超人機エヴァンゲリオン

第11話

静止した闇の中で

 「わぁ〜い、当たった当たったぁ〜。」
 アイス・キャンデーを最後まで食べた子供が、スティックに当たりの文字を見つけてはしゃぎ駆けて行った。
 青葉はギター・ケースを肩に駆け、今買ったばかりのコーヒーを一口飲んでそれを見ていた。その隣では、リツコとマヤがクリーニングの終わった自分の衣類を取り出している。
 「これじゃクリーニング代ばっかり掛かって大変だわ。」
 「せめて、家でお洗濯するぐらいの時間は欲しいですね。」
 「寝る時間が有るだけでもマシっすよ。」
 要職のリツコはともかくマヤと青葉は発令所のオペレーターだ。ネルフには交代要員はいないのだろうか?
 三人が地下鉄に乗り込むと、そこには冬月もいた。
 「あら、副司令。お早うございます。」
 「お早う御座います!」
 リツコは気軽に、後の二人はやや緊張して挨拶をした。
 「ああ、お早う。」
 ちら、と視線を上げて返事をして、すぐに冬月は新聞に目を戻す。今日は忙しいのだ。
 「お早いですね、今日は。」
 隣に座ったリツコに、冬月は憮然とした表情で答える。
 「今日は碇の代理で上の定例評議会に出席だよ。碇め、雑務はみんな私に押し付けおって…MAGIがなかったらお手上げだよ。」
 「そういえば、そろそろ選挙も近いですね。」
 「議会など形骸に過ぎんよ。重要なことは全てMAGIが決めているんだからな。」
 「MAGI、三台のスーパー・コンピュータがですか?」
 マヤと青葉は座らずに傍の吊革に掴っている。車内はガラガラなのだが。
 「うむ。三台のコンピュータによる多数決だ。ちゃんと民主主義の法則に則っている。」
 「正に科学万能の時代ですね。」
 「古臭い言葉…。」
 マヤは感動するが、青葉は彼女の言葉に苦笑する。
 「そう言えば、零号機の実験だったかな?そっちは。」
 「ええ、本日10:30より、第2次稼動延長試験の予定です。」
 二子山決戦で装甲にかなりの損傷を受けたEVA零号機がようやく改修されたのだ。

 ネルフ本部内、あるエレベーターのドアが開くと、そこにはミサトがいた。エレベーターの外には待っている者は誰も居ない。と思ったら。
 「おおーい、ちょっと待ってくれー。」
 そこに声をかけながら誰かが走ってくる。それを見た途端、ミサトは顔を強張らせてドアを閉めるボタンを押した。
 だが、ドアが完全に閉まる寸前で手が強引に差し込まれ、安全装置が働いてドアはもう一度開いてしまった。
 「チッ。」
 舌打ちしたミサトはムッとして目線を逸らす。エレベーター内という閉鎖空間でその男性と二人きりになるのがよほど嫌のようだ。
 「いやぁ〜、走った走った。」
 ミサトの意地悪を茶化すように、年寄りくさく腰を叩いて振り返った男は加持だった。
 「よぅ、こんちまた御機嫌ナナメだね。」
 「来た早々、あんたの顔、見たからよ。」
 ミサトは加持につれない態度。この前、いきなり唇を奪われたのがさぞお気に召さなかったらしい。

 公衆電話からどこかに電話しているシンジ。
 「そのまましばらくお待ち下さい。」
 少しして、相手が出た。
 「私だ。」
 「あ、父さん…。」
 「シンジか。何用だ?」
 「あ、あの…学校で今度、進路相談の面接があるんだ…それで、その事をちゃんと父兄に言っておくようにって…。」
 「そういう事は全て葛城君に任せてある。」
 「でも、父さん…。」
 と、シンジが言いかけた時、電話に何やらノイズが入ってきた。
 「そんな事ぐらいでいちいち電話してくるんじゃ―。」
 ノイズ交じりのゲンドウの言葉は最後までシンジの耳に届かずに何故か途中で切れた。

