超人機エヴァンゲリオン

第14話

ゼーレ、魂の座

【時に、西暦2015年】
【第3の使徒】
【サキエル、襲来】
【使徒に対する通常兵器の効果は認められず】
【国連軍は作戦の遂行を断念】
【全指揮権を特務機関『ネルフ』へ委譲】
【当日、接収された】
【サード・チルドレン】
【碇シンジ】
【エヴァンゲリオン初号機搭乗を承諾】
【エヴァンゲリオン初号機、初出撃】
【ネルフ、初の実戦を経験】
【第一次直上会戦】
【EVA初号機、頭部破損、制御不能】
【完全に沈黙】
【後、】
【暴走】
【第3使徒及び初号機における】
【ATフィールドの発生を確認】
【初号機、目標のATフィールドを侵食】
【使徒、殲滅】
【迎撃施設、一部破損】
【EVA初号機、中破】
【同事件における被害者の有無は公表されず】
 その結果として、我の損害が極めて大なりとはいえ、未知の目標に対し、経験「0」の少年が初陣に挑み、これを完墜せしめた事実。碇シンジ君の功績は、特筆に値するものである。ただ、作戦課としてはさらなる問題点を浮き彫りにし、多々の反省点を残す苦汁の戦闘であった。 ―――――――――――――――――――――――――『第三新東京市街戦』中間報告書 責任者 葛城ミサト一尉  ワシの妹はまだ小学6年生です。この間の騒ぎで怪我しました。敵や無うて、味方が暴れて怪我したんです。ワシは、そないなアホな話、とても許せません。あのロボットを作った大人に、妹の苦しみを、ワシの怒りを教えたろ、思います。 ―――――――――――――――――――――――――鈴原トウジの作文より抜粋
【第4の使徒】
【シャムシエル、襲来】
【当時、地対空迎撃システム稼働率48.2%】
【第三新東京市戦闘形態への移行率96.8%】
 いつも友達と学校とかで避難訓練ばっかりやってたから、今更って感じで、実感無かったです。男の子は遠足気分で騒いでいたし、私達も怖いって感じはしませんでした。 ―――――――――――――――――――――――――洞木ヒカリの返却作文より抜粋
【使徒、第三新東京市上空へ到達】
【第二次直上会戦】
【外部電源断線のアクシデントに見舞われるも】
【使徒、殲滅】
【ネルフ、原型を留めた使徒のサンプルを入手】
【だが、分析結果の最終報告は未だ提出されず】
【第5の使徒】
【ラミエル、襲来】
【難攻不落の目標に対し、】
【葛城一尉、オペレーション・ゴルゴを提唱、承認される】
【ファースト・チルドレン】
【EVA零号機専属操縦者】
【綾波レイ】
【凍結解除されたEVA零号機にて、初出撃】
【同深夜、使徒の一部、ジオフロントへ侵入】
【ネルフ、オペレーション・ゴルゴを断行】
 碇は何も言わないけど、あの時目標の渦粒子砲から零号機が身を挺して初号機を守ったんだと思う。いや、そう確信する。その理由は1つ。綾波だ。綾波は自分の存在を希薄に感じているように見えるからだ。ペシミズムとも違う何かを彼女は既に持っていると思う。同じ14歳とは思えない程に。 ―――――――――――――――――――――――――相田ケンスケの個人資料より抜粋
【オペレーション・ゴルゴ、完遂】
【EVA零号機、大破】
【だが、パイロットは無事生還】
【第6の使徒】
【ガギエルに、遭遇】
 「シナリオから少し離れた事件だな。」  「しかし、結果は予測範囲以内です。修正は効きます。」
【セカンド・チルドレン】
【EVA弐号機専属操縦者】
【惣流・アスカ・ラングレー】
【EVA弐号機にて、初出撃】
【海上での近接戦闘】
【及び】
【初の水中戦闘】
【旧伊東沖遭遇戦にて】
【使徒、殲滅】
 「この遭遇戦で国連海軍は全艦艇の1/3を失ったな。」  「失ったのは君の国の船だろう。本来は取るに足らん出来事だ。」  「左様。その程度で済んだのは、またしても幸運だよ。」
【第7の使徒】
【イスラフェル、襲来】
【初の分離・合体能力を有す】
【しかし、EVA初号機、同弐号機の二点同時荷重攻撃にて】
【使徒、殲滅】
【第8の使徒】
【サンダルフォン、浅間山火口内にて発見】
【ネルフ、指令A−17を発令】
【全てに優先された状況下において、初の捕獲作戦を展開】
【電磁光波柵内へ一時的に拘束、だが―――】
