超人機エヴァンゲリオン

第13話

使徒、侵入

 『EVA3体のアボトーシス作業は、MAGIシステムの再開後、予定通り行います。』
 『作業確認。45から60まで省略。』
 『発令所承認。』
 ネルフ本部発令所にて、スーパー・コンピューターMAGIの定期検診が行われていた。
 マヤの指先が軽やかに動き、軽快なキーボード音と共にホログラム・ディスプレイの文字が流れていく。この後に控えたあるテストの為、MAGIの点検が行われているのだ。
 「流石、マヤ。早いわね。」
 リツコは書類から目を上げ、脇に置いてあった冷めたコーヒーを飲み、不味そうに顔をしかめる。
 「それはもう、先輩の直伝ですから」
 「あっ、待って。そこ、A−8の方が早いわよ。ちょっと貸して。」
 マヤの手が止まり、流れていた文字も止まると、リツコは手元にあるキーボードを引き寄せて打ち込み始める。
 そのスピードは両手のマヤに対して、リツコは片手なのに倍ぐらい。
 「っ!さっすが、先輩。」
 高速で流れて行く文字にマヤは茫然と呟く。
 「どう?MAGIの診察は終わった?」
 やる事無くネルフ内をブラブラしていたミサトが見学に現れた。
 「大体ね…。約束通り、今日のテストには間に合わせたわよ。」
 「さぁ〜っすが、リツコ。同じ物が3つも有って大変なのに。」
 ミサトはそこに置いてあったコーヒーを取った。
 「冷めてるわよ、それ。」
 「う…。」
 時既に遅く、ミサトはもうコーヒーを一口含んでいた。
 『MAGIシステム、3基とも自己診断モードに入りました。』
 MAGIの3台のコンピューターを表すモニターの文字が『検診中』から『終了』に変わる。
 『第127次定期検診、異常無し。』
 『了解、お疲れ様。みんな、テスト開始まで休んで頂戴。』

 化粧室洗面所に蛇口から出しっぱなしの水の音が響いている。
 リツコは水を手ですくい、顔を洗うと脇に抱えていたタオルで顔を拭く。 
 タオルで拭った後、リツコは正面の鏡に映った自分の顔を見て苦笑した。
 そこには疲れた30女の顔があった。
 「異常無しか…。母さんは今日も元気なのに…。私はただ歳を取るだけなのかしらね…。」
 誰にと言うわけでもなく、一人呟くリツコ。

 「ええぇ〜っ!また脱ぐのぉぉ〜っ!」
 アスカの叫びが上がった。
 ジオフロント中心に位置する巨大な縦穴のセントラル・ドグマ。その下層にある大深度施設であるテストが行われようとしていた。
 『ここから先は超クリーン・ルームですからね。シャワーを浴びて、下着を代えるだけでは済まないのよ。』
 「なんで、オート・パイロットの実験でこんな事しなくちゃいけないのよっ!」
 スピーカーから聞こえるリツコの声にぼやくアスカ。
 『時間はただ流れている訳じゃ無いわ。EVAのテクノロジーも進化している。新しい結果は常に必要なの。…じゃあ、始めるわよ。』
 少ししてドアが開き、奥からレイ、シンジ、アスカの三人が別々に現れた。既に全員全裸である。
 「ほら、お望みの姿になったわよ!17回も垢を落とされてね!」
 腰に手を当て、ふんぞり返って不機嫌を露にするアスカ。
 『では全員とも、この部屋を抜けて、その姿のままエントリー・プラグに入って頂戴。』
 「ええぇぇ〜っ!!」
 顔を紅くしてアスカは先程より大きい悲鳴を上げた。
 『大丈夫。映像モニターは切ってあるわ。プライバシーは保護してあるから。』
 「そういう問題じゃないでしょっ!気持ちの問題よっ!」
 腕撫して俯きながらも抗議するアスカ。
 『このテストはプラグ・スーツの補助無しに、直接肉体からハーモニクスを行うのが主旨なのよ。』
 『アスカ、命令よ。』
 「もぉぉ〜っ!絶対見ないでよっ!」
 結局、ミサトの鶴の一声で三人は渋々エントリー・プラグに入った。
 
