故郷の地より遥か離れた南海の島

エニシアン島の総監たる霧島家の城

その一角に少年は一人海を眺めていた。

塔最上部のフロアを丸ごと使ったその部屋は

ぐるりと囲んだテラスから三百六十度見晴らしがきき

地平線の向こうまで続く海に、今ゆっくりと日が沈む。

 

「父さん・・・・母さん・・・・・・・」

 

海の遠く向こう西大陸

そこに、故郷ネルフ皇国がある。

首都、ジオ・フロントは東海岸に面した海路と陸路の要衝

リべの大河の中洲

そこに民家一件分の太さはある巨大な杭を幾つも打ちこんで築かれた堅固な城塞都市

整理された道路にクリーム色に統一された街並み

地味な灰色のつくりの城が、妙にマッチしていて

特に日が地平線の向こうに消え始める頃

街の全てが赤くそまった様子が、美しかったことを覚えている。

 

軟禁されたこの豪奢な部屋から、夕暮れを見るたびに

故郷の町が思い出され、少年の心は沈む。

 

彼の名は碇シンジ

ネルフ皇国女帝、碇ユイと宰相六分儀ゲンドウの間に生まれた、第一皇子

本来血統から行っても間違い無く第一王位継承者たる彼

いかに東西大陸の要衝とは言え、王都から遠く離れた孤島に

しかも軟禁されているのは、何故か?

 

「・・・・・ボクは、生まれてくるべきではなかったの・・・・・・・?」

 

黄昏の海をうつした瞳は空ろで

見えない何かを追うようで、おおよそ生気が感じられない。

 

「ボクが・・・・・・・・呪われた子だから・・・・・だから・・・・・」

 

嘗てはこのことを思うたびに涙があふれたものの

今は顔の筋肉一つ動くことが無い。

ひどく疲れて、空ろなだけである。

 

「もし・・・・・ボクが何の力も無ければ・・・・愛してくれたのかな? 」

 

バルコニーの手すりにもたれて海を眺めながら

シンジは微かに

ため息とともに呟いた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

狼精日記

プロローグ

『接触』

 

 

 

 


 

 

 

 

――――――――――15年前――――――――――

 

第一皇子誕生!!

そのとき、確かにネルフ皇国は、国を挙げてのおお賑わいだった。

近年国を傾けるような戦も起こらず、幾つかの小国との争いには全て勝利し

現在の女帝・碇ユイの善政と、宰相六分儀ゲンドウの辣腕により国はますます栄え

国は潤い、民は安んじ

歴代皇帝の御世の中で、もっとも安定し、栄えていた。

 

そんな中での、世継ぎの誕生!

御偉い方々が触れ回る必要も無く

競ってその誕生を祝い、さまざまな式典が開かれ

御祭り騒ぎに国中が沸きかえった。

 

幾日も繰り返されるパーティー

新たなる皇子への贈り物を届けようという人々で、王都への道があふれたほどだった。

だれもが、光り輝くまがりというその赤子を見ようと集まっていた。

 

皇子の名をシンジといった。

 

皇子が誕生して四日後

ようやく誕生祝の行列にも終わりが見え始めた頃

一人の老婆の順番が回ってきた。

 

「老婆よ、遠路はるばるご苦労だった。そなたは何を皇子に? 」

 

謁見の間

玉座の脇に控えた宰相・六分儀ゲンドウが声をかける。

 

「皇子の未来を」

 

茶色いローブを頭からすっぽりとかぶった老婆は答えた。

 

「未来ですか?」

「そなたは占い師なのか? 」

「はい、陛下、宰相様」

 

玉座で可愛い我が子を抱きえた女帝・ユイは面白そうにしわがれた声の老婆を見る。

腰のまがった老婆は、杖で支えたその体をさらに折り曲げて挨拶した。

 

「私は特に財もありませんので、非常に稀な運命を持つ皇子の未来をつげに参ったので」

「非常に稀な未来? 」

「それは、どんな意味だ? 」

「言葉どおりですじゃ」

 

耳障りな老婆の声が不吉な何かを告げているようで

女帝と、宰相は顔を険しくして尋ね

老婆は意味深に告げる。

 

「皇子様は年を得る後とに美しく賢く優しく、素晴らしく成長していくでしょう」

「ほう」

「まぁ・・・・」

 

思わせ振りなセリフにもかかわらず

老婆の告げ始めた内容は素晴らしいものに聞こえ

親でもある二人はまんざらでもないように頬を緩める。

 

