超人機エヴァンゲリオン

第19話

男の戰い

 「伊吹二尉。誰が止めろと言った?」
 ゲンドウがマヤに厳しい目を向けた。マヤが勝手に停止させたと思ったのだ。だが、マヤの回答は驚くべきものだった。
 「いえ、私は何もしていません。システムは正常に作動中です。」
 「では、何故初号機は止まったのだ!?」
 「原因不明です。」
  
 「どっひゃー…今度は血の海か。」
 制服姿のクミはEVA初号機の脇を駆け抜け、エントリー・プラグの傍で立ち止まり、そこでEVA初号機に振り返った。
 シンジの背後で回転していたディスクが音も無く止まった。
 「ダミー・システム、自動停止しました。」
 「どういう事だ?」
 「?」
 俯いて忍び泣きしていたシンジは変化に気付いて顔を上げ、クミの存在に気付いた。
 「…真辺…先輩…何故ここに?…。」
 クミはシンジに軽く手を振ると、EVA初号機が掴んでいるエントリー・プラグの緊急脱出ハッチを開いて中に入っていった。そして、少しして出てくると、シンジに向かって両手で頭上に大きな輪を作った。シンジはすぐにその意味に気付いた。
 「パイロット…生きてるんだ!」
 シンジの悲しみに満ちた表情が和らいだ。
 「むっ?碇、あれは…。」
 冬月はEVA初号機の外部カメラによる映像にクミが映った事に気付いた。
 「あの小娘は処理した筈ではなかったのか?」
 「誰でもいい、近くにいる者はエントリー・プラグの傍にいる娘を捕まえろ!」
 ゲンドウは冬月の指摘に応じてすぐに命令を出した。が、その途端、クミは走り出し、近くの森の中に入って姿を隠してしまった。

 「こっちにもいたぞ!生存者だ!急いで救護を回してくれ!」
 「第3班は807のデータを消去だ!急げ!」
 大爆発が起きた松代の第二実験場跡地では、生存者の救出や不都合なデータの隠滅が行われていた。その喧騒で、ミサトは目を覚ました。
 “…生きてる?…。”
 ミサトの目の前には加持がいた。
 「…加持…。」
 「生きててよかったな、葛城…。」
 「…リツコは?」
 「心配無い。君より軽傷だ。」
 「そう…参号機は?」
 加持は辛そうに答えた。
 「使徒…として処理されたそうだ…初号機に。」
 ミサトは息を飲んだ。そして、加持から顔を背けて呟く。
 「私…私…シンジくんに…何も話してない…。」

 野辺山では、ようやく救護班が到着し、EVA参号機からパイロットを救出した。
 その様子を見ていたシンジは、エントリー・プラグからストレッチャーに乗せられたパイロットを見て愕然とした。
 「そんな…嘘だろ…どうしておまえが…トウジ…。」
 親友を殺しかけたという衝撃に、シンジの心は悲しみと憤りとで真っ二つに張り裂けそうだった。
 『…シンジくん…。』
 エントリー・プラグ内にミサトからの通信が入った。
 「…ミサトさん…無事だったんですね…。」
 『うん…ゴメン、シンジくん…私、貴方に大事な事を言わなきゃいけなかったのに…こんな事に…。』
 「………今更…謝られたって………。」
 シンジの冷たい声にミサトは声を失った。フォース・チルドレンが誰なのか、シンジはもう知ってしまっている…それがすぐにわかった。

 数時間後、EVA初号機はネルフ本部内のケージに固定されていた。だが、シンジは怒りに満ちた表情でエントリー・プラグの中にいた。
 「だめです。EVA初号機の連動回路、カットされました。」
 マヤの報告を受けて冬月が問う。
 「射出信号は?」
 「プラグ側からロックされています。受信されません。」
 シンジは、ある目的の為にEVA初号機をたった一人で占拠するという暴挙に出たのだ。
 「シンジ君、聞えるか?バカな真似はよすんだ!ああしなければ君が死んでいたかもしれないんだぞ!」
 「そんなの、理由になるもんか!僕はそれでもよかったんだ!」
 「シンジくん、聞いて!碇司令の判断が無ければみんな死んでいたかもしれないのよ!」
 「じゃあ、トウジを殺してもいいって言うのか!?人の命の重さは誰だって同じ筈だ!」
 キレたシンジは驚くほど論理的に反抗する。在り来たりの言葉では説得は無理だった。
 「初号機にはまだ1分エネルギーが残ってるんだ。僕が自棄を起こす前に答えてよ!何でトウジを殺そうとしたんだ!?」
 シンジが誰に問いかけているかは訊かなくてもわかる。オペレーターの一同はゲンドウを振り返った。
 「父さん!そこにいるんだろう!答えてよ!」
 「…LCL圧縮濃度を限界まで上げろ。」
 ゲンドウはシンジに答える代わりにその指示を出した。
 「子供の駄々に付き合ってる暇は無い。」
 「…はい。」
 急にシンジを包んでいるLCLの色が濃くなった。
 「がはっ!」
 瞬時に気を失うシンジ。
 “ちくしょう…ちく…しょ…う…。”


