「ああ、その問題は既に委員会に話はつけて有る。荷物は昨日佐世保を出向し、今は太平洋上だ。」 国連軍のヘリが青空の中を飛んでいる。コ・パイ席にはミサト、後方の客員席には前がトウジとケンスケ、後ろがシンジとクミ。 「Mil−55D輸送ヘリ!こんな事でもなけりゃ、一生乗る機会ないよぉ〜っ!全く持つべき物は友達って感じっ!」 ミリタリーおたくのケンスケはビデオ・カメラを片手に喜色満面。 「毎日、同じ山の中じゃ息苦しいと思ってデートに誘ってあげたのよん。」 とのミサトの言葉に思わずトウジ感激。 「ええっ、デート!?今日のこの為に新しくこの帽子とジャージ買うといてよかった!」 トウジの帽子は野球帽だった。それも関西出身のトウジらしく、関西の某プロ野球チームのものとそっくりだった。 「そのジャージ、いつものとどこが違うの?」 シンジには違いが全くわからない。 「白い線が二本になってるじゃない。新一号だね。」 クミがシンジに答えた。最後の新一号というのは不明だが。 「あ、そう言えばそうだ。流石ですね、真辺先輩。」 「まあね。ジャーナリストを目指す者、観察力と注意力が肝心だからね。」 そう言うクミも今日はセルリアン・ブルーのシャツと白の膝丈キュロットという涼しげな出で立ち。 やがて、ヘリの下方に大海原を進む大艦隊が見えてきた。 「おおっ!空母が5、戦艦が4!大艦隊だ!正に持つべきものは友達だな!」 海上に見える国連軍所属の太平洋艦隊にケンスケは感動。 「正にゴォ〜ジャスっ!流石国連軍が誇る正規空母オーバー・ザ・レインボー!」 「よくこんな老朽艦が浮いていられるものねぇ〜。」 「いやいや、セカンド・インパクト前のビンテージ物じゃないっすかぁ?」 ミサトは馬鹿にするが、ケンスケは別の価値観で評価する。 「ふん、いい気なもんだ。人形のソケットを運んできおったぞ。ガキの使いがっ!」 馬鹿にされた空母のブリッジでは、艦長らしき人物がミサト達の乗るヘリが降りてくるのを双眼鏡で見て忌々しげに毒づいていた。 そしてブリッジ張り出しには、何故か空母には場違いな感じのロングの赤い髪の毛を風になびかせている少女が立っており、着艦するヘリを見下ろしていた。 「おおっ!凄い凄い凄い凄い凄いっ!凄すぎるっ!!男なら涙を流すべき状況だね、これはっ!!」 空母の甲板上に降りるとケンスケはビデオを廻しながら狂喜乱舞。 「相田、少しは落ち着け。みんなバカにした目で見てるわよ。」 クミははしゃぐケンスケを窘めるが、ケンスケの興奮は止まらない。 「はぁ〜凄い凄い凄い凄い凄いっ!凄おぉ〜いっ!!」 「ああっ!待てっ!待たんかいっ!」 トウジは風に飛ばされた帽子を追いかける。シンジは狭いヘリからやっと解放されて背伸びをしながら欠伸をし、ミサトは三人の少年の姿に保護者として少し恥ずかしそう。 「っきしょっ!止まれっ!止まらんかいっ!」 トウジの帽子は甲板の上を風にあおられ転がって行くが、誰かの赤い靴に引っ掛かって止まった。トウジがホッとするのも束の間、何を思ったかその赤い靴は帽子を踏みつけた。 「ヘロぉ〜、ミサト。元気してた?」 足元で拳を握って憤怒の表情をしているトウジを無視して挨拶する赤い靴の少女。 「まっねぇ〜。貴女も背が伸びたんじゃない?」 レモン色のワンピースを着て帽子を踏みつけているのは、先ほどブリッジ張り出しにいた少女だった。 「そっ!他の所もちゃぁ〜んと女らしくなってるわよ。」 勝気そうに返事する少女。 帽子を取ろうとトウジは力を入れるが少女の足は退いてくれない。 「紹介するわ。エヴァンゲリオン弐号機の専属パイロット、セカンド・チルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ。」 その時、強風が吹き、布生地が軽そうなワンピースのスカートがめくれ上がった。思わず上を見上げるトウジ。 が、アスカと呼ばれた少女はスカートの中を見られても腰に手を当てて堂々としていた。そのかわり、立ち上がったトウジの頬に彼女の張り手が炸裂した。