EVA参号機を空輸している全翼機。 『エクタ64よりネオパン400。前方に積乱雲を確認。』 全翼機より積乱雲の迂回の是非を問う無線が発せられると、すぐに応答が返って来た。 『ネオパン400確認。積乱雲の気圧状態は問題無し。コース変更せず、到着時刻を遵守せよ。』 『エクタ64了解。』 全翼機は積乱雲の中に突入した。雲の中を放電が走った。 ‘急がば回れ’という言葉を知らなかったようで、結局、到着が2時間遅れただけでなく、とんでもない事態になる事など誰にもわからなかった。 「ええっ!四日間も出張!?」 アスカの素っ頓狂な声に、自室で登校の準備をしていたシンジは廊下に飛び出た。 「何、出張って?」 「ミサトがね、四日間も松代に出張なんだって。私達、二人っきりになっちゃうね…。」 急にもじもじし出すアスカ。が、そんなアスカの意味深な言葉と態度も目に入らず、シンジはすぐにひらめいた疑問をミサトに投げ掛けた。 「それって、EVA参号機の実験ですか?」 「参号機?何の事?」 アスカは初耳だ。 「シンジくん…どうして知ってるの?話していなかったのに?」 「え、そ、それは…。」 逆に聞き返されてシンジは口篭った。情報源がケンスケだと言えば、ケンスケに何か良くない事があるかもしれないと思ったのだ。 「ねえシンジ、参号機って何の事よ?」 アスカも自分の知らない事をシンジが言い出してちょっと不満。 と、そこに客の来訪を告げる呼び鈴の音がした。 ミサトがロックを外し扉が開くと、そこに深々とお辞儀していたケンスケが威勢の良い挨拶をする。 「お早う御座いますっ!」 「お、おはよう、ケンスケ。今日は早いんだね…。」 と、挨拶を返すシンジの横をすり抜け、ケンスケはそこにいたミサトの傍に歩み寄った。 「今日は葛城三佐にお願いに上がりましたっ!…自分をっ!自分をエヴァンゲリオン参号機のパイロットにして下さいっ!!」 ケンスケは何故か眼鏡を輝かせて一世一代のチャレンジを敢行した。 「………へっ!?」 だが、あまりにも突然の申し出にミサトは唖然として思わず間抜け顔。 結局、出発の時間が来てしまい、ミサトはシンジの疑問にもケンスケの懇願にも明確な返事ができないまま、今は松代に向かうトレーラーの中にいた。 「じゃあ、まだシンジくんは知らないの?」 「なかなか言い出す切っ掛けがね…怖いのよ…時々何考えているのかわからないし…もしまたキレたりしたら…。」 外を見ながら独り言のように言うミサト。 「しっかりしなさいよ。自分で保護者を買って出たんじゃない。」 リツコが励ました。 「そうなんだけどね…。」 ミサトの返事は力無かった。 「ところで、パイロットはいつ呼ぶの?」 「明日になるわね。準備も色々と有るし。」 「ひょっとしたら、彼が自分でシンジくんに言うかもしれない…。」 「それは無いわね。彼、もう一人のコのように積極的じゃなかったもの。」 リツコの言うもう一人とはケンスケの事だ。朝、ケンスケがあそこであの発言をしたという事は、シンジはケンスケから聞いたという事になる。シンジの性格からしてその逆は有り得ないからそうとしか考えられない。 始業前のざわめきが溢れている教室で、ケンスケはぼやいていた。 「ミサトさんもつれないよな…やる気なら十分あるのに…予備でもいいのに…。」 一世一代のチャレンジが叶わなかったのだ。もうお先真っ暗という感じでケンスケは俯いて沈んでいた。 が、相棒のトウジは昨日の午後のようにぼんやりした表情で天井を見つめている。 “どうしたんだろう、トウジ…。” シンジと同じく、トウジの様子を気にしているヒカリ。何故か持ってきたお弁当は二つ。それを目敏く見つけたアスカがすかさず茶化す。 「あれー?ヒカリ、何でお弁当二つも持ってるの?」 「え?な、何でもないのよ。」 「誰にあげるのかなー?」 「い、いいじゃない、そんな事。」 