新世紀
第1話
「ここが新しいボク達の家だよ。」
「ええ」
ジオフロント
しかし、よく使われる居住フロアではない。
未だ埋もれた過半の部分ではなく表層の辺り
外周部の方を利用した丘陵だ。
二人はその中でもひときわ小高い丘の、中腹から頂上までの斜面を利用して作られた建物の前に来ていた。
周りは、ゆったりとした広場
緑の芝が一面に植えられていて、所々に花壇がある
建物から20メートルも離れると、そこからは、広葉樹で覆われた森
ふもとの湖までその深い緑をつなげていた。
「いいところね」
「そうだね、景色は良いみたいだ。気に入った?」
「ええ」
「なら、多少無理を言って探してもらった甲斐があったよ」
少年は隣に立つ少女に笑いかける。
少女はほとんど無表情ながら、かすかな変化が少年に、彼女が微笑んでいることを告げていた。
着いたのがちょうど夕方だった。
ジオフロントは、見せ掛けの夕焼け色に染まっている。
一応西の方角から夕日が差し込んできている。それは南向きの斜面を横から照らしていて
陰となった森が、どこまでも深い緑で覆われていた。
そして、およそ西向きにあるのすべてが、黄金色に染まっていた。
偽りの夕焼け色の空が、ゆっくりと暗く沈んでいく。
「どこか、あの赤い海に似てるね」
「終わったときの?」
「ううん、君と“はじめて”の場」
「な、なにを言うのよ」
少女はそのときを思い出し、頬を赤く染めて俯く
“あのとき”を思わせる光景
そんな中
緑豊かなところに二人、立っている。
ふもとにある湖を眺めている。
湖は、空の茜を反射して、淡く輝いていた。
「みんな、茜色と黒い影になってるね」
「ええ、全てが二つの色に染まって行くようなの」
「綺麗なものも汚いものも、みんな覆い隠してか・・……」
「・……大丈夫?」
「ん?大丈夫だよ。君がいてくれるのだから」
いつもは非常に不細工に見える、停泊しているフリゲートも、今は影にしかならない。
それは幾何学的な黒いオブジェとなって、淡い茜色の輝きに変化を付けていた。
すぐ側から湖まで続いている森をゆっくりと見渡した。
紅葉とは無縁なはずのこの森も、今は赤く色づき、光の具合によって様々な色合いを醸し出している。
夕焼けが良く当たるところはどこまでも赤く
そこから、暗がりまでにゆっくりと色合いを変化させている。
鮮やかな赤から、橙色、緑がかかった黄色へと
陰まで行くと深い緑だった。
周りとの対比からか、いつもよりいっそう深く碧色に沈んでいる。
「周りに人の気配がしない」
「そうだね、くれぐれも近づくな、監視も護衛もつけるなといってたし」
「でも盗聴器や盗撮用のカメラ、沢山あった」
「みんなすぐ壊しちゃったし、契約違反だって文句言っといたから大丈夫、どうせしばらくの間だから」
「そうね」
立っている、広場に目をむけた。
足下の芝も、周りの木々も夕焼けに染まっていた。
茜色が映えて、それでも軟らかな印象を与える。
二人の影が、長く写っていた。
ホントウに、あの日を思わせる風景だった。
二人して、ゆったりとその様子を眺めた。
たぶん、昔を思い起こしながら。
「行こうか、そろそろ幾らなんでも冷えてくるし、地下空間だから」
「そうね」
日が沈み、空がゆっくりと闇に覆われ始めた頃、ボク達はようやく建物に足を向けた。
丘陵をゆっくりと上がっていく。
そこに建っていた、幹部用の施設
もともと利用しているのは少ない
実際住んでいる人などいない。
当然、部屋はほとんど空いていた。
だから、移り住むのに何の問題も無かった。
二人の生活をともかく邪魔されたくなかった。
今は静かに過ごしたかったから
だから、真新しい他建物なのにどこか寂れていた
なぜか、照明が有るのに、薄暗い感じがした
なにより、全く生活感がしなかった
「似てるわ」
「え?」
「前住んでいた所」
「そうかな?」
「ええ」
「ふ〜ん」
それは、どこか、彼女がもと住んでいたところを思い起こさせた。
その最上階の部屋の前に、ボク達は来ていた。
その階の全てを占めている、その部屋の前でだった。
「ここが新しいボク達の家だよ。」
ボクはレイにそういった。
二人とも、ほとんど身一つでここにきている。
レイは元々たいして私物と呼べるものを持っていなかった。
ボクが持ってきた荷物といえば、着替えぐらいのものである。
そろって、バック片手にドアの前で立っていた。
新たな生活を始めるに当たって、必要なもののほとんどは頼んでそろえてもらった。
もともとふたりしてたいした荷物はなかったから
彼女など皆無だったから。
「一応、色々仕掛ける以外にも、表向きの仕事もしてくれたみたいだね」
「ええ、綺麗に配置されてるわ」
「今ごろ、“目と耳”が全部死んで戸惑ってるだろうね」
「それより違反金の額におののいてると思うの」
「はは、そうかもね♪」
既に、家具等を二人で選んでいた。
配置も決めた。
それなりに本来?の仕事もできるようで、配置もなかなか見事だ。
もっとも、ほとんどモデルルームそのままではあるが
そこに、二、三の注文をつけた程度であった。
新たに入れてもらったといえば、ピアノなどの、いくつかの楽器類程度である。
「今度、一緒に演奏してみようよ。ピアノは弾ける」
「ワタシ知らない」
「じゃぁ、色々教えてあげるね」
「ええ」
だから、すでに家具も何もかも業者の人が並び終えているはずである。
モデルルームの生活感の無いきれいな部屋があるはずだ。
無機質な様子が、そのままそこには有るはずだ。
ほんの少し躊躇した後、行動に移った。
IDで鍵を開けた。
ドアが横に静かに開いた。
玄関の照明がひとりでに点く。
靴の無い、全く飾り気の無い玄関が、無言で出迎える。
空気がなぜか冷たく、妙に肌に意識させた。
全く人の生活した様子が伺えない部屋
人の匂いのしない部屋
初めて入る部屋
だけど
「ただいま」
ボクは、”以前”と同じように、そういって足を踏み入れた。
なんとなくそれがふさわしい気がした。
あの時とは、状況が全く違うけど
”ここがボク達の家なんだ”
「御帰りなさい、レイ」
彼女の、レイの目が驚きに大きく見開かれる。
口を両手で覆い、顔を真っ赤にして、目を潤ませる。
「あ、ああ、あ」
どうやったらこの感動を表せるのだろう
レイはただ、ただなにかを言おうと、ようやく口を開く
「た、ただいま」
その言葉はシンジとレイの脳裏にゆっくりと染みこむ
二人の顔が、まるで花開くように笑顔になる。
「ただいま、ただいま!シンジ!!」
レイがシンジの胸に飛び込む
シンジはなんとなく照れくさかった。
それでも跳びこんできたレイのやわらかな体を存分に抱きしめる。
心と身体に慶びが染み渡る。
そしてレイはどうしようもないほどの歓び
今まで決して必要の無かった言葉に感動していた。
二人で肩を抱き合いながら中に入っていく
脱ぎ散らかされた靴が、玄関の空気をかえた。
ただいまの一言が、冷たかった空気に暖かみを与えた。
何も変わらないこの部屋に、生活の匂いがしてきた。
たとえここにいる期間は短くとも
そう、これから、二人の新しい生活が始まるのだ。