戦闘機を撮影していたケンスケは決定的チャンスを逃した。 「…な、何すんねんっ!」 顔に見事に紅葉を貼り付けられたトウジは憤慨する。 「見物料よ、安いもんでしょ。」 「何やて!そんなら、こっちも見せたるわっ!」 トウジはジャージのズボンを下にずり下げた。だが、勢い余ってパンツまで下がってしまった。 「ぎゃあ!何すんのよぉっ!!」 アスカの張り手がもう一度トウジに炸裂した。 「バカは死ななきゃ直らないみたいね。」 クミは呆れて溜息をついた。 「で、噂のサード・チルドレンはどれ?…まさか、今のが?」 アスカがトウジを睨みつけるが。 「違うわ。このコよ。」 ミサトが目線でシンジを指す。 「ふーん。で、貴方も見たわよね。」 アスカは張り手をシンジに見舞おうとしたが、クミが後ろからシンジを引張ってスウェー・バックでかわした為、アスカは空振りした。 「何避けてんのよっ!」 「シンジくんは見てないわよ。見えるところまでスカートめくれてないって。」 「あんた誰よ?」 「私は真辺クミっていうの…それより、シンジくん、自己紹介したら?」 クミはシンジに自己紹介を促した。 「あ、はい。僕は碇シンジ。よろしく。」 「えっ!?碇って、まさか…。」 アスカの顔が驚きに変わる。ミサトが続けて言った。 「ええ、碇司令のお子さんよ。」 アスカは振り上げた手を慌てて下ろした。手を出すにはまずい相手だとわかったからだ。 「そ、そう。こちらこそ、よろしく。」 「そしてワシはこの碇シンジ君の学友や!なめたらただじゃ済まさへんで!」 トウジが復活して威勢を張るが。 「ふん。そういうのを虎の威を借るタヌキって言うのよ。」 アスカが切り返すが、少し言葉がおかしい。 「タヌキじゃなくてキツネだよ。」 シンジが間違いを指摘した。 「な、何よ、細かい事はどうでもいいのっ!」 アスカはムキになって言い返す。 「まあまあ、喧嘩しないで。アスカ、ブリッジに案内してくれる?」 ミサトがようやく治めて一行はブリッジに向かう。 「どんぐりの背比べだね。ほら、相田!置いてくよ!」 クミがまとめのオチをつけた後、ケンスケを促した。 「凄すぎるぅっ!!」 ケンスケはさっきからこの調子。 「おやおや、ボーイスカウト引率のお姉さんかと思っていたが、それはどうやらこちらの勘違いだった様だな。」 「ご理解頂けて幸いですわ。艦長。」 ミサトの不機嫌な顔写真が張られたIDカードを見て艦長が皮肉るが、ミサトも動じない。 「いやいや、私の方こそ久しぶりに子供達のお守りが出来て幸せだよ。」 艦長のしつこい皮肉が続く。 「この度はEVA弐号機の輸送援助ありがとうございます。こちらが非常用電源ソケットの仕様書です。」 ミサトの後ろにはシンジ、アスカ、トウジが黙って控えている。ケンスケはブリッジを駆けずり回りながらビデオを取りまくり、クミは何故かレーダーを覗き込んでいる。 「ふんっ!大体、この海の上であの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃおらんっ!」 艦長は受け取った仕様書を一瞥するだけで全く読みもせずに答えた。 「万一の事態に対する備えと理解して頂けますか?」 「その万一に備えて、我々太平洋艦隊が護衛しておる。いつから国連軍は宅配屋に転職したのかな?」 「某組織が結成された後だと記憶しておりますが?」 艦長の傍らに立つ副艦長の回答も今回の任務をどうやら快く思ってないのが見え見え。 「人形1つ運ぶのに大層な護衛だよ。太平洋艦隊勢揃いだからな。」 「EVAの重要度を考えると足りない位ですが…では、この書類にサインを。」 「まだだっ!」 艦長の対応にどうやら堪忍袋の緒が切れたらしく、ミサトの顔がひくついた。 「EVA弐号機及び同操縦者はドイツの第三支部より本艦隊が預かっている!君等の勝手は許さんっ!」 ミサトの苦戦を尻目にこの艦隊の優待客であるアスカは澄まし顔。 「では、いつ引き渡しを?」 「新横須賀に陸揚げしてからです。」 「海の上は我々の管轄だ!黙って従って貰おうっ!」 「解りました…。