2人の天使と雷皇

其の十四

◆心広がる瞬間


ラミエルの襲来とアダムである花咲右京の襲来。
それは、レイにとって多大な影響を与えた出来事だった。
もちろん、ネルフにとってもただの事件で済ませることはできない。
大勢の死者、設備の破損、使徒以外の強大な能力を持つ存在、
それらの事象はこれまでネルフの持っていた使徒迎撃に対する観念を根本から破壊する出来事だった。
が、それ以上にレイは大きな変化を見せた。
その変化を起こした原因は、花咲右京のレイに対する問い。

「君には貫けるものを持っているかい?何者にも曲げることができない、信じ続けられるものを。」

この問いに、レイは答えることができなかった。
確かにレイにとってシンジは大切だ、明確な愛とはわからないが、自分では愛していると信じている。
だが、だからといって、シンジが、レイがこれから生きる人生の支えとなるのかどうかは、また別だった。
厳しい言い方をすると、レイはシンジにすがっていたのかもしれないのだ。
自分を受け入れてくれるという存在として。
レイには信じるものなど考えたことがなかった、ゆえに、そんなものはなかった。
レイがあの時以来持ち続けた想い。
   
「私にも欲しい・・・・・その、信じつづける曲げられないものを・・・・・・・」

この想いを持つと同時に、次の日から、レイはまた成長した。
また、ヒトとして、一段の階段を上がったのだろう。とても大きく、重い一段を。
   

   


「ただいま・・・・・・」
「「ただいま〜」」
「ただいま帰りました。」
使徒襲来後恒例となった、長々とした退屈なネルフでの精密検査云々がおわり、 
シンジ夫妻は揃って、ヒカリが待っているであろう洞木流風意流体拳道場の門をくぐった。
長かった・・・・
たった一日の出来事だった、しかし、彼らの感じた時間はとても長かった。
学校からの非常召集、ラミエルの襲来、アダム・花咲右京のネルフ侵入・・・・・・そして、深夜十二時の超長距離射撃・・・・・・。
それらの事を終わらせ、やっと帰りついた洞木邸は、まるでジェノサイドにある我が家と同じ感覚だった。
「おかえりなさい、お疲れ様。」

エプロンをまとって、お玉を片手に持ったヒカリが迎えてくれた。
頭には白い三角巾がつけられていて、まるで若すぎる奥さんのように見える。
どうやら、誰かが来ているようだ、ヒカリやコダマたちの靴のほかに、よく知らない靴がなんそくかあった。
 
「あ、ヒカリ、ただいま。誰か来てるの?」
   
シンジが聞いた。
その質問に、ヒカリはうれしそうに頬を緩ませた。
   
「あのね、鈴原が来てるの。」

その返答にマナミとサヤカは納得したようで、
帰ってきて早々そんな幸せっ気を見せ付けられて、少しため息をついく。
レイもなんとなくわかったようだ。
同じように、少し疲れたよう眉を寄せた。
いっぽう、周りの三人に対してシンジは理解できず、一人首をかしげていた。

  
「四人とも、部屋に行って着替えたら、居間に来てね。ちょうど料理が出来上がるところだから。」

ヒカリはそう四人に告げると、小走りに台所へと戻っていった。
その後姿は、なんとも鼻歌が聞こえてきそうな雰囲気だ。
四人はとりあえず靴を脱ぐと、それぞれの部屋へと分かれていく。
シンジ、マナミ、サヤカ、レイは、寝るところは一緒でも、ちゃんと自分の個室を持っているのだ。
もちろん、誰の部屋でも四人が寝られるような広さはある。
それに、全員の部屋に多少の着替えは置いてあったりもする。
なぜならば、学校の前の晩に愛を睦みあうこともあるからだ。


何分ほど経つと、それぞれが服を着替えて居間にやってきた。
そこにいたのは自分たちもよく知る友人、トウジとおまけのケンスケ、
どういう経緯で来たのかは知らないが、セイジと見知らぬ女生徒がいた。
髪型は肩より少し下ぐらいのストレートで、髪先が少し外にハネている。
顔立ちはまだまだ幼さが残っていて、マナミやヒカリのように、
またはレイのように、何かピンと張った感じを常に感じさせない、いい意味での少しのほほんとした顔立ちだった。
そして、その雰囲気をまとった女生徒は誰にも踏み込めない女性としての一つの魅力を持っていた。

