何の価値の無い僕が、まさかこんな事に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。 今、僕の視界は黒以外の色は全く見えず、耳には鼓膜が破れそうになるぐらいの大音量が流れるヘッドフォンをつけている。 つまり、目隠しをされ、音もシャットアウトされて何処かに運ばれてるんだ。 簡単に言えば誘拐ってやつだね。 変な体勢で寝っ転がってる僕は床から伝わってくる振動で、車に乗せられて移動してるのが分かる。 気を失っていた僕が気付いて、この状態になってから短くても二時間は経ってると思う。 不確定な言い方なのは、去年の誕生日に父さんから買ってもらった腕時計を見ようにも、後ろで手を縛られてるから見ることが出来ないから。 まあ、どっちにしろ目隠しをされてるんだから見られないんだけど。 そんな事を考えつつ、この状態が僕じゃなかったら逃げ出すのは簡単なんだろうな、と思っていた。 何故なら、僕の手足を縛ってるのは警察官が強化させた手錠なんていう立派なものじゃなく、どこの家にでもある安っぽいタオルだと思うから。 ちょっと何らかの超能力を使えば楽に手と足は自由になる。 それから目隠しを外して、うるさいヘッドフォンを外した後、タイミングを見計らって逃げ出せばいいだけだからだ。 でも、僕はそんな当たり前のモノは使えない変人。 全く嫌な世の中だよ。 僕があと百年、いや、二百年早く生まれていればこんな負い目を感じなくて、もっと楽しく暮らせた筈なんだ。 ……絶対に。 でも、僕はもうとっくの前に諦めたんだ。 だから、今の状況も別に恐怖も感じないし、不安に打ちひしがれる必要もない。 そんな事を考えながら、早く自由になんないかな、なんて楽観的に考えてたんだ。 すると僕を乗せた車の振動が止まった。 車が止まってちょっとしてから、恐らく僕を攫ってきたであろう犯人によってヘッドフォンを外され、目隠しもとられて、さらには手足を縛っていたタオルまでも外してくれたんだ。 僕は全くの自由になり、犯人が僕をなんら警戒してないことが分かった。 車から降りて久し振りに見た風景は、何処かの倉庫の様で薄暗くよく分からなかった。 「大人しくしていれば、何もしない」 僕が辺りを見回していると、そんな声が掛かかったんだ。 その声の元を見ると、何処にでも売ってそうな動物の覆面で顔を隠してる二人がいた。 そのゴリラとトナカイは僕と対して変わらない背丈の様に見えた。 まあ、そう言ってくると思ったから別に驚きもしないけど、もっと可愛い動物を選べば良かったのに。 そう心の中で愚痴っていると、ゴリラとトナカイが何か作業してるのが目に映った。 全く僕を警戒しない犯人達にありがたりながら、僕は彼らからちょっと離れた所に腰を降ろして体を楽にした。 流石にあの体勢は辛かったからね。 そして僕は足を伸ばしながら手を後ろについて、家でテレビを見てるような格好になった。 少しだけこった肩を「コキコキ」と鳴らしながら、どうして僕はこんな目に遭ってるのかに考えを寄せた。 長い夏休みを終えた僕は、既に見飽きた道をてくてくと歩き、よく分からない内に入学が決まった高校へと向かっていた。 僕は国立第壱ネルフ高等学校一年A組に所属するどこにでもいる少年。 ってな感じに紹介したいところなんだけど、この時代において僕は極普通なんてものじゃなく、とびっきりの変人なんだ。 今は西暦2115年9月の初め、あの大災害セカンドインパクトが起きてから115年が経った。 セカンドインパクトより昔を旧世紀、それ以降を新世紀、なんて世間は呼んでるけど、僕以上にそれがピッタリ合ってると思ってる人はいないだろう。 何故なら、その未曾有の大災害が起こる前、つまり旧世紀の人なんかは全く普通に暮らしてたんだ。 でも新世紀になってからは、この地球上に生きる人類に異変が起きたんだ。 それは、老若男女問わずに超能力を使えるようになったこと。 旧世紀の人が聞いたら、超能力? なんて首を傾げる人もいるかもしれない。 いや、笑い飛ばす人が殆どかな。 でも新世紀に生きる人にとってはそれが当たり前のことなんだ。 