パイロット用の個室の中で、 綾波レイ・零号機パイロットは次の出撃に向けて少ないがらも、できるだけの休養をとっていた。 それは休養と呼ぶには物足りない所があるが、それでも、エヴァを操縦する者にとってはとても大事な時間だった。 シャワーを浴びて体についたLCLを落とした後、また白いプラグスーツを着る。 ふにゃふにゃとしたスーツが、ボタンを押すだけでぴっちりと体に張り付くように引き締まった。 ウィン・・・・・シュア!!!! 閉まっていたドアが空気の抜けるのような音とともに開いた。 そこに立っていたのは、先ほどレイを目指してミサトたちの所を出た右京だ。 ベンチに腰掛けていたレイがピクンと反応し、ドアの方向を振り向く。 その眼には期待の色が浮かんでいたが、来たのが右京だった事を知ると、すぐに警戒した眼に変わった。 おそらく、シンジが自分に会いに来てくれたのだと思ったのだろう。 レイはジッと右京の眼を見つめる。 その眼には見つめた相手に有無を言わさないほどの圧迫感があった。 さすがの右京も、入ってきたそのままの姿勢で固まってしまう。 (な、なんなんだ?おれ、何か悪い事したのか?) 右京の頬に、冷や汗がつたっていく。 そのまま数分、固まったままだったが、ようやく右京が気を取り直して声を掛ける。 「は、はじめまして、俺は花咲右京って言うんだ。君ならわかるだろうと思うけど、俺はアダムの後継者だ。」 右京はとんでもない事をさらっと言いのける。 だが、それに動じる事もなく、レイも冷静にその事を理解する。 「綾波さん、君はリリスの力を使えるみたいだね。」 「・・・・・・・ええ。」 レイは少しの間をあけたあと、短く右京に答える。 「君はリリスの後継者なんだろ?君の容姿と力がその事を教えてくれる。」 「・・・・・・・・そうよ。」 「君がシンジ君と結婚したって風の噂で聞いたからね、いったいどんな顔してそんな事をしたのか見に来たんだ。」 右京の顔がニヤリと嫌らしく歪む。 まるで、愚かな事をしている者を見て、それを笑っているかのように。 「・・・・・・・どういうこと?」 レイが少し眉を寄せて聞き返す。 「どうって?決まっているさ、君はなぜシンジ君と結婚したんだい?」 「わからない・・・・でも、シンジ君といると、心が安らぐから・・・・・・・シンジ君が好きなんだと感じるから・・・・・・」 「結婚っていうものは、愛し合っているからこそできるものなんだ。 君は本当にシンジ君を愛しているのか?本当にシンジ君から愛されているのか?」 右京が問いかける。 その問いにレイは即答できるはずだった。 だが、できなかった。「わたしはシンジ君から愛されている、わたしはシンジ君を愛している。」と、口にする事が。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 レイは沈黙した。 心の中で、大きな引っ掛かりを覚えながら、沈黙した。 「ほら?すぐに答える事ができない。 自分達は愛し合っていると言えない。 綾波さん、君はただ、自分が安らげる場所がほしかっただけじゃないの?」 (違う・・・・・・・・・・・・・・・・) 右京がはなった一言が、レイの心の中にとてつもなく大きな傷と疑問、罪悪感という名のモノを植えつけていった。 それはレイの心の深くまで根をはっていった。 レイが考えれば考えるほど、根は心の奥深くまで根付いていくようだった。 「君は愛しているという事を理解しているか? 愛とは何?男の人を愛するってどういう事?君はそれがわからないのに、シンジ君と結婚なんてしたんだね。」 (・・・・・・・・・・・イヤ・・・・・・・・・・・・・違う・・・・・・・・・・・・・) 右京は続ける。 