「……嫌な天井……」

正面の天井に向かって、彼はなんとなく呟いてみた。


ただ、その小さな世界を…… 3


漆黒の空間、重い空気の漂うそこに6人の男が居る。

「使徒再来か。あまりに唐突だな」

「十五年前と同じだよ。災いは突然訪れるものだ」

「幸いとも言える。我々の先行投資が無駄にならなかった点においてはな」

「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」

と言ってその男は口元を歪めてゲンドウへ向いた。

「左様。もはや周知の事実になってしまった使徒の処置。情報操作、ネルフの運用は全て迅速かつ適切に行ってもらわないと困るよ」

「その件に関しては既に対処済みです。ご安心を」

会議の始まりから一度も表情を変えないゲンドウ。

「しかし碇君。ネルフとエヴァ、もう少しうまく使えんのかね」

「そうだ。だいたいあの初号機の能力は何だ?報告書には記されていなかったぞ」

「聞けばあのオモチャは君の息子に与えたそうではないか」

「少々イレギュラーが有っただけ。修正は容易です」

「まあ、いいだろう」

「だが君の任務はそれだけではあるまい。人類補完計画。これこそが君の急務だ」

彼らの手元のディスプレイには、その計画の中間報告書が表示されている。

「左様。これこそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだよ。我々のね」

「いずれにせよ。使徒再来による計画の遅延は認められん。予算については一考しよう」

正面のバイザーを着けた男がそう締めくくった。

「では、後は委員会の仕事だ」

「碇君。ご苦労だったな」

周りの4人が一足先に消える。

「碇……後戻りはできんぞ」

そう言い残してバイザーの男も消えた。

「わかっている。人類には時間がないのだ」

残された彼は闇の中、誰ともなしに呟いた。

 

 

 

 

ネルフ付属病院、そのとある病室

「………ねむい………でも腹も減った……」

カイが窓の外の景色を眺めながら呟いた。

時刻は午前1125分。

昼食にはやや早い時間である。

「一思いに寝るか……それとも飯まで我慢するか……」

眠そうでありながらも真剣に悩む様はかなり滑稽である。

「もういいや……寝よ……どうせ病院の飯は美味くないし……」

そんなに早く決まるなら最初から悩むな、と言いたくなる位の時間で結論を出し、ボフッと枕に頭を落とす、がすぐに再び身体を起こす。

「そうだ……一応寝る前に……」

鞄からノートとペンを取り出し何かを書いていく。

「これで良し……」

数分後、書き込みを終えたノートにペンを挟んで備え付けのチェストに置き、身体を横たえた。

間も無く寝息が聞こえ始めた。

その寝顔は、歳相応のあどけないものだった。

 

 

 

 

第三新東京市市内、使徒処理現場近くのプレハブ小屋

防護服に身を包んだミサトが団扇を片手に、リモコン片手にテレビを見ている。

『昨夜の第3新東京市での爆弾テロに対して政府は』

ピッ

『え〜ですから、その件につきましては、後日』

ピッ

『正式な発表を持って』

ピッ

『詳細を発表』

一通りチャンネルを変えてみたが映るものに大した変化は無い。

「発表はシナリオB−22……真実はまたしても闇の中、か」

電源を切り、独り言にしては大きい声で言った。

それを聞いていたリツコが、手に持ったボードから眼を離さず、手元の資料を捲りながら答える。

「広報部は喜んでたわよ。やっと仕事が出来たって」
「仕事ねぇ……」

釈然としない表情で呟き、手元にあった生ぬるい液体を口に含んだ。

 

 

 

 

午後155

「ふぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」

伸びをしながら盛大な欠伸をした。

碇シンジのお目覚めである。

寝ぼけ眼を擦りながら周りを見渡す。

と、見慣れたノートとメモが目に付いた。

まずノートを取り、ペンの挟まれていた最新のページを開く。

目を通していく内に蒼褪めたり、手が震えたりしていくが、最後まで目を通した。

そしてペンを取って、書き込む。

それが済むとノートを鞄に仕舞い、今度はメモを手にした。

『碇さんへ 寝ているようなので昼食は下げておきます。連絡して下さればもう一度お出しします』

だが、食欲はすでに失せてしまっていた。

 