 ミサトと加持の乗ったエレベーターが途中で止まった。
 「変ね。事故かしら?」
 「赤木が実験でもミスったのかな?」
 加持がいい加減な事を言った直後、照明も落ちた。

 EVA零号機の実験中だった制御室も停電していた。
 「主電源ストップ。」
 「電圧0です。」
 ちょうどボタンに指を置いたところのリツコに、マヤや他の技術スタッフ全員の視線が集中した。
 「あ、あたしじゃないわよ…。」
 慌ててリツコは自分に掛けられた停電の原因についての疑いを否定した。

 「どうだろうな?」
 「でもまあ、すぐに予備電源に切り替わるわよ」
 加持の疑問に対しミサトは余裕の表情。だが。

 「ダメです!予備回線繋がりません!」
 ネルフ本部全ての電源が切れ、いつもは止む事のない電子音が聞えなくなった発令所の広い空間に、青葉の報告が響いた。
 「馬鹿な!生き残っている回線は!?」
 「全部で1.2%!2567番からの旧回線だけです!」
 冬月は一番上の司令席階から一番下の中央作戦オペレーター階に声を張り上げ、応じた女性オペレーターも掌をメガホンにして応えた。
 「生き残っている電源は全てMAGIとセントラル・ドグマ維持に回せ!」
 「全館の生命維持に支障が生じますが…。」
 「構わん!最優先だ!」
 即決する冬月の命令を受け、青葉はネルフ本部内の空調設備や地上への移動手段等の接続を次々と切っていった。

 「それは、碇司令がホントに忙しかったからじゃないの?」
 シンジが先程の電話が何か変だった事を話したが、アスカは少しも気に留めなかった。
 「でも、いつもとは違ってなんかノイズも酷かったし…。何か嫌な予感がするんだ。」
 「いちいち細かい事気にするの、やめたら?」
 だが、地下鉄の無人ゲートにやってきた三人は、異常に気づく事になる。
 スリットにIDカードを通しても、何の反応も無い。シンジがやっても、レイがやっても、アスカが一人で何回もやっても、同じだった。
 「もうっ、壊れてんじゃないの、これぇ〜っ!?」

 「せぇぇ〜のっ!」
 技術部スタッフ男性陣がてこの原理でパイプを使い、一斉に力を込め、制御室の扉を何度も抉じ開けようとするが、なかなか開かない。
 「せぇぇ〜のっ!」
 何回かやって、ようやく扉が開いた。力を使い果たしてその場にへたり込む男性陣。が、彼らに労いの言葉も掛けず、不機嫌そうなリツコとマヤが懐中電灯を点けながら通り過ぎて出て行った。
 「とにかく発令所に急ぎましょう。7分も経っても復旧しないなんて…。」

 「…ただ事じゃないわ!」
 ミサトはエレベーターの緊急ボタンを何度も押すが反応は全く無い。
 「ここの電源は?」
 「正、副、予備の3系統。それが同時に落ちるなんて考えられないわ!」
 「と、なると…。」
 上を見上げ、加持は非常ドアを見据えた。

 「…やはり、ブレーカーは落ちたと言うより、落とされたと考えるべきだな。」
 発令所司令席に来たゲンドウはいつものポーズをとりながら冷静に分析した。
 「原因はどうであれ、こんな時に使徒が現れたら大変だぞ。」
 照明代わりにロウソクの火をつけながら、ぼやく冬月。

 「ほんっと、ズボラな人だな、葛城さんも。自分の洗濯物くらい、自分で取りにいけば良いのに。」
 今朝まで宿直だった日向は、午後になってからの出勤だった。だもんで、途中でクリーニングに出していた洗濯物を回収してきてほしいとミサトから頼まれ、日向はしぶしぶ寄り道したのだ。
 と、見ていた横断歩道の歩行者用の信号が消えた。
 「…あれ?」

