「
ハハハハハハハハ!!!下らない茶番劇はその辺にしたらどうだ!!」先程までのシンジとは余りに違う言動と雰囲気に、周りの人間は動きを止め、眼を見開いて彼を見た。
ただ、その小さな世界を……
第2話
「どいつもこいつも……俺にコイツに乗って欲しくてここに呼んだんだろうが。だったらそれ相応の態度を見せろよ。特に虚勢を張るしか能のない髭面とか」
その髭面がピクリと片眉を上げたのを無視して、続きを言おうとした所で、一番傍に居る明らかに狼狽したミサトに遮られた。
「シ、シンジ君?い、一体どうしちゃったの?」
「五月蝿い。人の言葉を途中で止めやがって……だいたいお前むかつくから黙ってろ」
「な、何ですって!」
うざったそうに向き直り、その態度をそのまま口にした言葉がミサトの癪に触ったのか、大声を上げる。
「理由が分からないのか?なら分かるように言ってやろう」
至近距離での大声に顔を顰め、見下すように睨みつけて捲くし立てる。
「結果の分かりきった“味方してます”とアピールする様な反論をし、あっけなく折れたか思えば手の平返して訳の分からない理屈で俺をこれに乗せようとしたのはお前だ。どうせ免罪符欲しさだったんだろ。そういう所がむかつくと言ったんだ」
ミサトが俯き、拳を指が食い込む程に握り締めて小刻みに震わせていた。
そんなミサトに一瞥をくれると、まともに話が出来そうだと判断したリツコの方に向かって言う。
「さて、説明してろうか。さっき俺がどうしたとかこの女が言っていたが、簡単に言うと俺はお前らが言う碇シンジではない」
「では、あなたは碇シンジではない別人だと?」
ある程度平静を取り戻したリツコが聞いた。
「そういう意味じゃない。お前らの言うシンジとは別の人格だと言えば分かるか?」
「シンジ君は多重人格者だとでも言うの?そんな報告は受けていないわ」
「ほぉ、他人の生活を調べ上げたのか?なかなか立派な趣味をお持ちのようだ」
口元を歪め、嘲りと呆れを混ぜたような言い方にリツコが眉を顰める。
「まぁ不便だから、取り敢えず名前は教えておこう。“カイ”だ」
「シンジ君には多重人格の様子は一度として見られなかった筈よ」
「調査員がさぼってただけだろ」
その言葉を聞いて、さらに視線を鋭くした。
「そんなことは有り得ないとでも言いたそうだな…」
やれやれ、と続きを言おうとしたカイに、さっきから俯いたままだったミサトが叫ぶ。
「さっきから何なのよ!その人を見下しきったような態度は!」
「へぇ、お前には人に見下されされる覚えはない、と?」
ミサトを振り返り、『何を当たり前のことを』と疑問の表情を見せる。
「確かに酷いことしてるかもしれないけど、そんな態度しなくてもいいじゃない!」
「ふざけてるのか?」
情に訴えるような口調のミサトを、苛立たしげに睨み付ける。
「だいたい俺達を何だと思っている?只の
14歳の子供だ。そんな子供を訳の分からんモノで訳の分からんモノと殺し合いをさせる……そんなお前らを見下すなだと?」「それは」
「人類の為?だから仕方ない?言いたいことはそれだけか?」
言い返そうとしたミサトの先をカイが言うと、その内容に詰め寄るが、何かを言わせる前に続ける。
「そんな理由なら何をしても許されるとでも思っているのか?」
ミサトが俯こうとも、眉一つ動かさない。
「それ以前にコイツに乗せるつもりだったんなら、もっと早く呼べばいい」
ミサトが顔を上げるが、カイは既にその顔には眼を向けていない。
オレンジの強化ガラスの向こう、カイ達を見下ろす位置に居る男を見ている。
「悪いけどそれは出来なかったわ。シンジ君にパイロットの素質があるのが分かったのはほんの数日前なの」
ミサトが話を遮った時は、特に口を出さず状況を見守っていたリツコが口を挟んだ。
「嘘だな」
一刀の下に切り捨てると、リツコとゲンドウが片眉を吊り上げ、ミサトは疑問の表情を見せる。
「仮に本当だったとして『彼はパイロットの素質があります』そう言われて連れてきた。そして即実戦。余りにも出来すぎている。そう思うのが普通だ」
「それは」
