怜は廊下を歩いていながら静かに呟いた。 「まさか・・・赤外線視力の能力まで備わっているなんて」 そう言いながら怜は歩みを止めない。 赤外線視力とは、簡単に言うと温度を見ることが出来る。 熱を持っているとそれは赤く見え、熱を持っていないとそれは青く見えるらしい。 「それにしても、どこにいるんだろうな」 そう言いながら怜は歩みを止めない。 床はだいたい5cmほど浸水しているが、怜の歩みを妨げるほどのものではない。 「そう言えば・・ここら辺りって浸水するんだったような・・・・」 しばらく歩いていると、突然怜は歩みを止めた。 「・・・・・・・」 怜は意識を集中する。 BWの特殊能力を使いこの廊下の3分後の映像を見てみる。 彼の脳裏に3分後の映像が無感動に流れ込んでいく。わずか3分後には、この廊下は完全に水没している映像が彼の脳裏に描かれる。 「っ!!」 大急ぎで走り出した怜。それに反応したかのように壁や床などが揺れだし、壁と窓のガラスの隙間から風が漏れ出す。海を見るために取り付けられていたガラスの窓が割れ、凄まじい勢いで海水が流れ込んだ。 海水は容赦なく怜に襲い掛かる。 「くそ!」 前方34m先に防水シャッターが下がり始めているのが見えた。 「やば!」 心底そう思い、怜はさらに走るスピードを上げる。 すでに背後の海水はすぐそこまで迫っていた。 「でやぁぁぁ!!」 叫びとともに怜は一気に床を蹴る。 体は空中に躍り出て、わずか数秒の違いで怜の体は防水シャッターの向こう側へと非難することが出来た。 「ふぅ・・」 ため息をつきながら防水シャッターの向こう側を見続ける怜。 この向こうはすでに海水で完全に水没しているに違いない。 「俺のBWとしての力があったからこそ助かったのかもな」 それは間違いなくそうだろう。 「それじゃ、他の取り残された人たちを探すか」 そう行ってBWの能力を発動し、怜はしばらくして歩き始めた。 ◆◆◆ 「まったく・・・難儀だよねぇ」 ショートカットでオレンジ色の紙にLemuの制服を着た少女。 取り残された者の一人、田中 優は呆れながら廊下を歩いていく。 「そうでござるね」 その隣で黒髪にツインテールの少女が答える。制服を着ていることから高校生と思われる。 取り残された者の一人、松永 沙羅も優の意見に賛同する。 「うん・・・・そうだね」 その隣で金髪で金眼で黒い服を着た少年が答える。 「お〜い!!」 3人に聞こえてきた。 何かに弾かれたように駆け出した。壁が風のように通り過ぎていく。 「生存者か?」 現れたのは、黒髪に黒眼、黒いTシャツの少年、怜が3人の前に姿を現した。 「うん。私は田中 優。本当はもっと長いんだけど、今は優でいいよ」 まずは優から名前を明かす。 「私は松永 沙羅。沙羅でいいでござるよ」 続いて沙羅が名前を明かす。 「そうか。俺の名は秋原 怜だ。よろしくな」 と怜が言う。 「それで、あんたは何って言うんだ?」 怜が何も言わない少年に尋ねる。 「僕は・・・・僕は・・・」 しばらくすると少年は突然唸り始めた。 「う・・・うぅ」 「ストップ!! 君は自分のことに深く考えないで!!」 優は慌てて少年の頭を撫でながら少年の痛みを押さえ込む。 「・・・・・記憶喪失か?」 怜がそう言うと驚いたように3人は怜を見て、しばらくして静かに頷いた。 「そう。厄介だよね」 優は疲れたように眉間を押さえる。 「そうだな」 怜は生まれてから記憶喪失というものに出会ったことがない。 しかし、目の前に実際記憶喪失の人間がある。 実に不思議な体験だなと怜は思う。 「それより、これからどうする?」 「そうだね。何とか脱出するための通路を見つけないと」 「それじゃ、探そう」 怜を先頭に優、沙羅、少年の順番で歩き出した。 ◆◆◆ 結局、脱出の通路を見つけることはできなかった。 