それは、良く晴れた満月の夜だった。 シンジがウォークマンで音楽を聴きながら月を見ていると、その前を数機の戦自のVTOLが横切り、市街の方へ飛んで行った。 その頃、第三新東京市市街では人々が逃げ惑う中、高層ビルの一面を覆うガラスに謎の物体が映っていた。 そして、爆発音と共に、VTOL隊は全滅した。 翌日、シンジ、トウジと共に登校するケンスケは興奮していた。 「シンジ、昨日の夜の爆発事件、見たか!?感動モンだったよな!!」 「相変わらずやのう、お前は。」 市街では多くの被害が出ているというのに喜んでいるケンスケを見てトウジは呆れる。 と、三人の歩く道端に何やら立ち入り禁止にされた一角が現れた。歩道のタイルはグシャグシャになり、地面には妙に鋭角な形の陥没ができており、中の土が見えていた。 「何やこれ?」 「さあ……?」 すると、三人の後ろを歩いていたアスカが立ち入り禁止の文字を無視してその一角に入った。 「こんなに明確な物的証拠がありながら、未だに謎の移動物体とは、この国の治安は一体どうなっているのでしょうか!?」 政府の治安体制を馬鹿にした口調で演説するアスカ。 「この街を守っているのはネルフだろ。」 「勝手に中に入るとおまわりさんに叱られるで。」 「早く行かないと遅刻するよ。」 三人はアスカに取り合わず、学校へ向かう。 「あ、ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」 慌ててアスカも三人の後を追った。 だが、誰も居なくなったその一角にやってきた何者かは、堂々とその状況をカメラで撮影していた。 朝のホームルームのチャイムが鳴り、2−A委員長のヒカリの「起立・礼・着席」の号令がかかる。 「お早うございます。早速ですが今日は転校生がいます。霧島さん、どうぞ。」 担任の老教師が入り口の引き戸を開き、転校生を招き入れた。ショートカットの女子生徒が入ってきて、思わず男子生徒達が驚きの声を上げる。 「霧島マナです。よろしくお願いします。」 「よろしゅう!」 トウジの挨拶返しでクラスに笑いが広がった。 「はい、よろしく。霧島さんの席は…碇くんの横に座って下さい。」 担任の老教師はシンジの隣が空席であるのを見つけてそこを指定した。 「碇くん、教科書を見せてやって下さい。」 「あ、はい。」 マナはその声で自分の座る席を見つけ、そこにやってきた。 「碇くん…ね?よろしく。」 「こちらこそ。」 にっこりと微笑みかけたマナにシンジも笑顔で応えた。するとそれを見ていた周りの男子生徒達がヒューヒューと茶化した。それを見て、何故かアスカはムッとしていた。 一時間目の終了後の休み時間。 「担任の先生が優しそうで、私、安心しちゃった。」 「渾名は寝部川っていうんだ。」 「えっ?何で?」 「授業を聞けばわかるよ。」 「ふふっ、何だか楽しみ〜。あ、そうだ。碇くん、よかったらこの学校の中、案内してくれる?」 「いいよ。じゃあ、昼休みに。」 「うん。」 「来た早々、話が弾んでるのね。幼馴染かしら?」 笑顔で会話するシンジとマナを見ていたアスカはどこと無く嫌味っぽく訊いてきた。どうやら、シンジがモテているのが気に食わないらしい。 「たまたま話が合っただけだよ。」 「フン。どうかしらね……。」 アスカはチラッとマナを見るとそのまま自分の席に戻った。 昼休み。昼食を終えたシンジとマナは屋上に来ていた。 「綺麗ね…。」 「第三新東京市、別名<使徒迎撃専用要塞都市>って言うんだ。」 「違う。山よ。」 「山…。」 「ビルの向こうの山、緑が残ってる。」 「ああ……風景なんて、ゆっくり見た事も無かったよ。この街に来てから、結構大変だったし……。」 「碇くん、エヴァンゲリオンのパイロットだもんね…。」 「何で知ってるの?」 思わずシンジは外の景色からマナの横顔へ視線を移した。 「トイレに行った時、他の人が教えてくれたの。さっきの人、惣流さんだっけ?あと、綾波さんって人もそうなんだってね。」 「うん。」 「私ね…生き残った人間なのに何も出来ないのが悔しい…碇くん達が羨ましいのよ。」 マナは何故か何となく寂しそうな顔になった。 と、そこにアスカが駆け込んできた。 「シンジ!ネルフ本部に行くわよ!」 「え、もう?」 毎日の実験は放課後に行われる事になっているのだが…。 「緊急の呼出みたいよ。私、先に行くからね。」 それだけ言ってアスカはすぐに戻って行った。 「ごめん、霧島さん。僕も行かなきゃ。」 「うん、わかった。」 「それじゃ。」 「頑張ってねー。」 マナは笑顔で手を振ってシンジを見送った。 芦ノ湖の辺に立つエヴァ初号機。目下には、周遊道路が分断されて地肌を晒しており、何か巨大な物体が通過したであろうという事が見て取れる。 