サードインパクト
すべてが終わってから三ヶ月たったころ
葛城ミサトと惣流・アスカ・ラングレーのドイツ支部への転属が正式に決まった。
転属が正式に決まってからは2週間は間があったのだが、ミサトがそのことを伝えたのは一週間前
移動または手続きのことも考えるとこちらで過ごせるのは残り三日程度しかなかった。
一日目、シンジとレイは、二人の引越し準備を手伝うことになった。
二人は当時、一時的にミサトの部屋の隣に住居を移していたのだ。
ミサトと二人、とくにレイとは色々と複雑な問題もあったが、表面的にはおおむね良好な関係で
シンジとともにレイはよく葛城邸の家事を取り仕切っていた。
だから、今度もその手伝いをしていた。
業者が大半をしてくれたが、やはり身近なもの、自分達あるいは身近なものだけしか触らせたくないものもあるのだ。
ミサトは、妙に荷物が多く大変であった。
そして、この点に関しては家事同様、ミサトは無能だった。
アスカは、結構荷物をまとめるのも手際がよかった。
しかし、こちらもあまりに荷物が多かった。
おまけに随分と注文が多かたった。
業者を極力使いたくないのか、散々シンジとレイに手伝わせ、発令所のオフのオペレーターまで借り出して用意をしたのだ。
アスカ自身は文句を言うばかりで、あんまり手が動いていなかったときも多かった。
ちなみに、ミサトの荷物は最終的には思いのほか少なくなった。
その多くが完全無欠なガラクタであったからだ。
そしてそれでも捨てられないもののみを纏めると、ミサトの部屋が以外に広かったことが分かった。
結局、これが随分と大変な仕事となった。
最初の日はほとんど荷物のまとめとゴミ出しで終わってしまった。
シンジとレイは、この日NERVの訓練には参加しなかった。
去り行く二人と過ごすことが大切に思えたから
だんだんとこれまでの生活の証拠が消えていくのが寂しかったから。
たとえ、その関係が昔通りのものではないとはいえ
どこかギクシャクしていたとはいえ
それでもしばらく、レイも含めて"家族ごっこ”をしていたのだから
せめて旅立つ様子をはっきりと見ていたかったから。
ゆっくり話す暇も無かったが、とにかく少しでも一緒にいようとした。
二日目、転勤の知らせを受けたケンスケ、トウジ、ヒカリがまったく知らない間に送別会を企画していた。
いつのまにやらかしやらジュースや酒を集めてきて朝の八時にはやってきた。
”三人とも、親がNERVで働いているとはいえ、どうやって知ったんだろう?”
なんとなく気になってい聞いてみた。
すると、ヒカリには、アスカが連絡したそうだ。
そして、そこから二人に伝わったらしい。
送別会には、途中から、マコトや青葉、マヤが加わった。
三人ともかなり忙しいはずなのに
どうやってこの時間を捻出したのか多少興味があった。
同時に、その行動力に感心した。
”なんとなく、NERVの職員って、上の人間になるほどずいぶんと横のつながりがあるな”
と、改めて思った。
結局、いつものばか騒ぎが始まった。
ミサトは、いつにもまして飲んでいた。
送別会は、朝の九時ごろから行われていたので、午後一時に辞令を取りに行ったときは、随分出来上がっていた。
さすがにちょっと心配だったがきちっと車で出勤した。
ミサト
無事辞令を受け取ってきた。
アスカはというと、これまた随分とノリノリだった。
ここに来た当時からは想像もできないほどだった。
そしてそれは、昔のような虚勢を張ったところのない、本当に楽しんでいる様子だった。
なんとも長い送別会は、結局みんなが眠りこけるまで続いた。
最後まで、なんとなく場ののりについていけ無かった(理性を失わなかった)シンジとレイ
そして、マヤが、爆睡しているみんなにタオルをかけ、いくらか片づけてその日は幕となった。
次の日、シンジたちは空港まで二人を見送りに行った。
もっともその前までが大変だった。
前日、全開全力で騒いでいた面々はまったく起きなかったのである。
シンジたちが朝、片づけをはじめても起きなかった。
掃除の邪魔で、体を揺すろうが、二人係で抱えあげようが、まったく起きようとしなかった。
時間が差し迫ってきて体を揺さ振ろうがなかなか起きなかった。
最後に、
「未確認物体接近!パターン青!間違いありません!使徒です!!」
おなじみの台詞を、サイレン付きでマヤが叫ぶと、さすが、条件反射で起きた。
ちなみに、シンジとレイが、サイレンの役だった。
結局、おお慌てで身繕いを整えて(寝ていた面々が)、それからミサトの車とマヤのに分乗して空港に向かった。
ミサトはそのまま車を貸し倉庫に預けるらしい、マコトがそちらに運ぶそうだ。
ミサトさんの運転はいつものことだったのだが、マヤがスピード狂だったのには驚いた。
そうやって、空港には時間より少し早く着いた。
いつもと変わらない真夏日で、滑走路には陽炎が漂って見えた。
熱く焼けたコンクリートの地面が、熱さを余計に引き立てていた。
一般の飛行場でもないので、滑走路からそのまま乗り込むようになっていた。
上下から迫り来る熱波がたまらなく不快だったが、吹き抜ける風がそれを和らげてくれた。
いつもの夏の、いつもの晴れ間。
そんな感じがした。
ほんのすこし、シンジはアスカと始めてあったあのときのことを思い出した。
二人とも馬鹿がつきそうなほど明るく振る舞っており
なんとなくお別れというより晴れ舞台に送り出すようなそんな気さえした。
なんとなく、たいした感慨もわかないうちに、時間がきた。
二人に迎えがきて、時間を告げた。
二人が乗り込んでいくとき、アスカが急にこちらに向かって走ってきた。
次の瞬間、何がなんだか解らないうちに、アスカがシンジにキスをしてきた。
横でレイが口に手を当てて驚いている。
前と同じで、シンジはされるがままだった。
前とは違って、鼻を抓まれていなかったのでいきができた。
前とは違って、アスカの手はシンジの背中に回されていた。
前とは違ってアスカは長い長いキスをしていた。
そんなとき、気付いた。
急に補完のとき、アスカがシンジをなじった言葉を思い出した。
『抱きしめてさえくれない』
だから、シンジはアスカの望む事をした。
シンジはアスカを優しく抱いた。
シンジはアスカの舌に答えて、自分の舌を絡ませた。
シンジたちは長く激しいキスをしていた。
「ばいばい、シンジ!!」
レイはふてくされてそっぽを向いていた。
たっぷり一分はたった後、ようやく離れたアスカは、そう言い残すと、再び軽やかに飛行機にかけていき、乗り込んだ。
ようやく、アスカとの溝が埋まったような気がして、なんとなく嬉しかった。
飛行機はゆっくりと飛び立ち、やがて夏の雲の向こうに消えていった。
PS
「ねぇ、レイ機嫌なおしてよ」
「ダメ、シンジアスカとキスした。しかもあんなに激しく」
「うん…最後だったからね、一応その挨拶に」
「でも許せない」
「どうしたら許してくれる」
二人の消えた夏の空を見上げつつ
シンジはレイの機嫌をとっていた。
「キスして」
「ん?それでいいの?」
「とりあえず、まずはそれなの」
「それなら、何時でもしたいよ」
青い青い空の下
二人は長いキスをした。