【電磁膜を寸裂され、作戦は中断】
【即座に作戦目的は、使徒殲滅へと変更される】
【EVA弐号機、作戦を遂行】
【使徒、殲滅】
【EVA零号機、損傷復旧及び改装作業終了】
【再就役】
【第9の使徒】
【マトリエル、襲来】
【エヴァ3機による初の同時作戦展開により】
【使徒、殲滅】
【第10の使徒】
【サハクイエル、襲来】
【成層圏より飛来する目標に対し】
【EVA3機による直接要撃にて】
【使徒、殲滅】
【第11の使徒】
【襲来事実は、現在未確認】
【ネルフ本部へ直接侵入との流説あり】
【人類補完委員会特別召集会議】
 「いかんな、これは…。早過ぎる。」  「さよう。使徒がネルフ本部に侵入とは…。予定外だよ。」  「まして、セントラル・ドグマへの侵入を許すとはな。」  「もし、接触が起これば、全ての計画が水泡と化したところだ。」  「委員会への報告は誤報…。使徒侵入の事実は有りませんが?」  全員がゲンドウに鋭い目を向けるが、ゲンドウは動じず、いつものポーズを崩さない。  「では、碇。第11使徒侵入の事実は無いと言うのだな?」  「はい。」  「気を付けて喋りたまえよ、碇君。この席での偽証は死に値するぞ?」  「MAGIのレコーダーを調べて下さっても結構です。その事実は記録されていません。」  「笑わせるな。事実の隠蔽は君の十八番ではないか。」  「タイム・スケジュールは死海文書の記述通りに進んでおります。」  「まあ、良い。今回の君の罪と責任は言及しない。…だが、君が新たなシナリオを作る必要は無い。」  「わかっております。全てはゼーレのシナリオ通りに…。」  これまでの事象の検証をする為の人類補完委員会による特別会議は終了した。  だが、老人達は気付いていなかった。検証したデータの殆どにある特定の人物が映っている事に。勿論、EVAや[使徒]が巨大な為、かなり映像を拡大しなければわかる筈もなかったが…。  例えば、対サキエル戦でEVA初号機が叩きつけられたビルの屋上にいた人物。  対シャムシエル戦でシンジのクラスメートを救出に来た人物。  対ラミエル戦前にシンジを連れ回していた人物。  対ガギエル戦時に脱出する加持の戦闘機の後部座席にいた人物。  対イスラフェル戦前にアスカを連れ回していた人物。  対サンダルフォン戦後の浅間山火口を覗き込んでいた人物。  対マトリエル戦時にバイクでネルフ発令所に乗り込んできた人物。  対サハクイエル戦では特に検索にヒットしなかったが、ただの第壱中三年の女子生徒であるにしては、ここまでデータに出てくるのは異常と思える。  さらに15歳でありながら堂々とバイク―――それも大型の750ccで、自分以外が乗れないように特殊な識別装置まで装備されている―――を無免許で乗り回し、何やら特殊な小道具まで持っている。  シンジの命の恩人であり、シンジ、アスカ、レイ達に優しい先輩として慕われている。  第三新東京市の高級マンションにたった一人で住んでいる。  今のところわかっているのはそんな事ぐらいだ。  「真辺クミ…何者だ?」  ゲンドウは例のだだっ広い司令公務室の机で相も変わらずいつものポーズを取りながら疑問を口にした。  「今、MAGIが全力で調査している。諜報部もな。」  その傍のソファに座って詰め将棋の問題集と睨めっこしながら冬月が答えた。  だが、謎の人間がネルフに足を踏み入れた事実に二人は内心、少々動揺していた。  ”あれは誰の声?………赤木博士?違う………葛城三佐?違う………伊吹二尉?違う………セカンド?違う………洞木さん?違う………真辺先輩?そう、あの人ね………なぜ聞こえたの?聞こえる筈ないのに………どうして?”  レイの疑問に答えは見つからなかった。  ”あれは誰の声なの?………ミサトじゃないし………赤木博士でもないし………マヤじゃないし………ファーストという事は絶対ないし………まさかヒカリの訳ないし………真辺先輩………そうよ!あの声は真辺先輩よ!………でもどうして聞こえたのかしら?”  アスカの疑問に答えは見つからなかった。  ”あれは誰の声だろう?………アスカ?違うな………綾波?やっぱり違うな………ミサトさん?全然違うな………リツコさん?