『謎の移動物体は水中に逃げ込んでいるらしいわ。』 「潜りますか?」 『その必要は無いわ。ここから先は日本政府の管轄だから、私達とは無関係になるの。』 「わかりました。」 『スパイですよ、葛城三佐!』 ミサトとシンジの通信に、緊迫した声で日向が割り込んできた。 『状況を報告して。』 『上空10000mに偵察機がいます。』 『ゆっくりしてられないわね。シンジくん、ご苦労様。帰るわよ。』 「はい。」 翌日の4時間目の家庭科は調理実習で、課題はいもの煮転がし、ホウレンソウのソテー、目玉焼き。 「へぇ〜、碇くん、料理上手ね。」 シンジとマナは同じ班になり、マナはシンジの見事な包丁裁きに感嘆の声を漏らした。 「いつも家で作っているからね。そっちも手伝おうか?」 「ううん、いい。自分でやらないと上達しないもんね。」 「手助けが必要なら何でも言ってよ。」 「ありがとう。」 「よぉシンジ。霧島とえらい仲ええやんか。そういうのはどんどんやれ、惣流がヤキモチ焼いてええ気味や。」 二人の様子を見ていた隣の班のトウジが茶々を入れた。だがその直後、トウジの後頭部にアスカの持っていたフライパンの一撃が炸裂した。 「…ったく、痛いなぁ、こんボケェ!」 「誰のおかげで地球の平和が守られてると思ってんのよ!!」 「シンジを盗られて悔しいんやろが!」 「あたしがこんなガキに興味あると思ってんの!?」 「ガキって、アスカだって同い年じゃないか。」 「シンジもエヴァのパイロットなんだから、女とデレデレするのは禁止!!」 「禁止って……。」 自分の事は棚に上げて勝手な事を言うアスカにシンジは絶句。 「そうやシンジ!AもBもCも禁止や!」 「もっとも、キスぐらいはしてるでしょうけど?」 トウジvsアスカの口喧嘩だったのが、いつのまにか二人の標的はシンジ&マナになっている。 「やめて下さい!私、そんなんじゃありません!」 「じゃあ、何でいつもシンジにベタベタなのよ!?」 アスカがそういった途端、周囲もヒューヒューと囃し立てた。 「…私、帰る!」 「霧島さん!」 恥ずかしさに俯いてしまっていたマナはそれだけ言うと、シンジの声も聞き捨てて調理実習室を出て行ってしまった。 「アスカ!何て事言うんだよ!」 「何よ!元はと言えば、鈴原のせいでしょ!!」 「何でや!」 「最初にあんたが下らない事言ったんじゃない!」 「シンジがこれ見よがしに霧島とベタベタしおったからや!」 「ベタベタなんてしてないじゃないか!」 今度はシンジvsアスカvsトウジの三つ巴の口喧嘩が始まった。こうなったらこの騒ぎを収拾できるのは只一人。 「三人ともやめなさい!今は授業中よ!」 「イインチョ、そんな怖い顔して怒らんでも…。」 鬼委員長・ヒカリの一喝にトウジは顔を引き攣らせた。続いてヒカリの矛先はシンジの方に向いた。 「碇くん、追い掛けて!」 「えっ?」 「女の子、泣かしたのよ!責任取りなさいよ!」 「その必要は無いわ。」 と、そこにレイが割り込んできたので、シンジ達一同どころか調理実習室に居た者は皆、絶句した。 「彼女、泣いてなんかいなかったもの。」 ……………………………………………………………………………………………………………………誰かがどこかでずっこける音がした。 それはともかく、シンジはマナを探しに調理実習室を後にした。 “霧島さん、どこにいるんだろう…。” 2−A、図書室、屋上、その他いろいろと探したが、マナの姿は何処にも無い。 “まさか、本当に帰っちゃったのかな?” シンジはそう思って昇降口にやってきた。その時。 「シンジくん。」 誰かがシンジを呼び止めた。その声の持ち主は髪をポニーテールにした、三年の女子生徒だった。 「あ、真辺先輩。今頃登校ですか?」 「シンジくんこそ、そんなに慌ててどうしたの?」 「そうだ!真辺先輩、亜麻色のショートカットの女子を見ませんでしたか?」 「二年生のコ?」 「見たんですか?」 「ええ。昇降口を出て左の方へ行ったわ。」 質問合戦はようやく終わり、シンジは貴重な情報を得た。 「有難う御座いました!」 シンジは礼を言うや否や、すぐに靴を履き替えて校舎の外へ出て行った。 「何か面白そうなネタになりそう。」 彼女の名は真辺クミ。シンジが唯一知っている三年生であり、面倒見がいいのでシンジの他にトウジやケンスケにも慕われている女子生徒である。 マナは校庭の隅にある小池の傍に佇んで水面をじっと見ていた。 「霧島さん。」 「碇くん…追いかけてきてくれたんだ…。」 振り向いた先にシンジがいるのを見て、マナは嬉しくなって笑みを見せた。 「良かった…帰っちゃったかと思ったよ。」 「ごめんね、心配させちゃって。」 「アスカの言う事は気にしなくていいよ。実験と訓練続きで、イライラして怒りっぽいんだから。」 