超人機エヴァンゲリオン

第3話

鳴らない、電話

  EVA初号機が起動され、エントリー・プラグ内が虹色に輝いた。その中にいるシンジは身体にフィットした青い服を着ていた。それはEVAのパイロット専用の服でプラグ・スーツと呼ばれるものだった。サイズはパイロットに合わせており、最初はぶかぶかだか腕のスイッチを入れると中の空気が抜けて身体にフィットするようになっていた。他にも、体温調整や緊急時の生命維持装置等、様々な機能が備わっている。
 『お早う、シンジくん。調子はどう?』
 「悪くないです。」
 『そう。EVAの出動口、非常用電源、兵装ビル、回収スポット、全部頭に入っているわね?』
 「多分…。」
 『では、もう一度おさらいするわよ。通常、EVAは有線からの電力供給で稼働します。非常時に体内電池に切り替えてると、蓄電容量の関係で、フルで1分、ゲインを利用してもせいぜい5分しか稼働できないの。これが私達の科学の限界ってワケ。おわかりね?』
 「はい。」
 『では昨日の続き、インダクション・モード、始めるわよ。』
 ネルフ本部内部に造られた仮想世界の中で、EVA初号機が先日第三新東京市を襲ってきた使徒と対峙している。
 EVA初号機はライフル銃、[パレット・ライフル]を構えた。要するに、巨大なEVAが使う為に巨大にしたライフル銃で、操作方法は人間がライフル銃を扱う場合となんら変わりはない。ただ、使用する弾丸には特殊な劣化ウランが使用されている。
 そして、勿論この仮想世界で使用する物は実際の戦闘用ではない。
 『目標を、センターに入れてスイッチ・オン。』
 シンジは先日教わったとおりに銃を撃った。弾丸は見事に[使徒]に命中し、撃破した。
 『次。』
 所詮、仮想世界での戦闘である。そうわかっているシンジは特に恐怖を感じる事も無く、次々と現れる[使徒]を撃破していく。
 「よく、乗る気になってくれましたね。」
 「人の言う事にはおとなしく従う。それがあのコの処世術じゃないの。」
 マヤの言葉にリツコはそう返した。
 “そんな単純な理由じゃないわ…。”
 ミサトはそう思ったが口には出さなかった。


 翌日。
 「ミサトさん。」
 シンジはミサトの部屋のドアをノックしたが、返事は無い。
 「ミサトさん、もう朝ですよ。いつまで寝てるんですか?」
 シンジはドアを少し開けて声を掛けた。
 「うぅ〜ん、昨日は今朝まで宿直だったのよぉ〜…今日は御昼までに出勤すればいいの、だから寝かせてぇ〜。」
 ミサトは布団を頭までかぶって寝ていた。
 「わかりました。それじゃ…。」
 と、シンジがドアを閉めようとすると…。
 「今日、燃えるゴミの日だったよね?ついでにお願いね。」
 「はい。じゃ、行ってきます。」
 ちなみに今日のゴミ出しの当番はミサトだった。ちゃっかりしてるものだ。
 シンジはゴミを所定の位置に置くと学校へ向かった。前の街にいた時と同様、一人で…。

 昼近くになってようやくミサトは起き出した。
 もそもそとミサトが着替えていると電話が鳴った。
 「はぁ〜い、もしもし…なんだ、リツコか。」
 「どう?彼氏とは上手くやっている?」
 既にリツコの机の上の灰皿は吸殻で満杯だ。吸い過ぎは健康によろしくないのだが。
 ちなみにミサトの場合だと飲み過ぎに注意なのだが、きっと「酒は百薬の長だ。」と答えるだろう…。
 「彼ぇ〜?ああ、シンジくんね…。こっちへ引っ越してから相変わらずよ。ただの一人も電話は無いわ。」
 『電話?』
 「必須アイテムだから携帯渡したんだけど…全然使ってないみたいなの。あいつ、もしかしたらまだ友達いないのかも…。」
 『そうね、シンジくんって友達作るの苦手そうな性格だからね。ヤマアラシのジレンマって話知ってる?』
 「ヤマアラシぃ〜!?あのトゲトゲの?」
 『ヤマアラシの場合、相手に自分の温もりを伝えたいと思っても、身を寄せれば寄せる程、身体中の棘でお互いを傷付けてしまう。人間にも同じ事が言えるわ。今のシンジくんは心のどこかで痛みに怯えて臆病になってるんでしょうね。』
 「そうね…大人になるって事は傷付けずに済む距離に気付く事だもんね。」
 シンジは何に怯えているのか…。
 やっぱり引っ越されますの?
 ええ…。まさか本当にここが戦場になるなんて思ってもみませんでしたから。
 ですよね。うちも主人が子供とあたしだけでも疎開しろって。
 疎開ね…。いくら要塞都市だからと言ったって、何一つ当てに出来ませんものね。
 昨日の事件。思い出しただけでもゾッとしますわ。
 主人の知り合いのお子さんも瓦礫の下敷きになって大怪我されたんですって。
 コンビニの前に来たシンジは以前のコンビニの中での主婦の会話を思い出し、顔を背けてその前を通り過ぎた。
 シンジは知ってしまったのだ。自分がEVAの戦闘で人を傷付けてしまった事を。

