「で、祐巳としては一体どうしたいんだ?」 日曜日、私と弟の祐麒は、私の部屋で『山百合会 シンデレラ』の台本を手に、必死にセリフを覚えていた。 私自身は姉B役なのでそれほどセリフはないけど…祐麒は王子役――まだ仮ではある――なんだけど、その量は結構なものになってる。もっとも出番自体は後半に集中するので、主役のシンデレラに比べればそれほどでもない気はするんだけど。 でも、私とさほど成績の変わらない『普通』の祐麒にとって、かなりの負担になってるんだろうなぁ。(自分で言ってて情けなくなるけど) ちなみに、花寺の生徒会長の耳にはしっかりと入っているらしく、『ちゃんと覚えるように』とのお達しがあったとかなかったとか。 「どうって言われても………」 「祥子さんのこと、嫌いなのか?」 「嫌いなわけないじゃない!」 そりゃあ、あんなことがあったとはいえ…憧れの先輩である事にかわりはなく…嫌いになる訳はない。 「そういえば、祥子さんって人付き合いは得意なほうなのかな?」 「え?」 「え? じゃなくてさ。 祥子さんって、他の人と付き合うのは慣れてるのかなって。特に俺達みたいなごく一般的な家庭の人間と」 「そんなこと分かるわけないじゃない。第一、先週の月曜日に始めて声をかけられたのよ?」 当たり前の事を聞かないで! とふくれっつらになる私。それを見て祐麒が、 「それじゃあさ、こうも考えられないか? 祥子さんは確か祐巳と違って『本物の』お嬢様なんだよな。ということは、両親やお手伝いさんたち・それに、薔薇様たちやその妹ぐらいしか親しい人がいない・と」 「それが?」 「わかんないかなぁ…両親なら言いたい事は言えるしお手伝いさんの人たちも同じ。 姉である薔薇様たちなら、目上ということで付き合い方もおのずとわかっている」 「当たり前でしょう。 …で、何が言いたい訳?」 「………わが姉ながら、鈍いというかなんというか………」 「どういう意味よ!」 「様は祥子さんは今、祐巳みたいなごく普通の下級生とどう接していいのかよくわかっていないんじゃないかな・ってことだよ」 「え?」 そういわれてみれば…そんな気も。 最初に言葉をかけられたときには、いきなりあんな事をされたけど…それ以降は、どうみても『猫可愛がり』というか『過保護』に近かった気もする。 「で、でも、挨拶をする1年生にはちゃんとほほえみながら挨拶を返してくれるよ?」 「祐巳だって、例え知らない同級生や上級生に挨拶されても、『どちらさまでしたっけ?』なんて聞き返さないだろ?」 「そんなことするわけないじゃない。挨拶で返すのが普通だよ」 「そう・それが普通。例え知らない人でも同じ学園の生徒同士なら、微笑んで挨拶をされれば微笑で返すだろう? 言い方が悪いかもしれないけど………それは条件反射みたいなものじゃないかな。例え相手の事を全く知らなくても、挨拶されれば挨拶を返す。 だけど、祥子さんが祐巳に投げかけようとしたのは、ただの挨拶じゃない・妹にしたいと想う意思を含んだものだった。 でも、もしそこで、祥子さんは祐巳みたいな普通の生徒に対して、親愛の情をどう投げかければよいのかわからなかったとしたら?」 そこまで言われて…弟の言いたいことがなんとなくわかった気がする。 祥子さまは本物のお嬢様だと言う事はよく知っている。もっとも、どのくらいのといわれると見当が付かなくてさっぱり・ではあるが。 それに、確かに祥子さまが下級生に対して親しくしていた姿というものをほとんど見たことがない。見たことがあるのは、黄薔薇の蕾の妹である由乃さんや白薔薇の蕾である志摩子さんと話をしている場面くらいだっけ。 2人とも『山百合会役員』である事は間違いない。逆に言えば、それ以外の下級生と・といわれても誰も思い出せないし、思いつかない。 つまり、普通の下級生との接し方をよく知らないのではないか? 「………ありえるかも」 「それなら、今までの祥子さんの行動を『その条件で』見直したら、どうなる?」 どうなるって………例えばテレビでやっているような『世間の常識を知らないお嬢様』に当てはめてみると……… 「えっと、私をかばおうとしてくれて………あれ?」 よくよく考えたら、祥子さまは毎回私をかばってくれようとしてる。でも、その行動が私達から考えると、ある意味行き過ぎていたって考える事もできる… もしその点を差し引けば、祥子さまが取ってくれた行動って……… 「ええ〜っ!? 私って、もしかしてとんでもない間違いをしてたんじゃあ!?」 「こら、いきなり大声を出すんじゃない。 …間違いかどうかは別として、少なくとも祥子さんは俺や祐巳に対しては好意を持っていたと思うぞ。あのダンスの練習の時だって、なにも知らない俺に1から教えてくれたんだから。 少なくとも、親切ってだけではあそこまで懇切丁寧に指導してくれないだろうな」 ………あの時って、祥子さまを色眼鏡をかけてみてた気がする。でも、第3者的にみると、確かに祥子さまは祐麒をすごく親切に指導してくれていた。 「もしかして、私ってすごく失礼な事をしちゃったのかも………」 「俺から言える事は何もないけど…もし何かしたいんだったら、自分が正しいと思った事をすればいいさ」 「正しい………」 何が正しいかなんてわからない。でもやっちゃいけない事はある。もしかして私は、無意識のうちにそれをやっちゃった!? ………とはいえ既に過ぎ去ってしまった過去を変える事なんて出来ない。一体どうすれば……… 私がやらなくちゃいけないこと…祥子さまを困らせちゃいけない…私が、祥子さまの足を引っ張っちゃいけないんだ! 祥子さまを支えられるくらいにならなくちゃ・・・ 「祐麒!」 「いきなり、何張りきり出してるんだ?」 「舞踏会のシーンも練習するから! 一緒に手伝って!!」 「へ? 姉Bは舞踏会シーンって…シンデレラ役の祥子さんたちを引き立てる為に、簡略化してなかったっけ?」 「もし、祥子様に何かあったら………私がシンデレラ役をやる! だから、王子役の祐麒にその時のダンスシーンの練習を手伝って欲しいの」 「何かって………ま・まさか!?」 「まだ何もわからない…でも、何かあってからじゃ遅いから! 祥子様に認めてもらうとかそんなんじゃない。ただの自己満足。 何もやらずに後悔する位なら、やれるだけやって、それから後悔したい!」 そんな私の姿を見ながら…あ、あきれてるな? (瞬間湯沸し器)とでも思ってるんだろう。 たしかに、そうかもしれない………でも、後1週間・いや、このれからの1週間だけでも後悔しない様に行動したい。 賭けなんて関係ない。私は私なんだから。小笠原祥子様の妹でも、紅薔薇さまの妹でもない・ただの福沢祐巳なんだから。 だから…私は山百合会のみんなに迷惑だけはかけたくない!