「実験?」 「エヴァっていうのは、人が乗って操縦するんだけど、それは……こう……自分の手足がそのままくっついている様な……そういう調整の実験なんだ。」 「へーえ、操縦桿とか、ペダルとかは無いの?」 「心で“歩け”って念じると、エヴァも歩き出す仕組みなんだ。」 「それって、難しい事なの?」 「…こんな事に興味あるんだ…。」 シンジが不思議そうな顔をすると、マナははにかんで答えた。 「ロボットが好きな女の子って変かな?」 「えっ?いや、別にそうは思わないけど。だって、エヴァのパイロットって最初は女の子だけだったんだよ。」 「惣流さん?」 「最初は綾波だけ。その後、僕が来て、アスカが来たのは三番目。」 「そうなんだ。威張ってるから、惣流さんが一番目と思っちゃった。」 「一番威張ってるのは確かにアスカだけどね。」 そう言って二人は笑い合った。 その頃、悪戦苦闘して作った焦げ焦げの目玉焼きを食べようとしていたアスカは、味を誤魔化そうと振りかけた胡椒のせいでくしゃみをしていた。 「シンジくん♪」 シンジがマナと仲良く下校していると、コンビニの前に停車していたアルピーヌ・ルノーA310の中からミサトが声を掛けてきた。 「ミサトさん。どうしたんですか、こんなところで?」 「チョッチ、お買い物♪その娘はお友達?」 「初めまして、霧島マナです。」 マナは礼儀正しくちょこんと頭を下げて自己紹介した。 「初めまして、私は葛城ミサトっていうの。よろしくねん。」 「僕は、ミサトさん家に同居させて貰っているんだ。」 シンジは自分がこの妙齢の美女と名前で呼び合う理由を説明した。 「よかったら、遊びにおいでよ。」 「はい!」 優しそうな笑顔のミサトのお誘いにマナも笑顔で答える。 「おまちどう。」 そこに、ポテチやら何やらお菓子で一杯の袋を抱えた加持がコンビニから出てきた。 「加持さん。」 「そんなに一杯買い込んでどうする気?」 「発令所のみんなが食うだろう?」 「コンピューターにポテトチップが入ったらどうするのよ!?」 「コンピューターだって腹は空くさ。よう、シンジくん。可愛い娘じゃないか。」 ミサトのツッコミにボケで答えた加持は、傍らのシンジが見知らぬ女の子を連れているのを見て声を掛けた。 「初めまして……。」 「ダメよ、こんな男と話したら。」 マナが加持にも挨拶しようとすると、慌ててミサトが口を挟んだ。 「中学生にまで手を出して…ほら、行くわよ!」 「何だよ、挨拶ぐらい…名前も訊いてないぞ。」 「急いでいるんだから!」 ミサトは加持を愛車に乗せるや否や、すぐに発進していった。 夕食後、どこからかホワイトボードを持ち出してきたアスカはシンジ、ミサト、レイのたった三人の前で大演説を開始した。ちなみにホワイトボードにはシンジ、アスカ、レイ、ミサト、リツコ、ゲンドウ、加持、さらにマナと巨悪のイラストが描かれてあるが、自分と加持だけは可愛く或いはカッコ良く描いているものの、他のネルフ側メンバーはいい加減なタッチで、シンジはまるで某ピーナッツに出てくるチャーリー少年、さらにマナは剥き出しの歯に頭に角を持つロボットかアンドロイド、巨悪に至ってはまるで某ヤッターマンの悪の親玉ドクロベエのようだった。 「霧島マナはスパイよ!」 「何でだよ!?」 「霧島さんって、シンちゃんのコレでしょ?」 ミサトは左手の小指を立ててニンマリとした。 「また、ミサトさんはそんな事…。」 シンジは呆れてミサトから顔を背けた。 「転校生なんだってね。」 「そこよ!あの、謎の移動物体が暴れた翌日転校してきて、何か満たされないシンジに、『私を貴方の女にしてェ。』とか何とか言って接近。これはもう、エヴァ初号機のパイロットであるシンジからエヴァの秘密を聞き出そうと企んでるに違いないわ!」 「違う!」 アスカのあまりに憶測ばかりの暴論にシンジは即座に否定するが。 「面白そうね〜。今度、家に連れて来なさいよ、お姉さんが見てあげるわ。」 ミサトはふざけ半分で、いい加減な提案をする。 「ぼ、僕は、そんなつもりじゃ…。」 「シンちゃん、照れてんの〜。」 シンジの反応が可愛くてミサトは喜色満面。所詮、エビチュの入ったミサトに真面目な話を期待するのが無理という物だった。 「甘い!あの女に絶対防衛線を突破された日こそ、地球最後の日となるのよ!」 だが、アスカは変な使命感?に燃え、シンジに指を突き付けて演説を続行。 「…そんないい加減な事ばっかり言うアスカなんて…嫌いだ。」 「碇くん、大丈夫。」 レイはシンジを励ますように言った。 「綾波…。」 「強羅絶対防衛線は今まで使徒に何度も突破されたけど、私達は勝ってきたわ。」 ……………………………………………………………………………………………………論点のずれたレイの言葉に一同は目が点になった。 