マリア様の悪戯

第十三話

新しく歩む路(みち)

「お嬢様、水野蓉子様がいらっしゃっていますが…」
 月曜日の放課後…といっても既に日は地平線に隠れてしまい、夜のとばりが辺りを包み込んでいた。
「………もうしわけありませんが………」
「わかりました。そう伝えておきます」

 しばらくして、応対に出たお手伝いさんが祥子の元へと帰ってきた。
「お嬢様」
「…何?」
「水野様が『これを渡しておいて欲しい』とおっしゃって、置いてゆかれましたが…」
 そういって、お手伝いさんが差し出したのは、1冊の台本だった。
 題名は、先週まで何度も目にしてきた………
「!?!?」
 まだ真新しい台本の表紙をみて、祥子は唖然とした。そして、まるで奪うように台本を受け取ると、中に書かれている文章を読み始めた。

 しばらくして…
「お姉さまは!?」
「水野様は、既にお帰りになられました。
『明日、登校してくることを信じています』とおっしゃっていました」
「お姉さま…祐巳…
 一体どうなって………」
 台本を手にしながら呆然と立ちつくすことしか出来なかった祥子だった。

 その台本の表紙には、タイトルがしっかりと記載されていた。しかしそのタイトルは、今までの台本とは少し違っていた。
 表紙には
『シンデレラ姉妹』
 と書かれていた。
 そして、配役に、
『シンデレラ(姉):小笠原 祥子  エリ(妹):福沢 祐巳
 第1王子    :柏木 優    第2王子 :福沢 祐麒』
 そして、姉(B)には、手書きで
『武嶋 蔦子』
 と書かれていた…



 同じ頃、学園の銀杏並木。
 2人の薔薇さまが帰宅の途についていた。本来ならばもう少し早く帰るつもりだったのだが、紅薔薇さまが先に帰ってしまったために仕事が残ってしまい、残りの薔薇さまである2人が後始末をすることとなり…かなり遅くなってしまったのだった。
 いつもであれば先に帰ってしまったものに対して文句の一つも出るのだが、流石に今回の件を詳しく知っているので、快く引き受けていた。
(もっとも、たまに白薔薇さまがそのような事をするが………その場合はまず普通ではすまない)

「江利子もやるわね〜 昨日の午前中だけで台本を書き直しちゃうんだから」
「そうでもないわよ。基本は主役の祥子をメインにしながら、今まで一人分だったシンデレラと王子さまのセリフを二人分に分けただけだし、兄弟・姉妹ということでそれに見合うセリフを僅かに書きなおしただけ・あとは、2人のやり取りのセリフをちょっぴり増やせばそれで終了♪ ちょろいものよ」
「…その分、手芸部がてんてこ舞いしてるけどね。まさか主役が2人になるなんて予想もしてなかったらしくて…」
「そこまでは勘弁してよ〜 それに、この案を認めたのは蓉子でしょう?」
「はいはい。江利子はなにも問題はありません。それどころか、不足した人員まで探し出してくれたんだから文句の付け様もございません」
 白薔薇さまが仰々しく答える。
「でも良く写真部のエースを引き込めたものね」
「蛇の道はへび・ってね。それに面白いじゃない? たまには追いかける側の人間を逆に追いつめてみるのも。
 それに、あっち側にいる人間を一人引き込んでおけば、あっち側の内情もこっち側に流れてくる。だから対応がしやすくなる。
 まさに一石二鳥♪」
「まぁね♪