ある人は何もないところから炎を出したり、ある人は雲一つないよく晴れた日に雷を落としてみたりと、旧世紀には信じられないことが出来るようにヒトは進化したんだ。 でも、その理由は未だハッキリとは分かっていない。 世界中のお偉い学者さんたちが束になっても分からず、セカンドインパクトが引き起こした、としか分からないんだって。 だからこの地球上において、僕という例外を除いた全てのヒトは超能力を使えるんだよね。 どうしてか分からないけど、僕には一切それが使えずにいた。 ところで、超能力にはヒトによって強弱がある。 それによって親がその力が弱かったりして、遺伝の関係なんかで子供も弱いなんて事もよくある。 それでも力が全く使えないなんて事は新世紀が始まって以来僕だけなんだ。 僕の両親の力が絶望的に弱くて、その遺伝を受け継いだ僕が力を使えないっていうんなら何とか納得できるけど、父さんと母さんは世界で二人を知らない者はいないっていうぐらいの超能力の使い手なんだ。 本当かどうかは知らないけど、二人が手を組めば日本は勿論、アメリカやドイツだって落とせる、なんて噂を聞くのはしょっちゅうだった。 そんな二人の間に生まれた僕が遺伝の関係で無力っていうのは考えづらい。 さらに言うと、僕には二つ年下のケンジっていう弟がいる。 ケンジは僕とは違い、父さん達の力を色濃く受け継いだらしくてその力は凄まじく、まだ中学生ながらも大人顔負けの超能力を使えるんだ。 そんな僕が本当に父さんと母さんの子供なの? って思ったのは、勿論、一度や二度じゃない。 現に今だって半信半疑だし、どうして僕だけが? なんて思ってた時期もあった。 でも結局、僕には超能力が使えず、周りからは変人、奇人なんて暴言を投げつけられ、今ではもうどうでもよくなっていた。 そしてのろのろと歩いていた僕の目に映ったのは一際立派な学校、ネルフだった。 簡単にネルフっていう所を紹介すると、国立というだけあって成績が良くないと入れない。 ここで言う成績っていうのは学力もそうだけど、超能力のそれの方が大きい。 毎年、ネルフには全国から約一万人の受験者がいるんだけど、それに受かるのはたった三百人にも満たない狭き門なんだ。 そんな名門中の名門に僕が受験しようなどと考えるはずもなく、近くの一番レベルの低い私立高校を受験したんだよね。 そこは今まで誰一人落ちたことが無いって有名で、お金さえ払えば誰でも受かる学校。 勿論、僕も落ちる気などさらさら無く、気楽に構えていたんだけど結果は不合格。 まさか、まさかの展開に失意のどん底だったよ。 そして僕が進学を諦めてたところで、母さんがわんわんと泣き出したんだ。 僕は中卒でもいいって言ってるのに「ごめんねシンジ。私がしっかり産んであげられなくて」なんていつものセリフを言いながら僕に泣きついてきたんだ。 昔から超能力が使えなくて苛められたり、周りから「クズ」とか「カス」なんて事を言われてるの知った母さんが、いつもそう言いながら泣いていたんだ。 けれど、高校の事ばかりはどうしようもないから為す術無しって思っていたんだけど「問題ない。シンジはネルフに入学することが決まっている」って父さんが急に言い出したんだ。 一瞬なにを言われたか分かんなかった僕は、暫くボケッとしていたんだけど、正気に戻ると「何言ってんのさ!? 僕がネルフに入れるわけないじゃないか!」と父さんに食ってかかったんだけど「私を誰だと思っている」って言いながら、サングラスをクイッと中指で上げながら不気味に笑ったんだ。 その時、僕はいつもの如くもの凄く嫌な予感がした。 名の知れてる母さんと父さんは普段、その莫大な効力を持つ権力を滅多に使おうとはせず、なるべく普通の一般人として過ごしてるんだけど、僕のハンディについて不都合が起きると何の躊躇なくそれを使うのだった。 そして、僕が色々考えていると「校長には既に話をつけてある。あいつとは古い付き合いだからな」とか父さんが言ってたのが聞こえた。 国立なのにどう手を回したのか気になったけど、僕が何を言っても意味が無いと、綺麗さっぱり諦めたんだ。 