 その頃、府中市にある戦自の総括総隊司令部総合警戒管制室では。
 『測的レーダーに正体不明の反応有り!予想上陸地点は旧熱海方面!』
 巨大なモニターに進路予想図が表示されている。
 「恐らく、7番目の奴だ。」
 「ああ、使徒だろう。」
 「どうします?」
 「一応、警報シフトにしておけ。決まりだからな。」
 「どうせ、また、奴の目的地は第三新東京市だ。」
 「そうだな。ま、俺達がする事は何も無いさ。」
 責任者達は、これから戦闘が始まるというのにやる気の欠片さえない。

 海岸を上陸してくる[使徒]。その姿は4本足のジャイアント・スパイダーのよう。間違っても身体の下に車輪はついていなかった。
 「正体不明の物体、上陸しました。依然、進行中。」
 「第三新東京市は?」
 「沈黙を守っています。」
 「一体、ネルフの連中は何をやっとるんだ!?」

 「ダメです!77号線も繋がりません!」
 青葉が言う77号線とは、青葉の席に設置された、発令所の全てにおいて最優先されているUN軍への回線である。
 これが繋がらないという事は外部への通信手段は電波、有線、非常回線とも全て途絶えた事になる。

 「だめ。ここの扉も開かないわ。」
 「こっちもだ。」
 どの施設の扉も開かず、どの電話回線も繋がらない。
 途方にくれるシンジを尻目に、レイは冷静に緊急マニュアル・カードを取り出してどうすべきか確認する。それを見たアスカも同じ事をする。
 「何見てるの?」
 「緊急時のマニュアル!それでもあんた、EVAのパイロットなの!?」
 戦闘時以外ではしゃきっとしないシンジに呆れるアスカ。
 「とにかく、ネルフ本部へ行きましょう。」
 「え、ええ、そうね。じゃあ、これから三人で行動する為にリーダーを決めておきましょう。」
 緊急マニュアルの事を思い出すのがレイに遅れたアスカは、そんな所で変な意地を張る。
 「勿論リーダーはこの私。文句無いわよね。」
 「うん、いいけど…。」
 めんどくさいのでアスカに逆らわないシンジ。
 「じゃあ、二対一で決まりね。それじゃあ、行きましょう。」
 アスカは先頭に立って歩き出そうとしたがその矢先に。
 「こっちの方が近いわ。」
 レイはやっぱりマイペース。出鼻をくじかれて焦るアスカ。

 再び、戦自の総合警戒管制室。
 「統幕会議め!こんな時だけ現場に頼りおって!」
 かかってきた電話の受話器を叩きつけながら苛立った声をあげる一人。
 「政府は何と言っている?」
 「ふん、第二東京の連中か?逃げ支度だそうだ。」
 『正体不明の物体は依然健在!侵攻中!』
 今回の[使徒]は移動方法が徒歩の為、侵攻速度は遅い。第三新東京市侵攻まではまだ時間がある。
 「とにかくネルフの連中と連絡を取るんだ。」
 「しかし、どうやって?」
 「直接行くんだよ。」

 『こちらは第三管区航空自衛隊です。只今、正体不明の物体が本地点に対し移動中です。住民の皆様は速やかに指定のシェルターに避難して下さい。』
 セスナ機が、スピーカーから大音量の避難勧告を告げながら日向の真上を通り過ぎて行った。
 「や、やばい!急いで本部に急がなきゃ!…でも、どうやって?」
 街中の至る所で信号や電光表示が消え、停電だと気付いた日向はモノレールの上を歩きながらネルフ本部へ向かっていた。
 だが、急ぎたくても、移動手段は自分の脚しかない。