 第三新東京市立第壱中学校、その2年A組がシンジのクラスだった。
 「ギューン、ドドドドド、ドワー。」
 まだ朝の人がまばらな教室で眼鏡をかけた男子生徒が片手にビデオカメラを持ち、片手に持ったVTOL機のプラモデルを写していた。朝からハイテンションに戦争ごっことはお気楽なものだ。
 と、カメラのフレーム内のVTOL機の向こうに女生徒の姿が移った。
 「なに、委員長?」
 「相田くん、昨日のプリント、ちゃんと鈴原に届けてくれた?」
 委員長と呼ばれた髪を二つに結んだ女子生徒、洞木ヒカリは学級日誌を胸に抱えながら尋ねる。
 「えっ!?ああ…。いや何か、トウジの家、留守みたいでさ。」
 眼鏡にソバカスの男子生徒、相田ケンスケは顔を背け、机の中にある当該プリントを押し込みながら答えた。
 「相田くん、鈴原と仲良いんでしょ?二週間も休んで心配じゃないの?」
 「大怪我でもしたのかな?」
 「え…例のロボット事件で?テレビじゃ一人も居なかったって…。」
 「まさか…鷹巣山の爆心地見たろ?入間や小松だけじゃなくて、三沢や九州の部隊まで出動してんだよ?絶対、10人や20人じゃ済まないよ。死人だって…。」
 と、勢い良く扉が開き、ジャージ姿の男子生徒が入ってきた。
 「トウジ。」
 「鈴原…。」
 制服ではなくジャージ姿の男子生徒、それが二人が話題にしていた鈴原トウジである。
 ヒカリが片や「相田くん。」で片や「鈴原。」と呼び捨てなのは何故だろう…。
 トウジは不機嫌そうに二人に近づくとドカっと鞄を置き、机の上に座り辺りを見渡した。
 「なんや、随分減ったみたいやな。」
 「疎開だよ、疎開。みんな転校しちゃったよ。街中であれだけ派手に戦争されちゃあね。」
 「喜んどるのはお前だけやろな。生でドンパチ見れるよってに。」
 「まあね。トウジはどうしてたの?こんなに休んじゃってさ。この間の騒ぎで巻添えでも喰ったの?」
 「妹の奴がな…。」
 ケンスケはトウジにビデオを向けながら冗談半分で聞いたが、トウジの只事ではない返事にカメラから目を離した。
 「妹の奴が瓦礫の下敷きになってしもたんや。命は助かったけど、ずっと入院しとんのや…。うちんとこ、おとんもおじいも研究所勤めやろ?今、職場を離れるわけにはいかんしな。ワシがおらんと、あいつ病院で一人になってまうからな…。しっかし、あのロボットのパイロットはほんまにヘボやな!!ムチャクチャ腹立つわ!!味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ!!!」
 「鈴原…。」
 「それなんだけどさ…聞いたか?あの転校生の噂…。」
 「転校生?」
 「ほら、あいつだよ。名前は碇シンジ。」
 ケンスケはクラスの前のほうに座っているシンジの背中を指差した。
 「トウジが休んでいる間に転校してきたんだ。つまり、あのロボット騒ぎの後だよ?何かおかしいと思わないか?」

