日本政府内務省中央情報局にて。 テーブルの上のデジタル時計が12:00になった。 「……時間だ。これから君がここの局長だ。しっかりやりたまえ、八巻君。」 すっかり頭が禿げ上がってしまったものの眼光は未だ衰えていない老人はそう言って立ち上がった。 「ありがとうございます、加藤長官。」 老人の前に立っていたのは、まだ30歳になるかどうかという青年だった。 「これから長官は国防庁に戻って何をされるのですか?」 「新兵器の開発だよ。」 「例のロボット兵器ですね。」 「うむ。自国の防衛はやはり自国の軍が担うべきなのだよ。だからこそ、ネルフにも対抗できる新兵器が必要なのだ。」 「おっしゃるとおりです。ネルフに調査員を潜入させて既に3年、そろそろ内偵報告も上がってくると思います。」 「確か、君の後輩だったな。」 「ええ。あいつ程優秀なエージェントは他にはいません。」 「よろしい。では、これで失礼する。」 老人はドアを押し開いて出て行った。 青年はデスクの奥に回り、新たな自分の椅子に深く身を沈み込ませた。 “加持…報告を待ってるぞ…。” ドイツ・ハンブルグのとある街角にて。 どこにでもありそうなゲームセンターのUFOキャッチャーに夢中になっている赤毛の少女がいた。 だが、お目当ての白いライオンのぬいぐるみはゴール目前でアームから外れて落ちてしまった。 「何よこの機械、壊れてんじゃないの!?」 憤懣やる方無い少女はUFOキャッチャーに右足で怒りの一撃をくれてやった。 だが、間の悪い事にその衝撃は反対側のUFOキャッチャーにも伝わってしまったようで、そちらもゴール寸前でぬいぐるみがアームから落ちてしまった。 「てめえ、何しやがる!?」 ぐるっとUFOキャッチャーを回って、プレイしていたらしい黒人の男が歩み寄ってきた。 「あら、ごめんなさい。」 「ゴメンで済むか!」 少女は素直に謝ったが、二の腕にドクロや蛇のタトゥーを入れたスキンヘッドの男は少女に掴みかかろうとした。が、次の瞬間。 「えーいっ!」 ミニのワンピースの裾が広がるのも気にせず、少女は左回しのハイキックを男の首筋に見舞った。男はたまらず後ろに崩れ落ちた。 「こっこここ、このガキィ〜…。」 「おい、どうした?」 騒ぎに気付いた数人のいかにもチーマーという風体の男達がゲームセンターの奥から出てきた。 「おう、お前らもかわいがったれ、た〜っぷりとなぁ。」 “ふん、子供相手に仲間を頼るなんて。” 多勢に無勢、大ピンチというのに少女は落ち着いていた。 「ああっ、見てっ!」 いきなり少女は大声で叫んで男達の背後を指差した。 「!?」 男達がつい釣られて後ろを向いた瞬間を少女は見逃さなかった。 「スキあり!」 少女の左の前蹴りが一人の急所に命中、さらに左の肘打ちが一人の鳩尾を抉り、振り向きざまの右裏拳が最後の一人の顔面に決った。 「な、なんなんだ、てめえは……。」 少女のあまりの強さにたじろいだ最初の男が思わず後ずさりした時、何か硬い物が背中に当たった。 「!!」 その硬い物が一瞬に人間の命を奪う物だと気付いた男は真っ青になった。 「命が惜しければ振り向かずに仲間を連れてここから立ち去れ。」 背後の人間がプロだと気付いた男は、慌てて仲間達とその場から逃げていった。 「やれやれ、あまりお転婆が過ぎるとボーイフレンドができないぞ、アスカ。」 「だって、周りの男の子ってみんなバカで弱くてトロイやつばっかしなんだもん。」 「アスカより頭が良くて喧嘩が強くてスポーツ万能な男なんていやしないぞ?」 「心配しなくても大丈夫。だって、ちゃんと目の前にいるもん。」 「生憎だが、アスカは俺のターゲットからは外れてるよ。」 「もー、加持さんのイジワル。」 目の前の男に頭を撫でられた少女は子供扱い(実際、子供なのだが)されて、頬を膨らませた。 日本・第二新東京市のとある裏道にて。 その日の夕方からはずっと小雨が降っていた。既に陽は落ちており、街灯だけが唯一の明かりである道をランドセルを背負った少年が一人、傘も差さずに歩いていた。 いつもの帰り道、少年は何故か橋の下に目を向け、そこにソファや冷蔵庫など粗大ゴミが不法投棄されている中に自転車が一台混ざっているのを見つけた。 前輪はパンクしており、タイヤもリムから外れていた。だが、そんな自転車でも少年は欲しくなった。学校で自分だけが自転車を持っていなかったのだ。 少年はその壊れた自転車をゴミの中から土手の上の道に引張りあげ、自転車を押しながら再び帰路に就いた。 だが、しばらくして少年を呼び止める声があった。 「そこの君、止まりなさい。その自転車は君のかな?」 声を掛けて来たのは警邏中の警察官だった。おそらく、サドルの高さが少年の身長と合っていなかったのを不審に思ったのだろう。 「いえ…でも橋の下に捨ててあったから…。」 少年は素直に真実を話した。だが。 「ウソをついちゃいけないよ。」 「本当です。ウソじゃない。」 「話は署で聞こうかな。」 警察官は端から少年の言葉を信じようとしなかった。 少年は最寄の交番に連れて行かれ、婦人警官と二人っきりになった。 「お名前は?」 「碇シンジ。」 「じゃあ住所は?」 「――――――」 婦人警官は機械的に書類を作成していく。 「保護者の名前は?」 「碇ゲンドウです。」 実際の保護者は違う人物だったが、少年は父の名を告げた。もしかしたら父に逢えるかもしれない、そう思ったのだ。 だが、少年を迎えに来たのは父ではなかった。 ネルフ本部・発令所にて。 少女は呟いた。 「ばーさんは用済み。」 そして、西暦2015年――――――――――――戦いが始まる。 超人機エヴァンゲリオン 第0話「 」―――予告 完 あとがき