 EVA初号機とEVA参号機の戦闘によって破壊された街は、至る所が赤く染まり、凄惨な光景を見せていた。
 「まだ、使えるかもしれないわね…。」
 頭に包帯を巻いたリツコが実況見分を行っていると、そこに骨折した腕をギプスで固定したミサトがやってきた。
 「もういいの?」
 「仕事ができれば問題無いわ。」
 今は仕事に没頭してシンジの事を忘れたいミサトだった。

 病室でまだ目を覚まさないシンジ。そのベッドの左右から、レイとアスカが椅子に座ってシンジを見守っていた。
 「…夢でも見てるのかな?」
 「…夢?」
 アスカの言葉に何か不思議さを感じたレイが鸚鵡返しに呟いた。
 「そ。…あんた、見た事無いの?」
 レイは無言で考え込む。

 隣の病室ではトウジが目を覚まそうとしていた。
 「…ここは…どこや?…ワシは…。」
 「ここはネルフの病院よ。」
 声の方を見ると、そこにはヒカリがいた。冬月によって特別に見舞いを許可されたのだ。
 「…委員長…。」
 「…鈴原…よかった…。」
 ヒカリは笑顔なのに涙を溢れさせた。トウジの声が聞けた嬉しさとそれまでの緊張が解けた安心感が、勝手に涙腺を緩めてしまったのだ。
 「…泣くのと笑うのを同時にできるとは器用なもんや。」
 「バカ…心配したんだから…もう、目を覚ましてくれないんじゃないかって…。」
 「…そうか…そら、済まんかったな…。」
 「…ううん…。」
 「…もう一つ…弁当食べてやれんかったな…。」
 「ううん、いいのよ。そのかわり、退院したらいっぱい食べて。」
 「ああ、楽しみにしとるで。」
 二人の心の距離は更に小さくなったようだ。


 独房にシンジは拘束されていた。その扉が開くと、そこには加持が立っていた。
 「シンジくん。碇司令が呼んでいる。」
 シンジはゲンドウのいる司令公務室に連れて行かれた。
 「命令違反。EVAの私的占有。稚拙な恫喝。これらは全て犯罪行為だ。」
 端末で何かのデータ入力をしながらのゲンドウの言葉をシンジは黙って聞いている。
 「何か言いたい事はあるか?」
 「…人に話をする時は、相手の顔を見て話すべきだろ?」
 「…それで?」
 「心に疚しい所があるから僕の顔を見れないんだ、父さんは。」
 「シンジくん、司令に言う言葉じゃないぞ。」
 加持がシンジを鎮めようと声を掛けた。
 「僕のした事が犯罪なら、親らしく責任を取ったらどうなの?それとも、母さんを死なせた時のように知らぬ存ぜぬを通すつもり?」
 「シンジ…何が言いたい?」
 ゲンドウは立ち上がって言った。初めてゲンドウに今までと違うリアクションが出たので加持も驚いてゲンドウを見た。
 「母さんの事を大切に思う心があるなら、僕に労いの言葉を掛けてくれる余裕があるなら、何故トウジに謝る気持ちにならないの?」
 「…言いたい事はそれだけか?」
 「父さんっ!」
 シンジはついに激昂し、ゲンドウに駆け寄って拳を突き出した。だが、後ろから加持に止められ、拳は届かなかった。
 「放せ!放せよっ!」
 「よせ!そんな事をしても何にもならない!」
 「何故、トウジを殺そうとしたんだ!?それも僕の手を使って!?」
 「必要な事をしたまでだ。あれは使徒だったのだから。」
 「嘘だ!参号機はもう動かなかった!攻撃する必要なんか無かった!」
 「お前が知る必要は無いし、お前に言う必要も無い。」
 ゲンドウは座って再び端末の画面に向かった。
 「シンジ…もういい。帰ってゆっくり休め。」
 「………そうさせて貰うよっ!」
 シンジはIDカードをゲンドウに投げつけた。至近距離で避ける暇など無く、カードはゲンドウの顔に当たった。
 「シンジくん!」
 「こんな所、出て行ってやる!EVAに乗り続けて、父さんみたいな冷たい人になんかなりたくない!!」
 「そうか…また、逃げるのか?」
 一番嫌いな言葉を言われて、シンジはゲンドウに背を向けた。
 「…逃げてるのはどっちだよ?」
 「お前には失望した…出て行け。」
 「出て行くって言っただろ?…後でパイロットが必要になって慌てたって知らないからね。」
 シンジが扉の向こうに消えると、加持はゲンドウに向き直った。
 「本当にいいんですか?シンジくんの初号機が一番の戦力なんですよ?」
 「問題無い。その為のダミー・プラグだ。」
 加持にそう答えると、ゲンドウは電話を取った。
 「私だ。サード・チルドレンは抹消。初号機の専属パイロットはレイをベーシックに、ダミーをバック・アップに回せ。」