そんな事をやってる間に時間は過ぎ、待ちに待った昼食タイムがやってきた。 「シンジ、メシ食おうぜ。」 「うん。」 朝方落ち込んでいたケンスケも学校最大の楽しみであるこの時間には立ち直っていた。 「あれ、トウジは?」 「それが、いないんだ…。」 「あいつが?考えられないな、この時間が楽しみで来てるようなもんなのに。」 つまり、トウジにとっては学校は遠足かハイキングかピクニックみたいな物という事か? 「トウジ…変だよね、この頃…。」 そのトウジは屋上にいた。相変わらずぼんやりして風景を眺めている。 「トウジくん。」 声を掛けられて振り向くと、後ろにクミがいた。 「真辺先輩…何でっしゃろか?」 「フォース・チルドレンに選ばれたそうね。」 「…なんで真辺先輩が知ってるんでっか?ワシ、誰にも言っとらんのに…。」 トウジはぼんやりした顔から不思議そうな顔に変わった。 「そんな事はどうでもいいのよ。悪い事は言わないわ。EVA参号機に乗るのはやめなさい。」 「何故でっか?」 「それがトウジくんの為だからよ。」 「…生憎やけど、先輩の言葉には従えませんわ。ワシはEVAのパイロットをやらなあかんのや。」 妹の為、家族の為、友達の為…トウジはEVA参号機に乗ると決めたのだ。 そんな二人の様子を遠く教室の窓から見つめているヒカリ。その心中は穏やかではなかった。 結局、せっかくトウジの為に作った弁当を渡す事もできず、昼休みは終わってしまった。 「遅れる事、2時間…。」 陽炎が立ち上る暑さの中、EVA参号機を積んだ全翼機がようやく松代実験場に到着した。 「ようやくお出ましか。私をここまで待たせた男は初めてね。」 滑走路の脇に立つミサトは明らかに不機嫌で、口には仕出しの弁当に備え付けられていた爪楊枝を紋次郎宜しく咥えている。 「デートの時は待たずにさっさと帰ってたんでしょ?」 すかさず突っ込みを入れるリツコ。 午後の授業が始まった。だが、トウジは教室に戻ってきていなかった。 トウジは渡り廊下の壁に凭れて座り、ぼんやりと空を見上げていた。 拳を空に突き出すトウジ。転校してきたシンジがEVAのパイロットだと知って殴りつけた事もあった。その手を開き、じっと見つめる。 今度、その拳を振るうのは人を殴る為でなく、人を守る為でなければならない。 “ワシにしかできん事や…。” やがて、トウジは何かを決心したようにその手を硬く握った。 通学途中の坂にある第三新東京市を一望できる高台の公園。 ベンチに座る二人は夕陽に照らされて赤く染まっていた。 ヒカリはアスカに相談したい事があると誘いかけ、寄り道をさせていた。だが、なかなか言い出せないヒカリ。アスカは自分から口火を切る事にした。 「…鈴原の事でしょ?」 「…ええ。」 ヒカリは素直に頷いた。 「えーと、最初に訊いていい?」 「何?」 「あの熱血バカのどこがいいわけ?」 アスカはバカと言ったが、この場合のバカとは侮蔑の意味ではなく、空手バカ一代、スパークする役者バカ、プロレス・バカといった、所謂一途という意味だったのだが、ヒカリはそうは思わなかったようだ。 「じゃあ、アスカは碇くんのどこがいいの?」 と、ヒカリは切り返した。誰に打ち明けた訳でもないし、必要以上に学校でシンジにベタベタしてもいなかったのだが、恋する乙女にはすぐわかる事だった。 「えっと、まあ、それは置いといて…ヒカリも大変だね。」 「そ、そうかな…。」 「だって、あれだけヒカリが気を引こうとしてるのに、本人は全然気付いてないじゃない。鈍感さではシンジと同じくらいよ。」 「えっ?碇くんって繊細そうだけど…。」 「そうなんだけど…奥手でお子様だからね。」 「奥手…というのはわかるけど、お子様って?」 「え、いえ、何でもないの、何でも。」 アスカは慌てて誤魔化した。