「よお、邪魔してるぜ。」

胡坐をかいたまま左手で後ろにもたれた体を支えたセイジが、あいている右手を上げた。

「センセ、お邪魔してるで。」

トウジはいつもどおりの関西弁なまりの口調だ。

「シンジ、お邪魔してるよ。」

ケンスケだ。
シンジ達四人は、それぞれ返事をしながらあいている場所に座った。

「お邪魔しています。」

最後に、女生徒がシンジ達に挨拶をした。
その言葉には、どことなくおっとりとした感じがうかがえる。
見知らぬ女生徒の丁寧な挨拶にシンジも同じように返そうとする。

「え、あ、なんていうか・・・・・・」

シンジは、実際は自分の家ではないのに、どことなくこの家の人のように挨拶されて、
どういえばいいのかわからず、しどろもどろでドモってしまう。
が、そこは夫婦、サヤカがシンジに代わって丁寧に女生徒に返した。

「いえ、私共も、ヒカリさんのご家族のお家に住まわせていただいている身なのです。そんな気遣いはしなくて大丈夫ですよ。」

「そうなんですか、自己紹介まだですね、わたしは金崎ヒナタ、いろいろあってアメリカから来ました。
明日から皆さんと同じ学校に通うんですが、昨日シェルターの中でちょっとしたきっかけで知り合って、この家に呼んでもらいました。」
   
そう言って、サヤカ達ににっこりと微笑む。
ヒナタがやってきたこと自体はそう不可解なことではなかった。
シンジがやってきたときから、NERVはあまりにも人手不足だった。
なぜならば、NERVのエヴァの整備や研究に対応できるほどの人材はそう多くない。
NERVの科学部には確かに超一流とも言える頭脳と技術を持ったものはいる。
リツコとマヤがその代表だろう。
前の二人には及ばないまでも、天才と呼ばれるだけの頭脳を持った者がそれなりにいるが、
やはり、人がこれまでしらなかったもの、エヴァンゲリオンを理解しようとしているからには、充分な人数ではないのである。
そのため、いつと決まったわけでもなく、突然ほかの支部や施設から転勤してくる人が多い。
つい先週も二人ほど転校生が来たばかりだ。
そんな事もあいまって、この場にいるものは誰一人としてヒナタを疑問になど思わなかった。

「できたわよー。」

少し遠くから、ヒカリの声が聞こえてきた。
聞こえるとともに、シンジ達がさっき感じたものとは別の、食欲を誘う魅惑の香りが漂ってくる。
みんな、ヒカリの声を聞いたとたんに、それぞれの胸の中で、これから運ばれてくるだろう料理に期待を膨らませる。
エプロンに着替えたヒカリが姿を現し、その両手に持たれた料理にみんなの視線が集中した。
そこには、一般家庭にある素朴なものから豪勢なものまで、さまざまな料理が運ばれてきていた。

「わぁ、ヒカリさん、お料理上手なんですねえ。」

料理を見たヒナタが、感嘆したように言葉をつぶやく。
たしかに、中には日本料理にはないような、各国々の料理が顔をそろえている。

「ヒカリ、こんな珍しいものどうしたの?まさか、自前で買ってきたわけでもないだろうし。」

チョウザメのキャビアに七面鳥の丸焼きなどなど、
日本ではそうそう手のつけられないようなものがあり、節約・倹約をモットーにしている洞木家ではそう思うのも無理はない。
ヒカリは困ったような顔をして答える。

「ええ、いらないって言ってるのに、送ってくるのよ・・・・・・・。発送元はたぶんわかると思うけど・・・・・・・・・・」

はあ・・・・、と少しため息をつきそうなあたりからして、おそらく相当な量なのだろう。
シンジとサヤカは苦笑いするしかない、・・・・自分たちも同じような記憶があるからでは決してない。
マナミのほうは、単身赴任をする父からクリスマスプレゼントをもらった子供のように、喜んでいたが。
まあ、そんな野暮な話題はすぐに忘れ去られ、
帰ってきたばかりの四人も運ばれてきた料理を食べ始める。

「ヒナタさんは、なにか趣味はあるの?」

「ううん、あまり得意げに喋れることなんてないわ。
してたことといえば、アメリカでボランティアグループに入ってたぐらいよ。」
   
ヒナタは自信なさ下に首を振りながら答えた。
   
「そんなことないわ、ボランティアだって、充分人に胸を張って言えることだわ。」

「ありがとう、ヒカリさん。」

二人はにこりと微笑みあって、それからもいろいろ会話を交えながら食事をしていた。
その横で、それまで一言も喋らなかったレイが、この部屋で始めて口を開く。
  
「・・・・・・・・・シンジ君、ボランティアって、何?」

シンジはヒカリの作ったご飯を口に含み、口をもごもごさせている。
レイの質問を聞くとすぐに飲み込んで、レイに向き直った。

「ボランティアっていうのは、困っている人達やみんなのためになることを自分から行うことだよ。」

レイはよくわからずに、目を丸くしてシンジを見つめ返す。

「ごめん、僕の説明じゃわからないよね。例えば、公園にゴミが落ちてるよね?それを拾うのもボランティアのひとつ。
生まれつき体のどこかに障害があって、目や耳が不自由な人の手伝いをすることもあるよ。
世界にはいろんな人がいるから、少しでも知らない人たちと触れ合えていいことだと思うよ。」