 昼休み。
 「ギューン、ドドドドド、ドワー。」
 相変わらずケンスケは戦争ごっこをやっている。
 「お前も同じ事ばっかやっとって、よく飽きんのう。」
 「何言ってんだ、戦争は男のロマンなんだよ。あう。」
 いきなりケンスケは後ろから膝カックンされてよろめいた。
 「よっ、相田。相変わらず幼稚な事をやってるね。」
 ケンスケの背後にいたのはポニーテールの女子生徒。タイの色が青なので三年生らしい。
 「真辺先輩、いきなりそれはやめて下さいよ。」
 「ケンスケ、この人は?」
 「3年B組の真辺先輩だよ。新聞部の。」
 「ああ、例の生活指導のハゲを引っ叩いた方でんな。」
 去年、クミはスカートの下に校則違反の物を隠しているのを調べようとした生活指導の教諭に張り手を喰らわせたのだ。校則違反の証拠は無かったが、クミは一ヶ月の停学処分を受けた。尤も、クミにとっては好都合のようだったが。
 「そんな事はどうでもいいのよ。えーと、噂の転校生ってどこ?」
 「さすが新聞部。噂には敏感ですね。」
 と言いつつ、ケンスケはシンジの背中を指差した。
 「Thanks」
 クミはシンジの傍に近づいて声をかけた。
 「ちょっといいかな、転校生くん。」
 「…僕の事ですか?」
 「あれっ!あの時のキミじゃない!」
 と言われても、シンジは訳がわからなくてキョトンとしているだけだ。
 「おや?命の恩人を忘れるなんて、そいつぁ頂けないなぁ。」
 命の恩人、そう言われてシンジに思い当たる人は一人だけ。
 「ああ!あのバイクの!」
 「いやっ!!それは置いといてっ!!」
 校則違反、というより法律違反の750ccバイクの事を言われかけて、クミはシンジより大声で応えた。結果、クラス中の視線が集まったのだが、二人はそれに気付いていない。
 「…な、何ですか?」
 「キミがあのロボットのパイロットというのは本当?」
 「え…それは…その…。」
 「わざわざネルフの人がお迎えに来るんだもの、中学生なのにそんな重要人物とすれば…。どう、図星でしょ?」
 「…いえ…それは…。」
 シンジはなかなか答えない。なかなか尻尾を捕まえさせないシンジにクミは奥の手を出した。
 「私のバストはどれぐらいと思う?」
 何の脈絡も無い質問のようだったが、シンジは自分がクミの胸を触ってしまった事を思い出し、慌てて答える。
 「いや、あのっ!!…そ、そうです…。」
 「きゃー、やっぱりぃ!」
 傍耳立てていた女子生徒の一人が大声を出した。
 「なになになに?」
 「やっぱホントなんだってよ!あいつがあのロボットに乗ってたんだって!」
 「スッゲエー、カッコイイ!」
 「しつもーん!どうやって選ばれたの?」
 「テストとかあったんでしょ?」
 「ねえねえ、怖くなかった?」
 「操縦席ってどんなの?」
 「必殺ワザとかあんのか?」
 シンジの周りにクラスに居た殆どの生徒が群がり、2年A組は大騒ぎになった。
 「いや…その…そういうの、何か秘密らしくって…。」
 「ええ〜、いいじゃん少しくらい…。」
 「じゃあ、あのロボットはなんて言うの?」
 「えっと…エヴァンゲリオン…だけど…略してエヴァって呼んでる…。」
 「それじゃあさ、あの怪物みたいなのは?どこかの国の秘密兵器?」
 「…僕も…よくわからないんだ…敵の事は、あまり教えて貰ってなくて…。」
 シンジのしどろもどろな答え一つ一つに歓声が湧く。
 「でも、凄いわぁ〜!学校の誇りよね!」
 「碇くん、何処に住んでるの?」
 「旧市街の方?」
 ちなみにこのやり取りはずっとクミのスカートの中に隠されたマイクロ・レコーダーに記録されていた。と、突然。
 「うるさいわ、おんどれら!!」
 トウジの馬鹿でかい声に騒ぎは一瞬で静まった。
 トウジは肩を怒らせて歩み寄ってきた。その威圧感にシンジを取り囲んでいた生徒達は道を開けた。
 「おう、転校生。ちょっと顔貸せや。」

