の子やなぁ、きゃーきゃー言って逃げて行きおった。」
“…やっぱり、僕の思い過ごしかな?”
「よし、ヘビもいつの間にかいなくなってもうたし、続き続き。」
再び、四人が男のロマンの追及を続けようとした時…。
「ヘビはどこっ!?あんた達、大丈夫なの!?」
ミサトが茂みのトンネルを匍匐前進で抜けてやってきた。
「わーーーっ!なんでミサトセンセが!!」
トウジとケンスケとシンジは大慌て。
「綾野さんがヘビが出たって言いながらそこから出てきたから、来たんだけど…。」
「ああ、あのヘビは青大将という、特に危険なヘビでもないそうですよ。」
状況がわかってないカヲルは淡々とミサトに答えたが。
「……あんた達、ここで何やってたの?その本は何?」
ミサトはトウジとケンスケが両腕で隠そうとして隠しきれていないものを見つけていた。
「い、いや、何でもないです。」
「どうぞ、お気になさらずに、お戻り下さい。」
ミサトの質問にケンスケとトウジはバカ丁寧な受け答え。
「あ、これはですね、ここに落ちてあったんです。」
シンジの答えは確かに間違ってはいない。
「えーと、確か[大人の保健体育](仮題)って題名だったっけ?」
「な、渚!」
「そこまで言わんでもええっちゅーんや!」
カヲルのバカ正直な?応えに慌てる二人だったが、ミサトの反応は意外にも…。
「ふーん、[大人の保健体育](仮題)か…私も興味あるなぁ。見せてくれる?」
「………さ、流石はミサトセンセや。」
「俺達の事、よく判ってるよな。」
「ふむ、大人の寛容さということかな、シンジくん。」
“…嫌な予感が…。”
「み、皆、大丈夫だった?ヘビはどうなった?」
レミが戻ってきた。
「ヘビならどっか行ってもうたで。」
「綾野さん、騒ぎ過ぎ。」
「だって、ふと後ろを見たらそこにヘビがいたのよ?普通誰だって吃驚するって…ちょ、ちょっと、その本ミサト先生に見られていいの!?」
ミサトが例の写真集を見ているのに気づいたレミは慌てたが。
「ああ、大丈夫だよ。」
「そこは長い付き合いだからのう。どうでっか、ミサトセンセ。興奮してきまへんか?」
すると、ミサトは無言で写真集を閉じると、いきなりトウジの頭をはたいた。
「い、いきなり何するんでっか!」
「当たり前じゃない!こんなの、中学生にはまだ早過ぎるわよ!と、いう事でこの本は没収します!」
「そ、そんな、殺生な…。」
「せっかく見つけたお宝なのに…。」
「不満かしら?みんなの親御さんに報告してもいいんだけど?」
「そ、それは…わかりました〜。」
シンジ達三人はおとなしく引き下がるしかなかったが。
「質問!どうして中学生は見ちゃダメなんですか?」
レミが納得できずに食い下がった。
「…綾野さん?もしかして、あなたも一緒に見ていたの?」
「はい、見てました。ワシら四人が証人です。」
トウジがレミも悪の仲間に引きずり込もうとしたが、レミは我関せずだった。
「そんな事はどうでもいいんです。さっきの質問に答えて下さい。」
「あのねえ、18歳未満の人は閲覧禁止って書いてるでしょ。法律で決まってるのよ。」
「法律では、18歳未満の人に見せてはいけない、でしょう?つまり、大人がそれを私達に売ったり見せたりしたら罪になるから18歳未満は見ちゃダメって書いてるだけで、落ちていたものを私達が勝手に見るのは全然OKの筈です。」
「…あ、あれ?そうだったかしら…。」
「へー、綾野さんって法律に詳しいんだね。」
ミサト、危うし。このままレミに論破されてしまうのか!?
「ところで、そろそろ集合時間じゃないのかい?」
腕時計を見たカヲルが気づいて言った。
「あら、本当だわ。みんな、急いで広場に集合よっ!」
レミへの回答に窮していたミサトは天の助けとばかりに駆け出していった。
「あ…逃げられた…。」
「渚…もっと空気読めや…後ちょっとであの写真集がワシらのもとに帰ってきたかもしれへんのに…。」
「空気を読む?…空気は目に見えないのだから読もうにも読めないと思うけどね。」
「アホ!空気を読むっちゅーのはな…えーと…。」
「トウジ、渚を責めてる場合じゃないぜ。集合時間に遅れたら委員長が…。」
「それはマズイ!みんな行くでぇ!!」
トウジを先頭に四人は集合場所の広場に駆け出していった。
そして、第一中の生徒達は帰路に着いた。しかし、ミサトや日向の頃と違って今の子供達はまだまだ元気だ。
「カヲルくん、その木の枝はどうしたの?」
「ああこれ?拾ったんだ。杖がわりになると思ってね。」
「爺くさい奴!」
さらに、途中で橋を渡る時になって前方の女子達がきゃあきゃあ騒ぎ出した。何かと思ってシンジ達が女子の視線の先を見ると、全裸の男子幼児が水遊びをしていた。
“成る程…綾野さんの言ってた事はまんざら嘘でもなかったんだ…。”
そして、帰路の途中で帰る方向ごとに集団が組まれ、随時別途家路につくのだが、残念ながらシンジは先程の件の罰として学校まで戻るハメになったのだった。
超人機エヴァンゲリオン2 中学生日記
第2話「墓地公園の茂みの中に謎の御宝を見た!」
完
あとがき