午前1時。 普通の人間ならすでに睡眠を貪っている時間である。 「う〜ん・・・う〜ん・・むにゃむにゃ・・」 武は加減圧室のベットの上で睡眠を貪っていた。 かわりに、 「ったく、うるさいわね・・・・このバカは」 「せんぷぁーい・・・眠れましぇ〜ん・・・」 「無駄よ。寝言とかイビキって、本人の意思とは無関係なんだから」 優と沙羅が泣き言を言っている。 事実、武のせいで全員が睡眠を貪る事が出来なかった。 原因は、武がベットを占領していると言うのと、寝言が五月蝿すぎるというのがある。 「じゃ、口をガムテープで塞いじゃうとか?」 少年の提案。 「それよりも、濡れタオルを顔にかける方が」 沙羅の提案。 「・・・それって・・・下手したら死ぬんじゃないか?」 少し冷汗を掻きながら怜が言う。 「う〜ん・・・そうねぇ・・・・それにしても、なんでコイツがベットの上で寝ているのよ?」 そう言いながら優はベットに蹴りを入れた。 「うぅ・・うぅ。そ、そこは・・・ダメェ・・」 何やらよからぬ夢を見ているようだ。はたして、どんな夢を見ているのか。 想像は出来るが。 「まったく、コイツはどんな夢を見てんのよ?」 「多分、優の事じゃない?」 「かもね」 少年の意見に怜も賛同する。 「やめてよ。縁起でもない」 と、優が言った時だった。 「うぅ・・ゆ・・・優・・」 武の寝言に皆は、 「えっ!?」 「えっ!?」 「・・・・」 「・・・・」 唖然とする皆を余所に武は寝言なのか、笑いながら・・・って言うか、涎を垂らしながら何かを言っている。 「寝言・・・みたいだな」 「ま、まさか、武、マジでなっきゅ先輩の夢を!?」 「ちょ、ちょっと!!」 そう言った時。 「う〜ん・・・う〜ん・・・優って・・・むにゃむにゃ・・・」 実にタイミングが良い。 「ちょっと倉成! あんたも何、人を夢の中に出してんのよ!?」 と、優が言った時、 「う〜ん、無い乳・・・へへへ、ぺったんぺッたん・・・へへへ」 何やらさらによからぬ夢を見ているらしい。 これに対して、他の者たちの反応は、 「は!?」 「へ!?」 「・・・・」 「・・・・」 「う〜ん・・・う〜ん・・優の・・・バカ・・・」 それが、引き金になってしまった。 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと倉成ぃーーーーっ!! あんた起きなさいよーーーーっ!!!」 そう言って優が武の胸倉を掴む。それはもう殺しかねない勢いで。 だが、まったく起きる気配が無い。 「お、落ち着いて先輩!! ただの寝言なんだから!!」 「そうだよ!! 本人も悪気は無いんだから!! ・・・・たぶん」 「そうだ!! 本人だって悪気なんて無いさ!! ・・・・たぶん」 そう言って少年と怜は改めて武を見つめた。 こちらのことなどお構いなしに幸せそうな寝顔をしており、少年と怜は武に対して軽い殺意を覚えてしまう。 「もうアッタマきた!! かくなる上は・・・っ!!」 「ど、どうするの?」 そう言って優は懐から1本のマジックペンを取り出した。 しかも油性。 「にひ♪」 笑う優。しかし、その笑みに悪意があるのは気のせいだろうか? 「ま、まさか・・それで・・・」 何かに気付いたように沙羅は声を震わせながらマジックペンを指差す。 「そのまさか、よ」 笑いながら、まだ何も言っていない沙羅の意見に賛同する優。 「寝首をバッサリ・・」 「するかぁぁ!!! って言うか、できんわぁぁ!!!」 怜はマジックペンで武の寝首を切り落とす優の姿を想像してみる。 「・・・・・・」 かなり危ない光景が浮かんだようだ。 「それでどうするの?」 純粋な疑問に優は笑いながら答えた。 「こうするのよ」 そう言って優は武の顔に落書きを開始する。油性のマジックで。 