レイはシンジの言葉を聞いて思った、自分に足りないもの、
それを見つけることができるかもしれない、その片鱗だけでも感じられるかもしれない、と。
それはレイの求めるものへの想いが判断させたのか、それともただの偶然なのか、
どちらにしろ、レイが自分もボランティアというものに参加してみる、と、決めたのは確実だった。
レイは変わっていく・・・人の歴史が絶え間なく動き続けるのと同じように・・・・・



シンジ達が戦いの後の休息に浸る中、また、敵対する者たちも闇に動いていた。
ここは闇、一筋の光も照らされることはない、どこまでも深く、どこまでも恐怖に満ちた闇。

「ハッハッハハ、五番目のヤツやられたそうじゃないか、ホントにミー達は暇だネ。」

闇に響く声、その声は場にそぐわない陽気な声だった。

「いずれ君たちが必要になるんだよ、ことが順調に進んでいるからには、職天使は必ず邪魔になるよ。」

また一つ、声が生まれた、その声はシャルロット・アランの物だった。

「そんな事言ってていいの?使途の核たるものはみんな見つかってないんでしょ?」

まだ年端も行かない子供だろうか、独特の高い声が問う。

「・・・・・ソウダ・・・俺・・はやく・・・・・狩る・・・・・それ・・・・仕事の・・・ハズ・・・・・・・」

男のようなその声はとても低く、重く、年はわからないほどひときわ嗄れている。

「まだよ、シャルロットさんの言うとおり、まだ期は熟していないわ。」

思春期ぐらいの女性の声が嗄れた男の声を制す。

「そうだよ、まだだよね、お姉ちゃん♪」

今度は先ほどとは違う女の声が響いた。
声は前の女性の声よりも幼なかった。

「そう言えば、あの人が行ったそうじゃない、何がしたいのかしら。」

「さあナ・・・・・・・多分・・・・遊んでいる・・・・オレ・・・思う・・・・・・・」

「アイツも遊ぶのが好きだからネ。特にソコの二人と同じくらい・・・・そう思わないカイ?」

陽気な声が面白そうに言った。

「な、なんでぇ、あたし、あんなに趣味の悪いお遊びしないよぉ?」

不本意げに幼い女性の声が反論する。

「・・・・それはボクも同意見だね。」

幼い男の子の声も、不満げだ。

「A SLOW POISON・・・・まさにこのことダナ。」

陽気な声が思いついたように呟く。

「・・・・フン・・・・つぎ・・・・オレ・・・・出る・・・オレ・・・とても暇・・・・体が・・・なまってしまう・・・・・・」

「好きにすればいいよ、ボクは別にどっちでもいいし。」

「・・・・・・まあ、好きにしてください、ただし、歩むべき未来を歪めない程度にね。」

シャルロットが、どこか反論したげだが、しぶしぶのように言う。

「じゃ・・そういう事で、今日はこれでおっしまい・・・・っと・・・」

若い女性の声を合図にするかのように、
それぞれの気配は、闇に吸い込まれるかのごとく薄くなり、やがて消えていった・・・・・・・






そのとき、レイを取り巻く環境はとても騒がしかった。
レイにとって、生まれて初めてといっていいものかもしれない、この種の騒がしさは・・・・・
レイを取り巻くのは子供、子供、子供・・・・そう、周りは子供ばかりなのだ。
この場所の名は、第三東京市立上の丸保育園、第三の都市部から少しはなれた、双子山の隣山の上にある保育園、だ。
上の丸幼稚園には、さまざまな境遇の子供たちが暮らしている。
規模はそれほど大きくない、例えてみるならば普通の幼稚園の倍程度だろうか。
しかし、そこに集められた人員は一流と呼んで遜色のない人たちばかりだ。
それでも毎日は忙しくて、まだまだ人員がほしいぐらいのようだ。
その施設に70〜80人もの子供が住んでいれば無理もないことだろう。
今回レイは、第三東京市の主催する学生奉仕活動に参加している。
ネルフのほうは、リツコに相談するとすんなりと許可をもらえた。
おそらくはゲンドウ等上層部には極秘だろう、
レイにとってはお忍びの行動という感覚はまったくなく、これまで味わったことのない経験への緊張と、自分への楽しさを感じていた。
が、そんな余裕も、保育園につくまでの話だった。
ちなみに、レイのほかにも様々な学校や学年の人がやって来ている、まあ小学生はいなかったが。
こうした学生の訪問は上の丸保育所には月に数回あって、中には常連の人もいるようだ。
保育所の子供たちは毎回この訪問を楽しみにしていて、遊んでもらうのを楽しみにしている。
聞くところによると、子供たちから見ればお兄さんお姉さんは憧れの存在だそうだ。
こうしたこともあいまって、着いたとたんに、やってきた学生の周りは子供たちの歓声にあふれかえる。
まさにその場に、レイは立っていた。
着ているのは、この前買い物に行ってきたときに買ったGパンと半そでの黄色いシャツだった。
レイはどうすればいいか分からず、少し戸惑いながら周りを見渡す。
そうしていると、何人かの子供が寄ってきて、レイに声をかけた。