違うよな………マヤさん?ちょっと違うな………委員長?でもないな………他に………他には………真辺先輩!?そうだ!あの声は真辺先輩だ!………でも何で聞こえたんだろう?”  シンジの疑問に答えは見つからなかった。  対サハクイエル戦で、敵のプレッシャーに負けそうになった時、誰かの励ます声が聞こえたような気がしていた三人は、それが誰の声だったのかを思い出そうとしていた。その結論は、三人ともクミが励ましてくれたのではないか、となったのだが、ネルフの人間でもないクミの声がエントリー・プラグ内に聞こえてくる筈も無いのだ。だから、疑問は解決しない。そして、疑問を解決する手段は一つしか無かった。  ”明日、学校で訊いてみよう。”  地底湖に浮かんだエントリー・プラグの中で何もできず、そんな事を考えていた三人だった。 EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION EPISODE:14 WEAVING A STORY  第壱中の昼休み、シンジ、レイ、アスカの三人は其々別々に3年B組にクミを訊ねた。  だが、クミは今日は欠席だった。  放課後、今日予定されているテストの為に三人は地下鉄に乗った。  「えっ?シンジも真辺先輩の声だと思ったの?」  「うん…他に知ってる人の声は誰も当て嵌まらない…。」  「…あの時の声の事?」  アスカとシンジの会話に珍しくレイも入ってきた。  「綾波も聞えたの?」  「ええ…。」  「三人とも聞えたという事は、ネルフの人としか考えられないわね。」  「でも、葛城三佐とも赤木博士とも伊吹二尉とも違うわ…。」  「じゃあ、他の人がたまたま発令所に来てた、という事かな?」  「かもね。これから行くんだし、訊いてみればわかるわよ。」  だが、シンジの考えは否定された。あの時発令所にいた女性はいつもの三人だけだったのだ。  第三新東京市内の閑古鳥が鳴いてるようなとある喫茶店で、クミはレモンティーを飲みながら人を待っていた。  「よっ、待たせちゃったかな?」  「いいえ、それ程でもないわ。」  クミの前に座ったのは加持だった。  「いきなりだが、碇司令達がクミに目をつけたぞ。ちょっと目立ち過ぎたんじゃないか?」  「ま、誰かさんじゃないけど、何事も自分の目で確かめたかったからね。」  クミは加持に悪戯っぽく笑った。  「おっと、こいつは一本取られちまったな。」  加持は苦笑した。  「ところで、今時クラシカルな制服だな。」  クミが着ているのはセーラー服だった。  「前の学校の制服よ。てな事は置いといて、一つ目の情報。第壱中の生徒のうち、2−Aだけにある特徴が有るわ。みんな両親或いは片親がいないの。片親の場合は母親がいないわ。」  「偶然にしちゃ出来過ぎているな。」  「二つ目の情報。第壱中の教師の中にはネルフの身分を隠している人や何らかの形で関係がある人がいるわ。」  「チルドレンのガードだろう。」  「おそらくね。三つ目の情報。綾波レイちゃんは14歳だけど、記憶は何故か8年分しか無いわ。」  「よくそこまでわかったな。こっちはマルドゥック機関に引っ掛かってるってのに。」  「取り敢えずはこんなところかな。レイちゃんの件については後はネルフ内部で調べないとだめね。」  「時間が有ればやってみよう。で、こっちからの情報だが…。」  “山…重い山…時間を掛けて変わる物…。   空…青い空…目に見える物…目に見えない物…。   太陽…一つしか無い物…。   水…気持ちの良い事…碇くん?   花…同じ物が一杯…要らない物も一杯…。   空…赤い、赤い空…赤い色…赤い色は嫌い…。   流れる水…。   血…血の匂い…血を流さない女…。   赤い土から作られた人間…男と女から作られた人間…。   男と女…碇くんと私…。   街…人の造り出した物…EVA…人の造り出した人…。   人は何?…神様が造り出した物?…人が造り出した物?   私にある物は命…心…心の容れ物…エントリー・プラグ…それは魂の座…。   これは誰?…これは私…私は誰?…私は何?…私は何?…私は何?…私は何?