「す〜ぴ〜・・・す〜ぴ〜・・」 顔に落書きされていると言うのに、武はまったく起きる気配が無い。 「えへへへへ♪」 無邪気な子供のように笑いながら、優は武の目蓋の上に手書きの少女漫画に出てくるような目を描く。 それを見て、皆は自分のお腹を押さえだした。 「天罰よ♪」 「ぷくくく・・け、傑作だ・・」 怜が辛うじてそう言うが、言うのが辛いのか、と言うか、かなり辛そうだ。 「なっきゅ先輩。私にもさせて」 「いいわよ」 そう言って沙羅が優からマジックを受け取ると、同じように落書きを始める。 両頬にナルトを描く。 「ニンニン♪」 「う〜ん・・・う〜ん・・・」 忍者らしい。 まるでどっかの『忍者○○○○君』みたいだ。 「ぶわははははは!!! は、腹が痛いぃ!!!」 少年が叫ぶように、その場にいた武以外のものが全員腹を押さえだす。 どうやらかなり腹が痛いらしい。 「それよりさぁ・・しょ、少年と怜も・・」 そう言って沙羅がまず少年にマジックペンを渡す。 渡された少年は武の額の部分に大きく『肉』と書いた。 「は、はい、れ、怜」 「あ、ああ」 今度は少年が怜にマジックペンを渡す。 怜は武の鼻の下にマジックで鼻毛を書くと、今度は眉間から鼻先にかけてある言葉を書き出す。 「『私はカマドウマです』と」 それを書くと、皆の爆笑が2オクターブほど跳ね上がる。 ところで、ここで知らない人のために報告しておくが、『カマドウマ』とは別名『便所コオロギ』とも言う。 それから、皆は交代しながら武の顔に徹底的に落書きを施して言った。 それから数十分後、決して表現できないような悲惨な武が出来上がったとかなんとか。 ◆◆◆ 午後5時になり、加減圧室のドアが開く。 ドアの向こうからいつものチャイナ服を着た空が現れた。 「おはようございます。皆さん、眠れましたか?」 「おかげさまで、バッチリ不眠させていただきました」 優がそう言うと空は驚いたような顔をした。 「一体、どうしたんですか?」 「コイツよ」 そう言って優がベットに蹴りを入れる。 そのベットの上には、無残なほど顔に落書きされた武の姿があった。 「数学、理科、国語・・・う〜ん、先生、許してくださぁい」 何やらまだ寝言を言っている。 それを見て、空はクスクスと笑い出した。 「ふふふふふ。どうしたんですか? この顔?」 やはり、かなりおかしい顔になっているらしい。 「あんまりにも頭にきたからさ」 「ま、天罰だな」 「みんなで落書きをしてやったんだ」 「そう。この魔法のサインペンでキュキュキュっとね」 空はまた少し笑ったが、がすぐに難しい顔になった。 「それでは、皆さん中央管制室にいらしてください」 そう言って空は加減圧室から出て行く。 その後、皆は武を叩き起こして中央制御室に向かった。 ◆◆◆ 「おい、少年」 何やら悩んでいるらしく武が少年に話しかけた。 落書き顔で。 「なに?」 「なんで、優の奴怒ってるんだ?」 それを聞き、何を言ってんだという顔をする少年。 「心当たりない?」 「あるわけないだろ」 そりゃそうだ。 「なんか、顔をどうとか言ってたけど」 「はは。なぁ〜んだ。言っちゃったんだ」 そう言ってニヤニヤ笑いながら武の顔見つめる少年と沙羅と怜。 「顔?」 そこで始めて気付いたらしく、武は自分の顔に手を当ててみた。 武の手に黒いインクがつく。 「な、なんだこれ!?」 驚いているが、少年と沙羅と怜は笑っているだけだ。 「ち!! あの女!!」 「トイレ、あっちだよ」 少年がそう言うと武は走ってトイレの方へ駆け込んでいった。 ちなみに、そのトイレのガラスは割れている。 知っているのは怜だけだが。 ◆◆◆ 管制室の前に来ると、つぐみがドアの前の壁にもたれかかっていた。 「おはよう」 「おはよう」 少年と沙羅がそう言うとつぐみは少し顔を上げて2人を見る。 