結局、結論は出ずにその場はお開きとなり、アスカはとっとと自室にお篭り、シンジはレイを途中まで送る事にした。 「アスカは何で霧島さんの事をあんなに毛嫌いするのかな……綾波はどう思う?」 「知らない。」 「…冷たいね…。」 レイの素っ気無い返事にシンジは思わず呟いてしまった。が、レイはそれに反応して言葉を続けた。 「碇くん、大事な事を忘れてる。」 「何が?」 「碇司令から課せられた、任務を遂行する事。」 「父さん…。」 その夜、シンジはなかなか寝付けなかった。 出撃。 シンジは父、ゲンドウとのやり取りを回想していた。 “父さんが僕に話す時は、いつも命令だもんな…エヴァのパイロット、碇シンジの心のトラブルなんて関係ないんだ…。” シンジ。拒否は許さん。出撃だ。 それは、初めてシンジが第三新東京市に来た日の事。その後日、第壱中に転入したシンジは事件の後にやってきた為に、エヴァのパイロットでは?との憶測が2−Aに飛び交っていた事を後でケンスケから聞かされた。 “…霧島さんも、事件の後に…やっぱり、アスカの言うとおりスパイなのか?…いや、そんな筈は…。” 翌日の昼休み、シンジは新聞部の部室にクミを訊ねた。クミは昼食を取りながらパソコンで原稿を纏めていた。 「話って?」 「霧島さんの事なんですが…。」 「ああ、例の転校生ね。」 「…そんな事、言いましたっけ?」 すると、データを保存し終えたクミは振り向いて答えた。 「此間の事件の翌日に転校してきたコでしょう。噂話もちらほらと…。」 「どんな噂ですか!?」 シンジは思わず身を乗り出した。 「それについて相談に来たんじゃないの?」 「あ、そうだった…実は…アスカが霧島さんをスパイだって目の仇にして…何の証拠も無いのに…。」 「ふーん…まあ、確かに証拠は無いけど、疑う理由は有るわね。」 「理由?」 「そう。まず、さっきも言った彼女が転校してきたタイミング、というのはこっちに置いといて、もう一つ、これはアスカちゃんだからこそ感じる警戒心。」 「アスカだからこそ…?」 「何だかよくわからない敵が襲ってくるこの街に来た事。そしてすぐ、シンジくんと仲良くなった事。そしてシンジくんはエヴァンゲリオンのパイロットである事。」 「そんな…仲良くなった、ってそれは彼女の席がたまたま僕の隣になったからです。それに転校生に親切にするのは当然じゃないですか。」 「そうね。偶然と当然な事なのにそれでも万が一を疑う…エヴァンゲリオンのパイロットである彼女のPrideからそれも当然な事。逆に言えば、シンジくんはエヴァンゲリオンのパイロットである事に誇りを持ってないのね。」 確かにそうだ。シンジはエヴァのパイロットになって嬉しいと思った事は無い。トウジやケンスケに羨ましがられても、優越感を感じた事も無い。流されるままという訳ではないが、やらなければならないという責任感があるだけだ。 「…それじゃ、エヴァのパイロットだったら、自分に近づく人を疑うのは当然、と言うんですか?」 「そこで、さっきこっちに置いといた、転校してきたタイミングが重要になる訳。彼女がシンジくんの前に現われたのは事件の翌日。これは本当に偶然かしら?」 「偶然ですよ!」 「証拠は?」 「……。」 シンジはクミのマナへの疑問をすぐに否定したが、すぐに何の証拠も無い事に気付いて言葉を失った。 「偶然か必然かは、今のところ判らない。引っ越してきた理由は親の転勤かもしれないし、シンジくんに近づく為かもしれない。転入日は予定どおりかもしれないけれど、例の事件は想定外かもしれない。」 「真辺先輩はどう考えてるんですか?」 「ジャーナリストを目指す者は、どんな事象にも先入観を持って臨んではいけないのよ。私にはなんとも言えない。」 「そうですか…僕は…どうすればいいんですか?…もし、霧島さんが本当にスパイだったとしたら、僕は彼女に逢わない方がいいんですよね…。」 シンジは俯いてしまった。クミなら、何かヒントをくれると思っていたのだが。 「確かめてみたら?」 「えっ?」 別に特別な言葉でもなんでもない。でも、シンジはハッとして顔を上げた。 「真実は自分の目で確かめなければならない。」 「!」 シンジは前にも同じような事を言われたような気がした。 「勇気を出して、霧島さんと話しておいで。」 「…はい。」 シンジはマナを探しに新聞部室を後にした。 「アスカちゃんが警戒する理由はもう一つあったけど…色恋は本人の自覚が一番大事だし、言わなくてもいいか。」 クミは再びパソコンに向き直ってキーボードを叩き始めた。 シンジは図書室でマナを見つけた。 「霧島さん。」 「あ、碇くん。」 「何読んでるの?」 「これ。」 マナがシンジに見せたのは地図帳で、見ていたページは芦ノ湖だった。 