…私は自分…この物体が自分…自分を作っている形…眼に見える私…でも、私が私でない感じ…とても変…体が溶けていく感じ…私がわからなくなる…私の形が消えていく…私でない人を感じる…誰かいるの?…この先に?…。   碇君?…この人知ってる…葛城三佐…赤木博士…加持一尉…みんな…副司令…伊吹二尉…日向二尉…青葉二尉…クラスメート…鈴原くん…相田くん…洞木さん…セカンド…真辺先輩…碇司令?   あなた、誰?…あなた、誰?…あなた、誰?…。“  <第1回機体相互互換試験―――被験者:綾波レイ>  「どう?レイ。初めて乗った初号機は?」  「碇くんの匂いがする…。」  「なーにが匂いよ。犬じゃあるまいし。」  アスカが突っ込みを入れた。  「シンクロ率は、ほぼ零号機の時と変わらないわね。」  「パーソナル・パターンも酷似してますからね、零号機と初号機。」  「だからこそ、シンクロ可能なのよ。」  リツコとマヤの話を聞いていたミサトが疑問を口にする。  「そう言えば、アスカの弐号機だけ、パターンが違うわね。」  違うといえば、製造された国も違うのだが…。  「誤差±0.03、ハーモニクスは正常です。」  「レイと初号機の互換性に問題点は検出されず。ではテスト終了。レイ、上がって良いわよ。」  『はい…。』  EVA初号機の電源が落とされ、エントリー・プラグが七色に輝き、景色が実験室の壁からエントリー・プラグの壁に変わり、レイとのシンクロが解除された。  <第87回機体連動試験―――被験者:惣流・アスカ・ラングレー>  『EVA弐号機のデータ・バンク、終了』  『ハーモニクス、全て正常。』  『パイロットに問題無し。』  「あったりまえでしょ。」  いつもと同じ結果に、アスカは無意味な実験のように感じられて不愉快そうに呟いた。  「確かに、弐号機の互換性、効かないわね。」  ミサトの指摘を受けてリツコも再確認した。  <第1回機体相互互換試験―――被験者:碇シンジ>  『零号機のパーソナル・データは?』  『書き換えは既に終了しています。現在、再確認中。』  まだシンクロは開始されておらず、シンジは顔を伏せてその時を待っていた。  「被験者は?」  「若干の緊張が見られますが、神経パターンに問題無し。」  リツコが確認を取り、マヤが準備を進める。  「初めての零号機…他のEVAですもの、無理も無いわ。」  笑顔で実験室を眺めながら言うミサトの隣に、上がってきたレイがプラグ・スーツ姿で黙って実験室のEVA零号機を見つめていた。  「ばっかねぇ〜、そんなの気にせずに気楽にやればいいのに。」  アスカは小声で呟いたつもりだったが、ミサトにはちゃんと聞こえていた。  『それができないコなのよ、シンジくんは。』  「不器用なんだから…ところで、私は参加しなくていいの?」  「どうせ乗れって言っても乗るつもり無いでしょ?」  「ま、ね。」  アスカの問いをジョークで返したミサトは、すぐに表情を引き締めて実験を見守る。  実験室に拘束されたEVA零号機。  『エントリー、スタートしました。』  『LCL電化。』  『第一次接続開始。』  エントリー・プラグ内が七色に輝き、最後にプラグの壁は実験室の景色に変わった。  『どう?シンジ君。零号機のエントリー・プラグは?』  リツコの問い掛けに、シンジは顔を上げて答えた。  「何だか…変な感じがします。」  『違和感が有るのかしら?』  「いえ…ただ、綾波の匂いがする…。」  アスカがさっきと同様な突っ込みを入れる。  「なーにが匂いよ。臭いの間違いじゃないの?」  『アスカ、実験中よ、静かにして。』  「はいはい。」  『主電源接続完了。』  『各拘束具問題無し。』  「了解。では、相互互換テストはセカンド・ステージに移行。」  「零号機、第二次コンタクトに入ります。」  「どう?」  「やはり、初号機ほどのシンクロ率は出ないわね…。」  「ハーモニクス、全て正常位置。」  「でも、いい数値だわ。これであの計画を実行できるわね。」  その言葉にマヤはモニターから顔を上げリツコに向けるが、リツコはモニターから視線を外さない。  「ダミー・システムですか?先輩の前ですけど、私はあまり…。」  