 トウジがシンジを連れてきたのは体育館の裏だった。
 そして、いきなりトウジはシンジを殴りつけた。
 「済まんな、転校生。ワシはお前を殴らなあかん。殴っとかな気が済まんのや。」
 「…理由くらい教えてくれてもいいんじゃない?」
 シンジは殴られた頬を押さえながら返した。
 「なら、よう聞けェ!ワシの妹はなぁ、今怪我して入院してんねんぞ!おとんもおじいもおまえのおる研究所勤めで看病するんはワシしかおらん。まあ…ワシの事はどうでもええ…そやけど、妹の顔に傷でも残ってみいっ。べっぴんが台無しや!!可哀相やろ?」
 シンジは答えない。
 「誰のせいやと思う?」
 シンジは顔を背けた。自分のせいだと言われるのはわかっているから。
 トウジはそのシンジの態度が気に食わなくて、シンジの襟首を掴んで立たせた。
 「おのれのせいやあっ!!」
 トウジはシンジをもう一発殴った。再びシンジは地面に倒れこんだ。
 「トウジ!そのへんで許してやれよ!」
 ケンスケはトウジの肩を掴むが、トウジはそれを振りほどいた。
 「お前がムチャクチャ暴れたせいで、ナツキは瓦礫の下敷きになったんやぞ!チヤホヤされてええ気になってんちゃうわ!!」
 「トウジ!もう気が済んだだろ。」
 ケンスケは後々の事を考えて、それ以上トウジが手を出さないように間に入った。
 「…僕だって…好きで乗ってるわけじゃない…。」
 「なんやとぅっ!」
 シンジの返事にトウジがさらにいきり立つ。
 「トウジ!これ以上やったら拙いよ!」
 喧嘩で学校から何か言われるのはともかく、シンジはEVAのパイロットである。それに怪我をさせたとなったら、警察からも咎められる可能性があるのだ。
 「…でも、僕は乗らなきゃいけないんだ…嫌だとは言えないんだ…。」
 「だからなんや!」
 「…君の妹さんは気の毒だったと思う…僕にはそれしか言えない…。」
 「きさまああっ!気の毒で済むかああっ!!」
 「トウジ!もうよせっ!」
 「ケンスケ!放さんかいっ!おのれも殴られたいんかっ…。」
 急にトウジのテンションが落ちた。ケンスケが不思議に思って振り返ると…。
 「綾波…。」
 シンジの後ろにレイが立っていた。まだ、眼帯も頭の包帯も腕のギプスも取れていない。
 「なんや、お前もこいつのせいで怪我したんか?」
 「キミは…。」
 シンジにとっては、ネルフの医療ブロック以来の再会であり、彼女の綾波という苗字も知らなかった。それはレイにとっても同様だった。だが、レイはそこに倒れている男子生徒がシンジだと何故かわかった。
 「…碇…くん?…。」
 「何?」
 「非常召集…先に行くから…。」
 そう言ってレイは走っていった。
 「あ、ちょっと待ってよ!」
 シンジも立ち上がると、レイの後を追って走り去った。
 「…という事は…。」
 「…何や?」
 「綾波もエヴァンゲリオンのパイロットって事だ…。」
 「じゃあ、こないだ暴れたのに乗ってたのはどっちや!?」
 「俺が知る訳無いだろう。」

 第三新東京市にサイレンとアナウンスが響く。
 「ただいま東海地方を中心とした関東・中部地方の全域に特別非常事態宣言が発令されました。市民の皆様は速やかに指定のシェルターに避難して下さい。」



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:3 A transfer



 海上より第三新東京市を目指して飛行する巨大物体―――[使徒]を既にネルフは探知しており、直ちに迎撃の準備に入った。
 『目標を光学で補足。領海内に侵入しました。』
 「総員、第一種戦闘配置。」
 現在はゲンドウが不在の為、副司令である冬月が戦闘の指揮を執っている。
 『了解。対空迎撃戦用意。』
 『第三新東京市、戦闘形態に移行します。』
 『中央ブロック収容開始。』
 第三新東京市中央部のビル群が次々と地下に収容されていく。
 『中央ブロック及び第一管区から第七管区までの収容完了。』
 『政府及び関係各省への通達終了。』
 『現在、対空迎撃システムの稼働率48%。』
 「非戦闘員、民間人の避難は?」
 「すでに待避完了との報告が入っています。」