「もしもシンジ君が綾波さんを愛していたとしよう。 ならば、君はシンジ君のその愛をちゃんと愛で返しているのか?愛とはどういうモノなのかもわからずに、愛してあげられるの?」 (イヤ・・・・イヤ・・・・・イヤ・・・わたしはシンジ君を愛している ・・・・・・でも・・・・・・・・・・・・ワカラナイ・・・ワカラナイ・・・・・・・アイッテ・・・・・・ナニ?) レイの中で思考が無限にループする。 いくら考えても答えがあるはずもない、その疑問の中で。 「わからないだろう?シンジ君は可哀想だね、 結婚したはずの君を一生懸命愛しているのに、自分がもらうのは全て偽りの愛なんだから。」 (・・・・・・そんな事・・・・・・・・ない・・・・・・わたしは・・・・・・・・・シンジ君を・・・・・・・) 「それにね、綾波さんのその容姿のせいで、シンジ君にとても迷惑がかかるかもしれない。 君のその蒼い髪も、紅い眼も、人から見ればどう映るのかわかったもんじゃない。 ある人は言うだろう、「あの女は気味が悪い」「あの女の子はみんなとは違う」とね。 そしたらどうなると思う?それがみんなに伝わって、大抵の人は君の事を奇異の眼差しで見るだろう。 そして、その気持ちがだんだんと君を傷つけたいという気持ちに、人とは違う君をいじめようという心に変わってしまうんだ。 そうなってしまったら、対象は君だけじゃなくなるんだ。 シンジ君もその変な女の夫として、避けられ、嫌われ、拒絶されてしまう。 その所為でシンジ君はどれだけ傷つくと思う?そりゃあ、計り知れないほどに傷つくと思うよ。 それが原因で君はシンジ君から恨まれるんだ。 君さえいなければ、自分は傷つかなかった・・・・と、君の所為で僕は嫌われた・・・と。」 右京はそこで一旦話を止める。 まるで、レイがどう反応しているのかを見定めるかように、ちらりとレイを見る。 レイの顔色はすでに青ざめている。 元々色白な肌が、さらに真っ白になって、その瞳にはもう警戒の色など消えうせていた。 あるのは、ただ、自分に対する疑問と、自分がシンジを苦しめるかもしれないという恐怖。 「君は自分のためだけのために、シンジ君を苦しめるのかもしれない。」 「・・・・・・・・イヤ・・・・・・」 レイは思わず呟いてしまう。 自分がどれだけ嫌な女なのかに、シンジを本当に愛しているのかがわからなくなった自分に、イヤ、と。 「ふう、それじゃあ、俺は帰るとするよ。せいぜい悩んで、シンジ君に迷惑がかからないようにね。」 そう言うと、また空気の抜けるようなドアの音とともに右京は廊下へと出ていった。 個室はまたレイ一人となった。 コツッ、コツッ、コツッ、コツッ、コツッ・・・・・・・・・・ 通路の中を右京の歩く足音が響く。 レイの個室から数分歩いた所で立ち止まると、右京は一人呟いた。 「リリス・・・・・君はまだシンジおじさんを愛するという事にたりない物がある。 おじさんの事だから、君の事を嫌ったりなんかしないだろう。 おそらく君は、おじさん・・・・・シンジ君の事を愛してるよ、それはまちがいないさ。 でもね、君は見つけなきゃいけない、造りださなきゃいけない。 『シンジ君』という心の支えがなくなってしまった時、 シンジ君なしで何かをつくり、生きていくだけの信念を、意志を。 それは何でもいいんだ。 自分の中で貫こうという思いであれば。 例え誰にどう言われようとも、自分の中で絶対に曲げられないものを、君自身でつくって、シンジ君を安心させてあげてくれ。 そして、自分の中にあるあやふやな気持ちをはっきりとさせて、自分の心をもう一回整理してくれ。 縋るだけの人生なら誰にでもできる。 だけど、自分の中に信じて守るモノを持っているこそ、本当に強く優しいヒトになれるんだよ。 