小さな村
山に囲まれた地図にも載らないような小さな村
それは大げさかもしれないけど、でもとても小さな村
あれから四年
流れ着いたボク達
そして、この村で暮らしている。
少しずつ春を感じるこのごろ
柔らかな陽射しの元で花開くその日を待ち望む沢山の蕾
一体なんという名の花なのだろう?
ボクは辺りの土に丁寧に水を撒いていた。
ある時、ふと思いついてボクはこの花の種を撒いた。
だいぶ前にもらった種だったから、芽が出るのか心配だったけれど
「シンジ、その花はもうすぐ咲きそうなのかしら?」
頭の後ろで声がした。
ボクはその声の主の方へと振り返ると彼女の座っている車椅子を少し前に押してやる。
こうして花の前まで連れてきてあげるのだ。
「手を伸ばしてみて……
ほら、蕾がこんなに大きくなったよ」
ボクは彼女の手をとって、そっと花のところに持って行く。
蕾に触れると彼女の口許がほころんだ。
そして、
「明日には花が開きそうね」
と、言った。
「この蕾の色は?」
「白――――
雪みたいな………」
ボクは彼女の見えない目の変わりにじっと蕾に顔を近づける。
そして、その真っ白で美しい蕾の色を伝えた。
ボクたちは小さな村のある老女の家に世話になっていた。
この家には目の見えない老女サユリ
その孫娘沙耶の二人しかいない。
サユリの夫は何年か前に病気で亡くなった。
彼女の息子であり沙耶の父、そして母は"あのとき”帰ってこなかったそうだ。
それを聞いたときは罪悪感で一杯だった。
あれを起したのはボク達だから……
時の流れは
少しずつでも
深い傷を癒すことができるのだろうか?
「沙耶に笑顔が戻って本当に良かった」
それが、サユリの口癖だ。
都会で暮らしていた沙耶がサユリに引き取られて一緒に暮らすようになったばかりの頃
沙耶は家から一歩も出ないような生活をしていたと聞いた。
ボクたちが初めて沙耶に出会った時にはそんな少女だったとは想像もつかないくらいに
沙耶は元気いっぱいに飛び回っていて、いつも笑顔で――――
「あなた達がここへ来てから――――
ますます沙耶が元気になったようで、本当に感謝しているのよ」
サユリはボクの手をぎゅっと握った。
なにも知らない彼女の言葉が、ボクの胸を締め付ける。
彼女から笑顔を奪ったのはボク達なのに……
「――――沙耶はきっと、もう大丈夫
あの子は、強い子だもの…………」
ボクはその手を軽く握り返して言った。
「そうですね」
ボクがサユリの車椅子を押して家に入ると、沙耶が駆け寄ってきた。
「ねぇ、レイはまだ帰ってこないのぉ〜?」
「もうすぐ戻るよ、そろそろお仕事終る頃だからね」
ボクは二人の家に残り、ちょっとした小説を書いているから外に仕事に行かないがレイはボクの助手兼担当だからたまに出かけなくてはならない。
ボクがそう言うと、沙耶は目を輝かせて
「今日はレイがお土産いっぱい持ってくるって言ってたよ!」
サユリとボクは、無邪気な沙耶が可愛らしくて、笑った。
レイは沙耶のことを本当の妹のようにかわいがった。
沙耶も、彼女にとてもなついている。
妹
彼女にはホントウの意味ではなかったもの……
だから懐いて来る沙耶がよほどカワイイのだろう
彼女は、あのときのことをハッキリとは覚えていない
多分、全て覚えているのは世界中でボクだけだから……
だから、とくに蟠り無く付き合って行ける。
二人ともとてもイイ笑顔で笑い合う。
―――――見ていて、妬けてしまうくらい……………
ホントウに沙耶に向ける笑顔は優しい。
この家に来てしばらくは、戸惑うことばかりだった。
まったくの他人と暮らすなんてことはボクは久しぶり
レイは初めてだったし
ボク達の内に有るアダムやリリスもいる…………
あてのない旅の途中でレイが突然倒れた。
まぁ、ただの風邪だったらしいけど……
慌てたボクはこの村の病院に駆け込み、そこで、診察に来ていたサユリと出会った。いつの間にか、すっかり彼女の世話になってしまっていた。
のんびりと暮らしたことのないボクたちがここに居着いてしまったのは彼女の温かい人柄とそして、沙耶がいたからかもしれない。
ボクたちが少しでも沙耶の心の傷を癒すことができるように
彼女にも、ボクたちの心を癒せる不思議なものがある。