 部屋の荷物を纏め終わったシンジはベッドに寝転んで天井を意味も無く見つめていた。
 と、電話が鳴った。10回もコールを無視したのにコールは止まず、シンジは電話を受けた。が、声は出さなかった。
 「シンジか?いるんだろ?」
 電話を掛けてきたのはケンスケだった。
 「聞いたよ…この街を出て行くんだってな。」
 おそらく、また父親の情報を入手したのだろう。
 「でも、何故だよ?何で今更逃げるんだよ?…俺はお前に憧れていたんだ…チクショウ、トウジだってEVAに乗れたのに、何で俺だけ―。」
 電話は唐突に切れた。直後、知らない女性の声が聞こえてきた。
 「この電話は、機密保持の為、回線を遮断させて頂きました。ご協力を感謝します。」
 盗聴されていたのだ。ミサトがくれた携帯なのに。
 “…ミサトさんの………嘘つき………。”

 新箱根湯本駅の前にネルフの公用車が停まっていた。
 駅の改札口の前にはシンジとミサトが立っている。
 「お世話になりました。」
 「もう一度考え直すつもりは無いの?」
 「ありません。何度聞かれても同じです。」
 「そう…残念だわ…。」
 「綾波は何て言ってました?」
 「何も…ちょっと驚いたようだったけど…。」
 「アスカには?」
 「何も言って無いわ。」
 「良かった。彼女には僕なんかよりずっと相応しい人がいる筈です。」
 「この前は言えなかったから、今度は言っておくわね。…貴方にはこの先ずっと監視が付くわ。行動も少し制限されると思う。」
 「何を今更。」
 シンジはミサトから貰った携帯をポケットから取り出すと、後ろに放り捨てた。
 「あっ?」
 「家族だって、個人個人のプライベートは守られるべきだと思ってたんですけどね。」
 「………。」
 ミサトは答えられない。こんな状態になっていなければ、諜報部も違う処置をしただろう。事態は全て悪い方向へ流れているとミサトは感じた。
 「一つだけ教えて貰えますか?何故、フォース・チルドレンにトウジが選ばれたんですか?」
 「何故、鈴原君が選ばれたのかは私もわからない。ただ、フォース・チルドレンはシンジくんのクラスメートの誰かが選ばれる事になっていた。2−Aの生徒はダミーもいるけど、みんなフォース・チルドレンの候補者だった。一箇所に纏めて保護する方が簡単だから、という理由で。」
 「クラスの…みんなが…。」
 「私も最近知ったわ。」
 誰であれEVAとわずかでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法は無い。
 初の戦いの時にリツコはそう言った。では、わざわざシンジを呼び寄せた理由は?
 だが、今はシンジを引き止めることが大事だ、とミサトは思い直した。
 「シンジくん、聞いて。鈴原君の事はいくら言葉で謝っても取り消されるミスでは無いわ。どんな言葉で取り繕っても、貴方の心の傷を癒す事はできないってわかってる。でも、シンジくん。正直言うと、私は貴方に自分の夢、願い、目的を重ねていたわ。それが貴方の重荷になっていたのも知ってる。でも私達は、ネルフのみんなは、貴方に未来を託すしかなかったのよ。」
 ミサトは自分の精一杯の真摯な想いを込めてシンジに語った。