「さりながら・・・・・・・・」

「「!?」」

「さりながら、皇子様が行きつく先は闇。やがて皇子様はネルフ皇家にかかった呪いを一身に受け・・・」

「呪い!? 」

「・・・・・・・むっ!? 」

「皇子様は深き闇の化身を受け継ぐでしょう・・・・・・遥か昔・・・皇家が取り交わした盟約にしたがって・・・・・・・・」

 

不吉な予言を告げる老婆の声は、その聞きづらい耳障りな声にもかかわらず謁見の間にいる全てのものの耳に響き

みな魅入られように老婆を見つめ、動かない。

 

「これより十八年、皇子様が十八歳になられる誕生の日、皇子は真の闇に染まりますじゃ」

 

運命の宣告を聞いたとき

思い当たることでもあるのか、女帝も宰相も、その顔を真っ青にしていた。

そして静寂が満ちる。

 

「それでは、私はこれで帰らせせていただきますじゃ。まぁ、短いときを家族仲良くお過ごし下され」

「ま、待って! 」

「・・・・くっ!?・・・・・・・ええい、衛兵! このものをを取り押さえろ!! 」

「「「「はっ!!」」」」

 

老婆がヨボヨボと立ち去ろうと歩き出したとき

ようやく我に返った宰相が衛兵達につげ、老婆を捕縛させようとする。

衛兵達はすばやく老婆にかけより、槍で老婆を押さえつけようとした。

すると、槍が老婆に触れるや否や、ぼろぼろのローブのみを残して老婆は消えてしまった。

そして

 

「いきなり随分ね。せっかく親切に教えに来てあげたのに」

 

広間に集まったものは、声がする上のほうを眺める。

謁見の間に明かりを取り入れるステンドグラス

それを支える針に、人影があった。

そこには長い黒髪の美しい女がいた。

 

「まぁ、どの道その皇子様の運命も決まったも同じ」

「き、貴様! 」

「待って、御願い!! 」

「そんなに慌てても、どうしようもないのよ」

 

小さい真紅の唇から流れる声は音楽的でさえあるが

そこには明らかに哀れむような、あざ笑うような響きがあり

時折くすくすと笑っている。

 

「だから・・・・・・また皇子様に会いに来るよ」

 

言いながら真っ黒なマントを翻す。

最後に見た、楽しげに細められた赤い瞳が酷く印象的であった。

 

女帝も宰相も、広間に集まっただれもが声もあげず

呆然とその場にたたずんでいた。

 

ウアーー!!、アゥァーー! ゥアァーー!!

 

ただ、生まれて間も無い皇子の泣き声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

その後

その事件は一つのしこりとなって人々の心深くに残ったが

しかし、ちょうど隣国との交易折衝が失敗し、戦争に発展したこともあり

そのゴタゴタの中で、忘れられていった。

親である女帝と宰相以外から

 

 

変化が起こったのは四年後

第二皇子が生まれたとき

 

文部博士であり、女帝・ユイの師でもある冬月コウゾウとの間に生まれた彼は

特に見目が優れているわけではなかったが

水準以上の容姿をしており、尚且つ何のいわくもつかなかった。

 

第一皇子・シンジ

彼は誕生の祝いで告げられたとおり

そして多くのものの予想通り、可愛らしく賢く

なにより美しく成長していた。

四歳児に美しいというのは、一般的には適当でないが

皇子は確かに美しかった。

多少回りの物が気後れすることはあっても

おおよそ多くの愛情を持って育てられたいた。

 

だが

 

その日

シンジは御月の物とともに郊外の離宮に来ていた。

時節は春

離宮の庭には、遠く日ノ本の国から送られてきた桜が満開であった。

それで、侍従の一人の進めで、花見としゃれ込んだのだった。

もっとも、物静かなこの第一皇子にしては珍しく、朝からはしゃぎまわっていたため

食事を終えた昼過ぎには、彼は離宮内の自室で眠ってしまっていた。

共の者の他、惣流家の息女や霧島家の兄弟など

シンジと同年代の大貴族の子供達も来ており、それらは自分達の御供と

未だ花吹雪の中で遊んでいた。

シンジの傍には、霧島家の嫡男と部下が数名

あとは幾人かシンジのお付の女官がいた。

 

突然

離宮の一角が火に包まれた。

シンジの自室を中心に燃え広がった炎は、周りを完全に遮断しており

追い詰められた女官らは悲鳴を上げながら体を寄せ合い

霧島家の嫡男は、未だ眠ったままの親友である第一皇子の手を握って震えていた。

周りから狭まるように、炎はシンジの自室に向かってきて、逃げ場が無い。

とうとう燃え始めた壁や天井を、煙に巻かれ呼吸困難で薄れ行く意識の中

絶望と共にみなが眺めていたとき

突然シンジが立ち上がった。

絹の寝巻きに包まれた小さな手をいっぱいに広げ左右に突き出す。

同時に一陣の冷たい突風が巻き起こり

たちまち炎は消えてしまった。

 

