超人機エヴァンゲリオン

第9話

瞬間、心、重ねて

 「おい、見たかよ!?」
 「見た、見た!」
 「何がぁ〜?」
 「知らねーのか?あの外人。」
 「外人!?」
 「2年A組に転校して来たんだよぉ〜!先週!」
 「グーだよなっ!」
 「惣流・アスカ・ラングレーって言うんだろ?」
 「マジに可愛いじゃん!」
 「それにあのスタイル!腰の高さが違うぞ!」
 「帰国子女だってよ。」
 「やっぱススんでんのかなぁ?」

 シンジ達のクラスに転入してきたアスカは、そのルックスで男子生徒の注目の的になった。しかも、外ヅラがいい為、男子生徒の注目を浴びる美少女には女の性で敵視する女子生徒達にもすんなりと受け入れられた。
 「あーあ、猫も杓子もアスカ、アスカかぁ。」
 「みんな平和なもんや。写真にあの性格はあらへんからなぁ…。」
 アスカの本性を知っている二人はみんなが騙されている事を嘆くが、その一方でアスカの盗撮写真を売りまくって一儲けしていた。
 「だったら、その性格が写った写真を撮ったら?」
 「わあっ、ま、真辺先輩いぃっ!」
 突然クミが現れたのでケンスケは慌てふためいた。というのは、ケンスケはこの小遣い稼ぎを去年からやっていたのだが、その時の売り上げNo.1だったクミに盗撮現場を気付かれ、学校に報告しない代わりにネガと残っていた写真と売上金を没収されたのだ。
 「なあおまえ、まだ、そんな事ばかりやってんのでっか?」
 「なんでいきなり関西弁に!?」
 「せ、先輩の写真は売ってません!神に誓って!」
 「ならいいのよ。去年みたいな騒ぎは懲り懲りだからね。」
 去年、生活指導の教諭に張り手を喰らわせたクミは1ヶ月の停学処分を受けた。だが、普段からセクハラ紛いの指導をしていた相手に反抗したという武勇伝があっという間に学校中に広まり、クミは一躍第壱中の女子生徒達の英雄となったのだ。それに目をつけたケンスケはクミの盗撮写真を売りまくった。そこまでならよかったのだが、女子生徒達の中に何とクミに愛の告白までする者が続出したのだ。
 「ほどほどにしときなさいよ。もし彼女にばれたら多分血を見るわよ。」
 「は、はい、仰せのままに。」
 去っていくクミの後姿に土下座してペコペコ頭を下げるケンスケだった。


 さて翌朝。
 シンジ、トウジ、ケンスケが登校していると。
 「グーテン・モルゲン、シンジ。」
 アスカがドイツ語で朝の挨拶をしてきた。
 「ぐ…ぐーてん…もーげん…。」
 ドイツ語を知らないシンジは正確な発音ができない。
 「何朝から辛気臭い顔してんのよ。このあたしが声掛けてあげたのよ、もっと嬉しそうな顔しなさいよ。」
 アスカはおどけてシンジの額をツンと突く。
 「で、ここにいるんでしょ。もう一人。」
 「誰が?」
 「鈍いわねぇ〜。あたしと、あんたと、もう一人って言ったら決まってるでしょ。ファースト・チルドレンよ!」
 「ああ、綾波なら…。」
 この時間帯なら、レイは校舎の外のベンチで読書をしている筈だ。シンジはアスカをレイの所に連れてきた。
 レイが読んでいる本に人影が映った。自分に声を掛けてくる人物と言えば…。
 「碇くん?」
 レイは影の持ち主の方を見たが、そこにいるのはシンジではなかった。
 「グーテン・モルゲン。貴女がEVA零号機のパイロット、ファースト・チルドレン、綾波レイね。」
 「貴女、誰?」
 「あたし、アスカ。惣流・アスカ・ラングレー。セカンド・チルドレン。EVA弐号機のパイロット。仲良くやりましょ。」
 「どうして?」
 「その方が都合がいいからよ。イロイロとね。」
 「命令があればそうするわ。」
 そう答えて本に視線を戻すレイ。
 「…変わったコね。」
 予想外の反応にアスカは戸惑った。
 「ホンマ、EVAのパイロットって変わりモンばっかりやな。」
 アスカもそうだと言いたげなトウジの言葉。

