かき消された主旋律





 今夜の客はいやに背が低くて言葉遣いも妙だった。テレビで見るお笑い芸人が使う関西弁とも微妙に違う気がしたし、もっと西のほうの言葉なのだろうかとも思ったけれどやがて彼が自分でワシは京都から来たのやと言ったのであたしは妙に親近感が沸いてじつはうちの母も生まれが京都なんですよと答えた。
 あたしはサテンにでも行きましょうかと言ったがその男はええんやワシは可愛いネエチャンと歩けたらそれだけで満足なんやと言ってあたしはちょっと拍子抜けしたがともかく彼が望むと言うので肩を寄り添わせて新宿の街を歩いた。彼はもういい歳のおっさんだと思うのだが背丈はあたしとほとんど変わらないかむしろ腰が曲がっているせいであたしよりも低く見える。

「京都は今はどうですか?」

「変わらんのう、せやけど今はお役人方が日本の誇り守るゆうてぎょうさん銭つぎこんどるのや、みとうみ、東京はネオンぎらぎらで外国人もせんぐりやってきとるやろ、ワシの家族はセカンドインパクトの時に日本に渡ってきたさかいに、第2次朝鮮戦争の頃は公安の弾圧がそらあもうえげつなかったんやで」

「渡ってきたというと、朝鮮、いえ、当時は韓国?」

 朝鮮半島はセカンドインパクトの被害によって壊滅し、さらに追い打ちをかける形でサードインパクト直後の2018年、第2次朝鮮戦争が勃発し韓国と北朝鮮は事実上滅亡、国連の信託統治領となり実質日本に併合された形となっている。それに伴って難民が周辺国、特に日本では大阪以西に大量流入した。

「そうや、ワシのオジキもこの街で仕事してはったんやけどえんばんと捕まってもうてな、えらい騒ぎになりよったんや、オジキは運び屋やっとったんやけど、ネエチャンわかるか?今は昔とちごうてポリも厳しなっとるしせやかて客になるような、ここだけの話しやけど政治家の先生方や大企業の社長さんなんかのお偉方やで、そんなジジイどもは昔の感覚のまんまで注文つけてきよるさかいに、中間のワシらの苦労だけが増えよったゆうことなんや」

 その韓国人の男はしばらく自分の仕事についての話しや苦労話しを続け、あたしははあとかええとかそうですねとか相槌をうちながら聞いていた。

 歩いている最中にメールが着信したので確認してみると相田先生からだった。件名は遅れてごめんとあってあたしは今までメールの返事が遅れがちになっていたのを詫びるつもりなのかと思ったけれどもそれだけではこれから先関係が元通りになっていくとは限らないのだということに思い至って肩を落としてため息をつくとメールを開封せずに携帯を閉じる。

 男はなんや彼氏とうまくいっとらんの?と言ってきてあたしは違いますよと愛想笑いを返したが彼はそれには構わず腕を組んできたのであたしは身体を寄せて肩が胸に当たるようにしてやった。彼はうれしそうに、しかしその笑顔は修羅場を潜り抜けてきたスジモノの顔だとはっきりわかるように笑みを作ってネエチャンええ子やなあと言った。

 あたしはその男と別れてからジュンヤさんに電話してこのあたりの韓国人について訊いてみた。するとジュンヤさんは意外にも驚いた調子の声で、そいつはたぶんオレの知ってるやつだなと言った。

「どういうことです?」

「そいつ、伯父が捕まったとか言ってたろ、そいつがたぶんオレらと同じ時期に活動してたやつだと思うんだ、運び屋って言ったな?」

「ええ」

「そいつはコカインで捕まったんだ、名前はたしかヤンとかいったな、ちょうどシンジが、ああ社長から聞いてるか、碇シンジがやつと深い仲で出張ホストの仕事を紹介できるけどどうするとかいう話しがあったんだよ、大学の頃だな、結局シンジのやつは断ったんだけど、それからほどなくしてだなそのヤンがぶち込まれたのは」

「でも、そんなに昔の話しならもう出所してるんじゃないですか?」

「お前甘いぜ、この世界では一度しくじったらもう終わりなんだ、横のつながりってのがすごく広いからな、自分ひとりだけでは絶対にすまないんだ、必ず周りのやつらがそれこそ芋づる式に表沙汰に引きずり出されちまうんだ、だからきっちりオトシマエはつけられただろうよ」