女官達は、ベットの上に立つ誇らしげなシンジの小さな姿を

驚愕と、畏怖のこもった眼差しで見つめていた。

ただ、霧島家の嫡男だけが別のある表情で魅入っていたが・・・・・・

 

火の回りが余りに不自然なこと

そして被害者が第一皇子であるシンジであったこと

以上からこれが故意のものである事は明確だった。

(このことは皇国の誰も疑わなかった)

しかし、犯人はつかまらず

これ以降、シンジを狙ったと思われる事故は度々起こるようになった。

それは、第三皇子が生まれるとますます増え

女帝・ユイの姉や妹に子が生まれるたび

ますます増えていった。

そして、そのいずれもがシンジの不思議な力によって退けられていった。

何人かのお付の女官や武官を犠牲にして

 

さらに、宰相との間に再び生まれた第三皇子が変死した。

シンジが八歳のとき、野狩りに出かけ

夜盗の集団に化けた傭兵達に襲われた後

帰ってきた皇子の前で、女帝に抱かれたまま死んだ時

シンジを見る目は変わった。

 

第三皇子は、謁見の間で

女帝の膝の上に座り、母であるユイにじゃれていたとき

突然苦しみ出し、泡を吹いて死んだのだ。

毒は検出されず、そもそも死因になりそうなものが無かった。

そして、そのとき

大貴族で第三皇子をなにかと後押ししていた洞木家の女当主が、同じように

苦しみながらその場で死んだ。

 

臣下の、両親の疑いの目は第一皇子であるシンジに向かう。

その後もシンジを狙った事件は後をたたず

むしろ頻度を挙げてきて

とうとう処理に困った女帝と宰相は、シンジを霧島家が総監をつとめる

東西大陸交易の要衝

エニシアン島に預けたのだった。

名門中の名門、霧島家は、もともと第一皇子に近く

また、嫡男が非常に皇子に懐いている(同い年で懐いているのも変だが)事もあり

さらに、王都から遠く離れ、大貴族達も王族もめったなことが出来なくなるため

シンジはそこで成人まで預けることにしたのだ。

それは、また

シンジが成人したとき起こる事件から王都を守るためでもあった。

 

 

 

 

第三皇子の死より一年

シンジが九つのとき

彼は実質捨てられたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「冷えてきたな・・・・・・部屋に戻るか・・・・・・」

 

バルコニーに便って、文字通り黄昏れていたシンジは

吹き始めた風に身を振るわせ、部屋へと歩いていった。

濡れた目元を袖でぬぐうと

そこはそこは微かに赤かった。

 

部屋に入っても、なんとなく寒いのは変わらない。

暖炉に火をつけるほどではないし

御茶にでもしようかと、備え付けの呼び鈴を鳴らす。

多分、この城の主、霧島家の嫡男

霧島マナが嬉しそうに、御茶とお菓子を、自分の分を含めて持ってくるだろう。

シンジは、同年だが妙に自分に懐いているマナのことは嫌いでなかったし

なにより彼の奔放といってよい明るさには随分と救われていた。

何故か義賊か海賊紛いのことをしているもう一人の幼馴染もたまに会える。

 

「ここに流されて、もう六年か・・・・・・・・・・」

 

それでも、むなしさは消えなかった。

ベットの端に腰掛け、ボンヤリと天井を眺める。

ここに来てから六年

お付の女官達も霧島家の人々も自分に良くしている。

しかし、自分は確かに厄介者なのだ。

第一王位継承者でありながら、王都のほとんどの貴族

そして実の父である宰相、母である女帝に疎まれた・・・・・・・・・。

 

また目頭が熱くなって

シンジは心に浮かぶさまざまなことを振り払うように頭を振った。

そのとき

 

「皇子様、どんなに現実から逃げようと、アナタは疎まれてるの」

「誰!? 」

「私・・・・? そう、誰かしら」

 

突然話し掛けられたシンジは振り向く

ベットを挟んだ反対側

そこに一人の美女がいた。

濡れたように艶やかで、濡場玉の夜のごとき黒髪

均整のとれた肢体に恐ろしいほど、整いすぎた顔

そしてその瞳は真紅であった。

 