それができれば、君は誰にも負けはしない、シンジ君の二人のお嫁さんにも負けないぐらいのヒトになれるよ。」 そう、それが右京の本心。 アダムの力の末端を使ってレイの心の暗い部分を一部炙り出した。 リリスとして生まれてきたがために、愛するという事をまだ100%理解できていない。 普段気がつかない心裏の疑問を、レイの心の中の悩みを自身にも分かるほどに大きくしたのだ。 レイに愛というものを理解しろという事が無理なのかもしれない、いや、普通の人間ならばできないだろう。 過去という傷痕がある限り、魂そのものが人を拒絶してしまってもおかしくはないのだ。 だが、レイは自分からシンジを愛した。 そしてシンジの優しき愛を受け入れた。 だからこそ、レイには本当のヒトであり、本当の女になってほしい。 愛すべき男を愛し、そして何でもできる『母』のようなヒトに。 それがアダムという名を受け継いだ右京の意志であり、アダムからリリスへの最後の愛の印なのだろう。 真に愛すべき男ができたリリスへの・・・・・・・・・・・ 「作戦はすでにできています、作戦名は・・・『ヤシマ作戦』!!!!!!」 ミサトの声が会議用の部屋に響いた。 薄暗い部屋の中にグラフや映像などが3Dで浮きだされる机の上には資料が配られて、 リツコ・ゲンドウ・ユイ・冬月・マコト・シゲル・マヤがそれぞれの場所にたってミサトの話を聞いている。 「まずこの映像と資料を見て。」 そう言うと、机の上に巨大な銃のようなものと、それの詳細な資料が浮かび上がる。 大砲のようなものはあまり加工はされてなく、素のままといった感じをうける。 「この兵器を今回の使徒殲滅作戦、『ヤシマ作戦』に使用します。」 「葛城二尉、これは何の映像かしら?私が思うにこれは「そうよ、これは戦自の超電磁縮退砲。」 リツコの言葉を遮って、ミサトがその先にあるだろう言葉を話す。 「ちょっと待ってください、葛城さん!!そんなものを動かすにはどれぐらいの電気が必要だと思ってるんですか!!!???」 マヤが先ほどの映像の正体を聞いて叫ぶ。 「葛城二尉、超電磁縮退砲を機動させて使用するには、数えられないほどの大きさの電流が必要になってくるわ。どこからその電流を?」 リツコの眼が静かにミサトの眼へとむけられる。 その眼に対して、ミサトはニヤリと口元を歪めて、見つめ返した。 「決まってるじゃない、日本中よ。」 「では、戦時にはどう言って超電磁縮退砲を徴収するんですか?葛城さん」 シゲルが再びミサトへ質問する。 「戦時にはネルフの権限をつかって協力してもらうわ。」 「葛城二尉、じゃあ、時間的な問題はどうするんですか? 僕が思うに、使徒がジオフロントに完璧に到達するまで8時間強しかないのに、万全の用意で作戦を実行できるとは思えません。」 「その点は他の職員達にがんばってもらうしかないわ、現時点で考えられる作戦の中で、これが一番殲滅確率が高かったのよ。」 ミサトが飛び交う質問にてきぱきと答えていく。 「指令、副指令、よろしいでしょうか?」 ゲンドウと冬月に、最終的な許可をもらうため、ミサトは二人の方を向いて質問する。 「ふ、問題無い・・・・・・・・・・・・・好きにしたまえ、葛城二尉」 「その作戦が一番殲滅確率が高いのなら、そうするしかない。頼むぞ、葛城君。」 ゲンドウ・冬月が順番に答えた。 「それでは、今からヤシマ作戦のための準備にかかりたいと思うから、それぞれの持ち場に行って下さい。」 そういうと、みなその場を出ていき、部屋の中は電気が消されて暗闇となった。 右京が出て行ってからはとても静かだった。 レイは何もしようとはせず、ただ、ベンチに座って自分の中の愛について考えていた。 自分の中の愛とは何か?