戦自の攻撃で、山頂にあるネルフのレーダー・サイトが次々と破壊されていった。 発令所に再び警報が鳴り響き始めた。 『第9から第14までのレーダー・サイト、沈黙!』 発令所にある幾つもの光学観測モニターが次々とサンド・ストームに変わっていく。 『特科大隊、強羅絶対防衛線より侵攻してきます!』 『御殿場方面からも2個大隊が接近中!』 「やはり、最後の敵は同じ人間だったな。」 予想どうりの展開に、冬月はやるせない表情で溜息混じりに呟いた。 『三島方面からも接近中の航空部隊3を確認!』 『双子山と駒ケ岳の…緊急封鎖、急げ!』 『強羅第二防衛…への侵入!』 『…現在交戦中!』 次々と報告される状況に、ゲンドウは重々しい声で指令を出した。 「…総員、第一種戦闘配置。」 「戦闘配置!?」 その指令が信じられずマヤは声を上げて司令席を見上げた。だが、ゲンドウと冬月の表情は変わらない。 「…相手は使徒じゃないのに…同じ人間なのに…。」 マヤは愕然として、顔をディスプレイに戻して小声で呟いた。 「向こうはそう思っちゃくれないさ。」 マヤの呟きに日向は視線だけで応えるが、彼自身もやるせなさを感じていた。 ジオフロント真上の第三新東京市街では、兵装ビルが次々と迎撃ミサイルを発射するが、戦自の戦闘機のミサイルが直撃して破壊された。 第壱中で目撃された市街の戦闘はこれら兵装ビルと戦自の戦闘だった。 地上での爆発はネルフ本部への全ての道が繋がるジオフロント天井部分のハブ・ステーションにも微弱ながら伝わっていた。 ゲート内側に配置された保安部員は思わず不安そうな表情を浮かべた。その直後、後方のシャッターの向こうからの爆発で保安部員は吹き飛んだ。 異変は各部署に起きていた。 「おい、どうした!?おいっ!!」 西側の車両ゲートにいる保安部員達がジオフロント天井のハブ・ステーションの通信が途絶えた事に気づき、呼びかけてみるが応答が有る筈も無い。 「どうした?」 「上のハブ・ステーションです。」 その瞬間、ゲートを塞いでいた装甲車両に突然二つの穴が空いたかと思うと、装甲車両は爆発し、辺りは炎に包まれた。 ついに戦自がジオフロントに侵入してきた。 『台ヶ丘トンネル、使用不能!』 『西、5番搬入路にて火災発生!』 『侵入部隊は第1層に突入しました!』 『ハブ・ステーションは閉鎖!』 各所から次々と戦自の侵攻情報が発令所に報告されていくが、ミサトはすぐに気付いた。 「西館の部隊は陽動よ!目的がEVAの占拠ならパイロットを狙うわ!至急、レイと渚君を零号機と四号機に待機させて!」 「はい!」 ミサトの指示を受けて日向が各部署にインカムで連絡を入れていく。 「他の三人はどうします?今は学校では…。」 マヤの指摘の直後、青葉のデスクにある赤い電話が鳴った。外部との通信は遮断されている筈なのに、とミサトも青葉も驚くが、とにかく青葉は電話を取った。 「はい…ええっ!?葛城三佐、第壱中が戦自に襲撃されました!」 「何ですって!?すぐに救出チームを編成して地上に急行させて!」 「いえ、それが、チルドレンは三人とも無事に脱出したそうです。」 「えっ?あ、そう…でも、どうやって…。」 一瞬、最悪の事態が心を過ぎってミサトの顔は真っ青になり掛けたが、チルドレン達が脱出した事にほっとし、続いてどうやって脱出できたのかを訝しがる。 「青葉二尉、誰からの連絡だ?」 冬月の疑問に、青葉は回線をオープンにした。 『もしもし、おい、聴いてるのか?今、全速力でそっちに向かってる。できたらコーヒーでも入れて待っていて欲しいんだが。』 こんな時にこんなお茶らけた台詞を吐く男は一人しかいない。 「か…加持っ!?あ、あんら、い、生きれ、生きてたのっ!!」 ミサトは青葉から電話をひったくって喚くが、驚きのあまり、口がどもり、呂律も回らない。 『あれ?喜んでくれると思ってたんだけどな?』 『お兄ちゃん!女と話してる場合じゃないでしょ!』 マシンガンか何かの銃器の発射音と共に少女の声も聞えてくる。その声もミサトは知っていた。 「ちょっと加持!何でそのコがあんたをお兄ちゃんって言うのよ!?」 チルドレンの安否の確認という肝心な事を忘れて怒鳴りまくるミサト。加持の話している相手が自分だと言う事に何故クミが気付いたのか、という疑問も感じなかった。 『うおっと、本当に電話してる場合じゃないな。とにかく三人は無事だ。