 『小中学生は各クラス、住民の方々は各ブロック毎にお集まり下さい。』
 第三新東京市にいくつもある避難所の1つ「第334地下避難所」にシンジのクラスメート達は避難していた。
 避難している者達も訓練が良く行われているのか、どこかリラックスした雰囲気である。
 ケンスケはビデオカメラのアンテナを伸ばしてTVとし、サイド・モニターを食い入るように見ている。
 「どや?ケンスケ?」
 「まただっ!!」
 少し苛立った口調で答えながらトウジにビデオカメラを渡すケンスケ。
 「また、文字だけなんか?」
 トウジがモニターを見ると、美しい風景をバックに政府によるメッセージだけが映し出されている。
 『本日正午に、東海地方を中心とした関東・中部地方の全域に特別非常事態宣言が発令されました。詳しい情報は入り次第、お伝えいたします。』
 「報道管制って奴だよ。僕ら民間人には見せてくれないんだ…。こんなビッグ・イベントだって言うのに!」

 新たな[使徒]は超低空で飛行・接近してきた。その姿は背中から見れば赤紫色の烏賊かこけしのようだが、頭にはまるで目のように見える部分もある。
 「碇司令の居ぬ間に新たな使徒襲来か。意外と早かったわね。」
 ミサトがモニターを見ながら呟いた。
 「前は15年のブランク。今回は、たったの三週間ですからね。」
 ミサトの部下の発令所オペレーター、日向マコト二尉も同意した。
 「こっちの都合はお構いなしか。女性に嫌われるタイプね。」
 ミサトも日向も、二人のやりとりはどこか他人事のようだった。正に鬼=ゲンドウが居ぬ間のなんとやらか…。
 防衛ラインに突入した[使徒]に山腹基地からのミサイル、ロープ・ウェイに偽装された対空砲等が攻撃するが足止めにすらならず、その弾幕の中を悠然と飛行する[使徒]。
 「税金の無駄使いだな…。」
 冬月が呆れながら呟いた。
 「委員会から、再びエヴァンゲリオンの出動要請が来ています。」
 「うるさい奴らね。言われなくても出撃させるわよ。」
 ミサトはやれやれと言った感じでぼやいた。

 『エントリー、スタートしました。』
 エントリー・プラグの中で精神を集中する様に目を瞑っているシンジ。
 『LCL電化。』
 『発着ロック解除。』
 シンジは目を開けて呟いた。
 「父さんもいないのに、なんでまたこれに乗ってるんだろう…。」

 その頃、シェルターのケンスケは策を案じていた。どうやったら外に出られるか、外の戦闘を目撃できるか…。そして、それに親友の協力を得る為に何と言って説得するか…。
 「なあ、トウジ。ちょっといいか?」
 「なんや、ケンスケ。」
 「ちょっと、二人っきりで相談したい事があるんだ。」
 「しゃあないな…。」
 立ち上がった二人はトランプに興じているヒカリに声を掛けた。
 「委員長。」
 「何?」
 「ワシら二人、便所や。」
 「もう、ちゃんと済ませときなさいよ。」
 トウジのデリカシーの無い言葉にヒカリはムッとして答えた。
 一応、トイレにやってきた二人は用を足しながら話していた。
 「なあ、頼むよ。一度でいいから外の様子を見てみたいんだ。シェルターのロックを外すの、手伝ってくれないか?」
 「アホゥ、外に出たら死んでまうで。」
 「ここに居たって同じ事さ。どうせ死ぬんなら、一度くらい見てからがいい。」
 「ケンスケ…。」
 「それに、トウジにはあいつの戦いを見守る義務があるんじゃないのか?」
 「何でや?」
 「ナッちゃんが怪我したのは気の毒だったけどさ、あいつが戦っていなかったら、怪我どころか俺達だって死んでたかもしれないんだぞ。」
 「う…。」
 「あいつにだっていろいろ事情はあるかもしれないのに、一方的に殴るなんて、トウジの言う漢道に外れてるんじゃないのか?」
 外に出たい、その一心でケンスケはトウジの良心に訴える言葉を捲くし立てる。が、親友だからこそ、その言葉が嘘も方便である事がトウジにもわかっていた。
 「しゃあないのう…ケンスケ、お前って自分の欲望にホントに素直なやっちゃな。」

