司令公務室にシンジは呼び出されていた。 目の前にはゲンドウがいつもの姿勢で座っており、その脇に冬月が立っていた。 「シンジ君。何故フィフス・チルドレンを倒さなかったのかね?」 詰問してきたのはゲンドウではなく、冬月だった。 「僕にはできません…カヲル君は友達なんです。」 「何を言っているのかね、君は!?奴は使徒なんだぞ!」 「でも敵じゃない!…カヲル君は言ってくれたんだ…人として生きていく、って。」 「戯言に過ぎん。」 ゲンドウが口を開いた。 「僕は信じる!」 「シンジ…何故、信じる事ができる?」 「真辺先輩が説得してくれたんだ…滅びの時が来るとは限らないって…。」 「何っ!?」 「前に加持さんが教えてくれました。ここの地下に有るアダムという巨人と使徒が接触するとサード・インパクトが起こって人はみんな滅びる…僕達はそれを防ぐ為に使徒と戦っている…だけど、使徒と人が共に生きていこうとすれば、サード・インパクトは起こらない…そうでしょ、父さん!」 「バカな事を…シンジ、お前は使徒を信じろと言うのか?」 「…じゃあ、父さんは誰も信じないの?副司令も信じないの?」 「えっ?」 ゲンドウと冬月の顔色が変わった。 「ミサトさんもリツコさんも、発令所の人達も、アスカも綾波もトウジも、僕も信じないの?」 「シ、シンジ、私の質問に答えろ。」 ゲンドウは徐々に焦ってきた。 「もしかしたらみんな父さんに従っている振りをしているだけで、最後には裏切られるなんて父さんは思ってるの!?」 「シ、シンジ君、な、何を言い出すのかね!?」 冬月も慌て出した。 「…もういい、シンジ。」 ゲンドウはシンジを説得する手立てが無いと悟った。 シンジの言うとおり自分が誰も信じていないと言えば、ネルフは組織として立ち行かなくなる。だが、信じているといえば、前に自分がシンジに言った言葉の揚げ足を取られる。 冬月とて、ゲンドウを信じていなければとっくにネルフをやめている。 「たとえ裏切られて傷つく事があっても、僕は人を信じたい。父さんの事も信じたい。だから、父さんもみんなを信じてよ。カヲル君を、真辺先輩を。」 シンジはそう言うと公務室を出て行った。 「…言葉も無いな…シンジ君は心の強い人間になろうとしている…誰の影響を受けたんだろうね?」 「…知らん…。」 フィフス・チルドレン、渚カヲルが第17番目の[使徒]であった事は極秘事項とされ、代わりに逆に第17[使徒]は既に殲滅されたと言う事にされた。 ATフィールドを自由に操る[使徒]を人間が倒すのは不可能である。そしてチルドレンのリーダーたるシンジが拒否した以上、他のどのチルドレンを使ってもカヲルを倒すのは最早不可能と思われる。 ゲンドウは、カヲルの生存をゼーレから隠す事で、最後の戦いを有利に運ぶ事もできるのではないかとも考えたのだった。かと言って、カヲルを野放しにするのもまだ不安が有る為、カヲルの行動はネルフ本部内に限定される事になった。無論、24時間監視付である。そして、カヲルはそれを受け入れた。 何者だっ!? ここにどうやって入ってきたっ!? 我々を誰だと思っているっ!? ゼーレは驚愕した。部外者は何人たりとも出入りを禁じられているゼーレの会議場に突如どこからともなく謎の人間が出現したのだから無理も無い。 いっぺんにあーたらこーたら五月蝿いわね。 クミの言葉にゼーレは一瞬、唖然とした。 ネルフが知ってるのに知らないなんて、ゼーレも大した事ないわね。 何っ!? 貴様、一体何者だ!? 正義と真実の使徒、とでも言っておきましょうか。 何っ!? 貴様、一体ここにどうやって入ってきた!? 見たまんまよ。 何っ!? 貴様、一体我々を誰だと思っているっ!? 秘密結社ゼーレ。有史以前より人類を影から操ってきた集団。だけど今は人類を滅ぼそうとしている悪の集団。…大体、秘密結社と言ったら悪ってのが相場じゃない。 何の目的があってここに来た? ただ一人、冷静に訊いて来たのはキールだった。 人類補完委員会議長、キール・ローレンツね。 な…。 キールは自分の名を謎の人間が知っている事に愕然とした。 