 『こちらは第三管区航空自衛隊です。只今、正体不明の物体が本地点に対し移動中です。住民の皆様は速やかに指定のシェルターに避難して下さい。』
 「何ですって!?」
 ガレージでバイクの調子を見ていたクミは慌てて外に飛び出した。
 セスナは高層ビルの陰に隠れて見えなくなってしまった。
 「これは予想外の事態だわ。よりによってこんな時に来るなんて!」
 グレーの長袖シャツとブルージーンズという作業着のまま、クミはバイクに乗ってスタートさせた。目的地はネルフ本部。外でセスナから連絡しても、地下のネルフ本部に聞える筈が無いのだ。

 空調を切った為にネルフ本部内の気温はどんどん上がり、同時に中の人々の不快指数も上がっていく。
 ましてやエレベーターの中という狭い密室内では、気温も不快指数も急上昇。
 「それにしても暑いわね…。」
 ミサトはジャケットを脱いで、シャツの胸元を引っ張り、手を団扇代わりにして風を送っている。
 「空調も止まっているからな…。葛城、暑けりゃシャツくらい脱いだらどうだ?」
 「っ!?」
 暑さにだらけていたミサトの顔が引き締まり、シャツを押さえ胸元を隠す。
 「今更、恥ずかしがる仲じゃないだろう?」
 せめて場を和まそうと加持はジョークを飛ばすが、ミサトは慌ててジャケットを着込む。
 「こ、こういう状況下だからって、変な事考えないでよ!」

 発令所も不快指数は上昇中。
 「空気も澱んできたわ…これが近代科学の粋を凝らした施設とは…。」
 流石のリツコですら、団扇で扇ぎながら愚痴を溢した。
 「でも、流石は司令と副司令。この暑さにも動じませんね。」
 マヤの言葉にリツコが司令席を見上げると、ゲンドウはいつものポーズを取り、冬月はその傍らに立っていた。が。
 「…温いな。」
 「ああ…。」
 一番最上段の司令席なので下からは見えないが、二人は水を入れた防火用バケツに素足を入れて涼を取っていた。

 「くそっ、何が科学万能の時代だよ。電気がとまったら人間は何もできないじゃないか。」
 レールの上を走っていた日向は息が上がって一休みしていた。
 と、そこに背後から聞えてくるバイクの排気音。
 「あ、あれは…おおーい、ちょっと止まってくれぇーっ!」
 日向はレールを飛び降りて道路に向かって駆け出し、持っていた荷物―――ミサトの洗濯物を道路に放り出してバイクの注意を引いた。が、何とかバイクのライダーは気付いて止まってくれた。日向は金網を乗り越えてバイクの傍に駆け寄る。
 「ちょっと!危ないじゃない!」
 「済みません、緊急事態なんです!そのバイクを貸して下さい!」
 「緊急事態はわかってるわよ。…もしかして、ネルフの人?」
 道に転がった衣類に見覚えがあったクミは、それがミサトの着ていたジャケットだと気付いたのだ。
 「そうなんです。」
 「ちょうどよかった、私もネルフに緊急事態を知らせに行こうとしてたの。中で道案内して貰える?」
 「いや、それはダメです。ネルフには一般人は入れません。私が行くのでそのバイクを貸して下さい。」
 「………。」
 クミは無言でバイクから降りた。
 「どうも済みません。」
 日向はバイクに乗ってスタートさせようとしたが、何故か動かない。
 「あ、あれ、どうなってるんだ?」
 「ここに網膜パターン識別装置がついててね、私以外の人が乗っても動かせないの。」
 クミはハンドルの上のコンソールの一部を指差して説明した。
 「何だって!?」
 「だから私が運転するわ。お兄さんは後ろから道案内して。」
 「し、仕方が無い、緊急事態だ。」
 日向はクミに前を譲り、タンデム・シートに乗った。
 「ところで、あれ、いいの?もしかして、葛城さんのジャケットじゃ?」
 道にはミサトの衣類が散乱し、ビニールのパッケージも破れてクリーニングが台無し。
 「し、仕方が無い、緊急事態だ…。」
 日向は同じ事を言ったが、その顔は引きつっていた。
 クミのバイクはネルフ本部へ向かって再び走り出した。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:11 The Day Tokyo−3 Stood Still