主な通路は完全に水没していたり、防水シャッターが閉じていたりと完全にだめ状態になっている。 「もぉ〜!! なんで通路が駄目なのよ!!!」 そう言いながら優は壁にけりを入れる。 「な、なっきゅ先輩抑えて・・・」 「なんでよ!! マヨは不思議に思わないの!!」 そう言いながら再度壁に蹴りを入れる優。 それはそうと誤解するかもしれないから言っておくがマヨとは沙羅のことである。 なぜマヨなのかというと、優曰く、 松永 沙羅→ツナサラ→ツナサラダと言えば→マヨネーズ。 だから沙羅のあだ名はマヨらしい。 なぜ、そのような方程式が出来上がるのかはまったく謎だが。 「それ以前に、脱出路がないのなら外部と連絡をとれば良いんじゃないのか?」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 まったくその通りなので一同がしばし黙り込む。 「たしかに・・・そうだね」 辛うじて少年がそう言った。 「それじゃ、管制室に行きましょ」 今度は先頭にたって優が歩き出し、その後に沙羅が続く。 「気づいていなかったな」 「気づいていなかったね」 怜と少年はそう呟いたが、幸い優には聞こえなかった。 ◆◆◆ 「もぉ〜!! なんでよぉ〜〜!!!」 優は椅子を持ち上げて目の前に設置されているキーボードをたこ殴りしている。 「ちょ、なっきゅ先輩(汗) 落ち着いて・・・」 大きな汗をかきながらなんとか優を抑える優。 「なぁ、少年」 「なに?」 「あんなことで通信が開いたら・・・それは凄い事だよな」 「・・・そうだね」 怜はしばらく何かを考えた後、 「通信が繋がらないのなら仕方がないさ。とにかく、生存者が他にいないか探そう」 怜がそう言うと、 「そうだね」 と少年も賛同する。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 しばし優と沙羅の時間が止まる。 「よし!! それじゃ探しに行くわよ!!」 優は高々と言うと歩き出す。 「・・・・考えてなかったな」 「そうだね」 またしても同じ意見を言い合う怜と少年。 「俺は右へ行くよ。少年たちは左へ行ってくれ」 「わかった」 「一人で大丈夫なの?」 沙羅の疑問に怜は笑いながら答える。 「ああ。それじゃ、3時間後この管制室で」 「うん」 「わかった」 「了解でござるよ」 4人は2手に分かれる。 「さてと」 怜はBWの能力を発動するとしばらくしてその場から歩き出した。 ◆◆◆ 膝まで届く美しいストレートの黒髪に黒曜石を連想させる黒い瞳。 服装も黒で統一されており、それが少女にミステリアスな雰囲気を引き出してよく似合っている。 少女の名前は小町 つぐみ。 美しい少女だが、しかし彼女は廃人一歩手前の状態だった。 仕方がないといえば仕方がない。彼女は大切な者たちを奪われた。奪われてからは、ただ逃亡と再びこの手に取り返すために全ての時間を費やしてきた。しかし、このLeMUで大切な者たちを返してやると言われて、いざ来てみたら待っていたのはくだらない茶番だった。 17年前のあの時のように、17年前のあの輝いていた日々のように。 あの忌々しく、愛しく、楽しくて、悲しくて、怖かったあの17年前の7日間。 たったの7日間だったが、つぐみの中では永遠とも思える時間だった。 永遠だったらいいと何度思ったことか。そして、愛しい人と一緒にいたのも、わずか7日間だった。 結局、彼は自分を救うために自分の命を犠牲にした。今の自分は大切な人たちを見捨てて平然と生きているのだ。 ならば死ねば言いと思うかもしれない。 しかし、つぐみは死なない。彼の言葉どおりに。 『生きている限り生きろ』 それが彼の言葉。 彼の言葉どおりに、つぐみは生き続けている。この呪われた体で生き続けている。 つぐみはしばらく呆然と歩いていたが時間が経つにつれ、つぐみの瞳に憎悪の光が宿り始める。 