只の偶然。そう続けようとしたが先手を打たれる。
「確かにそれだけなら偶然の一言で済む。だがさっき“シンクロ”と言ってたな。言葉の意味から察するに、コイツは思った通りに動くとかそんなところだろう。だから最小限の説明で十分闘えるというわけだ。そして逃げられない状況を作り出し、シンジをこいつに乗せるつもりだった。どうせその準備も出来ているのだろう」
リツコはカイの評価を改めた。
“只の生意気な自称シンジの別人格”から“鋭い所を持った自称シンジの別人格”へと。
カイがそのたった一言からそこまで推理したと思ったのだ。
だが、それは大きく間違っている。
彼は知っているのだから。
彼はそう遠くない未来から帰って来た、碇シンジなのだから。
「なかなか鋭いわね。前半は正解よ。でも後半は」
リツコが目付きを鋭くしたまま言ったが、カイがそれを制す。
「黙って聞け。反論はそれからにしろ。根拠は、シンジがいつ、どこで、どうやってパイロットの資質があることが分かったということだ」
「パイロットの選定はマルドゥック機関という所の管轄なの」
苦し紛れに誤魔化す。
が、そんなことが通用するはずがない。
「仮にそれが真実だとしても、血液検査すらしたことはないのにどうやってシンジに素質があることが分かった?ひどい風邪でも病院に連れて行かれたことはないからな。精密検査なんてもってのほかだ。それに、さっきほんの数日前に判明したと言ってただろう。思考コントロールで動くような代物、常に新しいデータが必要なはずだ。にも関わらず、その手順を飛ばして乗せようとする」
「時間がないから仕方ないわ」
「いい加減、下手な嘘をつくのはやめろ。数日前に判明したということは、裏を返せば1日以上時間があったということだ。他のパイロットが戦闘できない状態なのは、ここに来るまで1度も闘っているのを見ていないことからわかる。パイロットがそんな状態であり、それほど遠くないところにパイロット候補がいるのなら、分かった時点で確保するのが普通だろう。そうすれば十分にデータを採取し、少しは訓練が出来た。なら何故か?簡単なこと。データを取る必要が無い、つまり予め分かっていた。そして逃げられない状況を作り出し、シンジをこいつに乗せるつもりだった。どうせその準備も出来ているんだろう?」
一息入れるついでに、ゲンドウを睨みつけた。
明らかにうろたえ、恨みがましい視線を向ける姿が、そこにあった。
「だが何故そんな面倒なことをしていた?そんなことする位ならとっとと連れてこれば良かったんじゃないか?他のパイロットのようにな。そうすればシンジも寂しい思いをしなくて済んだし、お前らも楽だった筈だ。答えは簡単だ。お前らにはシンジを特別な状態に育てる必要があった。そしてコイツに乗せなければならなかった。そして『座っているだけでいい』という言葉。明らかにこの戦いの勝敗を重要視していない。何か良からぬ事を企んでいるいい証拠だ。聞かせてもらおうか。貴様等の目的を」
その場の全ての視線が彼に集まる。
「……最重要機密だ」
逃げるように声を出した。
「ふ〜ん。そうやって逃げるのか。無様だな」
ミサトと整備員達は驚きと疑いを混ぜたような表情で固まり、リツコとゲンドウは苦虫を噛み潰したような表情でカイを睨んでいる。
「どうやらここには色々と欠けた人間が多いようだ。そう思わないか?」
と、周りの人間に声を掛ける。
反応は期待していないが。
暫くして、ゲンドウがズレてはいないサングラスのズレを直すようにしてから口を開いた。
『そんなことはどうでもいい。まずはお前が乗るのか乗らないのかはっきりしろ』
「お待ち下さい。彼が碇シンジである確証が無いまま乗せるのは」
ゲンドウの言葉にリツコが反論するが、それを遮ってゲンドウが言う。
『構わん。乗せてしまえば分かることだ』
「……分かりました」
俯いて間を置いた返事をした。
「おい、なに勝手に乗ることが決まっているように話をしている。人の話ぐらい、いくらなんでも聞けるだろう」
『冬月、レイを起こしてくれ』