ま、ゼーレの野望もわかったし、今日はこれぐらいで勘弁しといたるか。 クミはそう言って12体のモノリスをぐるっと見回した。 き、貴様、ここから生きて出られると思って…。 キールが最後まで言う前に、クミの姿はかき消えた。 キール議長!今の小娘は一体? わからぬ…。 もしや、碇の手の者では? それもわからぬ…。 どちらにせよ、尋常でない者だというのは確かだよ。 左様。我らの他は誰も知らぬこの場所に、音も立てずに現れ、そして消えた。 さらにどうやってか、我らの計画にも気付いたようだ。 これは、使徒でさえ不可能な芸当だ。 いや!この中に裏切り者がいるのではないか!? 何を言う!今までの歴史の中でゼーレに裏切り者等いない!これからも有り得ん! やめよ!今は言い争いをしている場合ではない。約束の時はすぐそこまで迫っているのだ。 では、キール議長、今の尋常ならざる者の処置はどうするのです? EVAシリーズが完成した今となっては大事の前の小事に過ぎぬ。 では…。 全てはゼーレのシナリオどおりに。 ゼーレ達はいつもの決まり文句を唱和して解散しようとしたが、その直前。 そうは問屋が卸さないわよ。 クミはいきなり現れるとそれだけ言ってすぐに消えた。 なっ………。 神出鬼没のクミにゼーレは唖然とするばかりだった………。 クミがLYLISの傍に出現する前の出来事だった。 ネルフ本部医療棟303号病室。 「アスカ…新しい友達を紹介するよ。渚カヲル君っていうんだ。」 シンジはカヲル、クミと共にアスカを見舞いに来ていた。アスカは今は薬で眠っている。その寝顔は安らかなようで、シンジは少々ほっとしていた。 「この娘がシンジ君の彼女なのかい?」 「えっ!?いや、その…。」 カヲルの質問に口ごもるシンジ。 「シンジくん、はっきりしなさい。男のコでしょう。」 クミが注意した。 「…僕の彼女…そう言いたいけど…。」 アスカの心身衰弱に気付いてやれなかった事を悔やむシンジの寂しそうな表情を読み取ったクミはアスカの心に語りかける。 ”アスカちゃん…思いつめる事はないのよ。貴女の好きな人はすぐ傍にいるの。決して貴女を離したりはしないわ。” クミの心の声にアスカの心が反応した。 ”シンジ…傍にいるの?…だったら…キスして…シンジの事、ずっと好きでいたいから…。” 「真辺先輩?」 アスカの顔をじっと見ているクミに気づいたシンジが声を掛けると、クミは真剣な面持ちで言った。 「シンジくん…アスカちゃんの笑顔が見たい?」 「え?…は、はい。」 「うん。それならOKよ。じゃあ、シンジくん、アスカちゃんにキスして。」 「ええっ!?」 いきなり大胆な事を言い出したクミにシンジは大慌て。 「眠り続けるお姫様を目覚めさせたのは王子様のキスだったのよ。」 「そ、そんな、いきなり言われても…。」 眠れる森の美女の話だが、シンジは真っ赤になって焦りまくり。 「何故キスで目覚めるのかわからないけど…可能性があるのならやってみるべきだよ。」 とカヲル。 「わ、わかりました…でも、恥ずかしいから、二人とも後ろ向いててよ。」 「はいはい。」 二人が後ろを向いたのを確認して、シンジはアスカの顔の前に屈み込む。 ”アスカ…好きだよ…。” シンジの唇がアスカの唇に触れた。すかさずクミがシンジの頭を押さえ込む。 「むうぅぅーっ!」 鼻で息をすればいいのに慌てて息が詰まるシンジ。が、それはアスカも同じだった。 いきなり目と目があってさらに驚いたシンジはクミを吹っ飛ばして起き上がった。 「ア…アスカ?」 「シ…シンジ?」 夢ではなかった。意識を失っていた筈のアスカは意識を取り戻していた。 「アスカ!」 「シンジ!」 嬉しさのあまり二人は抱き締め合った。そしてそれを囃し立てるクミ、拍手するカヲル。 最後の決戦はすぐそこに迫っていたが、取り敢えずチルドレン達は皆平和だった。 「約束の時が来た…。ロンギヌスの槍を失った今、LYLISによる補完はできぬ。唯一、LYLISの分身たるEVA初号機による遂行を願うぞ?」 暗闇の中、ゲンドウと冬月を12のモノリスが輪になって囲んでいた。そしてキール自らから直々の指示が出た。 