 あたしはごくりとつばを飲んだ。今まではうまくやれてきたからいいが、これから先も大丈夫だという保障はどこにもない。それこそいつだかニュースで見たように、ごみ袋につめられたバラバラ死体になって朝のニュースに出ることにだってなりかねない。
 ジュンヤさんは勘違いするなよ、オレがお前たちを守るのは金になるからだ、金にならなかったらお前たちを切り捨てることは簡単なんだからなと念を押した。あたしはなにも言えずに携帯を持ったままうなずく。携帯ごしではうなずきのしぐさなんて伝わるわけもないけれどジュンヤさんはその微妙な間でわかったようでまあともかくやるなら気をつけていけ、決して無理はするなと最後に言ってくれた。

 今あたしが立っている場所は海に近いはずなのに、都会の雑踏と車と人の流れと高層ビルにかき消されて潮の香りはここまで伝わってこない。そのヤンとかいう男もきっと留置場の中で殺されて何事もなかったかのように火葬されてこの新箱根湾に散骨されたのだろうと思ったがあたしにとってはどうでもいいことで、それ以上の感情はわかなかった。

 家に戻ってからあたしは服とノートパソコンを旅行用の大きなバッグに詰め込むと聖霊の寮へ向かった。マナの部屋に荷物を持っていっておく。最低限の着替えと、それから高価な買い物だと思われる宝石、貴金属類、パソコンをマナの部屋の机の脇に置かせてもらった。マナがどうしてまた、と訊いてきたのであたしはどのみち家は出るつもりだった、こんなに早くなるとは思わなかったけどね、と吐き捨てるようにして言った。
 そんなに酷いの、とマナが言ったのであたしは母さんのことについてえんえん愚痴ろうかと思ったけれども疲れていてとてもそんな気分じゃなかったので一言で済ますことにした。

「うちの母さんがとにかく人間終わってるのよ、自分の金遣いの粗さ棚に上げて金持ちの男にすり寄ってるのよ、それで再婚だなんてもうかける言葉もないわ」

「うちと逆なんだね」

「まあそんなところだね、マナんちは父親がダメダメなんだっけ」

 鬱病だって言うけどもう本人治す気ないみたい、どのみち病院に通うお金もないしね、だったら家でおとなしく寝てろって感じ、マナは煙草に火をつけてひと息ふかした。吐き出された煙はあたしのところまで届くことなく天井のほうへ向かって昇っていく。灰の苦い香りがして、あたしはかすかに鼻をひくつかせる。

「煙ダメかな?」

「そんなことないよ、大丈夫」

 マナはもう一度、今度は深めに吸い込む。彼女の肌はとてもきれいで瑞々しいが、その体内に今大量の有毒の煙が流し込まれていると思うと複雑な気分になる。マナはあたしよりもずっと多くの経験を積み、あたしにとっては先輩といってもいい、そんなマナがなぜひとりでこんなことになったのか、いやマナはひとりでこうなったのではない、ロクデナシの家族、路地裏の浮浪者たち、ジュンヤさん、そして伊吹社長というたくさんの人々に接したことでこうなったのだ。人と人とのかかわりというものはそれだけ重要なのだ。あたしでさえも、小さいころから内向的で友達もいなかったがやがてケイたちに出会い不良の遊びを覚えていったからこういう性格になったのだと思う。

「今夜も泊まるの?」

「お願いできるかな?」

「むしろ大歓迎だよ、私もあなたとたくさんお話ししたいと思ってたし、なんなら住み着いてくれたっていいよ、どうせ学校の寮なんだし」

「ありがとう」

「お礼なんて気にしなくてもいいよ、私とあなたの仲でしょ?」

「ううん、やっぱり親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ」

「こちらこそよろしくね」

「うん、よろしく」

 夏休みの中ごろから、あたしはしょっちゅうマナの部屋に入り浸るようになった。
 あたしはマナのベッドの横に布団を敷いて床で寝ている。寮の部屋は基本的にひとりで住むものなので二人となると少々手狭だが、それでもむしろこの狭さがあたしにはマナといっしょにいるということをより強調させて心地よく感じさせてくれる。

