「……どうして…こうなってしまったの……?」

一つの影が自分の膝に顔を埋めて呟く。

「僕のせいなの?こうなったのは……」

そこは砂浜――赤い、紅い、ただそれだけの海の砂浜。

「ねえ!誰か答えてよ!!アスカ!綾波!カヲル君!ミサトさん!リツコさん!父さん!」

そこは空の下――赤い、紅い、ただそれだけの空の下。

「もう嫌なんだよ!一人はもう嫌なんだ!!」

彼は一人――他の全ての命が消え去った、この世界でただ一人。

「こんなの!こんなのを僕は!!」

彼は少年――心が脆く、弱い少年。

「望んでなんかいない!!」

彼は少年――いつも誰かの愛を求めていた、少年。

 


ただ、その小さな世界を…… prologue

 


どれだけの時が流れたのだろう?

それは一瞬だったのかもしれない。とても永い時間だったのかもしれない。

少年は立ち上がった。しかし、その全身から生気は窺えない。

その虚ろな眼で見つめるのは、かつてアスカと呼ばれていた"モノ"のあった場所。

それは既に他の生命と同様に、海の一部となっていた。

そうしていても仕方がないと思ったのか、海へ向けてゆっくりと歩き始めた。

何故そうしたのだろう?

ただ死にたかったのだろうか?

それともLCL――生命のスープ、その海への回帰を望んだのだろうか?

いや、その理由を求めるのは大きな間違いなのかもしれない。

彼の心には、今、何もありはしないのだから。

 

 

 

足首までが海に浸かった。そして脛、膝、太腿、腰……と

彼に変化はない。ただ進むだけ。相も変わらぬ完璧な無表情。

しかし彼の姿が全て海に隠れた時、瞳に光が映った。

表情が浮かぶ。そこにあるのは驚愕、動揺。

(え?何だこれ?)

全身を何かが駆け巡る。

それはどんどん強く、大きく、速くなっていく。

(これはまさか!?)

そして恐怖が浮かび、身を縮こまらせ、頭を抱え、

(止めろ!止めろぉ!ヤメロォォォォォォォォォォォ!!!)

叫ぶ。

 

 

 

砂浜に仰向けに転がる一つの影。

「……そうか、そういうことだったのか」

呟いた彼は、今までとはどこか大きく違っていた。

「人類補完計画……あんなクズみたいな物の為に……」

先程流れ込んだのは、人であったモノの記憶や想いだった。

それは彼の知らない人のものまでもがあった。

「結局は……皆、道具だったんだな。身勝手な、大人達の……」

父親とその右腕たる老人は一人の女性を想うが故に、

姉の様な人は自らの復讐の為に

金髪の女性は彼の父親の為に、

老人達は狂った妄執の為に、

そして、母親は自らの勝手な望みの為に道具としていた。

「母さんも、加持さんも……あんなこと言いながら、俺達のことなんか、本当は考えていなかった……」

彼の心が殺意と言っていいほどの憎悪と、

「俺達を道具にしなくて、助けようと思ってくれていた大人は……いなかった……」

 

そして

 

「アスカ、お前は俺と似ていたんだな」

(本当の自分を見てくれる誰かを、その愛を求めていた。そのためには全て一番でないと駄目だと思い込んでしまって、他人を突き放していた)

「トウジ、お前は本当に妹思いだったんだな」

(もしお前の妹を怪我させなければお前がエヴァに乗ることもなかった。左足を失うこともなかった)

 

哀しみに染まり、

 

「俺がもっと強ければ、あんなことにはならなかったのかもしれないな…」

(ははっ…自惚れにすぎないか…)

顔が歪み、心の中で自嘲する。

「綾波、お前の心は見えなかった……お前はこの地獄でまだ生きているのか?」

(でも、もういいんだ……)

 

絶望に変わる。

 

「全て今更なんだ……今更こんなことを知ったって、何にもなりはしない……」

「今更誰が何を望んでいたか知ったって、何にもできやしない……」

「そうさ……全部無駄なんだ……」

魂が抜けていくように呟く。

「もう疲れた……なにもかも……」

目を閉じる。

(どうせ何もできやしないんだ)

(今までのことをやり直せるわけでもない)

(ならせめて、安らかに眠らせてくれ)

 

 

そして、彼の体も消えていく。

 

彼が世界から完全に消えた時

 

かの歴史は、新たな分岐を歩む。