「…ゼーレのシナリオとは違いますが…。」 「人は…新たな世界へと進むべきです。その為にEVAシリーズは生み出されたのです。」 「我々は人の形を捨ててまで、EVAと言う名の方舟に乗る必要はありません。」 それは暗にキールの指示を拒否した回答だった。 「これは通過儀礼なのだ。閉塞した人類が再生する為の。」 「左様。滅びの宿命は、新生の喜びでもある。」 「神も、人も、全ての生命が『死』をもって、やがて一つになる為に。」 他のゼーレも人類補完計画の実行を求めて言葉を述べた。 「死は何も生みませんよ…。」 「…死は君達に与えよう。」 ゲンドウの言葉にキールは決別の言葉を告げ、12のモノリス達が一斉に鈍い音を立てて消えた。 「人は生きてゆこうとする事にその存在理由がある。それがユイの願いだった。」 「うむ。…だからこそ、我々はゼーレの野望を打ち砕かねばならない。」 暗闇に残ったゲンドウと冬月は決戦を前にして信念を確かめ合った。 「本部施設の出入りが全面禁止!?」 今は昼番から夜番への勤務シフト交代時間。そのせいで人気の少ない発令所にマヤの驚き声が響き渡った。 「何故かはわからないが…。」 「ネルフの使命は使徒を倒す事…だが、最後の使徒は我々の味方になった。」 「今や平和になったって事だよな?」 「じゃあ、ここは?EVAはどうなるの?先輩も今、いないのに…。」 マヤと青葉はリツコの現状を知らない。 「使徒の脅威がなくなった以上、EVAの存在意義は無い筈…だが、そうおいそれと廃棄できるものでもないし、今後のネルフの使命は残ったEVAの管理と言う事になるんじゃないかな?」 人類補完計画の事を発令所の三人が聞かされている筈もなかった。 真夜中、既に就寝中だったレイはカーテンの隙間から差し込む月明かりの淡い光を感じて目覚めた。 満月を見つめたレイはベッドから降りると第壱中の制服―――唯一の外出着に着替えて部屋を出た。 ゲンドウの眼鏡―――かつて自分とゲンドウを繋いでいた絆は床に落ちて割れていた。 MAGIのメインデータバンク室内。ここは除熱処理されている為、ミサトは白い息を吐きながら端末のキーボードを叩いていた。 目指す情報は最早セカンド・インパクトの真相ではなく、人類補完計画の真実。 加持の残してくれたデータによってミサトは遂に目指す物に辿り着いた。 「そう…これが人類補完計画…出来損ないの群体として行き詰まった人類を、完全な単体としての生物へと人工進化させる…冗談じゃないわよ。」 と、ミサトが吐き捨てた瞬間、端末の画面は全て赤い警告の文字に変わった。 「気付かれた!?」 ミサトはすぐに拳銃を手にしたが、そこには誰も来なかった。 「いえ、違うか…始まるわね。」 その直後、メインデータバンク室の電源が落ちた。 『第6ネット音信不通!』 発令所に警報がけたたましく鳴り響き、アナウンスと共に全モニターが『EMERGENCY』の文字で赤く染まった。 「左は青の非常通信に切り替えろ。衛星を開いても構わん。…そうだ。右の状況は?」 冬月は詳しい情報を求める為に日向達のフロアから指示を出していた。 『外部との全ネット、情報回線が一方的に遮断されています。』 「目的はMAGIか?」 「全ての外部端末からデータ侵入!MAGIへのハッキングを目指しています!」 青葉が冬月の疑問を解決する報告を入れた。 「やはりな。侵入者は松代のMAGI2号か?」 「いえ、少なくともMAGIタイプが5。ドイツ、フランス、中国、アメリカからの侵入を確認!」 「ゼーレは総力を上げているな。彼我兵力差は1対5…分が悪いぞ。」 『第4防壁、突破されました!』 事実、先ほどから相次いで報告される物は悪い物ばかりだった。 「主データベース、閉鎖!…ダメです!侵攻をカットできません!!」 「更に外殻部に侵入!予備回路も阻止不能です!!」 日向とマヤもキーボードを叩いて防御策を講じるが、流石に兵力差が五倍もあっては無駄な抵抗に近い。 “まずいな。MAGIの占拠は本部のそれと同義だからな…。” 冬月が苦渋に満ちた表情で司令席を見上げると、ゲンドウが何処かに電話をしていた。 