 発令所にいる唯一のネルフ幹部のリツコが司令席に呼ばれ、ゲンドウ、冬月との3人で現在の状況確認が行われている。
 「このジオフロントは外部から隔離されても、自給自足が出来るコロニーとして作られた。その全ての電源が落ちるという状況は理論上在り得ない。」
 「誰かが故意にやったという事ですね。」
 「…恐らく、その目的はここの調査だ。」
 ゲンドウはいつものポーズのまま、冷静に呟いた。
 「復旧ルートから本部の構造を推察する訳ですか。」
 「癪な奴らだ…。」
 「現在、MAGIにダミー・プログラムを走らせてあります。全体の把握は困難になると思いますから。」
 「引き続き頼む。」
 「本部初の被害が、使徒では無く、同じ人間にやられた物とはやりきれんな…。」
 「所詮、人間の敵は人間だよ。」

 「行き止まりだ…。」
 三人は地下迷宮を進んでいた。が、もう先に進む道が無くなってしまった。
 「ほら、シンジ。あんたの出番よ。」
 アスカは前方にあるドアを指差した。
 「出番って、停電でドアは開かない…あ、手動?」
 よく見ると、前方の右隅にドアを開ける為の回転レバーが付いていた。
 「ったく…こんな…時だけ…男に…頼るん…だもんなぁ〜…。」
 重く抵抗の大きいレバーをシンジが必死の力で何度も回し、少しずつドアは開いていった。

 「ちょっと、行き止まりみたいだけど?」
 前方の地下への入口には通行止めのバーが掛かっていた。
 「いいから突っ込め!緊急事態だ!」
 さっきから日向は同じ事ばかり言っている。
 「了解!」
 クミは更にアクセルを吹かした。前輪が持ち上がりウィリー状態で突っ込むバイク。前輪がバーに激突し、真っ二つにブチ折った。その後、前輪を下ろし、地下へと疾走する暴走バイク。

 手動ドアを突破して更に進むと、道は二股に分かれていた。
 「…こっちね。」
 何の根拠も言わずに右の道を選ぶ先頭のアスカ。
 「違うわ、左よ。」
 レイも何の根拠も言わずに左の道を選ぶ。
 「もう、リーダーは私よ!」
 「関係ないわ。こっちが正解よ。」
 アスカとレイの言い合いは続く。
 「ちょっと、こんな所で喧嘩したって…。」
 「じゃあ、シンジはどっちだと思うのよ!?」
 「…さあ…どっちかな?」
 迂闊に選ぶと、間違ったときのスケープ・ゴートにされそうで、シンジは言葉を濁す。
 「ったく、優柔不断な男はモテナイわよっ!」
 アスカは自分の選んだ道をずんずん進んでいく。が。
 「ねえ、やっぱりこの道おかしいよ。」
 「何がおかしいのよ!?」
 「だって上りになってるよ?下りじゃないと…。」
 「あ、見て!出口よ!」
 確かにその先にはおなじみの緑と白で人が逃げ出す絵が映っている、ジョー樋口じゃなくて非常口のマークがあった。
 「てーいっ!」
 アスカは喜色満面でドアを蹴り開いた。その直後、アスカの目前に何か黒いものが落ちてきた。その衝撃でアスカはひっくり返った。
 「何!?」
 その黒い何かが上に上がると、道の向こうに何か変なものが動いているのが見えた。深緑の身体に青い三角形の模様。三角形の中央には青い瞳孔の黄色い目。
 「使徒だわ。」
 レイがぼそっと呟いた。
 「げええーっ!」
 アスカは慌ててドアを閉め、ロックした。
 これで一安心と胸を撫で下ろしたアスカは、そこでシンジとレイの冷ややかな視線に気付いた。
 「ど、どう?これで使徒襲来の報告とその迎撃の為に一刻も早くネルフ本部に行かなくちゃいけないって認識できたでしょ?」
 尤もらしい事を言ったアスカだったが、レイの厳しいツッコミが待っていた。
 「偶然でしょ。」
 「う、うるさいわね!」
 「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないってば!」