「芦ノ湖って意外と大きいんだね。」 「四方を山で囲まれた、全長6kmの自然湖なんだ。」 「この周遊線って何?」 「ああ、海賊船で芦ノ湖を遊覧するんだ。」 「へーえ、海賊船なんてあるんだ。乗ってみたいな。」 何故かマナは地図から目を上げ、上目遣いにシンジを見た。 「…今度の日曜日、晴れなんだって…だから…一緒に行かない?」 「連れてってくれるの?嬉しい!」 マナは飛びっきりの笑顔になった。 「じゃあ、待ち合わせの時間と場所、調べて連絡するよ。」 「それじゃ、私は二人分のお弁当持ってくる。」 「楽しみにしてるよ。」 「うん。期待してて。」 と、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴り出した。二人は一緒に2−Aに戻った。 その夜、シンジが電話を架けていると、部屋の中をうろつきながらそれをちらちらと見ているアスカの姿があった。 『はい、霧島ですが。』 「碇です。」 『碇くん!?なーに?』 「今度の日曜日、行く所を考えたんだけど。」 『聞かせて。』 「うん。最初に海賊船で芦ノ湖一周してから、駒ケ岳へ昇って、最後に湯本温泉街でウィンドウ・ショッピングするんだ。どうかな?」 が、それについてマナの返事が無い。 「…もしもし?聞いてる?」 『…嬉しい。』 「待ち合わせは、第三新東京駅の銀の鈴で、午前10時。いいかな?」 『うん、楽しみに待ってる。…これは、二人だけの秘密だからね。』 「うん、わかったよ。…じゃ、また明日学校で。」 『うん。おやすみなさい。』 「すっかりプレイボーイ気取りね。」 シンジが電話を切るや否や、すぐにアスカが絡んできた。 「ち、違うよ。」 「全国1000万人のシンジファン号泣ってか?」 「だから、そんなんじゃないって…。」 「ま、せいぜい夢を見てるがいいわ。お休み。」 言うだけ言って、アスカはジェリコの壁を築いてしまった。 そして、日曜日がやってきた。 待ち合わせ場所の銀の鈴の前に佇むシンジ。そしてその足元には何故かペンペンもいた。 実は、シンジが出掛ける準備をしている時に「温泉に入るかもしれないからタオルも用意しておこう。」といったのを聞いてついて来て しまったのだ。 「碇くん、お早う。待った?」 「あ、ううん、今来たところ。」 「クワワッ。」 「わあ、可愛いペンギン。」 マナはしゃがみこむとペンペンの両脇を持って持ち上げた。 「ミサトさんのペットで、名前はペンペンって言うんだ。何故かついて来ちゃって…。一緒に連れてってもいい?」 「うん。よろしく、ペンペン。」 「クワァ〜。」 ペンペンは何となく照れているようだ。 「じゃ、行きましょうか。」 「うん。」 芦ノ湖までバスで20分。そこから二人はまず海賊船に乗った。 「これが海賊船か。実は僕も乗るの初めてなんだ。」 「えっ?どうして?」 「僕も三ヶ月前に引っ越してきたんだ。それ以来、エヴァで戦ったり実験だったり、何かいろいろと忙しくて、遠くに出かけようって気にならなかったんだ。」 「大変だったんだね。」 「今はパイロットも三人いるから少しは気も楽になったんだけどね。」 「じゃあ、シンジくんが此処に来れたのは惣流さんのおかげでもあるんだね。」 二人の間に笑いが広がった。その頃、話題となったアスカは部屋でくしゃみをしていた…かどうかは定かではない。 芦ノ湖遊覧が終わると、二人はロープウェイで駒ケ岳山頂の展望台に昇った。 「湖、綺麗だね。」 二人は展望台に置いてあるテーブルに腰を据えた。 「…ねえ、碇くんの事、名前で呼んでいい?碇くんも、私の事、名前で呼んでいいから。」 「?」 「惣流さんとは名前で呼び合ってるでしょ?」 「そう…だけど…。」 それは、第七番目の[使徒]を倒す為にユニゾン特訓をして以来、自然にそうなっていたのだ。 「…ダメ?」 マナの縋るような眼差しにシンジは思わず返事をしてしまう。 「い、いいよ。」 「ホント!よかったぁ。じゃあ、お返しにいいものあげる。」 「いいもの?」 「ちょっと目を瞑っててくれる?」 「う、うん…。」 マナの手が背後からシンジの首筋に触れる。何か細い物が首の周りに止められた。 「もう、いいよ。」 「え、これ…。」 シンジの首には、赤いルビーのような石の付いたペンダントが掛かっていた。 「シンジくんの誕生石はルビーなんだって。」 「ルビー!?」 シンジは慌てた。ルビーでこんな大きいものならとんでもない値段の筈。 「そんな高い物、受け取れない…。」 「だから高くて買うのは無理だから、それはガラスなの。」 「あ、ガラス…。」 「ふふっ、焦った?」 「ちょっと…。」 マナは笑顔だが、シンジは苦笑い。 「それじゃ、お弁当食べよう。」 マナはバスケットからお弁当を取り出した。 