この茶番を発生させたのは間違いなくライプリヒなのだろう。 しかし、なぜ発生させたのかがわからない。 しかし、わからなくてもよかった。2人に会えるのなら、それでよかった。 「あんた生存者か?」 つぐみの目の前に、黒い髪と黒い瞳を持つ怜が現れた。 ◆◆◆ 怜は目の前で憎悪の瞳を自分に向けるつぐみを見てほんの一瞬だけ悲しそうな顔をした。 (仕方が無いよな。今まで、ライプリヒに人生を狂わされまくってきたんだから) つぐみの体の秘密を怜は知っている。 知っているからこそ、救ってやりたいとも思う。だが、つぐみの心の傷を癒せるのはこの世界でわずか3人しかいない。 その3人に自分が入っていないのも知っている。 「・・・・・・・・」 つぐみはしばらくして興味を無くしたのか、怜の横をすり抜けて歩き出した。 「・・・・・・・“生きている限り生きろ”・・か」 つぐみに決して聞こえないような声で呟くと、怜はつぐみのあとに続いた。 ◆◆◆ 怜とつぐみは一緒に歩いている。 「・・・・なぁ」 「・・・・・・・」 「・・・・・そんなに・・・人を信じる事ができないのか?」 「!!」 怜の言葉に過敏に反応するつぐみ。 怜の胸倉を掴むとそのままつぐみは怜を壁に叩きつけた。 「ぐ!」 背後の激痛から肺に溜まった空気が少し軌道を通って外に出る。 「何が分かるって言うのよ?」 静かに、しかし押し殺した声。 それが逆に彼女が怒っている事を怜にわからせる。 「わからない。痛み、悲しみ、怒り、そんなものは当事者にしかわからないさ」 「そう。あなた・・・ライプリヒの人間ね」 そういうつぐみ。 「違う」 「嘘を言わないで!」 「嘘じゃない!」 事実ライピリヒの人間じゃないのでそうとしか言えない。 しかし、今までの生きてきた傾向上、つぐみはどうしても怜の言葉を鵜呑みにする事は出来ない。 「そう。嘘をつくならこの場でいっそ」 「殺して自分の息子と娘にどの面下げて会うつもりだ?」 「っ!!」 悪役のようなことをしている怜。 事実今の自分は悪役だなと怜は思っている。 「それより、早く息子と娘に会ってやれ。ただあんたの息子は記憶喪失で別の意識が肉体を乗っ取っている」 そう言うとつぐみは驚いたように目の前の怜を見つめている。 「どういう意味?」 「会えば分かる。ただ、頼みたい事がある」 怜は強い瞳でつぐみを見ている。 「なに?」 少しだけ、怜に対するつぐみの態度が変わる。 「まず、絶対にあんたの正体を皆に明かさないでくれ」 そう言うと少しだけつぐみは悲しそうにしたがすぐに頷く。 「次に、できることなら17年前のあの事件と同じように振舞ってくれないか? 言っておくがIBFのことに関しては触れないでくれ。あそこはもう存在しないから」 「わかったわ」 嘘。 IBFは今も存在している。 だが、今は誰もIBFに近づけてはいけない。 誰かがあのIBFに入ればタイムパラドックスが起きる。 ただ、イレギュラーであり、乱入者である怜ならば、大丈夫かもしれないが。 「そして、最後に。分かっていると思うが、この事件はライプリヒのある人物が起こしている。そして、今このLeMUには倉成 武の偽者がいる」 怜がそう言った瞬間、つぐみの顔が紅くなった。 怒っているのだろう。それはわかる。 「残酷な事を言うが、その偽者の武には本物の武と始めてあった時のような態度を取ってくれ」 「どうして!? そんなことできるわけないでしょ!?」 もっともな意見だ。 つぐみにこんなことを頼むのは残酷以外のなんでもない。 「わかってる。ただ、無理にとは言わない。武を演じている男もまた、必死なんだよ」 「何に必死だと言うの!?」 問い詰めるつぐみに怜は少しだけ悲しそうな顔をした。 「ごめん。今は言えない。ただ、この計画の要はアンタの息子なんだ」 「・・・どういうこと? ライプリヒは私の大切な息子を実験の要にしようと言うの!?」 