「感心しないのはわかるわ。…しかし、備えは常に必要なのよ。人が生きてゆく為にはね。」  「先輩を尊敬していますし、自分の仕事はします。でも、納得はできません。」  「潔癖性はね、辛いわよ。人の間で生きてゆくのが…。」  「………。」  「汚れたと感じた時にわかるわ。それが…。」  まるでリツコは自分に言い聞かせる様に呟き、マヤは嫌悪感らしい表情を出しながら顔を伏せた。が、しばらくして彼女が何故か顔を紅く染めた事に気付いた者はいなかった。  『第三次接続を開始。』  『セルフ心理グラフ安定しています。』  拘束され、今まで力無く俯いていたEVA零号機が顔を上げた。  『A10神経接続を開始。』  『ハーモニクス・レベル+20。』  その瞬間、シンジの目がハッと見開き、瞳が震えた。  “っ!?…何だこれ?あ、頭に入って、来る、直接、何か…あ、綾波?綾波だよな、この感じ…。”  頭痛がするかのように左手で頭を押さえるシンジ。  “…綾波…違うのか?…。”  シンジの頭の中にレイのイメージが大量に流れ込んできた。そして、次第にそのイメージが変質する。  突然、EVA零号機が拘束具から抜け出そうともがき始めた。  「どうしたのっ!?」  「パイロットの神経パルスに異常発生!精神汚染が始まっています!」  「まさか!?このプラグ深度ではあり得ないわ!!」  マヤの言葉を信じられず、リツコがモニターを見ると次々と神経接続は外れ、重なっていた波形のハーモニクスの3本の線が徐々に離れてゆく。  「プラグではありません!EVAからの侵食です!」  EVA零号機が固定されていたロック・ボルトを遂に破壊し、腕の拘束具を壁の基部ごと引き抜いた。そして何かに苦しむように頭を抱えながらヨロヨロと歩き出す。  「零号機、制御不能!」  「全回路遮断!電源カット!」  コンセントが抜け、EVA零号機の動きが一瞬止まるが、前にも増してもがき苦しみ始めた。  「零号機、予備電源に切り替わりました。」  「完全停止まで後35秒。」  何か怒りをぶつける様に管制室に向かって殴りつけるEVA零号機。  「危険よ!レイ、下がって!レイっ!」  ミサトがレイに退避を促す。  遂に強化ガラスが割れて吹き飛んだが、レイは全く動かなかった。  「ダメです!オート・イジェクション作動しません!」  「また、同じなの?あの時と…シンジ君を取り込むつもり?」  リツコが謎の呟きを漏らした。  「完全停止まで後10…。」  EVA零号機は狂ったように実験室の壁に頭突きを始めた。  「…9…8…7…6…5…4…3…2…1…0。」  ついにEVA零号機は完全に動きを止めた。  「零号機、活動停止。」  「パイロットの救出、急いで!」  間を入れずにミサトの指示が飛んだ。  “まさか…レイを殺そうとしたの?零号機が?”  時刻は既に夕暮れ時、ネルフ本部があるジオフロントも赤く染まっている。  窓からとある一室に射し込む光が、ミサトとリツコも赤く染めていた。  「この事件、先の暴走事故と何か関係が有るの?あのレイの時と…。」  「今はまだ何も言えないわ。ただ、データをレイに戻して早急に零号機との追試験、シンクロ・テストが必要ね。」  「作戦課長として可及的に速やかにお願いするわ。仕事に支障が出ない内にね。」  「わかっているわ。葛城三佐。」  作戦部と技術部のトップ同士の緊迫したムードの打ち合わせは終わり、ミサトは出ていった。  “零号機が殴りたかったのは私ね…間違いなく…。”  一人残ったリツコは心の中で呟いていた。  数時間後、シンジは目覚めた。  「イヤだな…またこの天井だ…。」  発令所にその連絡が届くと、日向はすぐにミサトに報告した。  「…そう。」  何故かミサトの返事は冷たかった。何かに、誰かにミサトは不審を抱いていた。  だだっ広い司令公務室に将棋の駒を打つ心地よい音が響いた。  「予定外の使徒侵入。その事実を知った人類補完委員会による突き上げか…。」  ぼやきながらも、詰め将棋の本を見ながら次の手を考える冬月。  「ただ文句を言う事だけが仕事の下らない連中だがな。」  「切り札は全てこちらが用意している。彼らは何もできんよ。」  