そして僕の願いとは裏腹に、ネルフへの入学が決まったのだった。 大勢の生徒でごった返してる校門を潜り抜けて、いつも通り一年A組の扉を開け、賑わってるクラスメートに声を掛けず自分の席に着いた。 僕の席は窓際の一番後ろ。 疎外されてる僕にとってここはベストポジションだった。 そんな折、何気なく窓の外を見ていた僕に声を掛けてきた人がいた。 「おはよう、シンジ君」 銀髪の細い髪の毛に、じっと見られると理性を失ってしまうぐらい綺麗な深い紅の瞳。 「おはよう、カヲル君」 彼の名前は渚カヲル。 僕が生まれて初めて出来た唯一の友達。 このネルフに通っている生徒は、僕なんかと違ってまさにエリート中のエリート。 だから他の皆は僕なんか相手にせずに白い目で僕を見てたんだけど、カヲル君だけは友好的に僕に話し掛けてきたんだ。 僕らの時代では幼稚園か保育園、どちらかに通うことが義務とされている。 何故ならこの世は超能力者しかいないから。 一言に超能力と言っても色んな種類があるんだ。 例えば火を操ったり、水や電気を思いのままに動かしたりね。 でも色んな種類があっても、ヒト一人が持てる力は一種類って決まってるんだ。 それは生まれた時に決まっていて、火を使えることが分かったらその人は他の力(水や電気)を使うことができない。 それを調べるのが幼稚園だったり保育園っていうわけ。 入学した子供達がどんな力を使えるのか調べる便利なモノがあるんだ。 それを使えば自分がどんなエスパーなのか分かるんだよね。 そして僕も保育園に入学して調べたんだけど、結果は何も出てこずの全くの白紙。 先生達は焦ってたよ。 そんな事態になるなんてこの制度になってから初めてだし、全くの想定外の出来事だったらしいんだ。 それに僕の両親のこともあるから、その保育園では僕に相当期待してたみたいだね。 けれども、何回やっても結果は同じ。 僕自身も何か出来ないかと必至にやってみるも、何の力も使えなかった。 そして、その驚愕の事実があっという間に広がり、テレビやインターネット何ていうあらゆるメディアを通じて、世界中に僕の無力さが伝えられたんだ。 勿論、それに激怒した父さんと母さんによって、それ以降おおやけに取り扱われることは無かった。 それでも皆の記憶には残ってるわけで、保育園から始まり、小、中学校と僕には友達が出来なかった。 皆は僕を人外のモノを見るかの様な目つきで見てきたし、そういう風に僕を扱っていたんだ。 そんなわけで僕が心を開くわけも無く、ずっと自分の殻に閉じこもっていた。 母さん、父さん、ケンジには普通に接することが出来たけど、それでも何処か家族から一歩引いていた。 そんな僕がネルフになんて入学しちゃったから、クラスメートは僕を嫌ってる。 僕が何の力も使えないことは周知の事実で、どうして僕がネルフにいるんだっていう風に見てきた。 事実、誰も僕に話し掛けてこなかったし、僕を遠巻きに見て偶にヒソヒソと陰口を叩いていた。 そんなんじゃ物足りない気の荒い男子なんかは、僕に殴る蹴るの暴行を加えてきた。 そんなことは昔からの事で慣れたものだから僕は気にしてなかったんだけど、カヲル君が話し掛けてきたのは本当にびっくりした。 純粋に僕を人として話し掛けてきたのは、彼が初めてだったんだ。 それからというもの、カヲル君と仲良くなって彼にだけは心を開くことが出来たんだ。 彼はその類い希なる容姿と優しい性格、そして強力な超能力で皆から慕われていた。 だから「僕とあまり話さない方がいいよ。そんなことしてたらカヲル君を良く思わない人が出てくると思うんだ」といつの日か言ったところ「そうなったら、そうなったさ。それに、僕はシンジ君を他人とは思えないんだ」って彼が返してきたんだ。 それを聞いた僕は遠回しな嫌みかな? ってその時は思った。 だって、カヲル君みたいな完璧な人がそんな事言っても全然説得力が無いからさ。 それでも他人からの嫌悪や憎悪なんかに慣れてた僕は大して気にしなかったんだ。 まあ、暫くしてからそれが嫌みじゃないって分かったんだけどね。 「夏休みは何して過ごしてたんだい?」 