但し、有事の際は我々ネルフの指揮権が最優先である事をお忘れなく。」 「リツコさんみたいだ…。」 変なプライドを主張する艦長に対して、いつもの姿からは想像できないミサトの冷静さにシンジは不思議そう。と、その時。 「よっ、相変わらず凛々しいな。」 「加持さぁん!」 ブリッジ入り口から聞こえた声に、先程の勝気な態度はどこへやら、黄色い甘えた声をあげるアスカ。それに対して、先程の凛々しさはどこへやら、ゲッと顔を歪めるミサト。 そこには長い髪を後ろで結わえ、無精ひげで、よれよれのシャツを着た男、加持リョウジが立っていた。 「加持君。君をブリッジに招待した覚えはないぞ。」 「それは失礼。」 「凄い!凄いっ!!凄すぎるっ!!!」 ケンスケは自分だけの世界に行ってしまったようだ。 そして、クミが誰かにウィンクした事に当事者以外誰も気付かなかった。 「あんな子供が世界を救うのか!?」 「時代が変わったのでしょう。議会もあのロボットに期待していると聞いています。」 艦長の甚だ尤もな疑問に副艦長もフォローを入れるが、多分彼も疑問だらけだろう。 「あんなオモチャにか!?馬鹿共め!そんな金があるならこっちに回せば良いんだ!」 艦長は振り返ってEVA弐号機の積まれたタンカーを睨んで忌忌し気に吐き捨てた。 その頃、太平洋深海を幾つもの紅い光をその身に輝かせた巨大な物体が潜行していた。 「何であんたがここにいるのよっ!」 トウジ、アスカ、加持、ミサト、シンジ、ケンスケの6人はエレベーターに乗って移動中。 「彼女の随伴でね。ドイツから出張さ。」 「迂闊だったわ。十分考えられる事態だったのに。」 エレベーター内はギューギューのすし詰め状態。 「ちょっと!触らないでよっ!」 「仕方ないだろう!」 ミサトとアスカが非難の声をあげ、それに加持とトウジも非難の声をあげる。 一人乗れなかったクミは階段を降りていた。 士官食堂で7人はお茶していた。テーブルの片方に加持とアスカとシンジ。反対側にミサト、トウジ、ケンスケ。六人掛けのテーブルなので、またもクミは一人あぶれ、別のテーブルから椅子を持ってきてシンジとケンスケの方に座っていた。 「今…つき合っている奴、いるの?」 コーヒーを口に含みながらミサトに流し目を送る加持。 「そ、それが…あ、あなたに関係ある訳?」 何故かミサトは動揺している。 「あれ?つれないなぁ。」 “♪なぁー、なんてね。” クミは心の中で一人でボケをかます。 「君は葛城と同居しているんだって?」 「え、ええ。」 加持がいきなりシンジに話を振った。 「彼女の寝相の悪さ、直ってる?」 「ええぇ〜っ!」 その言葉の意味にショックを受け、イヤ〜んなポーズで固まるアスカ、トウジ、ケンスケ。その言葉の意味に気がつかないシンジは平然とし、クミは余裕で少しニヤついている。 「な、な、何言ってんのよおぉ〜っ!!」 ミサトは顔を真っ赤にしてテーブルから立ち上がる。着ているジャケットもスカートも(おまけにベレー帽も赤)だったので全身真っ赤な茹蛸状態。 「…相変わらずか、碇シンジ君。」 「あれ?どうして僕の名前を?」 シンジは加持にまだ自己紹介していないので疑問に思う。 「そりゃ知っているさ。この世界じゃ君は有名だからね。何の訓練も無しにEVAを実戦で動かしたサード・チルドレン。」 「いえ、そんな、偶然ですよ。」 謙遜するシンジを復活したアスカが横目でむぅ〜と睨む。 「偶然も運命の一部さ。才能なんだよ、君の。じゃあ、また後で。」 加持がテーブルを立つとアスカもそれについていった。 「あ…悪夢だわ…。」 ミサトは顔面を今度は土気色にして頭を抱えていた。トウジとケンスケはさっきのポーズで固まったままだ。 「真辺先輩。みんな、どうしたんでしょう?」 シンジは動かない三人が不思議でクミに訊ねた。 「シンジくんも、もう少し大人にならないとね。」 加持とアスカは外のデッキで海風に当たっていた。 「どうだ、碇シンジ君は?」 「つまんないコ。あんなのが選ばれたサード・チルドレンだなんて幻滅。」 