シンジがお子様だというその意味はミサトから教えて貰ったのだが、シンジの彼女である以上、アスカが軽々しく他人に言える事ではない。 「それで、どうしたの?お弁当は渡せたの?」 「ううん…。」 ヒカリは残念そうに首を振った。 「ヒカリ、今日がダメでも明日があるじゃない。元気出そうよ。」 「………鈴原の好きなコって…真辺先輩かもしれない…。」 「ええっ!?そんな、まさか…。」 「だって、今日のお昼休み、一緒にいたもの…。」 アスカには驚きの名前が飛び出したが、クミを尊敬しているアスカは自信を持って答えた。 「安心して、ヒカリ。真辺先輩は人の恋路を邪魔するような人じゃないわ。…そうね、どっちかというと恋のキューピッドってとこかしら?」 「ホント?」 「ホントよ。だって私も…。」 「アスカも…何?」 「う…えと、その…先輩のおかげで…シンジの好い所に気付いたというか…シンジを意識し出したというか…とにかく、心配しなくても大丈夫だから。」 「そう…。」 が、ヒカリはまだちょっと不安そう。 「よし!じゃあ、明日相談しに行こうよ。きっと力になってくれるわ。」 「…うん。」 ようやくヒカリは微笑んだ。 その夜、シンジがキッチンでエプロンをつけていると、リビングでTVを見ていたアスカが寄って来た。 「シンジ、今から晩御飯作るの?」 「うん。」 「じゃあ、私も手伝うわ。」 「えっ!?…。」 アスカのその言葉にシンジは絶句した。 「な、何よ、せっかく手伝うって言ったのに…。」 アスカはシンジの反応が不愉快で頬を膨らませる。 「いや…アスカって、料理できたっけ?」 「できない…だから、料理を覚えたいの。」 「わかった。じゃあ、エプロンつけて、手を洗って。」 アスカの真剣な表情にシンジも真面目な表情になった。 「今日は何作るの?」 「カレーライス。」 「ええーっ、月並ねぇ。」 「だっていきなり難しい料理は無理だよ。まずは簡単な料理から覚えなくちゃ。」 という訳で、シンジのお料理教室が始まった。最初は炊飯器の使い方、そして米の研ぎ方。続いて包丁の扱い方、素材の切り方。さらに、コンロの使い方、素材の炒め方、火加減、味付け。 流石、14歳にして大学を卒業した才媛だけあって、アスカはどんどん覚えていった。 「料理がこんなに楽しいなんて知らなかったわ。」 「よかった、アスカがそう思ってくれて。」 カレーを煮込む間、二人はサラダを作っていた。 「でも、シンジってどうして料理が上手なの?」 「必要に迫られて自分で作っているうちに料理が好きになった、ってとこかな。」 「ふーん。それって、あれでしょ、好きこそもののあはれなりだっけ?」 「好きこそものの上手なれ、だよ。」 「あ、そっか。」 「アスカは何故料理を覚えようって思ったの?」 「自分の弁当ぐらいは自分で作ろうと思って。そうすれば、ニンジン食べなくて済むし。」 アスカの冗談か本気かわからない言葉にシンジは脱力してずっこけた。 「好き嫌いを直す方が先だけど…ま、いっか。」 と、そこに来客を告げる呼び鈴が鳴った。 「あ、私が出るわ。」 アスカがドアを開けると加持が立っていた。 「あれっ?加持さん。」 「よっ、お邪魔するぞ。」 勝手知ったる彼女の家とばかりに加持は勝手に靴を脱いでリビングにやって来た。 「あれ、どうしたんですか?加持さん。ミサトさんなら出張でいませんけど。」 「その葛城から依頼があったのさ。今日泊まりに行ってくれってね。」 「むぅー、ミサトったら余計な事を…。」 アスカは二人に見えない方向で膨れっ面。 「おっ、いい匂いがするな。今日はカレーか?」 「ええ。今日は初めてアスカが料理手伝ってくれたんですよ。」 「ほう、それは珍しいな。アスカもやっと料理を覚える気になったんだな。」 「ええ、まあ…。」 「加持さん、晩御飯まだなら、一緒にどうですか?」 「それじゃ、お言葉に甘えるとするか。」 “せっかくシンジと二人っきりの夜だと思ったのに…でも、加持さんなら、いいか…。” ついこの前まで憧れていた人と、今一番好きなボーイ・フレンドの間で複雑な胸中のアスカだった。 食事が済み、客人の加持が一番風呂に入っている間、シンジとアスカは一緒に食器を洗っていた。 「えっ?委員長がトウジにお弁当を?」 「残念ながら、今日は渡せなかったみたいだけどね。」 アスカは今度こそシンジが気付くかと思ったが、シンジは別の事に気付いた。 「トウジといえば、何か昨日からおかしいよね、ずっとボケッとしててさ。」 「そう?いつもの事じゃない?いつも相田と漫才やってるじゃない、鈴原がボケで相田がツッコミでさ…あれ?そう言えば相田も朝変な事言ってたよね?」 「EVA参号機…明日、松代で起動実験するらしいけど…パイロットって誰なんだろう?」 シンジの情報源がケンスケだという事は朝の一件でアスカも気付いている。 「それって、本当なの?相田が変なチャット見て思い込んでるだけなんじゃ…。」 「いや、多分あいつはお父さんのデータとかを勝手に見てるんじゃないかな。アメリカの大事故の事も知ってたし…。」 「…癪に障るわね。何で部外者の相田が詳しく知ってて、EVAのパイロットの私達が何も知らされてない訳?」 二人はネルフの大人達に対して疑問を持ち始めた。 「ふう、いいお風呂だったな。」 着流し姿の加持がタオルで頭を拭きながら風呂から上がってきた。 「加持さん、知ってますか?EVA参号機の事。」 「ん?ああ、明日、松代で起動実験するらしいな。」 「パイロットって誰なんですか?」 「さて、俺もまだ聞いてないな。」 「本当ですか?」 「本当だよ。」 「父さんから口止めされている、なんて事は無いでしょうね?」 「おいおい、隠す必要も無い事だろ?知ってたら答えてるさ。」 加持は少しも表情を変えなかったので、シンジもアスカも見事に騙された。 その夜、大胆にもシンジの隣で寝ようと思っていたアスカは結局いつもどおり自分のベッドで眠り、リビングにはシンジと加持が床を引いた。 「…加持さん、もう寝ましたか?」 「いや…?」 「教えて欲しい事があるんです。」 「何だい、改まって…。」 「僕の父さんって、どんな人ですか?」 「こりゃまた唐突だな。葛城の話かと思ってたよ。」 「僕、父さんと一緒に暮らしてなかったから、知らないんです。」 「お父さんの事を知りたいのかい?」 「…この前、一緒に母さんのお墓参りをした時、父さんはいろいろ話してくれました。人は一人で生きるものだ、とか、人は完全にお互いを理解する事はできない、とか…でも、アスカや真辺先輩と話して、何となくわかるようになったんです。時と場所と状況によって物事は全て変化する、という事が。だから…。」 「人が完全にお互いを理解する事もできる?…違うな。」 「どうしてですか?」 「例えばシンジくん。君は自分の事を100%理解しているかい?自分の性格を事細かに把握していたり、自分の行動を全部理由付けたりできるかい?」 「いえ…。」 「人間って、そんなに簡単に理解できるようには出来てはいないんだ。自分自身を理解できるのか怪しいのに、まして他人を100%理解するなんて、不可能なんだよ。」 「そんな…。」 「ま、だからこそ人は自分を、他人を知ろうと努力する…だから面白いんだな、人生は。」 「僕は…まだそんなに楽天的には考えられません…。」 「大人になればきっとわかるさ。碇司令も、きっとシンジくんに大人になって欲しいから、人は一人で生きるものだと言ったんだよ。」 「でも、真辺先輩は、誰も一人では生きられないというのも真実だって…。」 「確かにね。食べる物や着ている服は人が作ったものだし、バスや電車も人が動かしている。社会に生きるには、一人じゃ不可能だ。無人島にたった一人でサバイバル、となったら全て自給自足だけどな。