『総員、第二種警戒体制。繰り返す。総員、第二種警戒体制。可及的速やかに所定の位置に着いて下さい。』 薄暗い独房にドアが開く音と共に光と人影が入ってきた。中にいるリツコはその人物の来訪目的に気付いていた。 「わかってるわ。MAGIの自律防御でしょ。」 「はい。詳しくは第二発令所の伊吹二尉からどうぞ。」 「必要となったら捨てた女でも利用する。…エゴイストな人ね。」 リツコはゲンドウへの恨み言を吐きながらゆっくりと立ち上がった。 『現在、第二種警戒体制が発令されています。Bフロアの非戦闘員は直ちに待避して下さい。』 そのアナウンスを聞きながら通路を大股で歩くミサトは懐から携帯電話を取り出し耳に当てた。 「状況は?」 『お早うございます。先程、第二東京からA−801が出ました。』 日向も朝の挨拶はそこそこに、速やかに要点だけを答えた。 「801!?」 『特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への委譲。』 電話を耳に当てたまま、ミサトは発令所直通の1人乗り昇降機に乗り込んだ。 「最後通告ですよ。…ええ、そうです。現在、MAGIがハッキングを受けています。かなり押されています。」 日向が受話器をマヤに向けると、マヤが新たな追加情報を伝える。 「伊吹です。今、先輩がプロテクトの作業に入りました。」 マヤが言い終わった瞬間、背後で警告ブザーが鳴り、ミサトが到着した。 「…リツコが?」 拘禁されていた筈なのに、とミサトは意外そうに目を見開いていた。 第11使徒戦の時と同様、MAGIカスパー内部でリツコはキーボードを叩いていた。 “私…馬鹿な事をしてる?” リツコはプログラムをしながら心の中で亡き母へ話し掛けた。 “ロジックじゃないものね、男と女は。” リツコは作業に一息入れて眼鏡を外すと、MAGIカスパーのメインCPUのカバー表面にそっと手を当てた。 「そうでしょう?母さん…。」 『強羅地上回線、復旧率0.2%に上昇。第3ケーブル…箱根予備回線、依然不通。』 けたたましく鳴り響いていた警報も止み、アナウンスされてくる報告も確実に良い方向へと向かっていた。 「あと、どれくらい?」 「間に合いそうです。流石、赤木博士です。120ページ後半まであと1分、一次防壁展開まで2分半程で終了しそうです。」 “MAGIへの侵入だけ?そんな生易しい連中じゃないわ、多分。” ミサトは日向の報告にも厳しい顔を崩さなかった。 「MAGIは前哨戦に過ぎん。奴等の目的は本部施設、及びEVA五体の直接占拠だな。」 「ああ。LYLIS、そしてADAMさえ我らにある。」 司令席に戻った冬月は上半身を屈めてゲンドウと小声で話す。 「老人達が焦る訳だ。」 MAGIカスパーのわずか1ブロックだけが緑のままだったが、やがて一気に全体が赤から緑に変わっていった。 「MAGIへのハッキングが停止しました。Bダナン型防壁を展開。以後、62時間は外部侵攻は不可能です。」 カスパー内部の狭いメンテナンス出入り口から、リツコがのっそりと這い出て来た。 「母さん。また後でね。」 リツコはカスパー内部に向かって、謎の言葉を呟いた。 12のモノリスが環状に並ぶ何処かの暗闇。 「碇はMAGIに対して第666プロテクトを掛けた。この突破は容易ではない。」 「MAGIの接収は中止せざるを得ないな。」 「できるだけ穏便に進めたかったのだが、致し方あるまい。」 キールは決断した。 「本部施設の直接占拠を行う。」 「始めよう…予定通りだ。」 掛かって来た電話の受話器を置いた男は草叢を立ち上がった。 続いて何十人もの男達が一斉に次々と立ち上がった。 その者達は全員、武装していた。皆、戦自の人間だった。 彼らがいる森の上空を戦自のVTOLが低空飛行で通り過ぎて行った。 EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION EPISODE:25 Do you love me? 第三新東京市境のトンネルを抜けてくる戦車隊と軽自走砲車隊。 