 …でも、まさか祐巳ちゃんがあんなに積極的に動いてくれるとは思わなかった」
 その一言に、黄薔薇さまも頷いてしまう。
「その点には同感。
 実際問題、祐巳ちゃんに蔦子さんを誘ってもらいたいと頼んだのはいいけれど、本当に彼女1人でつれてきてくるれるとは思わなかったのよ。
 多分無理だと思って、私も行動しようとしてたんだけど…」
「すんなりとつれてきてしまった………アテがはずれた?」
「ええ。おおはずれ♪
 でも、私自身が思いもつかない方向へ外れてくれた事には大満足♪
 あの娘の自信に満ちた笑顔………もし・だけど、彼女が薔薇さまになったら…いままでにはなかった薔薇さまの誕生になるわね」
 その顔は、いつものやる気なさそうな表情とは全く違い、笑顔にあふれていた。彼女をよく知る知人であれば、その表情が何を物語っているのかは一目でわかる。
「聖だって、もし妹がいなかったら・もし祥子より早く祐巳ちゃんに出会っていたら、彼女にロザリオを渡そうとしたんじゃなくて?」
「………それはないよ。
 相手が祥子だからこそ、祐巳ちゃんが輝けたんだと思う。
 私だと祐巳ちゃんは輝けなかった。ううん、私だけじゃない。ほかの誰が隣に立ったとしてもあそこまで輝けなかったと思うよ」
 そんな白薔薇さまの呟きに、黄薔薇さまからも反論はでない。彼女自身もそう考えているからだ。

「じゃあ、蓉子が妹にしようとしてもダメってことになるわね…」
「あ、そうは言ってないよ」
「???」
 ほかの誰もが隣に立っても輝けなかった・でも蓉子の妹に、紅薔薇の蕾になるのはダメじゃない。
 先の発言と後の発言…矛盾する点に気づいた黄薔薇さまはそれをあえて口に出す。
 しかし、白薔薇さまの回答は…いたって単純だった。
「祥子に出会う前の祐巳ちゃんだったら、今のような輝きはなかった。多分『リリアンの1生徒』として卒業まで普通に学園生活を過ごしてしまったと思う。山百合会に憧れを抱く生徒としてね。
 でも、祥子に出会い、祥子が祐巳ちゃんの中にある物を見つけ出した。
 それはとてつもなく大きな原石から、たった1個の輝石を見つけ出すほどの大変な・でも貴重なもの。
 ………かなり過保護だったのは認めるけどね。でも、それでも祥子は、祐巳ちゃんを・最高の輝石を取り出すことが出来た。そして磨こうとした。

 輝石は磨き上がったあとは、自らの力で輝きを放つ。人々を魅了する輝きをね。
 でも、今の祐巳ちゃんはその一歩手前の状態。磨かれるのを待っている。誰が磨くかが問題になるんだけど…
 言い換えれば、祐巳ちゃんはすでにその段階まで昇っているんだ。埋もれている輝石じゃない・誰でも磨きだせる輝石の状態になってる。
 だから…もう誰が姉になっても、誰が磨いてもその輝きは解き放たれるだろうね」
「つまり…祐巳ちゃんは、例え誰の妹になったとしても、次期薔薇さまに相応しい・と?」
「今年で卒業しちゃう私達が心配することじゃないけど………そう思う」
「たしかに、卒業してしまう私達が心配することじゃないわね。再来年のお話だし」
「もしかすると、来年の話になるかもね?」
 そう言いながら白薔薇さまと黄薔薇さまはお互いに顔を見合わせ、友人として微笑みあった。
「で、聖個人としてはどうなったほうが面白いと思ってるの?」
「…後は野となれ山となれ。なるようにしかならないよ。
 いや、もしかすると祐巳ちゃんの心の中では既に決まってるのかもね」


「そう言えば聞き損ねたんだけど…」
「なにかしら?」
「どうして妹役の祐巳ちゃんが『エリ』なの? というか、シンデレラに妹なんていたっけ?」
「いるわけないじゃない。
 それに、シンデレラは『灰被りのエラ』っていう意味なのよ。よく『シンデレラ』って名前に思われてるけど、実際の彼女の名前は『エラ』
 だから、適当に『エリ』にしただけ。深い意味はないわ………江利子とは無関係よ」
 そういいながらあさっての方向を向く黄薔薇さまだった。



