regained world


第三話
〜使徒撃破、ただしネルフ以外によって〜





ネルフ第一発令所。
そこは異様な雰囲気に包まれていた。
オペレーター席に座る者達や一段高い場所に立つ冬月は、見慣れぬ軍服を着ている者達に銃を向けられているのだ。
最初は冬月も抗議していたが、軍人達から事の次第を聞くと大人しくなった。



そんな緊迫した空気の漂う発令所に、ようやくシンリ達が到着した。
碇ゲンドウはいつもの場所に座り、ひたすらシンリを睨み続けている。
同じく彼女を睨んでいる葛城ミサト。
彼女はここに来るまで、聞くに耐えない言葉でシンリのことを激しく罵っていたが、すべて無視されていた。
頭にきたミサトが暴挙に走るのを、必死で止めていたのはリツコだ。
ここで手を出したりしたら、色々まずいことになると彼女にはちゃんと分かっている。
分かっていないのは、現実から目を逸らし続ける愚か者達だけ。
「では、目標撃破といきましょうか」
そう言って、シンリは中央モニタに視線を移す。


そこには、粘着質な何かを大量に浴びせられ、動きを止めた使徒が映っていた。


「何なの? あれは」
「先ほど、航空部隊が投下したものです。その……どうやら、とりもち、のようです」
「とりもち!?」
とりもちとは、その名の通り、鳥などを捕まえる為に使う粘着性の物質だ。
画像に映っているものは、対使徒用に色々いじってはいるが、ベースがとりもちであることは変わりない。
つまり、超原始的なものを使って、使徒の歩みを止めているわけで。
「そ、そんなものを使うなんて……」
しかも、見たところ効果覿面だ。
自分が考えもつかなかった手段で見事使徒を止められた事実を、リツコは悔しく思った。
だが、ここで彼女を責めることは出来ない。
近代兵器に頼りまくっている現代で、こんな原始的な方法を試してみようなんて思う者は、普通はいないだろう。
事実、後でこの映像を見た国連の人間は、揃って実に微妙な顔をしていた
「モンジロウ、準備はいい?」
シンリは使徒が完全に動きを止めていることを確認すると、懐から取り出した通信端末へ声をかける。
『おう。待ちくたびれたぜ』
回線をオープンにしているらしく、返ってきた声が発令所に響く。
声は若い男性のものだ。
「それでは、現時点をもって作戦プランAを破棄。作戦プランBに移行。航空部隊は急いで竜神に帰還なさい」
『『『『御意』』』』
今度はいくつもの返事があった。
「目標の弱点は?」
『不明ですが、エネルギーが最も高い胸の部分にある赤い珠ではないかと予測されます』
「では、そこを優先的に破壊するように」
『了解』
『こちら第一中隊、全員帰還!』
『第二中隊も帰還完了しました!』
命令を受け、通信機の向こう側が俄かに騒がしくなる。
「先輩、大型輸送機がこちらに向かっています!」
「モニタ画面に出して!」
指示を出したのは報告を受けたリツコではなく、ミサトだ。
シンリの監視下にある今、勝手に外部と連絡を取れないように機械に触ることを禁じられているということを、この女は理解していないらしい。
一応階級が上の者からの命令に、マヤは困惑した目でシンリを見た。
「トメサブロウ」
「了解」
名を呼ばれただけで何を求められたのか理解した青年は、マヤに近づくといくつか質問をした後、コンソールをいじった。
最後のキーを叩くと、中央モニタが二分割され、左側に大型の輸送機が映る。
「どこの輸送機よ、あれ」
不愉快そうに呟くミサト。
目は正常に働いているのだろうか?
輸送機にはデカデカと皇神四門のマーク――黄の龍を中心に、四方に朱の鳥、青の龍、白の虎、黒の亀がいるという複雑なものだ――が描かれているのだから、皇神四門の輸送機に決まっている。
この女の場合、皇神四門のマークを知らないという可能性もあるが。
『予定地点及び予定高度に到着。巫神の発進準備も完了しています』
「では、巫神『月影』発進」
シンリの命令に応えるように、輸送機の下部から何かが降りてくる。
ネルフの人間が何か言う前に、トメサブロウがすばやく映像を切り替えた。
画面から輸送機が消え、代わりに全長30m程度の人型の兵器が映る。
エヴァのように生体部品を使用していないらしく、一見したところ典型的なロボットのように見えた。
だが、ロボットにしては無骨さがない。
銀色の機体は、兵器でありながらひどく優美な印象を見る者に与えた。
槍を片手に持った機体は、その大きさからは考えられないような軽い音を立てて地面に着地する。
『予定地点に着陸。攻撃を開始する』
先ほどと同じ声がそう告げる。
その瞬間、銀色の機体が動いた。
「早い!?」
機体は一瞬で使徒との間にあった距離を詰め、右手に持つ槍を振るった。
しかし、刃は使徒に届かない。
使徒を守るように、槍と使徒の間に赤いシールドが表れたのだ。
「ATフィールド!?」
「そんな! 目視が出来るほど強力なものが張れるなんて!!」
「ほ〜ら、見てみなさい。あれがある限り、エヴァ以外では使徒を倒せないのよ」
1人だけ嬉しそうだが、周りは誰も気にしない。
その後、機体は粒子砲など方法を変えて何度か使徒に攻撃するも、全てATフィールドに阻まれてしまう。
その間、30m程度の機体に大型経口の粒子砲が備わっていることや、そのエネルギー量の大きさなどに、技術部に所属する2人は唸っていた。
専門家だからこそ、彼女達には理解できたのだ。
皇神四門の持つ、技術力の高さを。
『通常攻撃は全部阻まれるみたいだな』
「そのようね。では」
『っと!』
パイロットらしい男性がシンリと話している間に、使徒が反撃に転じた。
使徒の手から、ビームのようなものが放たれたのだ。
銀色の機体は最小限の動きでビームを避けているが、劣勢であることに変わりはない。
「作戦プランBを破棄し、作戦プランCへ移行します」
『いいんだな?』
「ええ。THシステムの使用を許可するわ」
『了解』
使徒の攻撃を避けながら、機体が再度槍を突き出す。
「は! 何やってんだか! どうせ効きゃしないのに!」
どこかの馬鹿女の嘲笑う声。
声には出さずとも、ネルフ職員の思いは同じだった。
先ほどと同じく、ATフィールドに阻まれ、無駄に終わるだろうと思っていた。
だが。
「なっ!?」
槍は、確かにATフィールドに阻まれ、使徒には届かなかった。
しかし、槍に触れている部分から、ATフィールドが消えていく。
まるで中和しているように。
「一体どういうこと!?」
叫び、リツコは唇を噛んだ。