カイが文句を言うと、早々に結論を出したゲンドウがモニターに向かって言った。
『使えるのかね?』
画面の一つが変わり、白髪の老人が現れて問う。
『死んでいるわけでわけではない』
『分かった』
その後、程なくして医師達とストレッチャーに乗せられた少女が現れた。
『レイ、そこに居る予備が使えなくなった。もう一度だ』
ゲンドウが蒼銀の髪、深紅の瞳をした少女に言った。
「…はい…」
一目で重傷と分かるレイと呼ばれた少女は、体を起こそうとする。
「くうぅっ……はぁっ…」
ストレッチャーから上半身を起こした。
「はぁ…ぁ…ぅ…」
苦痛に呻き、呼吸と共に体が上下する。
カイがそんなレイに近づいていく。
数歩近寄った時、ケイジを先程より遥かに強い激震が襲った。
「「きゃぁっ!」」
女二人が声をあげた。
「くぁっ!」
小さな叫び声があがり、レイが床に叩きつけられた。
ゲンドウはそんな中、平然と見下ろしている。
カイは手すりを持ち、少しずつレイに近づいていく。
あと数歩といった所で、一段と強い衝撃と共に、カイとレイの頭上から鉄骨が落下してきた。
「危ない!」
ミサトが叫ぶと同時に、引き千切った拘束具をぶら下げた初号機の腕が襲いかかる鉄骨を弾き返した。
鉄骨はゲンドウの方へ弾かれ強化ガラスに罅を入れた。
「動いた!」
「まさか!ありえないわ!エントリープラグも挿入していないのよ!動くはずないわ!インターフェイスもなしに反応している。というより守ったの?彼を……では彼は本当に……」
ミサトが嬉々として叫び、リツコが考える。
カイはそんな周りを気にも留めず、ストレッチャーを起こし、レイを寝かせる。
「だめ……わたし…乗らない……と…」
再び起きようとする。
「大丈夫、俺がやる。君はゆっくり休むんだ」
カイがレイを寝かせながら、子供をあやすように言った。
『何をしている!貴様など不要だ!とっととこの場から失せろ!』
ゲンドウの怒鳴り声もどこ吹く風と全く意に介さず、カイは医師達に声を掛ける。
「彼女をお願いします。傷が開いてる。……おい髭面、人の話を聞けと言っただろう。お前の耳は飾りか?誰も乗らないとは言ってない。俺だってまだ死にたくないからな。乗ってやるよ」
「そう、じゃあこっちに来て。時間がないから簡単に説明するわ」
ゲンドウへの言葉を終えると、僅かな逡巡もなくリツコが誘導する。
それを見て、ゲンドウがニヤリと口元を歪めた。
そして、カイも妖しい笑みを浮かべた。
(さて、お前らにはすべき贖罪をしてもらうぞ)
その二つの笑みと心中は、誰にも見られることは無かった。
発令所サイド
リツコとミサトが発令所に戻ると、準備が着々と行われていた。
オペレーター達が集まる情報を確認する。
「停止信号プラグ、排出終了」
「パイロット、エントリープラグのコックピット位置に着きました」
「了解。エントリープラグ挿入」
初号機の首の付け根にプラグが挿入される。
プラグの内部がメインスクリーンに映し出された。
カイは目を閉じて集中しているように見える。
「プラグ固定終了。第一次接続開始」
「LCL注水」
プラグ内にオレンジ色の液体が満たされていく。
『おい、何だこれは?』
目を開き、訊ねる。
「大丈夫。肺がLCLで満たされれば直接血液に酸素を送り込んでくれるわ」
リツコの言葉を聞き、LCLを肺に取り込む。
『……血、みたいだな……』
顔が顰められた。
「それぐらい我慢なさい!」
ミサトが不機嫌を隠さずに言う。
『誰も我慢できないなんて言ってないだろう。人の言うことはよく聞け。学習能力の無い女だ』
ミサトが何かを叫ぼうとするが、リツコが制す。
「主電源接続。全回路動力伝達。起動スタート」
「A
10神経接続異常なし。初期コンタクト全て問題なし。双方回線開きます」「ハーモニクス全て正常値」
リツコがメインスクリーンから女性オペレーターに目を移す。
「マヤ、どう?」
「はい。シンクロ率、
0.02%です…」モニターの数値が報告されると、ゲンドウが口を開いた。
「保安部に連絡。プラグ内の者を拘束させろ」
オペレーターの一人が受話器を手に取った。