 一方、ネルフ本部。リツコが仕事をしていると、いきなり何者かが彼女を背後から抱きすくめた。
 「少し痩せたかな?」
 「…そう?」
 「悲しい恋をしているからだ…。」
 「どうしてそう思う訳?」
 リツコもその声で背後の相手が誰だかわかっているので余裕だ。
 「それはね、涙の通り道にホクロのある人は、一生泣き続ける運命にあるからだよ。」
 「あら、口説くつもり?でもダメよ。向こうで怖〜いお姉さんが睨んでいるから。」
 ガラスの向こうにはガラスが曇るほどの荒い鼻息で睨むミサトがいた。
 「加持君、お久しぶり。相変わらず軽いわね。」
 「昔からこうなのよ、こいつは!」
 「これが俺の性分でね。」
 ニヤケる加持。
 「あんた、EVA弐号機の引渡しが済んだなら、さっさと帰りなさいよ!」
 「今朝、出向の辞令が届いてね、ここに居続けさ。また3人でつるめるな、昔みたいに。」
 その時、敵襲の警報が鳴った。
 「警戒中の巡洋艦‘榛名’より入電。紀伊半島沖にて巨大な潜行物体を発見!」
 「送られてきたデータを照合。波長パターン青!使徒と確認!」
 「総員第一種戦闘配置!」
 ゲンドウが不在の為、冬月が指令を出した。直ちにシンジとアスカにも出撃命令が出た。
 未だ、第三新東京市に三番目に襲来した[使徒]の撤去は完了していない。
 「先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は26%。実戦における稼働率はゼロと言っていいわ。従って、今回は上陸目前の目標を水際で一気に叩く!EVA初号機並びに弐号機は交互に目標に対して波状攻撃、近接戦闘でいくわよ!」
 『了解。』
 全翼機で空輸されてきた二体のEVAが切り離され、降下していく。
 「あ〜あ、日本でのデビュー戦だって言うのに、どうしてあたし一人に任せてくれないの?」
 『仕方無いよ、作戦なんだから。』
 「言っとくけど、くれぐれも足手まといになる様な事はしないでねっ!」
 等と会話しつつも二体のEVAは見事に着地した。
 「二人がかりなんて卑怯でヤダな。趣味じゃない。」
 『私達は選ぶ余裕なんて無いのよ。生き残る為の手段もね。』
 背中に移動電源供給車両によりアンビリカル・ケーブルが装着され、EVA二体は立ち上がった。
 「来たっ!」
 シンジの声と同時に派手な水柱が前方に立ち、水中からヤジロベエの様な形をした[使徒]が現れた。
 「攻撃開始!」
 移動指揮車内でミサトが命令を下した。
 「じゃあ、あたしから行くわ!援護してね!」
 「え、援護!?」
 「レディー・ファーストよっ!」
 EVA弐号機が[使徒]にダッシュする。
 「ったく、後から来たくせに勝手に仕切るなよ。」
 仕方なく、シンジはパレット・ライフルを発射して[使徒]の動きを止めた。
 「いけるっ!」
 EVA弐号機はジャンプした。
 「ぬああああっ!」
 アスカの気合と共に、EVA弐号機はソニック・グレイブを全身の力を込めて振り下ろした。電光唐竹割りが炸裂し、[使徒]は一刀両断された。
 「お見事…。」
 「ナイス、アスカ!」
 「どう、サード・チルドレン!戦いは常に無駄無く美しくよ。」
 シンジとミサトの賞賛を受け、勝ち誇るアスカ。だが。
 死んだかのように動かなかった[使徒]は分断されたまま殻を破り、二体になって復活した。
 「ぬわんて、インチキっ!?」