ルートΩから行くよ。じゃあ、また後で。』 「こらっ、加持!加持いいいっ!」 電話は切れてしまった。 「また、あの小娘か…。」 ゲンドウはようやくクミと加持の繋がりに気付いた。 「碇、何故、あの男が生きているんだ?」 冬月は加持の生存が信じられない。 「まさか、あの小娘が生き返らせた、と言う事じゃないだろうな?」 クミの普通の人間には無い力の一部を垣間見た冬月はそんな想像をしてみた。 「わからん…だが、今は我々の味方のようだ。」 ゲンドウは久しいニヤリ笑いをしていた。 「葛城三佐。」 「何っ!?」 青葉が呼び掛けたものだから、ミサトはまた加持から連絡が有ったのかと勘違いして、先程のテンションのままで反応した。 「ファ、ファースト・チルドレン、フィフス・チルドレンとも所在不明です。位置確認できません。」 「殺されるわよ。捕捉、急いで。」 だが、レイはともかく、ATフィールドを生身で自由に操れるカヲルが戦自に殺される筈も無く、カヲルはいつもの曲をハミングしながらどこかに向かって歩いていた。 そして、やってきた場所はLCLの貯蔵プールだった。そのプールの中ではレイが一糸纏わぬ姿で沐浴していた。 「リリンは生きる為に互いに殺し合いを続けてきた。それはたった今でも続いている。果たしてこれもリリンの持って生まれた運命なのかい?」 [使徒]である自分を友達だからという理由で殺せない少年もいれば、理由も無く他人を殺していく大人もいる。誰がリリンに対してこのように仕組んだのか?それはADAMに対する存在であるLYLISなら知っている筈。 だが、レイはカヲルの言葉に無反応。 「答えて欲しいな。君なら知っている筈だ。」 レイはようやく振り返って口を開いた。 「もうすぐ、約束の時が来る…碇くんと一つになる時が…その時の為に、私は身を清めているの…ジャマしないでくれる?」 それだけ言って、レイはカヲルに背を向けた。 「やれやれ、恋は盲目とはよく言ったものだ。今、そこにある危機が見えないとはね。いいとも、僕は守るべき人を守りに行くよ。」 レイに半ば呆れながらも、シンジを想うその心を微笑ましく感じたカヲルは踵を返して出て行った。 その頃、クミはマシンガンを撃ちまくって追跡してくる戦自の車両を次々とスクラップにしていた。加持の運転技術は抜群で、カーブでも決してスピードを落とさない。戦自はスピードを緩めた所でタイヤをクミに狙い撃たれ、コントロールを失ってクラッシュしていた。 クミ達はジオフロントへの入り口に着実に近づいていた。 「追ってくる車は全部やっつけたわ。」 クミは加持に報告しながら、マシンガンを置いて次の得物を選ぶ。 「まだだ。今度は空から追ってくるようだぞ。」 加持はレーダーを見てヘリの接近をクミに示唆した。 「わかってるわ。」 クミは今度は対戦車ライフルを後方に構えていた。 戦自のヘリはすぐに現れ、バルカンを撃ってきた。が、加持は車を右に左に振ってそれを何とかかわす。そしてクミのライフルが発射され、バルカン砲のポッドに命中して破壊した。すると、ヘリは不意に上昇していった。 「チッ。」 クミは舌打ちすると、上部のハッチを開いた。 「クミ、無茶はするな!」 加持はクミの意図を察して言ったが、クミは聞かなかった。 「大丈夫。」 クミはライフルを持ってハッチから上半身を出した。 「クミ、前だ!」 ヘリは進行方向に待ち構えていた。そして、ミサイルを発射してきた。 「当たれっ!」 クミもライフルの引鉄を引くと、すぐにハッチから顔を引っ込めた。ライフルの鉄甲弾は狙い過たずミサイルの弾頭に命中し、ミサイルは空中で爆発した。その爆発音にシンジ達は思わず身を竦めた。そしてその爆炎は地上まで達したが、加持の操る車はそれを突破し、ヘリの直下を通り過ぎた。 そして、ようやく前方にジオフロントへのトンネルの入り口が見えてきた。 「もうすぐだ。」 だが、戦自のヘリは何故か砲撃もせずにどんどん接近してくる。 「体当たりする気!?」 クミはグレネード・ランチャーを手にするや否や、後部ドアを開け放った。 ヘリはすぐそこまで迫っていた。が、クミは躊躇する事無くグレネード・ランチャーを発射した。 グレネード弾はヘリに正面から命中し、見事にヘリを吹っ飛ばした。だが、ヘリの爆発はそれほど離れた所ではなかった為、クミはもろに爆風を受けた。 「きゃあああっ!!」 クミはシンジ達の座席に背中から激突した。 