「ねぇ、つぐみ。昨夜、どこに行ってたの?」 「・・・・」 「具合とか悪くない?」 「・・・・」 「たしか・・・昨日減圧室に入らないと・・・なんかになるって空が言ってたから」 心配そうに言う沙羅。 「減圧症でしょ? 知ってるわよ」 少年はつぐみの語動を聞いて、不思議に思った。 顔は昨日と変わらないが、その言葉の端々に昨日にはなかった暖かさがあったからだ。 「私のことは心配しないで、大丈夫だから」 「本当に・・・平気なの?」 「うん・・・それよりも、早く中に入ったら? 空、待ってるわよ」 そういうやり取りのあと、沙羅は笑みを浮かべながら管制室に入っていった。 「よぉ、つぐみ」 武がつぐみに気さくに話しかける。 それに対して、つぐみは憎悪のこもった視線を武に投げかけている。 ついでに、睨んでいる。 「な、なんだよ?」 すごいつぐみの視線に押され、武は少し後退する。 「あなたって」 つぐみは背を向けながら軽く目を瞑ると、 「最低ね」 と言い、管制室に入っていった。 「さ・・・最低!?」 しばし呆然とする武。 そんな無様な武を見ながら、少年と怜は管制室に入っていった。 あとに残されたのは、つぐみに『最低』と言われ、ただ呆然としている武だけだった。 ◆◆◆ 管制室に入った後、皆はこれからのことを考え出した。 「それにしても、問題はこれからどうするかだな」 武の意見に皆は頷く。 閉じ込められ、地上へ続く道は地下一階にあたるエルストボーデンは完全に水没している。 出口が無く、ただ死の宣告を受けたような状態。 17年前との違いは、このLeMUにTB(ティーフブラウ)が充満してないことだろうか。 「はい。現在、このLeMUの気圧は1気圧となっております。地上となんら変わりません」 「それじゃ、今のLeMUに住むのはなんの問題もないんだな」 武がそう言うと空は頷いた。 その時、 ギャァァァァァン!!! 突然の揺れ、そして、 「な、なんだ!?」 突然、全ての電源がシャットダウンする。 それに連動して、空が姿を消した。 「空が、消えてしまったでござるよ」 沙羅が呆然としながら言った。 ◆◆◆ 「たぶん、空が消えたのはこのLeMUの電源のブレーカーが落ちたからだと思う」 つぐみが珍しく説明する。 「どういうこと?」 優が聞くと、つぐみは顎に手を当てながら静かに説明していく。 「LeMUの電源は、元々12気圧で正常に作動するように設計されている。でも、今のLeMUは1気圧。11気圧の差があるの。だから、その気圧の差に電源がついていけず、ブレーカーが落ちたんだと思う」 つぐみの博識に皆は感嘆とする。 「よし!! それじゃ、直しに行こうぜ!」 武の言っている事はもっともなので、皆は頷く。 「それより、この中で直す技術を持ってる奴いるのか?」 怜の意見に皆はしまったと言う顔をする。 つぐみと優を抜いて。 「私が出来るわ」 「私も」 2人はそう言う知識を持っているらしい。 それを聞き、僅かな希望が見えてくる武達。 「それじゃ、誰が向かうの?」 少年がそう言うと、 「俺が行こう。少なくとも、つぐみか優は付いて来てもらわないといけないけど」 そう言って頬に手を当てる怜。 「あ、私も行くね」 沙羅もそう言うと、つぐみは何かを思案しているようだ。 「私も行くわ」 つぐみもそう言う。 「じゃ、私も!」 優もそう言う。 「俺も行くわ」 武も言う。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 皆は無言になる。 「結局、全員が行くんじゃないか」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 怜の呟きに、答えるものはいなかった。 ◆◆◆ で、結局皆は一緒に行くことにした。 正史と違うのは、この場に怜とつぐみがいることだろうか。 「これに乗ればいいんだな」 「ああ」 武達の前には、浮力によってエレベーター代わりをしている通称“卵”と呼ばれるEI(アイ)があった。 「それじゃ、乗ろう」 そう言って皆がEIに乗り、EIは緩やかに下降し・・・・・・・・・・はじめなかった。 「は?」 「なんだよ・・・壊れてるのか?」 そう言って武は何度もボタンを押すが、EIは反応を示さない。 「周りの浮力が、俺たちの質量を上回っているのか」 怜が冷静にそういう。 (にしても・・・まさかこの人数でも動かないなんてな) 17年前は武とつぐみだけ、今の本来の時の流れでは少年と武と沙羅と優。そして、今は怜と少年と武とつぐみと沙羅と優の6人。これで動かないとは怜は予想外だったらしい。 (それだけ、周りの浮力が大きいってことか) ガラス越しに見える水を見ながら怜はそう思う。 「おい、どうしたらいいんでよ?」 「そんなこともわからないの?」 呆れたようにつぐみがそう呟く。 「この場合、どうしたらいいでしょう?」 まるで先生のように武に問題を提示する優。 「は?」 まったくわけのわからない顔をする武を見て、優は呆れたような顔をした。 「えっと・・・少年と沙羅とつぐみと怜はわかるよね?」 「もちろんでござるよ♪」 「当たり前よ」 「たしか、アルキメデスの原理だよね?」 「『物体にかかる浮力はその物体が押しのけた液体の重量に等しい。』この場合、周りの水の浮力が俺たちの総重量を上回っているから下降しない。だから、下降するには俺たちの総重量をなんらかの方法で増やせばいいんだろ?」 「っさすが!!」 優は喜びながら、少年と沙羅の頭を撫でる。 怜は嫌なのか、優から少し距離をおいた。 「賢い賢い」 そう言いながら少年と沙羅の頭を撫でる優。 少年は顔を紅くし、沙羅は嬉しそうに笑っている。 誰にもわからないが、そんな少年と沙羅を見てつぐみは小さく微笑んでいた。幸せそうな笑みを浮かべていたのだ。 「・・・どっかのどっかさんと違ってね」 優が心底失望したような声でそう言うと皆が疲れきったような顔をする。 ただ一人、武だけは固まっているようだが。 「それより、問題はどうやってEIを降ろして発電室に行くかだな」 怜がそう言うと、 「簡単よ」 突然、つぐみがそう言うと電動ドリルを取り出した。 「おい、どうするつもりだよ?」 武がそう言うと、 「こうするのよ」 ニヤリと笑いながら、つぐみは電動ドリルの電源を入れると、突然EIの壁に穴を開け始めた。 「ちょちょ!! 何してんだよ!!」 「そうよ!!」 「うわ〜!! つぐみが錯乱したぁぁ!!」 皆が慌てる中、 「EIの壁に穴を開けて、穴から外の水をEIの中に入れて、EIの総重量を増やすか。なかなか考えたな」 「冷静に言っている場合か!!」 「でも、止めようにも、もう穴が開いてしまうぞ」 怜がそう言うのが引き金になったように、EIの壁に穴が開いた。 「きゃぁぁぁぁ!!」 「つ、つぐみ!! なんってことをするのよ!!」 「・・・・・・・・・」 沙羅は叫びながら、優は大声を上げて抗議しながら、少年は呆然としながら、武は無言のままものすごい勢いで流れ込んでくる水を呆然と眺めている。 「・・・・・ふぅ」 突然、武が凄い勢いで流れ込んでくる水に向かって頭を突っ込んだ。 「・・・何してるんだ?」 怜が呆れたように武に聞く。 「いや、頭を洗おうと」 「・・・・・・・・・」 皆が呆れた視線を武に投げかける。 さすがに視線に耐えれなかったのか、武は無言のまま後ろに下がる。 その時、水が丁度膝辺りにまで来るとEIは下降を始めた。 「なぁ・・・・」 下降を始めたのはいいが、流れ込んでくる水の勢いは止まらない。 