「マナは今月いくら稼いだ?」

「50万かな、みんな夏休みだから開放的になってると思ってるんだよ、それはそうと病院に行って検査は受けてる?」

「検査?なんの?」

「性病だよ、病気持ちなんて噂が広まったらお客よりつかなくなるよ」

「ああそうか、うん明日にでも行ってみる」

 灯りを消して、あたしたち二人は眠りに入る。やがてマナの寝息が聞こえてきて、あたしは自分が初めて家出をしたのだということを今さらに実感していた。家に帰らなかった夜はこれまでにも何度もあるが、本当に帰りたくないという気持ちを持って出てきたのは今夜が初めてだ。母さんとあの男の夢想話に切れて家を飛び出し、そのままマナの部屋に転がり込んだ。そして今夜だ。あたしはあの家を出て行きたい。だけど荷物はまだたくさん残してきたままだし、13歳ではひとりで社会生活を送るにはいろいろと制限がついてまわる。だからせめて就職してからでもすぐに家を出られないかとは考えていたのだがそれでは遅すぎた。あんな男が義父になると考えただけでもぞっとする。なにかこう、生理的な嫌悪感があるのだ。それはあの男の体臭だったり髪をディップでならしていたりとか指が太かったりとかそういうものかもしれないけれどたとえそれらがなかったとしても母さんの再婚相手というだけであたしはその男を嫌いになっていたと思う。母さんがその年取った身体で床惚れさせてきた男など信用できるはずもない。

 やがて夏休みも残り少なくなってきた8月の終わり、マナは突然大阪に行こうと言い出した。なんの用で、と訊くと大阪オートメッセという自動車の展示会があるのだそうだ。そしてステージでのパフォーマンスイベントにUltra_Violetが出るというのでそれを観に行きたいのだという。
 期日はいつなのだと訊くと25、26の両日でUVのイベントは26日だからあたしはその日にあわせて行くのかと思ったけれどマナは24日から泊まりがけで行くと言う。それってもう明日出発するってことじゃないと呆れながら言うとそうだよこれは年に一度の大イベントなんだから逃すわけにはいかないよとしゃべりながら荷造りを始めていた。といっても持っていくものはお金さえあれば泊まるホテルはあらかじめ予約してあるし、着替えだけ持っていけばいいだろうということになった。
 2038年大阪オートメッセでは新型車のお披露目と同時にチューニングショップ、いわゆる改造車をつくる店のデモカーも多数展示される。マナはこっちが目当てのようだ。さしずめ暴走族予備軍ねと言ったらマナはそうだよ、私免許とったら絶対走り屋になるんだからと目を輝かせて言っていた。
 UVはお得意のハードロック調にアレンジしたユーロビートを歌っていて、曲目は『ステイ』ヴィクトリアをはじめとして『ビート・オブ・ザ・ライジング・サン』デイヴ・ロジャース、『ゲット・ミー・パワー』メガ・エナジー・マンなど、それ系のアニメでよく聞いたことのあるタイトルが独自のアレンジで歌われている。J−ユーロのリミックスはCOCONOさんが直々に手がけたらしい。彼の書く曲というのは伊吹社長が言っていたように、他のディスコ系やダンスポップ系のアーティストたちとは一線を画した、良い意味で日本のアーティストらしくないエモーショナルな曲が揃っている。マナはほかの観客たちといっしょにシャウトしたり踊ったり腕を振り上げたり熱中している。あたしは黙って目を閉じTOKIKOさんの歌声と観客の熱狂に聴き入っていた。

 二学期が始まって、いっしょに始まった生理のせいで朦朧とした意識のまま始業式を終わってから家に帰ってくると異変に気づいた。鍵が開いている。今朝はちゃんと閉めてきたはずなのに、母さんが帰ってきたのだろうか?訝しげにドアを開けた瞬間、あたしは大男の腕に身体をつかまれて家の中に引きずり込まれていた。悲鳴を上げる間もなくあたしは気を失う。