 「各パイロット、エントリー準備完了しました。」
 「テスト、スタート」
 マヤの最終確認を受け、責任者であるリツコが実験開始の指示を出す。
 リツコとミサトは実験室窓際に立って、実験室の模擬体を見つめている。
 『テスト、スタートします。オート・パイロット記憶開始。』
 巨大な実験室内の壁からむき出ている、パイプやコードが繋げられた首と下半身がない上半身だけの物体、それが模擬体と呼ばれていた。時折、実験室に入れられたLCLの中を気泡が上昇してゆく。
 『シミュレーション・プラグを挿入。』
 EVAと同じく脊髄の位置にプラグが挿入された。
 『システムを模擬体と接続します。』
 「シミュレーション・プラグ、MAGIの制御下に入りました。」
 「おおっ!速い、速い!MAGI様々だわ。初実験の時、1週間も掛かったのが嘘みたいね。」
 マヤのシステム確認の声に隣のディスプレイを見たミサトは、超高速で文字が流れ、スクロールしていくのに感心した。
 「テストは約3時間で終わる予定です。」
 『気分はどう?』
 リツコが被験者の3人に問い掛けた。
 「…何か違うわ。」
 「うん…いつもと違う。」
 レイとシンジが即答するが、何が違うのかうまく表現できない。
 「感覚がおかしいのよ。右腕だけはっきりして、後はぼやけた感じ。」
 流石にシンクロ率トップのアスカは具体的に何かを感じているらしく、自分の右腕を見つめた。
 『レイ、右手を動かすイメージを描いてみて。』
 「はい…。」
 リツコの指示にレイがレバーを握って引っ張ってみると、模擬体の右手が微かに動いた。
 MAGIが審議を問う対立モードに移行した。
 「ジレンマか…。造った人間の性格が伺えるわね。」
 リツコはぼんやりと眺めながら呟いた。
 「何言ってるの?造ったのは、あんたでしょ?」
 モニターを見入っていたミサトがリツコの方を振り向いた。
 「…貴女、何も知らないのね。」
 リツコは書類をめくりながら答える。
 「リツコが私みたくベラベラと自分の事、話さないからでしょ。」
 ミサトはリツコにちょっとムッとしたらしく、腕撫して目を伏せると頬を膨らませた。
 「そうね…。私はシステム・アップしただけ…基礎理論と本体を造ったのは母さんよ。」
 と、MAGIの審議が終わり、議題が決議された。

 「確認しているんだな?」
 「ええ、一応。」
 同じ頃、発令所では冬月と青葉がネルフ本部内の異変をチェックしていた。
 「3日前に搬入されたパーツです。ここですね、変質しているのは。」
 青葉がモニターを見ながら説明する。
 「第87タンパク壁か。」
 ヘックス・マスで示されたモニターの1部分だけが、赤い表示になっている。
 「拡大するとシミの様な物が有ります。何でしょうね、これ?」
 「侵食だろ?温度と伝導率が若干変化しています。無菌室の劣化が良く有るんです。最近…。」
 日向が口を挟んだ。
 「工期が60日近く圧縮されてますから…。また、気泡が混ざっていたんでしょう。杜撰ですよ、B棟の工事は。」
 青葉は吐き捨てる様に言った。
 「そこは使徒が現れてからの工事だからな…。」
 「無理無いですよ。みんな疲れてますからね。」
 「明日までに処理しておけ。碇がうるさいからな。」
 「了解。」
 だが、第87タンパク壁では、壁のつなぎ目から紫色のシミが広がっていた。