「霧島さんの手料理か。楽しみだな。」 すると、マナは一旦開けた蓋をすぐに閉じてしまった。 「?」 「違う。」 「何が?」 「私がシンジくんって呼んでるのに、何でマナって呼んでくれないの?」 「え…えっと…それは…。」 言葉に詰まるシンジ。アスカとは名前で呼び合ってるが、それはエヴァのパイロットとして任務上必要だからと考えていた為で、こういったシチュエーションで考えればそれはまるで恋人同士のようで、何となく恥ずかしかった。 「呼んでくれないと、お弁当お預けね。」 「ま、待ってよ、今、心の準備するから…。」 「はい。」 「…………マ、ナ……。」 「…もっと大きい声で言って…。」 「…マナ…。」 「何、シンジくん?」 「マナ…お弁当、食べたいな。」 「うん!」 マナは弁当箱の蓋を開けた。中はサンドイッチとおにぎり、おかずがいろいろだった。 それから二人は昼食を取りながら談笑し、しばらくの間そこで過ごした後、湯本温泉街に向かった。 土産などを見てウィンドウショッピングを楽しんでいた二人だったが、温泉が近いとあってペンペンは気も漫ろ。 「クワッ、クワッ。」 「どうしたの、ペンペン?」 「きっと温泉に入りたいって言ってるんじゃないかな?」 「シンジくん、ペンペンの言葉がわかるの?」 「違うよ。ペンペンはね、温泉が大好きなんだ。」 「えっ?だって、ペンギンなのに?」 「ミサトさんの話によると、温泉ペンギンっていう新種らしいよ。まあ、寝る時は冷蔵庫の中だけど。」 「へーえ。あ、そう言えば一年中夏みたいなのに全然平気だもんね。」 「クワッ、クワッ。」 「ね、私達も温泉入ろっか?」 「えっ?…いいの?…。」 マナはちょっと顔を赤らめて無言で肯いた。 二人が入った温泉にはちょうど他の客はいなかったが、何と混浴だった。 ペンペンが周りを気持ちよくスイスイと泳ぎまわる中、シンジとマナは背中合わせになって湯に浸かっていた。 二人はちょっと気恥ずかしいのか、何も話せないでいた。 シンジは何か話題を見つけようとしていたが、何も浮かばなかった。ただ、訊きたかったけどまだ口に出せない言葉はあった。それを言ったら、もしかしたらマナとの仲が悪くなりそうなので怖かったのだ。が。 勇気を出して、霧島さんと話しておいで。 クミの言葉をふと思い出したシンジは決心した。 「…マナは…。」 「何?」 「…どうしてこの街に来たの?」 「シンジくんは?」 逆にマナが訊き返してきた。 「僕は…エヴァのパイロットになる為に呼ばれて来た。尤も、父さんからエヴァに乗れって言われたのは、こっちに来てからだけどね。」 「シンジくんのお父さん?」 「うん。ネルフの総司令。」 「それって、ロボットアニメの王道だね。」 「うん。でも、今の学校に転校したのは、エヴァで戦った後だったんだ。だけど、僕は黙ってた。」 「うんうん、なんか、そう言う事って秘密にしておいたほうがカッコイイもんね。」 「そういうつもりじゃなかったけど…だから、転校してきたタイミングからして、僕がエヴァのパイロットじゃないかって、クラスのみんなは思っていたんだって。」 「先に転校していたら、そこまでバレバレじゃなかったかもしれないね。」 「うん。タイミングって、大事だね。……それで……マナは……。」 「私は……あの事件とは無関係よ。引っ越してきたのは事件の前の日だったし、転入届を出しに行ったのは事件の日の午前中。引っ越してきた理由だって、お父さんの転勤だもの。」 「…そう…。」 「…シンジくん…私を信じてくれないの?」 マナの両手がシンジの肩に置かれた。 “!” シンジの背中に二つの柔らかい物が触れた。 「…シンジくんが信じてくれるなら…こっちを向いてもいいよ…。」 まさかの展開にシンジはあっという間に茹蛸状態になった。 「し、信じるよ!信じるから、僕、先に上がるよっ!」 シンジは慌てて湯から出て脱衣所へ駆けて行った。 帰る時刻には既に陽は落ちていた。 第三新東京駅に戻るバスの最後尾の席に並んで座る二人。駅までは僅か20分の距離だ。 「シンジくんの手、硬いね…パイロットの手だね。」 マナがシンジの手を握ってきて、そう言った。 「マナの手は、柔らかい…。」 シンジもマナの手を握ってそう答えた。 「……今日は、とても楽しかった。」 「僕も……。」 「私のあげたペンダント、大切にしてね。」 「うん。」 そして、バスは終点に着き、二人は其々の家路に着いた。 “マナは、スパイなんかじゃない…。” シンジはそう思った。 だが、マナの証言の裏づけを確認していない事にシンジは気付いていなかった。 その頃、温泉では…。 「クワ?クワッ?クワ〜ッ!?」 いつの間にやらシンジ達がいない事に気付き、慌てふためくペンペンの姿があった。 