 頭をぶつけたらしくしばらく目の前がちかちかしていてやがてものが見えるようになってくるとあたしは自分の部屋にいてベッドに背をもたれていて周りにみんながいるのが見えた。いつの間にみんな家の中に入ったのだろう。ケイが得意げな顔をしてピッキングの道具をぶらぶらさせる。まだ状況が飲み込めないまま、あたしはジャクソンに腕をゴム紐で縛られた。ドミニクが浮き上がった血管をアルコールを浸したガーゼで拭いてから小さな注射を打つ。瞬間、氷を直接体内に注ぎ込まれたかのような冷たい刺激が身体じゅうを一瞬にして駆け回る。あたしはそのまま床に崩れ落ちてしまってあごをガチガチと鳴らして口の中に泡が噴いているのを感じた。
 ウィルがおろおろした表情でまずいんじゃないのかいこれと言っていてジャクソンが嬢ちゃんもワルだなと冷めた目でケイを見ている。それらすべてがぐるぐると部屋の中のある一点を中心にして回転している。肥っているドミニクはバスケットボールのような姿に見えて、注射器を片付けてからこれで文句ないだろケイちゃんと肩をすくませて舌を出している。ケイは腕を組んだまま冷たい目をしてあたしを見下ろし、床に転がったあたしの胸を踏んづける。
 あんたどういうつもりなの、あたしはしゃべろうとしたけれども唇がしびれてしまって言葉は途切れ途切れだった。目の前の空気が陽炎のように揺らいで、でも揺らいでいるのはあたしの目玉の中に詰まった水晶体なんだとわかって、そしたらあたしを見下ろしているケイやモコやユウキやウィルやドミニクやカズヤたちの顔がぐにゃぐにゃに歪んで見えて歪んでいるのはあたしなのだと思った。
 えへへえ、あんたもいい加減にしないと友達なくすよ、援交にばかりのめり込んじゃって、知ってるんだからねみんな知ってるんだからねとモコがメスカリンで酔った蕩けた顔をしてその肥った肉の塊のような乳房を両手で弾ませてあたしを見て嗤っている。
 あたしがシャブを打たれて倒れている間にドミニクはあたしのスカートを脱がせ、それからモコの上着も脱がせてまとめて部屋の隅に放り投げた。股間からこぼれているタンポンの紐を引っ張られて血糊が床に流れ出す。男たちは臭えとかムラムラしてくるぜとか好き勝手に言っている。ケイがほら、思いっきりやっちゃいなと猟犬をけしかけるハンターのような手つきで男たちを放り出し、あたしに向かわせてくる。あたしは目の前に突きつけられた男のあれが何本にも見えてどれが本物なのかわからなくてただがむしゃらに顔を振りかざしている。ドミニクがあたしのベッドに仰向けに横たわるとモコを自分の腹の上に乗せ、あそこがしっかり食い込みあっているのを確かめるとジャクソンとカズヤが二人がかりでつながっている部分を支点にしてモコの身体をぐるぐると回転させはじめた。激しくこすれあう刺激にモコは涙混じりの絶叫をあげ、それをケイが笑いながら見ている。まるで遊園地のメリーゴーランドみたいだ。モコの肉だらけの腹が激しく上下に弾み彼女の顔はくしゃくしゃの猿みたいに見えた。あたしは床に寝そべったまま、カズヤやヒデアキがあそこを代わる代わる舐めているのだけを感じ取っていた。ジャクソンがちょっと俺に貸してみろ、女房とよくやって遊んだもんだと言いながらロープを取り出してあたしの身体を縛りはじめる。ユウキがすげえ、本物だよとよだれをこぼして舌なめずりをしながら縛られるあたしを見ている。やがてあたしは両手両足の自由を完全に奪われてベッドに縛り付けられた。ドミニクもベッドから起き上がりあたしを見て舌を出している。モコはもう心ここにあらずといった恍惚の顔であそこは真っ赤に腫れてひくひくいっている。
 ケイがこれ貸しなと言ってあたしの机の引き出しからムチを取り出した。彼女の目は既に焦点が定まっていない。生意気なのよあんたは、と言ってまず一撃があたしの乳房に叩きつけられた。あたしがびくんと身体を強張らせるとロープが余計にあたしの身体をきつく縛りつける。ざまあないね、そんなだらしない格好にさせられちゃって、いい気味ね、ケイはあたしの前に立ってなす術のないあたしを見下ろしている。やめてよあたしがなにをしたの、言葉に出そうとしてもできずにもごもごという声が出ただけで、するとケイはさらに力をこめてあたしの身体にムチを走らせる。いくつものミミズ腫れがあたしの身体に刻みこまれ、なによあんた感じてんのこの変態、と言ってケイはあたしの股間を蹴り上げた。粘っこい血が飛び散り、ケイの足にも血がまとわりつく。あそこが裂けるかと思うほどの激痛が走る。