「私は・・・そうね、アナタと同じ運命をたどったもの・・・そしてこれからの・・・・・・クス」

「な、何がおかしい!! 」

「そんなにおびえるもんじゃないわ。私はアナタに何の危害も加えない」

「そんなことっ!?」

 

女は愉しげに笑い

ゆっくりと大きな天蓋のついたベットの周りを歩き

シンジの横に座る。

シンジは魅入られたように動けない。

ただ猛禽に囚われた傷ついた小鳥のように

恐怖に身をすくませ、震えていた。

女は微かに微笑み、そしてシンジの頤いに指を這わせる。

 

「アナタは何の心配も要らない・・・・・・・ただ受け入れればイイの・・・」

「な、なにを・・・・・・・・・・・っ!? 」

「ただ、私に身をまかせればいい・・・・・そうすれば、全てが手に入る・・・・・・・・・」

「・・・・・クゥ!?」

「だから、力を抜いて・・・・・・・私を受け入れなさい、ネルフ皇国第一皇子・碇シンジ・・・・」

「ひっ、・・・・・・・・・・・・・・・クゥハァア―――――――――――!? 」

 

服の合わせ目にかかった女の手が進入して、肌に直接触れるたびに

シンジは始めて味わう感覚に、衝撃に身を振るわせる。

 

「これで、アナタが・・・・・闇を統べる者。喜びなさい。アナタの永遠が始まるわ」

 

完全に紅の瞳に魅入られたしまったシンジは、そこから目を離すことも

女を跳ね除けることも逃げることも出来ない。

互いの手を握り、そして女はゆっくりとシンジをベットに押し倒し

口付けした。

 

 

 

 

あれ・・・・・・・・

なにか、聞こえたような

 

いつものように山間を散策していた巨狼は、辺りを見まわした。

 

確かに、誰かに呼ばれたような気がした・・・・・・・・・

 

その赤い瞳をしばたかせて

ついでにちょっと耳を伏せて頭を落とし、考えに浸る。

 

・・・・・・・・きっと、気のせい

 

結局、回りにも何も見つからず

蒼銀の毛並みを月明かりで輝かす巨狼は

その普通の六倍はあろう巨躯を躍らせ

しなやかに、堂々と夜の闇に消えていった。

 

これが気のせいで無いとわかるのは

これより一年も後の事

 

 

 

 

 

 

 

コンコン!

「シンジ様、御茶を御持ちしました」

 

トレイにいっぱいのお菓子とユウに五杯は御変わりのありそうな御茶を用意してきたマナは

シンジの部屋の前まで来て、横の机にトレイを置き、ノックした。

ちなみにマナは、こんなとき決して女官達に手伝わせたりしない。

かなり丈が余り、ブカブカではあるが間違い無く男性であるはずのこの嫡男

だが、昔からだが華奢な少女の男装にしか見えなかった。

 

コンコンコン!

「シンジ様?シンジ様? 」

 

一向に返事が無いので、マナはもう一度ノックをして呼びかける。

自分が大好きな皇子は、自分から呼び出しておいて

部屋を留守にするなどと無粋な真似はしない。

 

「シンジ様、入りますよ」

ギィー―――――――――――!!

 

いつものことで、本にでも熱中してるか黄昏ているのだろうと思い

マナは遠慮無くドアを空けた。

そこには

 

「!!!!!」

 

夕日が紅に染めた部屋

南の壁を枕にした天蓋付きの豪奢なベット

そこには全裸の男女のシルエットあった。

 

下に押し倒されているのは、間違い無く自分の良く知る皇子だ。

では、上にまたがり、皇子と手を握り合っているのは?

大好きな皇子と肢を重ねている美女は?

 

「誰!?」

 

瞬時に身構えたマナは懐からいつも忍ばせているダガ―を抜き放つ。

しかし

黒髪の女性がこちらを振り向いたとき

その紅の瞳に射抜かれたとき

 

「なっ!?」

 

マナは瞬時に動けなくなってしまった。

そして、微笑みながら女性は消えていった。

 

そして横たわっていた男

自分の身間違え出なければ間違いなくシンジだったはずのもの

しかし、何故かその影の髪がユラユラと伸び

手足がしなやかに伸びて、豊かな胸がでてきて

シルエットが変化していく

 

そして、その後には・・・・・・・・・

 

「シンジ様!?」

 

自由になったまなあhベットの人影に駆け寄る。

しかしそこにはシンジはいない。

 

「あなた誰!? さっきの女!!! 」

「――――――――何・・・・・マナ・・・?」

「あなたにマナって呼ばれる理由はありません、答えなさい!!! シンジ様は!? 」

「だれって、シンジじゃないか? 忘れたの? 」

「あなたのどこがシンジ様なの!? 」

 