 「また水漏れ?」
 「いえ、侵食だそうです。この上のタンパク壁。」
 不機嫌そうな表情で振り返ったリツコに、マヤは受話器を置きながら掛かってきた電話の内容を説明した。
 「参ったわね…。テストに支障は?」
 「今のところは何も。」
 「では、続けて。このテストはおいそれと中断する訳にはいかないわ。碇司令もうるさいし…。」
 「了解。」
 リツコは実験室の模擬体に視線を戻す。
 『シンクロ位置正常。』
 『シミュレーション・プラグを模擬体経由で、EVA本体と接続します。EVA零号機、コンタクト確認。』
 ケージに拘束されている零号機の瞳に光が点る。
 『ATフィールド、出力2ヨクトで発生します。』
 零号機のATフィールド発生と同時に第87タンパク壁のシミが赤く輝き出した。
 と、警報音が鳴り、同時にモニターに点滅する『ALERT』の文字の光が制御室を赤く染めた。
 「どうしたのっ!?」
 リツコが慌てて振り返った。
 『シグマ・ユニットに汚染警報発令!』
 『第87タンパク壁が劣化!発熱しています!』
 『第6パイプに異常発生!』
 「タンパク壁の侵食部が増殖しています!爆発的スピードです!」
 マヤのモニターのヘックス・マスが、凄まじい速さで赤に変わっていく。
 「実験中止!第6パイプを緊急閉鎖!」
 「はいっ!」
 リツコの素早い判断により、第6パイプは切り離され、更に第5、第7パイプの防御壁が閉められた。
 『60、38、39、閉鎖されました!』
 『6の42に侵食が発生!』
 「ダメです!侵食は壁伝いに侵攻しています!」
 モニターから顔をあげるマヤの顔にも、指示を出すリツコの顔にも焦りが出ている。
 「ポリソーム用意!レーザー出力最大!侵入と同時に発射!」
 実験室の壁が開き、レーザーを装備した無人ロボットが出動し、第6パイプ壁前に集合する。
 「侵食部、6の58に到達!来ますっ!」
 しかし、マヤのモニターのデータでは既に到達している筈なのに、第6パイプ壁には何の変化も起こらない。その時だった。
 『キャァァッ!』
 「レイっ!?」
 その悲鳴にミサトとリツコがハッとし、レイの模擬体に顔を向ける。
 と、模擬体の右腕が勝手に動き出し、壁を叩きつけた。
 「レイの模擬体が動いています!」
 「まさかっ!?」
 苦しみに耐える様に体を震わせ、もがく模擬体。
 肩に出来たシミは徐々に広がって行く。
 「侵食部、更に拡大!模擬体の活水システムを犯しています!」
 ついに第6パイプ壁にもシミが広がる。
 全てのモニターに『EMERGENCY』の文字が点滅しだした。
 自分の前のガラス窓からミサトはもがく模擬体を声も無く見つめる。
 模擬体は自分を見つめるミサトを見つけたかのように、彼女に向かい手を伸ばしてきた。 
 「マヤ!緊急処置!」
 「はいっ!」
 マヤは右拳でキーボード横のガラスを叩き割り、その奥に有るレバーを引く。
 模擬体の右肩が吹き飛び、ミサトの前にあるガラス窓にぶつかりヒビを入れた。
 「レイは!?」
 「無事です!」
 「全プラグを緊急射出!レーザー急いで!」
 プラグが射出され、実験室から出ると同時に出ていった天井のハッチが閉まった。
 侵食の進む第6パイプにレーザーがポリソームから打ち出された。
 急激な温度変化に水泡を上げながら、破壊される侵食部。だが、しばらくするとレーザーはオレンジの八角形の光によって弾き返された。
 「ATフィールド!!」
 「まさか!?」
 驚愕の声をあげるミサトとリツコ。
 「何…これ?」
 「分析パターン青!間違いなく使徒よ!」
 侵食され赤く輝き始める模擬体。

  今や、発令所のあらゆるモニターにも『非常事態』と『EMERGENCY』の文字が点滅し、けたたましい警報が鳴り響いていた。
 冬月はミサトから電話で事態を知った。
 「使徒!?使徒の侵入を許したのか!!」
 『申し訳有りません。』
 冬月の前の日向も情報を集めようとせわしなくモニターを見つめる目を動かせている。
 「セントラル・ドグマを物理閉鎖!シグマ・ユニットと隔離しろ!」
 冬月は即座に決断し、青葉に指示を出した。
 「了解!」
 と、冬月の背後に、司令席ごとエレベーターで、緊急回線の赤い受話器を持ち、何処かに電話をしているゲンドウが上がってきた。