 

 

「彼、目が覚めたみたいよ」

リツコは移動中のトラックで、隣に座るミサトに言った。

「……本当?」

あまり良い顔をせずに聞き返す。

「ええ、若干記憶に混乱が有るらしいけど「それって精神汚染!?」」

続きを慌てたミサトに遮られるが、既に慣れているのかリツコは嫌な顔一つしない。

「いいえ。解離性同一性障害、つまり多重人格者は、記憶はともかく知識を共有することがあるの」

ちなみに、シンジが共有するカイの知識は、脳に刻まれたものだけである。

つまり、前の世界で魂に刻まれ、この世界に持ってきた知識はカイだけのものなのだ。

「つまり……どういうこと?」

前半は真面目な顔で、後半は間抜けな顔を晒して言った。

そのギャップにリツコも溜息を吐く。

「彼は、自分が居る場所はネルフの病院だという事は分かっても、その経緯が分からないのよ」

「??それって変じゃない?アイツに変わったのはケイジでしょ?」

その言葉に、リツコが顔を引き締めた。

「実は、彼が言うにはこの街に来た時には既にカイ君が表に出てたの」

ミサトも事の異常さが分かり、厳しい顔をする。

「シンジ君を装っていたってこと?でもカイ君はシンジ君の仕草とか見れないじゃない」

「そう。それが最大の疑問。彼はどうやってシンジ君の情報を得たのか?主格が生み出したとはいえ、主格の全てを知っているわけではないわ。にも関らず、誰も気付かない程、完璧に装っていた。こんな事例はないわ。はっきり言って異常よ」

彼女らはそう言うが、カイにしてみれば簡単なことだった。

演技する対象はかつての自分。

しかも海での接触によって、他者から見たシンジも知っているのだ。

そしてノートによってシンジが何をし、どう感じたかを知り、演技を修正、補完するだけなのだ。

「異常といえば、初めて使徒を見た時も大して驚かなかったわね」

「諜報部に一から洗い直させてるけど、何かあるのは間違いなさそうね」

「シンジ君にも訊くの?」

「今は他にすることがあるから、落ち着いたらね」

「本人には?」

「無駄だったわ。最後には『教えてやっただけでもありがたく思え』なんてお言葉も貰ったわ。試しに貴方が訊いてみる?」

難しい話は終わり、といった風に笑みを浮かべた。

「やぁ〜よ。なんで私が……」

ぶすっとした顔になって頬杖を突き、窓の外に眼を向けるミサト。

「あなた、彼に心底嫌われているものね」

「……あんなこと言われちゃね〜……」

彼女の言葉を最後に、二人は別れるまで口を開かなかった。

 

 

 

 

サキエル殲滅後、ケイジにて

ミサトとリツコが頑丈そうなドアから現れ、カイの方に歩いてくる。

「何の用だ?おれは無能に用はないんだが」

そう言って不機嫌な顔をミサトに向ける。

「な!私が無能だって言うの!?」

そういってミサトが詰め寄るが、彼は視線の見下す色を濃くして言う。

「自覚していないのか?救い難いにも程があるな……まあ、サービスで教えてやろう」

ニヤリと笑みを浮かべて言い始める。

「あの指示はなんだ?敵の目の前で『歩け』なんて『死ね』と言ってるようなものだろう。歩いて欲しかったなら遠くに出すなりすればいい。実際、指示通り歩いてたら攻撃をまともに受けてたしな。だいたい何故お前が指示を出す?」

妖しい笑顔のまま一気に捲くし立てる彼に、ミサトが反論する。

「私は作戦部長なの!どうせあんたは素人なんでしょ!なら」

「お前の指示を聞いたほうがましだったと言うのか?冗談はよせ。いくらなんでも好き好んで自殺なんかするか」

真っ赤になって怒鳴りつけるミサトと、新しいおもちゃで遊ぶようなカイの二人は嫌でも周りの視線を集めていた。

「それから、そんなに従って欲しかったら真面目に仕事をするんだな」

「なんですって!?」

「そもそもなんで作戦部長が迎えに来るんだ?もともと戦わせるつもりだったんなら作戦ぐらい作ってろよ。戦自だかUNだか知らんが攻撃してたんだ。情報は十分集まっていた筈だ……仕事しろよ、無能が」