「クミ、大丈夫か!?」 「…うん…まあ…何とかね…。」 加持がクミに声を掛けると、クミは声を途切れさせながらも返事した。 「真辺先輩!?」 シンジ達が身体を起こして後ろを見ると、クミが左腕と頭部から血を流して横たわっていた。ヘリの爆発の破片で負傷したのだ。 「だ、大丈夫ですか、真辺先輩!?」 「大丈夫…大した事ないわ…。」 クミの身を案ずるシンジにクミは答えて微笑んだ。 「アホな事を!頭を怪我してるのに大した事無い訳あらへんがな!!」 トウジもそう言いながら、自分のポケットにハンカチかティッシュかが入ってないかとまさぐる。 「加持さん、真辺先輩を手当てしないと。」 アスカが前の座席に身を乗り出して加持に言うが、加持の言葉は…。 「クミが大丈夫と言ったら大丈夫なのさ。」 「そんな!何言ってるのよ、加持さん!」 「アスカちゃん、心配しないで。こんな怪我、すぐに治るから。」 「何言ってるんですか、そんなに一杯血が出ているのに………あれ?」 アスカが振り返ってクミを見ると、頭部も左腕も、傷はもう塞がって血も止まっていた。 「え…ウソ、何で?」 「多分、気功の一種らしい。中国四千年の神秘ってヤツだな。」 加持はクミの「チカラ」をそのように説明した。勿論、真実は異なる事を加持は知っている。 「それじゃ、真辺先輩は中国の武術の達人なんでっか?そうか、だから強い訳やな。」 「…まあ、そう言う事にしとくわ。」 一人で勝手に納得しているトウジを見て、クミはどことなく疲れを感じていた。 『セントラル・ドグマ、第2層まで全隔壁を閉鎖します。非戦闘員は第87経路を使って避難して下さい。』 アナウンスと同時にセントラル・ドグマ第2層までのありとあらゆるパイプラインの隔壁が次々と閉じられていく。同時に通路の隔壁も次々と降りていくが、第1層に繋がる最後の隔壁が降りた直後、第1層側からその隔壁が爆破された。 『地下第3隔壁突破。第2層に侵入されました!』 青葉の報告で発令所の緊張感が更に高まる。 「戦自、約1個師団を投入か…占拠は時間の問題だな。」 苦虫を潰した様な顔で冬月が呟くと、徐にゲンドウが席を立った。 「冬月先生…。後を頼みます。」 「…わかっている。ユイ君によろしくな。」 最早猶予は無い。ゲンドウは遂に時が来たと決断し、冬月に後事を託して地下へ向かう。冬月も未来をゲンドウに預け、振り向かずに答えて見送った。 冬月の言ったとおり、ネルフ側の戦況は悪化していた。 ネルフの保安部員は戦闘訓練を受けている職員、それに対し戦自は戦争のプロである。 通路の消火栓ボックス等を有効利用しながら着実に前進していく戦自の制圧部隊。地下駐車場では車の影に隠れ、携帯バズーカを発射して前方の敵を排除する。 メイン・シャフトにも既に戦自のVTOLが侵入し、横穴に潜んでいたネルフ職員に容赦なくバルカン砲の雨を降らせた。 メイン・シャフトを爆炎が降下して行き、炎が燃え盛る一画を前屈みになって戦自の制圧部隊が駆けて行く。 『第2グループ応答無し。』 『77電算室、連絡不能。』 「52番のリニア・レール、爆破されました。」 先程から発令所へ引切り無しに入ってくる報告は旗色の悪いものばかりだった。 「たち悪いな!使徒の方がよっぽど良いよ!」 日向は吐き捨てる様に愚痴るが、コンソールのあちこちに目をやりながら対応を続ける。 “無理もないわ。みんな人を殺す事に慣れてないものね。” ミサトは表情を引き締めて戦況を見据え、腕を撫して乾いた唇を舌で舐めた。 その頃、地上のとある山中から戦況を見守っていた戦自師団長は双眼鏡を下ろして呟いた。 「意外と手間取るな。」 「我々に楽な仕事はありませんよ。」 戦自副長が答えたその時。 『緊急連絡!EVAパイロット三人を乗せていると思われる車両を発見!ルートΩから接近中!』 「すぐにルートを塞げ!爆破しても構わん!」 戦自師団長はすぐに迎撃命令を出した。 「追撃した1個中隊が壊滅、ヘリも撃墜された…一体何者がいるんでしょうね?」 「おそらく、プロの傭兵だろう。それも、恐ろしく腕の立つ…。」 “…まさか…あの…スプリガン!?” 戦自師団長は三人のチルドレンを守護する人物の正体をそのように考えていた。勿論、クミが海外で戦場を駆けていた事など全く無かった。 戦自の殺戮は続く。 同僚の男性職員を泣きながら引きずって逃げようとしていた女性職員を見つけた戦自隊員は有無を言わさず射殺した。 