むしろ勢いが増しているようだ。 「さすがに・・・やばいんじゃないか?」 武がそう言うと怜とつぐみ以外に皆が頷き、全員一斉につぐみを見つめる。 「・・・か、かもね」 さすがに危機を感じたのか、頬を引き攣らせながらつぐみが答える。 「かもねじゃねぇ!! だいたい・・・ブクブク」 その時、ちょうど水がEIの中を完全に満たした。 満たされたのと同時に、EIの下降スピードが上がる。 「・・・・・・・・」 丁度止まったのか、EIは目的地に着いたようだ。 もっとも、水のせいで手動でドアを開けないといけないが。 「・・・・・・・」 怜は武にドアの方を指差すと、武は頷きドアの方へ向かう。 それに比例して、怜もまたドアの方へ向かった。 (あぁぁぁぁぁぁ!!!) (開けぇぇぇぇぇ!!!) 武と怜が同時に力を込めると、ドアは開き、EIの中に溜まっていた水は中の乗客を押し流し外に外の廊下に出た。 「らぁぁぁぁぁぁ!!!」 怜がすぐさまドアに手をかけ、力強く押すとドアは完全に閉まった。 これで、EIの方から水が流れてくることもないだろう。 「はぁ・・はぁ・・さすがに・・死ぬかと思ったぞ」 ついこの前まで平々凡々と高校生活を送ってきた怜にとっては刺激的な体験だったらしい。 というか、ここにいるほとんどがそうだろう。 「つぐみ!! どういうつもりだよ!!」 キレる武に対してつぐみはまったく表情を変えていない。 そのまま歩き出すつぐみ。 「あ、荷物お願いね武」 そう言って歩き出す優と沙羅と少年と怜。 「手伝ってくれよ・・・(泣)・・」 少し涙目になりながら、武は呟いた。 ◆◆◆ 暗い通路を歩きながら、皆は周りを見た。 真っ暗な通路の中、完全に周りを知覚することが出来るのは、つぐみと沙羅と少年と怜だけだ。 「それにしても、暗いな」 武がそう言うと、そうだね、と少年も賛同する。 「電源が落ちてるからな。暗くて当然さ」 そう言って赤外線視力を発動したまま、怜は辺りを見回す。温度が低いのか、紫色と青色の世界が怜の目の前に広がっている。 しばしため息を付いた後、怜は赤外線視力を解除した。 「そろそろだな」 そう言うと目の前に一つの扉が現れた。 黄色と黒のストライプがぼんやりと確認できる。 「ここか? 発電室っていうのは?」 「暗すぎて、文字がよく見えないね」 「・・・・・・」 怜は黙って赤外線視力をもう一度発動させる。 目の前の扉は、まるで業火の如く赤く、そしてそれ以上に真っ白の部分が多い。 「よし、それじゃさっさと直そうぜ」 そう言って武は目の前の扉に手をかけようとする。 「「「待って!!」」」 それをつぐみと少年と怜が止める。 「お、おい、どうかしたのかよ?」 「・・・・・」 怜は無言のまま、膝まで満たされている海水をすくい上げるとそれをドアに向かって投げた。 ジュー、と言う音とともに、海水は一瞬で蒸発する。 それを見て、武と沙羅と優は驚いた顔をした。 「どういうことだ?」 武は真剣な顔で聞く。 「たぶん、とんでもないほどの高温の水蒸気が中を満たしているんだと思う」 つぐみが形の良い顎に手を当てながら言う。 「熱水を運ぶためのパイプが破裂して、この中は高温の蒸気で満たされているんだろ・・・武、扉に手をかけた瞬間、火傷程度ではすまなかったぞ」 「なんとかならないのか?」 武がそう言うと、つぐみはしばし考える仕草をとる。 「とにかく、一度熱水を運ぶパイプを締めたほうがいいわね」 「そうね」 つぐみの意見に優も賛同する。 「熱水を運ぶパイプを閉めて熱水を止めれば、発電室内の高温の蒸気も止まるでしょうから」 「どうやって閉めるんですか?」 「この隣の部屋よ。そんなに人数はいらないと思う」 「よしきた! まかせろ!」 「えぇ〜!!? 