「しかし、いきなりの実戦で彼のシンクロ率は40を軽く越えているぞ。」 「嘘っ!?」 それがどんなに凄い事か解っているアスカは驚きに目を大きく見開いた。 「それにしても、いけ好かん艦長やったな。」 「プライドが高いのよ。ああいう古い軍人さんはね。」 シンジ達は帰る為にエスカレーターで甲板へ移動中だった。 「でも、賑やかで面白そうな人ですね、加持さんって。」 「昔から軽いのよ、あのぶぁか!」 とミサトが吐き捨てた時。 「サード・チルドレン!」 エスカレーターの上方から声が掛かったので見ると、アスカが待っていた。 「ちょっと付き合って!」 有無を言わさぬ高飛車な態度である。 「何?」 「いいから!」 「あっらぁ、アスカったら、早速デートのお誘い?」 ミサトが茶化す。 「誰が!手間は取らせないわ。いいわね、サード・チルドレン。」 「ミサトさん、まだ時間ありますよね?」 「ええ。二人とも楽しんでらっしゃい。」 「そんなんじゃないって言ってるでしょっ!」 「そんなにムキにならなくても。怒ったほうが負けだよ。」 もう、シンジはミサトの茶化しには慣れてしまっている。 「うるさいわね!いいからついてきなさい。」 アスカはシンジを引張っていった。 「あれ?真辺さんは?」 いつのまにかクミもいなかった。 そのクミはシンジ達とは別行動を取り、既に甲板に出て戦闘機を一機一機見て回っていた。 「…タイガー…トムキャット…イーグル…ファルコン…ホーネット…ハリアー…スホーイ…ミグ…ミラージュ…クフィール…寄せ集めね…あら、ファントムまであったわ。まるで博物館みたい。」 「そんなに戦闘機がお好きかな、お嬢さん。」 クミが振り向くと、加持が立っていた。 「ええ、まあ、一度は乗ってみたいなって。」 「良かったら、俺が乗せてあげようか?一応、操縦できるんだよ、これでも。」 「あら、そう…女性の操縦もお上手なんですか?」 クミは加持の後方を指差した。加持が振り向くと、ミサトが憤怒の表情で立っていた。 「か、葛城…。」 「子供に手を出すんじゃないわよっ、この外道っ!」 「ぐえっ!」 ミサトの強烈なボディ・ブローが加持のレバーに決まり、加持は蹲った。 “わっちゃ〜…だめだ、こりゃ。” クミは顔を覆って天を仰いだ。 「へー、弐号機は赤なんだ。」 「違うのはカラーリングだけじゃないわ。」 アスカはシンジをタンカーに連れてきて、LCLのプールに横たわるEVA弐号機をお披露目。 「所詮、EVA零号機とEVA初号機は開発過程のプロト・タイプとテスト・タイプ。訓練無しの貴方なんかに、いきなりシンクロするのが良い証拠よ!けど、このEVA弐号機は違うわ。これこそ実戦用に造られた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ!正式タイプのね!」 つまり、初めてのシンクロ率が40%というスゴイ数字を出したシンジよりも、本物のエヴァンゲリオンのパイロットの自分の方が優れているんだ、とでも言いたくてシンジを連れてきたようだ。 と、その時、どこかから爆発音が響いてきてタンカーが揺さぶられた。その弾みでアスカがバランスを崩し、これまたバランスを崩していたシンジの方へ倒れ込み、二人はフロートの床に潰れた。 「だ、大丈夫?」 「あ、ありがと…。」 再び、どこかで何かが爆発した音が聞え、フロート床が揺れる。 「一体何だろう…海の上で地震?」 「何言ってるのよ!水中衝撃波!さあ、行くわよっ!!」 立ち上がったアスカは何故か赤い顔のまま外へ駆けて行く。それにシンジも続く。 護衛艦の一隻が爆発炎上し、幾つもの水柱が立つ。 「あれは!?」 「まさか…使徒!?」 「あれがっ!?本物のっ!?」 姿は見えないが、船舶、それも軍艦をいとも簡単に撃破できるのは他に考えられない。 また一隻の護衛艦が撃破され炎上した。 「どうしよう!?ミサトさんの所に戻らなきゃ…。」 シンジは慌てるが。 「…チャァ〜ンス。」 シンジに言葉だけでなく自分の実力を見せ付ける絶好の機会だと、シンジに見えないようにあらぬ方を向き、可愛い顔を台無しにして怪しいニヤリ笑いをするアスカ。 EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION EPISODE:8 ASUKA STRIKES! 「くそっ!一体何が起きとるんだ!?」 緊急事態に艦長は双眼鏡を覗きながら喚く。 「ちわぁ〜、ネルフですが見えない敵の情報と適切な対処はいかがっスかぁ〜?」 慌ただしいブリッジにやってきたミサトがまるで出前取りみたいに意地悪く言う。 「戦闘中だ!見学者の立ち入りは許可できん!」 「私見ですが、これはどう見ても使徒の攻撃ですねぇ〜。」 「全艦、任意に迎撃!」 「無駄な事を…。しかし、何故使徒がここに…?」 [使徒]に対して魚雷が発射されるが効果は見られない。逆に[使徒]の体当たりでフリゲート艦が真っ二つにされ爆発を起こす。 「この程度じゃ、ATフィールドは破れないか…。」 ミサトによるボディ・ブローのダメージから復帰した加持は、デッキで目の前に繰り広げられている光景を見ながら呟いた。 「ちょっと、どこに行くんだよ?」 アスカは大きなバッグを抱え、シンジの手を掴みながらあちこち引き回していた。 が、とある人気の無い階段を見つけると。 「いい、ここにいなさいよ!」 と言って自分は下の踊り場に駆け降りた。 「何なんだよ、一体…。」 と、また近くで爆発音がして水中衝撃波がタンカーを襲った。 「うわあっ!」 シンジはバランスを崩して階段の手摺から落ちそうになりながらも何とか踏みとどまった。が。 「きゃああっ!覗かないでよっ!」 「ご、ごめん!」 シンジが身を乗り出した手摺の下の踊り場ではアスカがプラグ・スーツに着替えているところだった。 「何で男のコってああバカでスケベなのかしら!?」 プラグ・スーツを身に付けたアスカはきりっとした表情になり、自分に声を掛けた。 「アスカ、行くわよ。」 それは、初めての実戦に際して自分の気持ちを引き締める為だった。 アスカはシンジの前に戻ると、自分の予備のプラグ・スーツを渡した。 「はいこれ。」 「え?」 「さっさと着替えて」 「だ、だって、これ女のコ用じゃないか!それに何の為に…。」 「もう、男のくせに細かい事にこだわんないでよ!着替えろったら着替えるのっ!」 結局、アスカに押し切られ、シンジは着替えた。 「ねー、プラグ・スーツに着替えてどーするんだよ?」 何故かシンジは女のコみたいに内股で、しかも両手で前を隠している。プラグ・スーツは基本的にはサイズフリーなので、体格が同じなら誰でも着れるようになっている。だが、女性用だと胸にカップがついてるし、何となく前が目立つような気がして恥ずかしいのだ。 「決まってるじゃない!EVAで使徒をやっつけるのよ!」 EVA二号機によじ登っていたアスカは、そんなシンジの気持ちも知らず、外部のスイッチを押してエントリー・プラグを出した。 「でも、ミサトさんの許可を貰わないと…。」 「そんなの、使徒を倒してから貰えばいいのよ。」 次々と[使徒]によって撃沈されていく軍艦。その[使徒]の行動を見ていたミサトは、ある事に気づき、独り言のように呟いた。 「変ね。まるで何かを探しているみたい…。」 [使徒]は弐号機を狙わずウロウロとしていた。 一方、加持は自室に戻り、外の状況を見ながらゲンドウに連絡を入れていた。 「こんな所で使徒襲来とは、ちょっと話が違いませんか?」 「その為のEVA弐号機とセカンド・チルドレンだ。最悪の場合、君だけでも脱出したまえ。」 「わかってます。では。」 加持はゲンドウとの通信を終えた。 「やっぱり行くの?」 ドアの傍には何故かクミがいた。 「ここに俺達がいても何もできないさ。今はただ、アスカを信じるしかない。」 「そうね。じゃあ、私も乗せてってくれる?」 「お安い御用さ。」 アスカはシンジを連れてエントリー・プラグに乗り込み、内部起動を開始した。だが、ドイツ語で起動させようとした為に失敗、プラグ内は警告音が響き、‘FEHLER’の文字で赤く染まった。 