僕が昔のことに思いを寄せていたんだけど、カヲル君の声で現実に戻ってきた。 「別に、いつも通りだよ。家でゴロゴロしたり、外をぶらぶら歩いたり。…………そういうカヲル君は? って訊くまでないか」 「それはどういう意味だい?」 不思議そうに訊くカヲル君。 「惣流さんのことだよ」 カヲル君と仲の良い女子を思いだしたんだ。 「アスカちゃんとはそういう仲じゃないよ……ふふ、もしかして妬いているのかい?」 最後は妖しい光を携えた瞳を僕に向けてきた。 「何言ってんのさ……」 いつもながら変なことを言ってくる彼に溜息が出た。 「……それより、もうあっちに行った方がいいんじゃない? こっちを見てるよ」 こっちを見てる、というより睨んでる女の子が居る所を顎でしゃくった。 「おっと、それじゃあシンジ君、また後で」 「うん」 そう言って彼は惣流さんの所に歩いていった。 今までの流れを見てると、カヲル君は僕よりも惣流さんを選んだ薄情な人に見えるかもしれないけど、それは大きな間違いだ。 あのままカヲル君が僕と話していれば、後で僕がどんな目に遭うか考えてくれた彼の優しさなんだよね。 楽しそうにカヲル君と話す惣流さんから視界を外し、僕は先生が来るまでボーッと窓の外を見ていた。 今日が夏休み明けと言っても、やっぱり高校生にもなれば始業式だけ出て「はい、さようなら」って事にはならず、いつもと同じように授業があったんだ。 ネルフの授業は楽しい人には楽しいかもしれないが、僕にとっては退屈以外の何者でもない。 さすがは日本一の高校だけあって、超能力の実技が自然と多くなる。 普通の一般教育なら僕も何とか着いていけるんだ。 でも、実技となると……もう、お手上げだね。 使える超能力の種類に分かれて授業を行うんだけど、僕は何にも出来ないから好きなところに混ざって良いことになってる。 種類ごとって言っても、基本的な種類は七種類しかないからそんなにバラバラになるものでもない。 まあ、友達がいなくて、何の力も使えない僕にとってはどうでもいいんだけど。 それならカヲル君の居るところに行けばいいじゃないかって思うかもしれないけど、彼に迷惑を掛けてしまうから行かない。 そして僕は何もせず、皆が一生懸命に超能力を使ってるところをただ見てるだけ。 力を使えない悔しさはとっくの昔に置いてきた。 だから、目の前の光景を見てても心が動かされるって事は無い。 僕にとって意味の無い授業も終わり、漸く下校時間。 鞄を手にした僕はいつも通り一人で帰ろうとしていたんだけど、カヲル君に声を掛けられた。 「そうそう、そう言えばミサト先生がシンジ君を捜してたよ?」 「葛城先生が? 僕になんの用事があるんだろう」 「さあ? 僕はただ君が何処にいるか訊かれただけだからね」 「ふ〜ん」 葛城先生っていうのは、生徒達から「ミサト先生」って親しげに呼ばれてるちょっと子供っぽい先生のことだ。 そんな先生でも葛城先生は今までの教師達と一緒で、僕を変な目で見てくる。 だから僕からも距離を置いてるし、当然親しくもないから「葛城先生」と呼んでいる。 「職員室に行ってみたらどうだい?」 「うん、そうする」 ガタガタと机を動かして、教科書を鞄に詰めた。 鞄を肩に引っかけて、カヲル君と談笑しながら職員室へと向かった。 「それじゃ、また明日」 「うん、またね」 そして僕らは広い吹き抜けのスペースで別れた。 カヲル君はここと旧校舎とを繋ぐ渡り廊下へと歩いていった。 彼が何処へ行ったかというと、僕とは全く縁の無い部室に行ったんだ。 彼は熱心な部活動の勧誘を断り切れず「エスパー大集合」といった怪しさ大爆発の部活(同好会?)に入部していたんだよね。 そんなよく分かんない部活に入っているから、いつもは教室のドアで別れてるんだけど、職員室とそこが近いから今日はここで別れた。 それは彼の部活の活動場所、旧校舎が玄関とは反対側に位置するからなんだ。 僕はカヲル君の後ろ姿から目を離し、職員室へと足を進めた。 「失礼します」 あまり来たことの無い職員室に、軽くノックをしてから中に入った。 新世紀になってからもこよなく愛されてる煙草の煙で、広いはずの職員室の中がよく見えなかった。 