 『セントラル・ドグマを物理閉鎖。シグマ・ユニットと隔離します。』
 ついに使徒は制御室の窓枠まで侵食してきた。
 「ボックスは破棄します!総員待避!」
 受話器を置くとミサトは叫んで命令を出した。
 数人のオペレーターが持てる書類を持って、慌てて制御室を出て行く。
 リツコは何を思ってか、実験室を睨んでいる。
 「リツコ、何してるの早くっ!」
 ミサトはリツコの肩を引いて退避を促し、一緒に出口へ走る。
 二人が制御室から出て、扉が閉まると同時にガラスが割れ、制御室はLCLで埋まった。

 『シグマ・ユニットをEフロアより隔離します。』
 シグマ・ユニットに繋がるパイプラインが全て遮断され、隔壁が閉じられた。
 『全隔壁を閉鎖。該当地区は総員待避。』
 通路もランプが赤く点灯し、10m毎に3重の隔壁シャッターが閉じられた。

 発令所は今だ鳴り止まない警報が鳴り響いている。
 「…わかっている。よろしく頼む。」
 何処かに架けていた電話を切り、受話器を机の引き出しにしまうとゲンドウは命令を出した。
 「警報を止めろ。」
 「け、警報、停止します。」
 戸惑いながら青葉が警報を止めた。
 「誤報だ。探知機のミスだ。日本政府と委員会にはそう伝えろ。」
 「は、はい。」
 やはり、またも戸惑いながら青葉は脇にある受話器を取って、既に関係各省へ行った報告の訂正を行う。
 「汚染区域はさらに下降!プリブノー・ボックスからシグマ・ユニット全域へ広がっています!」
 日向の報告の通り、モニターに赤く表示される侵食部は実験室から徐々に周囲に広がっていた。
 「場所がまずいぞ…。」
 冬月はゲンドウに声を顰めて話しかける。
 「ああ、アダムに近すぎる。」
 ゲンドウも他の者に聞こえない様に小声で応える。
 「汚染はシグマ・ユニットまでで押さえろ。ジオフロントは犠牲にしても構わん。EVAは?」
 「第7ケージにて待機。しかし、パイロットが…。」
 「パイロットを待つ必要は無い。すぐ地上に射出しろ。」
 「えっ!?」
 日向と青葉が驚きに目を見開き、司令席でいつものポーズを取るゲンドウの方へ椅子ごと向き直った。
 「初号機を最優先だ。その為に他の2機を破棄しても構わん。」
 「…初号機をですか?」
 「しかし、EVA無しでは、使徒を物理的に殲滅できません!」
 先程からのゲンドウの命令に戸惑うばかりの二人。
 「その前にEVAを汚染されたら全て終わりだ。急げ!」
 「は、はいっ!」
 EVA初号機、EVA零号機、EVA弐号機の順に地上に射出される3機のEVA。

 『シグマ・ユニット以下のセントラル・ドグマは60秒後に完全閉鎖されます。』
 セントラル・ドグマの中央溝。暗闇の中に赤く輝いている[使徒]の光。それを移動コンテナの運転席から身体を出して見上げている加持。
 「あれが使徒か。仕事どころじゃなくなったな。」
 『真空ポンプ作動まで、あと30秒です。』
 巨大な縦穴を4重の隔壁が閉まってゆく。
 加持はコンテナから脇にある搬出路に向かって飛び込み、走り去った。
 一体、何をしていたのだろう…。

 『セントラル・ドグマは完全閉鎖。』
 『大深度施設は侵入物に占拠されました。』
 「さて…EVA無しでどうやって使徒を攻める?」
 冬月がモニターを睨む。

 「どうやら、中継リレーは大丈夫のようね。」
 今日は休日。ピンクのタンク・トップと白のホット・パンツというラフな格好のクミは自室でパソコンに向かっていた。
 「では、いってみようか。」
 クミは、何故かディスプレイに手を置いた。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:13 LILLIPUTIAN HITCHER