 数時間後、ネルフ本部のブリーフィング・ルームに幹部、パイロットの全員が集められ、本日の戦闘における反省会が開かれた。
 『本日、午前10時58分15秒。二体に分離した目標‘甲’の攻撃を受けたEVA初号機は、駿河湾沖合2kmの海上で沈黙。』
 海面に上半身を水没させ両足だけを出しているEVA初号機。
 ちなみに、例によってEVAの戦闘を観察していたクミはその様子を見て、呟いていた。
 「…ヨキケス、ってか?」
 『同20秒。EVA弐号機は目標‘乙’の攻撃により活動停止。』
 EVA弐号機は場所が田園であるだけで、EVA初号機と同じ状態。
 『この状況に対するE計画責任者のコメント。』
 『無様ね。』
 マヤの報告アナウンスに続き、リツコの寒々とした呟きが入る。感想だけでいいのか?
 「もうっ!あんたのせいでせっかくのデビュー戦がメチャメチャになっちゃったじゃないっ!」
 「惣流が焦って攻撃したからだろっ!」
 「何よアレっ!見っとも無くて見てらんないわ!」
 「自分だって同じじゃないか!」
 立ち上がってお互いを罵り合う二人は冬月の咳払いで我に返った。
 『午前11時03分をもってネルフは作戦遂行を断念。国連第二方面軍に指揮権を譲渡。』
 「全く、恥をかかせおって!」
 『同05分、N2爆雷により目標を攻撃。』
 「また地図を書き直さなきゃならんな…。」
 N2爆雷により地形がクレータ状に変化してしまっている。
 『構成物質の28%の焼却に成功。』
 「やったの!?」
 「足止めにすぎん。再度侵攻は時間の問題だ。」
 焼きただれた使徒の映像を見てアスカが訊くが、冬月の答えは芳しくなかった。
 「まっ、建て直しの時間が稼げただけでも儲けもんっスよ。」
 憮然としている冬月をまあまあと加持が宥める。
 「パイロット両名。」
 「は、はい!」
 「君達の仕事は何かわかるか?」
 「EVAの操縦…。」
 アスカが答えたが。
 「違う。使徒に勝つ事だ。こんな醜態を晒す為に我々ネルフは存在している訳ではない。その為にも君達が協力して…。」
 「何でこんなヤツと!」
 そこだけはハモったシンジとアスカ。
 「もういい…。」
 冬月はあきらめて退出し、反省会は終了となった。
 「何でみんなすぐ怒るの!?」
 「大人は恥をかきたくないからさ。」
 アスカの問いに優しく答える加持。
 「ミサトさんは?」
 「あいつは書類と格闘中だろう。責任者は責任を取る為にいるのさ。」
 シンジの問いにいい加減に答える加持。監察とは随分気楽な部署のようだ。

 ミサトの執務室の机の上には書類が山のようにうず高く積み上げられていた。
 「関係各所からの抗議文と被害報告書、そしてこれがUNからの請求書と広報部からの苦情よ。」
 リツコの無情な言葉にミサトは溜息をつくだけ。
 「一応は目を通した方が良いんじゃない?」
 「読まなくても、わかってるわよ…喧嘩をするならここでやれって言うんでしょ…。」
 「ご明察。」
 「言われなくったって、あれが片づけばここでやるわよ。使徒は必ず私が倒すわ。」
 椅子に座り、何故かゲンドウのいつものポーズを取るミサト。ちなみに‘あれ’とは第三新東京市に転がっている [使徒] のことで未だ解体中である。
 「副司令はカンカンよ?今度、恥をかかせたら左遷ね。間違いなく。」
 「碇司令が不在だったのは不幸中の幸いだったわ。」
 「いたら即刻クビよ。」
 「わかっているわよ…で、私の首がつながるアイディア、持ってきてくれたんでしょ?」
 「1つだけね。」
 途端に表情が明るくなるミサト。
 「さっすが、赤木リツコ博士!持つべきものは心優しき旧友ね!」
 「残念ながら旧友のピンチを救うのは私じゃないわ。このアイディアは加持君よ。」
 リツコの持つディスクのインデックスには『マイ・ハニーへ』と書かれている。
 「加持がぁ〜?」
 ミサトはディスクを複雑な表情をしながらも受け取ってじっと見ていたが。
 「やっぱいらね。」
 ミサトはリツコに返そうとした。
 「クビになってもいいのね?」
 リツコはニヤリと笑い眼鏡が怪しく輝いた。