知ってんのよ、あんた新宿の男どもと寝て金巻き上げてるそうじゃない、ぜんぶ知ってんのよ、ケイの声は怨嗟に満ちている。あたしらが必死こいて働いて汗水たらして金稼いでるときにあんたってばなによ、男と一晩寝て10万円?ふざけんのも大概にしろっつってんのよ、そんなんで金貰ってるあんたがいちばん汚いってのよ!ウィルがでも、俺たちだってパーティーやるのにはケイちゃんたちにお金払ってるし、と後ろの方でもぞもぞ言っているがもはや彼女の耳には届いていない。ケイは下半身裸のまま、あそこから汁を垂らしながらムチを握り締めてあたしを睨みつけている。その表情がとても恐ろしい鬼のように見えてあたしはこんな鬼のような女と今まで暮らしてきたのかと思うと怖くなってごめんなさいと言おうとしたけどやっぱり声は出なくてだらしなく開けた口からよだれがこぼれただけだった。
 動けないあたしにやがてユウキたちが群がってきてあたしは何度も何度も犯された。ケイはウィルに抑えられてな、落ち着け、落ち着けと繰り返し語りかけられている。ケイはそれでもあたしに向けた怒りの視線を解くことなく、そいつが孕むまでやっちゃいな、と吐き捨てた。
 ジャクソンがそんなにこの子のことが気に入らないのかいとグラスを喫いながら言ったがケイは答えず、床にどっと腰を下ろして薬の入った酒をぐいっと飲み干した。しかしさすがに13歳の身体には強すぎたようですぐに首を竦ませたかと思うとぼとぼととシャツの上に胃の中身を吐き出してしまった。白いシャツにみるみる黄土色の染みが広がる。ジャクソンがウィルにおい、水もってこいと言ってウィルはリビングに下りてコップに水を汲んで持ってきた。な、嬢ちゃんこれ飲んで落ち着けとジャクソンがコップを差し出したがケイはその手を払いのけてコップが床に落ちて割れた。割れたコップから光の妖精が舞い上がっていく。
 外国人たちのやりとりにも聞く耳持たず、ユウキたちはあたしのおなかの中に尽きることのない精液を注ぎ込んでいった。何度目かに射精されたあと、カズヤがあたしの下腹部を指で押すとあそこから白い粘液がむりゅむりゅと音を立てて出てきてははっすげえ、こいつこんなにためこんでやがるよと濁った声で笑っていた。ユウキが咥えろよ、と言ってあたしの顔の前に自分のあれを突き出す。あたしが首も動かせないので舌を伸ばしてもがいているとカズヤがこいつ縛られてるから動けねえんだよと言ってあたしの頭を後ろから押して無理やり口にユウキのあれを押し込む。あたしは息が詰まってしまって思わず口を閉じようとして歯を立ててしまってユウキがいってえ、と叫んであたしの頭を引っぱたいた。カズヤがしっかりやれ、と言って今度はあたしの頭をしっかり両手で押さえ込んであたしの背中に股をこすりつけ始める。再び口にユウキのあれが突っ込まれて舌とのどの奥にあれのとがったところが触れてあたしは吐きそうになったけれどもぐっとこらえて涙が出てきたので咥えたままふるふると頭を震わせた。
 あたしは身体に食い込んだロープが自分の身体と一体になったかのような感覚を覚えていた。またあたしの中の生き物が暴れだしている。みんながみんなオレンジ色の溶液に包まれて、個々の存在の境界がなくなって溶けている。あたしはその溶液の中をたゆたうひとりの少女なのだ。目の前がまぶしい。あたしは光になっている。あたしは空を飛んでいる。あたしの目の前には青い巨人の姿が見える。あたしはそこが自分の目指す場所であるかのように、そこが自分の居たい場所であるかのように、そこがあたしの居場所なんだという強い想いを持ってその巨人の懐に飛び込んでいった。目の前に赤い壁が現れてその巨人はあたしを拒もうとする、だけどあたしはどうしてそれが現れたのかわからなくて、そいつがあたしを拒もうとする理由がわからなくてただひとつになるのは気持ちのいいことなのという想いだけをもってその壁に頭から突っ込んでいくとするりと壁をすり抜けてあたしはその青い巨人の体内に意識が入り込んでいた。
 ユウキがあたしの口の中に射精した。唇の端から白い液がこぼれて、ユウキがぜんぶ飲んじまえよと言ったのであたしは泣きながら涙といっしょにもう何度目になったかわからないくらい精液をのどの奥に流し込んでいた。
 涙をこぼしている。私とひとつにならない?夢の中で生き物から何度も言われたことだけど今はあたしの言葉になっている。あたしは青い巨人の体内でようやく生き物の本当の姿に出会えた。相田先生と撮影旅行に行った沖縄からの帰りの飛行機の中で見た夢、そこで出てきた蒼い髪に紅い瞳の少女。それが生き物の正体だ。