「おねえちゃん、あそぼぉ。」

「ねえ、おねえちゃんなんていうの?」

子供たちの質問や要望が飛び交う。

「私は綾波レイ・・・・・・・」

レイが自分の名前を名乗ると、さっきよりもたくさんの叫びとも形容できるような声が飛び交った。
レイは自分の容姿に気にも留めず、純粋に自分を必要としてくれた子供たちに内心驚き、そして嬉しかった。

「・・・遊びましょう・・・・・」

そう言って、保育園の運動場へと歩き出すと、何人かの子供たちがついてきた。
トシという男の子がレイにおんぶをねだり、ヤヨイという女の子がかくれんぼがしたいというので一緒にやってみる。
レイは実際かくれんぼなどやったことがないが、子供たちについていっているうちに、次第にわかるようになった。
年長に行きそうな子供たちの面倒は違う人たちが自然にバトンタッチしていって、次はまだ歩けないような0〜2歳児の面倒を見た。
ある子供は、レイを見たとたんに泣き出してしまった。
おそらく、青髪という見慣れない容姿に怖がったのだろう。
レイは戸惑ってしまい、どうしたらいいのか、必死になってじぶんのあたまのなかにある知識を総動員する。
(・・・・前にヒカリさんに聞いたことがある・・・・子供には優しくして、笑ってあげることが大切だ・・・・って・・・・・)
レイは精一杯優しくしようとした、普段見せない笑顔で子守唄を歌う。
泣いてしまっていた子供も、レイの聖母のような微笑とその口から紡ぎだされる優しい子守唄に安心し、眠ってしまっている。
なんともいえない、暖かい気持ちがレイの中に広がって、なんだか幸せな気分だった。
この時、今を壊したくないと思った。はじめて、シンジ達のこと意外で。

そうしているうちに、すぐに帰る時が来る。
苦しい時間がいつか終わるのと同じように、幸せな時間に終わりがやってくるのは、万物に定められた平等なことだ。
それがどんなに楽しくても、それがどんなに苦しくても、自分には関係なくやってくるのだ。
時にはそれが嬉しく思えるだろうし、場合によってはどこまでも辛いと思ってしまう。
だが、どんなものであれ、その『終わり』が生きることへの糧となり、自分を作るものの一部になるのだろう。

レイも同じように、子供たちと別れるのは寂しかった。
だけど、自分にはやらなければならないことがある、帰るべき場所がある。
そう、自分に言い聞かせて、その寂しさをかき消そうとした。
自分で努力しようとも、心はそんな簡単に制御しきれるものではない。
最初に来た入り口の前に立つとバスに乗り込む列の最後尾にならんだ。
この子供たちのぬくもりから離れたくないと、無意識のうちに、体がそうしたのかもしれない。

「お姉ちゃん。」

ふと呼ばれて振り向くと、最初に会った女の子がレイの後ろにちょこんと立っている。
両手を後ろに回してニコニコと笑っている。

「・・・・何?・・・・・」

「うんっ、はいっ!」

女の子は後ろに回していた両手を目の前に出すと、恥ずかしそうにはにかみ、
レイはその両手を見つめて、一瞬祖の小さな手の中に入っていた平べったい石の意味が分からなかった。

「これね、私が拾ってきた石なの。お姉ちゃんのかおを書いたの。あげるっ♪」

言われたとおり、石の上には顔らしきものが描かれていた。
それが自分だとは分からなかったが、
ようやくその意味に気がつくと、レイの心の中の寂しさが温かさによって覆われていった。
微笑むと女の子の頭に手を乗せ、優しくなでた。
その手には、別れを惜しむ気持ちと、その何倍も感謝の気持ちがこもっているように見えた。

「お姉ちゃん、また来てね。」

そういい残すと、タタタッと中に入っていった。
レイはもらった石を軽く握り締め、バスに乗るとずっとその石を見つめていた。





あとがき

三ヶ月も更新をしなかったうつけものマーシーです。すいません。
ようやくレイの人間への一歩がかけました。
保育園のエピソードは、自分が実際に行った上で感じたことも、
またはこうだろうなぁ、見たいな事も交えて書いてみました。
さぁ!!次はイスラフェル戦だ!!!!!・・・・・・と思う。