 「ほら、ここが純水の境目。酸素の多い所よ。」
 「好みがはっきりしてますね。」
 リツコの言うとおり、使徒のシグマ・ユニット侵食状況を映すマヤのモニターには、酸素が多い位置より先は使徒の侵食が進んでいない。
 「無菌状態維持の為、オゾンを噴出している所は汚染されていません。」
 「つまり、酸素に弱いって事?」
 「らしいわね。」
 振り返ったミサトに頷くリツコ。
 「日向君、オゾンを注入して。」
 「オゾン注入!濃度増加しています!」
 ミサトの指示によって、実験室のシャッターが開き、LCLの中にオゾンが注入された。
 幾つもの気泡が勢い良く上昇して行く。
 「効いてる、効いてる…。」
 青葉の呟きのとおり、模擬体の赤く輝く部分が徐々に減少している。
 「いけるか?」
 「0Aと0Bは回復しそうです。」
 「パイプ周り正常値に戻りました。」
 「やはり、中心部は強いですね。」
 「よし、オゾンを増やせ!」
 冬月が張り切って指示を出した。

 オゾン注入により、シグマ・ユニットの侵食部は順調に減少していった。が、少し後…。
 「…変ね?」
 「あれ?増えてるぞ!」
 「変です!発熱が高まってます!」
 最初にリツコが異変に気づき、さらに青葉と日向も気づいた。
 「汚染域、また拡大しています!」
 「ダメです。まるで効果が無くなりました。」
 青葉とマヤのモニターに映る侵食部が、先程よりも速い速度で広がってゆく。
 「今度はオゾンをドンドン吸っています!」
 「オゾン、止めて!」
 リツコは何かに気づいたようだ。
 「先輩、これ…。」
 「凄い…進化しているんだわ。」
 リツコはモニターの使徒拡大図が、次々と形を変えてゆく姿に、驚き呟いた。
 と、突然、中央モニターにサンドストームが走ると同時に発令所に警報が鳴り響いた。
 「どうしたのっ!?」
 ミサトは頬に焦りの汗を流しながら訊いた。
 「サブ・コンピューターがハッキングを受けています!侵入者不明!」
 「こんな時に!くそっ!Cモードで対応!」
 青葉と日向の目と手が忙しなく動き始める。
 「防壁を解凍します!疑似エントリー展開!」
 「疑似エントリー、回避!」
 司令席で静観しているゲンドウと冬月。
 「逆探まで18秒!防壁を展開!」
 「防壁突破!」
 「疑似エントリーを更に展開!」
 「疑似エントリーを更に回避!こりゃあ、人間技じゃないぞ!!」
 そう呟く日向もリツコには負けるが、凄まじく恐ろしい速さのキー・タッチだ。
 「逆探に成功!この施設内です!…B棟の地下、プリブノー・ボックスです!!」
 模擬体の輝きの色が赤から黄色に変わった。
 「光学模様が変化しています!」
 マヤの言うとおり、模擬体を中心に黄色の輝きが周囲に広がっていく。
 「光っているラインは電子回路だ。こりゃ、コンピューターその物だ。」
 「疑似エントリー展開!…失敗!妨害されました!」
 絶望的状況についにミサトが動き出す。
 「メイン・ケーブルを切断。」
 「ダメです!命令を受け付けません!」
 「レーザー撃ち込んで!」
 「ATフィールド発生!効果無し!」
 ミサトが苛立つ表情になった。
 「保安部のメイン・バンクにアクセスしています!パスワードを走査中!12桁…16桁…Dワードクリア!」
 「保安部のメイン・バンクに侵入されました!メイン・バンクを読んでいます!解除できません!!」
 「奴の目的は何だ…。」
 未だ冷静な冬月、無言のゲンドウ。
 「メイン・パスを探っています!…こ、このコードは…や、やばい!!MAGIに侵入するつもりです!!!」
 青葉の報告を聞いた発令所全員の動きが驚愕で一瞬止まった。何故なら、MAGIを乗っ取られるという事はネルフ本部を乗っ取られる事と同義だからだ。
 「I/Oシステムをダウンしろ。」
 とうとう、ゲンドウの命令が出た。
 青葉と日向は引出からキーを取りだし、キーボード横のセーフティ・カバーを外し、鍵穴に射し込む。
 「カウント、どうぞ!」
 「3、2、1!」
 日向のカウントで同時にキーを捻るが、何も起こらず顔を見合わせる二人。
 「電源が切れません!」
 「使徒、更に侵入!メルキオールに接触しました!」
 額に汗しながらも必死にキーボードを叩き、抵抗するマヤ。
 「ダメです!使徒に乗っ取られます!」
 次々とメルキオールの容量を表すブロックが緑から赤に変わっていく。
 「メルキオール、使徒にリプログラムされました!」
 マヤの健闘虚しく、3台のコンピューターの内の1台[メルキオール]がついに[使徒]に乗っ取られた。
 『人口知能メルキオールより、自律自爆が提訴されました。』
 その人工的なメッセージ音に、ミサトとリツコがハッと顔を上げ、MAGIの審議モニターを見つめる。
 『否決…否決…否決…否決…否決…。』
 が、賛成は[メルキオール]のみで他の2台の[バルタザール]と[カスパー]は反対の為に否決された。
 「こ、今度はメルキオールがバルタザールをハッキングしています!」
 青葉も健闘するが、次々に[バルタザール]のブロックも緑から赤に変わっていく。
 「くそぉ〜っ!早いっ!」
 「なんて、計算速度だ!」
 必死に[使徒]の侵食に抵抗する三人のオペレーター達。
 何もできない悔しさに、唇を噛むミサト。
 考え込み、眉間に皺をよせるリツコ。
 「ロジック・モードを変更!シンクロ・コードを15秒単位にして!」
 [バルタザール]が半分ほど乗っ取られた時、ハッと気づいたリツコが指示を出した。
 「了解!」
 その策を実行すると、MAGIの処理速度が落ち、[使徒]の侵食速度も落ちた。
 「どのくらい持ちそうだ?」
 冬月が安堵の深い溜息をつきながら、青葉に訊いた。
 「今までのスピードから見て、2時間くらいは…。」
 「MAGIが敵に回るとはな…。」
 冬月の呟きに、リツコは肩を落としていた…。