 発令所にバイクの排気音が響いてきた。どこをどう通ったのか、クミと日向は発令所の中央作戦オペレーター階までたどりついた。
 「現在、使徒接近中!直ちにEVA出撃の必要有りと認む!」
 日向は両手でメガホンを作って大声を張り上げた。
 「た、大変!」
 マヤは司令席を見上げて指示を伺う。
 「冬月。後は頼む。私はケージでEVAの発進準備を進めておく。」
 「まさか、手動でか?」
 「非常用のディーゼルがある。」
 「しかし…パイロットがいないぞ…。」

 地下迷宮を彷徨い続ける三人。その先頭を歩くレイはいつもと同じ無表情。
 「あんた、碇司令のお気に入りなんですってね。大した実績も無いのにどうしてかしら?」
 先の失敗で先頭を歩けなくなったアスカはレイに嫌味を言い始めた。
 「ちょっと、こんな時にやめようよ、アスカ。」
 「やーっぱ、可愛がられている優等生は違うのね。一体どうやって取り入ったの?」
 「何故、そんな事を訊くの?」
 レイは表情を変えずにアスカに問い返した。
 「あんたっ!」
 アスカはレイのクールさがカンに触り、レイの前に出て道を塞いだ。
 「ちょっと贔屓にされてるからって、ナメないでよね!」
 「なめてなんかいないわ。それに、贔屓もされてないわ。自分でわかるもの。」

 「ディーゼルは大丈夫です。取り付け式バッテリーも問題ありません。しかし、パイロットが…。」
 作業員は自分のできる事はやったが、パイロットがいなければEVAが動かないので心配している。
 「大丈夫、あのコ達は必ず来るわ。」
 リツコは信じていた。

 今度こそ、本当に道は無くなってしまった。
 「どうしよう…。」
 呟くシンジの前を通って、レイは手ごろなパイプ材を手に取った。
 「仕方ないわ。ダクトを破壊して進みましょう。」
 アスカは思わずシンジに囁いた。
 「ファーストって、怖いコね。目的の為には手段を選ばないって感じ。」

 「停止信号プラグ、排出完了。」
 「エントリー・プラグ、挿入開始。」
 「せぇぇ〜のっ!」
 今度はエントリー・プラグが下げられてきて、挿入口に嵌った。
 「プラグ固定終了。」
 手作業でのEVA発進準備は整った。
 「後はあのコ達ね。」

 ダクトを進むレイ、アスカ、シンジ。
 「うぅー、カッコ悪い…。」
 立って歩く事ができないので、三人は両手と両膝での四つん這いで進んでいる。
 「ねえ、使徒って何なのかな?何で襲ってくるんだろう?」
 シンジが今更何を、という質問。
 「シンジったら、今更何言ってんのよ。訳わかんない連中が攻めて来てるのよ。降りかかる火の粉は取り除くのが当ったり前じゃない!…イタっ!」
 カッコイイ台詞の後にアスカがどこかぶつけたらしい声を出した。
 「どうしたの?」
 「ファーストっ!上が低くなるなら声かけてくれたっていいじゃないっ!」
 どうやらダクトの天井が途中から低くなっているようだった。シンジの方を見ていたアスカは段差に気付かずに頭をぶつけたのだ。
 「前を見て進んでいれば気付くと思ったから。」
 レイの答えは尤もな答えだった。
 「…シンジのせいだからねっ!」
 「何でそうなるのさ?」
 「何でもっ!」
 今度は匍匐前進となった三人。
 「いいっ、シンジ!絶対前を見ないでよ!」
 「そんな、前を見ずに進んだら、どこかぶつけるかもしれないだろ。」
 「なんですってぇぇっ!」
 アスカは怒って後ろに蹴りを放つが、シンジは射程距離にはいなかった。