 「勝手な言い分ですね。」
 シンジの反応は冷たかった。
 「ミサトさんの夢って…願いって何ですか?人類の平和ですか?人の命を踏みつけにして?」
 「ごめんなさい…本当に…勝手な言い分だったわ…。」
 「それじゃ…。」
 シンジは改札に歩き出した。
 「待って、シンジくん!」
 「まだ、何か?」
 シンジは目線だけ振り向かせた。
 「本部までのパスコードと貴方の部屋はそのままにしておくから、いつでも…。」
 「無駄です。僕はもうEVAには乗りません。」
 いつでも戻って来れる、と言い掛けたミサトの言葉を遮る様にシンジは言い放った。
 ミサトはシンジの積極的な拒否にショックを受けた。
 「さよなら、ミサトさん。」
 別れの言葉を告げてシンジは改札を通った。
 「シンジくん!お願い!行かないでっ!」
 ミサトは無意識にそう叫んでいた。まるで恋人に捨てられる女のようだ。いや、心の一部には、シンジに対してそんな想いがあったのかもしれない。
 だが、シンジは無視して階段を昇って行った。
 “シンジくん…。”
 ミサトはがっくりと膝を突いて崩れた。
 「まるで恋人に捨てられた女みたい。見っとも無いですよ。」
 シンジの冷たい態度に打ちのめされたミサトに横から誰かが声を掛けた。白のノースリーブ・シャツの上に黒のレザーの前開きのベスト、同じく黒の超ミニスカートに黒のブーツ、と妙に挑発的な出で立ちのクミがいつの間にかそこにいた。
 「真辺さん…。」
 ミサトは立ち上がった。同時に公用車から諜報部員が飛び出してきた。
 「待って。」
 クミを捕縛しようとしているのに気付いたミサトは手でそれを制した。
 「やっぱり、葛城さんってショタっ気あったんだ。すると、二股掛けてた訳?」
 「洒落になってないわよ。でも、許してあげるわ。その代わり、頼まれてくれる?」
 「シンジくんを説得してほしい、ってか?」
 「どうして…?」
 言おうとしていた言葉をクミに言い当てられたミサトは驚いた。
 「だって、ずっと見てたもの。ま、そんな事はどうでもいいのよ。心配しなくても、シンジくんは戻ってくれるわ。」
 「なぜ、わかるの?」
 「信じているから。」
 そう言ってクミはフィルムの逆戻しのように後ろに歩き始めた。
 「やっぱり、貴女とはたっぷり時間を掛けて話す必要があるわね。」
 ミサトは諜報部員に指で合図した。
 諜報部員はクミにダッシュしたが、クミも全速で後ろにダッシュし、数回とんぼ返りをしてさらに後方に飛び上がり、電車のラインに着地した。
 「何っ!?」
 人間離れしたクミの身の軽さ・跳躍力にミサトも諜報部員も呆然だった。
 「アディオース。」
 クミは二人に手を振って、さらに向こうに消えた。
 「本当に…何者なの、あのコは?ただのスパイじゃないわ。」

 そんな外の騒ぎも知らずにシンジは静かに電車を待っていた。
 そこに、突然、サイレンが鳴り響いた。
 『ただいま、東海地方を中心に非常事態宣言が発令されました。住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ避難して下さい。』
 電車も全て運行中止となった。
 シンジには瞬時にわかった。
 「…使徒だ…。」