 ネルフ本部作戦室で現状についての状況確認が行われている。
 「彼らはマイクロ・マシン。細菌サイズの使徒と考えられます。その個体が集まって群体を作り、この短時間で知能回路の形成に至るまで、爆発的な進化を遂げています。」
 リツコはテーブルに使徒によって侵された模擬体の写真を出しながら説明した。
 「進化か…。」
 腕を組んで唸る冬月。
 「はい。彼らは常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処できるシステムを模索しています。」
 「正に生物の生きるシステム、そのものだな…。」
 しばらく誰もが何事も言葉に出さない沈黙の中、ミサトが顔をあげる。
 「自己の弱点を克服、進化を続ける目標に対して有効な手段は…死なば諸共。MAGIと心中して貰うしかないわ。MAGIシステムの物理的消去を提案します。」
 ミサトは大胆な案を提案した。
 「無理よ!MAGIを切り捨てる事は本部の破棄と同義なのよ!」
 すかさず反論するリツコ。
 「では、作戦部から正式に要請するわ!」
 「拒否します。技術部が解決すべき問題です。」
 「何意地張ってんのよ!」
 「…私のミスから始まった事なのよ。」
 リツコはミサトから視線を外した。
 「貴女は昔からそう…一人で全部抱え込んで…他人を当てにしないのね。」
 ミサトは寂しそうに言った。が、すぐにリツコは俯いていた顔を上げた。
 「使徒が進化を続けるのなら、策は有ります。」
 「進化の終着地点は自滅…‘死’そのものだ。」
 「使徒が死を拒めば、MAGIと共存を望む筈です。」
 「どうするのかね?」
 「こちらからカスパーに直結。逆ハックをかけて進化促進プログラムを送り込みます。が…。」
 「同時に使徒に対して、他の防壁を解放する事になります。」
 リツコが言葉を切ると、マヤが引き継いで補足した。
 「そのプログラム、間に合うんでしょうね?カスパーまで侵されたら終わりなのよ。」
 リツコに念を押すミサト。
 「…約束は守るわ。」
 リツコは視線を合わせず、何処か遠くを見つめる様な目で呟いた。