そこまで言われると我慢できなかったのか、ミサトが腕を振った。

それを簡単に掴まえるとさらに見下す色を濃くして言う。

「口で負けそうになると今度は手……子供か、お前は」

もう片方の腕を振り上げた時、やっとリツコが口を開いた。

「その辺で終わりになさい。見苦しいわよ」

そう言われて下ろされた腕は震え、その拳は血が滲むほど強く握られていた。

「まあ、お遊びはこの辺にしとくか。で、あんたは何の用だ?」

お互いミサトに一瞥をくれ、向き合う。

「単なる連絡よ。あなたには検査入院をしてもらうわ」

「何故だ?」

「エヴァに乗った影響を調べたいのと、いくつか質問があるからよ」

「分かった」

ミサトの時と比べるまでもなく穏やかな態度にリツコは少し安心していた。

「じゃあ案内するから着いて来て」

そう言って歩き出したリツコにカイが思い出したように声をかける。

「そうそう、荷物は病室に持って来ておいてくれ。くれぐれも漁るんじゃないぞ」

勿論、期待は欠片ほどもしていない。

「分かったわ」

二人がドアの先に姿を消し、後には整備員達と、彼らの冷たい視線を一身に浴びるミサトだけが残された。

 

 

 

 

「じゃあ、もう退院できるんですね」

先程まで幾度となく退屈と呟き、病院をうろうろとしていた彼が今は自分の病室でおとなしくしている。

「ああ、もともと大した問題も無かったしね。いつでも退院できるよ」

カルテに何かを書き込みながら質問に答える若い医者と看護婦、シンジが話をしている。

「四時ぐらいに迎えの人が来てくれるって言ってたよ」

「結構時間ありますね〜。売店とかあるけど、案内してあげようか?」

「いえ、さっき見ましたから、持ってきた本でも読んでます」

「分かったわ。はい、これあなたの服」

「ありがとうございます」

真空パックされた制服を受け取る。

「じゃあ、もうこんなとこに世話にならないようにね」

にこやかに去る看護婦と医者。

それを見送ってから皺一つない制服を着始めた。

 

 

 

 

「遅いなぁ、迎えの人」

時計を見上げながら呟く。

『サードチルドレン碇シンジ君、司令がお呼びです。司令執務室まで出頭してください』

「司令……父さんか……でも、場所分かんないよ」

聞こえた放送に、シンジは浮かない顔をする。

「なら、私が案内してあげるわ」

「えっと……葛城、ミサトさん、ですよね?」

気付けばすぐ傍にミサトが来ていた。

「そうよ。ミサトでいいわ。待たせると煩いから、早く行きましょう」

 

 

 

 

あるドアの前でシンジとミサトが止まる。

「ここよ。荷物は持っててあげるわ」

荷物を受け取ると、ミサトはドアの横に有るスピーカーに顔を近づけた。

「碇司令、サードチルドレンをお連れしました」

返事の代わりに目の前のドアが開く。

「下がり給え」

上下に奇怪な模様が描かれた部屋。

そのお得意のポーズで椅子に座る主ではなく、その傍らに立つ老人が言った。

「失礼します」

言葉に従ってミサトは部屋を出た。

それを確認してから老人が口を開いた。

「始めまして、シンジ君。私はここの副司令を勤める冬月コウゾウという者だ」

「あ、はい、こちらこそ始めまして」

互いに挨拶を交わす。

「早速だが、本題に入ろう。君に頼みたいことがある。君は知らないだろうが、我々人類は現在使徒と呼ばれる存在の脅威に曝されているのだ」

シンジがビクッと身を竦ませて俯く。

先程のノートには、ある程度の説明が書かれていた。

そんなシンジを見つめながらも顔色一つ変えず続けた。

「使徒に対抗するには我々の保有するエヴァンゲリオンという兵器しかない。本来なら軍人のすべきことなのだが、何分エヴァンゲリオンはその操縦者を選ぶ」

まるで作戦を説明するような口調だ。

子供への説明には程遠い。

「現在確認されているパイロットは君も含めてたったの三人で、しかもその一人はドイツに居る。敗北の許されない戦いには心細い人数だ。我々は一人でも多くのパイロットが欲しい。乗ってくれんかね?」