とある角の向こうに伏敵がいると睨むや否や、爆弾を放り込んで殲滅する。 運悪く戦自隊員と出くわしてしまった男性職員は逃げようとして背後から銃弾を浴びて倒れた。 「赤のケーブルから優先して切断。」 電源ケーブルを断線させていく戦自隊員。 電源室に隠れていた女性職員達は戦自隊員の火炎放射器で無残な最期を遂げた。 『第3層Bブロックに侵入者!防御できません!』 「Fブロックからもです!メイン・バイパスを挟撃されました!」 青葉の報告を聞いてミサトは決断した。 「第3層まで破棄します!戦闘員は下がって。803区間までの全通路とパイプにベークライトを注入!」 「はい!」 青葉がベークライト注入を実行に移す。 『第703からベークライト注入開始!完了まで30。』 事切れた職員達を飲み込みながらベークライトが通路を埋めていった。 「これでしばらくは持つでしょう。」 ミサトは一息入れた。が、直後、日向が血相を変えてミサトに振り向いた。 「葛城三佐!ルートΩに戦自1個中隊が移動!このままではシンジくん達が!」 「まずいわね、完全に道を塞いでいるみたいよ。」 クミは上部ハッチから顔だけ出して前方の状況を確認した。ちなみにまだ戦自は木陰に隠れたこちら側を確認できてはいない。 「そうか。俺の力じゃどうしようもなさそうだな…クミ、済まないがお前のチカラを出してくれないか?」 加持の言葉にシンジ達は首を傾げた。 「加持さん、それってどういう意味ですか?」 「真辺先輩は加持さんよりも強いって事ですか?」 「いくら真辺先輩が強くても、たった一人でどうせいっちゅうんでっか?」 「いや、えーとだな…。」 三人の質問に加持がどうやって話せばいいものかと思案しようとした時。 「ネルフから迎えが来るのを待ちましょう。」 クミは遥か前方を透視しながら車内の四人に答えた。救いの主は現れようとしていた。 「非戦闘員の白兵戦闘は極力避けて。向こうはプロよ。ドグマまで後退不可能なら、投降した方がいいわ。」 ミサトは日向にそう言いながら、自分の銃の弾装にカートリッジを差込み、初弾を装填した。自分が先頭に立ってシンジ達を救出に行くつもりなのだ。無論、自分が居なくても日向が自分の代わりができると信じての決意だった。 「ゴメン、後よろしく。」 「はい。」 ミサトは日向の耳元で後事を託す言葉を告げ、駆け出した。その直後、発令所を衝撃が襲い、ミサトはスっ転んだ。 「な、何!?」 「ルートΩからの入り口付近にATフィールド発生!」 「まさか、使徒!?」 「いえ、これは…フィフス・チルドレンです!」 「渚くん!?」 その頃、シンジ達を手薬煉引いて待ち構えていた戦自は、突如後方から現れた制服姿の中学生を見て瞬時にEVAパイロットと判断して発砲したが、カヲルのATフィールドの前には何の効果も無かった。 「まさか!?こいつは使徒なのか!?」 「何でネルフの中に使徒がいるんだ!?」 戦自は前方に向けていた全ての火器をカヲルに向けて発射したが、カヲルはATフィールドの向こうで涼しい顔をしていた。 「お兄ちゃん、今よ!」 「わかった。」 加持は車をスタートさせた。クミは上半身を上部ハッチから出してグレネード・ランチャーと対戦車ライフルを両脇に抱える。 「後方より目標接近!」 「何っ!?」 戦自中隊長はその報告に振り返ったが、その時には周囲にグレネード弾や鉄甲弾が雨霰と降り注いでいた。 「前方の使徒の接近を防げません!」 「何っ!?」 戦自中隊長はその報告に振り返ったが、その時には目の前にATフィールドのオレンジの光壁が迫っていた。 戦自はクミのムチャクチャな攻撃を受けて隊形がバラバラに崩れた後、カヲルのATフィールドに吹っ飛ばされていった。その間隙を見逃さず、加持は戦自の網の中を突破する事に成功した。 EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION EPISODE:25+ Love is destructive. 「やあ、待っていたよ、シンジ君。」 カヲルは微笑むとATフィールドを切った。 「カヲル君!迎えに来てくれたの!?」 「そうさ。恩返しだよ。」 「カヲル君、ありがとう。」 カヲルに握手の手を差し出して歩み寄ろうとしたシンジをアスカが止めた。 「ちょっと待ってよシンジ。