 “そんなとこで何をやってんのかしら?”
 日向を発令所に連れてきたクミは、そこから動かないように言われたのでじっとしていたが、バイクからいつぞやのアンカーを取り出すと、天井に向けて投げつけた。アンカーは見事にダクトの接合部を突き破って突き刺さった。
 「何をしているの?」
 監視役の女性スタッフがクミに歩み寄った。
 「見てて。」
 クミがワイヤーをリールにリバースさせると、アンカーがダクトの接合部の止め具ごと引き抜いて外れた。
 ダクトは軋む音を立てると、続いて壊れた接合部で外れ、斜めに垂れ下がった。
 「きゃああーっ!」
 「わああーっ!」
 悲鳴が聞えたかと思うと、ダクトからレイ、アスカ、シンジが滑り落ちてきた。
 「痛たたた、何でいきなり…あら?」
 「発令所だ!」
 「探検ごっこはおしまいよ。」
 振り返った三人はそこにクミがいるのを見て吃驚仰天。
 「真辺先輩!?」
 「何でここに!?」
 「おおーい、そこの三人!大至急ケージへ行ってくれ!使徒が迫ってるんだ!」
 一番上のフロアから日向がシンジ達に指示を出した。
 「そうだった!」
 「みんな、頑張ってね。」
 クミは優しく微笑んで励ました。
 「はいっ!」
 三人は元気よく返事して駆けて行く。

 プラグ・スーツに着替えた三人がケージに到着すると、既に準備は完了していた。
 「やっと来たわね。」
 「EVAは?」
 「スタンバイできてるわ。」
 三人が来た事を知ったゲンドウは再び指示を出した。
 「起動準備。」
 エントリー・プラグのハッチが持ち上げられていく。
 「でも、停電してるのにどうやって…。」
 「あなた達が来ると信じて、手動で発進準備をするように碇司令が命令を出したのよ。」
 「父さんが?」
 見ると、ゲンドウも自らロープを引張って作業に参加している。
 「今度はあなた達の番よ。」
 三人は無言で頷いた。

 ディーゼルが発動し、エントリー・プラグはEVAの中に挿入された。
 「非常用外部バッテリー搭載完了。」
 これでアンビリカル・ケーブルがなくても連続15分の稼働が可能となった。
 「EVA各機、起動しました。」
 作業員達が拘束具やロック・ボルトの油圧パイプを切断した。
 「構わん。各機実力で拘束具を強制除去。出撃しろ。」
 ゲンドウの力強い命令を受け、拘束具を力任せに押しのけていく3機のEVA。
 パイロットの3人の顔にも力が漲っている。

 [使徒]は第三新東京市の中心部までやってくると、ビルの谷間にその身を沈めた。
 そして、一番地面に近い目から涙を流し始めた。だが、その涙はとんでもない溶解液だった。あっという間に装甲シャッターが煙を上げながら溶け始めた。