「!!シンクロ率に変化!」
マヤが突然変化し始めた数値を見て言う。
「シンクロ率……あれ?表示が……」
モニターにシンクロ率が表示されなくなってしまった。
「マヤ、どうしたの?」
「は、はい。シンクロ率が急に表示されなくなりました」
不可解なことに多少考え込む。
「……替わって」
「分かりました」
そう言って席を譲る。
席に着くととてつもないスピードでキーボードを叩き始めた。
「どこにも問題は無さそうだけど……」
「ねぇ、どうしたの?」
すっかり蚊帳の外となっていたミサトが訊ねる。
「シンクロ率が表示されないのよ。ミスもないし、故障でもない」
「シンクロしていないんじゃないの?」
「それはシステム上ありえないわ。仮にそれなら
0%と表示される筈よ。……ん?ちょっと待って……まさか!?」再びキーボードを叩き始める。
「やっぱり!」
表示された結果に驚きを隠せない様子だ。
「報告します!彼は通常のシンクロをしていません!ダイレクトシンクロです!」
ゲンドウはその報告に沈黙を以って答えたが、その表情には僅かながらの焦りが見える。
「碇、これはシナリオにないぞ」
さっきから一言も口を挟まなかった冬月も、口調こそ穏やかだが同じものが滲んでいる。
もっとも、その言葉にも表情にも気付いたものはいなかったが……
「どういうことなの?リツコ」
訳の分からないミサトが問う。
「通常のシンクロの場合、中継装置のようなものを通してエヴァとシンクロしているの」
「ふんふん。」
「でも彼の場合、それを必要としていないのよ」
「だからどうしたの?」
事の深刻さが分からないようだ。
「普通そんなことをしたらエヴァに取り込まれるわ」
「んな!じゃあアイツは一体何なのよ!」
「分からないわよ!そんなこと!!」
そして再び振動が襲い、幾つかの悲鳴が上がった。
時は少し遡って
カイサイド
(さて、どうするか)
『了解。エントリープラグ挿入』
(いまの俺じゃあシンクロ出来るわけがない……というよりあんな女とはしたくない)
眼を閉じて考え込んでいる。
『プラグ固定終了。第
1次接続開始』『LCL注水』
液体がプラグ内に満たされていく。
(LCLか……取り敢えず、何か言った方がいいな)
「おい、なんだこれは」
『大丈夫。肺がLCLで満たされれば直接血液に酸素を送り込んでくれるわ』
肺に取りこみ感想を述べる。
「……血、みたいだな…」
(あそこにも……こんなのが満ちてたな……)
少し顔を顰める。
『それぐらい我慢なさい!』
「誰も我慢できないなんて言ってないだろう。人の言うことはよく聞け。学習能力の無い女だ」
(さっき髭にも言ったばかりだろうが)
突然のミサトの通信に文句を言った後、再び思考を統一する。
『主電源接続。全回路動力伝達。起動スタート』
(普通にしてたらシンクロ率を聞いた途端、保安部を呼ぶだろうな……そうなったら、良くて洗脳、ってところか……)
(せめて闘えることを示さないと……普通でだめなら、理論しか知らないがダイレクトシンクロしかない……だがどうすればいい?)
『シンクロ率、
0.02%です…』僅かに聞こえた声に焦った。
(まずい!)
『保安部に連絡。プラグ内のものを拘束させろ』
(くそっ!どうする!どうすればいい!!)
方法が分からないという焦燥に苦しみ、訴えた。
(初号機…いやリリス!応えろ!応えてくれ!俺の声に!!)
(リリス!聞こえるか!頼む!応えてくれ!綾波を出すわけにはいかないんだ!)
すると先程とは明らかに違う、大きく、強い何かを感じた。
それはみるみるカイに近づいてくる。
『シンクロ率に変化!』
(こいつは……)
報告は今の彼には静寂と等しくなり、叫びを止め、自分に迫る存在に意識を向けた。
それには圧倒的な存在感があるが敵意は感じられない。
寧ろ……
(……まさかリリス!本当にいたのか!?)
リリスが触れ、何かが心に入ってくる。
それはいつかとは違い、優しかった。
(応えてくれたのか?だが何故わざわざ接触を……それにこれはATフィールドの知識?)