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:19 INTROJECTION



 その[使徒]は何の前触れも無く出現した。
 『総員、第一種戦闘配置。地、対空迎撃用意。』
 「目標は?」
 「現在侵攻中です。駒ケ岳防衛線、突破されました!」
 空中をゆっくりと移動してきた[使徒]は既に第三新東京市上空に達しようとしていた。直ちに[使徒]に対し、迎撃システムが猛攻を加えた。凄まじいまでの火線が[使徒]に集中する。
 だが、その圧倒的な火力をもってしても、[使徒]の足止めさえできなかった。
 [使徒]はついに第三新東京市の上空エリアに侵入した。
 [使徒]の両目が一閃した。直撃を受けたビル街が爆発し、巨大な火柱が天空を貫いた。
 『第1から第18番装甲まで損傷。』
 「18もの特殊装甲を一瞬に!?」
 その威力に呆然とする日向。力押しでくるタイプの[使徒]としては今までとは比べ物にならないほどの力だった。
 と、そこにミサトが駆け込んできた。
 「EVAでの地上迎撃は間に合わないわ!弐号機をジオフロント内に配置。本部施設の直衛に回して!」
 EVA弐号機が発進した。
 「アスカには目標がジオフロント内に侵入した瞬間を狙い撃ちさせて。」
 敵の力を一瞬で見抜き、的確な指示を出すミサト。
 「リツコ、零号機は?」
 「左腕の再生がまだなのよ。」
 「戦闘は無理か。」
 「レイは初号機で出せ。ダミー・プラグをバック・アップとして用意。」
 ゲンドウの命令によって、レイはEVA初号機に乗った。
 初号機が起動される。
 『エントリー、スタート。』
 『LCL電化。』
 『A10神経接続開始。』
 いつもどおりの手順で進んでいく起動準備。だが、突如エントリー・プラグは赤い光に包まれた。同時に、レイを嘔吐感が襲った。慌てて口元を手で押さえるレイ。
 「だめなのね…もう…。」
 一瞬でレイはその原因に気付いた。いや、ある程度は自覚していたのかもしれない…。
 「パルス、逆流!」
 「初号機、神経接続を拒否しています。!」
 思いもかけない事態にリツコも呆然の状態だった。
 「………碇。」
 冬月が焦りをかみ殺してゲンドウに言った。
 「ああ…私を拒否するつもりか。」
 ゲンドウは誰かに向かって苦々しく呟いた。だが、駄目なものは仕方が無い。
 「起動中止。レイは零号機で出撃させろ。初号機はダミー・プラグで再起動。」
 「しかし、零号機は!」
 またも無茶な命令を出したゲンドウにミサトは抗議した。片腕でどうやって戦えと言うのか?だが、そこにレイの声が入る。
 『構いません。行きます。』
 レイはエントリー・プラグの中で何の感情も含まない口調で呟く。
 「私が死んでも、代わりは居るもの。」
 一方、[使徒]の攻撃はさらに激しさを増してきた。またしても[使徒]の目が光った。第三新東京市に次々と火柱が立ち上がった。
 その光景を、シンジは高台から見下ろしていた。
 それまでなら、シンジは今頃EVA初号機で出撃している筈だった。
 “僕はもう、戻らないって決めたんだ…。”
 発令所では、警報モニターが赤く点滅し、爆発音が響いて聞えていた。
 「だめです!あと一撃で全ての装甲が破壊されます!」
 報告する青葉の声は信じられない事態に思わず叫び声に近い物になっていた。
 「頼んだわよ、アスカ。」
 ミサトが呟いた正にその時、[使徒]の放った光が最後の装甲板を破壊した。
 ジオフロントの天井部に爆発が起こり、周囲に多数の武器を用意しているEVA弐号機を照らした。
 「来たわね。」
 EVA弐号機がパレット・ライフルを構える。
 ついに[使徒]がジオフロント内に侵入してきた。
 「飛んで火に入るカブトムシ!」
 相変わらず諺は不得手のようだが、アスカはパレット・ライフルをフル・オートにして連射した。
 「こぉのォォォォ!!」
 引鉄を絞ったまま連射し続けるアスカ。銃口のマズル・フラッシュがEVA弐号機に照り返す。だが、[使徒]はそれをものともせず、ゆっくりと降下してきた。
 ついにパレット・ライフルの弾倉が空になった。
 「チッ!次っ!!」
 アスカは舌打ちするや否や、新たに二丁のパレット・ライフルを取り、両脇に挟んで固定して連射を再開させた。
 今度は先程の二倍の火力だ。だが、それでも[使徒]はびくともしない。
 「ATフィールドは中和している筈なのにィ!!」
 アスカの顔に焦りの色が浮かんだ。
 「何でやられないのよっ!?」
 また、弾切れになった。アスカは今度はロケット・ランチャーを先程と同様に二本構え、攻撃を再開した。だが、[使徒]は平然と前進してくる。
 「私はもう、二度と負けられないのよっ!!」
 アスカの焦りは敵にダメージを与えられない事よりも、その後の事を心配しての事だった。シンジが去ろうとしているのを知らないアスカは、この戦いに負ければ、自分がこの街を去らなければならないかもしれないと不安を抱いていたのだ。
 とうとうロケット・ランチャーも全弾撃ち尽くしてしまった。
 と、[使徒]がその時初めて何か動きを見せた。折りたたまれていた帯状の腕が下方に開かれた。
 「何あれ?」
 アスカは一瞬それに気を取られてしまった。その直後、[使徒]は腕を伸ばしてきた。
 「嘘っ!?」
 [使徒]の帯状の腕は鋭利な刃物のようにいともたやすくEVA弐号機の両肩を貫通した。その瞬間、EVA弐号機の両腕は肩から切断されて、ロケット・ランチャーを握ったまま地底湖に落ちた。
 EVA弐号機の両肩口からおびただしい量の体液が噴出した。
 「ひっ…ああああっ…。」
 両肩を抑えて激痛に悶絶するアスカ。神経接続は行われたままなのだ。
 [使徒]は腕を戻して折りたたんだ。
 「こんちくしょおおおっ!!」
 激情に駆られたアスカはEVA弐号機を突進させ始めた。
 「アスカ!」
 ミサトはアスカの大ピンチを救う為に素早く指示を出した。
 「全神経カット!!早くっ!!」
 再び、[使徒]の腕が伸びた。
 EVA弐号機は首を切断され、頭部が弧を描いて飛んで行った。

