鋼鉄の巨人

第三章 恋の駆け引き

【第壱中学校・教室】
 双眼鏡で外を見ているケンスケとシンジが窓際に寄りかかっていた。
 「松代で大掛かりな実験があるらしい。親父も残業で帰らないし。大人達は巨大科学に献身的なのさ。」
 「僕達は待機したほうがいいのかな?」
 「何か有れば連絡が来るだろ。」
 「さっきから何見てるの?」
 「トウジの奴が委員長と話している。」
 「あの二人、できてるのかな?」
 「トウジは彼女の事、何も話してくれないからな。」
 「純情なんだね。」
 「夫婦の真似事なんてガラじゃないのにさ。もっと男らしく有意義に学園生活を過ごして欲しいものである。どうよ、シンジ。」
 「え?ハハハハ……僕の場合は成り行きでアスカと一緒になっているんだし……。有意義な過ごし方か……。」
 『生徒の呼び出しを致します。2年A組、碇シンジ君。至急、保健室まで来てください。』
 「僕だ。」

【第壱中学校・保健室】
 「最近、肩が痛くてね。」
 「僕を呼び出したのは肩こりの治療ですか?」
 「シンジ君の声が聞きたくなったから。私ね、松代へ出張に行くの。シンジ君のお父さんと一緒なのよ。」
 「研究所って忙しいんですね。」
 「遊ぶなら今のうちね。大人になるに連れて時間は減っていくものよ。」
 「大人って、何だか寂しい気がします。」
 「さすが親子。」
 「え?」
 「シンジ君の手。お父さんの手と同じだわ。ありがとう、助かった。」
 「はい。」
 *「人、それを‘公私混同’と言う!」
【第壱中学校・教室の窓際】  レイとカヲルに話し掛けられるシンジ。  「今日は第6回定期演奏会。シンジ君との二重奏、楽しみにしてるよ。」  「ちょっと待って。それ、今日なの?」
 *「今、今日って言っただろうが。」
 「私も聴きに行こうと思ってるの。碇くんの演奏も初めて見るし。」  「ろくに練習もしていないのに。」  「僕もだよ。気にするな。アマチュア主体の気楽な演奏会だから。」  「碇くんはチェロを弾くんでしょ。フォーマルな服装の中学生。重厚な弦楽器。嫉妬と野心の渦巻く演奏会場。二人の美少年。美しき友情……。」
 *「電波受信中か?」
 「綾波さんがそこまで楽しみにしているなんて。」  「シンジ君、演奏会場で待っているよ。」 【第壱中学校・教室】  「例えば、アスカも一緒に演奏会来るのはどうかな?」  「あの子も来るんでしょ?」  「綾波さんの事?」  「私、行かない。」  「席を離れて座るとか。」  「二人で夜明けを迎える、滅多にないチャンスなのに。」  「うーん……どうしよう……。」 【第壱中学校・音楽室】  「実は、まだ迷っているんだ。」  「素晴らしい演奏会場だよ。君の服も用意してある。」  「僕の服も?どんな会場なの?」  「澄んだ水をたたえた中庭を見ながら、木製の扉を開く。適度に調節された空気。葡萄酒色の絨毯。ガラスの壁から降り注ぐ太陽。客席の扉は既に開かれており、音を跳ね返す構造の壁が幾重にも組まれている……。」  「ベルベットの客席。イタリアのオルゴールのような舞台。碇くんの息遣い。客席から見守る私……。」  「綾波さん、そこにいたの?」  「演奏会、行くよね。」  「そうだね……。」 【第壱中学校・教室】  「カヲル君が誘ってくれたんだ。二人で演奏する事に価値があると思う。アスカとはいつでも会えるけど、演奏会は今日だけだから。」  「私と過ごす時間の方が、何倍も価値があるのよ!」  「今日、一日だけだってば!」  「女として夜明けを迎えたいの!」  顔を両手で覆って涙を見られまいとしながらも懇願するアスカ。  「教室のみんなが見ているよ……。」  アスカのオーバーな仕草に引くシンジ。  「心もカラダも奪われて、もう引き返せないのよ……。」
 *「問題発言だな。」