「何を見てるの?」

 

街の南側に広がる草原

遮るものも無く、陽の光がよく当たる場所

向うには黄金の海が続く……

 

レイはそこに青い自転車でやってきた。

 

細い道に自転車を置いて、そこから緩やかになった傾斜を下に降りて行く。

一人の青年が柔らかな下草の上で寝転んでいた。

中性的、見ようによっては女性的な細面で、ただ大きな瞳で上を見上げているシンジに声をかける。

 

「いや…………ちょっとね……」

 

多分、散歩の途中だったのだろう

穏やかに、そしてどこかぼんやりした口調で生返事をする彼

そんな彼を穏やかに見つめるレイ

 

そして彼女は言うのだ。

シンジが顔だけレイの方に向けて言おうとした言葉を……

 

「空ね?」

 

彼女に先に言われてしまったシンジは、しかし何事も無かったように見上げている。

レイも彼の隣に腰を下ろして同じように空を見上げる。

 

「キレイね…………」

 

レイがぽつりとつぶやく。

その声にどこか陰りが見えて

気になって彼女のほうを見た。

ふと見た横顔がなぜか寂しそうに見えた。

 

何か心配事でもあるんじゃないの

訊ねてみたが、彼女は笑って何もないと言った。

 

シンジはそれならいいんだ、と視線を空へと戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新世紀

外伝

『SKY』

前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三新東京市から、ここ、北海道のある街の外れに引っ越してきてもう半月になるだろうか?

 

ここでは穏やかに時間が過ぎて行く

一応鍛錬などは続けているし、それなりの対処、警戒は常に必要では有る。

が、しかしNERVにいたころ、サードインパクト後、慇懃な態度とその裏に見え隠れする監視を感じずに済むだけでも心地よい。

なにより、あの偽りに満ちた組織から離れられただけども御の字だ。

 

今はただ、二人静かに暮らして行く

 

ふと、こんな時が続けばとそんな気持ちにもなる。

 

しかし

レイは動揺していた。

傾斜にシンジと二人寝転んでいる、このときも…………

 

それでも

彼にはそれを悟られぬよう

問題無いとばかり、昔からよくしていた無表情な顔を作るわけにもいかず、韜晦した笑みを浮かべる。

 

彼女は近頃よく嫌な夢を見るようになった。

 

過去がそうさせるのか?

心のどこかに不安があるのか?

それとも単なる偶然なのか?

 

彼女自身にもよくわからない

過去の出来事

あの頃の自分

 

そう、あの頃の自分が存在する意味

 

それはいつも彼女を不安にさせるのは確かだった。

 

そして離れてしまう予感

 

レイはある夜明け前に

いつもの悪夢目を覚まして

涙が止まらなかったことを思い出す。

 

隣に眠るシンジが起きないよう、押し殺し、静かに涙を流していた。

 

耐えきれなくなって彼の胸にそっと身を寄せ

その暖かな体温と穏やかな心音に次第にすがったのを思い出す。

 

そして

 

東の空が薄っすらと明るく、山の端からオレンジ色の光がこぼれだす。

顔を覗かせた朝日が夜の闇を退けて、薄いレースのカーテンを透かして、柔らかな光を届けてくれる。

 

こんなとき

ほんとうに救われたような気がして、レイは身体を起こし窓のほうを見る。

 

そんなレイの隣でシンジがのんきに欠伸して

 

「―――空が眩しいよ、寝不足なボクには……」

 

と、笑う

いけしゃしゃあと言うのだ。

 

あれだけ熟睡していたのに

そして彼女をだきよせ、ゆっくりと髪を撫でてくれる。

未だ幼さの抜けない彼のその顔が

それでも日々、少しずつ変わっていることを

レイは知っている。

 

多分一番彼女が知っている。

それは彼も同じ……

 

嘗て鈍感であった彼も、少なくとも彼女のことには気付いてくれる。

ただ流れていた心が、次第に変化していることを知っている。

 

頼り甲斐のある男性へと

未だその顔はどこか女性的ではあるが、稀に見せる、どこか大人びたその表情はたまにレイをドキリとさせる。

変わらないのはシンジの澄んだ瞳と心だけだ。

 

そしてこの空

 

そう、この夕焼け色の空も、変わらない。