「あれ?バグ?」 「思考ノイズ!」 「何で?」 「あんた、日本語で考えてるでしょ!ちゃんとドイツ語で考えてよ!」 「そんなの無理だよ!ドイツ語なんて習ってないもの!」 「何よ、それでもサード・チルドレンなの!?」 「何だよ、君がついてこいって言ったんじゃないか!いいよ、僕は降りる。そうすれば問題は解決するだろ。」 が、そうなると今度はアスカが困る事になる。 「わかったわよ!思考言語は日本語をベースにするから!」 今度は起動は成功した。 「さーて、これから私が華麗な戦いを見せてあげるわ。但し、一つだけ言っとくけど、足は引張らないでね。」 『オデローより入電!EVA弐号機起動中!』 「何だと!?」 「ナイス!アスカっ!」 寝耳に水で驚く艦長とガラスに顔をへばりつかせながらも喜ぶミサト。 「いかん!起動中止だ!元に戻せ!」 「構わないわ!アスカ、発進して!」 「何だと!EVA及びパイロットは我々の管轄下だ!勝手は許さん!」 「何言ってるのよ!こんな時に段取りなんて関係無いでしょ!」 二人の通信マイクを巡る諍いは、まるでカラオケのマイクの醜い奪い合いの様だった。 「し、しかし、本気ですか?EVA弐号機はB装備のままです!」 「えっ!?」 双眼鏡で覗いていた副艦長の指摘に二人の動きが止まった。 『海に落ちたらヤバイんじゃない?』 『落ちなきゃいいのよ!』 エントリー・プラグ内の会話が通信でブリッジに入った。 「シンジくんも乗ってるのね!?」 『はい。』 「子供が二人…。」 「試せるか…。アスカ、出してっ!」 「来たっ!」 「行きますっ!」 水飛沫を上げながら突っ込んでくる[使徒]を間一髪ジャンプでかわし、隣のイージス艦に着地するEVA弐号機。先ほどまで居たタンカーは[使徒]の突撃に真っ二つになった。 「あと58秒しかないよ!」 シンジの言うとおり、内部電源で動いているEVA弐号機の活動時間は残り少ない。 「解ってる!ミサト!非常用の外部電源を甲板に用意してっ!」 『解ったわ!』 「さ、跳ぶわよ。」 「飛ぶ?」 シンジが鸚鵡返しに聞き返した瞬間、EVA弐号機は腰をかがめてからジャンプし、隣の艦へ着地した。さらに同じようにして次の艦へとジャンプ、途中でマントの様に羽織った帆布を脱ぎ捨て、次々と義経八艘飛びを繰り返してミサト達の居る旗艦空母を目指す。 『予備電源出ました!』 『リアクターと直結完了!』 『飛行甲板待避ぃぃーっ!!』 『EVA弐号機着艦準備よしっ!』 オーバー・ザ・レインボーの甲板は、これから跳んで来るEVA弐号機の準備に大騒ぎになった。 「総員、耐ショック姿勢!」 「デタラメだっ!!」 副艦長の叫びに艦長は手摺に掴まり帽子を押さえて怒鳴った。 「EVA弐号機、着艦しまぁ〜すっ!!」 「うぅ〜ん…。」 喜び勇んで叫ぶアスカ。が、シンジは度重なるジャンプで目をグルグル回している。 EVA弐号機が甲板に着艦し、全艦に衝撃が走った。 「勿体無ぁ〜い…。」 着艦の衝撃で空母が傾き、甲板上の戦闘機が海中へと滑り落ちていく様子を、ケンスケは要らぬ心配をして涙ながらに嘆いていた。 『目標、本艦に急速接近中!』 「来るよ!左舷9時方向!」 「外部電源に切り替え!」 EVA弐号機はコンセントを背中に接続した。内部電源が切れる寸前で外部電源に切り替わり、弐号機の活動限界メーターの数字が無限という意味の8で揃う。 「切り替え終了。」 「でも、武装が無い。」 「プログ・ナイフで十分よ!」 肩からプログ・ナイフを取り出し、手に取って水平に構えるEVA弐号機。EVA初号機のそれとは違い、カッターナイフの様な形状の刃がカチカチカチっと伸びて発光した。 そしてついに波を割って[使徒]が姿を現し、空母に向かってきた。 「結構、でかい!」 「思った通りよ!」 不安そうなシンジに対し、自信満々のアスカ。 EVA弐号機に一直線に向かってきた[使徒]は空母直前で空中に飛び上がり、体当たりをしたものの、EVA弐号機に食い止められ甲板上にその全身を現した。 