 そう。でもだめ、もう遅いわ。
 私の心をあなたにも分けてあげる。この気持ち、あなたにも分けてあげる。
 痛いでしょう?ほら、心が痛いでしょう?

 痛い。痛いのはあたしが犯されているから。あたしは男たちになされるがままだから。男たちの慰みものになるしかないから。
 目の前がまばゆいばかりの光に満たされている。そして、あたしはその光の中心にいる。あたしは白い光を放ちながら青い巨人に向かっていく。その中にいる、ずっとあたしの心に棲みついていた悪魔を殺すために。あなたは寂しいなんて感情、わからないでしょうね。独りがいやだから、こうして、傷つけられるとわかっていてもみんなの輪の中に入らないといけない。そうしないと生きてこれなかった。生きていけるほど、あたしの心は強くなかった。それがあたしの心。悲しみに満ち満ちている、あたしの心。
 ケイがいきなり立ち上がると制止するウィルを振り切って向かってきて、あたしの顔を横殴りに蹴った。首筋がちぎれそうなくらいに引き伸ばされ、咥えていたユウキのあれがワインのコルク栓を抜くような音を立てて抜けよだれと我慢汁をしずくにして飛び散らせた。あたしの頭の中ではひっきりなしに音楽が鳴っていて、クラシックのようにも聞こえたけれど、たくさんの楽器の音が絡まりあうように昇りつめていってそれはきっと天使の讃美歌なのだと思った。
 カズヤが構わずあたしのあそこに挿入しようとして、もうあたしは自分が何回いかされて何回中出しされたのかわからなくなってそうすると何もかもが愛しくなってきてあたしはもう自分が壊れてしまったのだと思いながらほら好きなだけやってよあたしにおまんこしてよと涙声で呟き続けた。音楽は鳴り止まない。だけど、あたしの心の中に棲みついた悪魔が主旋律をかき消していて、音楽は主を失ったまま迷走を続けている。
 モコが突然悲鳴を上げた。ケイが床に落ちていたコップの破片を腕に突き刺している。赤黒い血がはじけるように飛び散って、床とベッドに落ちていった。血の滴がオレンジ色のあの溶液に見える。ヒトはみんなそのオレンジ色の溶液に還っていくのだ。だからあたしはその血を噴き出している腕だけが生きているものなのだと思っていた。それ以外はみんな人形だ。だからあたしはこうやって犯されているし男たちもあたしを犯している。みんな人形なんだ。だから人形をいくら壊しても汚しても犯してもなんの罪にもなりやしない。そんな中でケイだけは、自分の腕を突き刺すことで自分が人形ではないことを証明してみせたのだ。あたしは彼女が部屋を飛び出していくのをじっと見つめていた。ウィルがヘイ、ウェイト、ステイヒアと叫ぶ。床にはそこらじゅうに血が飛び散っていて、すでに生ぐさい臭いがし始めている。人の命というのはそれだけ汚れているのだ。
 誰かの怒声と悲鳴が聞こえて家がぐらぐらと揺れたかと思うとそこであたしの記憶は途切れている。

 やがてみんなが帰ってしまって、夜が明けて朝になっても母さんは帰ってこなかった。あの男とどこかのホテルに泊まっているのだろう。あたしは昨日のシャブのせいで頭がふらふらしていて起き上がるのもひと苦労だったけれど、それでもなんとか家事を済ませて一息ついていたら今日は普通に授業がある日だと気づいてでももう遅すぎたので学校は休むことにした。洗濯機の中で脱水を終えた服を物干しにかけ、そこでようやく夏の日差しを浴びてあたしは自分の血管の中に流れている薬が太陽の光によって浄化されていくのではないかと思っていた。

 昼過ぎになって学校から電話が来た。生徒指導の入矢先生からだった。制服に着替えて学校に行くと、入矢先生はあたしを生徒指導室に連れて行った。中にはケイとモコとユウキとカズヤとヒデアキがすでに連れて来られていた。ケイは左腕に包帯をしている。

「すまないな、授業を中断させてしまって。用件はみんなわかってるな?山城、加賀、平塚、お前たちが外国人グループとともにこの子を集団レイプした件についてだ」

 ケイは黙ったままだ。モコが小さくうなずき、ユウキたちは気圧されるようにして首を縦に振る。昨夜、錯乱したケイが近所の人に取り押さえられ、あたしの家に踏み込んできて事の全容を知ったということだ。その隣人の通報が学校に届き、今回の件に関わったあたしたちがこうして呼ばれたというわけだ。あたしに薬を打ってさらに縄で縛りつけて抵抗できないようにしたうえでみんなで輪姦したというのがその隣人が学校に報告した事の顛末だ。あたしはケイに蹴られた股間がまだ痛む。

「簡潔にいこう。本来ならこれは刑事事件として扱われるものだ。お前らは14歳未満だから刑法は適用されないと思っているだろうが、きちんと警察には補導されたうえで児童相談所を通してだが、裁判所にも送られるんだ。意味はわかるな?今回の件には国連軍基地のアメリカ軍兵士も関わっている。子供だから許されるというわけではないんだ」