「かもしれない。でも、息子の意識は別の高次元の存在に乗っ取られている。一時的にだけど」 「高次元の存在?」 「そう。この世界の全てを“視る”ことが出来る存在。八神ココもまた、その高次元の存在の視点を借りる事でこの世界の全てを見通せると言う能力を持っていた」 「ココが?」 「そう。今回の事件は、そのココがコンタクトを取っていた高次元の存在をこの世界に召還する事が目的だった。そして実験は成功。高次元の存在はこの世界に、あんたの息子の肉体に宿っている。ただ、その存在はこの世界でも記憶が無いから現在は記憶喪失なんだ」 不意につぐみは謎に思うことがあった。 「なんで、その存在を光臨させる必要があるの?」 「・・・・言えない。それがこの事件の本当の目的だからね」 「そう」 つぐみは呆れながら言うと怜の胸倉を掴んでいた手を離した。 怜は少しだけ服装を整える仕草をする。 ふと、つぐみはあることに気がついた。 「なぜ、あなたはそんなことを知ってるの?」 「そうだね・・・」 少し顎を当てて怜は少しだけヒントを与えてみる事にする。 「もし、俺が外世界からこの世界を見下ろす事が出来る存在を同じだと言ったら、あんたはどうする? 小町 つぐみ」 馬鹿馬鹿しいとつぐみは考える。 だが、ココの名前を知っていて、自分の名前を知っていて、自分に息子と娘がいることを知っていて、大切な青年の名前を知っている。 疑う余地など存在しない。 「わかったわ」 ただ、それだけを言うとつぐみは歩き出した。 「頼むよ。本当の倉成 武と八神 ココのためにも」 その怜の呟きは、つぐみには聞こえなかった。 ◆◆◆ しばらくして、つぐみと怜は管制室に辿りついた。 「あ、怜大丈夫だった?」 管制室の前に少年が立っている。 「ああ、幸い取り残された人を見つけた」 「あ、その人」 少年はつぐみを見つめながら言う。 つぐみは少年を見た瞬間、ほんの一瞬だけ悲しいような、懐かしいような、嬉しいような、そんな顔をしたが、すぐにいつもの無表情に戻る。 「あなたは?」 少年はつぐみに尋ねる。 「・・・・・・・小町 つぐみ」 つぐみは17年前のあの時のようにそう呟くだけだった。 その顔は素晴らしいくらい不機嫌だ。 「あ、ここにいたのか!」 彼の目の前に、活発そうな顔をした青年が現れた。 身長は175cm前後、少しやせ気味だ。 その瞳には強い光が宿っている。 「俺の名は倉成 武! よろしくな!」 ほんの一瞬だが、武は苦虫を噛み潰したような顔をした。悲しいような、苦しいような。 その表情に気付いたのは、怜とつぐみだけだった。 ただ、しばらくしてつぐみは武に対して憎悪の視線を向けているが。 次に、武の後ろから白いチャイナ服を着た女性が現れた。 優しく、物腰の柔らかそうな雰囲気がある。 「はじめまして。私の名前は茜ヶ崎 空です。よろしくお願いします」 紹介したのは、このLeMUの説明をしてくれていた人物だ。 彼女の正体を知っているのは、怜と武とつぐみと優と場合によっては少年だろう。 「で、そいつは誰だよ?」 武はつぐみを見てそう言いながら悲しいような嬉しいような顔を一瞬だけする。 「・・・・・・」 つぐみはそんな武を睨みながら、ただ黙っているだけだ。 「おい!! なんか言えよ!!」 そう言いながら武は怒鳴るがつぐみは今だに黙っているだけだ。 「ちょ、武!!」 怒鳴る武を止める少年。 「・・・・・・・・・・・つぐみ」 ただ、一言だけつぐみは言った。 「え?」 「・・・小町 つぐみ」 それだけを言うと、つぐみはまた黙り込んでしまう。 「それより、武達を誰が連れて来たの?」 少年が疑問を口にすると、 「は〜い!」 武と空の後ろから優が姿を現した。 「優!?」 驚く優だが、怜は知っていたので特に何も言わない。 「それより、自己紹介をした方が良いんじゃないか?」 怜がそう言うとみなが賛同する。 