だが、自分がどう生きていくかは、他人の意見を参考にする事もあるかもしれないが、最終的に決めるのは自分自身だ。それが、人は一人で生きなければならない、という事さ。」 EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION EPISODE:18 AMBIVALENCE 翌日、松代にある第二実験場の地下でEVA参号機の起動実験準備が進んでいた。 「これだと即、実戦も可能だわ。」 各部のシステムも順調で作業が次々と進んでいくのでリツコは満足そうだ。 「そう、よかったわね。」 ミサトはどことなくうわの空だ。 「気の無い返事ね。この機体も納品されれば、貴女の直轄部隊に配属されるのよ。」 「EVAを四機も独占か…その気になれば世界を滅ぼせるわね。」 ミサトはわざとらしく、リツコにあてつける様に不穏な台詞を吐くが、リツコにはどこ吹く風だった。 「シンジ君に話はしたの?」 「実験が終わったらね…。」 『参号機パイロット到着。第二班は速やかにエントリー準備に入って下さい。』 その頃、シンジ達の学校は昼休みになっていた。 “鈴原…まだ来ないの…。” せっかくトウジの弁当を作ってきたのに、今日も空振りになってしまった。 と、そこにアスカが戻ってきた。 「残念。真辺先輩も今日は来てなかったわ。何か最近休みが多いみたい。」 「そう…。」 一方、屋上ではシンジとケンスケが風景を眺めていた。といっても、遠くの山々を眺めているのはシンジで、ケンスケは俯いてグラウンドを見ているだけだった。 「今頃、EVA参号機の起動実験やってるんだろうな…。」 「多分ね。」 「いいなぁ…誰が乗るのかなぁ…トウジの奴かな?…今日、休んでるしなぁ…。」 「まっさかあ。」 シンジは全く本気にしていない。 再び、松代の第二実験場。 EVA参号機にエントリー・プラグが挿入される。 『エントリー・プラグ、固定完了。』 『第一次接続開始。』 『パルス送信。』 いよいよ起動実験が始まった。 『初期コンタクト、問題無し。』 「了解。作業をフェイズUへ移行。」 ハーモニクスも全て正常位置だ。指揮車内のモニター・チェックも次々とオレンジからグリーンに変わっていく。 『絶対境界線、突破します。』 だが、そのアナウンスの直後、シンクロ・グラフが急激に反転した。 警告音がケージや施設内に鳴り響く。 「実験中止!回路切断!」 リツコの命令が出てそのとおりの作業が行われても、EVA参号機の動きは止まらず、拘束具を引き千切ろうとしている。 『駄目です!体内に高エネルギー反応!!』 「…まさか!?」 愕然とするリツコ。EVA参号機の背中のパーツの隙間が広がり、そこに糸状に融合している内部が見えていた。 「使徒!?」 EVA参号機はゆっくりと顔を上げながら、その口を開き、雄叫びをあげた。 《グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!!》 そして、大爆発が起こった。 『松代にて爆発事故発生!』 『被害不明!』 松代第二実験場の異変は、直ちにネルフ本部の知るところとなった。 「救助及び第3部隊を直ちに派遣!戦自が介入する前に全て処理しろ!」 「了解!」 オペレーター席のフロアまで降りている冬月の指示で、日向が次々と各部隊と連絡を取っていった。 「事故現場に未確認移動物体を確認!」 「パターン・オレンジ。使徒とは確認できません!」 作戦指揮を執るべきミサトが不在の為、青葉と日向は顔だけ振り向いて司令席に座るゲントウに報告した。 「…第一種戦闘配置。」 一呼吸の間をおいてゲンドウは決断した。 「総員、第一種戦闘配置!」 「地、対地戦用意!」 「EVA全機発進!迎撃地点に緊急配置!」 青葉による復唱がネルフ本部全体に伝えられ、日向は作戦部に指示を出し、マヤは技術部に指示を出してゆく。 