しばらく二人空を眺める。

次第に陽が傾き、夕日が全てを茜色に染めて行く

穏やかな風が吹く、その向うに黄金の穂がゆれる

風に秋の香りが混じる。

 

突然シンジが笑い出した。

 

思い出し笑い

 

レイはどうしたの?と笑い止まらぬ愛しい人を見つめる。

すると、彼は涙目になりつつも答えるのだ。

 

「レイと出逢ったばっかの頃を思い出してさ………」

「・・・なんでそんなに笑うの?」

「だって、レイったら知識はあるのに、本当に何にも知らなくて」

 

ほんの少し悲しげな光が彼の瞳によぎる

しかし、それは一瞬

 

再び、今は少し意地悪い、それなのに綺麗な笑顔で笑って答える。

 

「『なぜ空は青いの?』『どうして夕日は赤いの?』て、しつこく聞かれて………」

「シンジ答えてくれなかったわ」

「あの鈍感無神経でセンスの無いあのころのボクに、科学的な答え以外なんて言えばいいの?」

 

自分でも自覚があったらしい彼

今はそのころの己すらからかいと言い訳の材料にする。

 

レイは少しかわいくないと口を尖らす。

 

「それでも、シンジは答えなかった」

 

彼女はそして、なんだかバカにされた気がして、ムッとする。

それがまたおかしいのか、シンジは笑いこけている。

 

「じゃあ、今は答えられる?」

「光の屈折じゃぁダメ?」

「ダメ、それは昔から知ってる。もっと別の答えが知りたい」

「う〜ん」

「これも昔から言っていること」

「・・・・・・ははは、ごめん」

 

そして、やがてレイも笑い出す。

 

「じゃぁ、なんで夕焼けは紅いの?」

 

今度は茜色に染まった西の空を指差し、彼女は聞く。

悪戯っぽくわらいながら、

 

「太陽光の指しこむ角度の問題……じゃ、駄目」

「ダメ、もっと面白い理由」

「それは困ったなぁ〜」

 

一頻り笑い合う二人

 

 

 

まだ、陽が沈むまでは時間がある。

 

薄い蒼のショールをひっかけたレイと薄地のジャンバーを羽織っていた二人はとくに寒さは感じない。

 

「ねぇ、シンジ。頭貸して」

「へ?」

 

レイはさらにシンジに近づいて座ると

「膝枕してあげる」

「い、いいよ……」

「遠慮しないで」

 

レイはそう言って

強引にシンジの頭を自分の方へと引き寄せた。

やわらかい感触と太腿辺りのぬくもりに

シンジは変にうろたえる。

レイの突発的で大胆な行動に

シンジはいつも振り回される。

風呂場から素っ裸で出てきたレイに追い掛け回されたこと

はじめて、レイから突然キスされたときのこと

 

まだうぶな少年だった頃のシンジにとって鮮烈な印象となって残っている思い出である。

 

「シンジ、顔赤い」

 

レイが微かに笑いながら、彼の顔を覗き込む。

 

「ははははっは…………」

 

シンジは苦笑するしかなかった。

 

 

 

レイはシンジの柔らかい頭髪に指を滑り込ませ、その感触を楽しむ。

 

「シンジの髪の毛って・・・柔らかい、それに細くてこまやか……」

 

そう言うと、最近自分の髪と触り比べてみる。

身嗜みにも機を使い始めた自分の、伸びた髪にも劣らない感触

 

なんなくむっとしてしまう。

 

「シンジはズルイ………どうしてそんな、洗うだけで手入れもしていない髪がそんなにきれいなの?」

 

彼女の言うことはいつも面白い。

シンジは思わず吹き出す。

  

いつまでも、そんなレイでいて欲しいとシンジは思う。

自分のそばで、いつも笑っていて欲しいと。

 

それでも、彼女が時折見せるあの顔は・・・シンジを不安にさせる。

 

彼女を守りたいという強い想い

 

それは自分勝手な押し付けにすぎないのかもしれない。

あの時、すでに人の形を為していなかった彼女を、再び今の彼女にしたのは

そして、あそこから連れ出したのも自分で

 

そして、ずっと守って行きたくて側にいる。

いや、ずっと側にいたいだけ……………

 

・・・彼女は他に頼る者などいなかった・・・

 

いつの間にか自分の人生につき合せているのかもしれない。

 

自分達を監視し、狙っているだろうNERVの問題も解決していない。

 

今こうして共にいることが、レイ自身の意思で、彼女の本当の望みであることを信じたい。

 

いや、信じている。

 

ただ一緒に長い時間を過してきたわけじゃないのだから

 

だから、そのぐらいのことは分かる。

 

だからこそ

一瞬でも・・・悲しい顔なんてさせたくないのに……

 

 

 

シンジがレイを見上げる

 

すると、暖かな光を称えた紅の瞳が自分を向いている。

 

優しく目を細めて微笑む、そんな彼女が愛しいのだ。

 

「シンジ、私・・・空が大好き」

 

レイが空を見上げて言った。

 

「じゃあ・・・レイが空よりも好きなものは何?」

 

え?

予想外のシンジからの問いにレイは戸惑う。

どう答えようか?

レイはしばらく空を見上げたまま考える。

 

なんと言えば良いのか?困ったレイはシンジの表情を伺おうと目線を下へ向ける

 

すると

安らかな寝息を立て

自分の膝の上でいつの間にかシンジは眠りについていた。

 

まだ、しばらく日が沈むまでには時間がある。

しばらくこうしているのもいいだろう………

 

でも

その幸せそうな寝顔を見て

レイはなんだか悔しくなってしまう。

 

…………空よりも好きなものなんて、あなたしかないじゃない

 

レイにはシンジがわざと意地悪な問いかけをしたのかどうなのか

 

その真意はわからなかった。

 

 

 

 

これから先にどんな困難があろうとも

乗り越えて行ける

信じている

彼を・・・

シンジとならきっと・・・

だから

恐れることなど、何もないのかもしれない

 

彼が自分のために全力をつくしてくれることを知っている。

誰よりも気にしてくれていることも。

 

何もわからずにいた少女を

弱弱しいながらいつも気にかけてくれた

あたたかい瞳で、ずっとそばで見守っていてくれたこと・・・

今も・・・

 

 

 

返しきれない感謝の気持ち

言葉にできない程の愛しさ

どうしたら伝えられるのだろう・・・?

 

 

 

レイの指がそっとシンジの頬に触れる。

 

 

ずっと・・・側にいさせて、シンジ 

 

涙が溢れそうになって、レイは空を見上げた。

澱みのない空気を思い切り吸い込む。

 

ゆっくりと流れる雲、眩しいほどの日差し、心地よい風

夕焼けに染まった空

 

おだやかに流れる時間

 

私に心をくれた人

私に笑顔をくれた人

空を教えてくれた人

愛を教えてくれた人

 

何が一番大切かを・・・シンジが教えてくれた

 

美しい茜と群青の空

秋風に揺らぐ黄金の稲穂

 

季節の戻った世界は、ホントウに美しい

 

こんな世界があること、それを感じること、全てシンジが教えてくれた。

 

終わりのない大空のように

 

ワタシはシンジ

いつまでも生きていこう