 入矢先生はそこで一息つき、あたしたちをじっと見渡す。あたしは今回の件では被害者で、他の人たちは加害者だ。だがもう復讐をしようなんて気は起きない。ケイがもうあたしのことを見限っている、その事実が確認されただけでじゅうぶんだ。

 入矢先生はあたしのほうを見ると念を押すように言った。

「今回の件はわが校始まって以来の大不祥事といってもいい。本来ならそれなりの謹慎処分を課すところだが、それではこの事件の事実が外部に漏れてしまう。名門であるいうことだけがこの聖霊学習院の強みだから、それに傷がつくようなことがあればどうなるか、わかるな?」

「今年度を最後に廃校、ですか?」

 あたしは最大限に落ち着いた声で言った。その落ち着きぶりにユウキたちは逆に動揺しているようだった。

「そうだ。だからお前次第だ。理事会には期待できない、どのみちこの学校の経営陣はすでに硬直しきってるからな。どうだ?」

「構いませんよ」

「それはどっちの意味だ?」

「隠蔽したいというのならそうしてください。私としても、この学校にはかけがえのない友達もいますしその居場所がなくなってしまうのは悲しいです。だからこの事件は隠しておいてください」

 あたしはきっぱりと言い切った。自分でもこれだけはっきりと物事を言えたのは初めてだと思う。あたしの精神のスロットには綾波澪が差し込まれたままだが、明るく快活なだけだと思っていた彼女がこんな芯の強さも持ち合わせていたというのは演じているあたし自身にとっても驚きだった。
 モコはじっと俯いたままで、ケイは泣いているのを悟られたくないのかしきりに目を擦っていてまだ左腕の傷が痛むみたいでときおり押さえている。

「わかった。それで後悔しないな」

「はい」

「よし。じゃあお前たちは授業に戻れ」

 ケイたちが生徒指導室を退出していく。あとにはあたしと入矢先生だけが残された。

「山城が言っていたことだが、お前は援助交際をしているそうだな?」

 今さら隠せることなんてないとわかっていたのであたしは黙ってうなずいた。もしこれであたしも処罰されるならそれは仕方のないことだ。だけど今の聖霊の状態では、おそらくこれも隠そうとするだろう。

「なに、そんなに硬くなるな。実は俺も、高校のころはパトロンがいて彼女に学費を援助してもらいながら学校に通っていたものだ。お前だけじゃない」

「入矢先生もだったんですか」

 ジュンヤさんから以前に聞いた話しを思い出す。あたしが聖霊に通っていると言うと入矢という音楽教師がいるだろうと言われたのでそうだと答えるとそいつもオレの同級生だと、学校は違ったが、中学の最初の頃だけいっしょに過ごしたんだと言っていた。入矢先生は実家がとても貧乏で、高校時代には交際していた女に学費を援助してもらいながら名門校に通い教師にそして音楽家になったのだそうだ。あたしと同じだ。そのパトロンの女というのがこれまたジュンヤさんの同級生の母親で彼女は銀行家の妻だったそうだがそれはここではどうでもいい。

「まあお互いの過去話しはほどほどにするか、そういえばお前は今日はなんで休んでいたんだ?」

「ちょっと家事を、ああ掃除とか洗濯とか食事の後片付けとかです、母が仕事でいつも家に居ないもので」

「そうかわかった。ともかく今日はゆっくり休め。あと、念のため病院にも行ってみてもらえ。福生の他の学校の生徒たちの話しも聞くが、アメリカ兵と遊んでトラブルになった例は数多いからな」

「はい」

 学校を出て、あたしはまたあの公園のベンチでひとり木々を眺めていた。思い返せばあのまだ肌寒かったころの春、あたしはこの公園で相田先生に出会ったのだ。また会えるなどとは夢にも思っていないが、しかしかといってここに来てはいけないというわけでもあるまい。あたしは購買で買ったハムチーズロールをかじりながら、小鳥たちのさえずりに耳を傾けていた。

 放課後になるとリュウがまたフルートを持ってやってきた。
 古鷹から聞いたよ、と言ってあたしの横に座る。何を?とは訊かない。あたしはそう、とだけ言って再び鳥の声の中に旋律を探そうとする。レイコはなにをしゃべったのだろうか。もう付き合ってらんない、という愚痴かもしれない。