 「シンジくん、出撃いいわね?」
 『はい。』
 「よくって?敵のATフィールドを中和しつつ、パレットの一斉射。練習通り、大丈夫ね?」
 『はい。』
 「EVA初号機、発進!」
 ミサトの号令でEVA初号機が地上に射出された。

 トウジとケンスケは避難所からの脱出に成功し、見晴らしの良い神社の境内にいた。
 [使徒]は街中まで来ると直立し戦闘形態を取って地上に降りた。
 「凄い!!これぞ苦労のかいもあったというもの!!!」
 ケンスケは興奮し早速ビデオを録る。その横ではトウジが[使徒]の姿に唖然としている。
 「あれが敵かいな。気持ち悪ぅ〜。」
 と、その時、警報が鳴り響いた。
 「おっ!?待ってました!!」
 ケンスケが警報の鳴る方へカメラを向けると[使徒]の死角になる位置にEVA初号機が現れた。

 「目標をセンターに入れてスイッチ。」
 シンジは練習の時の言葉を呪文のように呟いた。そしてEVA初号機は[使徒]の前方に飛び出した。
 “目標をセンターに入れてスイッチ!”
 呪文を心の中で呟くシンジ。パレット・ライフルが火を吹き、弾丸が[使徒]に命中した。が、着弾の爆煙が徐々に[使徒]の姿を見えなくしていく。
 「バカ!爆煙で敵が見えない!」
 ミサトが叫ぶが、シンジは攻撃に必死でミサトの声を聞いてはいなかった。
 突如、光の触手が爆煙の中から飛び出した。
 「!」
 EVA初号機は咄嗟に後ろに倒れた。パレット・ライフルに当たった光の触手は、なんとそれを真っ二つに切断した。

 「わっちゃー、もうやられおった。」
 「まだ大丈夫!」
 傍観者のトウジとケンスケ。この後に降りかかる災難など、わかる筈も無い。

 「予備のライフルを出すわ。受け取って!!」
 ミサトの指示で初号機の傍の兵装ビルが開き、新しいパレット・ライフルが現れた。だが、シンジは動けない。
 「シンジくん!シンジくん!!」
 仮想世界での戦闘はやはり死の恐怖とは関係ない、非現実でしかなかった。現実の戦闘でシンジは目の前に立つ[使徒]の姿に怯えていた。

 「どうしたんや?動かへんで。」
 「やっぱり、トウジに殴られたのが効いてるのかな?」
 「う、うるさいわいっ!」

 [使徒]の光の触手が次々とEVA初号機を襲う。その攻撃は的確だった。だがシンジはそれを間一髪で避け続ける。換わりに、次々と街が破壊されていく。
 そしてついに、命綱とも言うべき電力供給ケーブルが分断されてしまった。
 エントリー・プラグ内のエネルギー計がカウント・ダウンを開始した。
 「アンビリカル・ケーブル、断線!」
 「EVA初号機、内蔵電源に切り替わりました!」
 「活動限界まで、あと4分53秒!」
 発令所内のサイド・モニターにもEVA初号機の活動限界のカウンターが表示され、カウント・ダウンを始めた。
 ミサトは愕然とした顔になるが、オペレーター達の冷静な報告は続く。
 そしてとうとう、[使徒]は光の触手でEVA初号機の左足を捕らえた。
 [使徒]の触手はEVA初号機の左足首に絡みついたが、切断する事はできなかった。
 ならばと、[使徒]はその触手を引張った。
 「うわあっ!」
 バランスを崩して後方に倒れたEVA初号機を軽々と待ち上げた[使徒]は、光の触手を振り回してEVA初号機を投げ飛ばした。
 EVA初号機の巨体が宙を舞う。
 「こ、こっちに来る!!」
 カメラを覗いていたケンスケが叫んだ。
 グングンと迫り来るEVA初号機。
 「うわああああああああああ!!」
 トウジとケンスケ、二人の絶叫が響き、その上にEVA初号機は落下した。
 山の中腹に叩きつけられた衝撃でシンジはグッタリとしていた。
 『シンジくん、大丈夫!?シンジくん!!ダメージは?』
 『問題無し。いけます!!』
 ミサトと日向の声、そしてエントリー・プラグ内で鳴る警告音にシンジは頭を振って意識を覚醒させる。そしてモニターを見たシンジは、そこに知っている人物が映っている事に気付いた。
 人間―――それも知っている人間―――を殺していたかもしれない…シンジの背中を冷たい戦慄が走った。