シンジから見て感じる愛とは一体なんなのか? レイの頭の中でその事だけが永遠に渦巻いて離れようとはしない。 「愛・・・・・ある一定の人を大切に思う想い、わたしにとってシンジ君はとても大切な存在。」 碇シンジ、それはレイの中で何よりも深く、何よりも大切な存在だった。 「シンジ君にとって、私は何?私はどれだけ大切な存在なの?」 いま、彼の中で自分はどういう存在なのだろう? 本当に愛してくれているのであろうか?・・・・・・自分でも思う、バカな考えだと。 右京が言う通り、自分の人間離れしたこの容姿のせいで、シンジ君は迷惑がかかっているのだろうか? わかっていても、そんな疑問がふつふつとレイの中にわきあがっては消えていき、また同じようにわきあがってくる。 「わたしのしていることは本当にシンジ君を愛している事なの?・・・・・・・ ・・・・・・・私がただ安らぐ場所を求めて居るだけでシンジ君のそばにいる、大切に思ってる・・・・・ ちがうわ・・・・私はそんな事のためにシンジ君を大切に思っているんじゃない、私は私の意志でシンジ君を大切に思ってる。」 レイは自分で自分に言い聞かせる。 自分がただ安らぎのためだけにシンジのそばにいる、 それはとても恐ろしいから・・・・・・・・・、そうわかってしまうかもしれない時が、何よりも・・・・そんな事を考えている自分が。 今シンジが大切に思ってるのは純粋な気持ち、そう信じたい。 でもわからない、自分ではそう想っていても、自分ではない所でシンジを傷つけてしまってるかもそれない。 「レイーー!!今からちょっち零号機に乗ってくれない?」 レイが深刻な悩みを抱いて考え込んでいると、あからさまに何も考えていな能天気な声が耳に入ってくる。 そんな声を出すのは一人ぐらいしかない、むろん、その名は葛城ミサト。 作戦部長という肩書きを持ちながらも、 真実をまったく知る事ができないネルフの一般職員と同じ人間だ。 「!!・・・・・なぜ・・・ですか?まだ零号機の機動実験は完璧に完了していません。」 レイは悩むのを一旦中断した。 そしてミサトの言った事について聞き返す。 レイの機動実験はまだ完璧にはできていなかったはずだ。 なのに、なぜ、レイに零号機に乗れと言うのだろうか? 「その事についてはだいじょーぶよ。 あの時、レイが零号機に乗る時に一番パルスが逆流しやすい地点はすぎてて、 零号機の機動実験はすでに成功したようなものだったのよ。(と、リツコが言ってたわ)」 「・・・・そうですか。」 「そこでね?レイ。今から戦略自衛隊の所まで言って超電磁縮退砲をとってきてもらいたいの。いける?」 ミサトの問いにレイは考えるそぶりもなく答えた。 「わかりました、任務を遂行します。」 「あっりがとね、レイ。じゃあ、今から零号機に乗って戦時の研究所まで行っといて。 私が合図したら、出てきて縮退砲をとっていってね。」 そう言うと、ミサトが部屋を出て行き、レイもあとを追うように部屋を出ていった。 それから六時間後、全て事が上手く進み、超電磁縮退砲もネルフが手に入れた。 レイとシンジはそれぞれのエヴァに乗るため、エレベーターに乗り込んでいた。 中は二人きりだ。 レイは何を話せばいいのかわからなくなって、シンジに話し掛ける事ができないのだろう。 少し沈黙があったあと、シンジが口を開いた。 「レイ、レイはエヴァに乗る事が怖い?」 シンジの顔が見えない位置にレイは立っている。 なので、シンジの顔をレイは窺うことはできなかった。 「ええ、少しだけ。」 「なんで?」 「死ぬのが怖いから・・・・・・・今という自分を・・・・・なくしたくないから・・・・・・」 レイの口から漏れた一言は、 とても悲しく、なにか儚い雰囲気をシンジに感じさせていた。 