ネルフ総司令碇ゲンドウはそのときネルフ本部食堂の食券販売機前で、千円札を握り締め立ち尽くしていた。 (…何故…私はここにいるのだ) 彼は呆然としていた。 彼の後ろには食券を求める職員が列を成していた。 普通であれば、昼飯時にこんな長々と自販機前で立ちんぼしていれば、色々と文句を言われて当然である。 だが彼は痩せても枯れても…痩せてはいても枯れてはいないかもしれない…鬼のネルフ総司令である。 彼に文句を言えるネルフ職員など副司令冬月コウゾウ以外に居はしないのだ。 …冬月は充分枯れているかもしれない。 (…サードインパクトは起きた。…私はあの赤いL.C.L.の世界でたゆたっていたはずではないのか。…そうだ、あのとき…) ゲンドウはあの赤い世界で最後に考えた事を思い出していた。 (…そうだ。私は思った。シンジにすまない事をした、と。それが心残りだったからだ) ゲンドウは深く考え込んだ。 彼の後ろでは食券を買いたいが、異様な威圧感を発する司令の後姿に気おされてどうにもできないでいる職員達が困り果てている。 (そして私はシンジの事を色々と考えた。葛城三佐と同居していたこと。家事が上手いこと。特に料理が上手いらしいこと…。そう、そこまで連想が及んだとき…) ゲンドウはいきなり振り向く。 後ろに並んでいた職員達は息を飲んだ。 ゲンドウの形相があまりにも恐ろしかったのである。 「…問題ない」 彼はいつもの台詞を呟くと、紙入れに千円札をしまい込みツカツカと立ち去る。 職員達は各々安堵のため息をついた。 ゲンドウは歩きながら呟く。 「そうだ…私は戻ってきたのだ。今この時に。…ふ、今度こそは…。そのために私は戻ってきたのだ」 そう、彼…ネルフ総司令碇ゲンドウは、サードインパクトの起こった未来から時を遡って戻ってきたのだ。 別に彼は失敗したシナリオを再びやり直すために時を遡ってきたわけではない。 計画に失敗したとは言え、彼はユイの幻影?と会えてはいる。 未練が全く無いとは言わないが、執着心はかつてほどではない。 今の彼の目的はそこには無かった。 (そう、シンジが料理が得意だという事実。そこから連想はこのネルフ本部の食堂へと移った。ここの業者はネルフの補助が出ているから食事代は安い。しかし味はよくて並。大半は不味い。そう、不味いのだ。それを思い出したとたん私は腹を立てた。そうだ、あの時はシナリオを実践することに夢中で気付かなかったが、ここの不味い食事は私の精神に強いストレスを与え続けていたのだ!おのれ…安さばかりを優先するからだ冬月め。いまに見ているがいい。食堂の業者、ドリンク自販機の業者、すべて入れ替えてくれる!) ゲンドウは途中の購買であんぱんと牛乳を買い込むとエレベータへ乗った。 あの不味い料理を食らうぐらいなら『好きな食べ物は、あんぱんだ!』になった方がマシらしい。 ネルフ総司令碇ゲンドウの再挑戦が今始まった。 食い物の恨みはおそろしい。 そう、おそろしいのだ。