気が付けばリリスは姿を消し、今までにない知識を手に入れていた。
(何故こんな知識を?……まあいい。力の使い方を教えてくれた。そういうことにしておこう)
『報告します!彼は通常のシンクロをしていません!ダイレクトシンクロです!』
ふっと張り詰めていたものが緩む。
そのままシートに体を預け、不思議な安らぎに身を委ねていると振動が襲った。
再び発令所サイド
「初号機の発進準備を整えろ」
大地震さながらの振動の中、ゲンドウの言葉が響いた。
「司令!」
リツコが叫ぶ。
「構わん。使徒を倒さない限り我々に未来は無い」
「エヴァンゲリオン初号機発進準備!」
ゲンドウの言葉に、ミサトが応えた。
それを確認した後、隣に立つ冬月が訊ねた。
「碇……いいのか?」
「構わん。使徒はこれだけではない。奴が別人であったなら次の使徒までにシンジを見つければ良い」
姿勢も変えずに言った二人の言葉に気づくものは誰も居なかった。
「第
1ロックボルト解除」「解除確認。アンビリカルブリッジ移動開始」
「第
2ロックボルト解除」「第
1拘束具除去」「同じく第
2拘束具除去」「
1番から15番までの安全装置解除」「内部電源充電完了」
「外部電源用コンセント異常なし」
「エヴァンゲリオン初号機射出口へ」
「
5番ゲートスタンバイ。進路クリア。オールグリーン」「発進準備完了」
その報告にミサトが小さく頷き、号令を上げる。
「発進!!」
そして初号機はカイに強烈なGを与えながら地上に運ばれ、第参使徒サキエルと相対した。
「最終安全装置解除!エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」
初号機を戒める最後の鎖が解かれた。
「シンジ君」
『名前ぐらい覚えろ。そんなこともできないのか』
ミサトの通信を切り捨てるように遮って言う。
「くっ、カイ君、まずは歩いてみて」
『はぁ、お前本当に無能だな。ふざけ』
全ての言葉を言いきらない内にサキエルの閃光が発せられた。
消し飛ぶ発射台。
「初号機は!」
「初号機ロス…いえ見つかりました!使徒の前上方約
150mです!」メインモニターに初号機が映る。
サキエルが初号機に気付き、パイルを交互に打ち出す。
『無駄だ』
カイが紅い壁を角度を付けて発生させ、攻撃を受け流す。
「ATフィールド!!」
「そんな!まだ理論上展開できるとしか分かってないのよ!!」
驚きと混乱が溢れる発令所に初号機からの声が響いた。
『五月蝿い、いちいち騒ぐな』
何故か強制力のあるその声に、逆らえたものは居なかった。
彼の駆る紫の鬼は、その間も打ち付けられるパイルを壁でかわし、その右腕に朱金の輝きを纏わせて上段に構えた。
『死ね』
何の感情も窺えない、絶対零度のそれは何人もの身を竦ませた。
腕の纏っている輝きが伸び、一振りの剣と化す。
そして着地と同時に振り下ろした。
着地の轟音、そして一瞬の静寂の後に青い血飛沫と共に濃緑の巨体が二つに割れ、そのまま倒れる。
「………パ、パターン青、消滅……使徒の殲滅を…確認しました……」
誰かが震える声で呟いた。
水を打ったように静まり返ったそこでは、そんな声でも十分に行き届くはずである。
だが、返ってきたのは沈黙のみ。
暫くして、ミサトの口から疑問の言葉が漏れた。
「……な、なによアレ……」
「…初号機の右腕に…ATフィールドが収束しています……」
やや平静を取り戻したのか、長髪のオペレーター――青葉シゲル――が何とか吃ることなく答える。
「彼は何者なの?ダイレクトシンクロ……その上エヴァを、ATフィールドを自由に操れるなんて……」
リツコが新たに口にした問いに答える者はおらず、再び沈黙に包まれた発令所に、その原因である少年の声が入った。
『おい、いつまでそうしてるんだ?こっちはどうすればいいのか分からないんだぞ』
「え、ああ、ごめんなさい。リフトを出すから射出されたときと同じようにして頂戴」
反射的にリツコが答えたが、言葉が上擦ってしまうのは仕方ないことだろう。
紫の鬼が画面から消えても、誰かが動くことはなかった。