 第6地下シェルターの片隅でシンジは一人蹲っていた。
 避難訓練?何言ってるのよ、シンジ。私達はEVAのパイロットじゃない、そんなの意味無いわよ。
 アスカの言葉を思い出していたシンジ。
 と、突然、轟音と激しい衝撃がシンジを襲った。
 衝撃が収まったので顔を上げたシンジは、そこに切断されたEVA弐号機の頭部があるのを見て愕然とした。
 EVA弐号機の頭部や瓦礫に押しつぶされた人々。安全なシェルターの筈が、目の前には地獄絵図が広がっていた。その惨状を見て、シンジの心に恐怖が走る。初めて[使徒]を見た日、目の前に飛んで来た人間の頭部を見た時の光景が脳裏にフラッシュ・バックした。避難命令さえ、シンジの耳には聞えていなかった。

 「弐号機大破!戦闘不能!」
 「アスカは!?」
 「無事です、生きてます!」
 動かなくなったEVA弐号機の横を悠々と通り過ぎていく[使徒]。
 「初号機の状況は?」
 ミサトの問いにすぐに答えが返ってくる。
 「ダミー・プラグ、搭載完了。」
 「探査針、打ち込み終了。」
 「コンタクト、スタート。」
 リツコの指示が飛んだ。だが、直後、警告音が鳴り響いた。
 「パルス消失!ダミーを拒絶しました!」
 「何ですって!?」
 「だめです!EVA初号機、起動しません!」
 マヤの報告にミサトは愕然となった。
 「…ダミーを、レイを…。」
 「受け入れないのか…。」
 リツコが、そして冬月が呆然として呟いた。
 と、ゲンドウが徐に立ち上がった。
 「冬月。少し、頼む。」
 そういい残して、ゲンドウはエレベーターで降りていった。