 「ううぅー、またもカッコ悪いぃっ!」
 3機のEVAはそれぞれ狭い横穴を匍匐前進していた。いつもなら射出台でカッコよく発進するのだが。
 やがて横穴が終わり、今度は縦穴が待っていた。だが、少し穴の径が大きくて、上によじ登るには両手両足で壁を突っ張りながらで行くしかない。
 「何でこんなカッコ悪い出撃になるのよっ!」
 等と怒りながらも縦穴をよじ登っていく3機のEVA。
 最後は装甲シャッターをどう開けるかだが、停電で動かない以上、手動で開くかブチ破るしかない。
 EVA零号機はプログ・ナイフを装甲シャッターに突き立て、切り裂いた。
 EVA初号機は両手を装甲シャッターに当て、押しずらしながら開けた。
 EVA弐号機は力任せに装甲シャッターを殴りつけ、突き破った。
 こうして3機のEVAは別々に地上に姿を現した。
 「みんな、地上に出た?」
 「出たわ。」
 「僕も。」
 「使徒は本部の直上にいるわ。」
 「どうする?」
 「当然、やっつけるのよ。1、2の3でパレット・ライフル一斉射よ。」
 「了解。」
 EVA各機はパレット・ライフルを肩のライフル・ケースから外し、ビルの陰に隠れて[使徒]に接近する。
 「準備いいわね…行くわよ、1、2、3!」
 3機のEVAは一斉にビルの陰から飛び出し、[使徒]に向かって3方向からパレット.ライフルを一斉射した。弾丸に身体を貫かれ、[使徒]は完全に沈黙した。

 ミサトは加持に肩車をして貰い、天井の非常口の扉を叩きながら悲痛な声をあげる。
 「もぉぉ〜っ!何で開かないのよぉぉ〜っ!非常事態なのよぉぉ〜っ!はっ!も、漏れちゃうっ!こらっ、う、上見ちゃダメって、言ってるでしょっ!」
 「はいはい…。」
 どうやらミサトの言う非常事態とは尿意の事の様だ。百年の恋も冷めてしまう様なミサトの情けない姿に加持はガックリと項垂れた。
 と、いきなりエレベーターが動き出した。停電が直ったのだ。
 だが、いきなりだったので、二人はバランスを崩して床に倒れてしまった。
 その直後、エレベーターが停止してドアが開いた。
 二人が倒れて重なっているところを見たリツコは思わずこめかみを押さえた。怒りの血管が浮いて出ている。
 隣にいたマヤはただ一言。
 「…不潔…。」

 停電が回復し、第三新東京市は元の科学万能の街に戻った。
 シンジ達がネルフ本部に戻ると、既にクミは帰ってしまっていた。
 「何であそこにいたのかしら?」
 「日向さんを連れてきたらしいよ。」
 電車で帰る途中、シンジとアスカの話題はクミの話になった。
 「でも、いつもバイクで現れるわよね。」
 「実は無免許だって。」
 「えっ?そうなの?」
 「うん。だってバイクの免許って16歳にならないと取れないんだよ。先輩も無免許は認めていた。でも、技術があれば年齢制限なんて意味が無い、だって。」
 「成る程、その考えには私も賛成だわ。」
 「………。」
 「何よ?私なんか変な事言った?」
 シンジが突然口を噤んだのでアスカは不思議に思った。
 「いや、違うよ。アスカも先輩と同じく進んでるのかな、と思って。」
 クミと同じ考えという事は、男女交際についても同じように考えているのだろうか?とシンジは訊きたいのだが、そうすると何か罵詈雑言が返って来そうなのでやめておいた。
 「ふっふーん、気になる?」
 アスカは意味有り気に微笑んだ。
 「い、いや、別に。」
 シンジは自分の心が見透かされたような気がして目を逸らす。
 「ま、シンジはお子様だもんねー。」
 しかし、自分が眠りながら母の事を想って泣いていたのをシンジに見られていたとは、アスカは夢にも思ってもいない。
 が、その事を思い出してアスカに「自分だって子供のくせに。」と言い返そうとしたシンジは、別の事を思い出した。
 「ユニゾンの特訓の時さ…出て行った後、戻ってくるまで何してたの?妙に張り切っていたけど…。」
 「ああ、あの時…あの人とゲーム・センターで遊んでた。」
 「遊んでた?」
 「気晴らしに連れてってくれたのよ。私があの後やる気になったのは、あの人のおかげ。」
 「アスカもそうだったんだ。」
 「何が?」
 「僕が戦う事ができるのは、真辺先輩のおかげかもしれない…。」



超人機エヴァンゲリオン

第11話「静止した闇の中で」―――侵入

完
あとがき