 「ただいまぁ〜、と言っても誰も居ないよね。」
 シンジが葛城邸に帰宅した。誰も居ないと言っても、一応ペンペンがいるのだが。
 「うわっ、何だこれっ!?」
 自分の部屋の襖を開けると、そこはダンボール箱で全空間が覆いつくされていた。
 「失礼ね!あたしの荷物よ!」
 「な、何で、惣流がココに!?」
 そこにはタンクトップにジョギパン姿、そして肩にバスタオルを掛けたアスカがいた。どうやらお風呂上りらしく、ジュースを飲みながら妙にくつろいでいる。
 「あんたこそ、まだ居たの?」
 「まだって!?」
 「あんた、今日からお払い箱よ。ミサトはあたしと暮らすの。ま、どっちが優秀かを考えたら当然だけどね。ホントは加持さんと一緒なら良かったんだけど…。」
 「えっ?…ああーっ!」
 シンジの荷物は少なかったせいで全部押入れの中にぶち込まれていた。
 「しっかし、日本の家って何でこんなに狭いのかしら。荷物が全然片付かないじゃない。おまけに扉に鍵も掛けないなんて危機管理意識が低すぎるわ。」
 「日本人は信頼と協調を美徳とするからよ。」
 いつの間にかミサトがラジカセを担いで背後に立っていた。
 「ミサトさん。」
 「たっだいまぁ〜。早速上手くやってるじゃない。」
 「何が?」
 「今度の作戦準備。」
 「どうして?」

 ミサトはまずはビールを一杯飲んだ後、二人に説明した。
 「コンピュータ・シミュレーションの結果、2つに分離した使徒はお互いがお互いを補っている事がわかったわ。つまり二体で一身という事ね。従って、片方のコアを破壊してももう一方が健在な限り、復活してしまう訳。だから、今度の使徒を倒すには分離中のコアに対する2点同時の荷重攻撃しかないの。つまり、EVA2体のタイミングを完璧に合わせた攻撃よ。その為には二人の協調、完璧なユニゾンが必要なの。そ・こ・で、あなた達にこれから一緒に暮らして貰うわ。」
 「ええぇぇぇ〜っ!」
 とんでもない宣告をしたミサトに叫び声をあげる二人。
 「時間が無いの。命令拒否は認めないからね。」
 「そんな無茶な!」
 「何考えてんですか、ミサトさん!」
 「何うろたえてんのよ、二人とも。」
 ミサトはキョトンとしている。年頃の少年少女だという事を忘れているらしい。
 「これはね、今度の作戦には必要不可欠な事なのよ。二人の息をぴったり合わせるには、お互いをよく知る事は勿論、体内時計も合わせといた方がいいの。」
 「はあ…。」
 シンジは半分納得しかけている。
 「だから、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒にトレーニングするだけじゃない。ま、お風呂とベッドは一緒じゃないけどね。」
 「あったり前でしょ!」
 「そ、だから深く考える必要は無いわよ。」
 「で、でも、碇君が私にムラムラして夜中に襲ってきたらどうするんですか!?」
 「し、失礼だなっ!」
 「だーいじょぶだって。シンジくん、かなりのオクテだし、第一そんな度胸無いから。」
 「ミサトさん…そんなに僕をキレさせたいですか?」
 「ああ、ゴメン!冗談よ、冗談!シンジくんは紳士だから、間違ってもアスカが心配するような事はないわ。ね、シンシくん。」
 その瞬間、世界は凍りついた。ペンペンが大喜びしたかどうかは定かではない。

 「そ、それはともかく、トレーニング方法を説明するわね。」
 ミサトは額に極大の汗を張り付かせながらも、カセット・テープを取り出してラジカセに入れてスタートさせた。
 軽快なダンス・メロディーが流れ出す。
 「二人のユニゾンを完璧にマスターする為、この曲に合わせた攻撃パターンを覚え込むのよ。六日間以内に1秒でも早く。」
 「はぁ…わかりました。」
 シンジは納得した。が、シンジがアスカの顔色を伺うと、アスカはプイっと顔を背けてしまった。
 「アスカ。」
 「わかったわよ。納得できないけど、命令なら従うわ。」
 「えー、一つ言い忘れてたけど、このアイディアも音楽も加持が考えたものよ。」
 ミサトは言いたくなかったが、この我儘姫を手懐ける為には形振り構っていられなかった。
 「嘘っ!何でそれを先に言わないのよ!加持さんの為なら何だってやるわ!ええ、やりますとも!」
 アスカは豹変して、立ち上がって拳を突き上げた。
 「加持さん!あたし、頑張るからねっ!」
 シンジは溜息をついた。
 “このコは容姿は美人だけど、性格はブスだ…。”



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:9 Both of You,Dance Like You Want to Win!