科学者の血が騒ぐ。
目の前で起こっている現象を解析したいと。
しかし今の彼女に、それは許されない。
未知のものを前にして、ただ見ていることしかできない自分が、ただ悔しかった。



そんなリツコの心情などおかまいなしに、戦況は変化していく。
ついに槍はATフィールドを突破し、刃が赤い珠を直撃。赤い珠に亀裂が入る。
『! 目標のエネルギー値が急上昇しています!』
『ゼロ距離攻撃、もしくは自爆するつもりです!』
「モンジロウ、そのまま目標を上へ投擲後、対ショック体勢に。竜神はシールドを展開」
『了解!』
『了解しました』
シンリの命じた通り、銀色の機体は大きく右腕を振り上げ、使徒を上へ投げる。
次の瞬間、使徒は自爆した。




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「ぱ、パターンブルー、消滅しました……」
マヤの報告が発令所に響く。
ネルフ職員は、呆然と中央モニタを見ていた。
エヴァでなければ使徒は倒せない。
ずっとそう聞いてきたし、それを信じていた。
それなのに、今目の前でエヴァ以外のものが使徒を倒したのだ。
「ば、馬鹿な……」
「そんな……こんなことが……」
誰もが驚き戸惑っている中、それ以外の感情を抱いている者が2人いた。



一人は葛城ミサト。
彼女は皇神四門のものらしい兵器を、完全に馬鹿にしていた。
エヴァでなければ使徒を倒せないというネルフの主張を、他の職員と同じく信じきっていた。
実際、銀色の機体が繰り出す攻撃は一切使徒に届かない。
どうせ負ける。
負けた後、ネルフや自分に泣いて縋る。
その時はせいぜい皮肉ってやろうと思っていたのだ。
だが、現実は彼女が思うようにはいかず、彼女の復讐の対象は倒された。
激しい爆音と光を伴い、自爆した使徒。
それを見た時、この女が真っ先に抱いたのは怒りだった。
自分の指揮で倒すはずだったのだ。
駒である子供とエヴァを使って、自分が。
なのに倒せなかった。
あの生意気な女が自分の権限を奪ったせいで。
あの少年が自分に従わないせいで。
あの銀色の機体のせいで。
そんな理不尽きわまりない、しかし彼女自身は正当だと信じる怒りを、彼女は抱いていた。



もう一人は碇ゲンドウ。
彼は怒りなど抱いていなかった。
その程度ではすまなかったというのが正しい。
男が抱くのは、憎悪。
所詮道具にすぎないくせに、自分に従わない息子。
突然やって来て、シナリオをぶち壊した生意気な小娘。
民間組織のくせに、横からしゃしゃり出てきた皇神四門。
それら全てを、憎悪した。
憎悪対象を早急に排除すべく、男は考えを巡らせる。
そんなことは無駄だと気づかずに。