 一方、発令所のディスプレイにも、二人のデータが映し出されていた。
 「シンジくんのクラスメート?」
 「何故、こんな所に?」
 トウジとケンスケのデータを確認するミサトとリツコ。
 その時、再び飛行形態となった[使徒]がEVA初号機の前に飛んできた。
 [使徒]の光の触手が唸った。だが、それを、EVA初号機は両手で掴んだ。手の装甲がスパークしながら焼けていき、シンジにも激痛を与える。
 「ぐうぅ…。」

 「なんで戦わんのや?」
 「まさか…僕らがここにいるから?…あいつ、自由に動けないんだ。」
 「わしらを…守る為に…。」

 「EVA初号機、活動限界まであと3分30秒!」
 このままではシンジが戦えないと判断したミサトは決断した。
 「シンジくん、そこの二人を操縦席へ!」
 「許可のない民間人をエントリー・プラグに乗せられると思ってるの!?」
 リツコが反論する。
 「私が許可します。」
 一歩も引かないミサト。
 「越権行為よ、葛城一尉!」
 リツコも譲らない。
 その時だった。黒光りする750ccバイクが坂道を駆け登って現れた。
 「葛城一尉。もう一人…。」
 日向の声にモニターに目を向けると、どこかで見たバイクと人物が映っていた。
 「あれは!」
 ライダーはフルフェイスのヘルメットを被っている為、トウジやケンスケみたいに人物の特定はできなかったが、ミサトは今までに目撃した人物だと気付いた。
 「何故そこに!?」

 「そこの二人!早くこっちに!」
 彼女の声に二人は振り向いた。いつの間にか現れたバイクと女性に二人はキョトンとしている。
 「だ、誰!?」
 「いいから早く!」
 「行くで、ケンスケ!」
 「ま、待てよトウジ!」
 トウジはこの窮地を救うべく現れた人物の元に駆け寄り、ケンスケもそれに続いた。が。
 「しまった、カメラを忘れた!」
 慌てて取りに戻ろうとするケンスケをトウジが捕まえる。
 「ケンスケ、命とカメラとどっちが大切なんや!?」
 「でも。」
 「カメラなんぞまた買えばいいやろ!」
 「でも、録画したテープが…。」
 と、バイクの彼女が何かを投げた。ワイヤの付いた楔のようなものは見事にカメラに突き刺さり、ワイヤを巻き戻すとカメラごと帰ってきた。楔が突き刺さった為、当然カメラは壊れたが、テープは確保できた。
 「これでガマンしなさい。」
 「僕のカメラが…。」
 「行くわよ!」
 トウジとケンスケを背後に乗せ、彼女はバイクを発進させた。

 「ミサト、今の人物は誰?」
 「何度か見たけど知らないわ。それより。」
 ミサトはシンジに告げた。
 「シンジくん、クラスメートは脱出したわ!」
 シンジはその声に反応した。掴んでいる[使徒]の触手を一度上に引き、続いて下に思いっきり引き降ろした。[使徒]は制動を掛けられずに直下のビルの壁面に叩きつけられた。
 「今よ!後退して!回収ルートは34番。山の東側よ!」
 だが、シンジは精神的に参っていた。肩で息をしているシンジにミサトの声は届いていない。
 「シンジくん、聞える?後退して!」
 「…後退?…だめだ…。」
 シンジの言葉はミサトの指示を拒否するものだった。
 「シンジくん!?」
 「…今、戦わなきゃ…後ろを見せたら…殺られる…。」
 EVA初号機の左肩の武装ポッドが開いた。EVA初号機は焼け爛れた右手(何故か人間と同じように爪もあった)でそこからナイフのようなものを取り出した。
 高振動粒子の刃が光を帯びる。
 「プログレッシブ・ナイフ装備!」
 「ええっ!?なんでえーっ!?」
 ミサトとリツコは仰天した。
 「シンジくん!!命令を聞きなさい!!」
 が、シンジは答えない。ミサトは大声を張り上げる。
 「退却だっつーの!!」
 「うるさい!!」
 シンジは怒鳴り返した。
 “あ…シンジくん…キレた…。”
 ミサトとリツコは口をあんぐりしたまま固まった。
 「うわあああああああーっ!!!」
 シンジは絶叫して[使徒]に特攻を開始した。
 右手でプログ・ナイフを握り、左手をその柄尻に添え、前傾姿勢のまま山を猛然と駆け降りるEVA初号機。
 [使徒]はまだビルの壁面に激突したままだ。だが、それは罠だった。
 突如起き上がった[使徒]は光の触手を伸ばしてきた。
 「ぐぅっ!」
 [使徒]の光の触手は二本ともEVA初号機の腹部を貫き、その突進を止めた。
 「EVA初号機、活動限界まであと30秒!」
 「くっそおおおっ!!」
 腹部を突き刺されたような激痛に耐えながらも、シンジは[使徒]の胸の赤い光球目掛けてプログ・ナイフを突き上げた。触手がEVA初号機の腹部に刺さっている為、[使徒]はその攻撃を避ける事ができなかった。