「・・・・・・・僕も・・死ぬのが怖いよ。 たぶん・・・エヴァに乗ったから死ぬなんて事はないと思う。 けど、死んでしまうのが怖いんだ・・・・・・・・・・ 死んでしまうとみんなを忘れちゃう、それにね、僕自身を忘れちゃうんだ。 今いるみんなと離れたくない、もっといっしょにいたい、同じ気持ちを感じていたい。」 その言葉を話している時のシンジは子供だった。 いつものどこか頼りないけど、何よりも強さが見え隠れするシンジとは違う。 まるで小さな子供が見えない恐怖に本当に怯えているように、とても弱々しく、とてもさみしげだった。 レイはそんなシンジを見て、自分の中にまた、右京に言われた事が浮かび上がってきた。 そして、無意識のうちにシンジを抱きしめた。 がばっ シンジの視界が急に真っ暗になった。 「う、うむむむ!!???」 シンジの顔に当たるのと手もやわらかい、胸のようなもの・・・・・いや、胸だ!! シンジはいきなりの事に、びっくりしながら手を動かして、どういう状況なのか触って確かめる。 探っていた手がレイの頬に触れる。 その手に触れたのは、すべすべとした頬の上を滑り落ちる、一筋の涙。 手が涙に触れてからも、レイの瞳からはとめどなく涙は溢れ出してきて、すぐにシンジの手をびしょびしょにぬらしてしまう。 「シンジ君、あなたがさっき言っていたもっと一緒に居たい人、離れたくない人の中に、わたしは入っているの?」 レイは呟くように、シンジに質問した。 レイの声は寂しさと怖さ、どっちも入り混じっていて、そのつぶらな唇はかすかに震えていた。 「わたしは怖い・・・・・・シンジ君に迷惑を掛けてるんじゃないか・・・・」 レイはゆっくりと話しだす。 シンジはレイに抱きしめられたまま、微動だにしていない。 「わたしがただ安らぐために、寂しさを忘れるためにシンジ君のそばに居るのかもしれない・・・・・・」 レイの抱きしめている力がいっそう強くなっていく。 「わたしがもしそんな女だったらと思うと怖い・・・・・・それは、シンジ君の愛を利用しているということだから・・・・・・」 シンジの頭に、ぽたぽたとレイの涙が落ちていく。 レイの瞳からとめどなく流れ落ちる涙は、まるで、レイの心の悲鳴のようにシンジは感じられた。 「シンジ君・・・・わたしはあなたのそばにいて・・・・・いいの?」 そして、レイは何も話さなくなった。 それから、沈黙が二人の間に流れ、二人はお互いに黙っていた。 チーーーーーン!!・・・・・・・ エレベーターは目的の階までついた。 シンジはゆっくりと起き上がって、レイの手を持って立ち上がらせると、一緒にエレベーターから出た。 はっきり言って、さっきまではシンジは戸惑っていた。 いきなりのレイの独白に、どう言ってあげればいいのか、わからなかった。 だけど、レイの言いたい事は理解できた。 もう戸惑う事はない、レイに言ってあげる言葉など決まっている。 「レイ・・・・・・・・・」 レイは下を向いて俯いたままだった。 シンジはそのレイの頬にそっと両手を添えて前を向かせる。 そして、レイの紅い瞳をまっすぐに見つめて、こう言った。 「レイ、僕のそばにいてもいいんだよ、レイが嫌じゃないんだったらだけど。 いや、これからも僕のそばにいてもらえるかな?レイ。」 シンジはそっと微笑んだ。 優しく・・・・・優しく・・・・レイの心の傷が癒えるのを願うように・・・・・ シンジのその笑顔は、レイのそれまでの恐怖を、それまでの寂しさを全て優しく包みこんでくれた。 「ありが・・・とう、シンジ・・・・・君。」 そういいながら、レイは嬉しそうに微笑んだ。 シンジの笑顔に返すかのように、レイのその笑顔は生き生きとして嬉しさに満ち溢れた笑顔だった。 