当然、葛城先生の机の場所を知らない僕にとっては、それがまた一段と鬱陶しくて探し当てるのに結構な時間が掛かったんだ。 「葛城先生」 漸く見つけた先生はだらしなく椅子に腰掛けていて、声を掛けてきたのが僕と分かると否や、分かりやすく顔を顰めて見せた。 「わざわざ職員室まで何しにきたの」 これが僕じゃなく、例えば惣流さんだったら「あら、アスカ。渚君とは一緒じゃないの〜?」なんてからかっていたんだと思う。 いつもの先生の様子を思い浮かべながら、話し掛けたんだ。 「葛城先生が僕を捜してるって聞いて……」 「何であたしがアンタを捜さなきゃいけないのよ? 忙しいから早くどっか行って」 「え? でも…………」 だけどつっけんどんに言ってきた葛城先生に、疑問を浮かべながら言い返そうとしたんだけど、先生はもう僕の事を完全に無視して何かの書類を読み始めた。 よく分かんない僕はそのままボケッと立っていたんだけど、何も話そうとしない葛城先生を見て「失礼しました」と言うとその場から立ち去った。 カヲル君は何か聞き間違ったのかな? 今でもいいんだけど、部活の邪魔をしたくないから明日にでも彼に訊いてみよう。 そうして僕が校門を出る頃には、いつもより三十分は遅かったと思う。 イマイチ釈然としないまま学校を後にして、何となく大通りへと歩いていったんだ。 その後、それなりに人通りの多い駅の近くを歩いていたところで、僕の記憶は途切れて、気が付けば見知らぬ車の中にいたってわけ。 そう思いだした僕の目の前では、パソコンと繋がっている機械――僕にはよく分かんない――をカチャカチャといじってるゴリラとトナカイがいる。 彼らが僕を自由の身にしてるのも、全ては僕に力が無いからって事は分かり切ってる。 だから僕も無駄な抵抗はしないし、自分がどうなってもいいと思っていた。 だって、この先こんな惨めに生きてて、その先に何があるっていうのさ? 一生バカにされる人生ならここで終わっても一緒だと思うんだ。 そんな事を思っているから、僕は今の状況をあまり切羽詰まって考えていなかったんだ。 「…………準備オーケーだ」 何処かで聞いたことがある声でゴリラがそう言ったから、何となくそっちを見てみた。 そこにはさっき見たノートパソコンがあり、画面には何も映って無くて真っ黒だった。 この状態で準備オッケイなの? って思ってたら、僕の見知った画面へと変わった。 『もしもし、碇です』 その画面には見慣れた母さんの顔が映っていた。 「碇ユイさん、突然だがあんたの息子は誘拐した」 『何を言ってるの? 貴方、シンジのお友達?』 「ふん、誰があんなやつの友達になるかよ!」 そこまでゴリラが言うと、今まで一言もしゃべっていなかったトナカイが立ち上がり、僕をパソコンの前まで引っ張った。 『あら、シンジ〜。友達と遊ぶのはいいけど、こういう悪ふざけは感心しないわよ?』 すると母さんは、この状況を冗談だと思ってニコニコしてたんだ。 僕の友達と言えば、たまに話すカヲル君の事しか知らないと思うから、もしこれが本当に僕と友達がこんな悪ふざけをしても、母さんは今と同じ態度で嬉しそうにするんだろうな。 「あの、かあさ…………」 そんな人とはちょっとずれた母さんに話し掛けようとしたんだけど、それは出来なかった。 何故かって? 急に僕を囲う形で電気の檻が出来てビックリしたからなんだよね。 ゴリラとトナカイのどっちの能力か分かんないけど、僕は呆気にとられていた。 電気のエスパーなら勿論、電気を発生させるのは簡単なんだけど、僕にギリギリで触れないように変形させ、さらには触れたら感電死は免れないような威力であろう事が見て取れたからなんだ。 僕が超能力を使えないって言っても、クラスメートと変わらないぐらいの知識はあるから、これをやったのがかなりの実力者っていうのが分かった。 『!? シンジ!』 世界トップレベルの母さんはやっぱり流石で、僕なんかより正確にそれを理解したらしく、綺麗なピンク色の顔がありありと蒼白になっていった。 ごめんね、母さん。 「そういうわけだ。