「その、俺、お前が売りやってるっつうのが、なんていうのか」

「止めてほしいっていうわけ?」

「そこまでは、俺にも言えねえとは思うけど、少なくともいい気分じゃない」

「あなたの気分なんて知った事じゃない」

「でも」

「誰にもわかってもらえるなんて思ってないし、そんな必要もない。必要のない事にいつまでもこだわらないで」

 あたしはベンチから立ち上がると公園の出口に向かって歩き始めた。地面で餌をつついていた小鳥たちがあわてて飛び立っていく。こんな小さな鳥たちにとっては、少女であるあたしでさえも恐れる対象なんだ。

「ねえリュウ、主旋律のない音楽って想像できる?」

 振り返らずに言ったあたしの言葉にリュウは困惑した表情を浮かべている。
 あの時、あたしという主旋律はかき消されずに響き続けていた。だけど、他の人たちに聞こえていた音楽には主旋律が存在しなかった。あたしは存在していなかった。あたしははじめから存在していないことになっていた。

 携帯を取り出して、相田先生に電話してみる。一分コールしても出なかった。5分後にもう一度コールしても出なかった。10分後も15分後も同じだった。仕事中なのかと思ったけれどあたしにそれを確かめる術はない。ふと思い立って、もう一週間以上中身を見ずにいた相田先生からの最後のメールをあたしは開けてみた。

 君と付き合ったこの数ヶ月間は本当に楽しかった、君のおかげでオレもいろいろと勉強できたし、またカメラマンとしての自分を見つめなおすことが出来た。正直なところ、オレはカメラマンとしても男としても行き詰っていたんだ。このままでいいのか、このまま女を撮り続けてそれが売れて金を貰って、その繰り返しでいいのかってずっと思い悩んでいたんだ。だけど君と出会って、君を撮ることでオレは本当に求めていたのが何なのかすこしだけわかった気がするんだ。子供の頃は、写真を撮ることだけが本当に楽しかった。大人になってそれを仕事にするようになると、あれよあれよというまに売れっ子になって大金が懐に転がり込んでオレは有名人になっていったんだ。それでさっそく大きなマンションに住んで外車を乗り回した。そうすることが金持ちのステータスだと思っていたんだね。だけどどれだけ金を使っても満足することはなくて、住むマンションも何度も変えたし車も何台も乗り換えた、女もだ、最初に結婚した女は本当に惚れてこいつがいればあとは何もいらないなんてくらいに愛していたんだけれど、それも結婚してたかだか3ヶ月でかき消えちまった。自分の中の愛のメロディーの主旋律がかき消されてしまったんだ。長い話しになったけれど、そうやって自分を満足させるものは物質的な充足じゃない、所有物をどれだけ増やしても結局本当の満足なんて得られないんだとようやく悟ったのは既に人生の折り返し地点を過ぎてからだったよ、それでオレは絶望してしまっていたんだ、オレはどれだけの人生を無駄に無為に過ごしてきたんだろうって、そんな時に君に出会ったんだ、いつか言ったと思う、カメラマンとして君に出会えたのは生涯最高の幸運だって、オレは心の底からそう思っていたんだ、君はオレを救ってくれる天使なんじゃないのかってね、だから、本当、君には感謝している、どれだけ感謝してもしたりないくらいだ、だから君には幸せに生きてほしい、君のことを本当に理解してくれる人に出会って、そうして幸せな人生を送ってほしい、決してオレのようにはならないでほしい。それじゃあ、元気でね。
 P.S. 写真集のDVDは今年の冬に発売が決まったよ、でも大々的に売り出すとはいかない、オレのプライベートフィルムみたいな感じでこっそり販売する。もし見かけたらオレの事は思い出さないで、君自身の心の明るさを思い出してほしい。

 メーラーの画面をスクロールさせるボタンを一回押すごとにあたしの心の中に悲しみが一層ずつ積み重ねられていく気がして、あたしは涙を目に溜めながらメールを読んでいった。やがてあふれた涙が携帯のディスプレイに落ちて、画面をゆがめていく。
 あたしは本当に、先生を救える天使だったのだろうか?こんなに悲しい想いしかできないのなら、女神になんかなれなくてもいい。
 たった一人の人間の悲しみですら、同じ人間には受け止めることができない。人はみんな自分のことで精一杯なんだ。神様と呼ばれる存在があるとしたなら、それはこの世の人の悲しみをすべからく一身に背負うことの出来る存在でなければならない。そんなものがこの世に存在するか?するわけない。だから人は寄り添いあって、慰めあいながら生きていくしかないのだ。

 もう、あたしから相田先生にメールを送ることはない。





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