別方面の道路からは戦自のネルフ本部制圧部隊を乗せた装甲車隊がやってくる。 さらに、ネルフ直上都市部を目指して飛んで行く戦闘機編隊と戦闘ヘリ編隊。 山道を進んでいた戦車隊は等間隔で停止し、一斉に砲塔を旋回して狙いを定めた。 先頭の戦車から三台ずつ、三連発のリズムを刻んで砲撃が開始された。 軽自走砲車隊も戦車隊に続いてロケット弾を次々と発射した。 「クミか。俺だ。シンジくん達が危ない。今向かっているから何とか守ってくれ。」 「わかったわ。」 携帯電話を切ったクミは2年A組に向かって走り出した。 「おい、あれ見ろ!」 「何だ、あれ!?街が燃えているぞ!」 「でも、いつもの空襲警報と避難命令が出ていないぞ!」 「それに、いつもの変な怪獣もいないぜ!」 第壱中はちょうど一時間目と二時間目の間の休み時間。突然、市内から響いてきた爆発音に生徒達は一斉に窓際に群がった。 「シンジ、ネルフから何か連絡来てないのか?」 「いや、何も。アスカの方はどう?」 「私にも何も連絡無いわ。」 「鈴原は?」 「ワシも何も聞いてないで。」 「じゃあ、一体何を攻撃してるんだ?戦自は…あれ?」 ケンスケはカメラで録画しながら外にもう一度目を向けると、校門に戦自の戦闘車両が近づいてくるのを見つけた。 戦自は何と第壱中の校門を突き破って侵入してきた。そして、数人の隊員がマシンガン等の小火器を携えて校舎に駆け込んでいく。 「どうなってんの?戦自が校門ぶっ壊して入ってくるぞ!?」 ケンスケの言葉にシンジ達は首を捻るばかり。チルドレンたる自分達に危機が迫っている等、考え付く筈も無かった。 と、どこかでマシンガンの発射される音がした。 「な、何!?」 「戦自がどこかで発砲してるんだっ!!」 「発砲って誰に!?」 ケンスケとヒカリが言い合いを始めた。 さらに、悲鳴も聞えてきた。何となくシンジ達が不安を感じ始めた時、教室の入り口の扉が開いて三人の戦自隊員がマシンガンを片手に姿を現した。 「きゃああああ!!」 女子生徒達が悲鳴を上げた。だが、マシンガンが向けられると誰もが口をつぐんだ。 「全員、席に着け。」 窓に群がっていた生徒達も席から離れてダベっていた生徒達もみなおとなしく自分の席に座った。 「今から名前を呼ばれた者は立て。綾波レイ…碇シンジ…鈴原トウジ…惣流・アスカ・ラングレー、以上の四人だ。」 仕方なく、三人は立った。 「もう一人はどうした?」 「綾波さんは…今日はお休みです…。」 委員長としての責務か、ヒカリが震えながらも答えた。 「いいだろう。三人はついてこい。言う事を聞かなければ痛い目を見る事になる。」 戦自隊員はマシンガンを構えて言った。 “!” シンジ達は愕然とした。自分達が傷付けられる事等あってはならない筈なのに、目の前の人間はそんな事も厭わないらしかった。 マシンガンで威嚇され、シンジ達三人が教室の前に集められようとした時、教室にクミが入ってきた。 マシンガンを向ける間も無く、クミの持っていたモップの柄が戦自隊員の喉を直撃し、失神させた。 「何っ!?」 他の二人が反撃しようとマシンガンを構える前にクミは崩れ落ちた戦自隊員の身体を踏み台にしてジャンプし、ドロップ・キックを顔面に食らわせて二人を吹っ飛ばした。前にいた者は失神したが、後ろにいた者が立ち上がろうとすると、クミは催涙弾代わりに黒板消しをその顔面に投げつけた。そしてクミは一気に間を詰めると、再び蹴りを喰らわせて相手を壁に叩き付けた。 「悪く思わないでね。」 クミは貫手を相手の喉にぶち込んだ。崩れ落ちる相手の手からマシンガンを取ったクミは、もう二人の手からもマシンガンを回収した。 2年A組の生徒達は銃を持った相手を軽々と倒したクミの姿に唖然として声も出ない。 「それじゃ、行くわよ。」 クミがシンジ達に向けた顔はいつもの慈愛に溢れた優しい笑顔ではなく、厳しい戦士の顔だった。 だが、シンジ達は未だ状況が判っていなかった。 「何してるの、三人とも!時間が無いのよ!」 「は、はい!」 その声に促されたシンジ達はとにかくクミに従って廊下に出た。 