【シンジの自宅・居間】 「アスカの携帯、鳴ってる。」 「シンジの携帯。」 「え、僕の?」 携帯を取るシンジ。 「はい。」 『綾波レイです。』 「あ……こんばんは。」 『今、駅のホームにいるの。』 「どうしたの……?」 『今日、渚くんの演奏会に行ってきた。』 「そう……どうだった。」 『感動しちゃった。碇くんも演奏すればよかったのに。』*「何か変だぞ?」「今日は約束があったから。」 『声が聞きたかったの……着飾ったんだよ、私。』 「綺麗なんだろうね。」 『服、見せてあげる。駅の改札口で待っているね。』*「どこの駅なんだよ?」「切れた……。」 「誰から?」 「綾波さん。駅にいるらしい。」 「そう……どうするの?」 「ちょっと行って来る。」 「早く戻ってきてね。」 【仙石原駅・歩道橋】 歩きながら独り言ちるシンジ。 「こんな夜に綾波さんに会う僕も、どうかしている。」 【仙石原駅・改札口】 改札にシンジがたどり着くと、ドレスで着飾ったレイがいた。 「呼び出したりして、ごめんなさい。」 「綾波さん……可愛い。」 “でも、前に海で会ったような気がするけど……。” 「碇くんにこの服を見せたかったの。」 「電話が嬉しかった。僕には夢みたいだから。」 「ありがとう。救われた気持ちがする。」 「もう帰るの?」 「碇くんは?」 「実は、さっきまでアスカと一緒だったんだ。」 「そうなの……ちょっと嫌な気分。」 「本当の事を言うと、まだ家で待っている。」 「こうして碇くんと二人きりになれるのは、今夜が最後なのかな……。」 シンジは意を決した。 「綾波さんの行きたいところへ、行こう。」 【第三新東京環状線・車内】 乗客は誰もおらず、車内に二人きり。窓の外をレイは眺めた。 「夜8時45分、二人を乗せた列車は星空の中を走る。前に座る女の子は、彼氏を奪って逃走中。ちょっとしたヒロインだよね。」*「一瞬、ジェット・ストリームかと思った。司会は、城みちる。」 ※「水平線の彼方から、あああ〜。」「綾波さんって案外ロマンチストなのかも……。」 「ニンニクのいい匂いがする。」*「こいつも匂いに敏感なんだな。」 ※「ニンニクの匂いっていい匂いなのかな?」「餃子食べたんだ。」 「いいものがあるわ。」 ミントのプラケースを取り出すレイ。 「ミントを噛むと匂い消えるよ。」*「林檎を齧ると歯茎から血が出ます。蜜柑を食べると屁が出ます。:泉谷しげる」 ※「いい匂いって言ってんだから消さなくてもいいのでは?」【第三新横浜・繁華街】 繁華街の灯りが夜闇を照らす。喧騒が途絶える事は無い。 「夜の港街、大人の街。」 「今日の綾波さんも大人だね。」 「おしゃれしているから。」 「僕が釣り合わないかも。」 「お風呂にも入って、髪も洗って、カラダも綺麗にしてきたの。」 「気合の入れ方が違う。」 「下着も全部、新しくしてきた。」*「勝負下着か?」一瞬、言葉が詰まるシンジ。 「どうして?」 「夏の思い出が欲しいの。」 【氷川丸・甲板の上】 甲板からは街の明かりが見える。*「♪街の明かりがとても綺麗ね横浜〜。」 ※「♪横浜、黄昏、ホテルの小部屋〜。」「この海に、街が沈んでるんだね。」 「南極の氷が融けて、海面が上昇したんだ。」 「人の愛情表現としてさ……する事があるじゃない。」 「え、何の話?」 「手をつないだり、腕に抱きついたり、男と女って、そういう事するけど……私は……。」 「手をつなごうか?」 シンジに手を握られるレイ。 「こんなに緊張するんだね……やっぱり私って、こういうの苦手なのかも……。」 「どうする?」 「ごめん……怖いの。」 シンジは寄り添うレイを抱きとめた。 「僕も綾波さんと同じ気持ちだから。」 二人の上に満月が輝いていた。*「♪満月の夜…お前を食べて…二度と戻らぬ…孤独の森へ…。」 ※「♪満月の夜、満月の夜、魔力も露骨に…。」【路線バス・車内】 シンジとレイが並んで座っている。バスは第三新横浜を抜け、寂しげな郊外へとさしかかっている。 「そうだよね……。」 「え?」 「‘愛を育む’っていう意味がわかった。」 「どんな意味?」 「時間が必要なのね。二人が出会って、お互いを好きになって、語らい合って……それから触れ合いがあって……そんな、ゆっくりと流れる時間……。」 【シンジの自宅・居間】 シンジが家に帰ると中は真っ暗。そしてそこにはアスカの姿はなかった。 「ただいま。」 ノートパソコンは電源がONのままで、スクリーンセイバーの文字が表示されていた。 『帰ります。電話はしないで!アスカ』 「……。」 アスカの事を思い、言葉の無いシンジ。