「そんな・・・お礼なんていいよ・・・・・」 シンジはちょっと赤くなって頬をぽりぽりしている。 自分の言ったことが少しくさかったかな?と思いながら・・・・ 「シンジ君・・・・・・最後に一つ聞いていい?」 「何?」 「シンジ君はわたしの事・・・・愛してくれてる?」 レイは月明かりに照らされた美しい顔で、はずかしそうに呟くように聞いた。 もちろん、シンジは優しく答えた。 「僕はレイを愛してるよ・・・・・・・」 そう言うのを確認したかと思うと、お互い抱きしめあって、長く、優しいキスをした。 レイとシンジの唇が重なり合う時、 満月の中にあった二つの影が、一つにつながりあった瞬間だった。 お互いの愛を確かめ合ったあと、シンジはレイと分かれて初号機の元へと行こうとした。 「シンジ君・・・」 レイがシンジを呼びとめた。 シンジが振り返ると、レイはシンジを見つめてたっていた。 「シンジ君は死なないわ、だってわたしが守るもの。」 シンジはその言葉にありがとうと残すと、また会おうね、と言ってその場を後にした。 シンジが去っていったあと、レイ達二人を見ていた満月はとても綺麗だった。 レイの神秘的なアルビノを、さらに神秘的するようで、まるで月までもが今のレイを飾っているようだった。 シンジとレイは、作戦についての説明を聞いて、すぐにエヴァに乗り込んだ。 そして、いまここに矢島作戦が開始されようとしていた。 「それでは、これよりヤシマ作戦を決行します!!!」 ミサトの掛け声とともに、超電磁縮退砲への電気が流されて行き、ゆっくりとエネルギーメーターが上昇していく。 エントリープラグの中のシンジは、ゆっくりと思考の渦に引き込まれていた。 (レイ・・・・ぼくは君を死なせないよ、こんなくだらない事で、君を死なせてたまるか・・・・) シンジの中に深く刻まれる決意。 それは幼少のころの記憶と経験、 その二つのモノが、シンジの今ある状況と小さな幸せを守る事の大事さを身に染みて教えてくれる。 (もう・・・・もう、誰も失いたくはないんだよ・・・・・・・・) それはシンジの心の叫び。 それはシンジの深き傷跡から導き出したもの。 極当然の思い。 しかし、その思いの強さは尋常なものではない。 (天使やら、悪魔やら、そんなくだらない事で僕の大事な人を無くすなんてごめんなんだ・・・・・・・) シンジの鼓動が、シンジの血液が、熱く、熱く、煮えたぎるように熱くなっていく。 (もしもの時は・・・・・・僕も天使の力を使う!!!!!!例えそれがあだになろうと、それで大切な人を守れるのならそれでいい!!!!!) シンジはゆっくりと目をあけた。 そこにあった瞳の色は真紅。 その目に詰まっている物はあまりにも深い悲しみと決意。 「シンジ君、それじゃあ、機械の照準が使徒にあわさったら、撃ってね。」 ミサトの声がスピーカーから流れてくる。 今は発令所とエントリープラグは、スピーカーだけでつながっていて、どっちの映像も映る事はない。 リフトが上昇していく。 そして、シンジはいつでも超電磁縮退砲を撃つことができるように、全てを戦闘に集中した。 (もうすぐ・・・・もうすぐだ・・・・・・) 自分の前には、レイがいつでもシンジを庇えるよう体勢を整えている。 プラグの画面の上の方から光が射して来た。 狙いを定めるための赤い三角形の様なものも、もうすぐで重なりそうだ。 シンジの操縦桿を握る手にも、じわじわと力がはいってくる。 ちょうどシンジが地上へと出ようとしていた時、 ラミエルもその巨大な体に、高エネルギー反応を反応させていた。 ラミエルのちょうど中心のところに集まる光の粒。 次の瞬間には、シンジの初号機も地上へと出ていた。 カチッ!!! 初号機の持つ超電磁縮退砲から、一条の閃光が発射された。 