今、この人、ATフィールド使ってなかった?」 「そうだよ。カヲル君は生身でATフィールドを出せるんだ。」 「シンジ、ちょっと待てい!したら何か、こいつは使徒じゃないんかい!?」 トウジはカヲルを睨んで警戒する。 「それは貴方達も同じよ。」 クミの言葉にシンジ達三人は振り返った。 『第一発令所の爆発を肉眼で確認。』 無線を傍受していた加持は車から降りて全員に声を掛ける。 「みんな、ケージへ行こう。」 「歩きながら真相を教えてあげるわ。」 クミは加持からマシンガンと拳銃を受け取ると装備しながらシンジ達三人に言った。 第一発令所爆発の報告はミサト達の耳にも届き、日向と青葉は引き出しを開けて小火器を取り出し、白兵戦に備え始めた。 「分が悪いよ。本格的な対人要撃システムは、用意されてないからな、ここ。」 「ま、せいぜいテロどまりだ。」 「戦自が本気を出したら、ここの施設なんてひとたまりも無いさ。」 「今、考えれば、侵入者要撃の予算縮小ってこれを見越しての事だったのかな?」 「在り得る話だ。」 日向と青葉がそんな話をしていると、前方左翼下部のロックされていた出口が爆発で吹き飛んだ。 『第二発令所、左翼下部フロアに侵入者!』 シールドを構えながら戦自隊員数名が侵入し、銃撃戦が始まった。 日向は椅子を降りて、コンソールに身を潜めて下方の様子を伺う。 マヤは怯えてコンソールの下に逃げ込んでいた。 青葉はマヤの傍にしゃがみ、銃を渡す。 「ロック外して。」 だが、マヤは呆然として呟く。 「私…私、鉄砲なんて撃てません。」 「訓練で何度もやってるだろ!」 「でも、その時は人なんかいなかったんですよ!」 マヤが抗弁した時、流れ弾が二人の身体を掠めた。 「バカッ!撃たなきゃ死ぬぞ!」 そう言われても、マヤは恐怖で涙を浮かべながら震えているだけだった。 レイは一糸纏わぬ姿でダミー・プラントの前にいた。かつて自分と同じ姿をしていた者が今はボロボロの肉片に崩れてLCL内を漂っている。しかし、それを見つめるレイは無表情だった。 「レイ。」 声を掛けられてレイが横を見ると、奥から誰かが歩み寄ってきた。 「やはりここにいたか。」 ゲンドウだった。 「約束の時だ…さあ行こう、レイ…お前はこの日、この時の為に生きてきたのだ。」 「はい。」 『第2層は完全に制圧。オクレ。』 『第2発令所MAGIオリジナルは未だ確保できず。左翼下層フロアにて交戦中。』 『フィフス・マルボルジェは直ちに熱滅却処置に入れ。』 『EVAパイロットは発見次第、射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する。』 『柳原隊、新庄隊、速やかに下層へ突入!』 既に何十人のネルフ職員が殺されたのだろうか。もはや戦意を失い、両手を挙げて降伏しているネルフ職員を問答無用で射殺していく戦自隊員。 『第7ケージの山岸支隊はどうか?』 『青のヤツは確保しました。ベークライトの注入も問題ありません。』 シンジ達をネルフに入れる前に殺そうとしたものの、思惑が外れた戦自は、先にEVAを確保してチルドレンとの物理的接触を絶とうとしていた。 『四号機ケージ、侵入されました!』 『N−2通路にて交戦中!もう保ちません!』 「構わん!ここよりもターミナル・ドグマの分断を優先させろ!」 戦自隊員が発令所に迫っているが、冬月は大事を取り、受話器の向こうへ指示を出した。 「あちこち爆破しているのに、やっぱりここには手を出さないか。」 「一気にカタを付けたいところだが、下にはMAGIのオリジナルがあるからな。」 「できるだけ無傷で手に入れておきたいんだろう。」 「ただ、対BC兵器装備は少ない。使用されたらヤバいよ。」 「…N2兵器もね。」 ミサトがボソッと呟いた。マヤは自分のクッションを抱きかかえてコンソールの下で怯えていた。 真っ青な空、そして海。そこに現れた輝く球体が第三新東京市に向かって一直線に落ちていった。 そして光球は見えなくなったと思いきや、先程よりも大きな姿を現し、第三新東京市の中心を跡形も無く吹き飛ばした。そしてその爆発エネルギーはジオフロント上部の装甲板をも融解させ、ジオフロントにまで達した。 そして、激しい衝撃波がネルフ本部を襲った。 「チッ!言わんこっちゃないっ!」 「奴等、加減ってものを知らないのか!」 発令所は非常灯の赤い色に染まっていた。 