「真辺先輩、一体どこに行くんですか?」 「ネルフよ。」 「でも、敵は一体…。」 シンジは言い掛けて、言葉を失った。教師の一人が身体から血を流して倒れていたのを見つけたのだ。 「な、何や!?何で先公が死んどるんや!?まさか、ドッキリか!?」 トウジは慌てふためいた。 「この人はおそらく本当はネルフの人間、或いはネルフの協力者。戦自に殺されたのね。」 「そ、そんな…どうしてネルフと戦自が戦う事に…。」 アスカの声も心なしか震え気味だった。目の前で本物の死体を見たのだから無理もない。 只一人、シンジは以前に本物の死体を見た事が有ったのでアスカやトウジよりは冷静だったが、それでも少々動揺していた。 「それは後で教えるわ。今はネルフまで行く事が大事。」 クミは伏敵の気配に注意しながらも足早に移動を続け、シンジ達三人もクミの後を追従した。 四人が昇降口まで来ると、そこには加持が待っていた。 「加持さん!!」 シンジとアスカは駆け寄った。 「しばらく見ませんでしたけど、どこに行ってたんですか?」 「ちょっと訳有りでね、身を隠していたのさ。それじゃ、行こうか。」 加持はたった一人で戦自の特殊車両を奪取していた。 「あらま。流石、超一流のエージェントは違うわね。」 クミは加持の手際のよさに舌を巻いた。その車両に残っていた戦自隊員達の姿はどこにもない。きっと、加持が何処かに片付けたのだろう。 「おおーい!」 と、そこにケンスケとヒカリが追いかけてきた。 「一体何がどうなっているのか、説明してくれよ…。」 「鈴原、また危ない目に遭うかも…。」 「済まないが、無関係の人間に話す事はできない。君達は早くこの街から避難するんだ。」 加持は冷たくそう言った。だが、友人達を、恋人を想う二人は引き下がらない。 「そんなのずるいですよ!僕の父はネルフの人間です。他にも親がネルフの関係者だって生徒もいます。無関係じゃないでしょう!それに、戦自の隊員がシンジ達を連れて行こうとしたところを目撃してるんですよ!何も知るなと言われても納得できません!」 「私だって…この先、もし二度と鈴原に会えない事になったとしたら…絶対に後悔する…何も知らずにいた事を…だから、教えて下さい。お願いします!」 ケンスケもヒカリも必死に想いの全てを加持にぶつけた。 「教えてあげた方がいいわ。二人だけでなく、チルドレンの三人にも。」 クミも加持に進言した。 シンジ達五人の真剣な表情を見て、加持は決意して口を開いた。 「ネルフは国連直属の組織として言わば治外法権的な存在だった。だが、日本政府はそれをおじゃんにして、攻撃を掛けてきたんだ。」 勿論、その裏にはゼーレの思惑もあるのだが、そこまで言うとケンスケ達も口を封じられるに違いなかったので加持は言わなかった。 「そんな、どうしてですか!?」 どちらも日本を守る為に存在してるのに、それが戦うなんてケンスケには理解できない。 「目的はエヴァンゲリオンの独占。使徒と同じ力を持つ兵器が五つもあるんだ。その気になれば世界征服も可能だ。だが、そんな事をネルフが承知する筈も無い。そして、武装解除しないネルフに対して戦自が実力行使に出た。」 「そうか…シンジ達を拉致しようとしたのも、パイロットを抑えてネルフが世界最強の兵器であるエヴァンゲリオンを使えなくしようと考えたんだ。」 ケンスケの言葉に加持とクミは頷いた。 「この第三新東京市も戦場になる。君達はすぐにできるだけ遠くに避難するんだ。」 「…でもっ!」 加持が避難勧告をしたが、ヒカリは涙声で首を振った。 「それでも、私、鈴原と一緒がいいっ!一緒なら…私、死んだって…。」 「…委員長、やめよう…。」 ケンスケは冷めた声でヒカリを制した。 「相田くん!?」 「…シンジ達は僕達とは違う…エヴァンゲリオンのパイロットとして、選ばれた存在なんだ…僕達の想いなんか、及びもしない立場にいるんだよ…。」 「ケンスケ…。」 「でも、同じ事だってある。それは俺達が友達だって事だ。だから、三人とも、今度の戦いが終わったら、また元気に学校に来てくれよ。」 ケンスケは、選ばれなかった者として、その想いの全てをぶつけて三人を見送る事にしたのだ。 