そして時を同じくして、ラミエルの体からも、巨大な光線が飛び出した。 オオオオオオオオオオオ!!!!!シュパァァァァァァァァァァ!!!!!!! 絡み合う二つの閃光。 二つの閃光は、互いの力にはじきあって、まったく両者の狙いとちがうところへと飛んでいった。 「くっそおおおお!!!!なんで失敗するんだよ!!!!!!」 シンジは叫びながら、次の発射準備が整うまで待つしかない。 その間にも、第五使徒ラミエルに再び高エネルギーが収束していっていた。 紺色の巨大な体に集まる淡い光。 だが、その淡い光はだんだんとはっきりとしたものへと変化していく。 光が確実なものとなったその時、もはや準備を待つしかないシンジの初号機へと光の奔流が降り注いだ。 今のシンジに見えるのは、目の前にたってラミエルの過粒子から自分を守ってくれているレイの姿だけだった。 「くっ・・・・」 やはり盾があるといっても、目の前に過粒子砲がふりそそいでいるというのはきついらしい。 だんだんと盾が溶けていく。 「はやく・・・・早く、早く、早く早く早く!!!!!!!」 さっきミサトからの報告があった、 撃つよういは万全らしく、後は使徒に照準が合わさるのを待つのみ。 たった数秒なのに、そのはずなのに、その数秒がとても長く感じてしまう。 シンジの心が、体が、早く早くと照準が合わさるのをせかしている。 例え意味はないとわかっていても、そうせずにはいられない。 ピピピピピピ!!!!!!! 撃つ準備は整った。 カチ!!!!!!!!! シンジはさっきよりも強く、確かめるようにトリガーを引いた。 再びおこる閃光は、一直線にラミエルまで飛んでいった。 そして、数秒間、その場にいたものの視界はすべて光に支配された。 だんだんと見えてくる視界。 シンジはうっすらと目をあけて、その先にある光景を見た。 ・・・・・それは・・・・シンジの望みとは・・・・・まったく違った光景だった。 空中に悠然とうかぶ青い空中要塞。 その姿には何の傷も見ることはできない。 発令所が、レイが・・・・、何よりシンジが・・・・驚愕に包まれて何もする事ができなかった。 さっき撃った超電磁縮退砲は一体どうなったのか? 「う・・・・そ・・・でしょ・・・・」 シンジの口から驚きのあまり思わず言葉が漏れる。 が、無情にも、ラミエルの巨体にまた同じように高エネルギーが収束されていく。 「・・・・・やってやるさ・・・・・・・」 シンジの雰囲気が変わった。 さっきとは違う空気がエントリープラグ内を漂う。 そばを見れば、もうぼろぼろのレイの盾と、おそらく再び使うことはできないだろうに壊れた超電磁縮退砲。 もう自分が手を出すしかない。 シンジはそう考えたのだ。 「シ〜ンジ、シンジがやらなくったっていいわよ?わたしがと止めをさすから。」 シンジの頭の中に、マナミの声が響いてきた。 マナミは怒っている、レイとシンジを苦しませたラミエルを。 と、その瞬間に、ラミエルから再び過粒子砲がはなたれた。 しかし、その攻撃が当たる事はもうありえない。 なぜならば、マナミが出てきたのだから・・・・・ レイとシンジを守るかのように、半球型に使徒の過粒子砲がよけられている。 その先にいる者は、三対の純白の羽をひろげたマナミ。 翼をひろげ、空中で立っている。 「あなたはやりすぎなのよ・・・・さっきの超電磁縮退砲でやられとけば、楽だったのにね。」クス 口元に手を当てながら笑うマナミ。 だが、笑っているのとは正反対に、 マナミを覆っているのは人が持ちえる事ができるのかと思うほどの、圧倒的な殺意と恐怖、そして威圧感。 最早その美しい青髪さえも、その神秘的なところが、得体の知れない怖さを炙り出していた。 ラミエルの過粒子砲がふりそそぐ中を、堂々と突っ込んでいくマナミ。 