倉成ぃ〜!?」 いかにも不服そうな声を上げる優に倉成は心外そうな顔をする。 「こら!! 俺のどこが不服なんじゃい!!」 「だってぇ・・・倉成と2人っきりになったら、ヘンなことされそうだし」 「あ、あのなぁ・・・」 かなり悲しそうな顔をする武。 どうやら、かなり悲しいらしい。 「あの、私が手伝いましょうか?」 「あ、いいのいいの。マヨはここで待ってて」 笑いながらそう言う優。 「・・・・・・・」 沙羅は何も言わない。 「少年はどうする?」 「え、僕?」 突然、話を振られて慌てる少年。 「と言うより、全員で行けばいいんじゃないか?」 と、怜が横から言うと。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 皆が無言になる。 「たしかに、それもそうね」 「2、4でわかれる必要なんて、ないもんな」 「それに、これで武は手、出せないもんね」 沙羅がそう言うとかなり心外そうな顔をする武。 「だから、ださねぇっつぅの!!」 そう叫んでいるが、皆は笑っているだけだった。 ◆◆◆ 「沙羅、ここのバルブを閉めて」 「わかった」 まず、優とつぐみがそれぞれ指示を出し、他のものはそれに従い作業を進めていく。 「あっれ? ここのバルブが回らないぞ」 武が目の前にあるバルブを回そうとするがビクともしない。 「おい少年。悪いが、外においてある工具箱を取ってきてくれ」 「わかった」 そのまま外に出て行く少年。 (そろそろ、現れるかな・・) そう思い、怜が廊下のほうを見てみると、ただ一点を呆然と見つめている少年の姿が確認できた。 (現れたか・・・) そんなことを思い、怜が作業を進めた。 ◆◆◆ 全ての作業が終わり、皆は発電室の蒸気が無くなり、部屋の温度が下がるのを待っている。 「それにしても、ここらの海水は少し温いな」 「当たり前だろ?」 感心したように言う武に対し、今更何言ってんだと言う視線を投げかける怜。 「それより、武」 つぐみが武に詰め寄る。 「な、なんでしょう?」 「・・・目、閉じててくれる?」 「・・・・は?」 わけのわからない顔をする武。 「閉じててくれる?」 淫靡な笑みを浮かべながらつぐみが再度通告する。 武は、まるで洗脳されたかのように、操り人形のように、目を瞑る。 それを確認すると、つぐみはおもむろに工具箱の中から何かを取り出すとそれを振る。 数回振った後、それの蓋を外した。 「・・・・・」 かなり不安になったのか、武は目を開けた。 武の目の前には、ニヤリと邪笑を浮かべるつぐみの姿があった。 「閉じてて!!」 そのままつぐみは無理矢理自分の手を彼の両目に当てる。 そして、 プシュー!! 「が! な、なんだよこれ!!」 「このゴキブリ野郎!! ゴキブリ野郎ぉ〜!!」 そう叫びながら、手に持っているスプレーと思えれるものを武にかけるつぐみ。 その声に嬉々としたものを感じるが、おそらく気のせいだ。 「これでもくらえ〜〜!! ちきしょぉ〜〜!!」 「な!! や、やめ・・・おぇ!!」 「どうだ、まいったかカマドウマよ。別名『便所コウロギ』よ!!」 「げぇ・・・う・・・うぇ・・」 「ふふふふふ」 そのままドコから取り出したのか、乾いた布のタオルで武の顔面を荒々しく何度も擦る。 「うあぁぁぁぁ」 すでに虫の息状態の武にとっては、まさに最悪の展開だったが、抵抗も無駄だと感じたのだろうか、まったく抵抗していない。 「・・・これで・・・いいかな?」 そう言ってつぐみは武から手を離した。 離した途端、 「がぁぁぁ!!・・・・ゴロゴロゴロ・・・ペッ!」 「ちょ、倉成! きたなぁぁい!」 優が叫ぶ。 優が叫ぶのは、その場にいた皆の心情を表していたのか、誰も優の叫んだ事に反論しない。 「う、うるせぇ!!」 