「竜神、被害状況の報告を」
『被害は特にありません』
「月影は?」
『こっちも特にないぜ』
「良かった。では、月影は竜神へ帰還。竜神は月影収容後、本部へ帰還するように」
『了解』
複数から返事があったのを確認して、シンリは通信機を切った。
そして微笑を浮かべて、愚かな男を見上げた。
柔らかく美しく笑んでいるにも関わらず、今のシンリには妙な迫力があった。
「現時刻をもって、特務機関ネルフの交戦権と特務権限の凍結を解除いたします。ただし、これから関係者へ事情聴取を行い、今回の失態を追求。問題を明白とするまで特務権限を制限、現ネルフ総司令及び副司令の権限を凍結し、こちらの監視下に置きます。あなた方に拒否権はありませんので」
「待ってくれ! それはあまりに酷すぎるだろう!?」
抗議を発したのは冬月だった。
「どこが酷いというのです? 私には分かりかねますので、説明して頂けませんか?」
「た、確かにこちらに不手際があったことは認めよう。だがしかし、たったそれだけのことで……」
「たったそれだけのこと? そこにいる司令には説明しましたが、あなた方には組織だった横領の嫌疑がかけられているのですよ? その上、人類の命運をかけた戦いの場に出られる数少ないパイロットを、わざわざ当日に召喚するという不手際。これが、たったそれだけのことですか?」
「横領などしていない! それにパイロットに関しては、たまたま当日になっただけだ! わざとそうしたわけでは……」
ゲンドウもそうだが、どうしてネルフの上層部は調べられればばれるような嘘を吐くのだろう。
「故意だろう偶然だろうと、変わりないでしょう。あなた方は1週間前には彼へ召喚状を送っています。その時、本部に詰めているパイロットの1人は重傷を負い、残る1人はドイツにいたことは確認済みです。つまり本部にパイロットがいない状態だったにも関わらず、わざわざ1週間も時間を空けてパイロットを召喚した。本来なら即時召集すべきだったパイロットの召集を、わざわざ遅らせた。事情聴取を行うには十分な不始末でしょう?」
「それは……」
「さらに、あなた方には国連に偽造報告書を提出した嫌疑もかかっています」
「ぎ、偽造報告書など、我々は……」
「1週間前に、サードチルドレンに関する報告書を国連に提出しましたね? それによれば、サードチルドレンはファーストチルドレン負傷直後に召喚し、それ以後はネルフ内でパイロットとして訓練を受けています。ですが、あなた方がサードチルドレンとして挙げている碇シンジという人間は戸籍上存在しません。また、この碇シンジが私の弟である皇神シンジのことを指しているのなら、この報告書には虚偽しか書かれていません。彼はずっと私達と共に行動していましたし、ネルフに来たのは今日が初めてですもの」
「…………」
シンリの指摘に、冬月は黙り込む。
直前にパイロットを呼び寄せることがまずいのは、彼とて分かっていた。
だからリツコに指示して、シンジの行方が分かったその日に虚偽の報告書を国連に提出したのだ。
それがこんな事態を招くなど、誰が予想できようか。
「それでは、関係者一同は追加部隊到着まで現状維持。反旗を翻したと見られる人物には、相応の懲罰を受けてもらいますので」
今度は冬月も何も言わなかった。他の者もだ。
ただしゲンドウの場合、激情のあまり言葉を発せないだけなのだが。
そして激情を抱いている者がもう1人。



「ふざけんじゃないわよ! こっちは人類の為に戦ってるのよ! それなのに、なんで犯罪者みたいに扱われなきゃなんないのよ!!」
叫んだのは、もちろんミサトだ。
使徒殲滅後から抱いている怒りは、収まるどころか燃え上がるばかり。
その上、彼女の復讐を邪魔した奴らが自分を犯罪者のように扱うなど、我慢ならない。
感情のままに怒鳴ったミサトを、シンリは哀れむような目で見た。
「今までの話を聞いていましたか? あなた方には犯罪の容疑がかけられているんですよ?」
むしろ容疑どころか、最低でも1つ――偽造報告書提出については確定しているのだ。
犯罪者を犯罪者として扱って、何が悪いというのか。
しかし、この女にとって、そんなことはどうでもいいのだろう。
ネルフが組織だって犯罪を行っていようと、人類の為とか正義の為とかほざいて、苦しんでいるふりをしながら許容する。そんな女だ。
「そんなこと知らないわよ! こっちは必死になってやってんのに邪魔するなんて、あんた何様のつもり!? そもそもサードをすぐにネルフに呼べなかったのだって、あんた達が隠してたからでしょうが!!」
日本語を理解していると言いがたいミサトの主張(シンジの元には1週間前に召喚状が届いたという部分だけ綺麗に無視している)に、シンリはミサトの相手をすることを放棄した。
言葉の通じない原始生物(動物は根気よく接すれば、程度の差はあっても人語を解するようになる)の相手など、するだけ無駄だ。
「ああ、追加部隊が到着したようですね。それでは、事情聴取を始めましょうか」