だがそれには答えず、シンジはただ俯いているだけだ。

誰一人動かず、そのままかなりの時間が過ぎた。

「……父さんは……父さんは僕が要らないんじゃなかったの……?」

「必要になったから呼んだまでだ」

震える声で訊くシンジに、冷淡に答えるゲンドウ。

「……そう、分かったよ……乗るよ、ソレに……」

「そうか、詳細は追って連絡する。話は終わりだ」

「でも、カイにも訊いてよ……カイは乗るかどうか分からないから……」

その言葉を最後に、シンジは部屋を後にした。

「どうやら彼はほぼ計画通りのようだな」

「ああ、遺伝子検査も100%シンジを示していた。多重人格は最も起こり得るイレギュラーの一つだ」

「方法は幾らでもあるということか」

怪しい会話に、ゲンドウは組まれた手の下で口元を歪めた。

 

 

 

 

「話終わったの?シンジ君」

「あ、ミサトさん。待っててくれたんですね」

浮かない顔が少し綻び、預けていた荷物を受け取る。

「その顔じゃ、あんまり良い会話できなかったみたいね」

「ええ、まあ……」

ミサトには彼の態度でどんな会話がなされたか簡単に予想できた。

「ここにいても仕方ないし、行きましょうか?」

そういって歩き出した。

シンジは相変わらず俯いたままで、彼の放つ暗い雰囲気がミサトまで伝わり、彼女は顔を顰める。

暫くそのまま無言が続いたが、それを破ったのはミサトだった。

「ねえシンジ君、よかったら私と一緒に住まない?」

「え?」

「このままじゃ多分一人暮しになるだろうし……」

「で、でも迷惑じゃないんですか?」

「全然迷惑じゃないわよ。私はシンジ君と住みたいの。ダメ?」

「それじゃあ、お世話になります」

彼の返事に、ミサトは今にもスキップしそうな位気を良くする。

「じゃ、私は許可取って来るわね。そこに休憩所あるから、取り敢えずそこで待ってて」

角のスペースを指差し、ミサトが来た道を帰って行く。

無言でそのスペースへ歩き、ベンチに腰を下ろす。

そして鞄からノートを取り出し、書き込んでいく。

3分後、ノートを鞄に納め、天を仰ぐ。

程なくしてミサトが再び姿を見せた。

「お〜い、シンジ君、どうしたの?」

「あ、ミサトさん。ぼ〜っとしてただけですよ。それより、許可取れたんですか?」

「え、ええ。取れたわよ」

釈然としないながらも、取り敢えず答える。

「シンジ君、私今日の仕事終わったの。これからどうする?街の案内しようか?」

「いえ、今日は結構です。荷物の整理も早いとこやっておきたいし」

「そう、分かったわ。じゃ、家に帰りましょうか」

 

 

 

 

ミサトの家へ行く途中、コンビニに寄った。

「何か欲しい物が有ったら遠慮なく言ってね」

そう言いながらもミサトはシンジの目の前でどんどん品物を買い物篭に放り込んでいく。

カップラーメン、レトルトカレー、缶ビール、つまみ……

生鮮食品を買う様子は微塵も見られない。

今にも彼女の生活が垣間見えそうだ。

そんな物で山盛りになった買い物篭を、ミサトはいとも軽そうにレジへ持って行った。

 

 

 

 

「ちょっと寄り道するわよ」

と言ってシンジは丘の展望台に連れて来られた。

「寂しい街ですね……」

「そろそろ時間ね」

サイレンと共に地面からビルが姿を見せる。

「凄い…ビルが生えてくる」

呆然と呟くシンジを見て満足げなミサト。

「対使徒用迎撃要塞都市、第三新東京市、これが私達の町であり、あなたがこれから守る街よ」

「カイが守った街でもあるんですね」

返された言葉にミサトは顔を顰める。

シンジはそれを敏感に感じ取った。

「ミサトさん?僕、何か気に触る事言いました?」

「いいえ、西日が眩しかっただけ。そろそろ行きましょう」

そう言ったものの、言葉に棘があるのは隠しきれていなかった。

 

 