「それじゃ、まずは俺からな。俺の名は倉成 武。20歳独身! 彼女募集中!」 バカなことを言う武だが最後の部分は皆無視する。 「無視するなぁ〜(涙)」 無視無視。 「私は田中 優! 本当はもっと長いんだけど、今は優ってことで」 「次は私でござるな。私は松永 沙羅。近くの都立高校に通う現役高校生」 「・・・・小町 つぐみ・・・」 「それだけかよ」 などと愚痴る武につぐみは憎悪のこもった視線を向ける。 「私の名前は茜ヶ崎 空です。このLeMUの案内役とシステムエンジニアをしています」 「俺の名は秋原 怜。17歳だ。特技は特に無いな」 それぞれの自己紹介が終わったあと、1人少年だけが取り残された。 「おい、最後はお前だぜ?」 武がそう言うが少年は困ったような顔をするだけだ。 それは仕方が無いことなのだ。自分の記憶が無い。 自分が何者なのかわからない。 それは、とても不安な事。 「僕は・・・僕は・・・」 そう言って少年の顔が苦痛に歪んでいく。 「僕は・・・・・誰?」 それを聞き、驚いたような顔をする武と空。 つぐみは事前に知っていたのであまり動揺していないが、それでもドコか悲しそうだ。 「う・・・うぅ・・」 頭を抑え、再び唸りだす少年。 「ちょっと!!」 優は慌てて少年を抱きしめた。 抱きしめられた事に落ち着いたのか、少年はだんだんと状態を安定させ始める。 「少年は記憶喪失らしい」 怜が少年の状況を説明すると気の毒そうな顔をする武と空。 「とにかく、今は状況を確認する方が良いんじゃないか?」 怜の意見につぐみを抜く皆が頷く。 「それでは、管制室で今の状況を確認しましょう」 そう言って空は管制室に入っていく。 そのあとに武、優、つぐみと続く。 少年もそのあとに続こうとしたが、ただ呆然としている沙羅に気付き沙羅に歩み寄った。 「どうしたの?」 少年が話しかけるとハッとしたように沙羅は少年に向き直った。 「うん・・・なんでもないよ、ただ、出口が無かったから」 そう言って少し悲しそうな顔をして、小さく呟いた。 「本当にそれだけ?」 「それだけだよ。どうかしたの?」 沙羅はいかにも何もなさそうに振舞うが、ドコか元気が無い。 「・・・わかった。それじゃ、先に行くね」 そう言って少年は管制室に入り、そのあとに怜も続いた。 ただ、怜には最後の沙羅の呟きが耳に入った。 「そう・・・そんなはずないんだから」 ◆◆◆ 管制室での空の報告は絶望を極めた。 まず、地下2階に位置するツヴァイトシュトック、地下3階に位置するドリッシュトックの両第2区画は防水扉によって保護されているらしいが、両第3区画は完全に水没しているらしい。 地下1階に関してはほぼ全滅に近い状態。 地上へ出る通路は完全に浸水しており、また防水扉により地上へ出る道は完全に封鎖されている状態だった。 「それから・・・まことに申し上げにくいのですが・・・・」 空の声が少し言いよどむ。 「んだよ。早く言えよ」 武がそう言いながら言うことを催促している。 「はい。今から何の不祥事も起こらないまま時間が経過すると、Lemuの圧解はたった今から119時間後です」 119時間後。 今からちょうど1週間後。あの永遠に続くと思われた1週間と同じ。 ただ違うのは、今回は永遠に続くのではなく、5日後に待っているのは“死”だと言う事。 「119時間後か」 「はい、その通りです」 辺りに思い空気が流れ出す。 「あれ? ちょっと見て」 少年がある数字を見て叫ぶ。 そこにはドイツ語で生体反応と書かれたものだった。 数字は6,7,8,9と変動を繰り返し、最後には7で安定した。 「どうやら、安定したようだな」 武がそう言うと、少年は不思議そうに、しかし疑惑の視線で数字を見つめている。 「おかしい・・・やっぱりおかしいよ!!」 少年はそう叫んだ。 「どうしたのよ少年!?」 「だって、本当なら生体反応は6なんだよ!! 