 「怪我人は第6ブロックへ!」
 「無事な者は第3シェルターへ急がせろ!」
 無残な姿のEVA弐号機を前に右往左往する人々。EVA弐号機の背後には[使徒]迎撃の火線で命中しなかった物が飛んでいる。
 その様子をシンジはただ呆然として見ていた。
 電源が落ちて暗くなったエントリー・プラグの中でアスカは呟く。
 「………シンジ………。」
 「………アスカ………。」
 シンジもポツリと呟いた。その時。
 「シンジ君じゃないか。」
 誰かがシンジに声を掛けた。その声の主は加持だった。この非常時にスイカに水を撒いている。
 「加持さん!?」
 そんな所に加持が居るとは意外で、シンジの声は驚きに満ちていた。
 「そんな所で何やってるんですか?」
 「それはこっちの台詞だよ。君こそ、こんな所で何をしてるんだ?」
 加持は答えずに聞き返した。
 「僕は…僕はもうEVAには乗らないから…そう決めたから…。」
 「そうか…アルバイトが公になったんでね、戦闘配置に俺の居場所は無くなったんだ。以来、ここで水を撒いている。」
 加持は淡々と語った。
 「こんな時にですか?」
 「こんな時だからだよ。葛城の胸の中もいいが、やはり死ぬ時はここにいたいからな。」
 「死ぬ…。」
 「そうだ。[使徒]がここの地下に眠るアダムと言う物体に接触すると、サード・インパクトが起きて今度こそ人類は全て滅びると言われている。」
 [使徒]の目が光った。ネルフ本部は直撃を受けた。その爆光に照らされる二人。
 「だが、それを止められるのは、[使徒]と同じ力を持つエヴァンゲリオンだけだ。」
 その時、森の向こうの地下からリフトでEVA零号機が現れた。
 「綾波!?ライフルも持たずに?」
 シンジはEVA零号機の状態、装備を見て驚いた。左腕は無く、ライフルの代わりに何か筒を抱えている。
 EVA零号機は[使徒]に向かって突進を開始した。
 “………さよなら…碇くん………。”
 EVA零号機が抱えている物、それはN2爆弾だった。
 「自爆する気!?」
 リツコはレイが何をする気なのか気付いた。
 背後から迫るEVA零号機の気配に気付いた[使徒]はゆっくりと振り向き、巨大なATフィールドを展開させた。
 「ATフィールド全開。」
 EVA零号機もATフィールドを展開、[使徒]のATフィールドを中和し、N2爆弾を[使徒]のATフィールド内に押し込もうとする。[使徒]の弱点である光球―――コアに直接攻撃をしようとしたのだ。
 N2爆弾は徐々に[使徒]のATフィールドに潜り込んで行き、ついに突破した。だが、N2爆弾がぶつかる寸前で[使徒]はコアをカバーで緊急防御した。
 N2爆弾が炸裂し、巨大な爆煙が立ち昇った。眩い閃光に目を腕で覆うシンジ。EVA零号機のATフィールドが無ければ爆風で吹き飛んでいたかもしれなかった。
 発令所では誰もが無言でその光景を見つめていた。
 と、爆煙がようやくある程度晴れた瞬間、[使徒]の腕が伸び、EVA零号機の頭部に直撃した。EVA零号機は力尽きて地面に倒れこんだ。
 「レイ!!」
 ミサトは叫んだ。
 「何て事…。」
 リツコも呆然としている。
 「綾波っ!」
 シンジも叫んでいた。今の自分には何もできない。だからシンジはただ立ち尽くす。そんなシンジに加持は優しく語り掛ける。
 「シンジ君。俺は今、ここで水を撒く事しかできない。だが、君には、君にしかできない、君にならできる事が有る筈だ。」
 それは、シンジが初めてネルフに来た時にゲンドウが自分に言った言葉。
 「誰も君に強要はしない。自分で考え、自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのか。ま、後悔の無いようにな。」
 シンジは[使徒]に倒されたEVA零号機とEVA弐号機の姿を思い浮かべていた。胸の中では様々な想いが渦巻く。必死に自問自答を繰り返し、真剣に考える。やがて、シンジは決意し、口を真一文字に結んだ凛々しい顔を上げた。
 シンジは走り出した。もう、迷いは無い。人々を守る為にEVAに乗る。
 [使徒]の攻撃がまたネルフ本部を直撃した。
 「第三基部に直撃!」
 「最終装甲板、融解!」
 「まずい!メイン・シャフトが丸見えだわ!」
 [使徒]はその穴を見下ろしていた。
 「初号機はまだなの?」
 リツコは焦る。が、EVA初号機は未だダミー・プラグを拒否していた。その時だった。
 「父さん!」
 シンジの声がケージに響いた。ゲンドウが視線をずらすと、視線の先にシンジが居た。
 「何故、戻ってきた?」
 「僕はエヴァンゲリオン初号機のパイロットだ!僕が戦うよ!!」
 ゲンドウを真っ直ぐ見据えるシンジ。その顔に、声に、迷いや恐れなど微塵も無かった。
 「頼むぞ。」
 ゲンドウはそれだけ言った。