 『R警報発令。R警報発令。ネルフ本部内部で緊急事態が発生しました。D級勤務者は全員、待避して下さい。』
 普段、日向達がいるオペレーター階の1段下のMAGI[カスパー]オペレーター席に仮設司令部が置かれた。
 カスパー横に有る小さな蓋を開け、中にあるボタンを押すとカスパー本体が上にせり上がった。ハッチを開き、リツコは内部に入っていく。
 「…な、何ですか、これ?」
 マヤがカスパー内部にびっしりと張り付けられたメモに驚く。
 「開発者のイタズラ書きだわ…。」
 人が1人やっと入れる内部を、リツコはしゃがんで両手と両膝をつきながら進む。
 「す、凄い!裏コードだ!MAGIの裏コードですよ、これ!」
 「さながらMAGIの裏技大特集って訳ね?」
 入り口近くに張って有るメモを取って見るマヤ。
 「はぁ〜…こんなの見ちゃって良いのかしら…はっ!?びっくり!これなんてイントのCよ!」
 マヤは大喜び。
 「これなら、意外と早くプログラムできますね、先輩!」
 「そうね…。」 
 表情が緩み、微笑むリツコ。
 「ありがとう、母さん。確実に間に合うわ。」
 そう呟いたリツコの目がある一点で止まった。何枚ものメモの上に書き殴られた「碇のバカヤロー」の文字…一体、何があったのか…。

 作業が始まった。
 「ミサト、レンチ取って頂戴。」
 「はい。」
 レンチで外カバーを外していくリツコ。
 「…大学の頃を思い出すわね。」
 「あんまり、良い思い出じゃないわね…25番のボード。」
 ミサトはちょっと見回してリツコに25と書かれたキーボードを渡した。
 「…ねえ、少しは教えてよ。MAGIの事。」
 仕事の邪魔をしてどうする…。
 「長い話よ…その割に面白くない話…人格移植OSって知ってる?」
 「ええ…第7世代有機コンピューターに個人の人格を移植して思考させるシステム。EVAの操縦にも使われている技術でしょ。」
 「MAGIが第1号らしいわ。母さんが開発した技術なのよ。」
 外カバーが取り外されて、カスパーのメインCPUカバーが現れた。
 「じゃあ、お母さんの人格を移植したの?」
 「そう…。」
 リツコはシールドを被り、グラインダーでメインCPUカバーを四角く切り抜いていく。
 「言ってみれば、母さんの脳味噌そのものなのよ…。」
 カスパーのメインCPUカバーも外すと、中には脳味噌の様な物が見えた。
 「それで、MAGIを守りたかったの?」
 「違うと思うわ。母さんの事、そんなに好きじゃなかったから…。科学者としての判断だと思うわ。」
 リツコはキーボードから繋がる端子をカスパーの脳味噌に挿した。
 