『空輸開始は20を予定。』 謎の移動物体に対しての迎撃準備は着々と進行していった。 第三新東京市より離れた野辺山周辺にEVA三機による縦長の陣が張られた。前からEVA弐号機、EVA零号機、EVA初号機の順だ。 夕陽に赤く染まるEVA各機の足下には、第三新東京市の様に電源供給が無い為に電源車両が停車し、電力供給をEVAに行っている。 「松代で事故っ!?そんな…じゃあ、ミサトさん達は?」 「まだ連絡取れない。」 シンジとレイがエントリー・プラグ内で通信を交わしていた。 「そんな…どうしよう?」 「何をグジグジと言ってるのよ。今は心配しても何にもならないでしょ。」 不安そうなシンジにアスカが通信に割り込んで、彼女なりにシンジを励ます。 「でも…使徒を相手に僕等だけで…。」 「今は碇司令が指揮を執っているわ。」 「父さんが…。」 レイの言葉にちょっとした驚きを覚えるシンジ。 ネルフ本部のゲンドウはいつものポーズ、そしてその脇にいつものように冬月が立つ。 「野辺山で映像を捉えました。主モニターに回します。」 青葉の報告と共に、主モニターに野辺山の田園風景が映った。 猫背のような前傾姿勢でゆっくりと歩くEVA参号機が山裾から現れた。 「うおっ!?」 オペレーター達は意外な物の出現に言葉を失った。 「やはり、これか…。」 だが、冬月とゲンドウは予想していたかの様に落ち着いていた。 「活動停止信号を発信。エントリー・プラグを強制射出。」 「了解!」 マヤがゲンドウの命令に従って実行したが、背中のカバーが外れただけで、プラグは何やら粘菌状の物体=[使徒]に引っ掛かって射出されなかった。 「ダメです。停止信号及びプラグ排出コード、認識しません。」 「パイロットは?」 「呼吸、心拍の反応はありますが、おそらく…。」 辛そうに日向が言葉後半を濁す。だが、ゲンドウは非情にも決断した。 「エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄。目標を第13使徒と識別する。」 「しかしっ!」 「予定通り野辺山で戦線を展開。目標を撃破しろ。」 日向、青葉、マヤは席を回して振り向いて司令席を見上げるが、ゲンドウのゆるぎない眼力に何も言えず再び席を回して正面を向いた。 『目標接近!』 『全機、地上戦用意!』 目標が姿を現した。それをモニターで確認したシンジは絶句する。 「えっ!?まさか…。」 そのシルエットをシンジは知っていた。 「…使徒!?これが使徒ですか!?」 「そうだ。目標だ。」 「目標って、これはEVAじゃないか。」 夕陽を背にゆっくりと接近してくる目標―――EVA参号機。逆光になってよく見えない為、その黒いカラーリングも相まって、全てが影にしか見えない。その影の中で、両目のみが不気味に赤く光っていた。 「…そんな…使徒に乗っ取られるなんて…。」 アスカも驚きを隠せない。 「パイロット、乗っているのかな?…僕達と同い年の中学生が…。」 「まさか…鈴原って事はないよね?…。」 アスカが漠然と呟いた。シンジが無線ウィンドウのアスカに何か言おうとした時…。 「キャアアーッ!」 アスカの悲鳴と共にウィンドウはサンド・ストームとなり、無線は途切れた。 「アスカ!?どうしたの、アスカッ!?」 不意打ちをされたのか、EVA弐号機はEVA参号機の一撃で倒され、アスカは気絶してしまった。横たわるEVA弐号機の脇を歩いていくEVA参号機。 「EVA弐号機、完全に沈黙!」 「回収班はパイロットの救出を急げ!」 「目標移動!EVA零号機へ!」 「レイ。近接戦闘を避け、目標を足止めしろ。今、初号機を回す。」 『了解。』 EVA零号機は山裾に身を隠し、EVA参号機を待ち伏せしていた。 峠道からヌッと姿を現すEVA参号機。EVA零号機のライフルの銃口が背中に向けられる。