だが、その衝撃でEVA弐号機は唯一の武器であるプログ・ナイフを落としてしまった。 「アスカ!良く止めたわ!」 「冗談じゃないっ!飛行甲板がめちゃめちゃじゃないかっ!!」 ミサトはアスカを誉めるが、艦長は空母の甲板が使い物にならなくなって怒り心頭。 だが、飛行甲板エレベーターを踏み抜きバランスを崩したEVA弐号機は、そのまま[使徒]もろとも海中に落下した。 「落ちたじゃないか!」 既に艦長は喚く事しかできない。 「アスカ!B型装備じゃ水中戦闘は無理よ!」 『そんなの、やってみなけりゃ解んないでしょ?』 セカンド・インパクトで沈んだ海底の街並みの中を使徒に引きずり廻されるEVA弐号機。電源供給の為のケーブルが、甲板上のトランス付ボビンから凄い勢いで送り出される。 「ケーブルが無くなるわ!衝撃に備えて!」 ついにケーブルが全て送り出されてしまい、ボビンの回転が止まった衝撃でEVA弐号機は[使徒]を離してしまった。 「EVA弐号機、目標を喪失!」 「今の内にディスクを…ああぁ〜っ!Yak−38改っ!」 相変わらず緊張感の無い場違いなケンスケの叫びに皆が注目すると加持の乗った戦闘機がエレベーターを上昇してきて甲板に現れた。 『おぉ〜い、葛城ぃ〜。』 「加持ぃ〜。」 もしかしたら戦闘機で援護をしてくれるのでは?と笑顔で加持の名前を呼ぶミサト。が。 『届け物が有るんで俺、先行くわぁ〜。じゃあ、よろしくぅ〜!葛城一尉ぃ〜!』 その加持の後ろで、加持と同じくバイザーを開けてミサト達に敬礼しているクミがいた。 戦闘機はそのまま離陸して一目散に離脱して行った。 「に、逃げよった…。」 口をあんぐり開けて固まるミサト、呆然とするトウジ、ケンスケ。 その頃、海中では振り落とされたEVA弐号機が旋回してくる[使徒]を待ち構えていた。 「来るよ!」 「フン。今度こそ仕留めてやるわ!」 アスカがレバーを引くが、EVA弐号機は全く動かず、両手をダラリと下げてノーガード状態。 「な、何よっ!?動かないじゃないっ!」 「B型装備じゃね。」 「どうすんのよっ!?」 「どうするって…。」 「だらしないのね!サード・チルドレンのくせに!」 「やってみなけりゃ解んないって言ったのは誰だよ!あ、来たっ!」 弐号機に迫る[使徒]が大きく口を開けた。 「くちいぃっ!?」 生理的嫌悪感で悲鳴をあげるアスカ。が、様々な[使徒]と戦ってきたシンジは冷静だった。 『口の中にコア!?』 ミサトはシンジの声を聞き逃さなかった。 『キャアァァッ!』 エントリー・プラグが衝撃で揺れた。 『EVA弐号機、目標体内に侵入!』 「…それって、食われたんとちゃうか?」 トウジが率直な意見を述べた。トウジの言うとおり、EVA弐号機はすっぽりと[使徒]の口の中に飲み込まれ、ケーブルだけが[使徒]の牙の隙間から出ていた。 [使徒]が海中を動き回るとケーブルも動き回り甲板上の戦闘機を次々に海に払い落とす。 「…これはまるで釣りやな。」 「釣り!?そう、釣りだわっ!!」 トウジの呟きに、何か閃いたミサトは慌ててマイクに向かって叫んだ。 「アスカ、聞こえる?絶対に離さないでね!」 『了解…ちょっと、あんたは離れてよっ!』 シンジは衝撃で足を滑らせ、アスカの両腿の上に倒れ込んでいた。 「艦長。ご協力をお願いします。」 「な、何だ!?」 今までふざけ半分だったミサトの突然のマジ顔に艦長はちょっと驚くが、すぐ立ち直る。 「生き残った戦艦2隻による零距離射撃!?」 ミサトの立案を聞いた艦長は絶句した。 「そうです。アンビリカル・ケーブルの軸線上に無人の戦艦2隻を自沈させ、罠を張ります。その間にEVA弐号機が目標の口を開口。そこへ全艦突入し、艦首主砲等の直接砲撃の後、さらに自爆。目標を撃破します。」 「そんな無茶な!」 「無茶かも知れませんが、無理では無いと思います。」 「…うむ、解った。」 直ちに作戦準備が始まった。罠となる戦艦から脱出し救命ボートで漂う乗組員達。 「しかし、EVA弐号機はどうする?」 「心配いりません。EVAなら核にも耐えられます。」 