帰宅途中でペンペンを温泉に忘れた事に気付いたシンジは、時間的に戻れなかった為、ミサトに連絡し、結局ペンペンはミサトの車で連れて帰ってもらった。 翌日、謎の移動物体が一機、発見された。 白糸の滝に激突していたそれは既に破損し、動く気配は無かったが、一応現場にはエヴァ弐号機が待機していた。 『戦自の司令部に、直接確認中。』 『放射線や有害物質の確認を至急お願いします。』 『甲は自らの重量で岩を踏み崩し、バランスを失い、花崗岩に激突。』 『謎の移動物体は新型のロボット兵器と思われます。』 次々と報告がネルフ本部に入ってくる。 「高速で移動中に崖を踏み崩し、そのまま岩盤に激突したようです。」 現場で指揮を取るミサト。 『生存者はいるのか?』 「胴体の中央に、人が入れるハッチのようなものがありますが。」 「許可は取ってある、ハッチの中を調べてくれないか。」 『はい、そうします。』 「くだらん。あんな物につき合ってる暇は無い筈だ。」 「無視する訳にはいかないだろう?すぐ終わるさ。」 苦言を呈するゲンドウを冬月が宥める。 『シンジ。シンジは居るか?』 待機室でジュースを飲みつつリラックスしていたシンジに、発令所からゲンドウの声が掛かった。 「はい。」 『待機の必要は無くなった。実験棟へ行け。テストの続きをしろ。』 「でも、ミサトさん、いえ、葛城三佐の指示を聞かないと…。」 『命令だ。』 「…はい。」 仕方なく、シンジはまずリツコの元に今日のテスト内容を訊きに行く事にした。 “父さんは、いつも勝手だ…。” などと思いつつも、シンジはリツコの私室に到着した。 「お早うございます。」 「あら、どうしたの、シンジくん。」 「え?あの、待機の必要は無くなったから、実験棟でテストの続きをやれって言われて、それで…。」 「テストも中止。」 「えっ?」 「予定変更よ。すぐ出掛けるから。」 ゲンドウに言われて移動する間、さらに状況が変わったらしい。 「何かあったんですか?」 「あのロボット兵器の中からパイロットが収容されたの。」 「パイロット?」 「シンジくんと同じ、中学生くらいの男の子ですって。」 「僕と同じ、中学生…。」 「とっても楽しみ…。それじゃ、行ってくるわね。」 妖しい笑みを見せつつ、リツコは鍵も掛けずに出て行った。 「…リツコさんって、時々怖い気がする…。」 それはさておき、シンジはパイロットの事が気になった。 “現場にいたアスカなら、何か知ってるかも。” そう考えたシンジは弐号機ケージでアスカの帰還を待った。 少しして、エヴァ弐号機は帰還した。 「お帰り、アスカ。」 「あれ、シンジ。待ってたの?」 「例のロボット兵器からパイロットが収容されたって聞いたんだけど…。」 「その収容先が聞いてオドロキ。戦略自衛隊病院なのよ。」 「ネルフの中央病院じゃないんだ。…あれ?でも、リツコさんが見てくるって…。」 何故、リツコがわざわざ戦略自衛隊病院にまで見に行くのか? 「あったま来るわねー、もう!私だってネルフの一員なんだから、秘密を教えてくれたっていいんじゃない?」 「秘密…。」 「ねえ、シンジ。これから戦略自衛隊病院へ行ってみない?その秘密を調べにさ。」 「わかった。行こう。」 二人は制服に着替えると、戦略自衛隊病院にやってきた。 「へーえ、意外と大きい病院なんだ。」 これがシンジの第一印象である。 「あんまり、入院したくない名前の病院ね…。」 アスカの第一印象はこれだった。 「どこにいるのかな?パイロットの名前もわからないし…。」 「受付に訊いても教えてくれない可能性が高いわね。」 「リツコさんの携帯に電話してみようか?」 「ダメよ。私達だけで秘密を探りに来たんでしょ。」 廊下を歩く二人。と、シンジが病院案内板で何か見つけた。 「ICUって何だっけ?」 「集中治療室よ…って、そこだわ!」 何か閃いたアスカがいきなり駆け出し、シンジも慌ててそれを追った。 が、ICUの入り口のドアには内側から鍵が掛かっており、中に入る事は出来なかった。 「ダメか…。」 ドアに耳を当てても、中の音声が聞える筈も無く、アスカは残念そうに呟いた。 「…家族とかは来てないみたいだね。」 「!それよ!」 「何が?」 シンジの何気ない言葉でアスカがまた何か閃いたようが、やはりシンジにはわからない。 「ドラマとかでさ、ICUの中の患者を外からガラス越しに家族が見守るシーンがあるじゃない。だから、この病院でもそんな場所が有るかもしれないわ。」 「そうか!」 二人は付近をぐるりと探索し、その上の階でようやく目的地を探し当てた。 「リツコさんがいる。」 ガラスの向こうの中のベッドには、確かに中学生くらいの少年が横たわっていた。その傍で、医者と何やら話をしているリツコがいた。 「彼が例のロボット兵器のパイロット?」 