「無茶をしおる。」 冬月は二人に比べ、冷静に呟いた。 だが、ネルフ本部上空に広がった穴から更に無数の弾道弾が落ちてきた。 「ねぇ!どうしてそんなにEVAが欲しいのっ!?」 再度ネルフ本部を襲う激しい衝撃に、恐怖に耐え切れなくなったマヤは誰に尋ねるともなく泣き喚いた。 “サード・インパクトを起こすつもりなのよ。使徒ではなく、EVAシリーズを使ってね…。” マヤの問いにミサトは心の中で答えた。 <首相官邸・第3執務室> 受話器から聞こえるのは通話中を知らせる音だけだった。 「…電話が通じなくなったな。」 「はい、3分前に弾道弾の爆発を確認しております。」 首相が受話器を置くと、机の右脇に立つ女性秘書が応えた。 「ネルフが裏で進行させていた人類補完計画。人間全てを消し去るサード・インパクトの誘発が目的だったとは…とんでもない話だ。」 「自らを憎む事のできる生物は、人間くらいのものでしょう。」 「さて、残りはネルフ本部施設の後始末だが…。」 「ドイツか中国に再開発を委託されますか?」 「買い叩かれるのがオチだ。20年は封地だな、旧東京と同じくね。」 「ゼーレ?」 ケージに向かいながらシンジ達はクミから真相の説明を受けていた。 「そう。NERVが神経なら、SEEREは魂。それがこの星の人々を紀元前から陰で操ってきた秘密結社。」 「秘密結社って、何か悪の集団みたいでんな。」 「いい所ついてくるわね、トウジくん。ま、それはともかく、ゼーレは永年、それがいつの時代まで遡るのかはちょっと不明だけど、ある野望を持っていた。ネルフはゼーレの野望を実行する為の機関として作られたの。」 「その野望って?人類を陰から操っているのなら、世界征服してるって意味でしょう?それ以上、何を望むって言うんですか?」 シンジの問いに答える為に、クミは説明を続ける。 「人類と言うのは使徒から見れば言わば群体。ただ、個々の人間一人一人の心には何がしか欠けた部分が存在する。そのせいで、本当は一人で生きられるのにみんなで生きようとする。心の飢餓が他人を求める。寂しい、悲しい、愛しい…一人で生きる為にはいらない感情。でも、他人の心がわかる筈も無いから、時に傷付け合い、憎み合う。その悲惨な結末が戦争…。でも、使徒は一人…というか、一体だけで存在するのは、人間みたいに心に欠けた部分がないからよ。」 「あの、何だか私達も使徒だって言ってるように聞えるんですけど…?」 流石にアスカは理解が早かった。 「そのとおりよ。」 「は?」 「貴方達人類は、第一使徒と呼ばれるADAMと第二使徒と呼ばれるLYLISによって生み出された、第18番目のリリンと言う名の群体の形をした使徒なのよ。」 「そんなバカな!?」 「ワシら、生まれ付いての軍人とはちゃいまんがな。ネルフに入ってから軍人になったんでっせ。」 トウジは群体と言う言葉を知らないようで、軍隊と勘違いしたらしい。 クミは一つ溜息をついてから、話を続ける。 「生物の身体の構成因子を分析すると、その生物の種固有の波形パターンという物が出てくるわ。シンジくんが2番目に倒した使徒を分析した結果、構成素材の違いはあっても信号の配置と座標は人間の遺伝子と99.89%同じ。渚くんならもっと高い数値でしょうね。」 「僕の身体その物は、リリンと同じだからね。つまり、僕とリリンの違いは、単体か群体か、それだけなのさ。」 カヲルは肯きながら答えた。 「それからもう一つ、貴方達がエヴァンゲリオンと呼んでいる巨人も人類と99.89%同じよ。つまり、エヴァンゲリオンとは人類が操る使徒、と言う事ね。」 「だからこそ、使徒をEVAは倒す事ができるんだな。」 「EVA…人の心を宿らせた巨大な人間…。」 シンジの言葉にアスカが首を傾げる。 「シンジ、何の事?」 「EVAは僕達と同じ人間なんだ。ただ、生まれた時、EVAには心が無かった。だから、人間から心をサルベージしてEVAに宿らせた。リツコさんが教えてくれたんだ。」 「EVAに宿らせた心とパイロットの心がシンクロして、初めてEVAを動かす事ができる訳。」 「じゃあ、私の弐号機にも、誰かの心が入ってる…。」 以前、レイがEVAには心がある、という事を言っていたのをアスカは思い出した。 「かもしれない…。」 「誰の!?…初号機には、誰の心が入ってるの?」 「…僕の…母さんらしいんだ…。」 「ええっ?