 そして、三日が過ぎた。その間、シンジとアスカは一日中トレーニングしており、学校には行っていなかった。
 トレーニングの為に学校に出られないとは聞いていたが、流石に三日目になるとトウジとケンスケは心配して、溜まったプリントの配布がてら、様子を見に来た。が、エレベーターを降りると、そこにもう一つのエレベーターでヒカリがやってきた。
 「あれ、貴方達、何で?」
 「碇のお見舞い。」
 「イインチョは?」
 「惣流さんのお見舞い。」
 しかし、三人が止まった所は葛城邸のドアの前。
 「何でそこで止まるの?」
 三人の声がハモった。
 とりあえず、三人でチャイムを押すと。
 「はーい。」
 と声がして、ドアが開くとそこにはダンスの練習をすべくレオタードに身を包んだシンジとアスカの姿があった。
 「ま…またもペアルック!?」
 「イヤ〜んな感じ!」
 「こ、これは、日本人は形から入るのが大切だって無理やりミサトさんが…。」
 一応、その声はハモっている。
 「ふ…ふ…不潔よぉっ!」
 ヒカリはアスカとシンジが二人っきりで同棲していると思いっきり勘違い。
 「ご、誤解だよ!」
 二人はハモりながら弁明する。
 「誤解も六回も無いわ!」
 ヒカリはショックで今にも泣き出しそうになり、両手で顔を覆った。
 「あらぁ、いらっしゃい。」
 事態の収拾者、ミサトが何故かレイを連れて帰ってきた。
 「ミサトさん、これは一体どういう事でっか?」

 ミサトは事情を説明した。
 「何や、そう言う事だったんでっか。」
 「それで、そのユニゾン特訓は上手くいってるんですか?」
 「それがね…。」
 ヒカリの質問にミサトは溜息をつきながら、シンジとアスカの方を見た。
 ツイスター・ゲームを使って二人が同じステップを踏む練習のようだったが、シンジがバランスを崩して倒れてしまい、Errorとなった。ユニゾンが上手くいってないのは明白だった。
 「三日かけて全体の1/5もダメとは…。」
 「う、うるさいわね!だいたいコイツが鈍くさいからいけないのよ!」
 アスカは怒ってヘッド・セットを絨毯に叩き付けた。
 アスカの非難に隣でシュンと俯くシンジ。実際、アスカの言うとおりさっきからミスしてるのは自分だけなので何も言い返せない。
 「じゃあ、止めとく?」
 「他に人、いないんでしょ?」
 ミサトが冷ややかな目をしても、あくまでも強気のアスカは動じない。
 「…レイ。」
 「はい。」
 「やってみて。」
 「はい。」
 さっきからステップの順番が書いたトレーニング表を見ていたレイが立ち上がり、転がっていたヘッド・セットを着けてシンジの隣に並んだ。
 音楽がスタートし、二人のダンスが始まった。
 何と、レイは初めて踊るのに見事なまでにシンジの動きと同調している。
 「これは作戦変更してレイと組んだ方が良いかもね。」
 「ええっ…そんな…。」
 せっかく加持が自分を信頼して作ってくれた作戦なのに、自分は要らない…。
 装置がピンポンピンポーンと合図を出し、シンジとレイは最後まで踊りきってしまった。
 見事なまでの二人のダンスに全員が感嘆の溜息をつく。
 茫然とするアスカはシンジがレイに笑みを見せているのを見て自棄になった。
 「もう、知らないっ!」
 アスカはダッとその場を飛び出し、外に出て行ってしまった。
 「惣流さんっ!」
 「鬼の目にも涙やなぁ。」
 「鈴原!」
 トウジはつい本音を呟いてしまい、ヒカリに怒鳴られて首を竦めた。
 ヒカリは振り返ってシンジを睨み付けた。
 「い〜か〜り〜く〜ん〜。」
 「何?」
 「追いかけて!」
 「えっ?」
 「女のコ、泣かせたのよ!責任取りなさいよっ!」
 「碇くんは悪く無いわ。」
 レイの言葉にみな絶句した。他人の事には無関心な筈のレイがシンジを庇ったからだ。
 「綾波…。」
 「碇くんは一生懸命やっただけ。私は碇くんに合わせられたけど、セカンドは合わせられなかった。それだけの事よ。」
 “あらまぁ…レイがシンジくんを庇うなんて…二人の間に何かあったのかしら?”
 ミサトは知らない。あの戦いの後で、シンジとレイの間に誰よりも太い絆ができている事を。
 「ミサトさん、どうしましょう?」
 「帰って来るまで休憩にしましょう。アスカだって自分でわかってる筈よ。自分がやらなきゃいけないって事を。」