隣ではゲンドウがいつものポーズ。  「だからと言って、焦らす事もあるまい。今、ゼーレが乗り出すと面倒だぞ?いろいろとな…。」  「全て、我々のシナリオ通りだ。問題無い。」  「零号機の事故はどうなんだ?私のシナリオに無いぞ?あれは。」  「支障は無い。レイとの再シンクロにも成功している。」  “レイにこだわり過ぎだな、碇。”  冬月は次の手を考えるのを止め、視線だけゲンドウに向けてそう思った。  「…ADAM計画はどうなんだ?」  「順調だ。2%も遅れていない。」  「では、ロンギヌスの槍は?」  「予定通りだ。作業はレイが行っている。」  「あの小娘は?」  「既に諜報部に指示してある。」  ゲンドウの机の上にはクミの写真入の調査資料が置いてあった。  真辺クミ。15歳。日本政府内務省中央情報局所属・特別任務捜査官。  ネルフ本部地下深く、深い闇に包まれた巨大な通路を薄暗い誘導灯に導かれ、レイが乗るEVA零号機がゆっくりとした歩みで進んでいた。  右手にはEVA零号機の1.5倍ほどの長さの槍状の物を持っている。その柄は螺旋状に渦を巻き、槍先は二股に分かれいる。それが冬月の言った‘ロンギヌスの槍’だった。  ビルの谷間で一人の少女を取り囲む四人の男。  「おとなしくしてもらおう。」  「ネルフの保安諜報部ね。」  「我々も中学生相手に手荒なまねはしたくない。」  「…そっちの二人、どこかで見たと思ったら、箱根湯本駅でシンジくんを無理やり電車に乗せようとした奴らじゃない。」  そう言いながらも、背後から肩に手を掛けた男の鳩尾に肘鉄を一発、さらに顔面に裏拳を喰らわせ、止めに振り向きながらの手刀を頚動脈に叩き込み、成人男性を失神させる。  三人は慌てて身構えた。ただの中学生ではなく、武術の心得があると気付いたのだ。  「抵抗するなら我々も本気を出さざるを得ない。」  「あの時からあんた達を叩きのめしてやりたいって思ってたんだよね。」  「何だと?」  「どうしたの?掛かっておいでよ。」  少女は不敵に笑うと、FUCK・YOUの形に立てた中指を手前に二、三回倒して挑発した。  挑発に引っ掛かった一人が猛然と掴みかかってきた。だが、クミは寸前でさっと右に避け、左手で顔を掴むと、相手は勢い余って脚から宙を駆け上るように浮き上がり、そのままの姿勢で地面に後頭部から落ちて気絶した。  「これで本気なの?期待外れだわ。」  少女は落胆して俯きながら首を振った。  「少し甘く見すぎていたようだ。」  諜報部員は拳銃を取り出して少女に向けた。  「あらら、そう来たか。」  少女は両手を上げた。  「手間を掛けさせるんじゃない。」  背後の諜報部員が少女を羽交い絞めにした。  「やーよ。」  少女は羽交い絞めされながらも足を上に振り上げた。つま先が拳銃を弾き飛ばし、もう片足で胸を蹴る。その足は背後の相手の眉間に命中した。まさかのトゥ・キックを眉間に喰らった相手が怯んだ隙をついてクラッチを強引に外した少女は、地面を蹴って前の男の首を両腿で挟み、そのまま背後に身体を反らせ、その反動で相手を吹っ飛ばしながらも見事に着地した。吹っ飛ばされた相手はもう一人の相手に正面衝突し、二人してもんどりうって倒れた。  よろよろと立ち上がるが既に少女の姿は視界に無い、と思ったら少女はしゃがみながら低空の回し蹴りを膝裏に放った。再度、後方に引っ繰り返り、後頭部を地面で打って気絶する男。  「こ・れ・で・最後だっ!」  少女は残る一人に突進した。  「エイ、エ、エイ、オウ!」  強烈なパンチが腹に三発、顎に一発入り、男は吹っ飛んで壁で頭を打って失神した。  少女は置いてあった学生カバンから油性ペンを取り出し、四人の男の顔に悪戯書きした。  「月に代わってオシオキ完了…って、今日は新月だったか。」  翌朝のニュース。  「今日未明、新秋葉原の路地裏で四人の男性が倒れているのが発見されました。外傷は有りませんでしたが、四人とも額に何故か「肉」という文字の悪戯書きがされていました。警察は四人に事情を聞いている段階で、詳しい事はまだわかっておりません。」 超人機エヴァンゲリオン 第14話「ゼーレ、魂の座」―――発覚 完 あとがき