 「来たっ![バルタザール]が乗っ取られました!」
 日向の状況悪化の報告が入った。
 『人工頭脳より自律自爆が決議されました。』
 民主主義に乗っ取り、[メルキオール]、[バルタザール]が賛成、[カスパー]が反対の2対1で、ついに審議中だった自律自爆が可決された。
 「始まったの!?」
 ミサトがカスパー内部から顔を出して審議モニターを見上げ、時間が無い事を確認した。
 リツコをサポートしているマヤがハッとし、キー・タッチのスピードが上がった。
 『自爆装置は三者一致後の02秒で行われます。自爆範囲はジオイド深度マイナス280、マイナス140、ゼロフロアーです。特例582発動下の為、人工知能以外によるキャンセルはできません。』
 司令席のゲンドウはリツコを信じているのか、いつものポーズを取り、落ち着いている様に見える。
 「[バルタザール]、更に[カスパー]に侵入!」
 「押されているぞ!」
 冬月は青葉の席に手をかけて叫ぶ。
 「何て、速度だ…。」
 『自爆装置作動まで、後20秒。』
 青葉も[使徒]に対し抵抗を試みるが、タイム・リミットは近づく一方だ。
 「いかん!」
 「カスパー、18秒後に乗っ取られます!」
 「リツコっ!急いでっ!」
 『自爆装置作動まで、後10秒。』
 焦るミサトに対しリツコの顔には焦りは無い。
 「大丈夫。1秒近くも余裕が有るわ。」
 「1秒って…!?」
 絶句するミサト。
 『9秒…8秒…7秒…。』
 [カスパー]は既に1/2が[使徒]の侵食で赤いブロックに変わっている。
 「ゼロやマイナスじゃないのよ。」
 あくまで冷静なリツコ。
 『6秒…5秒…4秒…。』
 [カスパー]はもう1/3しか生きていない。
 「マヤ!」
 「いけます!!」
 『3秒…2秒…。』
 遂に、残り数ブロック。
 「押して!」
 「はいっ!」
 同時にリターンキーを押すリツコとマヤ。
 『1秒…0秒。』
 発令所の誰もが動きを止め、その瞬間を待つ。生か死か…。
 [カスパー]はほんの1ブロックがわずかに残され、点滅している。
 次の瞬間、赤く光るブロックが次々と緑に変わり、MAGI全体に広がっていった。
 『人工知能により、自律自爆が解除されました。』
 「やったぁぁーっ!!」
 発令所では、ある者は安堵の溜息をもらし、ある者は歓声をあげ、緊張が解けた。
 『なお、特例582も解除されました。MAGIシステム、通常モードに戻ります。』

 『R警報解除。R警報解除。総員第一種警戒態勢に移行して下さい。』
 その頃、ジオフロントの地底湖に浮かぶプラグ内で、状況がわからないシンジ達は途方に暮れていた。
 「一体、何がどうなったんだろう…。」
 呟くシンジ。 
 「もおぉぉ〜っ!裸じゃ外に出れないじゃない!早く誰か助けてぇ〜っ!」
 救出を求めるアスカ。
 「………。」
 無言のレイ。もしかしたら、眠ってるのでは…?

 『シグマ・ユニット解放。MAGIシステム再開まで03です。』
 カスパーの横でリツコがパイプ椅子にグッタリと座っていると、そこへミサトがコーヒーを持ってやってきた。
 「もう歳かしらね…。徹夜が堪えるわ。」
 「また約束守ってくれたわね。お疲れさん。」
 「ありがとう。」
 渡されたコーヒーを1口飲んで、リツコは大きく溜息をつく。
 「ミサトの入れてくれたコーヒーをこんなに美味いと思ったの初めてだわ。」
 苦笑するミサト。疲れて味覚が麻痺していた可能性も無きにしも非ず。
 「死ぬ前の晩、母さんが言ってたわ。MAGIは三人の自分なんだって。…科学者としての自分、母としての自分、女としての自分、その三人が鬩ぎ合っているのがMAGIなのよ。人の持つジレンマをわざと残したのね。…実はプログラムも微妙に変えてあるのよ。…私は母親にはなれそうにないから、母としての母さんはわからないわ。だけど、科学者としてのあの人は尊敬もしていた。でもね、女としては憎んでさえいたのよ…。」
 またコーヒーを飲んで、リツコは溜息をついた。
 「今日はお喋りじゃない?」
 「たまにはね…。」
 リツコはカスパーからコーヒー・カップに目を移して続けた。
 「カスパーにはね…女としてのパターンがインプットされてたの。最後まで女でいる事を守ったのね。本当、母さんらしいわ…。」
 リツコがボタンを押すとカスパーが沈んでいき、元の位置に収容された。

 「セカンド・インパクト…これが真相か…。」
 [使徒]が侵入した際のドサクサに紛れ、クミもMAGIにダイレクト・ハッキングして情報を読んでいた事に気づいた者は誰もいなかった。



超人機エヴァンゲリオン

第13話「使徒、侵入」―――真相

完
あとがき