 “はぁ…あたし、何やってんだろう…あいつがファーストに微笑んだからって、別に怒る事じゃなかったのに…。”
 アスカはとぼとぼと歩いていた。
 “あたしは加持さん一筋なんだから…あいつが誰と仲良くしようが関係無いんだから…。”
 アスカはジュースの自動販売機を見つけ、喉の渇きを感じてふらりと歩み寄った。が。
 “しまった…お金持ってなかった…。”
 がっくりときたその時、隣で誰かがコインを入れた。
 「好きなの選んでいいわよ。」
 「…えーと、どちら様でしたっけ?」
 すると、その人物はフルフェイスのヘルメットを脱いだ。
 「空母で会ったでしょ?」
 「あ、あの時の…えーと…真辺さん、でしたっけ?」
 「そ。で、ジュース飲みたいんじゃなかったの?」
 「嬉しいけど、奢って貰う理由が無いわ。」
 「じゃあ、後でジュース代返してくれればいいわ。」
 「それじゃ、お言葉に甘えて。」

 「ところで、ダンスとか習ってるの?」
 街中でハイレグのレオタードは目立つ事この上ない。そう言うクミが今着ているライダー・スーツも、赤い部分だけ見ればハイレグのレオタードに見えなくも無いのではあるが。
 「あ、これ?いや、そういう事じゃなくて。」
 「ふーん…もしかして、何かの特訓?」
 アスカは驚いてクミを見た。
 「な、何でわかるの!?」
 「ダンスを習ってる訳でもなく、趣味でやってる訳でもない。なのにレオタードを着ている。そして貴女はエヴァンゲリオンのパイロット。とすれば、何かの作戦の為の特訓でそんな格好をしている、と考えた訳。」
 「す、鋭い…。」
 「でも、戦闘訓練ではなくて、ダンスの特訓ってホントに役に立つの?」
 「詳しい事は言えないけれど、役に立つ筈よ。」
 「ふーん。じゃ、頑張ってね。」
 クミはジュースの空き缶を屑篭に入れて立ち去ろうとした。が。
 「ちょっと待って。」
 何故かアスカはクミを呼び止めた。
 「何?」
 「…今、戻りたくないの…。」
 「そう…どっかうさ晴らしできる所に連れてってあげようか?」
 「うさ晴らし?」
 「とっても楽しい所。」

 クミがアスカをバイクに乗せて連れてきたのは、繁華街のゲーム・センターだった。
 「得意なジャンルは何?アクション?パズル?ダンス?シューティング?」
 「シューティングだけど…。」
 「オッケー。じゃあ、一番人気のあるシューティングにしよう。」
 と言う訳で、アスカとクミはゲーム・センターの中に入って二人プレイでシューティング・ゲームを遊び始めた。
 クミはどうやらこのゲーム・センターのゲーム・クイーンらしく、クミがプレイを始めるとあっという間にギャラリーが取り囲んだ。一方のアスカもクミに負けない腕前で、二人は次々と出てくる敵をやっつけ、各ステージを突破して行き、ついにラスボスを倒してクリアしてしまった。そして、点数は二人プレイならではの物凄い点数で、ハイスコア記録を更新した。
 それからアスカは他のアクション・ゲームやダンス・ゲーム、最後にはクレーン・ゲームを遊んで数個のぬいぐるみを手に入れた。
 「どうだった?気分は晴れたかな?」
 「ええ。」
 「何が一番楽しかった?」
 「最初のシューティングかな。」
 「私もよ。やっぱり、一緒に敵をやっつけるというのはいいよね。」
 “!”
 クミの何気ない一言がアスカの心を打った。
 “そうだ…あたしは戦わなきゃ…あいつと一緒に使徒をやっつけなきゃ…。”
 アスカは立ち上がった。
 「真辺さん。」
 「何?」
 「あたし、戻ります。あいつと一緒に特訓しなきゃ。」
 「オッケー。送ってってあげる。」
 夕方18時を過ぎてアスカは葛城邸に帰宅した。