「多分そうよ。ロボット兵器には多数の精密なミサイル機器、100mmはある機関砲、物が掴めるような手も付いていたわ。私達ネルフの敵ね。」 「敵?…ネルフを襲う理由がわからないよ。」 「わからないの?エヴァの存在に決まってるでしょ。」 「何故?」 「エヴァはそうなのよ。」 「何がそうなの?」 「私がそうと言ったらそうなの!」 相変わらず自分の推論だけで話を進めるアスカ。 「本当は知らないんだ?」 「その少年がエヴァを潰そうとしたって、只それだけの事よ!」 シンジに図星を突かれてムキになるアスカ。と、そこに。 「そんな筈有りません。」 花束を持ったマナが現われた。 「マナ?どうして此処へ?」 「其処に横たわっている人は、私の友達です。」 「はは〜ん、成る程。霧島さんはそれが目的でシンジに近づいたって訳ね。私達を罠に陥れるつもりなんだ。」 「私はただ、お見舞いに来ただけです。」 「あんたがお見舞いに来たその少年は、エヴァ潰しの犯人よ!一体どういう関係?」 「それは…。」 マナは口篭った。 「シンジも気付かないなんておかしいわよ。転校してきた女の子がいきなりデートに誘われる訳無いじゃない!」 「……そうだったの?」 「違います!!」 シンジのか細い呟きを拒否するようにマナは断固として否定した。 「シンジのバカ!殺されたって知らないから!」 それだけ言い残してアスカは帰っていった。 「……シンジくんは、私の事、信じてくれるよね?」 「とにかく、ここにいるのはまずいよ。誰かに見張られていたら、犯人扱いされるかも。」 マナの問い掛けをわざと無視するように別の事を話し、シンジはマナとともに一先ず屋上に行った。 「…あの少年は誰?」 「私の…友達。」 「だから、何故ロボット兵器のパイロットなんか…。」 「シンジくんは気にしなくていいの。心配する事なんて何も無いのよ。」 マナの口調は焦り気味で、シンジに疑念を抱かせるには十分だった。 と、その時、何者かの靴音が聞えた。 「誰!?」 「いい雰囲気のところ、邪魔しちゃったかな?」 身構えた二人の前に現われたのは加持だった。 「加持さん?何故此処に?」 「驚かして悪かった。ロボット騒ぎの少年の件でちょっと呼ばれたんだ。相手が人間の作ったロボットだけに厄介なんでね。」 前にもJA潰しで暗躍した加持である。今回の件もうってつきと言えよう。 「あの少年が…マナの友達なんです。」 「そうか…状況は不利だな。」 「…みんな…私のせいかもしれない…。」 マナは今にも泣きそうな声で呟いた。 「ねえ…どういう事?」 シンジが思わず問い掛けるが、加持がそれを遮るように口を挟んだ。 「落ち着いて。これから俺の言う事をよく聞くんだ。まず、俺にはこれ以上何も話すな。」 何か言えば、もしかしたら情報漏洩などの罪になるかもしれない。 「次に早くこの病院から出るんだ。それから普通に生活してればいい。ただし、君はもうこの病院に来てはダメだぞ。」 何処に誰の監視の目が有るか判らない。無用の詮索を受けるような行為は慎むべきだ。 「はい。」 マナは素直に肯いた。 「シンジくん。彼女を守ってやれよ。」 「でも…。」 「何も言うな。早く彼女を外へ。」 シンジは無言で肯き、マナとともに病院を出た。 少し離れた所にあった公園のベンチに座るシンジとマナ。近づく夕暮れが二人を赤く染めようとしている。 「マナの秘密…知りたい…。」 「シンジくんには、関係無い。」 ぽつんと切り出したシンジに、マナは冷たく返した。 「…関係無くはないと思うけど。」 「知っちゃいけないのよ。」 「何で?」 「シンジくんがそれを知れば、私達はもう二度と会えなくなる。」 「…誰にも話さないって、約束する。」 が、マナは押し黙ってしまった。それ以上、説得の言葉を思いつかなかったシンジは諦めた。 「わかったよ。もう、訊かない。…マナには、マナの秘密があるんだよね。」 「…勝手な女の子で、ごめんね…。」 その夜。シンジはマナの事で思い悩んでなかなか眠れなかった。 “僕が秘密を知らなければ、それで済むんだ。でも…もしその秘密が、ネルフやエヴァにとって重大な事だったら…それは、アスカや綾波や、ミサトさん、リツコさん、みんなを裏切る事になるんだ…。” シンジくんが一生懸命やっていると、僕達も頑張らなくちゃと思うよ。 ネルフが活気付いたのも、シンジくんのお陰だもんな。 シンジくん、偉いわ。頑張ってね。 シンジくん。君のお父さんは、君が来てくれた事を誇りにしているよ。 日向、青葉、伊吹、冬月の優しい言葉が思い出される。 “父さん…。” シンジ。下らん事で電話をするな。 だが、ゲンドウの言葉で思い出したのは辛いものばかり…。 “父さんには…僕の気持ちはわからないよ…。” 後編に続く