シンジのお母さんって、もう…死んでるんじゃ…。」 「だけど、僕はEVAに乗ってて、何度か母さんを感じた事があるんだ。アスカやトウジは感じた事は無い?」 「…全然…。」 「ただ、エントリー・プラグの中に居たら、何となく安心するというか、ほっとするというか…。」 「心が安らぐ?」 「そうそう、心が安らぐ感じがするな。」 「鈴原の口から心が安らぐなんて言葉が出るなんて、何か変〜。」 「う、うるさいわい!」 アスカの皮肉にトウジが怒鳴り返した。 「ちょっと、アスカちゃん。大事な話をしているのよ。」 「はあ…済みません、話の腰を揉んでしまって…。」 アスカはクミに素直に謝ったが。 「話の腰を折る、なんだけど…。」 シンジが間違いを指摘したので、アスカは顔を赤くして俯いた。 「話を本筋に戻すわ。人類は群体の形をした使徒。だけど心に欠けた部分を持っている。そしてこれ以上進化しない。だから、ゼーレは人類が群体として行き詰ったと考えて、人類の補完を夢見てきた。」 「補完?」 「全ての人類が一つになり、心の欠けた部分を補い合う。それが人類補完計画。ゼーレは有史以前から存在したという、死海文書という古い文献を調べて真実を知った。全ての使徒はADAMとLYLISによって作られた事。人類もリリンと言う名の使徒であり、他にも15の使徒が存在する事。南極にADAM、日本にLYLISが眠っている事。」 「南極!?」 「そして、ADAMとLYLISが融合すれば全てが終わりになり、全てが新しく始まる、という記述。それこそ、サード・インパクトを意味してるのよ。ただ、その融合の際に何がしかのファクターが加われば、人類が滅亡するのでなく、群体から単体へ生まれ変わる事ができる。そうすれば人類は今よりずっと幸福になる、ゼーレはそう信じているけど、そんなの独善に過ぎないわ。」 「要するに、赤信号みんなで渡れば怖くない、って事やろか?」 「…はぁ〜…お兄ちゃん、交代して…。」 トウジのボケにどっと疲れの出たクミは大きく溜息をして加持に交代してもらった。 「じゃあ、セカンド・インパクトって?」 「南極でゼーレはADAMについてある実験をしていた。それは、どうすればADAMを自由に操れるかという事。そしてその実験は失敗した。ADAMは南極で目覚め活動を開始しようとした。その目的は、人類を監視し、自分の意図と違った存在になっていればそれを消去し、LYLISを目覚めさせて新たな人類を作る、と言う事。焦ったゼーレは、何とかADAMを止めようとして最後の手段を使った。その方法とは、ADAMからエネルギーを放出させ、胎児に還元するというもの。それは成功したが、ADAMからのエネルギー放出で南極は全ての生命諸共消滅した。葛城は偶然生き残ったに過ぎない。それが、セカンド・インパクトの真相。」 「それじゃ、バカでっかい隕石がぶつかったと言うのは嘘なんでっか?」 「そうだ。真実を知られたら困った事になるから、ゼーレが真実を隠蔽する為に大嘘をでっち上げたのさ。世界を支配しているゼーレが国連を意のままに操る事なんて簡単だからな。…だが、困った事にそれだけでは済まなくなったんだ。」 「何故?」 「ADAMが一度目覚めた事によって他の使徒も目覚める事がわかったからさ。使徒って、必ず第三新東京市にやってくるだろ?何故だと思う?」 「人類を滅ぼす為でしょう?」 「それは結果に過ぎない。本当は自分が生き残る為。ADAM、或いはLYLISと使徒が融合すれば、その使徒は生き残り他の使徒は全て滅びるからな。」 「あ、でも、太平洋でアスカに初めて会った時、使徒が襲ってきましたよ?」 「それはADAMを目指していたのさ。胎児に還元されたADAMを碇司令に渡す為に俺が持ち出してきていたんだ。」 「ま、使徒って言うのは自分さえ良ければ、ってヤツばっかりだったのね。でも、渚くんは違った。」 「シンジ君のおかげだよ。僕が第17の使徒・タブリスでなく人として生きようと思ったのは。シンジ君に出会ってなかったら、シンジ君が僕を友達って言ってくれなかったら、僕は自分だけ生き残ろうとしたかもしれない。」 「そう。渚くんとシンジくんのように、人と使徒は一緒に生きて行ける筈だ。でも、ゼーレは自分達の野望の為に、自分達の独善的な判断だけで、目覚めてくる全ての使徒を倒し、人類補完計画を実行しようとした。そしてその実行者として選ばれたのが、シンジくんのお父さんだった。」 