 夕食が済んで少しして。
 「さあっ、これから特訓よ!」
 「特訓!?」
 「そうよ!私は誰にも負けられない。ファーストなんかに負けてられないのよ!」
 「だから?」
 「こうなったら、ユニゾンをなんとしてでも完成させて、あの使徒を倒して、ファーストやミサトを見返してやるのよっ!」
 「み、見返すだなんて…。」
 妙に熱血しているアスカにシンジは少々引き気味。
 「何を甘い事言ってるの!傷つけられたプライドは10倍にして返してやるのよっ!」
 「わかった。惣流がそこまで言うんなら僕も頑張るよ。」
 「まずはそこからね。」
 「どこから?」
 「私達はパートナー。」
 「えっ!?ま、まあ、そうだね。」
 一瞬キョトンとしながらも頷くシンジ。
 「じゃあ、これからお互いをファースト・ネームで呼ぶのよ。」
 「ファースト・ネーム?」
 「そう。私はアスカ、あんたはシンジ。」
 「う、うん…。」
 「そして、あの酔っ払いはミサト。」
 ビシッとアスカが指差した先には、ミサトが酔い潰れたかのように転寝していた。
 思わずシンジは噴出した。
 「あははは、それ最高に面白い!」
 「でしょでしょ!」
 二人はひとしきり笑った。それでもミサトは起きなかった。
 「よし、やろう、惣流、じゃなくて、アスカ。」
 「ええ!」
 “それでいいのよ…二人とも、頑張って…。”
 実はミサトは寝た振りをしていただけだった。二人の協調の為に敢えて笑い物になったのだった。


 こうしてシンジとアスカ、必死のユニゾン特訓が始まった。1日24時間、ありとあらゆるシチュエーションをシンクロさせようとする二人。その効果は様々な仕草に表れ始めた。食事の仕方、歯磨き、寝相、そして困った事にトイレの時間まで…。そして本来の目的のダンスも、最初は呼吸が合わなかったが、次第にシンクロしていき、ついに見事なダンスを踊れるようになった。かくして、ユニゾンは完成した。
 そして、決戦前夜。
 「あれ、ミサトは?」
 「今日は泊り込みだって。」
 「じゃあ、今晩は二人っきりって訳ね。」
 「え?」
 アスカは三人で寝ていた部屋から自分の布団を持って隣の部屋に移動した。
 「この襖は決して崩れる事の無いジェリコの壁!ちょっとでも越えたら死刑よ!」
 「はぁ?」
 「子供は夜更かししてないで早く寝なさい!」
 アスカはそれだけ言って襖を閉めた。
 「…ジェリコの壁って、何?…。」
 それから夜は更けていって深夜。
 なかなか寝付けないシンジはウォークマンで例のダンス音楽を聴いている。と、隣部屋の襖が開いた。シンジは音楽を止め、寝たふりをする。アスカはトイレに立ったようだった。だが、アスカが戻る足音が止まると、シンジのすぐ傍で何かが倒れる音がした。
 気配を感じ、目を開けたシンジは眼前の光景に息を飲んだ。アスカが眠っていたのだ。どうやら寝惚けたらしい。ノーブラの胸も露なあられもないアスカの姿にシンジはドギマギしてしまう。
 “ア…アスカ…。”
 シンジの目はアスカの柔らかそうな唇に釘付けとなった。と、その唇が動いた。
 「…ママ…。」
 “…何だよ…自分だって子供じゃないか。”
 だが、よく見ると、その閉じられた目からは涙がこぼれようとしていた。
 「…ママ…どうして死んじゃったの…。」
 寝言を言って泣いているアスカ。
 シンジはアスカから離れた所に移動し、タオルケットに包まった。
 “アスカは、いつもは勝気で我儘ばっかり言うけど…本当は優しい女のコなのかも…。”