 [使徒]の攻撃を受けたメイン・シャフトを爆風が吹き抜けていく。
 「目標はメイン・シャフトに侵入、降下中です!」
 「目的地は?」
 「セントラル・ドグマへ直進しています!」
 「ここに来るわ!総員退避!急いで!」
 発令所内に鳴り響くサイレンの音。突然、主モニターが消え、それをブチ破って[使徒]が姿を現した。
 「きゃああああ!」
 マヤが悲鳴を上げた。[使徒]の圧倒的な威圧感に誰も動く事ができず、立ち尽くす。
 [使徒]はミサト達の目の前に迫った。ミサトは無意識に父の形見のペンダントを握り締めていた。[使徒]の目が光る。正に絶体絶命のその時、発令所の側壁を破ってEVA初号機が飛び込んできた。渾身の力での右ストレートを顔面に喰らい、[使徒]は反対の側壁に叩き付けられた。
 「初号機!?………シンジくん!!」
 ミサトはシンジが戻ってきた事を確信した。
 EVA初号機は[使徒]に回し蹴りを喰らわせ、[使徒]を圧倒する。
 「うおおおおーっ!」
 シンジは叫びながら[使徒]を発令所からケージ、そして射出台にまで押し戻した。
 「ミサトさんっ!!」
 「5番射出!急いで!」
 シンジの意図を瞬時に理解したミサトが指示を出した。EVA初号機と[使徒]はカタパルトから発射された。EVA初号機に壁に押し付けられた[使徒]の頭から火花が飛び散った。
 ジオフロントに飛び出すEVA初号機と[使徒]。EVA初号機は巧みにバランスを取り、[使徒]を頭から地面に叩き付けた。
 「うわあああーっ!!」
 シンジはわめきながら[使徒]の顔面にパンチの雨を降らせる。
 「死ね!死ね!死ねええっ!!」
 狂気とも言う表情で[使徒]を追い詰めるシンジ。だが、突然、EVA初号機は停止した。内部電源が切れてしまったのだ。
 「初号機、活動限界です!予備も動きません!」
 端末でモニタリングしていたマヤが叫び声で報告した。
 動きが止まったEVA初号機に[使徒]の腕が巻付き、持ち上げた。ミサト達が外に出てきた時、EVA初号機はネルフ本部の外壁面に叩き付けられた。
 「動け!動け!動け!動けよ!今動かなきゃ、何にもならないんだっ!!」
 インダクション・レバーを懸命に動かしながら叫ぶシンジを衝撃が襲った。使徒がその腕をEVA初号機の身体に付き刺したのだ。血飛沫を上げるEVA初号機の胸に、さらに[使徒]の光線が命中した。EVA初号機の胸部装甲が爆発して飛散する。そして、そこに現れた物にミサトは息を飲んだ。胸部装甲板の下にあったもの………それは[使徒]の持つ赤い光球―――コアだった。
 [使徒]はそのコア目掛けて腕を打ち込み始めた。その衝撃が伝わり、エントリー・プラグにも次々と皹が入っていった。
 「動け!動け!動け!動けよ!今動かなきゃ、今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ!そんなの嫌なんだ!みんなを守りたいんだ!だから動いてよっ!!」
 その瞬間、シンジの耳に何かの鼓動が聞えてきた。心臓の鼓動のような音は次第に大きくなっていく。
 シンジの心の叫びに、何かが目覚めたのだ。
 消えていたEVA初号機の両目が再び輝いた。そして、轟音と共に凄まじく巨大なATフィールドが発生し、[使徒]はその圧力に吹っ飛ばされた。
 「そんな!?EVA初号機のシンクロ率が400%を越えていますっ!!」
 あり得ない数値を見てマヤがパニックになりかけながら報告した。
 「やはり目覚めたの?…彼女が…。」
 マヤの報告を聞いて、リツコが謎の独り言を呟いた。
 《ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!!》
 EVA初号機は立ち上がるとやおら咆哮した。そして獣のように四つん這いになると、[使徒]に向かって猛然と走り出した。
 [使徒]の腕が伸びてきた。だが、EVA初号機はその勢いで[使徒]の腕を真っ二つに引き裂き、更に[使徒]のATフィールドを何も無かったかのように突破して[使徒]に体当たりした。EVA初号機の角が[使徒]のコアを貫いていた。勝負有った。
 だが、EVA初号機は[使徒]をそのまま押し倒し、[使徒]の顔に喰らい付いた。
 「!!」
 EVA初号機が何かを噛み千切り、咀嚼し、飲み込む音がミサト達にも聞えてきた。
 「し…使徒を…食ってる!?」
 ミサトはEVA初号機の恐るべき姿に戦慄した。
 マヤはたまらず吐き気を覚えて口元を覆った。
 「S2機関を自ら取り込んでいるというの?」
 リツコは予想外の事態に立ち尽くした。
 《ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!!》
 EVA初号機は満腹になったのか、再び立ち上がって咆哮した。
 「変な物食べてお腹壊さなきゃいいけど…。」
 あまりにも場違いなのほほんとした声に、ミサト達は一斉に顔を向けた。
 「あ…見つかっちゃった。」
 そこにはクミがいた。



超人機エヴァンゲリオン

第19話「男の戰い」―――狂気

完
あとがき