鋼鉄の巨人

第五章 二人で迎える夜

【シンジの自宅・居間】
 「アスカの携帯、鳴ってる。」
 「シンジの携帯。」
 「え、僕の?」
 携帯を取るシンジ。
 「はい。」
 『綾波レイです。』
 「あ……こんばんは。」
 『今、駅のホームにいるの。』
 「どうしたの……?」
 『今日、渚くんの演奏会に行ってきた。』
 「そう……どうだった。」
 『感動しちゃった。碇くんも演奏すればよかったのに。』
 *「何か変だぞ?」
 「今日は約束があったから。」  『声が聞きたかったの……着飾ったんだよ、私。』  「綺麗なんだろうね。」  『服、見せてあげる。駅の改札口で待っているね。』
 *「どこの駅なんだよ?」
 「切れた……。」  「誰から?」  「綾波さん。駅にいるらしい。」  「そう……どうするの?」  「ちょっと行って来る。」  「早く戻ってきてね。」 【仙石原駅・歩道橋】  歩きながら独り言ちるシンジ。  「こんな夜に綾波さんに会う僕も、どうかしている。」 【仙石原駅・改札口】  改札にシンジがたどり着くと、ドレスで着飾ったレイがいた。  「呼び出したりして、ごめんなさい。」  「綾波さん……可愛い。」  “でも、前に海で会ったような気がするけど……。”  「碇くんにこの服を見せたかったの。」  「電話が嬉しかった。僕には夢みたいだから。」  「ありがとう。救われた気持ちがする。」  「もう帰るの?」  「碇くんは?」  「実は、さっきまでアスカと一緒だったんだ。」  「そうなの……ちょっと嫌な気分。」  「本当の事を言うと、まだ家で待っている。」  「こうして碇くんと二人きりになれるのは、今夜が最後なのかな……。」  シンジは意を決した。  「綾波さんの行きたいところへ、行こう。」  【第三新東京環状線・車内】  乗客は誰もおらず、車内に二人きり。窓の外をレイは眺めた。  「夜8時45分、二人を乗せた列車は星空の中を走る。前に座る女の子は、彼氏を奪って逃走中。ちょっとしたヒロインだよね。」
 *「一瞬、ジェット・ストリームかと思った。司会は、城みちる。」  ※「水平線の彼方から、あああ〜。」
 「綾波さんって案外ロマンチストなのかも……。」  「ニンニクのいい匂いがする。」
 *「こいつも匂いに敏感なんだな。」  ※「ニンニクの匂いっていい匂いなのかな?」
 「餃子食べたんだ。」  「いいものがあるわ。」  ミントのプラケースを取り出すレイ。  「ミントを噛むと匂い消えるよ。」
 *「林檎を齧ると歯茎から血が出ます。蜜柑を食べると屁が出ます。:泉谷しげる」  ※「いい匂いって言ってんだから消さなくてもいいのでは?」
【第三新横浜・繁華街】  繁華街の灯りが夜闇を照らす。喧騒が途絶える事は無い。  「夜の港街、大人の街。」  「今日の綾波さんも大人だね。」  「おしゃれしているから。」  「僕が釣り合わないかも。」  「お風呂にも入って、髪も洗って、カラダも綺麗にしてきたの。」  「気合の入れ方が違う。」  「下着も全部、新しくしてきた。」
 *「勝負下着か?」
 一瞬、言葉が詰まるシンジ。  「どうして?」  「夏の思い出が欲しいの。」 【氷川丸・甲板の上】  甲板からは街の明かりが見える。
 *「♪街の明かりがとても綺麗ね横浜〜。」  ※「♪横浜、黄昏、ホテルの小部屋〜。」
 「この海に、街が沈んでるんだね。」  「南極の氷が融けて、海面が上昇したんだ。」  「人の愛情表現としてさ……する事があるじゃない。」  「え、何の話?」  「手をつないだり、腕に抱きついたり、男と女って、そういう事するけど……私は……。」  「手をつなごうか?」  シンジに手を握られるレイ。  「こんなに緊張するんだね……やっぱり私って、こういうの苦手なのかも……。」  「どうする?」  「ごめん……怖いの。」  シンジは寄り添うレイを抱きとめた。  「僕も綾波さんと同じ気持ちだから。」  二人の上に満月が輝いていた。
 *「♪満月の夜…お前を食べて…二度と戻らぬ…孤独の森へ…。」  ※「♪満月の夜、満月の夜、魔力も露骨に…。」
【路線バス・車内】  シンジとレイが並んで座っている。バスは第三新横浜を抜け、寂しげな郊外へとさしかかっている。  「そうだよね……。」  「え?」  「‘愛を育む’っていう意味がわかった。」  「どんな意味?」  「時間が必要なのね。二人が出会って、お互いを好きになって、語らい合って……それから触れ合いがあって……そんな、ゆっくりと流れる時間……。」 【シンジの自宅・居間】  シンジが家に帰ると中は真っ暗。そしてそこにはアスカの姿はなかった。  「ただいま。」  ノートパソコンは電源がONのままで、スクリーンセイバーの文字が表示されていた。  『帰ります。電話はしないで!アスカ』  「……。」  アスカの事を思い、言葉の無いシンジ。