が、それに気付いている気配は無く、EVA参号機はゆっくりと前進していく。 ライフルのトリガーを絞っていくEVA零号機。照準は既にロックされている。だが。 「乗ってるわ…彼。」 目標から何故かトウジの存在を感じ取り、レイは躊躇した。 突然、EVA参号機は立ち止まり、捩れる様な奇妙な動きをしたかと思うと次の瞬間、その機体が宙に舞った。 「!?」 あまりに予想外の事にレイは目標を見失った。 次の瞬間、EVA零号機はEVA参号機に逆に背中から圧し掛かられ、地面に叩きつけられていた。 更に、EVA参号機はその体内から何やら液体を滴らせた。それは溶解液のようにEVA零号機の左腕に入り込んだ。 「っ!?キャァゥゥゥ…。」 レイは激痛に呻いた。 「EVA零号機左腕に使徒侵入!神経節が侵されていきます!」 「左腕部切断。急げ!」 マヤの報告に、ゲンドウは間をおかず即決して命令した。 「しかし、神経接続を解除しないと!」 「切断だ。」 「…はい。」 マヤはゲンドウの無茶な命令に司令席を見上げるが、逆らう事を許さぬ様なゲンドウの重く静かな声に圧倒され、仕方なく目を伏せて指示を実行した。 EVA零号機の左腕部が爆破されて吹き飛び、民家を直撃した。 「キャゥッ!」 まるで腕をもがれた様な激痛をまともに感じ、短い悲鳴を上げるレイ。 『零号機中破、パイロットは負傷。』 マヤの声は無線でシンジにも聞えていた。 レイは未だ治まらない激痛に声も無く悶えている。 EVA参号機はEVA零号機に興味を失ったかのように踵を返して先へ―――EVA初号機の方へ進んでいく。 「綾波…。」 呆然とするシンジ。 「目標は接近中だ。あと20で接触する。お前が倒せ!」 ゲンドウはシンジに非情な命令を下す。 EVA参号機はついに目の前に迫った。シンジは全身を覆う緊張感でパレット・ライフルのトリガーを引く事ができない。 《グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!!》 突然、EVA参号機は天に向かって吼えた。その直後、いきなりジャンプしたEVA参号機はEVA初号機に浴びせ蹴りを喰らわせ、吹っ飛ばした。山肌に叩きつけられるEVA初号機。 着地したEVA参号機は地面へ腰を低く落とし、まるで相撲の見合いのような姿勢を取った。 頭を振って先程の衝撃から気を取り直したシンジは、EVA参号機にまだエントリー・プラグが入っている事に気付いた。 「やっぱり…誰か乗ってるんだ…。」 と、いきなりEVA参号機は右拳を地面に突き入れた。 「!?」 次の瞬間、その拳はEVA初号機の足元に地面を割って出現した。 「うわあっ!」 足首を掴れて引張られたEVA初号機は仰向けに倒れた。すかさず、EVA参号機はEVA初号機の上に圧し掛かり、馬乗りになった。 「まずい!マウント・ポジションを取られたっ!」 何処から観察していたクミは思わず叫んだ。 EVA参号機はEVA初号機の顔を目掛けて次々とパンチを振り下ろしてきた。シンジは必死に両腕でガードさせる。すると、EVA参号機はパンチをやめてEVA初号機の首を絞めてきた。 「ぐぅっ!」 高シンクロ率が仇になり、シンジは大ピンチに陥った。 「生命維持に支障発生!パイロットが危険です!」 冬月が慌てて指示を出す。 「いかん!シンクロ率を60%にカットだ!」 「いや、待て。」 なんと、冬月の指示をゲンドウが止めた。 「しかし、碇!このままではパイロットが死ぬぞ!」 その言葉にも眉一つ動かさず、ゲンドウは冷たくシンジに問い掛ける。 「シンジ、何故戦わない。」 「だって…人が乗ってるんだよ!父さん!!」 苦しい息の下、シンジは答えた。 「構わん!そいつは使徒だ!我々の敵だ!!」 「でも…でも、できないよ!…助けなきゃ!…人殺しなんてできないよ!!」 シンジはゲンドウの言葉に反論した。 