 「へーえ、肉を切らせて骨を断つ、か。なかなかやるじゃない。」
 トウジとケンスケを元のシェルターに送り届けたクミは、またどこぞのビルの上からEVA初号機と[使徒]の戦いを眺めていた。

 [使徒]の赤い光球に突き刺さったプログ・ナイフは火花を散らしながら少しずつ中に入っていく。
 「活動限界まで、あと20秒!」
 もはや、発令所のスタッフはEVA初号機と[使徒]との戦いを見ている事しかできなかった。EVA初号機の内部エネルギーは刻一刻と減少していく。
 “いったい…どういうつもりなの…シンジくん…。”
 「でぃああああああああっ!!!」
 プラグの中のシンジは狂ったように絶叫を続けていた。
 「活動限界まで、あと10秒!…9…8…7…6…5…4…3…2…1…0!」
 プラグ内のエネルギー計も発令所のカウンターも、0:00 00で止まった。
 「EVA初号機、活動停止。」
 「目標も…完全に沈黙しました…。」
 活動限界まで残り1秒の時点で、[使徒]の赤い光球は光を失っていたのだ。
 シンジは[使徒]に勝った。だが、電源の落ちたプラグの中で、シンジは嗚咽を漏らしていた。
 “…僕は…何の為に戦うんだろう…自分の為?…父さんの為?…みんなの為?…こんな痛みを感じて…こんな苦しい思いをして…こんな怖い目に遭って…。”
 シンジの嗚咽を聞いている者は誰もいなかった…。


 それから三日後の学校。
 レイは登校しているが、シンジの姿は無い。
 「今日でもう三日か…。」
 トウジが机に顔を乗せて雨が降る外の景色をボケッと見ながら呟いた。
 「俺達がこってりと叱られてから?」
 ケンスケはうろ覚えの[使徒]をノートパソコンで描いている。
 「あいつが学校に来んようになってからや…。」
 「心配なの?」
 「誰も心配なんかしてへんわ!気になるゆうとるだけやろ!」
 トウジはなぜかケンスケの言葉が気に障って怒鳴った。
 「同じ事じゃないか。トウジは素直じゃないんだから。そんなに気になるんだったら綾波に訊いてみれば?同じパイロットなんだし。」
 ケンスケはレイを指差した。レイは腕のギプスや頭の包帯は外れたが、両手の包帯や眼帯はまだしていた。
 レイはなんだか自分が呼ばれたような気がして読んでいた本から顔を上げた。
 「…ケンスケ、お前が訊いてくれ…ワシ、あいつ苦手や。」
 「いやだよ。俺もあいつ苦手なんだ。」
 「じゃあ、どうしたらええんや?」
 「しゃあないな。」
 ケンスケはトウジのまねをしながら、机の中からメモを取り出した。
 「碇んちの電話番号。さっき先生に訊いてきたんだ。」

 トウジは食堂近くの電話コーナーから電話を掛けてみた。
 やっとシンジの所に友人からの電話が掛けられた。
 だが、葛城邸の電話の受話器を取る者は誰もいなかった。
 留守番電話へのメッセージが苦手なトウジは、何も言わずに電話を切った。



超人機エヴァンゲリオン

第3話「鳴らない、電話」―――接近

完

あとがき