「ええっ!?」 「その実行力・判断力等、全てにおいて碇ゲンドウほど有能な人物はいなかった。事実、彼はADAMの分析データを元にしてEVA零号機を作り出していた。で、如何にして碇ゲンドウに人類補完計画を遂行させるかをゼーレは考え、そして実験で事故が起きるよう仕組んだ。」 「まさかっ!?」 シンジの目が大きく開かれた。 「シンジくんのお母さんはEVA初号機の起動実験でEVA初号機に取り込まれてしまった。つまり、EVA初号機には、碇ユイの心が宿っている。…勿論、碇ゲンドウもそれは知っている。だから、EVA初号機を一番大事にする。」 「じゃあ、僕を呼んだのは…。」 「知っていた、いや、信じていたのさ。シンジくんなら必ずシンクロできる、起動できる事を。」 「それじゃ…父さんは…母さんを殺されたと知っていながら…ゼーレの野望の為にその計画を実行しようとしているの?」 「それは違うな。碇ユイの身体は死んだが、心は生きている。碇ゲンドウは碇ユイともう一度巡り会う為、人類補完計画を提唱した。でもその目的は、ゼーレの野望どおり全人類の補完ではなく、彼と彼女二人だけの補完だった。そうすれば、ゼーレの野望は潰える。冬月副司令はゼーレの野望を打ち砕く為だけに碇ゲンドウと手を結んだに過ぎない。そして、EVA初号機の活動を停止させる力を持つ、ロンギヌスの槍を宇宙へ捨て去った。」 ロンギヌスの槍は現在、月に突き刺さっている。人類の力ではもはや回収は不可能だ。 「碇ゲンドウ、つまりネルフが自分達に従うつもりはない事に気付いたゼーレは、ネルフが人類滅亡を誘発するサード・インパクトを起こそうとしている、という大嘘情報を日本政府に流した。慌てた日本政府は国連直属のネルフの法的保護を反故にして、ネルフに攻め込んできたんだ。」 「でも、何故ワシらが狙われなきゃならないんでっか?」 「ネルフ最大の武器である超人機…違った、エヴァンゲリオンはパイロットがいないと動かせないからよ。」 クミはつい、言葉を言い間違えてしまったが、シンジ達は特に気にしなかった。 「生き残るには、戦うしかない。それが、ゼーレの野望を阻む事にも繋がる。」 シンジ達はケージについた。 『表層部の熱は引きました。高圧蒸気も問題ありません。』 『全部隊の初期配置、完了。』 その時、ジオフロントの森の中に隠されたゲートが開いてEVA零号機、EVA初号機、EVA弐号機、EVA参号機、EVA四号機が姿を現した。 各ケージに侵入を企てた戦自の各1個小隊は、加持、クミ、カヲルの三人によってことごとく壊滅させられたのだった。 「直ちに全航空部隊の攻撃開始だ!」 「了解!」 戦自師団長の命令を戦自副長が伝達していく。 一方、チルドレン達は、頭上に広がる青空を見て愕然としていた。 「これは一体…?」 ジオフロントから空が見える筈がないのに、と訳がわからないシンジ。 「N2爆弾を第三新東京市に使ったようだわ。」 何故かそこにいるレイはあくまでも冷静だった。 「まさか、そんな!それじゃ、第三新東京市の人達は…。」 数千人以上の人々が死んだと推測され、アスカは驚愕した。 「許さん…ワシはこんなん許さへんで!」 戦自の暴挙に、拳を震わせて怒りに燃えるトウジ。 「他人の命をいくらでも軽んじる…好意に値しないね。」 相変わらず詩的なモノローグのカヲル。 と、そこに、戦自のジェット戦闘機が、VTOL機が、戦闘ヘリが続々と飛来してきた。 「ミサトさん、やりますよ!」 『頼むわ。』 チルドレンのリーダーたるシンジがミサトに確認を取り、EVAは戦自航空部隊への迎撃を開始した。勿論、各機が手にした得物を使うまでも無い。 「各機、ATフィールド全開!」 EVA四機のATフィールドの前には戦自航空部隊はひとたまりも無かった。何度となく誘導兵器で攻撃しても、ATフィールドがそれを阻み、バルカン弾ははじき返され、ミサイルはぶつかった衝撃で破壊された。それどころか、ATフィールドがいきなり大きく展開し、それにぶつかった航空部隊は次々と吹っ飛ばされ、味方同士で激突、あるいはジオフロントに落下し、爆発炎上した。 「忌むべき存在のEVA。またも我等の妨げとなるか。…やはり、毒は同じ毒をもって制すべきだな。」 ゼーレは待機していた量産型EVA1〜9号機の出撃を指令した。 超人機エヴァンゲリオン 第25話+「Air」―――終局 完 あとがき