絶対おかしいよ!!」 少年の叫びを聞き、沙羅は周りを見回した。 「私でしょ、武、つぐみ、少年、なっきゅ先輩、空、怜。全員で7人じゃない」 「違う、違うんだよ」 少年はそう言って自分でも分からないまま言葉をつぐむ。 「空は、空は、ここには存在しないんだから」 少年の言葉に驚く武と沙羅。 つぐみと怜には変化は無い。 優と空は悲しそうに顔を歪めている。 「空が存在しないってどういうことだよ!?」 武が叫びながら言う。 「空の正体はRSDなんだ」 「あーるえすでぃー?」 「半導体網膜照射装置。またはレティナル・スキャニング・ディスプレイ。 簡単に言うと、半導体レーザーを直接網膜に照射して、映像を空間に表示するシステムだな」 怜がそう言うと、 「怜、頼むから日本語を言ってくれ」 分からないのか武がぼやく。 「つまり、茜ヶ崎 空と言う人物は架空の人物で、そのRSDによってあたかもこの空間内に存在するかのように俺たちに錯覚させていると言うわけだ」 怜がそう説明すると、少年もそれに賛同するように頷く。 「じゃ、このイアホンは?」 沙羅が耳を指差しながら言う。 「おそらく、耳につけることによって脳に直接空の声を送り込み、空が表示されている位置通りに声が聞こえるようにしているんだろう」 「はい。その通りです」 空もまた、怜の説明に賛同する。 「それより、空ってかなり高度なAIを持ってるんだね」 興味津々と言った感じで沙羅は空に言う。 「はい。私は館内のお客様の安全を守るため、非常に高度な技術を使われています」 などと専門的な話になっていく空と沙羅。 何やら知らない一面を見た感じがして少年と武は呆然としている。 つぐみは特に変化は無く、優と怜は知っているので驚く必要など無い。 しばらくして、空と沙羅の話が終わる。 「それより、これからどうしましょうか?」 空がそう言うと 「OK,OK」 突然、武が楽観的に話し出した。 「それじゃ、まずは俺たちはこの通路を歩かねぇか?」 「どうして?」 「こういう図を見て覚えるより、歩き回って覚えた方がよくねぇか?」 「そうだな」 武の意見に怜も賛同する。 「実際、見て覚えるより、歩いて見た方がその場所の特徴、方角、それらを覚える事が出来るからな」 そう言うと、皆が頷くが。 「・・・馬鹿馬鹿しい」 つぐみがそう言うとそのまま1人出て行こうとする。 「おい!!」 「・・・・・・・・・」 呼び止めようとする武に対して、つぐみは無言のまま管制室を出て行った。 「ったく!! なんだよアイツは!!」 「倉成〜。あんた、変なことをしたんじゃないでしょうね?」 「するわけねぇだろ? さっき会ったばっかなんだから」 武の意見ももっともなので、優は文句を言うのを止めた。 しかし、それは武とつぐみの事情を知らないものがみた意見であり、事情を知っている怜はつぐみが怒るのは仕方がないと言えた。 だからこそ、怜は何も言わない。 「仕方が無い。歩きながらでも良いがそこらを回ろう。 空は俺たちの歩く道をナビゲートしてくれないか?」 「わかりました」 最初に怜が出て、武、優、沙羅、空、少年の順番で管制室を出た。 ◆◆◆ 「しっかし、空がAIなんてすげぇな」 感心したように武は言いながら歩いている。 現在、皆はツヴァイトシュトックの第2区画を探検していた。 「はい。ですが、私は実体を持っていませんから」 「実体を持っていようがいまいが、空は空だろ」 武は楽観的に笑いながら歩いていく。 「アイツ、よくこんな状況で楽観的になれるな」 そう思うと17年前の武はすごいと思う。 普通なら、余命7日と宣告されたようなもの。人は必ずこの状況になると自暴自棄になるもの。諦めるもの。 しかし、彼は諦めなかった。諦めず、仲間が生きるために、自分を犠牲にした。 それは、彼が強いから。 「あれ? ちょっと待てよ」 何かに気がついたように武は少年を見つめた。 