こいつを返して欲しければ、大人しく言うことを聞け」 僕は母さんに「心配しないで」と一言、言いたかったけど、それを言うより早く母さんが大声を出した。 『何でも聞くからシンジを放して!』 「勿論、貴方が要求を呑んでくれれば、お子さんは無事帰しますよ?」 そしてゴリラがチラリとこっちを向いたと思ったら、僕を拘束してた電気の檻が解けて、トナカイが僕を画面外へと連れて行った。 『!? シンジ! シンジをどうする気!?』 「落ち着いて。それ…………」 そんな母さんの叫び声と、ゴリラの冷静な声が聞こえたところで「バチッ」っという音と共に、僕の体に電気が走った。 この感覚は小さい頃、苛められてた僕には馴染み深いモノだった。 そして、崩れ落ちる意識の中で最後に見たものは、僕を乗せてきたであろう、一台の黒っぽい電気車《エレキカー》だった。 今日何度目からかの気絶から醒めると、辺りは暗く何故か川が近くに流れていた。 寝起きみたいな感覚だったけど、僕は未だ気だるい感覚の中、状況を把握しようとしてみた。 確か、誘拐されて、パソコンの中に母さんが映って、それから……え〜っと、気を失ったと思ったら、こんな所にいる。 頭をブルブルと振って脳を覚醒させた。 てことは、母さんが何らかの要求を呑んで、僕が何処とも言えないこんな所に解放されたってところかな。 うん、多分そうだね。 母さんに迷惑掛けちゃったな〜、早く帰って安心させてあげよう。 そして、ポケットの中を探り携帯電話を探すも見つからず、それを諦めた僕は辺りをグルッと見渡し、全く見覚えのない風景に溜息を吐いた。 「はあ……」 そういえば、車の中で最低二時間はドナドナの子牛よろしく揺られていたんだっけ。 まあ、歩き続けてればいつかは家に着くよね? あまり深刻に考えずに川を下っていくと、ちっちゃな町にたどり着いた。 そこで警察にここの場所を訊いて、それほど遠くない――僕が住んでる第三新東京市の1つ隣の町――ことにホッとして歩き始めた。 でも、僕を不信に思った警察官が色々と訊いてきたんだけど、めんどくさいし、今回のことが公になったら母さんが困ると思ったから「僕は碇ユイと碇ゲンドウの息子です」と言うと、その警察官はそれ以上なにか言ってくることは無かった。 そうこうして朝日が昇る頃、漸く家に辿り着いた。 一つ隣の町って言っても、第三は広いからかなり歩かされた僕は疲れてクタクタだった。 玄関の外には母さんが立っていて、僕に気付くと走ってきて僕をきつく抱きしめた。 「良かった……シンジ……ぅぅ……」 そのまま母さんは暫く泣いていた。 僕は何て言ったらいいか分からず、ただ母さんにされるがままにしといた。 その後、落ち着いた母さんに手を引かれて、家の中に入ると、こちらも一睡もしてない顔つきの父さんとケンジがソファに座っていた。 「シンジ……」 「お兄ちゃん……」 二人はそう言うと、僕を抱きしめたんだ。 特にケンジは泣きながら「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」なんて言うから、胸にジーンと来るものがあったね。 ケンジは強力な超能力を使えて、友達も沢山いるけど寂しがり屋らしく、昔から僕にべったりくっついているんだ。 それから落ち着きを取り戻して、四人でソファに腰掛けた。 だけど、僕は訊かなきゃいけないことがあった。 「母さん……あの二人にどんな要求をされたの?」 そう、これが気がかりだったんだ。 もしも、母さんや父さんの命とかだったら僕はどうすればいいか分からなかったと思う。 「今回はお金で済んだわ。……でも、またこういうことがあるかもしれない……だからシンジ、これからは十分に気を付けて」 簡単に言ってるけど、結構な額を盗られたんだろうな。 僕の両親は共に大きな研究所で働いていて、世界に有益な研究結果を上げている。 その為、母さんがあまり豪華に暮らすのは好きじゃないから普通の家庭に見えるけど、多大な財産を持っているのを僕は知っている。 「ごめんなさい。僕のせいで……」 「シンジは悪くないわ。悪いのは全部私……貴方を普通に産んであげられなかった私が悪いの……ぅぅ……」 といったいつものセリフを言って泣き出した。 