マナは酷い剣幕でその人影につめより

そののど元にダガ―を付き付ける。

そこにいたのは、先ほどの女性に良く似た

引き締まったスレンダーな体つきの長身で、恐ろしいほど整った顔と身体の美女であった。

 

「どこがって・・・・・・・アア! そう言うことか! 」

「キャッ! 急に動かないで。死にたいの!? 」

 

何の躊躇も無く美女がベットから置きあがるので

マナは慌ててダガ―を引き

改めて女性に付き付ける。

 

「誤解だよ。確かに今のボクは姿は違う、でもボクはシンジだ」

「何を訳の判らないことを言ってるんですか、あなたのどこがシンジ様なの! シンジ様をどこにやった訳!! 」

「ウー――――ん、困った。とりあえずボクとマナの思いでから話しちゃだめ? 」

 

黒髪の美女は、その見事な長い髪をかきあげながら

言っている割には、余り困ってないように話し出す。

マナは油断なくダガーを構えながらも、そのしぐさ、表情が自分の良く知るシンジに繋がり、反論できなくなる。

 

 

そして女性はよどみ無く、マナとシンジの思い出を語り始めた。

最初、だまされないぞとばかりに睨み付けていたマナも

その内容の正確さに次第に戸惑い始める。

そんなマナをシンジだと名乗る目の前の絶世の美女は紅の瞳を愉しげに細めて見守る。

そんなところもシンジそっくりだった。

 

 

 

「――――――こんなところだと思う。そして今ボクが呼び鈴で読んだから」

「・・・・・・・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・」

「だから、マナはボクと御茶しようとお菓子と御茶を持ってきてくれたんだよね」

「・・・・そんな・・・・・」

「もっとも、それはちょっとだめみたいだけど」

 

女性の指差した先には、粉々に砕けたポットとカップ

そして散乱したお菓子、特にケーキがつぶれていた。

まなあは信じられないとばかり首を横に弱弱しく振る。

 

「だから、ボクはシンジなんだよ。判らない? 」

「そんなはず、そんなはずは・・・・・・・・・・」

「なら、こんなのはどうかな? 」

「ヒッ!?」

 

女性はマナから静かにダガ―を奪い

マナはなすすべも無いまま女性に抱き寄せられた。

訳のわからない恐怖と、女性に対する疑惑、シンジかどうか

そしてその引き締まった完璧なまでの造形を誇る肢体に引き寄せられ、何も出来ない。

 

「あ・・・・・その・・・・・やめて・・・・・・・・・・・」

「かわいいね、マナは」

「そ、そん、んっ!?」

 

その美しい女性はいきなりマナに口付けをした。

唇を押し開け女性の下が入り込み、口内を弄りマナの舌を弄ぶ。

驚愕に見開いた目が次第に潤み、焦点が合わなくなる。

唇が離されると、名残惜しむように唾液が透明な糸を引いて淫らで

 

「そんな・・・・・・・」

 

見上げた女性の顔は良く見れば王都の女帝ユイに、そしてシンジにとても良く似ていて

 

「マナ・・・・・・・君は――――――――――――――――――」

「・・・・・・・・・シンジ様・・・・・・・」

 

驚愕に目を見開くマナ

再び抱き寄せられ、十四歳の男子にしては華奢過ぎる体を熱い胡惑的な匂いに包まれて

やさしげに細められたルビー瞳に、大好きな皇子と同じ色を見て

とうとう耐えきれず、女性の豊かな胸に顔を押し付けて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンジ様・・・・これからどうなさるので・・・・・・・・・・」

「そうだね、とりあえずここから動く気は無いよ。まだ力が足りないしね」

「そうですか・・・・・・よかた・・・・・」

 

しばらく後

女性、シンジと共にベットに横たわったマナはシンジに腕まくらされて

胸までシーツに包まれて天井を見上げていた。

置いて行かれるのではという不安にからの問いかけに

優しく答えられ、思わず傍によって胸に顔をうずめる。

どこまでも少女のような反応である。

 

「あ、そうだマナ」

「何です? 」

「これから、ボクのことはレンと呼ぶように」

「レン様ですか? 」

「そう、レン・・・・・なんとなく気にいったんだ。この名前」

「わかりました。レン様」

「これからも、いろいろと働いてもらうよ。ボクのため」

「ハイ」

「来てくれるね」

「ハイ」

 

 

 

これが、後に東西大陸を巻き込む騒乱の

どこかずれた雰囲気のある始まり



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