「お前が死ぬぞ!!」 「いいよ!…人を殺すぐらいなら…殺された方がいい!!」 シンジはゲンドウの攻撃命令を拒否した。業を煮やしたゲンドウはついに立ち上がって命令を出した。 「ええい、構わん!パイロットと初号機のシンクロを全面カットだ!」 「カット…ですか?」 マヤはゲンドウの命令の意図が見えずに聞き返した。全面カットすれば、EVA初号機は動かなくなってしまう。が、ゲンドウは更に命令を出す。 「回路をダミー・システムに切り換えろ。」 「しかし、ダミー・システムにはまだ問題も多く、赤木博士の指示も無く…。」 「今のパイロットよりは役に立つ!やれ!!」 「は、はいっ!」 ゲンドウの命令は絶対だった。マヤは従うしかない。 突如、エントリー・プラグの照明が非常灯に変わり、シンジは苦悶から開放された。そして、シンジの背後にあるディスクが高速回転を始め、[OPERATION DUMMY SYSTEM]のインジケータが灯った。 「何だ?」 シンジは異変に気付いた。ディスクの回転音は次第に高くなり、シンジの不安も大きくなった。 「何をしたんだ!父さん!!」 シンジを放っておいて、発令所ではダミー・システム起動の報告が行われていた。 「信号、受信を確認。」 「管制システム切り換え完了。」 「全神経、ダミー・システムへ直結完了。」 「感情素子の32.8%が不鮮明。モニターできません。」 「構わん。システム開放。攻撃開始。」 EVA初号機はEVA参号機の首を掴むと、マウント・ポジションを取られているのに上半身を軽々と起こし、そのまま立ち上がってEVA参号機を吊り上げた。その光景に発令所の一同がどよめいた。 「これが…ダミー・プラグの力なの?」 あまりの強さに恐怖を感じるマヤ。一方、シンジも驚いていた。 “な…どうなってるんだ…何もしてないのに…何で勝手に動いてるんだ!?” EVA初号機の両目が赤く光った。 「システム正常。」 「さらにゲインが上がります!」 鈍い音がしてEVA参号機の首がへし折られた。EVA初号機の首を絞めていた腕は力なく垂れ下がった。その力の差は圧倒的だった。シンジはあまりの事に呆然とする。 が、EVA初号機は既に無抵抗になっているEVA参号機を持ち上げたまま、軽々と振り回して地面に叩き付けた。そして今度はEVA初号機が馬乗りになってEVA参号機を殴り始めた。 もうEVA参号機は動かないのだ。攻撃の必要は無いのだ。だが、EVA初号機は攻撃を止めない。10数発のパンチを喰らい、ついにEVA参号機の頭部が潰され、大量の血が飛散した。あまりの凄絶さにマヤは見ていられなくなって両手で目を覆った。 EVA初号機はEVA参号機の腕をもぎ取り、胸の装甲板を引き剥がし、所構わず殴り続ける。その横顔は笑っているかのように見える。 「まるで殺戮を楽しむ悪魔ね…。」 クミはポツリと呟いた。 EVA参号機の血が周囲の道路を、建造物を、河川を真っ赤に染めていく。 「やめてえっ!父さん!こんなのやめてよおっ!!」 攻撃中止をゲンドウに求めるシンジの叫びが発令所に響いた。だが。 「役立たずのパイロットは黙っていろ。」 ゲンドウは冷たく突き放した。ダミー・システムの実験も兼ねているのだろう。 「くそっ!止まれ!止まれ!!止まれ!!!止まれ!!!!止まれよっ!!!!!」 シンジは暴走を続けるEVA初号機を何とか止めようとインダクション・レバーを動かすが、勿論反応が有る筈も無い。 「!」 そして、EVA初号機はついにEVA参号機のエントリー・プラグを抜き出した。 「いけない!」 クミは駆け出した。 エントリー・プラグを握りつぶせば、中にいるパイロットは…。 「やめろおおおおおおおおっ!」 シンジが絶叫した瞬間、EVA初号機は止まった。 超人機エヴァンゲリオン 第18話「命の選択を」―――抑制 完 あとがき