僕はもうその事を気にしてないのに。 もうずいぶん昔に諦めたよ。 そして、泣いてる母さんを父さんが宥めて、皆それぞれ自分の部屋に戻って、休息を取ったんだ。 僕は部屋に戻るなり、疲れた体をベッドに投げ出して、眠りにつく寸前まで考えていた。 こんなに心配してくれる母さんや父さん、ケンジのために僕が出来る事って何だろう? 誘拐騒ぎから一日休んで、次の日からいつも通りネルフへ登校した。 そして教室に入ると何か違和感を感じた。 窓際の一列は、僕が最後尾で机の数は七個だった筈なのに、今日来てみれば八個になっていた。 どういうこと? もしかして、僕が気に入らなくてちょっとした嫌がらせかな? でも、今更僕にそんなことするとは思えないし…… なんて事を考えていたら誰かに肩を叩かれた。 「何してるんだい? こんな所に突っ立って」 その声に振り向くと、いつもの穏やかな笑みを浮かべたカヲル君がいた。 「あ、カヲル君。いや、昨日休んだだけなのに、どうして机が一つ増えてるのかなって」 「ああ、君は昨日休んでいたんだったね。もう風邪は治ったのかい?」 そうだ、風邪を引いたってことにしてたんだっけ。 「うん、もう大丈夫だよ。軽い風邪だから……それより……」 と言って、増えた机を目で指した。 「おっと、ごめんよ。それは昨日、転校生が来たのさ」 「転校生ねえ……」 一昨日始業式だったのに変な時期に来るなあって思ったけど、僕にとってはどうでも良かった。 ただ快適な一番後ろの席を取られ、また何かが籠もった視線を投げつけられることを予想した僕は、少しばかり憂鬱になった。 そんな視線に慣れたからって言ってもやっぱり気分の良いものじゃないから、出来るだけ無視される事を願っていたんだ。 「彼女がそうだよ、シンジ君」 そんな事を考えていたけど、カヲル君の声に顔を上げた。 そこには蒼銀の髪を携え、カヲル君と同じ紅の瞳を持った女の子がいた。 この子も、アルビノ? でも、カヲル君と同じく綺麗だな…… 僕がボンヤリと彼女を見ていると、彼女は僕と目が合ったにも関わらず、まるで眼中に無いと言ったような感じで僕を無視して、音をたてずに自分の席に座った。 僕はそれを望んでいたはずなのに、よく分からないまま心の奥底で酷く傷ついていた。 「おはよう、綾波君」 「…………おはよう」 カヲル君のにこやかな挨拶にも、表情を変えることなく返す彼女に、僕は何故か感動した。 するともう会話は終わったとばかりに、彼女は鞄から一冊の文庫本を出し黙々と読み始めた。 「彼女は綾波レイって言うんだよ」 そしてカヲル君は僕を見ると更に言葉を繋げた。 「…………気が向いたらいつか話しかけてみたらどうだい?」 普段、僕がクラスメートと話さない事や、その理由を知ってる彼から、そんな意外なことを言われたんだ。 僕はそんな彼に意識を向けることが出来ず、ただ彼女を見ていただけだった。 後にどうしてこんな事を言ったのか不思議に思った僕が、カヲル君に訊いてみると何かを思いだしながらこう言ったんだ。 『あの時のシンジ君を見て僕は自分の目を疑ったよ。何故って? それは、シンジ君が頬を真っ赤に染めて熱い視線を彼女に送っていたからさ。その視線を僕に送ってくれ…………』 ってね。 あとがき このサイトでは初めまして、ピンポンです。え〜っと、この物語は超能力者が当たり前のように存在していて、悪の組織ゼーレや秘密結社ネルフ、正義の味方なんてものはおらず、まったりとした世界観です。ただですね、そんな世界においてシンジ君だけはこの世界からの外れ者です。こういう展開だったらシンジに何か凄い力があったりするのがパターンですけど、この話のシンジは…………おっと!あんまり触れるとネタバレになってしまうので……。あっ、一つ言っておきますが、この話は学園物っぽくラブコメしたり、シンジを取り合ったりなんて事は無く、シンジ君の無気力な空気で進んでいきます。なので、明るい話が好きな人は読まないことをオススメします。それでも読んでくれる方がいれば、せっせと執筆して必ず完結させることを約束します。それでは。