「わかった。また、会おう、みんなで。」 シンジは力強く約束した。 「ケンスケ、ワシからも一つ、ええか?」 それまで黙っていたトウジが口を開いた。 「何だ?」 「イインチョの事、頼んだで。」 「鈴原…。」 ヒカリは思わずほろり一粒溢してしまった。 「ああ、わかった。」 ケンスケも力強く肯いた。 「お兄ちゃん、戦自がついにネルフに侵入したわ。急がないと。」 無線を傍受していたクミが加持に声を掛けて促した。 「ああ。みんな、車に乗るんだ。」 「じゃね、ヒカリ。」 アスカが親友に手を振って後部ドアから乗り込んだ。シンジ、トウジと続き、クミが最後に乗ってドアを閉めると、運転席の加持は車を急発進させた。 ケンスケとヒカリは涙を堪えてそれを見送った。 「で、どうやってネルフまで行くの?」 「強行突破だ。」 「そんな無茶をするとは戦自も思わないわね。」 「ところでクミ、奴らに止めは刺したのか?」 「まさか。みんなの前でそれはできないわ。失神させただけ。」 「そうか。ま、シンジくん達が無事なら十分だ。」 加持とクミのそのやり取りで三人は突然の出来事で忘れていたクミの強さを思い出した。 「しかし、驚いたで。真辺先輩って、えらい喧嘩が強いでんな。」 「まあね。」 「相手は戦自よ!そんなレベルじゃないでしょ! 」 アスカが暢気なトウジに怒鳴った。 「真辺先輩。今日こそ教えて下さい。貴女は一体何者なんですか?大きいバイクを軽々と扱ったり、何でも知ってたり、ネルフ本部を自由に出入りしたり…どう考えたって只の中学生とは思えません。」 シンジはクミに真剣な眼差しで問うた。 「いいわ、教えてあげる。」 クミは車内に有ったアサルト・ライフルやグレネード・ランチャー等のチェックを続けながら答えた。 「私は、貴方達チルドレンからネルフの情報を入手する為に第壱中に送り込まれた、日本政府のスパイよ。」 「スパイ!?」 シンジ達は思わず鸚鵡返しに訊き返した。 「そう。日本政府内務省中央情報局の特別任務捜査官。いつだったか、シンジくんに私のお母さんについて話した事有ったよね?」 「あ、はい…でも、本当のお母さんじゃなかったって…。」 ゲンドウと共に母の墓参をした日、偶然にもクミも母の墓参をしていたのだ。 「私のお母さんもスパイだった。でも、私が5歳の時、ある日突然いなくなった。私はある施設に入れられて、そこでお母さんがある組織、いえ、秘密結社に殺された事を知った。だから、多分最初はお母さんの仇を取る為にスパイになろうとしたんだろうと思う。そんな時、その人に逢ったのよ。」 「その人って?」 「俺もクミと同じ施設、政府のスパイ養成機関の出身なんだよ。」 車を運転している加持が後ろを振り向かずに答えた。 「じゃあ、真辺先輩と加持さんって、ずっと前から知り合いだったんですか?」 「そう言えば、さっき真辺先輩、加持さんにお兄ちゃんって言ったわね?」 「まだ7歳の癖に、ずっと年上の養成員に引けを取らない子供がいるって聞いてな。興味が湧いて見に行ったら、格闘戦で10歳年上の者を叩きのめしているクミがいたよ。たまげたね。」 加持は当時を振り返って言葉を紡いだ。 「強くならなきゃ、お母さんの仇を討つ事はできない…そう信じていた。でもお兄ちゃんは言ったの。私情に流されていてはすぐに死ぬ事になるって。それから、お兄ちゃんはいろいろと優しく教えてくれた。物事は時と場所と状況で変わる事、何が真実なのかは自分自身で確かめないといけない事…。」 「そ、それって…。」 シンジが何度か進むべき道を見失っていた時にクミが与えてくれた言葉だ。 「人の受け売りって言ったでしょ?あ、ちなみに、ガールフレンド=彼女なんて思い込んでるのも同じ人。」 「クミ、何か言ったか?」 「ううん、別に。ま、そんな訳で私は加持さんの事をお兄ちゃんみたいに思っている訳。もし、それよりももっと後…12歳ぐらいの時に初めて逢ってたら、多分アスカちゃんみたいに恋心を抱いたかもね。」 加持とクミのやり取りをアスカは羨ましく感じた。 「ちぇー、私に会う前から真辺先輩という女がいたんだ。