 ネルフ本部のとあるエレベーター内で。
 「んっ…やっだっ!…見てるっ!」
 「誰が…。」
 加持がミサトの背後から、ミサトの両手を自分の両手で掴み、ミサトの足の間に自分の足を置き、抵抗を出来なくしてミサトの唇を奪っている。ミサトの力が抜け、持っていた書類が床に散らばった。
 「誰って…んっ…んっ……うっん……。」
 抵抗が弱まると加持は体を捻り、壁にミサトを押しつけ、より大人のキスに突入する。
 ミサトは潤む瞳を横目にやりエレベーターの現在位置を確かめる。
 ベルの音がしてエレベーターは停止した。
 目的地に着き、開く扉からミサトが後ろ向きに出て、視線を逸らしながら乱れた服の裾と髪の毛を直す。
 「もう…加持君とは何でも無いんだから…こういうの止めてくれる!?」
 散らばった書類を冷静に拾い集める加持。
 「でも、君の唇は止めてくれとは言わなかったよ…。」
 その言葉にミサトは加持を睨む。
 「君の唇と君の言葉…。どっちを信用したらいいのかな?」
 ミサトが差出された書類を引ったくると、加持は自信に満ちた顔でお辞儀しながらエレベーターの扉の向こうに消えた。ミサトは忌々しげに書類を扉に向かって投げつけた。

 ネルフ本部のラウンジで。
 「はい。」
 「あら…ありがとう。」
 ミサトが窓の外を見ながら休憩がてらに黄昏ていると、同じく休憩にやってきたリツコがコーヒーを差し出した。
 「今日は珍しくシラフじゃない?」
 「う〜ん、ちょっちね…。」
 「仕事?それとも…男?」
 「…いろいろ。」
 「ふ〜ん…まだ好きなのかしら?」
 リツコの言葉にミサトは思わず飲んでいたコーヒーを勢い良く吹き出した。
 「へ、変な事、言わないでよ!誰があんな奴と!…はぁ〜、いくら若気の至りとは言え、あんなのとつき合っていたなんて、我が人生最大の汚点だわ!」
 ミサトはコーヒーで濡れた口元を拭う。
 「私が言ったのは加持君がよ?動揺させちゃった?」
 「あんたねぇ〜っ!」
 「怒るのは図星をつかれた証拠よ。今度はもう少し素直になったら?8年前と違うんだから…。」
 「変わって無いわ、あいつ。ちっとも大人になってない。」
 そう言ってから、ミサトは気持ちを切り替えるようにコーヒーを一口で飲み干した。
 「さぁ〜て、仕事、仕事!明日は決戦だもんね!」


 決戦の時がやってきた。自己修復を完了した2体の[使徒]は再度侵攻を開始した。
 発令所にはミサト、リツコ、加持、冬月の幹部が勢ぞろいしている。
 「来たわね。今度は抜かりは無いわよ。音楽スタートと同時にATフィールドを展開。後は作戦通りに。二人ともいいわね。」
 EVA初号機、EVA弐号機とも既に待機中だった。
 「いいわね、シンジ。最初からフル稼働。最大戦速で行くわよ。」
 「わかってるよ、アスカ。62秒でケリをつける。」
 「発進!」
 ミサトの号令と共に地上に射出される2体のEVA。
 「3、2、1、ミュージック、スタート!」
 音楽に合わせて決戦が始まった。まずは空中からのニー・ドロップ。ものの見事に喰らった[使徒]はもんどりうって倒れた。続いて兵装ビルからパレット・ガンを取り出し一斉射。
 [使徒]はそれでも光線を撃って反撃してきた。EVAはバク転して後退し、防御板に身を隠す。[使徒]は突っ込んできて爪で防御板を切り裂くが、既にそこにEVAはいない。
 ミサトが援護射撃を命じた。付近の兵装ビルからバルカンやミサイルが[使徒]に打ち込まれる。だが、それはあくまでも目晦ましだ。パレット・ガンと同様な攻撃が四方八方から炸裂し、爆煙に包まれた[使徒]は完全にEVAを見失った。EVAは空中へジャンプ。機体を錐揉み回転させながらの‘スクリュー・スピン・キック’が見事に[使徒]のコアに同時に決まった。[使徒]はそのまま山裾まで吹っ飛ばされ、大爆発を起こした。 
 「や…やった、やったああっ!」
 ミサトは思わず加持に抱きついて歓喜の声をあげたが、抱きついた相手が加持だと気づくと軽い張り手をして離れた。
 “俺が何したのヨ…。”

 “やっぱりあの二人の相性はピッタリのようね。”
 例によってビルの屋上で戦闘を観察していたクミの姿がネルフの主モニターの片隅に映っていた。



超人機エヴァンゲリオン

第9話「瞬間、心、重ねて」―――信頼

完

あとがき