「おい少年。お前、記憶が無いんだよな?」 「う、うん」 「だったら、なんで空がRSDだってこと知ってたんだ?」 それを聞き、今気がついたと言う風に優と沙羅と空が少年を見る。 怜は知っていたので特に何の変化は無い。 「それは・・・それは・・・」 少年は自分が空の正体を知っていた理由を探ろうとする。 だが、どんなに考えても1つの言葉しか出てこない。それは“わからない”と言う言葉だけ。 なんとか理由を無理矢理つけて答えを出そうとするが、肝心の部分に霞のようなものが掛かっており、答えを出すことが出来ない。 「わからない・・」 ついに少年は声に出すが、その言葉にはひどく落胆したような、怖いような感情が込められている。 「おい、少年はLeMUに来てからの記憶はあるんだよな?」 「うん」 「じゃ、LeMUに来てから誰かに説明を受けたか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・ううん受けてない」 少年の中で絶望的な気持ちが広がっていく。 それに、さらに追い打ちが掛かろうとは。 「ねぇ・・絶対おかしいよ!! 少年は私の名前も知ってたんだよ!!」 沙羅の告白に一同さらに衝撃を受ける。 もう、少年には自分が何者なのか分からなくなっていた。 「ねぇ・・・誰か教えてよ・・・僕は一体何者なの?」 少年の悲痛な言葉に、皆は悲しそうに顔を歪めるだけだった。 ただ、1人を除いては。 「“知ってる”からだろ?」 「え?」 そう答えたのは怜だった。 怜はただ1人落ち着いた表情で少年を真正面から見詰めている。 「“知っている”から。たぶん、“視てきている”から“知ってる”んだろ」 それを聞き、驚く表情をする武。 「・・・“視てきている”・・・・・・“知っている”・・・」 ただそう言ういい、少年はそれから黙り込んでしまった。 「それより、今は先に進もう。その方が良いだろ」 怜がそう言うと、皆は先ほどの雰囲気はドコへやら、笑いながらLemuの内部を探検した。ただ、終始武の視線を感じた怜だが、何も言わなかった。 ◆◆◆ しばらく探検を続けたみなは、つぐみに話しかけたが、17年前と同じですぐに逃げられてしまった。 「ったく、なんだよあの女は」 と終始、武は愚痴っていた。 しかし、武にとってはまさに最高の展開だと言えた。こちらが催促していないのに、つぐみが17年前とほぼ同じ行動を取っているからだ。 まぁ、それでも武の名前は呼ばないし、何より武を憎い目で見ているが。 だが、愚痴っている場所が悪い。 「そもそも、なんで加減圧室に缶詰状態にならなきゃならねぇんだよ」 武の言うとおり、武、優、沙羅、怜は加減圧室で缶詰状態になっている。 なんでも急激に館内の気圧が低下したため、減圧症になる可能性があると言われてか減圧室に入っているのだ。 空は実体を持たないので問題ない。つぐみはキュレイ種なので問題ないが、それを知っているのは武と怜だけである。 「しっかし、これからどうするかねぇ」 嫌そうな顔をしながら武は呟く。 「これからも何も、もう11時越えてるんだから寝るしかないんじゃないか?」 怜の呟きに武は黙り込んでしまう。 まったくその通りなのだから仕方がない。 「それより、明日は早く起きなきゃならないからね。もう寝よう」 少年がそう言うと皆が頷く。 LeMU倒壊まで、あと4日。鬼神「第1話完成しました。EVER17をやったことがある人は分かると思いますが、これはゲームと同じように展開されているようで微妙に違います。EVER17は非常に膨大な量です。またテキストにするなど無謀以外の何でもありません。そのため、私が必要と感じた所、または面白い所などを抜き出し、書きえ上げているのがこの「召喚されし者」です。ですから、嫌に思う方もいるかもしれませんがこれからもよろしくお願いします」