マナミの通るだろう空間だけが、まるで何か見えない異物があるかのように、過粒子が避けられている。 と、使徒の過粒子砲がやんだ。 次の瞬間には、マナミが通る真正面に過粒視の壁がそびえ立った。 分厚い壁が、なん中にもなって作り出されていく。 「そう、まさかここまでと強いとは思ってなかったわ。・・・・・・でも、それだけじゃ、ただの雑魚とオ・ン・ナ・ジ。」ニコッ・・・・ 壁の前で一端止まると、また壁に向かって進みはじめる。 壁にぶつかるはず、しかし、またマナミの周りだけが過粒子の壁に近づいても無事なのだ。 例えるならば、粘土にビーダマを押し付けたような感じだろうか? 同じように何枚もある壁を突破して行き、最後の壁を突破した。 が、突破してきた所を過粒子砲が待ち構えていた。 マナミは光に包まれた。 無事だった、また、マナミの周りに見えない壁があるように、マナミだけを過粒子が避けて。 「同じ攻撃しか能がないのなら、わたしに勝てるわけがないでしょ?」 そう言いながら、ラミエルの近づいて、青い巨体に手を添える。 「消滅なさい。」 その一言が誰も聞こえない闇に響いたあと、ラミエルの体がゆらゆらと揺らめきだした。 揺らめくラミエルの体は、だんだんと揺れが激しくなるにつれて原型もわからぬほどになってゆく。 まるでラミエルの悲鳴が聞こえるかに思えるほど、その時起こっている事は、あまりにも凄惨な光景だった。 折れ曲がるようにラミエルの巨体がたてに縮んでいくように見える。 そして最後には、ラミエルの巨体は見えなくなってしまった。 そして残ったのは、三対の翼をひろげたマナミの姿だけだった。 「レイ!!!!!」 シンジは無理やり出した零号機のエントリープラグに向かって走りよった。 プラグの入り口に付くと、手動で無理やりハッチをこじ開ける。 中からはかなり高温のLCLがザバザバと出てきた。 シンジはプラグの中に入ると、レイのいるだろうところへと駆け寄っていくと、プラグの外へと出す。 レイは気絶しているのだろう。 あどけない表情で息をしている。 「うっ、っく、うう、よかった・・・・ほんとによかった・・・・・」 ほっとした安心感がどっと押し寄せて、 これまでのぴりぴりした気持ちを洗い流してゆく。 レイが生きていたという事に、嬉しくて嬉しくて、思わず泣いてしまうシンジ。 泣きじゃくっているシンジの耳に、レイの寝言が聞こえてきた。 「・・・・・シンジ君・・・・・大・・・・・・・好き・・・・・・・・・」 その声が聞こえていたのか、シンジはレイのそばによって優しく胸に抱き閉めた。 「レイ・・・ぼくも・・・レイの事大好きだよ・・・・・・・・」 そう言うと、シンジもレイを抱きしめたまま眠りに落ちてしまう。 そんな二人を月明かりが照らし出して、二人は何か見えない力に守られているかのように、静寂に包まれていた。 まるで今の二人を邪魔するのを、誰かが阻止しているかのように・・・・・・・ それは夜空に輝く満月の、今日二回目の二人への祝福なのかもしれない。 その後、ミサトたちが助けにくるまで、二人は幸せそうに寝息をたてて眠っていたという事だ。 あとがきだよ〜ん どうも、マーシーです!! けっこう早く投稿できましたね。この話、力が入ってるからすらすらと思いつくがままに書く事ができました。 其の十二、皆さんはどうでしたか?僕は本当に満足しています。 なにがって、レイの精神描写とシンジとのラヴラヴが、上手く混ぜて書けたからです。 なんか、ラミエル戦って、LRSの要素をからめやすいからかなあ? とにもかくにも、とっても満足してるマーシーでした。・・・・・・・・・・・・とかいいながら感想メールこなかったらどうしようか?(笑)