 

 

ミサトのマンションに着いた。

「シンジ君の荷物は、もう届いていると思うわ」

ある部屋の前に荷物が積まれている。

ミサトはその部屋のドアを開け、中に入った。

「御邪魔します」

シンジはミサトに続いて入ろうとするとミサトは振り向いて、シンジの前で屈んで目線の高さを合わせる。

「シンジ君、ここはあなたの家なのよ」

「た、ただいま」

少し赤くなりながらも望まれている挨拶を返し、シンジは中に入った。

「お帰りなさい」

ミサトは笑みを浮かべてシンジを迎えると、シンジは遠慮しながら靴を脱いで上がった。

「私もこの街に越してきたばかりでチョッチ散らかってるけど」

部屋には空のインスタント食品やビールの空き缶、その他原型をとどめていないゴミが溢れかえり、夢の島さながらの惨状と化している。

一目で逃げたくなりそうだ。

「これが、ちょっち?」

シンジの顔は思い切り引き攣っている。

「それ冷蔵庫に入れといて」

着替えに部屋に入ったミサトから言われ、取り敢えず従う。

近くの冷蔵庫を開けた。

ビール、つまみ、氷……

溜息を吐き、整理して場所を確保したが、それでも足りなかった。

もう一つの冷蔵庫に向かおうとすると、着替え終えて部屋から出てきたミサトがそれを遮った。

「そっちはいいわ。まだ寝てるだろうし。残りはその辺に置いといて」

取り敢えず残りを冷蔵庫の傍に置き、机の上を食事だけは出来る程度には掃除してインスタント食品の夕食を摂る。

「もうお風呂沸いてるだろうから、先に入って良いわよ」

食事が終わると、ミサトが食後のビールを飲みながら言った。

「はい、じゃあお先に」

宛がわれた部屋に置いた鞄から着替えを取り出し、風呂に向かう。

「あ、シンジ君」

「何ですか?」

「風呂は命の洗濯よ♪」

ミサトの言葉に送られて脱衣所に入った。

脱衣所の天井から吊るされた下着に目を奪われながらも服を脱ぎ、風呂のドアを開けた。

「クェェェ〜〜〜」

「へ?」

間抜け面で下を見ると、そこには一羽のペンギンが首にタオルを掛けて立っていた。

「うわぁぁぁ〜〜!!」

叫び声と共に脱衣所のドアを開けた。

「ミ、ミミミ、ミサトさん!!あ、あの、あの、ペン、ペンギンが!!」

と思い切り慌てて風呂場を指差し、何があったのかを必死に伝えようとしている。

だがそれに反してミサトは冷静で、ビールを飲みながらそんなシンジを見ている。

そんな二人の間を悠々とペンギンが歩いて行き、シンジが開けようとしてミサトに止められた冷蔵庫に入った。

呆然とその様子を見ていたシンジにミサトが声を掛けた。

「あれ、温泉ペンギンのペンペン。可愛いでしょ?」

しかしシンジは未だ動かず、冷蔵庫から眼を動かさない。

「どうでもいいけど、前、隠したら?」

「え!」

驚き、見る間に真っ赤になって、ある場所を手で隠しながらカニ歩きで姿を隠すシンジ。

 

 

 

「ふぅ〜」

一通り身体を洗い、湯船に浸かって深呼吸。

緊張がほぐれる。

そのまま十分に温まると風呂から上がった。

「あがりましたよ、ミサトさん」

「分かったわ」

そういってミサトは風呂に向かう。

シンジは部屋に入った。

まだ開いていないダンボールはあったが、それではなく鞄を開け、ノートを出して書き込む。

それが済むとそのままベッドに入った。

だが眠らずにベッドの中でS−DATを聞いている。

暫くするとミサトが風呂からあがり、バスタオル一枚で襖を開けた。

反射的に電源を切る。

ミサトは眠っていないことが分かっているのか、話し始めた。

「シンジ君、これから辛いことが起こるわ。14歳のあなたには辛すぎることが。でも私達も全力で戦うから。あなたは一人じゃないの。それを忘れないで。じゃあお休み」

ミサトが襖を閉め、部屋には再び闇が訪れる。

シンジが寝付くには長い時間が必要だった。