そう言いながらも武はうがいをする。 しかし、そのうがいをしている水が海水なのはお約束。 「お、おまえなぁぁぁ!! どういうつもりだよ!!」 武がつぐみに詰め寄る。 「暑苦しかったから」 「あ? 誰が?」 「あなたの顔が」 「て、てめぇ・・・」 かなり怒っている様だ。 まぁ、無視してもいいだろうが。 ◆◆◆ しばらくして。 「これなら、大丈夫だろ」 赤外線視力を使い、発電所内部が安全な温度になったのを確認すると、躊躇なく怜は発電所内に入る。 他のみんなも安心して発電所内部に入り、それぞれの作業をした。 で、 「さて・・・心の準備はいいか?」 後はスイッチを入れるだけと言うところで武が真剣な顔をして皆に聞く。 「いいからさっさと押せよ」 「そこ、うるさいよ」 何をバカなことを言ってるんだと言う顔で言う怜に対して武が釘を刺す。 「さて、カウントダウンを始めようか」 「なんでカウントダウンなんて・・・」 「50秒前」 「え〜!? 50も数えるの!?」 「48・・・47・・・46・・・」 沙羅の叫びも気にすることなく武はカウントダウンを始める。 ちなみに、皆はかなりイライラしている。 「38・・・37・・・36・・・35・・・」 すでに皆のイライラが絶頂期に達したようだ。 「34」 武が34と言った瞬間、皆が一斉にボタンを押した。 それを見て、武が驚いた顔をする。 「こら!! まだ34秒前じゃねぇか!!」 「34秒もあれば誰だって押すよ!!」 「お前らはたかが34秒も待てねぇのか!?」 「「待てるかぁ!!」」 優と怜が同時に叫ぶ。 「こういうのはだな!! ある種の儀式と言うか、形式と言うか!! とにかく、非常に重要な事なのであって!!」 武がそう叫んだ時、発電所内の電灯が点灯した。 「「17」」 今度はつぐみと沙羅が同時に、小さく呟く。 「は?」 「いえ・・・ただボタンを押してから電気がつくまで17秒ってことです」 「あぁ・・・つまりどうせなら17秒前に押せばよかったってこと?」 少年がそう言うと、沙羅は笑いながら頷いた。 ◆◆◆ で、皆は意気揚々とEIに乗り込む。 「はぁ〜よっこらどっこいしょっと」 「「おっさんみたい」」 呆れながらつぐみと沙羅が呟く。 「け! どうせ、お前らから見れば俺はおっさんだよ!」 開き直ったようだ。 で、優はとりあえずEIの軌道スイッチを押す。 EIはゆっくりと浮上・・・・・始めなかった。 「え!? 嘘!? マジ!?」 武は慌てたように何度もボタンを押す。 「え〜・・・またなの?」 沙羅が呆れたような声で呟いた。 そのとき、 『みなさん』 突然空の映像がEIの中に流れる。 「あ、空。治ったんだね」 『はい。皆様のおかげです』 「さて、早速だが空。原因はわかるか?」 『はい。EIを浮上させるには、どうやら浮力が足りないようです』 「なるほどな。なら、1人ずつなら何とかなるか?」 『はい。怜さんの言うとおり、1人ずつならなんとななります』 「それじゃ、始めようか」 「よし! 年長者のオレが先だ!」 武が意気揚々と残ろうとすると、つぐみを抜く皆から袋たたきに合った。 「こういう場合、年下の方が先だろ? まず先に沙羅から行け」 「分かってでござるよ」 嬉しそうに言いながら沙羅はEIに残り、他のみんながEIから出る。 ちなみに、武は足を怜に引きずられながらEIから出る。 「な・・・なぜ・・・」 ボロボロになりながら武が呟く。 まぁ、最近ギャグキャラになり始めているから大丈夫だろう。(関係ないだろうが) Lemu倒壊まで、あと3日。あとがき 鬼神「はい、非常に久々に書きました。書くのが速いのが私の心情ですが、これは完全な趣味として書いているため書く時期は非常に不定期です。こんなのですが、見捨てないでください」