悔しいな。」 「お、女って、そういう関係だったんでっか!?」 トウジはそんなところだけ反応して思わず口にしてしまった。 「何言ってんのよ。お兄ちゃんはロリコンじゃないわよ。ちゃんと葛城さんって恋人がいたんだから。」 「加持さんはいつからスパイの訓練を受けていたんですか?」 「高校生からだな。…俺が15の時、セカンド・インパクトがあった。その直後の食糧事情はひどいもんでな、親を失った子供達は食っていく為には食料を盗むしかなかった。俺のいたグループも同じさ。だが、ある日俺はミスをした。軍の食料庫に忍び込んで見つかっちまったんだ。警備兵は俺の頭に銃を突きつけてこう言った。仲間の居場所を言わなければ撃ち殺すってな…。」 シンジ達は加持のモノローグを声も出せずに聞いていた。 「…怖かった…どうしようもなく…それで、俺は…隠れ家の場所を喋ってしまった…隙を見て逃げ出して隠れ家に戻ってみたら、仲間はみんな殺されていた…俺は仲間の命を犠牲にして生き残ったんだ…俺は悲しくなって、それから怒りに燃えた。その後、15歳の自分に何ができる、って自棄になった。最後にこう思った。セカンド・インパクトさえなければ、こんな事にはならなかった、と。それから俺はセカンド・インパクトの真実を知ろうとした。」 「…それから…どうなったの?」 「ようやくその頃になって、政府はそういう犯罪に走る子供達を施設に押し込める事にした。と言っても只の養育施設じゃない。俺はスパイの養成施設に入れられた。昼間は学校で勉強、施設に戻ったら養成訓練。ある程度様になったら大学にも行かせてくれた。そこで葛城やリッちゃんに逢った。俺と葛城はすぐに恋に落ちた。それは、俺もあいつも心に同じような傷を持っていたからだと思う。」 「確かにミサトは胸に大きな傷があるけど…。」 アスカはいつぞや温泉で見たミサトの傷を思い出した。 「あいつはセカンド・インパクトの起きた南極から只一人生還したんだ。胸の傷はその時のものさ。でも、あいつは自分があの地獄の中で只一人生き残った事に傷ついていたんだ。何しろ、たった一人の生き証人だ。セカンド・インパクトの状況…あいつに言わせれば地獄絵図…それを来る日も来る日も根掘り葉掘り聞かれて、毎日思い出させられて…あの時父親と一緒に死んでいればよかった、とも言っていた。」 シンジは思い出す。ミサトが自分の父親の事を語った時の事を。もしかしたらミサトも自分と同じ想いを持っていたのかもしれないと思った時の事を…。 「あいつがネルフに入るって決めた時には内心驚いたよ。俺も内偵する為にネルフに入っていたからな。」 「で、時は流れて八年後、二人は太平洋上で運命の再会をした訳。」 クミが茶化して言った。 「そしてそこには一人前のスパイになったクミもいたって訳だ。」 「それからの私は日本政府の命令と言うよりは、お兄ちゃんの指示でいろいろ動いていた訳だけど…。」 クミは急に表情を変えてマシンガンを手にした。そして、加持がクミに戦闘に入る事を告げる。 「思い出話はそこまでだ。行くぞ、クミ。」 加持は検問所を見つけて加速した。 「了解。」 ライフルの安全装置を外して構えるクミ。 「シンジくん達は頭を低くしているんだ。」 「は、はい!」 シンジ達三人は頭を抱えると、身体を前に倒して姿勢を低くした。 ジオフロントへの道に検問を張っていた戦自は、接近してくるのが友軍の特殊車両だと気付いて気を緩めた。だが、停まる気配が全く無い事に気付いた時は既に手遅れの状態で、遮断棒を真っ二つに折られて易々と突破されてしまった。そして、その車両は何かを落としていった。 後方から爆発音が聞こえてシンジ達はギョッとした。 「何です、今のは?」 「後方撹乱の為の花火さ。」 シンジの問いに加持は冗談めかして答えたが。 「正直に爆弾って言ってもいいんじゃない?」 そう言いながら、クミは後方の追跡車両の存在を感じて後部ドアの覗き窓を開いた。 クミ達が乗っているのと同じ車両が数台、300m後方から追跡していた。 超人機エヴァンゲリオン 第25話「終わる世界」―――過去 完 あとがき