艦長の心配をよそに、ミサトは微笑む。 『二人とも作戦内容、良いわね?』 「何とかやってみます!」 『頼むわ!』 シンジはミサトの確認に力強く答え、アスカのレバーを握る手の上に自分の手を置く。 「ちょ、ちょっと…。」 アスカは怒鳴ろうとしたが、シンジの真剣な面持ちにキュンと胸がときめき語尾が濁る。 一方海上では、2隻の戦艦が徐々に海に沈み始めていた。 『全艦、キングス弁を抜きました。Z地点に対し沈降開始。』 「了解。ケーブル、リバース!」 ミサトの指示でアンビリカル・ケーブルが勢い良く巻き戻され始めた。 『EVA弐号機、浮上開始!接触まで、あと70!』 「早く、こじ開けないと僕らもやられちゃうよ!」 「解ってるわよ!」 胸をときめかせていたアスカもシンジの呼びかけに我に帰り、集中する。 『接触まで、あと60!!』 「使徒の口は!?」 焦るミサト。 『まだ開きません!!』 『戦艦2隻、目標に対し沈降中!』 『EVA弐号機、浮上中!接触まで、あと50!』 「だめだ!」 「もう時間が無いわ!」 二人は顔を見合わせ頷き合うと、レバーロックを外し高機動モードにチェンジした。 『目標はテンペストの艦底を通過!』 「間に合わないわ!早くっ!」 水面はもうそこに迫っており、各艦の艦底が[使徒]とEVA弐号機の上方に見えた。 「いい?とにかく考えを集中させるのよ!!」 「解ってる!!」 『接触まで、あと20!』 歯を食いしばり、力を込めてレバーを引く二人。 『接触まで、あと15!』 “開け! 開け!! 開け!!! 開けっ!!!!” “ 開け! 開け!! 開け!!! 開けっ!!!!” シンジとアスカ、二人の念が通じたのか、いきなりシンクロ・メーターの表示がレッド・ゾーンに突入した。EVA弐号機の首が持ち上がりその四つの目が輝くと、全身に力がみなぎり一気に[使徒]の口をこじ開けた。そして開いたと同時に戦艦が口の中に突入。 「撃てぇぇっ!!」 すかさずミサトが号令をかけた。使徒の体内めがけて主砲が一斉射され、さらに戦艦は自爆した。[使徒]は体を風船のように膨らまし破裂すると同時に大爆発した。 海面に巨大な水柱が上がった。その爆発の衝撃を利用して海中から飛び出したEVA弐号機は無事、旗艦空母に帰還した。 ミサトの大胆な作戦は成功し、アスカは初陣を勝利で飾ったのだった。 太平洋艦隊は散々な有様で新横須賀(旧小田原)に入港した。 「また、派手にやったわね。」 満身創痍の太平洋艦隊を眺めながら、ミサト達を出迎えに来たリツコが感想を漏らした。 「水中戦闘を考慮するべきだったわぁ〜。」 流石にミサトも疲れたようで、ジープの背もたれに首を置き空をボーっと見ている。 「あら珍しい…反省?」 「良いじゃない。貴重なデータも取れたんだしぃ〜。」 「そうね。」 と、ジープが止まった。アスカが道を塞いだのだ。 「ねえ、加持さんは?」 「先にトンズラ!今頃本部に着いてるわよ、あのぶぁか!!」 その頃、ミサトの推測どおり、加持はゲンドウの前にいた。 「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ。やはり、これのせいですか?」 そう言いながら加持はトランクのロックを解除した。 「既にここまで復元されています。硬化ベークライトで固めていますが、生きてます、間違いなく。人類補完計画の要ですね。」 そこにあるのは…。 「そうだ。最初の人間、ADAMだよ。」 翌日。学校で。 「ホンマ、顔に似合わずいけ好かん女やったな。」 「ホント。ま、シンジと違って俺達は二度と会う事も無いだろうけどな。」 トウジとケンスケがそんなことを言ってると、教室の戸が開いて、担任の教師に続いてアスカが入ってきた。しかも第壱中の制服を着て…。 「あーっ。」 アスカを指差しながら仰天するトウジとケンスケ。 「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく。」 超人機エヴァンゲリオン 第8話「アスカ、来日」―――再会 完 あとがき