 火曜日
 既に今週に入って、どの部もラストスパートがかかってきている。曜日が経つごとにそのスピードも早くなって行くものだ。それに伴って、生徒達も右へ左へと駆け足で校内を駆け回るようになって来る。
 本来であれば、そんな生徒を見かけた場合、注意するのが教師達・そして上級生の役目ではあるのだが、この次期だけはあえてみて見ぬフリをする。それが伝統という名の暗黙のルール。
 その日、祥子は久しぶりに登校していた。が、どの生徒も声をかけていない…いや、かけられないでいる。
 唯一声をかけられるとしたら…
「祥子…大丈夫なの?」
 紅薔薇さまに声をかけられて…祥子は振り返る。
 その素顔をみて…一瞬我を忘れてしまった紅薔薇さまだった。
(これが祥子? いつもの『紅薔薇の蕾』としての誇りがどこにも見当たらない。
 これじゃあまるで………抜け殻)
「おはようございます。お姉さま…」
 その声にも覇気は全く感じられない。彼女の姿をみたら10人が10人、『病気だ』と答えるだろう。
「祥子、とにかく保健室へ行きなさい」
「その前に………」
 彼女の真剣な目に、蓉子も言いたい事がわかったらしい。
「じゃあ、わたくしの後をついていらっしゃい」
 そういうと、ある場所へと足を進めた。祥子もそれに続く。 

 温室

 祥子の一番来たくなかった場所。でも、一番いとおしい場所。
 と、
『お義姉さま方、御髪はこんな感じでよろしいでしょうか?』
『ええ、とてもよくお似合いですわ。ねぇ、お姉さま』
 聞こえてくるのは、懐かしい祐巳の声。でもそれは…主役のシンデレラのセリフ…
 一部変わってしまっているとはいえ、祥子自身が完璧に覚えたセリフが、たどたどしくではあるが祐巳の声でしっかりと聞こえてきた。

 その声に、祥子は…
『ええ、そうですわ。お似合いですわよ、お義姉さま方。エリもご苦労』
「祥子さまっ!?」
 急に入ってきたその声に、びっくりした表情で入り口を見る祐巳。
『エラ・エリがそういうのだったら、綺麗になってるんでしょうね。
 ご苦労様、エリ・エラ』
 紅薔薇さまが、自身のセリフでもないのに『姉』役を代理で行なっている。
「紅薔薇さま…」
「どうだったかしら? 祥子の目から見て、祐巳ちゃんのシンデレラ役は」
「まだまだですわ。わたくしに比べてはまだまだ…」



「後は、あなた達2人だけでお話しなさい。
 でも、後悔だけはしないように」
 そういって、紅薔薇さまは温室を後にした。
 残ったのは…紅薔薇の蕾の小笠原祥子と、福沢祐巳の2人だけ…


 沈黙が辺りを支配していた。
 お互いが言いたい事は沢山ある。だが、どうしても言葉として出てきてくれない。
 すでに朝のHRが始まってしまっている時間だろう。だが、2人の少女は、みつめあったまま動こうとはしなかった。

「祥子………さま」
 意を決したように、祐巳が声を出す。だがその声は、先ほどまでの練習の時とはうってかわって、まるで消え入りそうなほど小さな声だった。
「祐巳………」
 祥子も声を返す。
 そしてしばらくの沈黙の後………
『ごめんなさいっ!』
 2つの声が同時に上がった。


 
黄薔薇放送局 番外編

江利子「カメラに向かってごめんなさい!」
乃梨子「志摩子さん、部屋から○○を持って行ってごめんなさい!!??」
由乃 「令ちゃん、棚のボーイズラブ小説捨てたの私、ごめんなさい!!??」
令  「怒っている由乃の顔を見るのも楽しいと思っていてごめんなさい!!??」
江利子「いやぁ、みんななかなか楽しい秘密を持っているわねぇ〜♪」
由乃 「な、なんて事をさせるんですか!」
江利子「あれ? 知らない?
	『日本列島 幼稚園の旅』ってなかなかおもしろかったわよね。
	だからアレの山百合会バージョンをやってみたいなぁ〜と思って。
	ちょうど祐巳ちゃんも祥子もあやまっているし今日はごめんなさいday?」
令  「疑問系で言われましても……」
乃梨子「(と、突拍子なさすぎる……)」
江利子「まぁ、いいじゃないおもしろいし。それじゃあ二クール目いってみましょうか!」

……
……

次回予告

由乃 「分かり合えた二人」
令  「二人の前に路は開けた」
乃梨子「真実を語る祥子さま」
江利子「祐巳は聞き、そして……」
四人 「次回 マリア様の悪戯 第十四話『路は開ける』 お楽しみに!」